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てなもんや三度笠
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{{基礎情報 テレビ番組 | 番組名 = てなもんや三度笠 | 画像 = [[ファイル:New asahi bld02 1920.jpg|250px]] | 画像説明 = 1966年春まで番組の公開収録が行われていた[[リサイタルホール|ABCホール(初代)]]が入居していた[[新朝日ビルディング|新朝日ビル]]<br />([[大阪市]][[北区 (大阪市)|北区]][[中之島 (大阪府)|中之島]]。2009年に解体され、2012年、跡地に[[中之島フェスティバルタワー]]〈東地区〉が竣工した) | ジャンル = [[喜劇|コメディ]] | 放送時間 = 日曜 18:00 - 18:30 | 放送分 = 30 | 放送枠 = | 放送期間 = [[1962年]][[5月6日]] - [[1968年]][[3月31日]] | 放送回数 = 309 | 放送国 = {{JPN}} | 制作局 = [[ABCテレビ|朝日放送]] | 企画 = | 製作総指揮 = | 監督 = | 演出 = [[澤田隆治]] | 原作 = | 脚本 = [[香川登志緒]] | プロデューサー = | 出演者 = [[藤田まこと]]<br />[[白木みのる]]<br />[[香山武彦]]<br />[[財津一郎]]<br />[[原哲男]]<br />ほか | 音声 = | 字幕 = | データ放送 = | OPテーマ = | EDテーマ = | 時代設定 = | 外部リンク = | 外部リンク名 = | 特記事項 = }} 『'''てなもんや三度笠'''』(てなもんやさんどがさ)は、[[1962年]]([[昭和]]37年)[[5月6日]]から[[1968年]](昭和43年)[[3月31日]]まで[[ABCテレビ|朝日放送]](ABC)制作・[[TBSテレビ|TBS]][[Japan News Network|系列]]で放送された[[テレビ番組|テレビ]][[喜劇|コメディ番組]]。全309回放送。殆どの時期が[[モノクローム|白黒]]放送だが、末期の[[1967年]](昭和42年)[[12月7日]]の第294話からは[[カラーテレビ|カラー]]放送になった。放送時間は、毎週日曜日18:00 - 18:30([[日本標準時|JST]])。[[スポンサー|提供スポンサー]]は[[菓子]]メーカーの[[前田製菓]][[一社提供]]。 == 概要 == [[リサイタルホール|ABCホール]]での公開放送形式による、[[時代劇]]風[[喜劇|コメディ]]。 番組初期の時代には録画した[[ビデオテープ]]を編集する技術がまだ確立していなかったため、[[生放送]]風の[[撮って出し]]収録であった(2日前の金曜日昼12:15 - 12:45<ref>これは、サラリーマンでも休憩時間に観てもらえるように、との配慮から。</ref>に収録)が、末期の[[1968年]](昭和43年)には[[ABCセンター]]からのスタジオ収録放送(昼収録は変わらずだったが、収録曜日が変動になった)となった。スタジオに組まれたセットの中で、スピーディーに展開する物語を生本番でミスなく演じる出演者と、それを支えるスタッフの姿はまさに職人芸と言えるものであったと語り継がれている。<ref>撮って出しである為、物語が早く終了してしまうと尺埋めとして[[金魚鉢]]の映像で凌いだ事もあった。(『[[ABCお笑い60年史 てなもんやからM-1まで いま明かされるマル秘伝説]]』コメディ伝説より)</ref> 商品名とかけた「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー!」や、「非ッ常にキビシ〜ッ!!」、「許して…チョーダイ!!」などの[[流行語]]も生み出した。 その後も、[[1971年]](昭和46年)まで続編2作品(『[[てなもんや一本槍]]』、『[[てなもんや二刀流]]』)と、同じキャストによる現代劇コメディー『スコッチョ大旅行』が製作された。ただし、これら3作品に演出の[[澤田隆治]]は関与しておらず、脚本の[[香川登志緒]]のみの続投となった。更にスポンサーの前田製菓も、本作終了と共にスポンサーを降板している<ref>続編シリーズは[[久光製薬]]の提供となり、主力商品「サロンパス」にかけた決め台詞があった。</ref>(詳細は下述、[[てなもんや三度笠#番組の終了|「番組の終了」]]参照の事)。 == 番組の流れ == # 提供表示・女性によるCM(提供アナウンスは「良い子のおやつでおなじみの前田製菓の時間が参りました」、クレジットには子供兄妹と思われる人形が飾られ、そこに前田のクラッカーが添えられて、字幕「提供 前田製菓」が入る) # アバンタイトル・あんかけの時次郎と斬られ役(初期は的場達雄、後期は原哲男)によるコント。鐘の音と共にお堂から時次郎が現れ、「'''ええ、あっしゃあ泉州は信太の生まれ、あんかけの時次郎。義理には強いが人情にゃ弱い、男の中の男一匹…'''」と口上を述べていると、毎回様々な扮装をした原が現れて一悶着した所で、時次郎が「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー!」と締める(稀に違う台詞も有る)。 # オープニング # 本編(途中テロップCMが挿入される) # 視聴者へのクイズ(前田製菓の製品に関する穴埋め問題など) # 白木みのると原哲男(初期は白木みのる単独)によるCM # [[次回予告]]・提供表示・(提供アナウンスは「提供は良い子のおやつでおなじみの前田製菓でした」、クレジットには子供兄妹と思われる人形が飾られ、そこに前田のクラッカーが添えられて、字幕「提供 前田製菓」が入る)・クロージング(アナウンスは「いつも楽しい『てなもんや三度笠』、来週もきっと見て下さいね」) == 出演者 == === てなもんやコンビ === ;あんかけの時次郎(あんかけのときじろう):[[藤田まこと]](この番組が「出世作」となる) : [[三度笠]]をかぶり各地を放浪する[[ヤクザ|渡世人]]。[[市川雷蔵 (8代目)|市川雷蔵]]の主演映画「[[沓掛時次郎|沓掛(くつかけ)時次郎]]」([[1961年]]・[[大映]])の[[パロディ]]。顔が長いところから、[[ウマ|馬]]呼ばわりされる。 ;珍念(ちんねん):[[白木みのる]] : 第3話から登場、時次郎の相棒の小坊主。口が達者で小生意気。食べ物に目がない。時次郎が馬呼ばわりされるのに対し、珍念は[[イイダコ]]呼ばわりされている。 === アバンタイトル・斬られ役 === ;初代:[[的場達雄]] : 本業は[[殺陣|殺陣師]]。体調不良のため、[[1965年]](昭和40年)春までの出演。 ;2代目:[[原哲男]] : 本編でも脇役での登場が多く、主に敵役で[[カバ]]呼ばわりされていた。原は番組終了後[[1990年]](平成2年)まで出演していた[[吉本新喜劇]]でも「カバ」のあだ名で親しまれ、十八番の'''「誰がカバやねん」'''のネタは実質、当番組から生まれた。{{main|原哲男#来歴・人物}} :: 第255話・第256話(東北編の最後と甲州編の最初)では[[新門辰五郎]]役で登場、[[彰義隊]]の供養のための100両を時次郎に預ける。 === 準レギュラー === ;[[鼠小僧|鼠小僧次郎吉]](ねずみこぞう じろきち):[[南利明 (俳優)|南利明]] : いわずと知れた[[義賊]]だが、今作では何故か[[名古屋弁]]。全シリーズに不定期登場。道中「てなもんやコンビ」とよく遭遇し、機嫌が良ければ酒代や宿代を気前良く奢ることもある。様々な[[変装|扮装]]で登場するが、飴屋売り姿が一番多い。 :: [[脱線トリオ]]のメンバーであった[[由利徹]]や[[八波むと志]]が、それぞれ別々にゲスト出演し南利明と共演している。 ;お銀(おぎん)・千太(せんた):[[京唄子]]・[[鳳啓助]] : [[スリ]]の姉御お銀と子分千太は、旅して歩くスリのコンビ。初期から不定期登場しているが、甲州編以降の後期シリーズになってから頻繁に登場している。お銀は口が大きいのをネタにされているが、大口開けて嵐を起こしたこともあり[[妖怪]]呼ばわりされてしまう。 === シリーズ・レギュラー === ==== 東海道編(第1話 - 第53話) ==== ;水上三四郎(みなかみ さんしろう):[[入川保則]] : [[木戸孝允|桂小五郎]]から、[[江戸]]の[[西郷隆盛]]に宛てた密書を託された。 ;浪路(なみじ):[[山東昭子]] : 武家娘。三四郎と共に江戸へ向かう。 ;三平(さんぺい):[[平参平]] : [[岡っ引|目明かし]]。足カックンが、お約束のネタ。 ==== 中仙道編(第54話 - 第90話) ==== ;駒下駄茂兵衛(こまげたのもへい):[[香山武彦]] : 桁外れの[[えびすこ|大喰らい]]のために、[[相撲部屋]]を[[破門]]された[[力士養成員|取的]]。[[大阪|大坂]]へ帰る「てなもんやコンビ」と行動を共にし「てなもんやトリオ」となり「知恵は珍念、力は茂兵衛、顔の長いは時次郎」と、よく歌っていた。 ==== 山陽・九州・四国編(第91話 - 第150話) ==== ;[[西郷隆盛]](さいごう たかもり):[[柳家金語楼]] : 貫禄も[[九州男児]]っぽさも無い人物として登場。 ;道化(どうけ):[[博多淡海 (2代目)|博多淡海]] : [[大衆演劇|旅役者]][[一座]]の[[俳優|役者]]だが、[[博多弁]]訛りが抜けないため[[道外方|道化方]]をしている。 ;熊(くま):[[西川きよし|西川潔]] : 文字通りの[[クマ|熊]]であり、着ぐるみで顔の出ない[[端役]]<ref>元来、端役の場合は名前を紹介されることはない(西川は[[吉本興業]]所属なので「吉本コメディアン」という括りにされるはずだった)。西川の真面目な舞台稽古ぶりに番組スタッフが感心し、特別に名前の紹介を許された。</ref>。[[大歩危]]にて出没後、不定期登場。 ==== 北陸・佐渡・蝦夷地編(第151話 - 第217話) ==== ;ちょろ松(ちょろまつ):[[ルーキー新一]] : 大坂の豪商[[鴻池幸富|鴻池善右衛門]]に仕える[[丁稚]]。服の胸の部分を両手で摘み上げての「いやーん、いやーん」が、お約束のネタ。 ;松平竹千代(まつだいら たけちよ):[[茶川一郎]] : 『[[てんてこ漫遊記]]』の[[主人公]]で、番組枠を越えた[[コラボレーション]]として登場。 ==== 東北編(第218話 - 第255話) ==== ;まゆみ:[[野川由美子]] : 謎の女として登場。正体は[[柴田氏|柴田家]]の「姫」であった。 ;蛇口一角(へびぐち いっかく):[[財津一郎]] : [[浪人]]。柴田家復興後は、まゆみ姫の家臣となる。舌を伸ばして、しつこく刀を舐め回す仕草が多いため[[ヘビ]]呼ばわりされる。奇声を発し「キビシ〜ッ!!」または「ちょ〜だい!!」などの流行語を生み出す。一角の名前は、[[清水一学|清水一角]]のパロディ。 ;[[天野八郎]](あまの はちろう):[[芦屋雁之助]] : [[彰義隊]]の隊長として登場(実在人物は副隊長)。隊長としての貫禄はあるが、なぜか時折おばちゃん口調になる。 :: 後の第293話では別役で登場し、[[芦屋小雁]]と[[芦屋雁平]]との兄弟での共演となった。 ;[[山岡鉄舟|山岡鉄太郎]](やまおか てつたろう):[[里見浩太朗|里見浩太郎]] : 江戸の町の戦火から守るため、彰義隊を解散するように何度もかけあうが、おばちゃん口調の天野八郎に毎度はぐらかされてしまう。 ==== 甲州編(第256話 - 第269話) ==== ;早瀬数江(はやせ かずえ):[[水前寺清子]] : 当初は「早瀬数馬」と名乗り、[[男装]]して旅をしていた。[[甲府]]にいる兄に会うためであるが、実は従兄であり[[許婚]]でもあった。 ;[[河内山宗春|河内山宗俊]](こうちやま そうしゅん):[[三波伸介 (初代)|三波伸介]]([[てんぷくトリオ]]) : お城勤めをお役御免となり、乞食坊主となる。丑松と雨之丞を子分に従え、時次郎の持っている100両を狙っている。第293話までトリオで登場し、時次郎と顔合わせるたびに「改心した」と言うものの実は改心していない。 ;暗闇の丑松(くらやみのうしまつ):[[戸塚睦夫]](てんぷくトリオ) : 時次郎が100両持っているという情報を嗅ぎつけ「てなもんやコンビ」の後をつけていた。河内山宗俊と雨之丞に出会い100両横取り計画を持ちかけるが、宗俊の子分にさせられる。 ;中村雨之丞(なかむら あまのじょう):[[伊東四朗]](てんぷくトリオ) : 歌舞伎の女形。師匠に暴力を振るいヒマを出され、江戸に帰る途中に河内山宗俊と出会い無理矢理一味に加わされた。 ==== 再び東海道編(第270話 - 第296話) ==== ;桜富士夫(さくら ふじお):財津一郎 : 欧米諸国で撮影技術の修行したと自称する写真師。いつも[[三脚]][[カメラ|写真機]]を肩に担いでおり、蛇口一角以上の変人ぶりを見せる。「てなもんやコンビ」と行動を共にし、「てなもんやトリオ」として最終シリーズまで出演した。富士夫の名前の由来は、フィルムブランド([[コニカ|サクラカラー]]〔後の「[[コニカ|コニカカラー]]」→「[[DNPフォトルシオ]]」〕と[[富士写真フイルム|フジカラー]])から。 ==== 鯨編(第297話 - 第309話) ==== ;おこま:[[山本リンダ]] : 江戸の[[見世物小屋|見世物師]]の娘。亡き父の意志を継ぎ、見世物用の[[クジラ|鯨]]を生け捕りにするため旅に出た。 ;かも平(かもへい)・ねぎ作(ねぎさく):[[横山やすし・西川きよし]] : おこまのお供で、荷物持ち。ドジが多い。 :: やすし・きよしは別役で、山賊の一味(第268話)や百姓(第279話)で登場していた。 ;四ツ目屋東十郎(よつめや とうじゅうろう):[[トニー谷]] : 江戸の興行師で、おこまの父とはライバル関係。おこまの計画を邪魔し、鯨の横取りを狙っている。 === ゲスト === ;天王寺屋塔兵衛(てんのうじや とうべえ):[[伴淳三郎]] : 時次郎の親分。威厳があるのか無いのか、掴みどころがない人物。 :: 記念すべき第1話のゲストであり、用心棒役の[[堺駿二]]の他に、[[曾我廼家五郎八]]、[[石井均]]、[[吉田義夫]]が出演。 ※この他、[[星十郎]]、[[岸田一夫]]、[[大村崑]]、[[高橋元太郎]]、[[榎本健一]]、[[世志凡太]]、[[花菱アチャコ]]、[[中田ダイマル・ラケット]]、[[コント55号]]、[[チャンバラトリオ]]、[[漫画トリオ]]、[[ザ・ドリフターズ]]、[[かしまし娘]]、[[清川虹子]]等、東西の人気スターが毎回ゲスト出演した。 == スタッフ == *脚本:[[香川登志緒]] *演出:[[澤田隆治]] *音楽:[[野口源次郎]] *美術:[[阪本雅信]] *殺陣振付:的場達雄 *タイトル:[[川串誠]] *制作:朝日放送 == 主題歌 == *OP:『てなもんや三度笠』(キングレコード) 作詞:[[香川登志緒]] 作曲:[[林伊佐緒]] 歌:藤田まこと == 視聴率 == === 平均視聴率 === *[[関東地方|関東地区]]:26.6% *[[近畿地方|関西地区]]:37.5% === 最高視聴率 === *関東地区:42.9% *関西地区:64.8%(1966年2月20日放送) == ネット局 == *[[ABCテレビ|朝日放送]](制作・幹事局) *東京放送(現・[[TBSテレビ]]) *[[北海道放送]] *[[青森放送]]★ *岩手放送(現・[[IBC岩手放送]]) *[[東北放送]]★ *[[秋田放送]]★ *[[山形放送]]★ *[[福島テレビ]](1963年4月1日開局から) *[[新潟放送]] *[[信越放送]] *[[山梨放送]]★ *[[静岡放送]] *中部日本放送(現・[[CBCテレビ]]) *[[北日本放送]]★ *[[北陸放送]] *[[福井放送]]★ *[[山陰放送]] *[[山陽放送テレビ|山陽放送]] *[[中国放送]](1967年まではラジオ中国) *[[山口放送]]★ *[[四国放送]]★ *[[西日本放送テレビ|西日本放送]]★ *[[南海放送]]★(1963年1月 - )<!--「地域とともに三十年 南海放送」P105--> *[[高知放送]]★ *[[RKB毎日放送]]<!--「+rkb」という表記はデジタル放送化後につき、この番組の記事で用いるのは間違い。デジタル放送開始前の各番組の記事についても同様。--> *[[長崎放送]] *[[熊本放送]] *[[大分放送]] *[[宮崎放送]] *[[南日本放送]] *[[琉球放送]]★(1965年2月から最終回まで)(TBS系列でありながら、諸事情で遅れネット) (TBS系列:無印=同時ネット、★=遅れネット) == 番組の終了 == 同じ澤田と香川のコンビで制作され、日曜昼に放送されていた『[[スチャラカ社員]]』と共に絶頂を誇った当番組は、2人の対立がきっかけで転機を迎えることになる。 [[1966年]](昭和41年)に朝日放送本社が大阪・[[中之島 (大阪府)|中之島]]の[[新朝日ビルディング]]から[[日本国有鉄道|国鉄]][[大阪駅]]北側の[[大淀 (大阪市)|大淀]]に新設された[[ABCセンター]]へ移転し、やはり公開収録されていた『スチャラカ』の客層が様変わりする。澤田は、時代の流れに合わせたギャグを導入するように香川に求める。しかしこれは香川が目指していた喜劇のスタイルと相反し、受け入れられるものではなかった。香川は「視聴率優先でギャグを作れなんて自分には無理。もうこれ以上書けまへん」と匙を投げ、[[1967年]](昭和42年)[[4月30日]]、『スチャラカ』は6年余り続いた歴史の幕を閉じる。{{main|スチャラカ社員#ABCセンターと転機|よしもと新喜劇#地方への番販と打倒ABC}}{{see also|日曜笑劇場#腸捻転時代}} こうして2人の共同作業は当番組だけとなるが、1年間で3回のシリーズ変更をする。視聴率第一主義の澤田と、出演者の特性を理解したギャグを書き続けたかった香川の路線対立が『スチャラカ』だけでなく当番組にも飛び火した形となる。2人はほぼケンカ別れの状態となり<ref>[[小林信彦]]『日本の喜劇人』によれば、決定的に感情のもつれを招いた原因は、双方の「アクの強さ」である、としている。</ref>、ABCは澤田を『てなもんや』から外すべく、[[1968年]](昭和43年)3月29日の放送を持って終了とし、全面リニューアルをかける。 当時、ABCと専属契約をしていた香川は後継となった『[[てなもんや一本槍]]』『[[てなもんや二刀流]]』そして『[[スコッチョ大旅行]]』まで約3年間、この時間に放送されたコメディ番組の脚本を引き続き担当したが、スポンサーの前田製菓は当番組の終了と同時に降板、『一本槍』以降は藤田の発する決め台詞も変わりさらにイメージを落とす。視聴率と重要スポンサーを同時に失う原因を作ったとして澤田はABC社内で「戦犯扱い」を受け、『[[上方落語をきく会|ABC上方落語をきく会]]』事務局担当へ左遷。ディレクターの職務からも外され、後の「社籍を残したままでの『[[東阪企画]]』設立」への伏線を作る結果となった。{{main|スチャラカ社員#ABC日曜夕方枠への影響と澤田の処遇|澤田隆治#朝日放送在職時代}}{{see also|香川登志緒#澤田隆治|てなもんや一本槍#概要}} == 現存する映像 == 当時はビデオテープが高価だったことなどから映像が残っていない場合がほとんどで、この番組も例外ではない。しかし演出の澤田が、当時登場したばかりで高価だった家庭用VTRを個人で購入し、最後の1年程の分を録画した<ref>「てなもんや三度笠 爆笑傑作集1」の解説書に書かれている澤田の回想によれば、「50本あまり」が手許に残っているという。</ref>。ただ再生不能なテープも多く、再生可能の数十本のみが、VHS・DVDでリリースされている。 また澤田の録画分とは別に、[[キネコ]]で録画された第218話「奥入瀬の襲撃」(1966年7月3日放送)も残っており、コナミから発売されたビデオにのみ収録されていた。なお[[放送ライブラリー]]ではこの第218話のほか、『てなもんや一本槍』『てなもんや二刀流』が各1本収蔵されており、視聴することができる。 === ソフト化 === *てなもんや三度笠([[コナミ|コナミ工業]]、1巻3話・全4巻、VHS) *てなもんや三度笠 傑作選([[大映]]、発売:ヴイワン、1巻3話・全5巻、VHS) *てなもんや三度笠 決定版([[東阪企画]]、発売:ヴイワン、1巻3話・全5巻、VHS) *てなもんや三度笠 爆笑傑作集([[日本コロムビア|コロムビア]]、1巻2話・全5巻、VHS・DVD) **演出の澤田隆治が個人的に、当時は非常に珍しかった家庭用ビデオで録画しておいたものを、商品化した。番組は途中でカラー化しているが、ビデオがカラーに対応していないため、すべてモノクロ映像である。 == エピソード == *番組開始当初は時間帯的不利(当時、日曜は外出していてテレビを観ないという風潮があった)なこともあり「せめて[[東海道五十三次]]を走破できる53回まで出来れば」と、1年も持てば儲けものと考えられていた。当初の視聴率は10%いかないこともあったものの、徐々に上がっていき杞憂に終わる。 *セットに考えられないほどの多額の費用を掛けて臨んだ為に、放送作家や俳優の苦労は並ではなかったと伝えられる。「視聴率は取れて当たり前という時代だったので、当時のギャラは初任給よりも少ないんじゃないか」と、[[藤田まこと]]が後にコメントを残している。また、ゲストに[[鶴田浩二]]に来てもらった際、藤田が「鶴田さんのギャラはなんぼですか?」と聞いたら、スタッフに指1本出され「これだけや!」と言われた。つまり、藤田の1年分という事で、愕然としたという。 *あまりの人気に「映画版」が何本も作られたが、映画製作中にTVシリーズが休みになるわけではなく、藤田まこと等の役者陣は映画とテレビとの掛持ちで、おそるべき忙しさであったという。 *[[1967年]](昭和42年)[[3月19日]]放送、第255話「上野の戦争」の[[官軍]]と[[彰義隊]]の砲撃戦シーンでは2トンの火薬が使用されており、カメラが衝撃で何度もブレている。 *制作局のABCは当時TBS系列だったが、その後[[MBSテレビ|MBS]]との[[ネットチェンジ|ネット交換]]により、[[テレビ朝日]][[All-nippon News Network|系列]](当時は、NETテレビ系列)にネットチェンジしている事から、[[テレビ朝日]]が開局30周年記念番組の中で、系列局制作の過去の番組として紹介したことがあった。また、藤田が死去した際には、テレビ朝日は系列内ということもあり、大意列に先駆けてABCから『報道ステーション』等の報道番組への映像提供を受けていた。 *藤田まことは後年、前田製菓のセサミハイチのラジオCMに出演し「当たり前田のセサミハイチ。最近は、これですわー」と言っている。本番組の[[パロディ]]である。 **そのパロディはすでに当番組の放送中に行っていた。一つは、[[讀賣テレビ放送|よみうりテレビ]]制作・[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系列の上方コメディ『[[俺はすけてん]]』([[1964年]]放送。主演:[[人見きよし]])で、第1回目に藤田が小坊主の「'''鈍念'''」、白木が「'''くずかけの時次郎'''」と、お互いの役柄を交換して出演した。二つ目は、同局放送のバラエティ『[[マイ・チャンネル!]]』([[1967年]]放送)で、第1回目のゲストの藤田が当番組のパロディをやっていた。 *[[月亭八方]]の実家の[[福島区]]は朝日放送の近くであったため、撮影が終わったあと若手出演者の泊まり場所になっていた。八方の母もよくおにぎりなどを作っては差入れしていた<ref>『[[なるみ・八方のごきげんさん!]]』での回顧。</ref>。 *[[2008年]](平成20年)[[2月15日]] [[NHK大阪放送局]]([[関西ローカル]])で放送された『[[かんさい特集]] [[西川きよし|きよし]]と[[天童よしみ|よしみ]]の浪速ナイトショー』の中で藤田と白木が数年ぶりに競演を果たし、藤田は「2008年の目標で、もう一度『てなもんや三度笠』をやりたい」とコメントをした。 *「藤田まことさんをしのぶ会」にて当時のVTRが放映されたが、[[黒柳徹子]]は当時生放送の裏番組(NHK)に出演しており、「てなもんや三度笠を一度も見たことがなかったせいで『当たり前田のクラッカー』に爆笑をしてしまった」と語っている。しかし、しのぶ会ということもあり黒柳以外は全員誰も笑っていなかったのである。 == 映画化 == ;東映版(東映京都撮影所制作)モノクロ[[シネマスコープ]] * てなもんや三度笠(1963年6月9日) [[内出好吉]]監督 * 続てなもんや三度笠(1963年10月13日) [[内出好吉]]監督 ;東宝版(東宝、宝塚映画、渡辺プロ共同制作)カラー東宝スコープ * [[てなもんや東海道]](1966年8月14日) [[松林宗恵]]監督 * [[幕末てなもんや大騒動]](1967年3月12日) [[古澤憲吾]]監督 * [[てなもんや幽霊道中]](1967年9月2日) [[松林宗恵]]監督 === 補足 === * 東宝版の内『東海道』と『幽霊道中』は、東宝マーク→制作クレジット→プロローグシーンの一部のみ、モノクロ・スタンダードとなっている。これは、プロローグでモノクロ・スタンダードからカラー・シネスコへと変えるギャグのためである(当時[[東映]]でTV版ブローアップ作品が頻繁に上映されているため、それを逆手に取ったギャグだった)。 *東映版の劇場版は藤田まことが2010年2月に死去したのを受けて同年5月21日にDVD版が緊急発売された(それ以前にVHS版は販売されていた)。 *一方の東宝版は、[[DVDマガジン]]「昭和の爆笑喜劇」([[講談社]])より、『東海道』が[[2013年]][[8月27日]]に発売、『大騒動』が同年[[9月24日]]、『幽霊道中』が同年[[10月22日]]にそれぞれ発売され、DVDマガジンとはいえ初のDVD化となった。 == 漫画化 == [[水島新司]]、[[山根赤鬼]]、[[石井いさみ]]、[[藤木てるみ]]により漫画化されている。 ;水島新司版 :[[日の丸文庫]]・[[光伸書房]]より単行本が発行。全2巻。第1巻は[[1964年]]発行。 ;山根赤鬼版 :「[[なかよし]]」([[講談社]])にて1964-1965年に連載。 ;石井いさみ版 :「[[少年現代]]」([[現代芸術社]])に掲載。 ;藤木てるみ版 :「[[りぼん]]」([[集英社]])にて1964年に掲載。 == 脚注 == <references /> == 関連項目 == *[[ABCテレビ番組一覧]] == 外部リンク == * [http://www.v-1.co.jp/ 株式会社ヴイワン] - ビデオ版でも、他の版に収録されていないエピソードのみをおさめたレア・シリーズ「傑作選」のビデオを販売している。 * [http://web.archive.org/web/20070820175056/http://www.kobe-np.co.jp/rensai/tv50/07.html 神戸新聞 Web News 関西素材 関西風味 テレビ50年 7.公開収録] - 番組にまつわるエピソードが記載されている、[http://www.kobe-np.co.jp/rensai/tv50/07.html オリジナル]の2007年8月20日のアーカイブ *[http://ysw.digi2.jp/tenamonya/ てなもんや三度笠研究所] {{前後番組 | 放送局=[[ABCテレビ|朝日放送]]・[[TBSテレビ|TBS]][[Japan News Network|系列]] | 放送枠=日曜18:00 - 18:30枠<br />【当番組まで[[前田製菓]]一社提供枠】 | 番組名=てなもんや三度笠<br />(1962年5月 - 1968年3月) | 前番組=[[アチャコのどっこい御用だ]] | 次番組=[[てなもんや一本槍]] }} {{Tv-stub}} {{Manga-stub}} {{DEFAULTSORT:てなもんやさんとかさ}} [[Category:1962年のテレビ番組 (日本)]] [[Category:朝日放送のバラエティ番組]] [[Category:TBSのバラエティ番組]] [[Category:コメディ番組]] [[Category:一社提供番組]] [[Category:漫画作品 て|なもんやさんとかさ]] [[Category:水島新司]] [[Category:なかよし本誌の漫画作品]] [[Category:キングレコードの楽曲]] [[Category:江戸時代の侠客を題材とした作品]]
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