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	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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	<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<title>デレク・ジーター</title>
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		<updated>2014-08-25T05:18:56Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;61.114.202.48: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Infobox baseball player&lt;br /&gt;
|選手名             = デレク・ジーター&lt;br /&gt;
|英語表記           = Derek Jeter&lt;br /&gt;
|所属球団           = ニューヨーク・ヤンキース&lt;br /&gt;
|背番号             = 2&lt;br /&gt;
|選手写真ファイル名 = Derek Jeter 2007 in Baltimore.jpg&lt;br /&gt;
|写真サイズ         = 280&lt;br /&gt;
|国籍               = {{USA}}&lt;br /&gt;
|出身地             = [[ニュージャージー州]]ペカノック &lt;br /&gt;
|生年月日           = {{生年月日と年齢|1974|6|26}}&lt;br /&gt;
|没年月日           = &lt;br /&gt;
|身長               = {{フィートとcm (身長用変換)|6|3}}&lt;br /&gt;
|体重               = {{ポンドとkg (体重用変換)|195}}&lt;br /&gt;
|利き腕             = 右&lt;br /&gt;
|打席               = 右&lt;br /&gt;
|守備位置           = [[遊撃手]]&lt;br /&gt;
|プロ入り年度       = [[1992年のMLBドラフト|1992年]]&lt;br /&gt;
|ドラフト順位       = ドラフト1巡目(全体6位)で[[ニューヨーク・ヤンキース]]から指名&lt;br /&gt;
|初出場             = 1995年5月29日 [[シアトル・マリナーズ]]戦&lt;br /&gt;
|最終出場           = &lt;br /&gt;
|年俸               = $16,729,365（2013年）&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|url=http://espn.go.com/mlb/player/_/id/3246/derek-jeter|title=Derek Jeter Stats, News, Pictures, Bio, Videos|work=[[ESPN|ESPN.com]]|language=英語|accessdate=2013-08-30}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
|経歴               = &amp;lt;nowiki&amp;gt;&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[ニューヨーク・ヤンキース]] (1995 - )&lt;br /&gt;
|代表チーム         = {{Flagicon|USA}} [[野球アメリカ合衆国代表|アメリカ合衆国]]&lt;br /&gt;
|WBC                = [[2006 ワールド・ベースボール・クラシック|2006年]]、[[2009 ワールド・ベースボール・クラシック|2009年]]&lt;br /&gt;
|選出国             = &lt;br /&gt;
|選出年             = &lt;br /&gt;
|得票率             = &lt;br /&gt;
|選出方法           = &lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;デレク・サンダーソン・ジーター&#039;&#039;&#039;（&#039;&#039;&#039;Derek Sanderson Jeter&#039;&#039;&#039;, [[1974年]][[6月26日]] - ）は、[[アメリカ合衆国]]・[[ニュージャージー州]]ペカノック出身の[[プロ野球選手]]（[[遊撃手]]）。右投右打。[[メジャーリーグベースボール|MLB]]・[[ニューヨーク・ヤンキース]]に所属。ヤンキース第11代目主将。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1995年]]のデビュー以来、現在までニューヨーク・ヤンキース一筋でプレーしており、5回の[[ワールドシリーズ]]優勝を経験している。現在のMLBを代表するスーパースターであり、ヤンキース・ファンからは敬意を持って「&#039;&#039;&#039;キャプテン&#039;&#039;&#039;（&#039;&#039;The Captain&#039;&#039;）」と呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
=== アマチュア時代 ===&lt;br /&gt;
アメリカ合衆国ニュージャージー州ペカノックにて、[[アフリカ系アメリカ人]]（黒人）である父チャールズ、[[アイルランド系アメリカ人]]（白人）である母ドロシーの間に生まれる。父は[[心理学]]の[[Ph.D.]]を持つ[[カウンセラー]]であり&amp;lt;ref name=&amp;quot;kalamazookid&amp;quot;&amp;gt;{{cite journal|last=Jeter|first=Derek|title=Kalamazoo Kid|journal=Sports Illustrated|date=February 2, 2004|url=http://sportsillustrated.cnn.com/magazine/features/si50/states/michigan/essay/|accessdate=July 7, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、母は[[税理士]]であった。家族には他に妹のシャーリーがいる&amp;lt;ref name=&amp;quot;usatoday&amp;quot;&amp;gt;{{cite news|url=http://www.usatoday.com/sports/baseball/99play/wsfs41.htm|title=For Yanks&#039; Jeter, life is beautiful|work=[[USA Today]]|author=Ian O&#039;Connor|date=October 26, 1999|accessdate=July 10, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
4歳の時に[[ミシガン州]][[カラマズー (ミシガン州)|カラマズー]]へ移住。その後も毎年の夏休みにはニュージャージーに住む祖父母の下で暮らしていた。大のヤンキースファンであった祖母からキャッチボールを教わり、頻繁に[[ヤンキー・スタジアム (1923年)|ヤンキースタジアム]]に観戦に連れて行ってもらったことで、デレクも祖母と同じようにヤンキースファンになった&amp;lt;ref name=usatoday&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[[梅田香子]],[http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/mlb/players/matsui/column/200303/0326umed_01.html 『松井秀喜 メジャー交友録』 VOL.4　目指せ新人王！ 松井にジーターの輝きを（前編）],スポーツナビ,2003/03/25&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name=espnclassic&amp;gt;{{cite news|url=http://sports.espn.go.com/espn/classic/bio/news/story?page=Jeter_Derek|title=Jeter Drives the Yankees|work=[[ESPN Classic]].com|author=Acocella, Nick|date=September 9, 2006|accessdate=July 23, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。大学野球でショートを守っていた父親の影響で5歳の頃から野球を始める&amp;lt;ref name=&amp;quot;kalamazookid&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。父はミシガン州へ移り住んでから地元[[デトロイト・タイガース]]のファンになっていたが、ヤンキースを熱心に応援するデレクの影響でヤンキースファンへと転向した。タイガースの本拠地[[タイガー・スタジアム]]でのヤンキース戦には、車で2時間半かけて観戦に訪れ、父にいつかこの舞台でプレーすることを約束した&amp;lt;ref name=&amp;quot;kalamazookid&amp;quot; /&amp;gt;。お気に入りの選手は[[デーブ・ウィンフィールド]]で風貌が父親に似ていたことと、偶然にも父親と同じ分野の慈善事業に携わっていたことが大きいという&amp;lt;ref name=&amp;quot;lifeyouimagine&amp;quot;&amp;gt;{{Cite book |last=Jeter |first=Derek |coauthors=Jack Curry |year=2000 |title=The life you imagine : life lessons for achieving your dreams |publisher=Crown Publishers |location=New York |isbn=9780609807187}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カラマズー・セントラル高校時代から頭角をあらわし、通算で5割を超える打率を残した。{{by|1992年}}にはアメリカ野球コーチ連盟（The American Baseball Coaches Association）から高校年間最優秀選手賞（The High School Player of the Year）に選出されている。また、[[バスケットボール]]でも州を代表する選手として活躍していた&amp;lt;ref name=&amp;quot;lifeyouimagine&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== マイナー時代 ===&lt;br /&gt;
[[1992年のMLBドラフト]]の注目選手となったジーターは、当時[[ヒューストン・アストロズ]]のスカウトを務めていた[[ハル・ニューハウザー]]に見出され、アストロズの1巡目指名候補となった。しかし、ジーターは[[ミシガン大学]]から奨学金のオファーを受けており、契約金の高騰が予想されたため、アストロズはジーターの指名を見送り、[[フィル・ネビン]]を全体1位で指名した&amp;lt;ref name=&amp;quot;olney2004&amp;quot;&amp;gt;{{cite news|url=http://sports.espn.go.com/mlb/columns/story?columnist=olney_buster&amp;amp;id=1863947|title=Jeter: Dynasty&#039;s child|author=Buster Olney|work=[[ESPN]]|date=August 23, 2004|accessdate=July 13, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt; 。ジーターはニューヨーク・ヤンキースから1巡目（全米6位）で指名を受け入団した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その際には両親が、オフに大学へ通ってもよいという条項を入れさせ、1992年のオフシーズンに一学期間[[ミシガン大学]]アナーバー校へ通った。しかし、翌1993年のオフシーズンは球団から守備の強化練習を命ぜられたため大学のクラス登録に間に合わず、1994年オフにはメジャーデビュー実現の可能性が高まり住居を球団のトレーニング施設のあるフロリダ州タンパに移したため、学業は中断している&amp;lt;ref name=&amp;quot;lifeyouimagine&amp;quot;/&amp;gt;。2004年には、[[スポーツ・イラストレイテッド]]誌に寄せた手記の中で、将来的に学業を再開したいという希望を持っていること明かした&amp;lt;ref name=&amp;quot;kalamazookid&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
プロとしてのキャリアは、[[マイナーリーグ]]ルーキー級[[ガルフ・コーストリーグ・ヤンキース]]からスタート。ルーキー級では打率.202と苦しんだが、その年の後半にはA級[[w:Greensboro Grasshoppers|グリーンズボロ・グラスホッパーズ]]へと昇格&amp;lt;ref name=&amp;quot;olney2004&amp;quot; /&amp;gt;。入団当初は守備に難があり、1A時代の1993年には年間56失策を記録した。あまりのエラーの多さから、ジーターは自主的に居残り練習を行い、徹底的に守備を鍛えていった&amp;lt;ref name=&amp;quot;olney2004&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。家族への愛着がひときわ強く、新人時代には[[ホームシック]]にかかり、給料のほとんどをつぎ込んで毎日長距離電話で両親に電話をしていたという&amp;lt;ref name=&amp;quot;lifeyouimagine&amp;quot;/&amp;gt;。1993年にはA級で打撃成績が飛躍的に向上し、数々の賞を受賞。当時低迷していたヤンキースの期待の若手となる。&amp;lt;ref name=&amp;quot;sal&amp;quot;&amp;gt;{{cite web|url=http://espn.go.com/classic/biography/s/jeterderekadd.html|title=Jeter always in position to win|accessdate=2008-09-08|author=Acocella, Nick|year=2007|publisher=[[ESPN Classic]]}}&amp;lt;/ref&amp;gt;その後順当にA級[[タンパ・ヤンキース]]、AA級[[リッチモンド・フライングスクウォーレルズ|オールバニ・コロニー・ヤンキース]]、AAA級[[コロンバス・クリッパーズ]]と昇格していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|1994年}}にはマイナーリーグでの通算[[打率]].344を残し、[[ベースボール・アメリカ・マイナーリーグ年間最優秀選手賞]]（Minor League Player of the Year）に選出された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ヤンキース時代 ===&lt;br /&gt;
[[Image:Derek Jeter on Aug 3 2007.jpg|thumb|200px|ピンストライプのユニフォーム姿のジーター]]&lt;br /&gt;
{{by|1995年}}に怪我で戦列を離れた[[トニー・フェルナンデス]]の代役としてメジャー昇格を果たし、5月29日の[[シアトル・マリナーズ|マリナーズ]]戦でデビュー。13試合に出場し、打率.234・0本塁打・6打点の成績で[[6月11日]]にマイナーへ降格したが、[[9月3日]]にメジャー昇格を果たし、その後2試合に出場しシーズンを終えた&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|url=http://mlb.com/team/player_career.jsp?player_id=116539&amp;amp;y=1995|title=Derek Jeter 2007 Career Highlights|language=英語 |accessdate=2008年5月25日 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|1996年}}は、{{by|1962年}}の[[トム・トレッシュ]]以来となるルーキーでの開幕スタメン遊撃手に抜擢され、ソロ[[本塁打]]を放つなど、[[クリーブランド・インディアンス]]からの勝利に貢献している&amp;lt;ref name=&amp;quot;bio1996&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web|url=http://mlb.com/team/player_career.jsp?player_id=116539&amp;amp;y=1996|title=Derek Jeter 1996 Career Highlights|language=英語 |accessdate=2008年5月25日 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[9月5日]]から[[9月27日]]にかけて17試合連続安打を記録、新人選手としては球団史上[[ジョー・ディマジオ]]の18試合に次ぐ最長記録となった&amp;lt;ref name=&amp;quot;bio1996&amp;quot;/&amp;gt;。この年にレギュラーに定着し、打率.314を残して[[ルーキー・オブ・ザ・イヤー (MLB)|新人王]]を満票で受賞&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|url=http://www.baseball-reference.com/awards/awards_1996.shtml#ALroy|title=Baseball Awards Voting for 1996 - Baseball-Reference.com |language=英語 |accessdate=2008年5月25日 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。同年の[[ポストシーズン]]でも活躍し、ヤンキースにとって18年ぶりのワールドチャンピオン奪取に大きく貢献した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|1997年}}は159試合に出場し、打率.291・10本塁打・70打点と前年以下の数字となった。{{by|1998年}}[[6月4日]]から初の[[故障者リスト]]入りとなり12試合に欠場した&amp;lt;ref name=&amp;quot;bio1998&amp;quot;/&amp;gt;。8月には50安打を放ち、球団史上ディマジオの53安打（1941年7月）以来の月間50安打を達成し&amp;lt;ref name=&amp;quot;bio1998&amp;quot;/&amp;gt;、[[プレイヤー・オブ・ザ・マンス|月間MVP]]に選出された。この年トータルで打率.324・19本塁打・84打点を記録し、MVPの投票で3位に入った。本塁打数は[[ロイ・スモーリー]]の遊撃手としての球団記録16を更新し、203安打を放ち、遊撃手として球団史上2人目となる200本安打を達成した&amp;lt;ref name=&amp;quot;bio1998&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web|url=http://mlb.com/team/player_career.jsp?player_id=116539&amp;amp;y=1998|title=Derek Jeter 1998 Career Highlights|language=英語 |accessdate=2008年5月25日 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|1998年}}は初めて[[1998年のMLBオールスターゲーム|オールスターゲーム]]に選出され、シーズンでは149試合に出場。19本塁打84打点30盗塁、打率.324だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|1999年}}には打率.349（リーグ2位）、134得点（リーグ2位）、219安打（リーグ1位）と、いずれも自己最高の成績を残した。また、本塁打（24）、打点（102）、出塁率（.438）、長打率（.552）などでも自己最高を記録した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2000年}}は148試合に出場し、15本塁打73打点22盗塁、打率.339だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2001年}}にヤンキースと総額1億8,900万ドルの10年契約を結んだ。この年は148試合に出場し、15本塁打73打点22盗塁、打率.339だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2002年}}は157試合に出場し、18本塁打75打点32盗塁、打率.297だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2003年}}4月1日に左肩の故障で15日間の故障者リスト入りし、5月13日に復帰。故障の影響で、5年連続選出されていたオールスターゲームには選ばれなかった。6月3日には[[ドン・マッティングリー]]が1991年 - 1995年に務めて以来空位となっていた、ヤンキース11代目のキャプテンに就任した。この年は119試合に出場し、10本塁打52打点11盗塁、打率.324だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2004年}}は2年ぶりに[[2004年のMLBオールスターゲーム|オールスターゲーム]]に選出され、シーズンでは154試合に出場。23本塁打78打点23盗塁、打率.292だった。オフに自身初となる[[ゴールドグラブ賞]]を受賞した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/press_releases/press_release.jsp?ymd=20041102&amp;amp;content_id=909213&amp;amp;vkey=pr_nyy&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=nyy|title=Jeter statement on Gold Glove|work=MLB.com Yankees Press Release|author=|date=November 2, 2004|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2005年}}は159試合に出場し、10本塁打70打点14盗塁、打率.309だった。オフには2年連続でゴールドグラブ賞を受賞した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/press_releases/press_release.jsp?ymd=20051101&amp;amp;content_id=1263360&amp;amp;vkey=pr_nyy&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=nyy|title=Statement from Derek Jeter regarding 2005 Gold Glove|work=MLB.com Yankees Press Release|author=|date=November 1, 2004|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2006年}}、[[2006 ワールド・ベースボール・クラシック|ワールド・ベースボール・クラシック]]に[[2006 ワールド・ベースボール・クラシック・アメリカ合衆国代表|米国代表]]の一員として出場し、チームは2次リーグで敗退したものの、自身はベストナイン（遊撃手部門）に選出された。その後開幕したシーズンでは打率.343（リーグ2位）、213安打（リーグ3位）と打撃面で好成績を残し、[[ゲーリー・シェフィールド]]や[[松井秀喜]]が故障離脱するなど苦しいチームを地区優勝に導いたとして[[最優秀選手 (MLB)|MVP]]候補の最右翼に挙げられた&amp;lt;ref&amp;gt;[[出野哲也]]「ア・リーグMVP&amp;amp;サイ・ヤング賞　真のMVPは誰だ!!」　『月刊スラッガー』104号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-12、8-13頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;。結果は[[ジャスティン・モルノー]]（[[ミネソタ・ツインズ|ツインズ]]）にMVPを譲ったものの、[[ハンク・アーロン賞]]と[[シルバースラッガー賞]]、3年連続となるゴールドグラブ賞を受賞した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2007年}}は156試合に出場し、12本塁打73打点15盗塁、打率.322だった。2年連続でシルバースラッガー賞を受賞したが、3年連続で受賞していたゴールドグラブ賞は受賞を逃してしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2008年}}は150試合に出場し、11本塁打69打点11盗塁、打率.300だった。オフに3年連続となるシルバースラッガー賞を受賞。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:Derek Jeter Hit -2722 edit.jpg|thumb|left|200px|ヤンキース球団安打記録樹立時（2009年）]]&lt;br /&gt;
{{by|2009年}}、[[2009 ワールド・ベースボール・クラシック|ワールド・ベースボール・クラシック]]に[[2009 ワールド・ベースボール・クラシック・アメリカ合衆国代表|米国代表]]の一員として再び出場。米国代表に辞退者が相次ぐ中、真っ先に参加を表明し、大会期間中もMLBのスポークスマン的な役割を果たした&amp;lt;ref name=&amp;quot;ss&amp;quot;&amp;gt;出野哲也 「BEST PLAYER RANKING 2009/C 2009捕手ッランキング」 『月刊スラッガー』2009年6月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-6、28頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;。チームは準決勝進出を果たすも日本代表に敗れ、連覇を果たした日本を「優勝は何も驚くことじゃない」と称えた。そして「日本はひどい。みんな足が速いんだ」と感嘆していた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://sankei.jp.msn.com/sports/mlb/090325/mlb0903251036017-n1.htm 【ＷＢＣ】「日本はひどい。みんな足が速いんだ」　ジーター感嘆] 2009.3.25 10:35 MSN産経&lt;br /&gt;
&amp;lt;/ref&amp;gt;。同年8月16日の対[[シアトル・マリナーズ]]戦で、通算2674本目のヒットを放ち、[[ルイス・アパリシオ]]が持っていた遊撃手としての通算安打数メジャーリーグ記録を更新した&amp;lt;ref name=&amp;quot;sshitsmark&amp;quot;&amp;gt;{{Cite web|url=http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20090816&amp;amp;content_id=6456352&amp;amp;vkey=news_mlb&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=mlb|title=Jeter sets all-time shortstop hits mark|language=英語 |accessdate=2009年8月18日 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。9月9日の対レイズ戦で、3安打で[[ルー・ゲーリッグ]]の持つヤンキースの安打記録2721本に並び、2日後のオリオールズ戦で記録を更新した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2009/09/13/21.html ジーター　ゲーリッグ超えの2723安打],スポニチ,2009/09/13&amp;lt;/ref&amp;gt;。シーズン前には年齢から「限界説」も唱えられていたが、例年3～4週間取るオフを2週間で切り上げ、下半身を徹底的に鍛え抜いたことにより、キャリアハイに迫る活躍を見せ&amp;lt;ref name=&amp;quot;sugao&amp;quot;&amp;gt;出村義和,[http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/mlb/text/200909160001-spnavi.html ジーターの見果てぬ夢 ヤンキースの球団記録を塗り替えたキャプテンの素顔],スポーツナビ(2009/09/16)&amp;lt;/ref&amp;gt;、安打数も2年ぶりに200安打を放った。オフには4年連続となるシルバースラッガー賞と3年ぶりのゴールドグラブ賞を受賞した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2010年}}はシーズンを通して調子があがらず、打率.270と低迷。しかし圧倒的な人気は健在であり、ファン投票でのオールスターゲーム出場は5年連続で達成した。また同年シーズンに、[[ベーブ・ルース]]越えの2874安打を放った。守備では遊撃手として両リーグ1位の守備率.989を記録し、自身5度目のゴールドグラブ賞を獲得。一方で[[守備防御点]]-13（リーグワースト2位）、[[プラスマイナスシステム]]-13（同ワースト2位）、[[UZR]]-4.7（同ワースト3位）と、セイバーメトリクスの点からは守備範囲の極端な狭さが指摘されており、メディアでもこの受賞に批判的な論調が多数を占めた&amp;lt;ref&amp;gt;http://espn.go.com/blog/SweetSpot/post/_/id/6238/gold-glove-results-mixed-as-usual&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;http://sports.espn.go.com/mlb/news/story?id=5784846&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;http://www.fangraphs.com/blogs/index.php/derek-jeter-won-the-gold-glove-because-hes-old/&amp;lt;/ref&amp;gt;。オフの12月7日にヤンキースと総額4800万ドルの3年契約（2014年・800万ドル+出来高900万ドルのオプション付き）に合意した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/press_releases/press_release.jsp?ymd=20101207&amp;amp;content_id=16270464&amp;amp;vkey=pr_nyy&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=nyy|title=Yankees re-sign shortstop Derek Jeter to a three-year contract through 2013 with a one-year player option for 2014|work=MLB.com Yankees Press Release|author=|date=December 7, 2010|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20101207&amp;amp;content_id=16270452&amp;amp;vkey=news_nyy&amp;amp;c_id=nyy|title=Jeter happy with deal, displeased by process|work=MLB.com|author=Bryan Hoch|date=December 7, 2010|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2011年}}7月10日、対レイズ戦（[[ヤンキー・スタジアム]]）第2打席目に本塁打を打ち、メジャー史上28人目・ヤンキース史上初の3000本安打を達成。本塁打での達成は[[ウェイド・ボッグス]]に次ぐメジャー史上2人目の記録である。同試合では5打数5安打の活躍で決勝打も放ち、自らの偉業に花を添えた。シーズンでは終盤に復調して前年より打率は上がったが、本塁打はレギュラー定着後最低の6本で、連続二桁本塁打は15年で途切れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2012年}}は3年ぶりに打率3割をクリアし、リーグ最多の216安打を放って復活を印象づけた。ただし、盗塁はレギュラー定着後初めて1桁に終わり、[[守備防御点]]－18、[[UZR]]－15.4はいずれも両リーグの遊撃手で最下位の数字だった&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.fangraphs.com/leaders.aspx?pos=ss&amp;amp;stats=fld&amp;amp;lg=all&amp;amp;qual=y&amp;amp;type=1&amp;amp;season=2012&amp;amp;month=0&amp;amp;season1=2012&amp;amp;ind=0&amp;amp;team=0&amp;amp;rost=0&amp;amp;age=0&amp;amp;filter=&amp;amp;players=0&amp;amp;sort=9,d Major League Leaderboards » 2012 » Shortstops » Fielding Statistics | FanGraphs Baseball]&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[デトロイト・タイガース]]とのALCS第1戦で、延長12回表にゴロを捌いた際に足首を骨折。全治3ヶ月の診断を受け、チームから離脱を余儀なくされた。オフに3年ぶり5度目となるシルバースラッガー賞を受賞した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2013年}}は前年の怪我の影響で、3月31日に15日間の故障者リスト入りし、4月27日に60日間の故障者リストへ異動&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20130427&amp;amp;content_id=45941858&amp;amp;vkey=news_nyy&amp;amp;c_id=nyy|title=Nova to DL with triceps strain; Nuno promoted|work=MLB.com|author=Paul Casella|date=April 27, 2013|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。7月11日に復帰した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20130710&amp;amp;content_id=53340498&amp;amp;notebook_id=53377096&amp;amp;vkey=notebook_nyy&amp;amp;c_id=nyy|title=Gardner, Hafner bruised but day to day|work=MLB.com|author=Bryan Hoch, Josh Vitale|date=July 11, 2013|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;が、同日のロイヤルズ戦で[[大腿四頭筋]]を痛め&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20130712&amp;amp;content_id=53535032&amp;amp;vkey=news_nyy&amp;amp;c_id=nyy|title=Jeter has quad strain, won&#039;t be back until after break|work=MLB.com|author=Bryan Hoch|date=July 12, 2013|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、7月19日に再び15日間の故障者リスト入りした&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20130719&amp;amp;content_id=54049186&amp;amp;vkey=news_nyy&amp;amp;c_id=nyy|title=Jeter placed on 15-day DL with right quad strain|work=MLB.com|author=Bryan Hoch|date=July 19, 2013|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。7月28日に復帰&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20130727&amp;amp;content_id=54946622&amp;amp;notebook_id=54958602&amp;amp;vkey=notebook_nyy&amp;amp;c_id=nyy|title=Jeter could start for Yanks on Sunday after sim game|work=MLB.com|author=David Wilson|date=July 28, 2013|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。復帰後は4試合に出場していたが、8月3日に右ふくらはぎを痛め、8月5日に再び15日間の故障者リスト入りした&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20130804&amp;amp;content_id=55884266&amp;amp;notebook_id=55884528&amp;amp;vkey=notebook_nyy&amp;amp;c_id=nyy|title=Strained right calf could land Jeter on DL again|work=MLB.com|author=Bryan Hoch|date=August 5, 2013|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。8月26日に復帰&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20130826&amp;amp;content_id=58490412&amp;amp;notebook_id=58490416&amp;amp;vkey=notebook_nyy&amp;amp;c_id=nyy|title=Nunez to serve in utility role with Jeter back|work=MLB.com|author=Bryan Hoch|date=August 27, 2013|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。復帰後は12試合に出場していたが、9月8日に左足首を痛め、9月11日にこの年4度目となる15日間の故障者リスト入りした&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20130911&amp;amp;content_id=60276978&amp;amp;vkey=news_nyy&amp;amp;c_id=nyy|title=Jeter&#039;s injury-plagued season comes to an end|work=MLB.com|author=Bryan Hoch|date=September 12, 2013|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。9月14日に60日間の故障者リストへ異動し&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20130914&amp;amp;content_id=60567644&amp;amp;notebook_id=60567652&amp;amp;vkey=notebook_nyy&amp;amp;c_id=nyy|title=Phelps reinstated from DL to bolster bullpen|work=MLB.com|author=Bryan Hoch|date=September 14, 2013|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、そのままシーズンを終えた。この年は度重なる故障の影響で、17試合の出場にとどまり、1本塁打7打点、打率.190だった。オフの11月1日にヤンキースと1200万ドルの1年契約に合意した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20131101&amp;amp;content_id=63611240&amp;amp;vkey=pr_nyy&amp;amp;c_id=nyy|title=Yankees re-sign shortstop Derek Jeter to one-year contract|work=MLB.com Yankees Press Release|author=|date=November 1, 2013|accessdate=August 8, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2014年}}2月12日に、2014年シーズン限りで現役を引退することが発表された&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newyork.yankees.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20140212&amp;amp;content_id=67705652&amp;amp;vkey=pr_nyy&amp;amp;c_id=nyy|title=Statements regarding Derek Jeter announcing retirement following 2014 season|work=MLB.com Yankees Press Release|author=|date=February 12, 2014|accessdate=February 13, 2014}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。7月には2年ぶり14回目となる[[2014年のMLBオールスターゲーム|オールスターゲーム]]にファン投票・遊撃手部門1位で選出された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 選手としての特徴 ==&lt;br /&gt;
{{スポーツ選手の出典明記|選手=プロ野球選手|特徴|section=1|date=2008年4月11日 (金) 11:45 (UTC)}}&lt;br /&gt;
ベースボールにおけるインスティンクト（考える必要なく予測で反応する能力）に優れ、ゲームの進み方に関する卓越した知識を生かし、走攻守全てにおいて頭脳的なプレーを見せる&amp;lt;ref name=&amp;quot;sr200504&amp;quot;&amp;gt;現役スカウト部長による“本物”のスカウティング・レポート『月刊スラッガー』2005年4月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-4、10-13頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;。常に全力を注ぐプレイスタイルの評価が高く、[[メジャーリーグベースボール|MLB]][[ニューヨーク・メッツ]]の[[デビッド・ライト]]や[[NFL]][[ニューイングランド・ペイトリオッツ]]の[[トム・ブレイディ]]、[[デンバー・ブロンコス]]の[[ペイトン・マニング]]など、ジーターに憧れて育った選手たちが各スポーツ界で活躍し始めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 打撃 ===&lt;br /&gt;
[[Image:Derek Jeter batting stance allison.jpg|thumb|200px|ジーターの打撃フォーム]]&lt;br /&gt;
優れた技術と確かな選球眼で安打を積み重ねる好打者。好機で勝負強さを発揮するメジャー屈指の[[クラッチヒッター]]として高く評価されており、「キャプテン・クラッチ（Captain Clutch）」の異名を持つ。2012年に引退した[[アトランタ・ブレーブス]]の強打者[[チッパー・ジョーンズ]]は現役時代、「1点とられたら負けの場面、2アウトで最も打席に迎えたくないのが、デレク・ジーターだ」と述べている&amp;lt;ref&amp;gt;[『MLBカウントダウン』NHKBS1、2012年11月4日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2012年までに年間200本安打を8回達成しており、通算安打数は3300を超える。この記録はいずれもヤンキースの球団記録である。また[[遊撃手]]の通算安打数も、[[ルイス・アパリシオ]]を抜いて歴代1位となった。ハイペースで安打数を積み上げており、35歳までの通算安打数のペースでは通算安打数記録保持者の[[ピート・ローズ]]と比べても遜色がない&amp;lt;ref&amp;gt;芝山幹郎,[http://number.bunshun.jp/mlb/column/view/4115/ ジーターと大きな猫。～好調ヤンキースを牽引する30代～],Number Web(2009/09/09)&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
打球はゴロ性のものが多く、右打ちを得意とする&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/mlb/news/CK2009091302000059.html ジーターは伝説超えた　ゲーリッグ抜く球団新2723案打],中日スポーツ&amp;lt;/ref&amp;gt;。GB/FB（全ゴロ数÷全フライ数）は毎年平均で2.38に達し、打率.343を記録した2006年は3.25に達した。三遊間の深い位置に飛ぶゴロ性の強い打球が多く、加えて俊足であることから[[内野安打]]も多く、ほぼ毎年20本以上の内野安打を放っている。一方で併殺打も多く、2007年、2008年は年間20を超える併殺打を放ってしまった。[http://www.fangraphs.com/statss.aspx?playerid=826&amp;amp;position=SS]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1996年から2003年までの間、年間平均で約111もの三振を喫しており、2番打者としては比較的多かった。ただし、当時としては2番・遊撃というポジションでジーターほどの攻撃力を見せる選手はほとんどいなかった。1990年代後半には、[[アレックス・ロドリゲス]]、[[ノマー・ガルシアパーラ]]と共に3大遊撃手と称された。2009年からは1番打者としての起用が主になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
パワーヒッターではなく、首位打者のタイトルにも縁はないが、走攻守（長打・打率・盗塁・守備）全ての分野でどの選手と比較しても必ず何かで勝るという高い次元でバランスの取れた選手である。選球眼もよく、出塁率は高い。通算打率は.314と高く（特に左投手に対しては通算打率.337と強い）、長期に渡り安定した成績を残してきた実績も高く評価されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ネクストバッターズサークルで打順を待っているときに、よく観客席の子供と話をしている姿が見られる。以前にコーチ陣から集中力の妨げになるとたしなめられたこともあったが、「子供たちと試合を楽しみたいんだ。自分には集中力に関する問題はない」と自分のスタイルを貫きとおしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 走塁 ===&lt;br /&gt;
{{節stub}}&lt;br /&gt;
右打者ながら一塁到達まで4.1秒、セーフティバントを試みる際には4.0秒を切ることもある俊足を誇ってきたが&amp;lt;ref name=&amp;quot;sr200504&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;、2008年頃にはスピード面で衰えを指摘されるようになった&amp;lt;ref name=&amp;quot;ss&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[盗塁]]数は減少の一途を辿るが、成功率は健在で下半身強化に取り組んだ2009年には3年ぶりの30盗塁に到達し、通算300盗塁も達成した。スライディングする際は、ほとんどがヘッドスライディングである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 守備 ===&lt;br /&gt;
[[Image:Derek Jeter pregame ground balls 2011.jpg|thumb|left|200px|ジーターのフィールディング]]&lt;br /&gt;
特徴の一つとして、強烈な印象を残す守備が挙げられる。もっとも象徴的なものとして語られるのが、2001年の[[オークランド・アスレチックス|アスレチックス]]とのALDS（アメリカンリーグ・ディビジョンシリーズ）第3戦で見せたプレイである。ヤンキースの1点リードで迎えた7回2死一塁からヤンキースの先発投手[[マイク・ムッシーナ]]がアスレチックスの[[テレンス・ロング]]にライト線を破る長打を浴びる。[[右翼手]]の[[シェーン・スペンサー]]が本塁に返球したところ、中継に入った[[一塁手]]の[[ティノ・マルティネス]]の頭を超える悪送球になってしまう。ボールが本塁数メートル前の一塁側ファウルラインのあたりを転がるところにジーターが飛び込み、右手でつかんだボールをそのまま[[捕手]]の[[ホルヘ・ポサダ]]にバックトス、走者の[[ジェレミー・ジアンビ]]（[[:en:Jeremy Giambi|Jeremy Giambi]]、[[ジェイソン・ジアンビ]]の弟で当時は兄弟ともにアスレチックス所属）を間一髪でタッチアウトにした&amp;lt;ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{Cite web|url=http://sports.espn.go.com/espn/espn25/story?page=moments/45|title=Jeter&#039;s backhand flip rescues Yankees - ESPN.com|language=英語 |accessdate=2009年9月7日 }}&lt;br /&gt;
&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|url=http://www.youtube.com/watch?v=WqqOZoMnscE#t=1:37:50|title=2001 ALDS, Game 3: Yankees at A&#039;s |language=英語|accessdate=2012年10月7日}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。のちに[[ジェイソン・ジアンビ]]が[[フリーエージェント (プロスポーツ)|フリーエージェント]]でヤンキースに入団した際、彼は真っ先に「おい、あのプレーの練習を見せろ｣と言ったといわれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年8月に発行されたアメリカの雑誌『ベースボール・アメリカ』で発表されたアメリカンリーグ全監督の選考によるアメリカンリーグ部門別ベストツール選手ランキングにおいては「最も守備の上手いショート」部門で選出され、2004年から2006年まで3年連続で[[ゴールドグラブ賞]]を受賞しており、一般の評価は高い。プレーでは三遊間の深い位置に飛んだ内野ゴロを逆シングルで捕球し、そのまま一塁へジャンピングスローする姿がよく見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
グラブ捌きに疑問符がつけられることはない一方で、瞬発力に欠けるため守備範囲は広くなく、打者の特徴や傾向を把握した的確なポジションをとることで動き出しの遅さをカバーしてきた&amp;lt;ref name=&amp;quot;sr200504&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。特に[[セイバーメトリクス]]における守備指標の導入後は、2009年（徹底した下半身の強化に取り組んだ甲斐あって、守備範囲が広まり、各種数値も大幅に向上した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news|url=http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20090727&amp;amp;content_id=6094262&amp;amp;vkey=news_nyy&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=nyy&amp;amp;partnerId=rss_nyy|title=Jeter making long strides at shortstop|author=Bryan Hoch|work=MLB.com|date=July 28, 2009|accessdate=July 29, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
）以外は各指標でいずれも遊撃手中で低い数値であることが明らかになり&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.fangraphs.com/statss.aspx?playerid=826&amp;amp;position=SS#fielding FanGraphs Derek Jeter Advanced Fielding]&amp;lt;/ref&amp;gt;、特に2006年から2008年の3年間を対象にした[[プラス・マイナス・システム]]では全遊撃手中最下位の-68という数値であった&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.billjamesonline.net/fieldingbible/charts/leaders1-0608.gif 2006-2008 Plus/Minus Leaders],The Fielding Bible&amp;lt;/ref&amp;gt;。{{by|2010年}}から{{by|2012年}}までの3年間でも、[[守備防御点]]が合計－42で全遊撃手中最下位だった&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.fangraphs.com/leaders.aspx?pos=ss&amp;amp;stats=fld&amp;amp;lg=all&amp;amp;qual=y&amp;amp;type=1&amp;amp;season=2012&amp;amp;month=0&amp;amp;season1=2010&amp;amp;ind=0&amp;amp;team=0&amp;amp;rost=0&amp;amp;age=0&amp;amp;filter=&amp;amp;players=0&amp;amp;sort=9,d Major League Leaderboards » 2012 » Shortstops » Fielding Statistics | FanGraphs Baseball]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
晩年はコンバート案も浮上し、2009年のWBC後には[[ニューヨーク・タイムズ]]紙がジーターの衰えを指摘し、[[ジミー・ロリンズ]]に比べて守備範囲が狭いことを指摘した上で、外野へのコンバートを提言した&amp;lt;ref&amp;gt;Jack Curry,[http://www.nytimes.com/2009/03/24/sports/baseball/24jeter.html?scp=2&amp;amp;sq=jeter&amp;amp;st=cse Jeter, Face of the U.S. Team, Looks His Age at the Classic],New York Times(英語),2009/03/24&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news|url=http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20090727&amp;amp;content_id=6094262&amp;amp;vkey=news_nyy&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=nyy&amp;amp;partnerId=rss_nyy|title=Jeter making long strides at shortstop|author=Bryan Hoch|work=MLB.com|date=July 28, 2009|accessdate=July 29, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ポストシーズン ===&lt;br /&gt;
[[ポストシーズン]]でも勝負強さを発揮することで知られている。[[2012年]]までのキャリア16年間で合計158試合に出場し、[[本塁打]]20本、[[打率]]／[[出塁率]]／[[長打率]]はそれぞれ.308／.374／.465といずれも高い数字を残している。この間、ヤンキースは{{by|1996年}}、{{by|1998年}}から{{by|2000年}}の3連覇、さらに{{by|2009年}}と、5度の[[ワールドシリーズ]]を制し、ジーターはその中心選手として活躍した。[[2001年のワールドシリーズ]]では打率1割台と低迷し、チームも[[アリゾナ・ダイヤモンドバックス]]に3勝4敗で敗れはしたものの、第4戦で[[金炳賢]]から劇的な[[サヨナラゲーム|サヨナラホームラン]]を放ったことから｢&#039;&#039;&#039;ミスター・ノベンバー&#039;&#039;&#039;（&#039;&#039;Mr.November&#039;&#039; ）」と呼ばれた。[[ワールドシリーズ]]は例年10月中に全日程が終了するが、{{by|2001年}}は[[アメリカ同時多発テロ事件|9・11テロ]]の影響で日程が遅れ、第4戦は10月31日の開催となった。しかし、9回裏にヤンキースが同点に追いつき延長戦に突入し、10回裏にジーターが打席に入った時点で試合時間が3時間30分を超えて日付が11月1日に変わっていた。ヤンキース往年の名選手[[レジー・ジャクソン]]は、ポストシーズンでの活躍により「&#039;&#039;&#039;ミスター・オクトーバー&#039;&#039;&#039;（&#039;&#039;Mr.October&#039;&#039; ）」と呼ばれたが、ジーターの「ミスター・ノベンバー」はそれになぞらえたものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 評価 ===&lt;br /&gt;
ヤンキース一筋、[[ワールドシリーズ]]制覇5回という輝かしい経歴を持ち、打撃タイトルとは無縁ながらもハイペースで安打を積み重ねているジーターは将来の[[アメリカ野球殿堂|殿堂入り]]が確実視されている。2013年1月5日には[[CBSスポーツ]]電子版が「現役選手で殿堂入りが確実な5人」を特集し、[[イチロー]]、[[マリアノ・リベラ]]、[[アルバート・プホルス]]、[[ジム・トーミ]]の4人とともにジーターの名前が挙げられた&amp;lt;ref&amp;gt;http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/01/07/kiji/K20130107004923590.html&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/p-bb-tp2-20130107-1068891.html&amp;lt;/ref&amp;gt;。また、ヤンキースの[[野球の背番号|背番号]]2が[[野球界の永久欠番|永久欠番]]となることも間違いないとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジーターは2014年の時点でメジャー10年以上のベテラン野手では唯一のヤンキース生え抜き野手であり、地元[[ニューヨーク]]では絶大な人気を誇る。2008年の調査では、ニューヨーク市民の好きなアスリートの1位がジーターだった&amp;lt;ref name=&amp;quot;yankees&amp;quot;&amp;gt;[http://www.nydailynews.com/sports/basketball/knicks/2008/03/20/2008-03-20_poll_says_red_sox_more_popular_statewide.html Poll says Red Sox more popular statewide than lowly Knicks] New York Daily News(英語),2009年8月18日閲覧&amp;lt;/ref&amp;gt;。また、2012年後半のMLBレプリカユニフォームの売り上げで第1位&amp;lt;ref&amp;gt;[http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20120930&amp;amp;content_id=39290938&amp;amp;vkey=news_mlb&amp;amp;c_id=mlb　Jeter&#039;s No. 2 is No. 1-selling jersey since break]&amp;lt;/ref&amp;gt;となるなど、ニューヨークに限らず全米規模で注目を集めるスーパースターであり、最も人気のあるMLB選手である。米国の大手調査会社ハリスが実施した「アメリカ人の好きなアスリート」のランキングでは、[[2007年]]に[[タイガー・ウッズ]]に次ぐ2位に入ったのを最高に、毎年のようにトップ10の上位に顔を出している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.harrisinteractive.com/harris_poll/pubs/Harris_Poll_2009_07_16.pdf Tiger’s Great: Tiger Woods is America’s Favorite Sports Star],Harris Poll,2009/07/16&amp;lt;/ref&amp;gt;。{{by|2011年}}の同調査では、[[ペイトン・マニング]]、[[コービー・ブライアント]]らを抑えて初の1位を獲得した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.harrisinteractive.com/NewsRoom/HarrisPolls/tabid/447/mid/1508/articleId/833/ctl/ReadCustom%20Default/Default.aspx　Way To Go - Derek Jeter Has 3,000 Hits and is America&#039;s Favorite Sports Star]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年9月にルー・ゲーリッグの持つ球団最多安打記録を更新した際には、球団記録に過ぎないにもかかわらず、米国メディアは熱狂の渦に包まれた。ジーターにこれほど多くの注目が集まる理由として、ニューヨークという巨大市場に本拠地を置く名門球団ヤンキースに所属するアメリカ人の生え抜き選手であること&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.zakzak.co.jp/sports/mlb/news/20090914/mlb0909141556002-n1.htm イチロー“金字塔”も…米での評価「ほとんど」ナシ],ZAKZAK,2009/09/14&amp;lt;/ref&amp;gt;、「チームの勝利を第一に考え、自分の数字を追わない選手」として相手チームの選手からも尊敬されるロールモデルであること、[[ルー・ゲーリッグ]]という伝説的ヒーローに、現代の模範的ヒーローが挑戦するという図式がアメリカ人に好まれたことなどが挙げられる&amp;lt;ref&amp;gt;[http://s02.megalodon.jp/2009-1001-1920-34/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090915-00000021-san-base 【メジャーリーグ】ジーターとの“報道格差”],[[産経新聞]],2009/09/15&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
類まれな[[リーダーシップ]]を持つ人格者として知られる。チームメイトには常に積極的に声をかけ、ベンチでもホームインした選手を真っ先に出迎える。英語が苦手な選手を食事に誘って英語を教えることもある&amp;lt;ref name=&amp;quot;sugao&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[松井秀喜]]のように、ジーターを慕うチームメイトは非常に多い。ヤンキースで監督を務めた[[ジョー・トーリ]]は、著書の中で「ジーターの新人時代、どうしたらこんな人間ができるのかと思った。最初から言うべきことがあまりなかった。教育というより、どういう人間か知りたくて対話した」と記している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://web.archive.org/web/20051128061519/http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/mlb/headlines/20051122-00000003-kyodo_sp-spo.html 野球好きの日本人に贈る　トーリ監督の著書、出版],スポーツナビ,2005/11/22&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[アフリカ系アメリカ人|黒人]]と[[白人]]の間に生まれた[[混血|ハーフ]]であることで、成長過程では[[人種差別]]を受けることもしばしばあった&amp;lt;ref&amp;gt;幼少期に父親が黒人と言う理由だけで、アパートなど部屋を貸してくれなく、白人の母親が父親に代わって契約していたなど、つらい時期があったと「CBSドキュメント 60Minusts」のインタビューで語っている。[http://www.cbsnews.com/stories/2005/09/22/60minutes/main880059_page3.shtml?tag=contentMain;contentBody]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;lifeyouimagine&amp;quot;/&amp;gt;。しかし両親の賢明な教育方針もあり、家族や友人や教師等、周囲から慕われ愛されながら幸福な子供時代を送った&amp;lt;ref name=&amp;quot;lifeyouimagine&amp;quot;/&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[Buster Olney(2004).THE LAST NIGHT OF THE YANKEE DYNASTY:HarperCollins Publishers Inc.]&amp;lt;/ref&amp;gt;。小学校時代の教師は、たとえ野球選手として有名にならなかったとしても教師の記憶に永久に残る類いの生徒であり、もの静かながらどの人種グループにも自然に溶け込み人を打ち解けた気分にさせる特別な子供だったと語っている。また高校時代の教師も、学業やスポーツに秀でながら奢ったところが全くなく、他の生徒の手助けをする際にも相手に劣等感を抱かせることなく手を差し伸べ、あらゆる人種や経済的背景のグループと分け隔てなく付き合うことのできる生徒だったと証言している&amp;lt;ref&amp;gt;[Buster Olney(2004).THE LAST NIGHT OF THE YANKEE DYNASTY:HarperCollins Publishers Inc.]&amp;lt;/ref&amp;gt;。一方、社会的な場では理不尽な差別を受けることもしばしばあり、特に1992年にドラフト1巡目で念願のヤンキースに入団してマイナーで初シーズンを過ごした後、初めて凱旋気分で帰郷した折にファーストフード店の駐車場で「ニガー」と野次られた経験は、それまでになく悔しく許せないものだった&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.cbsnews.com/stories/2005/09/22/60minutes/main880059_page3.shtml?tag=contentMain;contentBody]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;lifeyouimagine&amp;quot;/&amp;gt;。しかし[[ヤンキー・スタジアム]]のファンから差別語を言われたことは1度もないと語っている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.cbsnews.com/stories/2005/09/22/60minutes/main880059_page3.shtml?tag=contentMain;contentBody]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
毎年優れた成績を残すジーターだが、個人記録にはまったく興味を示さない。「チームスポーツをやっているのだから、何よりも勝つことがすべて」という考えを貫いている。よって、新人の頃から個人成績に関する取材を極端に嫌うことで有名である。また、審判に対しても非常に丁寧に接することで知られる。幼少時代に、父から「審判を敬え、文句を言うな」と言い聞かされて育ったため、審判の判定にクレームをつけることはない。際どい判定で主審と言葉を交わすのも、あくまで確認のためである&amp;lt;ref name=&amp;quot;sugao&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。節目のシーズン200安打を達成した際にも、記念のボールは受け取らない。これについて、[[イチロー]]は、「200本目のヒット（のボール）を取らないのはすごいなと思って。ボール欲しいよね、普通。そういうところで、ジーターって選手にすごみを感じます」とコメントしている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/p-bb-tp2-20120921-1020536.html 「僕に追いつけジーター」／イチ一問一答]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[マンハッタン]]の超高級マンションの1フロアを丸ごと所有している。独身時代の[[松井秀喜]]は同じマンションに住んでおり、ジーター宅で行われたホームパーティーに招かれたことがある&amp;lt;ref&amp;gt;イチローと松井秀喜の対談より&amp;lt;/ref&amp;gt;。その他にもいくつもの別荘を所有しており、2009年には[[フロリダ州]]の[[タンパ]]に大豪邸を建設中であることが報じられた&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news|url=http://www2.tbo.com/content/2009/jul/15/derek-jeters-mansion-will-easily-be-tampas-biggest/news-metro/|title=Derek Jeter&#039;s mansion will easily be Tampa&#039;s biggest home|author=Richard Mullins|work=[[The Tampa Tribune]]|date=July 15, 2009|accessdate=July 18, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
甘いマスクから女性ファンに非常に人気がある。[[プレイボーイ]]として知られ、女性関係の話題は事欠かない。過去には、人気シンガーの[[マライア・キャリー]]&amp;lt;ref name=&amp;quot;autogenerated1&amp;quot;&amp;gt;{{cite web|url=http://sports.espn.go.com/espn/page3/story?page=mcintyre/jeter |title=ESPN.com: Page 3 - Derek Jeter: All-Star ladies&#039; man |publisher=Sports.espn.go.com |date= |accessdate=2008-09-16}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[2000年]]の[[ミス・ユニバース]]優勝者[[ララ・ダッタ]]（[[:en:Lara Dutta|Lara Dutta]]）&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news|url=http://vault.sportsillustrated.cnn.com/vault/article/magazine/MAG1020985/2/index.htm|title=The Toast Of The Town|work=[[Sports Illustrated]]|author=Tom Verducci|date=November 6, 2000|accessdate=July 18, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、歌手[[ジョイ・エンリケス]]（[[:en:Joy_Enriquez|Joy Enriquez]]）&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news|url=http://www.nydailynews.com/archives/news/2001/08/19/2001-08-19_jeter_sweeter_a-rod_says_ok_.html|title=JETER SWEETER A-Rod says OK as ex-date is seen with Yankee star|work=[[New York Daily News]]|author=Bob Gillies, Greg Gittrich, and Kristoffer Garin|date=August 19, 2001|accessdate=July 18, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、女優[[ジョーダナ・ブリュースター]]&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news|url=http://vault.sportsillustrated.cnn.com/vault/article/magazine/MAG1026234/index.htm|title=Sports Beat|work=[[Sports Illustrated]]|date=July 15, 2002|accessdate=July 18, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、女優[[スカーレット・ヨハンソン]]&amp;lt;ref name=&amp;quot;autogenerated1&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;、女優[[ガブリエル・ユニオン]]&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news|url=http://www.nypost.com/seven/01292007/news/regionalnews/dereks_dominos_regionalnews_hasani_gittens.htm|title=DEREK&#039;S DOMINOS|work=[[New York Post]]|author=Hasani Gittens|date=January 29, 2007|accessdate=July 18, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、女優[[ジェシカ・アルバ]]&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news|url=http://pqasb.pqarchiver.com/chicagotribune/access/670901781.html?dids=670901781:670901781&amp;amp;FMT=ABS&amp;amp;FMTS=ABS:FT&amp;amp;date=Jul+29%2C+2004&amp;amp;author=&amp;amp;pub=Chicago+Tribune&amp;amp;desc=Alba+is+latest+Jeter+interest&amp;amp;pqatl=google|title=Alba is latest Jeter interest|work=[[Chicago Tribune]]|date=July 29, 2004|accessdate=July 18, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[ファッションモデル]]の[[タイラ・バンクス]]&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news|url=http://www.usatoday.com/sports/baseball/al/yankees/2008-07-13-jeter_N.htm|title=Pinstripes a perfect fit for Yankees All-Star Jeter|author=Paul White|work=[[USA Today]]|date=July 14, 2008|accessdate=July 18, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、女優[[ジェシカ・ビール]]&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web | url=http://www.sfgate.com/cgi-bin/blogs/sfgate/detail?blogid=7&amp;amp;entry_id=11037 | title=Biel Dating Jeter? | author= | accessdate=2006-11-16 | publisher=[[San Francisco Chronicle]]}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[タレント]]の[[ヴァネッサ・ミニーロ]]（[[:en:Vanessa Minnillo|Vanessa Minnillo]]）&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web | url=http://proxy.espn.go.com/espn/page3/story?page=mcintyre/jeter | title=Derek Jeter: All-Star ladies&#039; man | author=Jason McIntyre | accessdate=2005-02-14 | publisher=[[ESPN.com]]}}&amp;lt;/ref&amp;gt;との交際が報じられた。ヤンキースオーナーの[[ジョージ・スタインブレナー]]から「夜な夜なパーティーにうつつを抜かしている」と苦言を呈されたこともあるが、この時には「俺はパーティーアニマルじゃない」と反論&amp;lt;ref&amp;gt;Tyler Kepner,[http://www.nytimes.com/2003/02/14/sports/baseball-jeter-is-quietly-angry-about-steinbrenner-s-barbs.html Jeter Is Quietly Angry About Steinbrenner&#039;s Barbs],New York Times(英語),2003/02/14&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://sportsillustrated.cnn.com/baseball/news/2003/02/17/yankees_jeter_ap/ Yankee doodle circus],SI.com(英語),2003/02/17&amp;lt;/ref&amp;gt;。この騒動は本人出演のパロディーCMが制作されるほどの話題になった&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.youtube.com/watch?v=yH7BaQEguYs YouTube - Jeter - Steinbrenner VISA Commercial]&amp;lt;/ref&amp;gt;。 その後[[ミンカ・ケリー]]（[[:en:Minka Kelly|Minka Kelly]]）と交際し&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news|url=http://vault.sportsillustrated.cnn.com/vault/article/web/COM1147484/4/index.htm|title=Derek Jeter talks Minka Kelly (sort of)|work=Sports Illustrated|date=October 28, 2008|accessdate=July 18, 2009}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、2009年8月には[[ニューヨーク・ポスト]]紙が2人は結婚間近であると報じた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.thehollywoodgossip.com/2009/08/derek-jeter-engaged-to-minka-kelly/ Derek Jeter: Engaged to Minka Kelly?],The Hollywood Gossip,2009/08/27&amp;lt;/ref&amp;gt;が、2011年8月26日にケリーの事務所が破局を発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
MLBを代表する人気選手であるジーターは、スポーツ用品などを中心に数多くのCMに出演している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.imdb.com/name/nm1157013/otherworks]&amp;lt;/ref&amp;gt;。日本では、打撃練習器具「ジップヒット」の通信販売CMが有名である&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.primeshop.jp/goods?goods-code=2831C ジップヒット プライムショッピング テレビショッピング]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ターン2ファウンデーション ===&lt;br /&gt;
[[慈善活動]]に積極的で、ルーキー年の1996年9月に、子供たちを健全な生活スタイルに導くための組織を立ち上げたい意向を、当時ソーシャル・ワーカーをしていた父親に打ち明けるとともに仕事を止めて組織を運営してくれるよう依頼した。父親はジーターの決意が真剣であることを確認後、その方がより多くの人々を助けることができると考え承諾し、同年12月に反薬物の啓発や、奨学金の給付などを行う「ターン2ファウンデーション｣という組織を立ち上げた。やがて実務に忙殺される父親の体調を心配する母親と大学を卒業した妹が加わり、現在ではニューヨーク、ミシガン、フロリダ州タンパ地域で活動を展開している。2009年には、社会福祉や地域奉仕に貢献した選手に贈られる[[ロベルト・クレメンテ賞]]を受賞した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2009/10/31/23.html “世の中に貢献した男”…それはデレク・ジーター！],スポーツニッポン,2009/10/31&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 年度別打撃成績 ==&lt;br /&gt;
{|{{年度別打撃成績|リーグ=メジャーリーグベースボール}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|1995}}&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;19&amp;quot; style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|[[ニューヨーク・ヤンキース|NYY]]&lt;br /&gt;
|15||51||48||5||12||4||1||0||18||7||0||0||0||0||3||0||0||11||0||.250||.294||.375||.669 &lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|1996}}&lt;br /&gt;
|157||654||582||104||183||25||6||10||250||78||14||7||6||9||48||1||9||102||13||.314||.370||.430||.800 &lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|1997}}&lt;br /&gt;
|159||&#039;&#039;&#039;748&#039;&#039;&#039;||654||116||190||31||7||10||265||70||23||12||8||2||74||0||10||125||14||.291||.370||.405||.775 &lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|1998}}&lt;br /&gt;
|149||694||626||&#039;&#039;&#039;127&#039;&#039;&#039;||203||25||8||19||301||84||30||6||3||3||57||1||5||119||13||.324||.384||.481||.864&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|1999}}&lt;br /&gt;
|158||&#039;&#039;&#039;739&#039;&#039;&#039;||627||134||&#039;&#039;&#039;219&#039;&#039;&#039;||37||9||24||346||102||19||8||3||6||91||5||12||116||12||.349||.438||.552||.989 &lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2000}}&lt;br /&gt;
|148||679||593||119||201||31||4||15||285||73||22||4||3||3||68||4||12||99||14||.339||.416||.481||.896&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2001}}&lt;br /&gt;
|150||686||614||110||191||35||3||21||295||74||27||3||5||1||56||3||10||99||13||.311||.377||.480||.858&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2002}}&lt;br /&gt;
|157||730||644||124||191||26||0||18||271||75||32||3||3||3||73||2||7||114||14||.297||.373||.421||.794&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2003}}&lt;br /&gt;
|119||542||482||87||156||25||3||10||217||52||11||5||3||1||43||2||13||88||10||.324||.393||.450||.844&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2004}}&lt;br /&gt;
|154||721||643||111||188||44||1||23||303||78||23||4||16||2||46||1||14||99||19||.292||.352||.471||.823&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2005}}&lt;br /&gt;
|159||&#039;&#039;&#039;752&#039;&#039;&#039;||654||122||202||25||5||19||294||70||14||5||7||3||77||3||11||117||15||.309||.389||.450||.839&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2006}}&lt;br /&gt;
|154||715||623||118||214||39||3||14||301||97||34||5||7||4||69||4||12||102||13||.343||.417||.483||.900&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2007}}&lt;br /&gt;
|156||714||639||102||206||39||4||12||289||73||15||8||3||2||56||3||14||100||21||.322||.388||.452||.840&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2008}}&lt;br /&gt;
|150||668||596||88||179||25||3||11||243||69||11||5||7||4||52||0||9||85||24||.300||.363||.408||.771&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2009}}&lt;br /&gt;
|153||716||634||107||212||27||1||18||295||66||30||5||4||1||72||4||5||90||18||.334||.406||.465||.871&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2010}}&lt;br /&gt;
|157||&#039;&#039;&#039;739&#039;&#039;&#039;||663||111||179||30||3||10||245||67||18||5||1||3||63||4||9||106||22||.270||.340||.370||.710&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2011}}&lt;br /&gt;
|131||607||546||84||162||24||4||6||212||61||16||6||4||5||46||0||6||81||10||.297||.355||.388||.743&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2012}}&lt;br /&gt;
|159||&#039;&#039;&#039;740&#039;&#039;&#039;||&#039;&#039;&#039;683&#039;&#039;&#039;||99||&#039;&#039;&#039;216&#039;&#039;&#039;||32||0||15||293||58||9||4||6||1||45||1||5||90||24||.316||.362||.429||.791&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2013}}&lt;br /&gt;
|17||73||63||8||12||1||0||1||16||7||0||0||0||1||8||1||1||10||3||.190||.288||.254||.542&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|通算：18年&lt;br /&gt;
|2602||11968||10614||1876||3316||525||65||256||4739||1261||348||95||89||54||1047||39||164||1753||272||.312||.381||.446||.828&lt;br /&gt;
|} &lt;br /&gt;
* 2013年度シーズン終了時&lt;br /&gt;
* 各年度の&#039;&#039;&#039;太字&#039;&#039;&#039;はリーグ最高&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==獲得タイトル・記録==&lt;br /&gt;
*[[ルーキー・オブ・ザ・イヤー (MLB)|新人王]]：{{by|1996年}}&lt;br /&gt;
*[[ワールドシリーズMVP]] 1回：[[2000年のワールドシリーズ|2000年]]&lt;br /&gt;
*[[シルバースラッガー賞]] 5回：{{by|2006年}} - {{by|2009年}}、{{by|2012年}}&lt;br /&gt;
*[[ゴールドグラブ賞]] 5回：{{by|2004年}} - 2006年、2009 - 2010年&lt;br /&gt;
*[[ハンク・アーロン賞]] 2回：2006年、2009年&lt;br /&gt;
*[[ベーブ・ルース賞]] 1回：{{by|2000年}}&lt;br /&gt;
*[[ロベルト・クレメンテ賞]]：2009年&lt;br /&gt;
*[[ルー・ゲーリッグ賞]] 1回：2010年&lt;br /&gt;
*[[MLBオールスターゲーム|オールスター]]選出 14回：[[1998年のMLBオールスターゲーム|1998年]] - [[2002年のMLBオールスターゲーム|2002年]]、[[2004年のMLBオールスターゲーム|2004年]]、[[2006年のMLBオールスターゲーム|2006年]] - [[2012年のMLBオールスターゲーム|2012年]]、[[2014年のMLBオールスターゲーム|2014年]]&lt;br /&gt;
*[[MLBオールスターゲーム最優秀選手|オールスターMVP]] 1回：2000年&lt;br /&gt;
*[[プレイヤーズ・チョイス・アワード]]&lt;br /&gt;
**アメリカンリーグ最優秀新人：1996年&lt;br /&gt;
*シーズン安打試合数135：1999年　※メジャータイ記録&lt;br /&gt;
※オールスターゲームとワールドシリーズ両方のMVPを同じ年に受賞した選手は、MLB史上ジーターのみである（2013年シーズン終了時点）。&lt;br /&gt;
*[[プレイヤー・オブ・ザ・マンス]] 1回：1998年8月&lt;br /&gt;
*[[ベースボール・アメリカ・マイナーリーグ年間最優秀選手賞]] 1回：1994年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{reflist|2}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{Commons|Category:Derek Jeter}}&lt;br /&gt;
{{MLBstats |mlb=116539 |espn=3246 |br=j/jeterde01 |fangraphs=826 |cube=j/derek-jeter}}&lt;br /&gt;
*[http://derekjeter.mlb.com/NASApp/mlb/players/jeter_derek/index.jsp Derek Jeter.com]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{ニューヨーク・ヤンキース}}&lt;br /&gt;
{{Navboxes|title=業績&lt;br /&gt;
|list1=&lt;br /&gt;
&amp;lt;/span&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{アメリカンリーグ新人王}}&lt;br /&gt;
{{アメリカンリーグ ゴールドグラブ賞 (遊撃手)}}&lt;br /&gt;
{{アメリカンリーグ シルバースラッガー賞 (遊撃手)}}&lt;br /&gt;
{{アメリカンリーグ ハンク・アーロン賞}}&lt;br /&gt;
{{ワールドシリーズMVP}}&lt;br /&gt;
{{MLBオールスターMVP}}&lt;br /&gt;
{{ベーブ・ルース賞}}&lt;br /&gt;
{{ロベルト・クレメンテ賞}}&lt;br /&gt;
{{3000本安打クラブ}}&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{Navboxes|title=[[ニューヨーク・ヤンキース|&amp;lt;span style=&amp;quot;color:white;&amp;quot;&amp;gt;ニューヨーク・ヤンキース&amp;lt;/span&amp;gt;]] ワールドシリーズ（5回）&lt;br /&gt;
|titlestyle = {{BaseballColorCell|ニューヨーク・ヤンキース}}&lt;br /&gt;
|list1=&lt;br /&gt;
&amp;lt;/span&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{1996 ニューヨーク・ヤンキース}}&lt;br /&gt;
{{1998 ニューヨーク・ヤンキース}}&lt;br /&gt;
{{1999 ニューヨーク・ヤンキース}}&lt;br /&gt;
{{2000 ニューヨーク・ヤンキース}}&lt;br /&gt;
{{2009 ニューヨーク・ヤンキース}}&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{Navboxes|title = WBCアメリカ合衆国代表|titlestyle =background:red; color:white;&lt;br /&gt;
|list1=	&lt;br /&gt;
&amp;lt;span/&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{2006 ワールド・ベースボール・クラシックアメリカ合衆国代表}}&lt;br /&gt;
{{2009 ワールド・ベースボール・クラシックアメリカ合衆国代表}}&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:しいたあ てれく}}&lt;br /&gt;
[[Category:アメリカ合衆国の野球選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:ニューヨーク・ヤンキースの選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:MLBオールスターゲームMVP]]&lt;br /&gt;
[[Category:ワールドシリーズMVP]] &lt;br /&gt;
[[Category:MLBオールスターゲーム選出選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:ルーキー・オブ・ザ・イヤー (MLB)]]&lt;br /&gt;
[[Category:クリエイティヴ・アーティスツ・エージェンシー]]&lt;br /&gt;
[[Category:アフリカ系アメリカ人の野球選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:アイルランド系アメリカ人]]&lt;br /&gt;
[[Category:ニュージャージー州の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1974年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Link GA|en}}&lt;br /&gt;
{{Link FA|en}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>61.114.202.48</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%9B%E3%83%AB%E3%82%B9&amp;diff=99888</id>
		<title>アルバート・プホルス</title>
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		<updated>2014-08-25T04:56:51Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;61.114.202.48: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Infobox baseball player &lt;br /&gt;
|選手名=アルバート・プホルス&lt;br /&gt;
|英語表記=Albert Pujols&lt;br /&gt;
|所属球団=ロサンゼルス・エンゼルス&lt;br /&gt;
|背番号=5&lt;br /&gt;
|選手写真ファイル名=Albert Pujols on April 14, 2012.jpg&lt;br /&gt;
|写真サイズ=300&lt;br /&gt;
|国籍={{DOM}}&amp;lt;br /&amp;gt;{{USA}}&amp;lt;br /&amp;gt;（[[多重国籍|二重国籍]]）&amp;lt;ref&amp;gt;Matthew Leach / MLB.com, &amp;quot;[http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20070208&amp;amp;content_id=1798239&amp;amp;vkey=news_stl&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=stl Pujols officially becomes U.S. citizen / Slugger flies to Florida for camp shortly after swearing in],&amp;quot; &#039;&#039;stlcardinals.com&#039;&#039;, February 8, 2007. 2009年9月22日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
|出身地={{DOM}}&amp;lt;br /&amp;gt;[[サントドミンゴ]] &lt;br /&gt;
|生年月日={{生年月日と年齢|1980|1|16}}&lt;br /&gt;
|身長={{フィートとcm (身長用変換)|6|3}}&lt;br /&gt;
|体重={{ポンドとkg (体重用変換)|230}}&lt;br /&gt;
|打席=右&lt;br /&gt;
|利き腕=右&lt;br /&gt;
|守備位置=[[一塁手]]&lt;br /&gt;
|プロ入り年度=1999年&lt;br /&gt;
|ドラフト順位=[[ドラフト会議 (MLB)|MLBドラフト]]13巡目（全体402位）で[[セントルイス・カージナルス]]から指名&lt;br /&gt;
|初出場=2001年4月2日 [[コロラド・ロッキーズ|ロッキーズ]]戦&lt;br /&gt;
|年俸= $16,000,000（2013年）&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|url=http://espn.go.com/mlb/player/_/id/4574/albert-pujols|title=Albert Pujols Stats, News, Pictures, Bio, Videos|work=[[ESPN|ESPN.com]]|language=英語|accessdate=2012年10月15日}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
|経歴=&amp;lt;nowiki&amp;gt;&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[セントルイス・カージナルス]]（2001 - 2011）&lt;br /&gt;
* [[ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム|ロサンゼルス・エンゼルス]]（2012 - ）&lt;br /&gt;
|代表チーム={{Flagicon|DOM}} [[野球ドミニカ共和国代表|ドミニカ共和国]]&lt;br /&gt;
|WBC=[[2006 ワールド・ベースボール・クラシック|2006年]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;ホセ・アルベルト・プホルス&#039;&#039;&#039;（José Alberto &amp;quot;Albert&amp;quot; Pujols, [[1980年]][[1月16日]] - ）は、[[ドミニカ共和国]][[サントドミンゴ]]出身の[[プロ野球選手]]（[[一塁手]]）。[[ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム|ロサンゼルス・エンゼルス]]に所属している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
MLBにおける最高の打者の1人で、{{by|2001年}}のデビュー以降、{{by|2010年}}まで[[打率]].300・30[[本塁打]]・100[[打点]]を10年連続で達成した。2009年シーズン終了後、[[2000年代]]を代表する選手として各種メディアから表彰を受けている。The Sporting Newsから&#039;&#039;&#039;&amp;quot;MLB Athlete of the Decade&amp;quot;&#039;&#039;&#039;に&amp;lt;ref&amp;gt;&amp;quot;[http://www.sportingnews.com/mlb/article/2009-09-24/sporting-news-mlb-athlete-decade-albert-pujols-1b-cardinals Sporting News&#039; MLB Athlete of the Decade: Albert Pujols, 1B, Cardinals],&amp;quot; &#039;&#039;Sporting News&#039;&#039;, September 24, 2009. 2009年9月25日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[ESPN]]&amp;lt;ref&amp;gt;&amp;quot;[http://sports.espn.go.com/mlb/columns/story?id=4740695 ESPN&#039; Top 100 players of the decade],&amp;quot; &#039;&#039;ESPN&#039;&#039;, December 14, 2009. 2009年12月19日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;と[[スポーツ・イラストレイテッド]]&amp;lt;ref&amp;gt;&amp;quot;[http://sportsillustrated.cnn.com/2009/magazine/specials/2000s/12/04/mlb.highlights.lowlights/index.html MLB: Highlights and lowlights],&amp;quot; &#039;&#039;Sports Illustrated&#039;&#039;, December 9, 2009. 2009年12月19日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;から&#039;&#039;&#039;&amp;quot;Player of the Decade&amp;quot;&#039;&#039;&#039;に選出された。{{by|2012年}}に[[ミゲル・カブレラ]]がMLB史上45年ぶりの[[三冠王]]を獲得するまでは三冠王にもっとも近い男と言われていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本語では「プホルズ、プーホルス、プホールス、プーホールス、プーホールズ」など様々な表記がされるが、アメリカ現地の英語読みでは&#039;&#039;&#039;プーホールズ&#039;&#039;&#039;（Poo-holes）、スペイン語の読みでは&#039;&#039;&#039;プホルス&#039;&#039;&#039;（Pujols）が近い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
=== アマチュア時代 ===&lt;br /&gt;
1980年1月16日にドミニカ共和国の首都サントドミンゴで、12人兄弟の末っ子として誕生。5歳のときには[[バット (野球)|バット]]を握り、その後も兄や姉がプホルスのコーチをするなど、幼少期から[[野球]]に親しむ&amp;lt;ref name=&amp;quot;pujols2002&amp;quot;&amp;gt;[[加藤和彦 (ライター)|加藤和彦]] 「アルバート・プホルス［カージナルス］／強靭なキッド。」 『[[月刊メジャー・リーグ]]』2002年3月号、[[ベースボール・マガジン社]]、2002年、[[雑誌コード|雑誌]]08625-3、22-25頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;。16歳のとき、[[アメリカ合衆国]][[ミズーリ州]][[カンザスシティ (ミズーリ州)|カンザスシティ]]に家族で移住。フォート・オーセージ高校時代に相手監督が年齢詐称を訴え、88打席で55回敬遠された&amp;lt;ref name=&amp;quot;2009statsbook&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1998年に高校を卒業し、メープルウッズ・コミュニティーカレッジに奨学生として進学した。{{by|1999年}}6月2日にカージナルスから[[ドラフト会議 (MLB)|ドラフト]]13巡目（全体402位）で指名を受ける。しかし入団交渉でカージナルスが提示した契約金の額10,000ドルを不服としたプホルスは、その後の大学での試合で活躍し、提示額を60,000ドルまで引き上げさせた&amp;lt;ref name=&amp;quot;pujols2002&amp;quot; /&amp;gt;。こうして8月17日に入団契約を交わしてプロ入りした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 鮮烈デビュー ===&lt;br /&gt;
[[IMAGE:Albert Pujols4.jpg|thumb|200px|カージナルス時代（2008年）]]&lt;br /&gt;
プロ1年目の{{by|2000年}}は[[マイナーリーグ]]A級[[ピオリア・チーフス|ピオリア]]で開幕を迎え、AAA級[[メンフィス・レッドバーズ|メンフィス]]まで一気に昇格。3クラス合計で[[打率]].314・19[[本塁打]]・96[[打点]]という成績を残し、球団のマイナー最優秀選手として表彰された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|last=Curry|first=Jack|date=November 13, 2001|url=http://www.nytimes.com/2001/11/13/sports/baseball-pujols-and-suzuki-win-but-there-is-a-surprise.html|title=ujols and Suzuki Win, But There Is a Surprise|work=[[ニューヨーク・タイムズ|The New York Times]]|language=英語 |accessdate=2010年5月5日 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。翌{{by|2001年}}のスプリングトレーニングでプホルスを観た[[マーク・マグワイア]]が才能を見出し、監督の[[トニー・ラルーサ]]に「彼をロースター入りさせた方がいい」と進言&amp;lt;ref&amp;gt;「30 CLUB MONTHLY REPORT 各球団マンスリー・リポート セントルイス・カージナルス OBのマグワイアが始球式に登場 [[スコット・ローレン|ローレン]]がハイペースでHR量産」 『月刊メジャー・リーグ』2004年6月号、ベースボール・マガジン社、2004年、雑誌08625-6、64頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[ゼネラルマネージャー|GM]]の[[ウォルト・ジョケッティ]]は、この年もプホルスをAAA級メンフィスに置いて経験を積ませる方針だったが、その後のオープン戦でも好成績を残したため、開幕メジャー入りさせることにした&amp;lt;ref name=&amp;quot;pujols2002&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
開幕戦に6番・[[左翼手|左翼]]で出場しメジャーデビューを果たす&amp;lt;ref&amp;gt;&amp;quot;[http://www.baseball-reference.com/boxes/COL/COL200104020.shtml April 2, 2001 St. Louis Cardinals at Colorado Rockies Box Score and Play by Play],&amp;quot; &#039;&#039;Baseball-Reference.com&#039;&#039;. 2008年1月29日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。その後、[[三塁手|三塁]]のレギュラーと目されていた[[ボビー・ボニーヤ]]が故障したため三塁に入り、更に[[右翼手|右翼]]・一塁と様々なポジションに就きながらも、1試合に欠場したのみで、打率.329・37本塁打・130打点という新人離れした成績を挙げた。シーズン終了後には[[ナショナルリーグ|ナ・リーグ]][[ルーキー・オブ・ザ・イヤー (MLB)|新人王]]を満票で受賞し（史上9人目）&amp;lt;ref&amp;gt;&amp;quot;[http://stlouis.cardinals.mlb.com/team/player_career.jsp?player_id=405395&amp;amp;y=2001 2001 Career Highlights],&amp;quot; &#039;&#039;stlcardinals.com&#039;&#039;. 2008年1月29日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[最優秀選手 (MLB)|MVP]]投票でも4位に入った。三塁手部門で[[シルバースラッガー賞]]も受賞しているが、三塁手として先発出場したのは約50試合で、一塁手・左翼手・右翼手としてもそれぞれ約35試合ずつ先発出場している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2002年}}は主に左翼で出場し、打率.314・34本塁打・127打点を記録し、MLB史上初のデビュー年から2年連続で3割・30本塁打・100打点を達成&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|last=Leach|first=Matthew|date=September 29, 2002|url=http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20020929&amp;amp;content_id=140809&amp;amp;vkey=news_mlb&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=null|title=MLBeat: Williams on roster|work=MLB.com|language=英語 |accessdate=2010年5月4日 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。MVP投票では[[バリー・ボンズ]]に次ぐ2位となる。{{by|2003年}}には打率.359・212[[安打]]を記録し、自身初の打撃タイトルとなる[[首位打者 (MLB)|首位打者]]・最多安打を獲得した。95[[長打]]・51[[二塁打]]でもリーグ1位となった他、本塁打は自己最多の43本を放ち、{{by|1922年}}の[[ロジャース・ホーンスビー]]以来となる球団史上2人目の40本塁打・200安打を達成した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|last=Latsch|first=Nate|date=September 17, 2003|url=http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20030917&amp;amp;content_id=531196&amp;amp;vkey=news_mlb&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=mlb|title=Cards notes: Pujols making history|work=MLB.com|language=英語 |accessdate=2010年5月5日 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。MVP投票ではまたもボンズに次ぐ2位だったが、この活躍を受けて球団は翌{{by|2004年}}のシーズン開幕前に、7年1億ドルの契約を結んでいる&amp;lt;ref&amp;gt;ESPN.com news services, &amp;quot;[http://sports.espn.go.com/mlb/news/story?id=1738364 Contract reportedly for seven years],&amp;quot; &#039;&#039;ESPN.com&#039;&#039;, February 19, 2004. 2008年1月29日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2004年から本格的に一塁手へ転向。打撃では史上12人・15回しか達成していないシーズン100長打にあと1本まで迫り、46本塁打（リーグ2位）・123打点（同3位）を記録した。またチームメイトの[[スコット・ローレン]]と[[ジム・エドモンズ]]もシーズン30本塁打を達成し、&amp;quot;MV3&amp;quot; と呼ばれる球団史上屈指の強力打線を形成した&amp;lt;ref&amp;gt;The Birdhouse staff, &amp;quot;[http://stlcardinals.scout.com/2/723247.html St. Louis Cardinals #5 All-Time Team: 2004],&amp;quot; &#039;&#039;[[:en:Scout.com|Scout.com]]&#039;&#039;, January 25, 2008. 2008年10月7日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 5年間で3度のMVP ===&lt;br /&gt;
{{by|2005年}}はプホルスの後を打つ4番打者のローレンが故障で離脱し、[[ラリー・ウォーカー]]や[[レジー・サンダース]]がその代わりを務めることに。しかし2人とも峠をすぎていて、プホルスが勝負を避けられるケースが増え、結果としてプホルスの[[四球]]は自己最多の97を記録した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite book|和書|author=[[友成那智]]、[[村上雅則]]|year=2006|title=メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006|publisher=廣済堂出版|pages=304頁|id=ISBN 978-4-331-51146-6}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。踵を痛め1試合欠場しただけで&amp;lt;ref&amp;gt;[[水次祥子]] 「報われた雌状の4年間 MVP アルバート・プホルス［カージナルス］」 『月刊メジャー・リーグ』2006年1月号、ベースボール・マガジン社、2006年、雑誌08625-1、22-25頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;、打撃3部門では打率.330・41本塁打・117打点を記録。プホルスのデビュー年以来4年連続でMVPを受賞していたボンズがこの年は故障でシーズンを棒に振っていたこともあり、プホルスは[[最多本塁打 (MLB)|本塁打王]]の[[アンドリュー・ジョーンズ]]や首位打者の[[デレク・リー]]を抑え、初のMVPを受賞した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2006年}}はシーズン開幕前の3月に開催された国際大会・[[2006 ワールド・ベースボール・クラシック|第1回ワールド・ベースボール・クラシック]]に[[2006 ワールド・ベースボール・クラシック・ドミニカ共和国代表|ドミニカ共和国代表]]の一員として出場。シーズンは序盤から例を見ない勢いで本塁打・打点を量産し、5月終了時点で打率.315・25本塁打・65打点という成績を残す。これは年間75本塁打・200打点のペースで、ボンズのシーズン本塁打記録73をプホルスが上回るのではとの声も上がった。[[アナボリックステロイド|ステロイド]]疑惑と無縁のプホルスの本塁打量産は好意的に受け入れられていた&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite book|和書|author=友成那智、村上雅則|year=2007|title=メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007|publisher=廣済堂出版|pages=318頁|id=ISBN 978-4-331-51213-5}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。その後、シーズン開幕前から抱えていた腰痛が悪化。6月4日に[[故障者リスト]]入りし22日まで休養したため、記録更新はお預けとなった。しかしこの年は打率.331・本塁打49・打点137という成績を残し、本塁打と打点は自己最多を記録した。また、カージナルスが[[2006年のワールドシリーズ|ワールドシリーズに勝利]]したため、自身初の世界一を経験した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[IMAGE:Pujols hits home run in 2008.jpg|thumb|280px|本塁打を放つプホルス（2008年）]]&lt;br /&gt;
{{by|2007年}}はシーズン序盤の打撃不振やシーズン終盤の左ふくらはぎ痛がたたり、打率.327・32本塁打・103打点といずれも自身の平均を下回る成績となった。{{by|2008年}}は、一時戦列を離れたこともあったものの、リーグ2位となる打率.357に加え、37本塁打・116打点を記録。カージナルスは地区4位に終わったが、プホルスは本塁打・打点の二冠王の[[ライアン・ハワード]]を抑え、2005年以来2度目のMVPを受賞している&amp;lt;ref&amp;gt;Matthew Leach / MLB.com, &amp;quot;[http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20081117&amp;amp;content_id=3681885&amp;amp;vkey=news_mlb&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=mlb Crowning achievement: Pujols NL MVP / Cards star becomes first Dominican player to win two such awards],&amp;quot; &#039;&#039;MLB.com&#039;&#039;, November 17, 2008. 2008年11月18日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
右肘を手術したため、2009年春開催の[[2009 ワールド・ベースボール・クラシック|ワールド・ベースボール・クラシック]]出場を辞退&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|last=Leach|first=Matthew|date=February 16, 2010|url=http://stlouis.cardinals.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20090216&amp;amp;content_id=3836070&amp;amp;vkey=news_stl&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=stl|title=Pujols won&#039;t participate in Classic|work=MLB.com|language=英語 |accessdate=2010年5月4日 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、レギュラーシーズンでは序盤から本塁打を量産。6月を終了した時点で打率.332・30本塁打・77打点を記録し、6月終了時点で30本塁打はMLB史上10人目の快挙&amp;lt;ref&amp;gt;Matthew Leach / MLB.com, &amp;quot;[http://padres.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20090630&amp;amp;content_id=5623946&amp;amp;vkey=news_stl&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=mlb Pujols launches long ball No. 30],&amp;quot; &#039;&#039;MLB.com&#039;&#039;, July 1, 2009. 2009年7月2日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、6月30日の試合後の会見でプホルスは「傲慢に聞こえるのを承知で言うけど、2006年の最初の2か月の方が凄かった。30本塁打だか何だか知らないけど、あの当時みたいな凄さはまだないんだ」と語っている&amp;lt;ref name=&amp;quot;2009statsbook&amp;quot;&amp;gt;ナガオ勝司 「アルバート・プホルス [カージナルス]／ナ・リーグ本塁打王獲得！持ち越した夢」『メジャー・リーグ記録集計号 ザ・スタッツブック 2009』、[[ベースボールマガジン]]社、2009年、雑誌 20448-11/25、12 - 15頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;。地元セントルイス開催となった[[2009年のMLBオールスターゲーム|オールスター]]のファン投票では、[[ケン・グリフィー・ジュニア]]に次いで歴代2位となる5,397,374票を集めた&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|author=Associated Press|authorlink=AP通信|date=July 6, 2009|url=http://sports.espn.go.com/mlb/allstar09/news/story?id=4307180|title=Pujols, Molina to start in St. Louis|work=[[ESPN|ESPN.com]]|language=英語 |accessdate=2010年5月4日 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。オールスター試合前、[[アメリカ合衆国大統領|米大統領]]の[[バラク・オバマ]]が[[始球式]]を務め、プホルスは捕手を務めた&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|author=ESPN.com news services|date=July 15, 2009|url=http://sports.espn.go.com/mlb/allstar09/news/story?id=4326841|title=Obama gets first pitch to home plate|work=[[ESPN|ESPN.com]]|language=英語 |accessdate=2010年5月5日 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。試合では3打数無安打に終わった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後半はややペースが落ちたが、自身初となる本塁打王を獲得。本塁打（47）以外にも得点（124）、出塁率（.443）、長打率（.658）、塁打数（374）、敬遠数（44、歴代5位）と数多くの項目でリーグトップに立った。デビュー以来続けている打率.300・30本塁打・100打点も9年連続まで伸ばし、[[ルー・ゲーリッグ]]と並ぶMLBタイ記録となった。2年連続、通算3度目となるMVPも獲得。1位票を全て集める満票での受賞で、これは2002年のバリー・ボンズ以来7年ぶり、歴代15人目の快挙だった。また通算3度の受賞はボンズに次いで歴代2位タイとなった&amp;lt;ref&amp;gt;Matthew Leach / MLB.com, &amp;quot;[http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20091115&amp;amp;content_id=7669452&amp;amp;vkey=news_mlb&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=mlb Third time is charming for MVP Pujols],&amp;quot; &#039;&#039;MLB.com&#039;&#039;, November 24, 2009. 2009年11月25日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
メジャー10年目となる{{by|2010年}}は、開幕戦（[[シンシナティ・レッズ]]戦）で5打数4安打2本塁打3打点という最高の滑り出しを見せると、{{by|2003年}}以来続けているオールスターメンバー選出も果たした（結果は2打数ノーヒット）。[[8月15日]]の[[シカゴ・カブス]]戦でシーズン30号本塁打を放ち、メジャーデビューから10年連続でのシーズン30本塁打以上を達成。その11日後、[[8月26日]]の[[ワシントン・ナショナルズ]]戦で放ったシーズン34号本塁打は、[[ニューヨーク・ヤンキース]]の[[アレックス・ロドリゲス]]、このシーズン途中に[[シアトル・マリナーズ]]で引退した[[ケン・グリフィー・ジュニア]]に次ぐMLB史上3番目のスピードでの通算400号本塁打であった。更には[[9月11日]]の[[アトランタ・ブレーブス]]戦で3打点を記録したことにより、シーズン100打点以上も10年連続での達成となった。最終的にシーズンを打率.312で終了し、10年連続での3割30本100打点の記録達成となった。同時に42本、118打点で本塁打王と打点王の二冠を獲得。115得点、38敬遠は両リーグ1位を記録した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[IMAGE:Albertpuljosss.jpg|thumb|left|250px|2011年ワールドシリーズ優勝パレードでのプホルス]]&lt;br /&gt;
{{by|2011年}}[[2月16日]]、カージナルスはプホルスに9年1億9500万ドルでの契約延長を持ちかけたが、プホルスが10年契約を希望したため、合意には至らなかった&amp;lt;ref name=&amp;quot;usatoday&amp;quot;&amp;gt;Nightengale, Bob(2011-12-08). [http://www.usatoday.com/sports/baseball/al/angels/story/2011-12-08/albert-pujols-cj-wilson-sign/51750952/1 From zero to $254 million, how the Pujols deal got done]. USATODAY.com(英語). 2011年12月9日閲覧&amp;lt;/ref&amp;gt;。春季キャンプが始まるまでに合意できなかった場合は、プレーに専念するためにフリーエージェントとなる今季終了後まで交渉しないことを表明した。同年[[6月19日]]、ロイヤルズ戦で二塁手からの送球を捕球する際に打者走者と交錯し、左前腕の橈骨（とうこつ）を亀裂骨折した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://sankei.jp.msn.com/sports/news/110621/mlb11062108550002-n1.htm]MSN 産経ニュース、2011.6.21 08:54&amp;lt;/ref&amp;gt;。前半戦に不調に陥ったことや、故障の影響で出場試合数が減ったこともあり、シーズン成績は打率.299、37本、99打点と自己最低に終わった。打率3割・100打点をあと一歩のところで逃し、連続記録は途絶えた。[[2011年のワールドシリーズ]]第3戦では3打席連続本塁打を記録。[[1977年のワールドシリーズ|1977年]]の[[レジー・ジャクソン]]以来、34年ぶりの快挙だった。チームはそのままシリーズを制し、プホルスは2個目の[[チャンピオンリング]]を手にした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ワールドシリーズ後にFAとなったプホルスには、残留を求めるカージナルスに加えて、[[マイアミ・マーリンズ]]、[[シカゴ・カブス]]など複数の球団が強い関心を示していると報じられた。[[12月6日]]にはカージナルス、マーリンズを含む3球団が総額2億ドル以上の契約を提示したことが明らかになった&amp;lt;ref&amp;gt;また、当時、[[ミルウォーキー・ブルワーズ]]にいた[[プリンス・フィルダー]]も共に[[FA]]だったため、アメリカでは、[[コカ・コーラ|コーラ]]を選ぶか[[ペプシコーラ|ペプシ]]を選ぶかというように[[比喩]]された。[http://www.mlbtraderumors.com/2011/12/albert-pujols-rumors-tuesday.html Pujols Has Three Offers Of Ten Years, $200MM+]. MLBTradeRumors.com(英語). 2011年12月9日閲覧&amp;lt;/ref&amp;gt;。カージナルス残留かマーリンズ移籍のどちらかを選ぶ可能性が高いと見られていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===大型契約でのエンゼルス移籍　===&lt;br /&gt;
[[12月7日]]に[[ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム]]と10年総額2億5400万ドル（出来高を含むと最大で2億8000万ドル）の契約に合意した。これは{{by|2007年}}にアレックス・ロドリゲスがニューヨーク・ヤンキースと結んだ10年2億7500万ドルに次ぐMLB史上2番目の大型契約となった。なお、カージナルスの提示は9年2億1000万ドル（10年目のオプション付き）で、マーリンズはロドリゲスの史上最高額に並ぶ10年2億7500万ドルを提示していた。金銭面でマーリンズを下回るエンゼルスを選んだ決め手は、他の29球団すべてへのトレード拒否条項だったとされる&amp;lt;ref name=&amp;quot;usatoday&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。また、引退後10年間「球団の顔」として活動することも契約に含まれており、その他のボーナスも含めると20年2億6575万ドル（約199億円）となっている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://nikkansports.co.jp/baseball/mlb/news/p-bb-tp2-20120107-886058.html プホルス破格、20年分ボーナスは200億円]日刊スポーツ、2012年1月7日7時29分&amp;lt;/ref&amp;gt;。12月9日、ワールドシリーズでの対戦相手で[[テキサス・レンジャーズ]]から移籍してきた[[C・J・ウィルソン (野球)|C・J・ウィルソン]]と共に[[エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム]]で入団会見を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
移籍初年度の{{by|2012年}}は開幕から打撃不振で、4月は本塁打0に終わる。[[5月6日]]にようやく移籍第1号を放ったが、[[5月14日]]まで[[メンドーサ・ライン|打率2割]]に届かないという苦しい状態が続いた。特に[[四球]]率の低下が顕著で、「本当は35,6歳なのではないか」という年齢詐称疑惑が再燃。もはやMLB最強の打者ではなくなったという厳しい声も上がり始めた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://espn.go.com/blog/sweetspot/post/_/id/23483/albert-pujols-no-longer-baseballs-best-hitter Albert Pujols no longer baseball&#039;s best hitter] ESPN 2012年10月29日閲覧&amp;lt;/ref&amp;gt;。その後は復調し、最終的に12年連続となる30本塁打に到達し、2年ぶり11度目の100打点もクリアした。しかし、[[OPS (野球)|OPS]]は12年目で初めて.900を切り、本塁打数も自己最少にとどまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2013年}}は左足に不安を抱えたまま開幕を迎え、前年同様の打撃不振に苦しむ。怪我をかばって出場を続けていたが、7月28日に左足裏筋膜部分断裂で故障者リスト入り&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/f-bb-tp2-20130729-1165009.html プホルスが左足裏を部分断裂でＤＬ入り] 日刊スポーツ 2013年7月29日&amp;lt;/ref&amp;gt;。8月下旬にシーズン中の復帰を断念したことでデビュー以来続いていたシーズン30本塁打は12年で途切れた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/f-bb-tp2-20130820-1176121.html エ軍プホルス今季の復帰はなし] 日刊スポーツ 2013年8月20日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2014年}}4月22日、初回に通算499号となる3ランを放つと、5回に2ランを放ち野球殿堂入りの目安とされる[[500本塁打クラブ|通算500号本塁打]]に到達した。AP通信によると、「（達成が）今年だというのは分かっていた。だから、いつものようにチームの勝利に貢献できるように毎日準備している」とコメントした。本塁付近で同僚に出迎えられて祝福を受け「結構感動した」そうだが、同僚たちには「試合に勝たないといけない」とだけ言った。試合は7対2で勝利した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/04/23/kiji/K20140423008027500.html エ軍プホルスが通算５００号　祝福受け「結構感動した」] 共同通信 2014年4月23日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 選手としての特徴 ==&lt;br /&gt;
打撃面において長年に渡り大きな活躍をしており、現役選手であるが将来の野球殿堂入りが確実視されている数少ない選手の一人。2013年1月5日には[[CBSスポーツ]]電子版が「現役選手で殿堂入りが確実な5人」を特集し、[[デレク・ジーター]]、[[マリアノ・リベラ]]、[[イチロー]]、[[ジム・トーミ]]の4人とともにプホルスの名前が挙げられた&amp;lt;ref&amp;gt;http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/01/07/kiji/K20130107004923590.html&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/p-bb-tp2-20130107-1068891.html&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 打撃 ===&lt;br /&gt;
[[Image:Albert Pujols stance.jpg|thumb|250px|プホルスの構え]]&lt;br /&gt;
足を大きく広げたスタンスで60パーセントの体重を軸足に残し、[[バット (野球)|バット]]を上下に動かす独特のフォームが特徴。そのスイングは「理想の体現」とも表現され、2006年5月22日付の[[スポーツ・イラストレイテッド]]誌では &amp;quot;A swing of beauty&amp;quot; と紹介された&amp;lt;ref name=&amp;quot;si2006&amp;quot;&amp;gt;Daniel G. Habib, &amp;quot;[http://sportsillustrated.cnn.com/2006/magazine/06/09/pujols0522/index.html A Swing of Beauty],&amp;quot; &#039;&#039;SI.com&#039;&#039;, May 22, 2006. 2008年1月29日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。スイング・スピードは飛び抜けて速く、通常の打者よりも球の見極め時間が長い。ただ本人はそのスピードのせいで引っ張る打撃中心となることを嫌っているため、右投手に対して32 1/2オンス（約921.4グラム）のバットを使うのに対し、見極め時間が長くなる左投手に対しては33オンス（約935.5グラム）と重めのバットを選んで故意にスイングスピードを下げている&amp;lt;ref name=&amp;quot;si2006&amp;quot; /&amp;gt;。そのため、反対方向への強い打球も目立つが基本的にプルヒッターであるため、移籍した2012年以降は広い本拠地球場のせいか逆方向への[[本塁打]]はまだ打てていない。現在は主にマルッチ社のロックメイプルバットを使用している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[選球眼]]が非常に良いことやバットコントロールに優れることから、[[四球]]数が多い一方で[[三振]]数は少ない。2006年から4年連続で BB/SO （四球数/三振数）の値が両リーグ1位である。また、2006年は49本塁打に対し三振数が50であったが、40本塁打以上で三振数が本塁打数を下回った打者は、当時の直近50年間でも2004年のバリー・ボンズのみで、プホルスはこれにあと一歩まで迫った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新時代の三冠王とも言われる打率/出塁率/長打率&amp;lt;ref&amp;gt;「新時代の三冠王（打率/出塁率/長打率）」 『月刊スラッガー』2009年12月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-12、11頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;において、通算の打率.331、出塁率.426、長打率.624はすべて現役1位である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 守備・走塁 ===&lt;br /&gt;
[[Image:Pujols2.jpg|250px|thumb|left|一塁守備につくプホルス（2007年）]]&lt;br /&gt;
メジャー昇格当初は[[左翼手]]や[[三塁手]]・[[遊撃手]]・[[右翼手]]としても出場していたが、[[ティノ・マルティネス]]の移籍に伴い、2004年から一塁手に固定された。スローイングの改善や[[投手]]との連携プレイ習得に励んだ結果、守備力もリーグトップクラスと評価されるようになり&amp;lt;ref name=rollmodel&amp;gt;[[出野哲也]] 「アルバート・プーホルス［カージナルス］ 21世紀のロールモデル」 『[[スラッガー (雑誌)|月刊スラッガー]]』2006年8月号、[[日本スポーツ企画出版社]]、2006年、雑誌15509-8、8-13頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;、2006年・2010年には[[ゴールドグラブ賞]]を獲得。2009年には一塁手として185補殺を記録し、[[ビル・バックナー]]が持っていたシーズン補殺記録を更新した&amp;lt;ref&amp;gt;Matthew Leach / MLB.com, &amp;quot;[http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20091004&amp;amp;content_id=7321448&amp;amp;vkey=news_stl&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=mlb Pujols sets first baseman assist mark],&amp;quot; &#039;&#039;MLB.com&#039;&#039;, October 4, 2009. 2009年10月5日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。またMLBの専門家が集い、ポジション別で最高のディフェンシブ・プレイヤーを決める[[フィールディング・バイブル・アワード]]では、この賞が創設されて以来2006～2009年の四年連続で一塁手部門を受賞し、2011年にも受賞している&amp;lt;ref&amp;gt;&amp;quot;[http://www.fieldingbible.com/default.asp THE FIELDING BIBLE AWARDS],&amp;quot; 2013年2月17日閲覧。 &amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一歩の速さや機敏さ、フットワーク、悪送球の捕り方、守備範囲の広さで高い評価を受けている。一塁手ではあるが肩でも評価は高く、巧みなフットワーク後の送球の正確さ、リリースの素早さがメジャーでも有数とされる&amp;lt;ref name&amp;gt; 「スカウティングレポート/アルバート・プーホルス　「偉大な選手への道」」 『[[スラッガー (雑誌)|月刊スラッガー]]』2010年2月号、[[日本スポーツ企画出版社]]、2009年、雑誌15509-2、13頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;。2007年の[[守備防御点]]27は、守備防御点が記録されるようになった2003年以降、2位（19点)を大きく引き離して一塁手としてのシーズン記録である。2006年、2008年の守備防御点もそれぞれ歴代6位、7位につけている。2011年は、基本的には一塁手であったが、新加入のバークマンが一塁に入る場合は三塁でスタメン出場することもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
走塁面では、2005年に盗塁を18回試み失敗を2回に抑えるという格段の進歩を見せている。しかしその後3年間では16盗塁に対し失敗も11回と、バッテリーの警戒が強くなると成功率が悪化する面が露呈した。ただし2009年は20回中16回を成功させている。また塁間での走り、特に膨らみなく走る点で高い評価を受け、リードの取り方もうまい&amp;lt;ref name&amp;gt; 「スカウティングレポート/アルバート・プーホルス　「偉大な選手への道」」 『[[スラッガー (雑誌)|月刊スラッガー]]』2010年2月号、[[日本スポーツ企画出版社]]、2009年、雑誌15509-2、13頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
=== 慈善活動 ===&lt;br /&gt;
敬虔な[[キリスト教|キリスト教徒]]として知られ、本人は「社会的規範」になることを目指している&amp;lt;ref name=&amp;quot;rollmodel&amp;quot; /&amp;gt;。チャリティ活動に熱心で、特に[[ダウン症候群|ダウン症]]児とその家族の支援に力を注いでいる。というのも、2000年1月1日に結婚したデイドル夫人の連れ子である娘のイザベラがダウン症児であるためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年、プホルス一家はダウン症児とその家族の生活を支援するための基金を設立した。それらの支援活動が高く評価され、2008年10月25日、[[ロベルト・クレメンテ賞]]がプホルスに贈られることがメジャーリーグベースボール機構より発表された&amp;lt;ref&amp;gt;Mark Newman / MLB.com, &amp;quot;[http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20081025&amp;amp;content_id=3644099&amp;amp;vkey=news_mlb&amp;amp;fext=.jsp&amp;amp;c_id=mlb Pujols wins Clemente Award / Cardinals first baseman honored for play, off-field efforts],&amp;quot; &#039;&#039;MLB.com&#039;&#039;, October 25, 2008. 2008年10月25日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 年齢詐称・薬物疑惑 ===&lt;br /&gt;
デビュー当時から年齢詐称疑惑が報じられている。「米国への移住時に問題なく高校へ入れるようにするため実際より4年（またはそれ以上）若くなるよう詐称した」というもの&amp;lt;ref&amp;gt;[[菊地靖]] 「[http://number.bunshun.jp/mlb/column/view/255/ WBC・中南米の深い謎]」 『[[Sports Graphic Number|Number Web]]』、2006年3月15日。2007年4月15日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。本人は「何歳かは自分が一番よく知っているよ」と否定している&amp;lt;ref name=&amp;quot;rollmodel&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、デビュー当初からのハイレベルな成績や筋骨隆々の体格、さらにドミニカ共和国出身の選手に薬物使用が多いことなどから、プホルスについてもしばしば薬物使用が噂になる。2009年になって[[アレックス・ロドリゲス]]や[[マニー・ラミレス]]といった強打者の薬物使用が発覚したこともあり、プホルスを疑う者も少なからず存在する&amp;lt;ref&amp;gt;出野哲也 「緊急レポート「M・ラミレス薬物規定違反で50試合出場停止の波紋」」 『月刊スラッガー』2009年7月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-7、59-61頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、プホルス本人はステロイド使用の疑いに対して不快感を露にしており、「昨年は6回検査を受けた。それで不十分だと言うならば毎日だって検査を受ける。もし検査で陽性反応が出た場合、これまで稼いだ年俸の全てを球団に返上する」とまで発言して、ステロイドに対して極めて厳格な姿勢をとっている&amp;lt;ref&amp;gt;Bob Nightengale, USA TODAY, &amp;quot;[http://www.usatoday.com/sports/baseball/nl/cardinals/2009-07-12-pujols-cover_N.htm Cardinals slugger Albert Pujols is batting cleanup for baseball],&amp;quot; &#039;&#039;[[USAトゥデイ|USATODAY.com]]&#039;&#039;, July 13, 2009. 2009年7月14日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、現在のところ使用した証拠は何ら存在せず、憶測で疑われているのみである。一般的にはクリーンな選手として評価されているため、将来の野球殿堂入りが確実視されている（先述）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== プホルスをテーマとする歌 ===&lt;br /&gt;
ラッパーの[[ワーレイ]]が[[リック・ロス]]と[[ファボラス]]をフィーチャーした、プホルスをテーマとする楽曲がある。タイトルは、そのまま“Albert Pujols”。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 年度別打撃成績 ==&lt;br /&gt;
{|{{年度別打撃成績|リーグ=メジャーリーグベースボール}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2001}}&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;11&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|[[セントルイス・カージナルス|STL]]&lt;br /&gt;
|161||676||590||112||194||47||4||37||360||130||1||3||1||7||69||6||9||93||21||.329||.403||.610||1.013&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2002}}&lt;br /&gt;
|157||675||590||118||185||40||2||34||331||127||2||4||0||4||72||13||9||69||20||.314||.394||.561||.955&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2003}}&lt;br /&gt;
|157||685||591||&#039;&#039;&#039;137&#039;&#039;&#039;||&#039;&#039;&#039;212&#039;&#039;&#039;||&#039;&#039;&#039;51&#039;&#039;&#039;||1||43||&#039;&#039;&#039;394&#039;&#039;&#039;||124||5||1||0||5||79||12||10||65||13||&#039;&#039;&#039;.359&#039;&#039;&#039;||.439||.667||1.106&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2004}}&lt;br /&gt;
|154||692||592||&#039;&#039;&#039;133&#039;&#039;&#039;||196||51||2||46||&#039;&#039;&#039;389&#039;&#039;&#039;||123||5||5||0||9||84||12||7||52||21||.331||.415||.657||1.072&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2005}}&lt;br /&gt;
|161||700||591||&#039;&#039;&#039;129&#039;&#039;&#039;||195||38||2||41||360||117||16||2||0||3||97||&#039;&#039;&#039;27&#039;&#039;&#039;||9||65||19||.330||.430||.609||1.039&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2006}}&lt;br /&gt;
|143||634||535||119||177||33||1||49||359||137||7||2||0||3||92||28||4||50||20||.331||.431||&#039;&#039;&#039;.671&#039;&#039;&#039;||&#039;&#039;&#039;1.102&#039;&#039;&#039;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2007}}&lt;br /&gt;
|158||679||565||99||185||38||1||32||321||103||2||6||0||8||99||22||7||58||&#039;&#039;&#039;27&#039;&#039;&#039;||.327||.429||.568||.997&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2008}}&lt;br /&gt;
|148||641||524||100||187||44||0||37||&#039;&#039;&#039;342&#039;&#039;&#039;||116||7||3||0||8||104||&#039;&#039;&#039;34&#039;&#039;&#039;||5||54||16||.357||.462||&#039;&#039;&#039;.653&#039;&#039;&#039;||&#039;&#039;&#039;1.115&#039;&#039;&#039;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2009}}&lt;br /&gt;
|160||700||568||&#039;&#039;&#039;124&#039;&#039;&#039;||186||45||1||&#039;&#039;&#039;47&#039;&#039;&#039;||&#039;&#039;&#039;374&#039;&#039;&#039;||135||16||4||0||8||115||&#039;&#039;&#039;44&#039;&#039;&#039;||9||64||23||.327||&#039;&#039;&#039;.443&#039;&#039;&#039;||&#039;&#039;&#039;.658&#039;&#039;&#039;||&#039;&#039;&#039;1.101&#039;&#039;&#039;&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2010}}&lt;br /&gt;
|159||700||587||&#039;&#039;&#039;115&#039;&#039;&#039;||183||39||1||&#039;&#039;&#039;42&#039;&#039;&#039;||350||&#039;&#039;&#039;118&#039;&#039;&#039;||14||4||0||6||103||&#039;&#039;&#039;38&#039;&#039;&#039;||4||76||23||.312||.414||.596||1.011&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2011}}&lt;br /&gt;
|147||651||579||105||173||29||0||37||313||99||9||1||0||7||61||15||4||58||&#039;&#039;&#039;29&#039;&#039;&#039;||.299||.366||.541||.906&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align: center;&amp;quot;|{{by2|2012}}&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|[[ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム|LAA]]&lt;br /&gt;
|154||670||607||85||173||50||0||30||313||105||8||1||0||6||52||16||5||76||19||.285||.343||.516||.859&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2013}}&lt;br /&gt;
|99||443||391||49||101||19||0||17||171||64||1||1||0||7||40||8||5||55||18||.258||.330||.437||.767&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|通算：13年&lt;br /&gt;
|1958||8546||7310||1425||2347||524||15||492||4377||1498||93||37||1||81||1067||275||87||835||269||.321||.410||.599||1.008&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
* 2013年度シーズン終了時&lt;br /&gt;
* 各年度の&#039;&#039;&#039;太字&#039;&#039;&#039;はリーグ最高&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 獲得タイトル・表彰・記録 ==&lt;br /&gt;
* [[首位打者 (MLB)|首位打者]] 1回：2003年（.359）&lt;br /&gt;
* [[最多本塁打 (MLB)|本塁打王]] 2回：2009年（47本）、2010年（42本）&lt;br /&gt;
* [[最多打点 (MLB)|打点王]] 1回：2010年（118打点）&lt;br /&gt;
* [[シルバースラッガー賞]] 6回：2001年（三塁手部門）、2003年（外野手部門）、2004年、2008年 - 2010年（一塁手部門）&lt;br /&gt;
* [[ゴールドグラブ賞]] 2回：2006年、2010年（一塁手部門）&lt;br /&gt;
* [[ハンク・アーロン賞]] 2回：2003年、2009年&lt;br /&gt;
* [[ロベルト・クレメンテ賞]] 1回：2008年&lt;br /&gt;
* [[ルー・ゲーリッグ賞]] 1回：2009年&lt;br /&gt;
* [[ハート&amp;amp;ハッスル賞]] 1回：2009年&lt;br /&gt;
* [[フィールディング・バイブル・アワード]] 5回：2006年 - 2009年、2011年（一塁手部門）&lt;br /&gt;
* [[ルーキー・オブ・ザ・イヤー (MLB)|ナ・リーグ新人王]]：2001年&lt;br /&gt;
* [[最優秀選手 (MLB)|ナ・リーグ年間MVP]] 3回：2005年、2008年 - 2009年&lt;br /&gt;
* [[ルーキー・オブ・ザ・マンス|ナ・リーグ月間新人MVP]] 2回：2001年4月・5月&lt;br /&gt;
* [[プレイヤー・オブ・ザ・マンス|ナ・リーグ月間MVP]] 6回：2003年5月・6月、2006年4月、2009年4月・6月、2010年8月&lt;br /&gt;
* [[リーグチャンピオンシップシリーズ最優秀選手|ナ・リーグチャンピオンシップシリーズMVP]] 1回：2004年&lt;br /&gt;
* [[MLBオールスターゲーム]]選出 10回：[[2001年のMLBオールスターゲーム|2001年]]、[[2003年のMLBオールスターゲーム|2003年]] - [[2011年のMLBオールスターゲーム|2011年]]&lt;br /&gt;
* [[プレイヤーズ・チョイス・アワーズ]]&lt;br /&gt;
** 年間最優秀選手 3回：2003年、2008年、2009年&lt;br /&gt;
** マービン・ミラー・マン・オブ・ザ・イヤー 1回：2006年&lt;br /&gt;
** 優秀選手 3回：2003年、2008年、2009年&lt;br /&gt;
** 優秀新人：2001年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{reflist|2}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{Commonscat|Albert Pujols}}&lt;br /&gt;
* [http://www.pujolsfan.com/ 公式サイト（英語）]&lt;br /&gt;
{{MLBstats |mlb=405395 |espn=4574 |br=p/pujolal01  |fangraphs=1177 |cube=P/Albert-Pujols}}&lt;br /&gt;
* [http://www.pujolsfamilyfoundation.org/ プホルスが設立した基金のホームページ]&lt;br /&gt;
{{ロサンゼルス・エンゼルス}}&lt;br /&gt;
{{Navboxes|title=獲得タイトル・記録&lt;br /&gt;
|list1=&lt;br /&gt;
&amp;lt;/span&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{ナショナルリーグMVP}}&lt;br /&gt;
{{ナショナルリーグ新人王}}&lt;br /&gt;
{{ナショナルリーグ首位打者}}&lt;br /&gt;
{{ナショナルリーグ本塁打王}}&lt;br /&gt;
{{ナショナルリーグ打点王}}&lt;br /&gt;
{{ナショナルリーグ ハンク・アーロン賞}}&lt;br /&gt;
{{ナショナルリーグ ゴールドグラブ賞 (一塁手)}}&lt;br /&gt;
{{ナショナルリーグ シルバースラッガー賞 (一塁手)}}&lt;br /&gt;
{{ナショナルリーグ シルバースラッガー賞 (三塁手)}}&lt;br /&gt;
{{ナショナルリーグ シルバースラッガー賞 (外野手)}}&lt;br /&gt;
{{ナショナルリーグチャンピオンシップシリーズMVP}}&lt;br /&gt;
{{ロベルト・クレメンテ賞}}&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
{{2006 ワールド・ベースボール・クラシックドミニカ共和国代表}}&lt;br /&gt;
{{2006 セントルイス・カージナルス}}&lt;br /&gt;
{{2011 セントルイス・カージナルス}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ふほるす あるはあと}}&lt;br /&gt;
[[Category:アメリカ合衆国の野球選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:ドミニカ共和国の野球選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:セントルイス・カージナルスの選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:ロサンゼルス・エンゼルス及びその前身球団の選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:最優秀選手 (MLB)]]&lt;br /&gt;
[[Category:ナショナルリーグ首位打者]]&lt;br /&gt;
[[Category:本塁打王 (MLB)]]&lt;br /&gt;
[[Category:打点王 (MLB)]]&lt;br /&gt;
[[Category:ルーキー・オブ・ザ・イヤー (MLB)]]&lt;br /&gt;
[[Category:MLBオールスターゲーム選出選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:ドミニカ系アメリカ人]]&lt;br /&gt;
[[Category:アメリカ合衆国帰化市民]]&lt;br /&gt;
[[Category:サントドミンゴ出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1980年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
{{Link GA|en}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>61.114.202.48</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E9%87%8E%E9%96%93%E5%8F%A3%E8%B2%B4%E5%BD%A6&amp;diff=172992</id>
		<title>野間口貴彦</title>
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		<updated>2014-07-30T01:39:54Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;61.114.202.48: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Infobox baseball player&lt;br /&gt;
|選手名 = 野間口 貴彦&lt;br /&gt;
|英語表記 =&lt;br /&gt;
|所属球団 = 読売ジャイアンツ&lt;br /&gt;
|背番号 = 003&lt;br /&gt;
|選手写真ファイル名 = Giants_nomaguchi_45s.jpg&lt;br /&gt;
|写真サイズ = 280&lt;br /&gt;
|写真のコメント =&lt;br /&gt;
|国籍 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|出身地 = [[兵庫県]][[尼崎市]]&lt;br /&gt;
|生年月日 = {{生年月日と年齢|1983|5|31}}&lt;br /&gt;
|没年月日 =&lt;br /&gt;
|身長 = 183&lt;br /&gt;
|体重 = 84&lt;br /&gt;
|利き腕 = 右&lt;br /&gt;
|打席 = 右&lt;br /&gt;
|守備位置 = [[投手]]&lt;br /&gt;
|プロ入り年度 = {{NPBドラフト|2004}}&lt;br /&gt;
|ドラフト順位 = [[自由獲得枠]]&amp;lt;ref name=&amp;quot;meikan2008&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
|初出場 = 2005年5月1日&lt;br /&gt;
|最終出場 =&lt;br /&gt;
|年俸 = 1,200万円（2014年）&lt;br /&gt;
|経歴 = &amp;lt;nowiki&amp;gt;&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[関西創価中学校・高等学校|関西創価高等学校]]&amp;lt;ref name=&amp;quot;meikan2008&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[創価大学]]中退&lt;br /&gt;
* [[シダックス野球部|シダックス]]&amp;lt;ref name=&amp;quot;meikan2008&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[読売ジャイアンツ]] (2005 - )&lt;br /&gt;
|選出国 =&lt;br /&gt;
|選出年 =&lt;br /&gt;
|得票率 =&lt;br /&gt;
|選出方法 =&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;野間口 貴彦&#039;&#039;&#039;（のまぐち たかひこ、[[1983年]][[5月31日]]&amp;lt;ref name=&amp;quot;meikan2008&amp;quot;&amp;gt;{{cite book| 1=和書 | title=プロ野球カラー名鑑 2008 | publisher=[[ベースボール・マガジン社]] | year=2008 | page=14 | isbn=978-4-583-61526-4}}&amp;lt;/ref&amp;gt; - ）は、[[読売ジャイアンツ]]に所属する[[プロ野球選手]]（[[投手]]・[[育成選手制度 (日本プロ野球)|育成選手]]）。[[兵庫県]][[尼崎市]]出身。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
=== プロ入り前 ===&lt;br /&gt;
{{by|1983年}}に[[兵庫県]]で生まれる。[[シニアリーグ]]時代に所属した伊丹シニアで[[AA世界野球選手権大会]]に出場した。2001年に[[関西創価中学校・高等学校|関西創価高校]]から[[第73回選抜高等学校野球大会]]に出場。選抜初出場の同高でベスト4まで進出&amp;lt;ref name=&amp;quot;meikan2008&amp;quot; /&amp;gt;。2回戦では[[高井雄平]]と投げ合い1失点で完投勝利を収め、最終的に準決勝まで進出するが優勝した[[常総学院中学校・高等学校|常総学院]]の[[横川史学]]にサヨナラ打を浴びて惜敗。この時点でプロからの誘いもあったが、大学進学を表明したことで指名回避された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2002年}}に[[創価大学]]へ進学し、1年時から春のリーグ戦に登板するも「一発勝負の高校野球に比べ、リーグ戦の続く大学野球にあまり魅力を感じなかった」として&amp;lt;ref&amp;gt;「[[グランドスラム (雑誌)|グランドスラム]]」23号のインタビューより。&amp;lt;/ref&amp;gt;退学し、[[シダックス野球部]]に入社。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[野村克也]]から英才教育を受け、{{by|2003年}}の[[都市対抗野球]]では150km/hを超える速球を武器にエースとして活躍し、準優勝に貢献。さらに若獅子賞を獲得し、大会優秀選手にも選出された。また、[[IBAFワールドカップ]]に出場して[[社会人ベストナイン]]にも選ばれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この年のドラフト会議で、[[読売ジャイアンツ]]、[[阪神タイガース]]、[[埼玉西武ライオンズ|西武ライオンズ]]の3球団が野間口の獲得を目指した。阪神は同じシダックスの[[庄田隆弘]]を指名しており、[[小関順二]]はこの戦略を「（野間口獲得のためならば、阪神も）ドラフト巧者になった」と論評した。また巨人は、[[野村克則|カツノリ]]を金銭トレードで獲得し、野村から「もともとジャイアンツファン」とのコメントを引き出した。野間口本人は[[セントラル・リーグ]]希望であると報道され、野間口サイドもそれを否定しなかったことから、西武が獲得戦線から離脱。[[7月20日]]にシダックス側から西武と阪神に正式に断りの連絡が入り、事実上争奪戦は終結した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2004年}}もエースとして活躍、チームは都市対抗野球に連続出場したものの準々決勝で敗退。[[第22回ハーレムベースボールウィーク日本代表]]に選ばれ、出場した。都市対抗野球の準々決勝でシダックスが敗れた後、野間口本人の口から巨人に入団したい旨の発言があった。その秋の[[社会人野球日本選手権大会]]終了後、野間口は正式に巨人の[[自由獲得枠]]にて入団の意思表示を行い、[[2004年]]の[[ドラフト会議]]で入団した。&lt;br /&gt;
[[2012年]][[3月15日]]に、[[朝日新聞]]の取材により入団時の[[契約金]]が最高標準額を大幅に超える7億円であったことが発覚した。さらに、入団前の2004年頃には、読売ジャイアンツから数回に渡り200万を渡されていたが、[[桃井恒和]]球団社長は「それでも違反ではない」としている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/03/15/kiji/K20120315002838340.html 入団前の野間口に200万円渡す…それでも「違反ではない」 スポニチアネックス 2012年3月15日]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.asahi.com/national/update/0315/TKY201203150550.html 入団前、野間口投手に小遣い200万円余 巨人側明かす 朝日新聞デジタル 2012年3月15日]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== プロ入り後 ===&lt;br /&gt;
{{by|2005年}}はファームの開幕戦に先発したが、7回4失点で敗戦投手。一軍に昇格すると、[[5月1日]]の対[[広島東洋カープ]]戦（広島市民球場）で5回4失点ながら、雨天5回コールドになったため完投扱いで、プロ初登板初勝利初完投を達成した。その後2連勝するが失点が多く、初登板から4試合連続途中交代となって降格。故障もあって最終的に4勝3敗、防御率6.61の成績で終わった。5月21日の対[[北海道日本ハムファイターズ]]戦では、5回表に相手先発投手の[[岩本勉]]から本塁打を浴びている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2006年}}は中盤に昇格して先発を務めるものの、結果が出ないまま[[原辰徳]]から「彼（野間口）を先発で起用した私が間違っていました」とまで言われた。シーズン後半は主に中継ぎとして好投し、最終的に26試合に登板している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2007年}}も故障で出遅れ、中盤に昇格するものの結果を残せず降格する。2軍成績は15試合で5勝4敗。91回を投げて76奪三振、防御率は3.76だった。9月に入り、[[先発ローテーション]]が回らなくなったため、再昇格。[[9月12日]]、[[明治神宮野球場]]のクラブハウス前で原から「思い切って投げろ。オレが守ってやる」と直接言葉をかけられ、「吹っ切れました。[[西村健太朗|健太朗]]も疲れてるだろうし、毎日どんな場面でも投げたい、腹をくくって」と一念発起し、以降活躍をみせた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[9月16日]]の対[[広島東洋カープ]]戦で6回無失点、シーズン初勝利を挙げると、[[9月22日]]の対[[横浜ベイスターズ]]戦ではプロ初となる9回1失点完投勝利を挙げた。さらには中3日となる[[9月26日]]の対[[中日ドラゴンズ]]戦で、4回のロングリリーフを無失点でこなし3勝目。[[10月2日]]の対[[東京ヤクルトスワローズ]]との優勝決定戦でも、9回表を1回無失点に抑えた。その裏にチームが逆転勝ちしたことから勝利投手となり、わずか17日の間に4勝を挙げ、[[久保裕也 (野球)|久保裕也]]とともにチームを救った。この年は途中昇格ながら、先発・[[リリーフ]]の両面でチームを助けることになり、5年ぶりの優勝につながる貢献と、オフの契約更改などでも評価されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2008年}}はメジャー移籍が確実な[[上原浩治]]にかわる若手先発育成の年とされ、その1番手候補として期待されたが、[[栂野雅史]]との競争に敗れて中継ぎ起用が主となった。さらに[[高橋尚成]]などの先発投手が不調となったことでローテーションを少人数で回すことになり、序盤は先発機会も失った。[[4月26日]]の対[[阪神タイガース]]戦では自己最速となる152km/hをマークし、リリーフが確立した5月の交流戦頃から2ヶ月ほど先発で起用され、前半戦の手薄な先発投手陣をカバーするが、前年のように長いイニングを投げることが出来ず降格となった。9月に再昇格したが、上原の復調や[[東野峻]]、久保の活躍などもあり中継ぎとして起用にとどまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2009年}}も中継ぎ中心として起用された。25試合に登板して1勝1敗3セーブ、防御率4.97だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2010年}}は12試合の登板にとどまり、防御率も6.52に悪化した。シーズン終了後の秋季キャンプではサイドからの投球で通算180勝を飾った[[斎藤雅樹]]投手コーチの指導の下で[[サイドスロー]]に転向することになった。また、翌シーズンから背番号が&#039;&#039;&#039;45&#039;&#039;&#039;に代わることも決まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2011年}}はサイドスローの習得に苦しみ開幕は二軍スタートとなった。4月下旬には肘の位置をやや上げて[[スリー・クォーター]]気味にフォームを変え、球威と制球が改善した。8月21日にはフォーム改造後初の一軍登板を果たした&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news&lt;br /&gt;
| title = NEW野間口、完全復活！スリークオーターで今季初登板&lt;br /&gt;
| url = http://hochi.yomiuri.co.jp/giants/news/20110821-OHT1T00227.htm&lt;br /&gt;
| publisher = スポーツ報知 | date = 2011-08-21 | accessdate = 2009-09-01}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。8月31日の[[横浜ベイスターズ|横浜]]戦では6回からマウンドに上がると4者連続三振の好投で2イニングを無失点に抑え、1年ぶりの白星を手にした&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/09/01/kiji/K20110901001529630.html サイド転向初！野間口感激○ 4者連続Kも]スポニチannex 2011年9月1日&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、9月19日の中日戦で打ち込まれ、翌日に登録抹消。ポストシーズンも登板はなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2012年}}は若手の台頭により一軍昇格の機会がなく、チームの優勝が決まった後の[[9月26日]]の広島戦でシーズン初登板&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20120926-1023518.html 【巨人】野間口CS中継ぎへ今季初登板] nikkansports.com 2012年9月26日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2013年}}は、右肘の痛みのため5月29日を最後に2軍でも登板がない状況が続いていた。復帰を目指して調整していたものの肘の状態が改善せず、9月13日に右肘靭帯の再建手術（[[トミー・ジョン手術]]）に踏み切ることが発表された&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130913-1188653.html 【巨人】野間口が右肘靱帯の再建手術へ] nikkansports.com 2013年9月13日&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[10月23日]]、自由契約になる事が発表され、[[11月28日]]に育成契約を結んだ。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20131128-1224300.html 【巨人】野間口、高木が育成選手契約&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== プレースタイル ==&lt;br /&gt;
サイドスローから投じる最速140キロ中盤の直球と[[カーブ (球種)|カーブ]]などの緩い変化球が持ち球&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/02/14/kiji/K20110214000243550.html 巨人モデルチェンジ右腕 最速152キロから16キロダウンも首脳陣評価]スポニチannex 2011年2月14日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
オーバースローの頃は最速152キロの直球を中心に、鋭い[[スライダー (球種)|スライダー]]や[[フォークボール]]を武器にしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
[[2005年]]頃から[[ファッションモデル|モデル]]の[[押切もえ]]と交際していたが、[[2009年]]秋に破局が報じられた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20090925-OHT1T00024.htm 押切もえ、野間口と破局、交際4年]スポーツ報知 2009年9月25日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2011年]]11月24日、JJモデルの[[佐藤優里亜]]と[[結婚]]することが発表された&amp;lt;ref&amp;gt;[http://hochi.yomiuri.co.jp/giants/news/20111123-OHT1T00251.htm 野間口、5歳下女性と結婚！…交際スタートは今年から]スポーツ報知 2011年11月24日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 詳細情報 ==&lt;br /&gt;
=== 年度別投手成績 ===&lt;br /&gt;
{| {{投手成績|リーグ=日本プロ野球}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2005}}&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;8&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|[[読売ジャイアンツ|巨人]]&lt;br /&gt;
|9||9||1||0||0||4||3||0||0||.571||210||47.2||51||12||17||0||0||32||2||0||36||35||6.61||1.43&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2006}}&lt;br /&gt;
|26||2||0||0||0||1||3||0||3||.250||186||42.0||37||5||21||2||1||33||0||0||20||16||3.43||1.38&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2007}}&lt;br /&gt;
|7||2||1||0||0||4||0||0||0||1.000||98||25.0||21||0||2||0||1||16||0||0||5||5||1.80||0.92&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2008}}&lt;br /&gt;
|17||9||0||0||0||2||3||0||0||.400||226||52.2||58||8||11||0||4||39||1||0||30||29||4.96||1.31&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2009}}&lt;br /&gt;
|25||0||0||0||0||0||1||1||3||.000||133||29.0||30||4||20||1||4||28||0||0||16||16||4.97||1.72&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2010}}&lt;br /&gt;
|12||0||0||0||0||1||2||0||0||.333||89||19.1||22||6||9||0||1||12||0||0||16||14||6.52||1.60&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2011}}&lt;br /&gt;
|12||0||0||0||0||1||0||0||3||1.000||56||13.2||12||0||3||0||0||10||0||0||5||3||1.98||1.10&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2012}}&lt;br /&gt;
|3||0||0||0||0||0||0||0||0||----||11||3.0||2||0||1||0||0||2||0||0||0||0||0.00||1.00&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|通算：8年&lt;br /&gt;
|111||22||2||0||0||13||12||1||9||.520||1009||232.1||233||35||84||3||11||172||3||0||128||118||4.57||1.36&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
* 2013年度シーズン終了時&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 記録 ===&lt;br /&gt;
;投手記録&lt;br /&gt;
* 初登板・初勝利・初完投勝利：2005年5月1日、対[[広島東洋カープ]]6回戦（[[広島市民球場 (初代)|広島市民球場]]）、5回2失点（雨天コールド）&lt;br /&gt;
* 初奪三振：同上、1回裏に[[尾形佳紀]]から空振り三振&lt;br /&gt;
* 初ホールド：2006年4月14日、対[[横浜DeNAベイスターズ|横浜ベイスターズ]]4回戦（[[横浜スタジアム]]）、10回裏に5番手で救援登板、2回無失点&lt;br /&gt;
* 初セーブ：2009年7月10日、対[[阪神タイガース]]7回戦（[[阪神甲子園球場]]）、12回裏に6番手で救援登板・完了、1回無失点&lt;br /&gt;
;打撃記録&lt;br /&gt;
* 初安打：2005年7月18日、対[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルトスワローズ]]9回戦（[[明治神宮野球場]]）、5回表に[[石川雅規]]から右前安打&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 背番号 ===&lt;br /&gt;
* &#039;&#039;&#039;13&#039;&#039;&#039; （2005年 - 2006年）&lt;br /&gt;
* &#039;&#039;&#039;33&#039;&#039;&#039; （2007年 - 2010年）&lt;br /&gt;
* &#039;&#039;&#039;45&#039;&#039;&#039; （2011年 - 2013年）&lt;br /&gt;
* &#039;&#039;&#039;003&#039;&#039;&#039; （2014年 - ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[兵庫県出身の人物一覧]]&lt;br /&gt;
* [[創価大学の人物一覧]]&lt;br /&gt;
* [[読売ジャイアンツの選手一覧]]&lt;br /&gt;
* [[第35回IBAFワールドカップ日本代表]]&lt;br /&gt;
* [[第22回ハーレムベースボールウィーク日本代表]]&lt;br /&gt;
* [[野村克也]] - [[シダックス野球部]]監督&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://ameblo.jp/noma33/ 野間口貴彦オフィシャルブログ「挑戦」]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{読売ジャイアンツ}}&lt;br /&gt;
{{読売ジャイアンツ2004年ドラフト指名選手}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:のまくち たかひこ}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の野球選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:創価大学硬式野球部の選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:シダックス野球部の選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:読売ジャイアンツ及び東京巨人軍の選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:兵庫県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1983年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>61.114.202.48</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E6%B1%9F%E8%8D%89%E4%BB%81%E8%B2%B4&amp;diff=186571</id>
		<title>江草仁貴</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E6%B1%9F%E8%8D%89%E4%BB%81%E8%B2%B4&amp;diff=186571"/>
		<updated>2014-07-30T01:36:50Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;61.114.202.48: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Infobox baseball player&lt;br /&gt;
|選手名             = 江草 仁貴&lt;br /&gt;
|所属球団           = 広島東洋カープ&lt;br /&gt;
|背番号             = 29&lt;br /&gt;
|選手写真ファイル名 = 2012.04.15江草仁貴.jpg&lt;br /&gt;
|写真のコメント     = 2012年4月15日&lt;br /&gt;
|国籍               = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|出身地             = [[広島県]][[福山市]]&lt;br /&gt;
|生年月日           = {{生年月日と年齢|1980|9|3}}&lt;br /&gt;
|没年月日           = &lt;br /&gt;
|身長               = 178&lt;br /&gt;
|体重               = 84&lt;br /&gt;
|利き腕             = 左&lt;br /&gt;
|打席               = 左&lt;br /&gt;
|守備位置           = [[投手]]&lt;br /&gt;
|プロ入り年度       = {{NPBドラフト|2002}}&lt;br /&gt;
|ドラフト順位       = 自由獲得枠&lt;br /&gt;
|初出場             = 2003年9月21日&lt;br /&gt;
|最終出場           = &lt;br /&gt;
|年俸               = 2,000万円（2014年）&lt;br /&gt;
|経歴               = &amp;lt;nowiki&amp;gt;&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[盈進中学校・盈進高等学校|盈進高等学校]]&lt;br /&gt;
* [[専修大学硬式野球部|専修大学]]&lt;br /&gt;
* [[阪神タイガース]] (2003 - 2011)&lt;br /&gt;
* [[埼玉西武ライオンズ]] (2011)&lt;br /&gt;
* [[広島東洋カープ]] (2012 - )&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;江草 仁貴&#039;&#039;&#039;（えぐさ ひろたか、[[1980年]][[9月3日]] - ）は、[[広島東洋カープ]]に所属する[[プロ野球選手]]（[[投手]]）。妻は元[[バレーボール]]日本代表の[[竹下佳江]]。[[マネジメント]]契約先は[[スポーツビズ]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
=== プロ入りまで ===&lt;br /&gt;
1980年に[[広島県]][[福山市]]で生まれる。1998年の[[盈進中学校・盈進高等学校|盈進高等学校]]3年の夏にはエースとして同高校の[[全国高等学校野球選手権広島大会]]準々決勝進出の原動力に。準々決勝の[[如水館]]戦でも好投するが0-1で敗れる。盈進高等学校から一般入試で[[専修大学]]に進学。3年時までは登板機会に恵まれなかったが、4年春の[[東都大学野球連盟]]2部リーグで5勝0敗の成績を残してMVPを獲得し、1部昇格の原動力となった。2部リーグ通算5勝0敗、1部リーグ通算1勝3敗。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 阪神時代 ===&lt;br /&gt;
[[File:HT-Hirotaka-Egusa20100505.jpg|200px|thumb|阪神時代]]&lt;br /&gt;
{{by|2002年}}の[[2002年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)|ドラフト会議]]において[[希望入団枠制度|自由枠]]で[[阪神タイガース]]に入団。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2003年}}[[9月21日]]の対[[読売ジャイアンツ|巨人]]戦でプロ初登板。{{by|2004年}}はプロ初先発も経験し、9試合と少ない登板数ながら[[防御率]]2.76を記録。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2005年}}シーズン当初は敗戦処理要員だったが[[速球#ツーシーム・ファストボール|ツーシーム]]を武器に頭角を現し、[[リリーフ#ロングリリーフ|ロングリリーフ]]もできる貴重な中継ぎ左腕としてフル回転、チームのリーグ優勝に貢献した。[[5月6日]]の対[[北海道日本ハムファイターズ|日本ハム]]戦で3番手として登板してプロ初勝利を挙げた際には、「僕でいいんですかね」とコメントしている。同年は同僚の[[ジェフ・ウィリアムス]]によって、[[桟原将司]]・[[橋本健太郎]]の2人と併せて[[SHE (阪神タイガース)|SHE]]と命名された。しかし、[[2005年の日本シリーズ|日本シリーズ]]では第2戦の8回に[[ベニー・アグバヤニ]]に対して、シリーズ1試合最多記録、シリーズ1イニング最多記録となる1打席3暴投を記録するなど活躍できなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2006年}}より[[先発投手]]に転向。[[明治神宮野球場|神宮球場]]での開幕3戦目、8回終了時点で9対0と圧倒。99球を投じて被安打4という完封ペースだったが、WBCへ参戦しながら無登板で調整の遅れていた[[リリーフ#抑え|抑え]]の[[久保田智之]]に調整登板させたい首脳陣の意向もあって、8回限りで降板した。同月3度目の先発となった16日の対[[広島東洋カープ|広島]]戦では初完封の機会が巡ってきたものの、9回表に力尽きて2失点、味方打線は相手先発の[[黒田博樹]]から1点のみと援護にも恵まれなかったため、このシーズン唯一の完投ながら敗戦投手となっている。先発投手を6人で回すチーム事情もあって日曜日の試合に登板することが多く、「サンデー江草」と呼ばれた。また[[捕手]]との相性の関係で、主に[[浅井良]]と[[バッテリー]]を組んだ。4月こそ5登板で3勝と好調だったが、5月以降は5月27日の5勝目を最後に勝ち星から遠ざかった。6月下旬に久保田が右手骨折で離脱したことに伴い、シーズン途中から中継ぎに再転向した。しかし再転向後も精彩を欠き&amp;lt;ref&amp;gt;{{Wayback |url=http://osaka.nikkansports.com/baseball/professional/tigers/p-ot-tp0-20060710-58355.html |title=阪神江草が背信連続四球…2軍再調整も|date=20060717223224 }} - 日刊スポーツ（2006年7月10日）&amp;lt;/ref&amp;gt;、登板機会が減った。同年12月1日に婚姻届を提出。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2007年}}は同じ左腕の[[井川慶]]が移籍したこともあり先発でスタートする予定だったが、最初の先発登板となるはずだった試合が雨で流れ、以降中継ぎでの登板になった。シーズン当初からビハインド時、同点時、リード時、[[JFK (阪神タイガース)|JFK]]へのつなぎ役で50試合に登板して5勝0敗、防御率1.95を記録した。しかし、同年オフの[[契約更改]]では推定700万円（約27%）のアップを提示され保留、メディアに対し「3年間頑張ったら上がると聞いていて、今年が3年目。もうちょっと評価して欲しい」「誰とは言わないが[[野手]]でポンと上がっている選手がいる」とコメントするなど、[[リリーフ]]投手に対する球団の査定方法に疑問を呈した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Wayback |url=http://osaka.nikkansports.com/baseball/professional/tigers/f-ot-tp0-20071206-292070.htm |title=阪神江草、700万円増の3300万円を保留|date=20080207000923 }} - 日刊スポーツ（2007年12月6日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。最終的には3度目の交渉で合意。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、同年まではコンタクトレンズを着用してプレーしていたが、[[レーシック]]手術を受けて視力が回復した。両目共に視力が0.01から1.5になり、「[[花粉症]]で[[コンタクトレンズ]]を付けているのに違和感があったけど、その心配がなくなった」「キャンプ中に涙目で投球練習を行う心配もなくなり、来年からに関しては心配ない」と語っている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://sankei.jp.msn.com/sports/baseball/071223/bbl0712230831007-n1.htm 左腕・江草「2年連続の無敗」へ レーシック手術で視力回復]{{リンク切れ|date=2013年2月}} - 産経新聞（2007年12月23日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2008年}}は前年に続き、中継ぎで2年連続50試合以上登板し、好成績を残した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2009年}}[[3月22日]]、[[広島市民球場 (初代)|広島市民球場]]の最後のプロ野球試合となった広島との[[オープン戦]]で9回裏にリリーフ登板し、同球場の[[マウンド]]に最後に立った投手となった。同年は同じ中継ぎ左腕のウィリアムスが故障で離脱する中、62試合に登板。[[6月26日]]の対[[横浜DeNAベイスターズ|横浜]]戦では6者連続三振の快投を演じる&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20090627-511289.html 阪神江草は2回完全、6者連続空振り三振] - 日刊スポーツ（2009年6月27日）&amp;lt;/ref&amp;gt;など、シーズン中盤までは安定した成績を残す。ところが、[[8月27日]]の対横浜戦では2死[[満塁]]の場面で登板しながら、[[四死球#押し出し|押し出し]]となる2[[四球]]・1[[死球]]を記録&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.sponichi.co.jp/osaka/base/200908/28/base223472.html あぁ魔の7回…2死満塁から押し出し四死球4連発] - スポーツニッポン（2009年8月28日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。9月3日には、対[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルト]]戦で2点を追う8回表の1イニングを託されるも、1被安打を挟む3四球の押し出しで1失点&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20090904-539447.html 久保が江草が、制球難で踏ん張りきれず] - 日刊スポーツ（2009年9月4日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。この前々日（9月1日）でも3四球&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20090902-538604.html 阪神江草は3四球ノーコン病再発] - スポーツニッポン（2009年9月2日）&amp;lt;/ref&amp;gt;しており、夏場以降は制球難から[[四死球]]や痛打&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20090927-548465.html 虎痛い!5点差守れず逆転負けで4位転落] - スポーツニッポン（2009年9月27日）&amp;lt;/ref&amp;gt;を受ける場面が増えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2010年}}は直球の球速が平均130km/h台半ばに低下し、制球難も克服できず、一軍と二軍を往復するシーズンとなった。一軍での登板は21試合にとどまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2011年}}は[[小嶋達也]]や[[榎田大樹]]ら若手投手が躍進し、阪神では一軍での出番が無くなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 西武時代 ===&lt;br /&gt;
シーズン途中の5月24日、[[黒瀬春樹]]との交換トレードで[[埼玉西武ライオンズ]]へ移籍した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.seibulions.jp/news/detail/4450.html トレードのお知らせ] - 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト（2011年5月24日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。不足していた左の中継ぎとして期待されたが、2011年は12試合の登板にとどまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 広島時代 ===&lt;br /&gt;
{{by|2012年}}[[3月10日]]に、[[嶋重宣]]との交換トレードで広島東洋カープへ移籍した。阪神を離れてから1年足らずで、再びセ・リーグでプレーすることになった。なお広島は江草の出身地でもある。背番号は29&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=広島のベテラン嶋と西武・江草の交換トレード成立 |newspaper=スポーツニッポン |date= 2012-03-10|url=http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/03/10/kiji/K20120310002797900.html |accessdate=2013-02-03}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。貴重な中継ぎ左腕として26試合に登板、直球の球速も140km/h台半ばまで回復するも、防御率は4.43と不安定さが残った。[[8月11日]]、[[ロンドンオリンピック (2012年)|ロンドンオリンピック]]で[[バレーボール全日本女子]]が[[銅メダル]]を獲得した直後、全日本にメンバーとして選ばれていた[[竹下佳江]]と江草が結婚していたことが報道された&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news |title=江草、バレー竹下と「もう結婚してます」 |author= |newspaper=日刊スポーツ |date= 2012-08-13|url=http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20120813-999983.html |accessdate=2012-08-13}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。8月24日に竹下と連名で、3月24日に入籍していたことを公表した。江草にとっては再婚になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2013年}}は5月に[[トミー・ジョン手術]]を受け3試合の登板に終わる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 詳細情報 ==&lt;br /&gt;
=== 年度別投手成績 ===&lt;br /&gt;
{|  {{投手成績|リーグ=日本プロ野球}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2003}}&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;8&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|[[阪神タイガース|阪神]]&lt;br /&gt;
|1||0||0||0||0||0||0||0||--||----||15||3.0||4||1||2||0||1||5||0||0||2||2||6.00||2.00&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2004}}&lt;br /&gt;
|9||1||0|0||0||0||0||0||0||--||----||72||16.1||21||1||5||0||1||13||3||0||5||5||2.76||1.59&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2005}}&lt;br /&gt;
|51||0||0||0||0||4||3||0||6||.571||306||70.2||65||4||28||3||2||74||7||0||24||21||2.67||1.32&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2006}}&lt;br /&gt;
|36||12||1||0||0||5||6||0||5||.455||416||96.2||89||5||46||1||6||85||3||0||44||38||3.54||1.40&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2007}}&lt;br /&gt;
|50||0||0||0||0||5||0||0||5||1.000||269||60.0||57||4||33||3||4||82||1||0||16||13||1.95||1.50&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2008}}&lt;br /&gt;
|55||0||0||0||0||3||1||0||9||.750||251||58.1||55||3||29||1||1||54||3||0||18||18||2.78||1.44&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2009}}&lt;br /&gt;
|62||0||0||0||0||4||5||0||11||.444||274||63.0||50||3||40||0||2||65||5||2||21||19||2.71||1.43&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2010}}&lt;br /&gt;
|21||0||0||0||0||1||0||0||2||1.000||89||19.1||22||1||13||2||0||15||1||0||12||11||5.12||1.81&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2011}}&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;1&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|[[埼玉西武ライオンズ|西武]]&lt;br /&gt;
|12||0||0||0||0||0||1||0||3||.000||41||8.0||7||0||9||1||0||6||0||0||8||5||5.63||2.00&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2012}}&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|[[広島東洋カープ|広島]]&lt;br /&gt;
|26||0||0||0||0||0||0||0||5||----||86||20.1||17||2||9||0||0||15||0||1||11||10||4.43||1.28&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2013}}&lt;br /&gt;
|3||0||0||0||0||0||1||0||0||.000||17||3.0||6||2||1||0||0||1||0||0||5||3||9.00||2.33&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|通算：11年&lt;br /&gt;
|326||13||1||0||0||22||17||0||46||.579||1836||418.2||393||26||215||11||17||415||23||3||166||145||3.12||1.49&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
* 2013年度シーズン終了時&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 記録 ===&lt;br /&gt;
;投手記録&lt;br /&gt;
* 初登板：2003年9月21日、対[[読売ジャイアンツ]]26回戦（[[東京ドーム]]）、4回裏に2番手で救援登板、3回2失点&lt;br /&gt;
* 初奪三振：同上、4回裏に[[清原和博]]から見逃し三振&lt;br /&gt;
* 初先発：2004年10月2日、対[[広島東洋カープ]]26回戦（[[広島市民球場 (初代)|広島市民球場]]）、7回1失点&lt;br /&gt;
* 初ホールド：2005年4月17日、対[[中日ドラゴンズ]]3回戦（[[ナゴヤドーム]]）、4回裏に2番手で救援登板、1回無失点&lt;br /&gt;
* 初勝利：2005年5月6日、対[[北海道日本ハムファイターズ]]1回戦（[[札幌ドーム]]）、7回裏2死から救援登板、1/3回無失点&lt;br /&gt;
* 初先発勝利：2006年4月2日、対[[東京ヤクルトスワローズ]]3回戦（[[明治神宮野球場]]）、8回1失点&lt;br /&gt;
* 初完投：2006年4月16日、対広島東洋カープ5回戦（[[阪神甲子園球場]]）、9回2失点で敗戦投手&lt;br /&gt;
;打撃記録&lt;br /&gt;
*初安打：2006年4月30日、対東京ヤクルトスワローズ6回戦（阪神甲子園球場）、5回裏に[[藤井秀悟]]から左前安打&lt;br /&gt;
*初打点：2006年6月11日、対[[埼玉西武ライオンズ|西武ライオンズ]]6回戦（阪神甲子園球場）、2回裏に[[西口文也]]から右前適時打&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 背番号 ===&lt;br /&gt;
* &#039;&#039;&#039;26&#039;&#039;&#039; （2003年 - 2011年5月24日）&lt;br /&gt;
* &#039;&#039;&#039;14&#039;&#039;&#039; （2011年5月25日 - 2012年3月9日）&lt;br /&gt;
* &#039;&#039;&#039;29&#039;&#039;&#039; （2012年3月14日 - ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 登場曲 ===&lt;br /&gt;
* [[怒りの獣神]]（『[[獣神ライガー]]』オープニングテーマ）- [[弘妃由美]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[広島県出身の人物一覧]]&lt;br /&gt;
* [[専修大学の人物一覧]]&lt;br /&gt;
* [[阪神タイガースの選手一覧]]&lt;br /&gt;
* [[埼玉西武ライオンズの選手一覧]]&lt;br /&gt;
* [[広島東洋カープの選手一覧]]&lt;br /&gt;
* [[松坂世代]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://ameblo.jp/h-egusa29/ 江草仁貴オフィシャルブログ「EGUSA29」]（2013年2月1日 - ）&lt;br /&gt;
* [http://spora.jp/egusa/ 江草仁貴オフィシャルブログ]（2010年11月1日 - 2013年2月1日）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{広島東洋カープ}}&lt;br /&gt;
{{阪神タイガース2002年ドラフト指名選手}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:えくさ ひろたか}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の野球選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:専修大学硬式野球部の選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:阪神タイガース及びその前身球団の選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:埼玉西武ライオンズ及びその前身球団の選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:広島東洋カープ及び広島カープの選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:広島県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1980年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>61.114.202.48</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%86&amp;diff=215055</id>
		<title>エリック・アルモンテ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%86&amp;diff=215055"/>
		<updated>2014-06-12T01:26:14Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;61.114.202.48: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Infobox baseball player&lt;br /&gt;
|選手名             = エリック・アルモンテ&lt;br /&gt;
|英語表記           = Erick Almonte&lt;br /&gt;
|所属球団           = &lt;br /&gt;
|役職               = &lt;br /&gt;
|背番号             = &lt;br /&gt;
|選手写真ファイル名 = &lt;br /&gt;
|写真サイズ         = &lt;br /&gt;
|写真のコメント     = &lt;br /&gt;
|国籍               = {{DOM}}&lt;br /&gt;
|出身地             = [[サントドミンゴ]]&lt;br /&gt;
|生年月日           = {{生年月日と年齢|1978|2|1}}&lt;br /&gt;
|没年月日           = &lt;br /&gt;
|身長               = {{フィートとcm (身長用変換)|6|2}}&lt;br /&gt;
|体重               = {{ポンドとkg (体重用変換)|180}}&lt;br /&gt;
|利き腕             = 右&lt;br /&gt;
|打席               = 右&lt;br /&gt;
|守備位置           = [[一塁手]]、[[右翼手]]、[[遊撃手]]&lt;br /&gt;
|プロ入り年度       = 1996年&lt;br /&gt;
|ドラフト順位       = &lt;br /&gt;
|初出場             = MLB / 2001年9月4日&amp;lt;br /&amp;gt;NPB / 2005年3月26日&lt;br /&gt;
|最終出場           = NPB / 2005年8月3日&lt;br /&gt;
|年俸               = &lt;br /&gt;
|経歴               = &amp;lt;nowiki&amp;gt;&amp;lt;/nowiki&amp;gt;&lt;br /&gt;
* サント・ドミンゴ高等学校&lt;br /&gt;
* [[ニューヨーク・ヤンキース]] (2001, 2003)&lt;br /&gt;
* [[北海道日本ハムファイターズ]] (2005)&lt;br /&gt;
* [[ロングアイランド・ダックス]] (2006)&lt;br /&gt;
* [[ミルウォーキー・ブルワーズ]] (2011)&lt;br /&gt;
* [[アグアスカリエンテス・レイルロードメン]] (2013)&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;エリック・アルモンテ&#039;&#039;&#039;（&#039;&#039;&#039;Erick Almonte&#039;&#039;&#039; , [[1978年]][[2月1日]] - ）は、[[ドミニカ共和国]]出身の[[プロ野球選手]]（[[内野手]]）。{{by|2005年}}には、[[北海道日本ハムファイターズ]]に所属した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2002年}}に[[読売ジャイアンツ]]に在籍した[[ヘクター・アルモンテ]]は実兄。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴 ==&lt;br /&gt;
{{by|1996年}}に[[ニューヨーク・ヤンキース]]と契約。{{by|2001年}}、[[メジャーリーグベースボール|メジャー]]初昇格。{{by|2003年}}は主に[[デレク・ジーター]]の控えとして31試合に出場。同年オフに[[埼玉西武ライオンズ|西武]]が[[松井稼頭央]]の後釜として獲得を目指したが、獲得には至らなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2004年}}は[[コロラド・ロッキーズ]]傘下の3A[[コロラドスプリングス・スカイソックス|コロラドスプリングス]]で主力としてプレーし、翌{{by|2005年}}に2年契約で[[北海道日本ハムファイターズ]]に入団。スカウトは3割2分、20本は打てると評価していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年シーズン開幕時はなんとか一軍に残り、選球眼の良さで[[四球]]を選ぶなど、[[出塁率]]は高かったものの、打撃は不振で、守備でも当時日本ハム[[ゼネラルマネージャー|GM]]の[[高田繁]]が「（あの守備は）全然駄目」と嘆くほどお粗末な[[失策]]を連発し、5月5日には二軍降格。二軍では4番や1番を務めるなどして好成績を挙げたため、7月13日に再昇格した。以後は[[指名打者]]や[[代打]]での起用が主となったが、昇格後も成績が一向に向上せず、2年契約にもかかわらず、9月3日に同僚の[[ブランドン・ナイト]]とともに[[戦力外通告]]を受け、退団。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2006年}}はアメリカ[[独立リーグ]]である[[アトランティックリーグ]]の[[ロングアイランド・ダックス]]で主力としてプレー。{{by|2007年}}～{{by|2008年}}は[[デトロイト・タイガース]]傘下のマイナーリーグ（最高で3A[[トレド・マッドヘンズ|トレド]]）でプレーし、{{by|2009年}}からは[[ミルウォーキー・ブルワーズ]]傘下の3A[[ナッシュビル・サウンズ|ナッシュビル]]でプレー。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2011年}}は[[スプリングトレーニング]]に招待選手として参加。規定打席に到達した選手中最高となる打率.416、3本塁打、[[OPS (野球)|OPS]]1.074を残し、2003年以来8年ぶりとなるメジャー昇格を果たし、開幕試合出場も果たした。しかし4月26日の練習中に送球を前頭部に受け、27日にはこの年から新設された、[[脳震盪]]を起こした選手を対象とした7日～15日間の[[故障者リスト|短期故障者リスト]]適用第一号となる&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/04/29/kiji/K20110429000721680.html 元日本ハム・アルモンテ、7日間DL第1号に] スポニチ Sponichi Annex、2011年4月29日&amp;lt;/ref&amp;gt;。6月3日には[[ロースター (MLB)|40人枠]]から外れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2012年}}もブルワーズとマイナー契約を結ぶが、メジャーに昇格することなくAAA級ナッシュビルでシーズンを終える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{by|2013年}}は[[メキシカンリーグ]]の[[アグアスカリエンテス・レイルロードメン]]でプレー。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
性格がよく、後輩の面倒見もよく、練習熱心であり、若手選手の見本になっていた。その存在は「外国人選手とは思えなかった」と他の日本人選手は言っていた。しかしシーズン当初から、[[遊撃手]]のレギュラーで、チームからの信頼も厚かった[[金子誠]]を二軍に落としてまで使うに値する選手なのかと疑問視されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
彼に使われた[[応援歌]]は専用に作られたマイナーメロディのものであった（なお、2005年の日本ハムの外国人打者は彼のほかに、[[フェルナンド・セギノール]]、[[シャーマン・オバンドー]]がいたが、応援歌は全員マイナーメロディだった）。この応援歌のメロディは、歌詞の「アルモンテ」の部分が[[アウフタクト]]で8分音符前に出ているという工夫が凝らされていた。だが、実際に球場で演奏されると、そのアウフタクトが消えていた。これは応援団がメロディを間違って記憶してしまったために起こったもの。なお、この応援歌は後に2013年に入団した[[ミチェル・アブレイユ]]に流用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 詳細情報 ==&lt;br /&gt;
=== 年度別打撃成績 ===&lt;br /&gt;
{|  {{年度別打撃成績}}&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2001}}&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;2&amp;quot; style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|[[ニューヨーク・ヤンキース|NYY]]&lt;br /&gt;
|8||4||4||0||2||1||0||0||3||0||2||0||0||0||0||0||0||1||0||.500||.500||.750||1.250&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2003}}&lt;br /&gt;
|31||111||100||17||26||6||0||1||35||11||1||0||2||0||8||0||1||24||3||.260||.321||.350||.671&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2005}}&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center; white-space:nowrap;&amp;quot;|[[北海道日本ハムファイターズ|日本ハム]]&lt;br /&gt;
|34||107||88||14||17||2||0||3||28||8||2||1||1||0||17||0||1||27||2||.193||.330||.318||.648&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|{{by2|2011}}&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center;&amp;quot;|[[ミルウォーキー・ブルワーズ|MIL]]&lt;br /&gt;
|16||29||29||1||3||0||0||1||6||3||0||0||0||0||0||0||0||4||2||.103||.103||.207||.310&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|[[メジャーリーグベースボール|MLB]]：3年&lt;br /&gt;
|55||144||133||18||31||7||0||2||44||14||3||0||2||0||8||0||1||29||5||.233||.282||.331||.613&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;2&amp;quot;|[[日本プロ野球|NPB]]：1年&lt;br /&gt;
|34||107||88||14||17||2||0||3||28||8||2||1||1||0||17||0||1||27||2||.193||.330||.318||.648&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
* 2011年度シーズン終了時&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 背番号 ===&lt;br /&gt;
* &#039;&#039;&#039;11&#039;&#039;&#039; （2001年・2003年）&lt;br /&gt;
* &#039;&#039;&#039;43&#039;&#039;&#039; （2005年）&lt;br /&gt;
* &#039;&#039;&#039;22&#039;&#039;&#039; （2011年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[ドミニカ共和国出身のメジャーリーグベースボール選手一覧]]&lt;br /&gt;
* [[北海道日本ハムファイターズの選手一覧]]&lt;br /&gt;
* [[兄弟スポーツ選手一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{MLBstats |mlb=400095  |espn= 4955 |br= a/almoner01 |fangraphs= 808 |cube= A/erick-almonte}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あるもんて えりつく}}&lt;br /&gt;
[[Category:ドミニカ共和国の野球選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:ニューヨーク・ヤンキースの選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:ミルウォーキー・ブルワーズの選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:北海道日本ハムファイターズ及びその前身球団の選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:1978年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>61.114.202.48</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%83%89%E6%8A%95%E6%B3%95&amp;diff=226640</id>
		<title>トルネード投法</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%83%89%E6%8A%95%E6%B3%95&amp;diff=226640"/>
		<updated>2014-06-10T04:44:30Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;61.114.202.48: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&#039;&#039;&#039;トルネード投法&#039;&#039;&#039;（-とうほう）は、[[野球]]における[[投手]]の[[投法]]の一つ、厳密には[[オーバースロー]]や[[スリー・クォーター]]などの変種であり、独立した投法ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[ファイル:HideoNomo.png|thumb|200px|野茂英雄]]&lt;br /&gt;
振りかぶった投手が一度大きく[[打者]]に背中を見せるまで捻りを加えながら並進運動を起こし、そこから一気に[[ボール (野球)#用具としてのボール|ボール]]を放つ。長所としては身体の回転及び捻りによって引き伸ばされた[[筋肉]]の反発作用により、球速・球威が増す。また、球持ちが長くなるためリリースポイントがわかりにくく打者から見て打ち難い。短所は一度[[捕手]]側に背を向け体全体を大きく使って投げるため、体軸や目線がぶれやすく制球が悪くなりがちである。また、モーションが大きいことから[[走者]]がいる際には[[盗塁]]を防ぐため使えない。[[2段モーション]]として扱われる場合もある。強靭な下半身及び高いバランス感覚がなければ習得は難しい投法である&amp;lt;ref name=&amp;quot;野球の科学&amp;quot; &amp;gt;『野球の科学』 40頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1990年]]に[[大阪近鉄バファローズ|近鉄]]に入団した[[野茂英雄]]がこの独特のフォームで活躍したことから球団はこの投法を売りにしようとネーミングを募集し、「トルネード（竜巻き）投法」の名前が決まった。その後、野茂は[[メジャーリーグベースボール|メジャーリーグ]]に移籍し初年度から活躍したがメジャーでもこのような投法をしている者はおらず、「&#039;&#039;&#039;tornado&#039;&#039;&#039;（トルネイド）」は野茂英雄の投法として、現地の実況でも使われるようになった。このため「トルネード（投法）」は日本から逆輸出された野球用語と言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 野茂以外の主な使用選手 ==&lt;br /&gt;
=== 引退選手 ===&lt;br /&gt;
;[[楠本保]]（元[[全高雄]]）&lt;br /&gt;
:現役だった[[1930年代]]はトルネード投法という名称も無く映像も殆ど残っていないが、当時の楠本を見た者の証言によると振りかぶって足を上げると上半身を後ろに捻って打者に背中を見せるトルネード投法に近いフォームで投げていたという&amp;lt;ref&amp;gt;「キミは『伝説の球児たち』を知っているか・明石-中京商延長25回」（[[神戸新聞]]総合出版センター刊・ISBN 4-343-00217-9）P.8など&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
;[[品田操士]]（元大阪近鉄バファローズ）&lt;br /&gt;
:捻りの少ないトルネード投法を用い、自ら「レモネード投法」と名づけ売りにしていた。しかし、軸足への負荷やその独特のバランスを習得する事の困難さなどから成功しなかった&amp;lt;ref name=&amp;quot;野球の科学&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
;[[鎌倉健]]（元[[北海道日本ハムファイターズ]]）&lt;br /&gt;
:故障する以前は、トルネード気味のフォームから[[サイドスロー]]で投げる通称&#039;&#039;&#039;トルネードサイド&#039;&#039;&#039;を用いていた。&lt;br /&gt;
;[[吉崎勝]]（元[[東北楽天ゴールデンイーグルス]]）&lt;br /&gt;
:日本ハム時代はトルネード気味ながら、首だけを動かす&#039;&#039;&#039;あっち向いてホイ投法&#039;&#039;&#039;を用いていた。&lt;br /&gt;
;[[ルイス・ティアント]]（[[ボストン・レッドソックス]]）&lt;br /&gt;
:当初はオーソドックスなフォームだったが、故障で衰えた球威を補うためにトルネード投法に投球フォームを改造。スポーツ専門サイトにMLB史に残る「個性的フォーム」1位に選ばれている。&lt;br /&gt;
;[[岩崎哲也]]&lt;br /&gt;
:トルネードで振りかぶってからスリー・クォーター気味に投げる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 現役選手 ===&lt;br /&gt;
;[[久保田智之]]&lt;br /&gt;
:トルネード風の投球フォームで投げる。高校時代は完全に打者に背中を見せるトルネードだった。&lt;br /&gt;
;[[森福允彦]]&lt;br /&gt;
:2010年にフォームを改造し、トルネード気味の独特な[[サイドスロー]]投法に転身し、活躍するようになった。&lt;br /&gt;
;[[青木高広]]&lt;br /&gt;
:野茂に指摘されたため、サイドスローとトルネードを合わせた&#039;&#039;&#039;プチトルネード&#039;&#039;&#039;投法を投げる。&lt;br /&gt;
;[[ジョニー・クエト]]&lt;br /&gt;
:トルネード投法を採用している。&lt;br /&gt;
;[[エリック・ベダード]]&lt;br /&gt;
:上体を捻るトルネード気味の投球フォームで投げる。&lt;br /&gt;
;[[フェリックス・ヘルナンデス]]&lt;br /&gt;
:エリック・ベダードを参考にした上体を捻る投球フォーム。&lt;br /&gt;
;[[ジェイソン・バルガス]]&lt;br /&gt;
:同じくエリック・ベダードを参考にした上体を捻る投球フォーム。&lt;br /&gt;
;[[アニバル・サンチェス]]&lt;br /&gt;
:上体を捻るトルネード気味の投球フォームで投げる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== フィクション ==&lt;br /&gt;
=== 漫画 ===&lt;br /&gt;
*[[剛球少女]]の主人公・麻生遥が完全に打者に背中を見せるトルネードから[[速球#フォーシーム・ファストボール|直球]]、[[ナックルボール]]を投げる。&lt;br /&gt;
*[[キャットルーキー]]の雄根小太郎が打者に背中を見せるトルネードからMAX164km/hの[[速球]]を、三ヶ月心が背中を見せるトルネードから大きく落ちるカーブと高速ナックルを、またアンダースローの変則トルネードから[[ライズボール]]を投げる。&lt;br /&gt;
*[[ONE OUTS]]に登場する投手・倉井がこの投法を用い、MAX165km/hをマークした。球種は作中で確認できる限りストレートのみ。&lt;br /&gt;
*[[Mr.FULLSWING]]に登場する投手・屑桐無涯がこの投法を用いる。作中終盤にて、MAX160km/hを記録。また、別の投手にトルネードからのアンダースローを用いる投手がいる。&lt;br /&gt;
*[[パワプロクンポケットシリーズ]]では[[パワプロクンポケット|パワポケ1]]から[[パワプロクンポケット4|パワポケ4]]まではトルネード投法として登場していたが、[[パワプロクンポケット5|パワポケ5]]以降はトルネード投法を用いていた投手・鋼の名前用いて「はがね投法」と呼ばれていた。[[パワプロクンポケット11|パワポケ11]]以降ではオーバースローの一種として扱われている。&lt;br /&gt;
*[[竜巻少女]]に登場する主人公の投手がトルネード投法を使用。また、作中ではまるでノーコンだった。&lt;br /&gt;
*[[覚悟のススメ]]は野球漫画ではないが、最強の敵である葉隠散が弟であり主人公の葉隠覚悟に対してトルネード投法そっくりの構えの必殺技「トルネード螺旋」で立ちふさがった。これに対して覚悟は[[一本足打法]]そっくりの構えである「水鳥の構え」で迎え撃っており、擬似的なトルネード投法VS一本足打法の対決となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注・出典==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参考文献==&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書&lt;br /&gt;
|author = 筒井大助&lt;br /&gt;
|title = 野球の科学&lt;br /&gt;
|origyear = &lt;br /&gt;
|year = 2007&lt;br /&gt;
|publisher = [[ナツメ社]]&lt;br /&gt;
|series = 図解雑学&lt;br /&gt;
|isbn =  978-4-81634238-7&lt;br /&gt;
|pages = 40 - 41頁&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:野球の投球フォーム|とるねえととうほう]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>61.114.202.48</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AB&amp;diff=113209</id>
		<title>コントロール</title>
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		<updated>2014-05-28T11:41:41Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;61.114.202.48: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Wiktionary|コントロール}}&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;コントロール&#039;&#039;&#039; ({{lang-en|control}}、{{lang-fr|contrôle}})&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[調節]]、[[統制]]、[[制御]]。&lt;br /&gt;
* [[管制塔]]など、管制・制御のための施設や部屋。&lt;br /&gt;
* [[ウィジェット (GUI)]] - GUI画面上の部品。たとえば[[ボタン (GUI)|ボタン]]や[[テキストボックス]]。&lt;br /&gt;
* [[コントロールキー]] - [[キーボード (コンピュータ)|キーボード]]の[[修飾キー]]の種類。&lt;br /&gt;
* [[クロルジアゼポキシド]] - [[医薬品]]。&lt;br /&gt;
* [[対照実験|対照]] - 科学[[実験]]の概念。&lt;br /&gt;
* [[制御 (言語学)|制御]] - [[統語論]]での概念。&lt;br /&gt;
* [[制球力]] - [[野球]]の[[投手]]の技能。[[アメリカ合衆国]]では[[ストライクゾーン]]にボールを集める制球力のことをコントロール、狙ったスポットに投げる制球力のことを[[コマンド]]と呼ぶが、日本では主に後者の意味で呼ばれる。&lt;br /&gt;
* [[オリエンテーリング]]競技で競技者が通過すべき場所。&lt;br /&gt;
* 題名&lt;br /&gt;
** [[コントロール (河合奈保子の曲)]] - [[河合奈保子]]のシングル曲。&lt;br /&gt;
** [[T-SQUARE]]の曲。アルバム『[[NATURAL (T-SQUAREのアルバム)|NATURAL]]』収録。&lt;br /&gt;
** [[コントロール (ジャネット・ジャクソンのアルバム)]] (&#039;&#039;{{interlang|en|Control (Janet Jackson album)|Control}}&#039;&#039;) - [[ジャネット・ジャクソン]]のアルバム。&lt;br /&gt;
** [[コントロール (2004年の映画)]] (&#039;&#039;{{en|Control}}&#039;&#039;) - [[ティム・ハンター]]監督のアメリカ映画。&lt;br /&gt;
** [[コントロール (2007年の映画)]] (&#039;&#039;{{en|Control}}&#039;&#039;) - [[アントン・コービン]]監督のイギリス映画。&lt;br /&gt;
** [[CONTROL〜犯罪心理捜査〜]] - 日本の2011年のテレビドラマ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{aimai}}&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:こんとろおる}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[fa:هدایت (ابهام‌زدایی)]]&lt;br /&gt;
[[it:Controllo]]&lt;br /&gt;
[[nl:Controle]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>61.114.202.48</name></author>
	</entry>
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		<title>チェンジアップ</title>
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		<updated>2014-05-10T09:06:46Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;61.114.202.48: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruses|球技における[[球種 (野球)|球種]]・（[[変化球]]）|2011年の映画|チェンジ・アップ/オレはどっちで、アイツもどっち!?}}&lt;br /&gt;
[[File:Change up 1.JPG|thumb|upright|チェンジアップの握りの例]]&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;チェンジアップ&#039;&#039;&#039;（changeup）は[[野球]]、[[ソフトボール]]における[[球種 (野球)|球種]]（[[変化球]]）の一つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
チェンジアップはボールを鷲掴みにするなど[[ボール (野球)#用具としてのボール|ボール]]に力が伝わらないように握りを工夫することによって[[速球]]と同じ腕の振りから投じられる遅いボールである。主に打者のタイミングをずらすために投じられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
握り方に統一性はなく、様々な握りや[[投法]]の違いにより変化・[[回転]]・球速も変わる。[[速球]]と同じくフォーシームとツーシームの握りがあり、フォーシームは比較的曲がりが小さく制球し易い、ツーシームは利き手方向に曲がる軌道を描くが制球が難しいというのが一般的だが、フォーシームでも曲がりの大きいチェンジアップを投げる投手もいる&amp;lt;ref name=&amp;quot;mlbhb&amp;quot;&amp;gt;{{Cite book|和書|year=2010|title=メジャー・リーグ変化球バイブル|publisher=ベースボール・マガジン社|id=ISBN 978-4-583-61678-0}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。また、握りによっては固有の名称が付けられているものもある（[[#種類]]を参照）。[[フォークボール]]等に比べ肘や肩に負担が軽いと言われるため、「投手の肩は消耗品」との考えが支配的な[[アメリカ合衆国]]では非常に多用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
起源は1800年代後半にプレーした[[ティム・キーフ]]だと言われている。当時は下手投げのみのルールから上手投げが可能となる移行期で、[[速球]]や[[カーブ (球種)|カーブ]]と違いタイミングを外す球種という意味でスローボール（英: slow-ball）とも呼ばれた（[[スローボール|イーファスピッチ]]とは別の意味）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 変化 ===&lt;br /&gt;
速球より回転が少なく球速も遅いため、減速しつつ沈む[[軌道]]になり、回転の向きがバックスピンから傾いて横回転が加わっていれば右か左に曲がりながら沈む。変化よりも[[打者]]に速球と誤認させることが重視され、速球との速度差が大きいと打者からはボールが失速しているように感じられる場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日米の違い ===&lt;br /&gt;
[[日本]]では「[[スローボール|チェンジ・オブ・ペース]]」と「チェンジアップ」は、どちらも「タイミングを外す遅いボール」を指す言葉であったが、[[2000年代]]に入ってからチェンジアップは変化球として分けて認識するようになった。アメリカでは球速に緩急をつけることをチェンジ・オブ・ペースと呼んでいたが、&#039;&#039;&#039;直球と同じ腕の振りから投じられる球速の遅いボール&#039;&#039;&#039;のことを全般にチェンジアップと言うようになり、また、緩急をつけるのは当然となったのでチェンジ・オブ・ペースが球種のように使われることはない。[[高津臣吾]]の[[シカゴ・ホワイトソックス]]在籍時は投げる変化球全てがMLBの標準球速より数段遅いため、アメリカの解説者は高津の[[シンカー・スクリューボール|シンカー]]や[[カーブ (球種)|カーブ]]を全てチェンジアップと実況していた&amp;lt;ref name=&amp;quot;mlbhb&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[斎藤隆 (野球)|斎藤隆]]は[[週刊ベースボール]]誌上で「メジャーでは自分なりに考えた分類不可能な変化球も全て大雑把に『チェンジアップ』と呼んでいるみたいです」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 種類 ==&lt;br /&gt;
チェンジアップは主に握りの違いによって分類される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== サークルチェンジ ===&lt;br /&gt;
[[File:Circle change 1.JPG|thumb|upright|チェンジアップ（サークルチェンジ）の握りの例]]&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;サークルチェンジ&#039;&#039;&#039;（英: Circle change、Circle changeup)）は、人差し指と親指で輪（サークル）を作り中指から小指でボールを保持する握りで投げるチェンジアップで、現在最もポピュラーな握りのチェンジアップと言われている&amp;lt;ref name=&amp;quot;sr1102-ch&amp;quot;&amp;gt;2010-11 MLB投手白書 球種別解説＆データファイル チェンジアップ『月刊スラッガー』2011年2月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-2、17頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;。握りが[[OK (表現)|OKサイン]]にも似ている事から&#039;&#039;&#039;OKボール&#039;&#039;&#039;とも呼ばれる。この握りにより速球と同じ様に腕を振っても球速とボールの回転が抑えられ、概して速球より球速が15～25km/h程遅く、沈むような軌道を描く。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人差し指と親指で作る輪の形は人差し指と親指の先端をつけて大きな輪を作る形や人差し指を親指の根元につけて小さな輪を作る形など投手によって違い、個人差はあるが握りの構造上[[シュート_(球種)#シュート回転|シュート回転]]がかかりやすく、シンカーのように利き手の方向へ微妙に曲がりながら落ちる場合が多く、[[シンカー・スクリューボール]]に近い変化をすることから&#039;&#039;&#039;シンカーチェンジ&#039;&#039;&#039;（英: sinker change）や&#039;&#039;&#039;チェンジアップシンカー&#039;&#039;&#039;（英: change up sinker）とも呼ばれることもある。[[グレッグ・マダックス]]や[[ペドロ・マルティネス]]、[[コール・ハメルズ]]が代表的な使い手。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スプリットチェンジ ===&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;スプリットチェンジ&#039;&#039;&#039;（英: Split change、Split Finger Changeup）は、[[フォークボール]]のように人差し指と中指の間にボールを挟んで投げるチェンジアップで、打者の手元で鋭く沈む&amp;lt;ref name=&amp;quot;sr1102-ch&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[ギャレット・オルソン]]によると、スプリットチェンジの利点は通常フォークボールなら折りたたむはずの薬指をボールに添えることで様々な変化をさせることができるという&amp;lt;ref name=&amp;quot;mlbhb&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[ティム・リンスカム]]が代表的な使い手で、近年使い手が増え&amp;lt;ref name=&amp;quot;sr1102-ch&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[ロイ・ハラデイ]]や[[エドワード・ムヒカ]]、[[アレックス・カッブ]]らが投げている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バルカンチェンジ ===&lt;br /&gt;
[[ファイル:Sinker 1.JPG|thumb|upright|チェンジアップ（バルカンチェンジ）の握りの例]]&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;バルカンチェンジ&#039;&#039;&#039;（英: Vulcan change、Vulcan changeup)）は、中指と薬指でボールを挟んで縦に速く落ちるチェンジアップで[[フォークボール|スプリットフィンガード・ファストボール]]に近い変化をする。タイミングを外すよりも[[空振り]]を取る事を目的とするが、球速を重視すると体への負担が大きい。サークルチェンジの握りから中指と薬指でボールを挟み込んで投げ、ボールの縫い目に指をかけるかどうかでシュート回転などの横変化をつけることが可能。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「バルカン」の名称はアメリカのSFテレビドラマ『[[スタートレック]]』シリーズに登場する[[バルカン人]]が行う、人指し指と中指、薬指と小指をそれぞれくっつけ、中指と薬指の間と親指を開いて相手に掌を見せるバルカン式挨拶に似た握りであることが由来である。[[エリック・ガニエ]]が代表的な使い手で、[[ジャレッド・バートン]]や[[ギレルモ・モタ]]らも投げている。日本球界では[[大隣憲司]]や[[大竹寛]]、[[セス・グライシンガー]]が投げている。また、[[潮崎哲也]]はバルカンチェンジの握りで[[シンカー・スクリューボール|シンカー]]を投げていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== パームボール・チェンジ ===&lt;br /&gt;
[[File:Hoffman&#039;s palmball grip.jpg|330px|thumb|トレバー・ホフマンのチェンジアップの握り]]&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;パームボール・チェンジ&#039;&#039;&#039;（英: Palm ball change）は、親指と人差し指、小指で深く握る&#039;&#039;&#039;スリーフィンガー&#039;&#039;&#039;と呼ばれる[[パームボール]]のような握りで投げるチェンジアップ&amp;lt;ref name=&amp;quot;sr1102-ch&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[トレバー・ホフマン]]が代表的な使い手で、[[ドニー・エリオット]]から教わった&amp;lt;ref name=&amp;quot;mlbhb&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。ホフマンによると、本来のパームボールと違って速球に近いバックスピンがかかるという&amp;lt;ref name=&amp;quot;mlbhb&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。ホフマンのチェンジアップは彼の140km/h前後の速球より16km/h前後遅い&amp;lt;ref name=&amp;quot;nytimescurry&amp;quot;&amp;gt;Jack Curry, &amp;quot;[http://www.nytimes.com/2009/05/29/sports/baseball/29hoffman.html Hoffman Savoring Fresh Start With Brewers],&amp;quot; &#039;&#039;NYTimes.com&#039;&#039;, May 28, 2009. 2009年11月8日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;124km/hほどの球速で、投手と打者の中間地点から急に数インチ沈む変化をした&amp;lt;ref name=&amp;quot;hoffmannatomy&amp;quot;&amp;gt;Josh Kalk, &amp;quot;[http://www.hardballtimes.com/main/article/anatomy-of-a-player-trevor-hoffman Anatomy of a player: Trevor Hoffman],&amp;quot; &#039;&#039;[[:en:The Hardball Times|The Hardball Times]]&#039;&#039;, January 13, 2009. 2009年11月8日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[キース・フォーク]]や[[フェルナンド・ロドニー]]らが投げている。特にロドニーは、薬指を使って変化を調節して投げることもある&amp;lt;ref&amp;gt;2012-13 MLB投手白書 球種別解説＆データファイル チェンジアップ『月刊スラッガー』2013年2月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-2、29頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
カーブに似た握り方から投げるチェンジアップを&#039;&#039;&#039;リトルリーグチェンジアップ&#039;&#039;&#039;、指先でなく指の腹の部分でボールを持つようにして投げ縦に落ちるチェンジアップを&#039;&#039;&#039;ストレートチェンジ&#039;&#039;&#039;と呼ぶ事がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ヨハン・サンタナ]]のチェンジアップは速球との球速差が大きく、打者にはタイミングが合わせ難い事を[[パラシュート]]が開いてブレーキがかかる様に例えて&#039;&#039;&#039;パラシュートチェンジ&#039;&#039;&#039;（英: Parachute change）と呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
球速の速いチェンジアップは&#039;&#039;&#039;高速チェンジアップ&#039;&#039;&#039;と呼ばれ、[[ダルビッシュ有]]が[[2010年]]から投げ始める。MLBでは特に[[フェリックス・ヘルナンデス]]や[[スティーブン・ストラスバーグ]]のチェンジアップの球速が速く、球速90mph（145km/h）以上を記録することもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[マグヌス効果]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.stevenellis.com/steven_ellis_the_complete/2007/07/how-to-throw-a-.html How to throw a vulcan change-up（バルカンチェンジの投げ方・英語）]（[http://www.thecompletepitcher.com/ Baseball Pitching Instruction, Pitching Grips, Pitching Velocity Videos Tips]より）&lt;br /&gt;
*[http://everything2.com/index.pl?node=Vulcan%20changeup Vulcan changeup@Everything2.com（英語）]（[http://everything2.com/index.pl?node_id=124 Welcome to Everything@Everything2.com]より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{野球}}&lt;br /&gt;
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