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太田プロダクション

提供: Wikippe
(太田プロから転送)

テンプレート:基礎情報 会社

ファイル:Samon eleven building samoncho shinjuku tokyo.JPG
かつて本社が入っていた「左門イレブンビル」。(東京都新宿区左門町)四谷三丁目駅近くに所在。2009年9月、近所のビル内に移転。

株式会社太田プロダクション(おおたプロダクション)は、日本の芸能事務所。所在地は東京都新宿区。

1963年(昭和38年)7月20日、新宿松竹文化演芸場の支配人から転身した磯野勉が設立。社長は磯野、夫人の磯野(旧姓:太田)泰子が副社長を務める。日本音楽事業者協会(音事協)に加盟している。

概要

関東では老舗のお笑いタレント事務所。創設以来数々のお笑いタレントを輩出している。

1960年代初期のトリオコント・ブームでは、てんぷくトリオやナンセンストリオ、トリオ・スカイライン、ギャグメッセンジャーズを輩出。1970年代末期の第一次ものまねブームでは、はたけんじ、若人あきら(現・我修院達也)や、当時、コミックバンドとして活動していた殿さまキングスを輩出した。

1980年代の漫才ブーム以降は、『オレたちひょうきん族』に出演したツービートや片岡鶴太郎、山田邦子らを次々と世に送り出した。1990年代以降はダチョウ倶楽部、松村邦洋、劇団ひとりといったお笑い芸人を輩出しており、主にピン芸人が活躍する傾向にある。

川島なお美や高島礼子、斉藤慶子ら俳優陣も多数在籍している。

1980年代にはビートたけしや片岡鶴太郎、山田邦子らといった当時のテレビ界には必要不可欠だったタレントを数多く抱えていたことから「泣く子も黙る太田プロ」と称され、在京キー局においては吉本興業以上に強い影響力を持っていたが、たけしをはじめとしたたけし軍団らが独立しオフィス北野を設立したことや、看板タレントの一人である片岡鶴太郎が俳優業にシフトしたことにより一時の影響力は影を潜めている。その後も所属タレントの独立・移籍・解散などが繰り返されながらも、一線で活動する数多くの有名俳優やタレントを抱えている。

2000年代後半以降はAKB48の大島優子[1]、前田敦子[2]、小野恵令奈[3]、指原莉乃[4]、北原里英、野呂佳代[5]、横山由依、入山杏奈がoffice48やAKSから移籍している。またプロボクサーのライセンスを取得した片岡鶴太郎の縁で、元プロボクシング世界王者のマネジメントも手掛けている。

所属タレントの報酬(ギャラ)は社長から現金で手渡しというシステムを取っている[6]。

所属タレント

あ行

あ

い

う

え

  • 江嵜大兄
  • 枝元深佳

お

か行

か

き

  • 北里傑
  • 北原里英(AKB48・Not yet)
  • 北林明日香
  • 木村優希(NAKED BOYZ)
  • ギャルズ(戦艦蓮見。、手塚ジャスティス、ベーグル吉村)

く

け

こ

さ行

さ

し

す

せ

た行

た

つ

て

と

な行

な

に

  • 二宮直子

ね

の

は行

は

ひ

ふ

へ

  • 別府武彦

ほ

ま行

ま

み

む

め

も

や行

や

よ

ら行

ら

  • LOVE40(バネッサ、クロワッサン)

ろ

  • 六六三六(柳沢太郎、柴田賢佑)

わ行

かつて所属していたタレント

男性

女性

グループ

脚注

関連項目

外部リンク


テンプレート:太田プロダクション テンプレート:日本音楽事業者協会

  1. ↑ 2014年6月に卒業。
  2. ↑ 2012年8月に卒業。
  3. ↑ 2010年9月に卒業。同年11月に当事務所との契約終了。2011年10月よりレプロエンタテインメントに所属。
  4. ↑ 2012年6月にHKT48に移籍。
  5. ↑ 2010年2月に卒業しSDN48に完全移籍。2012年3月にSDN48を卒業。
  6. ↑ 『たかじん胸いっぱい』で上島竜兵が出演した時に語った。