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	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>鬼子母神</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;2400:217E:3A8C:A200:853F:90FF:F157:13B0: /* 関連項目 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruses|仏教を守護するとされる夜叉、女神|[[陰陽座]]のアルバム|鬼子母神 (アルバム)}}&lt;br /&gt;
[[Image:GoddessHaririWithBaby.jpg|thumb|190px|鬼子母神と赤ん坊の像（2-3世紀、ガンダーラ）]]&lt;br /&gt;
{{Buddhism}}&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;鬼子母神&#039;&#039;&#039;（きしもじん/きしもしん）、{{lang-sa-short|हारिती}}  [Hārītī]、ハーリティー）は、[[仏教]]を守護するとされる[[夜叉]]で女神の一尊。梵名ハーリティーを音写した{{lang|zh|&#039;&#039;&#039;訶梨帝母&#039;&#039;&#039;}}（かりていも）とも言う&amp;lt;ref name=&amp;quot;mizuta&amp;quot;&amp;gt;{{Cite journal|和書|author=水田正能|date=2000-10|title=エストロゲンと鬼子母神|journal=日本醫事新報|volume=|issue=3991|pages=p.p.43-44|issn=03859215}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[三昧耶形]]は吉祥果。[[種子 (密教)|種子]]（種字）はウーン（huuM）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概説 ==&lt;br /&gt;
夜叉[[毘沙門天]]（[[クベーラ]]）の部下の武将[[八大夜叉大将|般闍迦]]（パンチーカ、散支夜叉、半支迦薬叉王&amp;lt;ref name=&amp;quot;mizuta&amp;quot;/&amp;gt;）の妻で、500人（一説には千人&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web	&lt;br /&gt;
|url=http://www.chohoji.or.jp/TAIWAN-T1-T32/Cbeta%91%E4%98pjis/%96%A7%8B%B3%95%94/T21n1262.txt&lt;br /&gt;
|title=佛説鬼子母經&lt;br /&gt;
|language=中国語（[[繁体字]]）&lt;br /&gt;
|accessdate=2010年5月17日}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;/ref&amp;gt;または1万人&amp;lt;ref name=&amp;quot;zatuhouzou&amp;quot;&amp;gt;『雑宝蔵経』&amp;lt;/ref&amp;gt;）の子の母でありながら、常に人間の子を捕えて食べてしまうため、多くの人間から恐れ憎まれていた。それを見かねた[[釈迦]]は、人間を救うと共に彼女をも救済することを意図して、彼女が最も愛していた末子・愛奴児（ピンガーラ、プリンヤンカラ　嬪伽羅、氷羯羅天、畢哩孕迦&amp;lt;ref name=&amp;quot;mizuta&amp;quot;/&amp;gt;）を隠した。彼女は半狂乱となって世界中を７日間探し回ったが発見するには至らず、助けを求めて釈迦に縋ることとなる。そこで釈迦は、子を失う親の苦しみを悟らせ、仏法に帰依させた。かくして彼女は仏法の守護神となり、また、子供と安産の守り神となった&amp;lt;ref name=&amp;quot;zatuhouzou&amp;quot;/&amp;gt;。盗難除けの守護ともされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[インド]]では、とりわけ子授け、安産、子育ての神として祀られ、日本でも[[密教]]の盛行に伴い、小児の息災や福徳を求めて、鬼子母神を本尊とする訶梨帝母法が修せられたり、上層貴族の間では、安産を願って訶梨帝母像を祀り、訶梨帝母法を修している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[法華経]]において鬼子母神は、[[十羅刹女]]（じゅうらせつにょ）と共に法華信仰者の擁護と法華経の弘通を妨げる者を処罰することを誓っていることから、[[日蓮]]はこれに基づき文字で表現した[[法華曼荼羅]]に鬼子母神の号を連ね、鬼子母神と十羅刹女に母子の関係を設定している。このことが、法華曼荼羅の諸尊の彫刻化や絵像化が進むなかで、法華信仰者の守護神としての鬼子母神の単独表現の元となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その像は天女のような姿をし、子供を1人抱き、右手には吉祥果を持つ。&lt;br /&gt;
なお吉祥果をザクロで表現するのは中国文化での影響であり、これは仏典が漢訳されたときに吉祥果の正体が分からなかったため、ザクロで代用表現したものである。&lt;br /&gt;
よって仏典には吉祥果を持つとあるが、ザクロを持つとは書かれてなく、仏典中の吉祥果とザクロは同一ではない。&lt;br /&gt;
また鬼子母神が人間の子を食べるのを止めさせるために、人肉の味がするザクロを食するように釈迦が勧めたからなどと言われるのは、日本で作られた根拠のない俗説にすぎない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日蓮宗では、子安鬼子母神が祀られるほか、近世に入って以降、法華経陀羅尼品に依拠する祈祷が盛んとなって鬼子母神を祈祷本尊に位置付けるに至ったこともあり、鬼形の鬼子母神像も多く造られるようになった。これは、法華経の教えを広めることを妨げる者（仏敵）を威圧する破邪調伏の姿を表現したものである。この鬼形鬼子母神の造像については、明確な区分ではないものの、関東と関西では異なる傾向がみられる。関東では総髪で合掌した姿であり、子供を伴ってはいない。一方関西では、総髪ではあるものの角を生やし、口が裂け、子供を抱く（あるいは、左手で子供と手を繋ぐ）ものである。&lt;br /&gt;
また、子どもを抱き宝冠を付けた姿は一見すると天女形であるが、形相が天女形から鬼形に変容する過程にあると思われる珍しい像が存在することも確認されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 鬼子母神を祀る寺院 ==&lt;br /&gt;
鬼子母神は、法華経の守護神として[[日蓮宗]]・[[法華宗]]の寺院で祀られることが多く、「恐れ入谷の鬼子母神」で知られる、[[東京都]][[台東区]][[入谷 (台東区)|入谷]]の鬼子母神（[[真源寺]]）、東京都[[豊島区]][[雑司が谷]]の[[法明寺 (豊島区)|法明寺鬼子母神堂]]、[[千葉県]][[市川市]]の遠寿院（[[法華経寺]][[塔頭]]）の鬼子母神が有名である（[[江戸三大鬼子母神]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[縁日]]は毎月8の付く日（8日,18日,28日）である。また、[[お会式]]に併せて大祭を行う寺もある。なお、「鬼子母神」の「鬼」の表記について、寺院によっては、第一画目の点がない字を用いる場合がある。これは、鬼子母神が釈尊に諭されて改心した結果、角が外れたためである&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.kishimojin.or.jp/nani.htm 鬼子母神様って？] さどわら鬼子母神&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;gallery&amp;gt;&lt;br /&gt;
ファイル:PharroAndArdoxsho.jpg|[[コルヌー・コピアイ]]を携える[[パンチーカ]]とハーリティ（3世紀、[[タフテ・バヒー]]）&lt;br /&gt;
ファイル:Kamakura Kishimojin.jpg|鬼子母神像（[[鎌倉時代]]）&lt;br /&gt;
ファイル:法明寺 鬼子母神.jpg|[[法明寺]]鬼子母神堂（[[東京都]][[豊島区]]）&lt;br /&gt;
ファイル:法明寺 鬼子母神_拝殿.jpg|法明寺鬼子母神堂（東京都豊島区）&lt;br /&gt;
ファイル:本光寺 鬼子母神堂.jpg|[[本光寺 (市川市)|本光寺]]鬼子母神堂（[[千葉県]][[市川市]]大野町）&lt;br /&gt;
&amp;lt;/gallery&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 西遊記 ==&lt;br /&gt;
[[西遊記]]の[[雑劇]]である[[元曲]]の『雜劇·楊景賢·西遊記·第三本&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web	&lt;br /&gt;
|url=http://www.xysa.com/xysafz/book/quanyuanqu/t-113.htm&lt;br /&gt;
|title=雜劇·楊景賢·西遊記·第三本&lt;br /&gt;
|language=中国語（[[繁体字]]）&lt;br /&gt;
|accessdate=2010年5月17日&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;』第十二折鬼母皈依、『鬼子母掲鉢記』、『西天取経』（呉昌齢）第12齣の鬼母帰依などでは愛奴児が[[三蔵法師]]を捕まえており、そこに登場した[[釈迦如来]]に帰依する。雜劇·楊景賢·西遊記·第三本では愛奴児の別称が紅孩児となっている。[[明]]以降の西遊記では[[紅孩児]]の回で[[観音菩薩]]のところで一箇所取次ぎに顔をだすのみになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[仏の一覧]]&lt;br /&gt;
* [[モレク]]&lt;br /&gt;
* [[クロノス]]&lt;br /&gt;
* [[イシス]]&lt;br /&gt;
* [[聖母マリア]]&lt;br /&gt;
* [[アマルテイア]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:きしもしん}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:天部]]&lt;br /&gt;
[[Category:法華系仏教]]&lt;br /&gt;
[[Category:夜叉]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>2400:217E:3A8C:A200:853F:90FF:F157:13B0</name></author>
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		<title>会衆派教会</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;2400:217E:3A8C:A200:853F:90FF:F157:13B0: /* アメリカにおける展開 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&#039;&#039;&#039;会衆派教会&#039;&#039;&#039;（かいしゅうはきょうかい／Congregational Church）は、[[キリスト教]]の[[プロテスタント]]の一教派で、他に会衆派、組合派、組合教会とも。各個教会の[[教会政治]]において、[[会衆制]]とよばれる教会員の[[直接民主制]]に近い制度を採ることが特徴で、各個教会の[[独立]][[自治]]を極めて重視する。&lt;br /&gt;
[[File:Protestantbranches ja.svg|thumb|right|540px|[[プロテスタント]]諸教派（[[聖公会]]、[[アナバプテスト]]を含む）の系統概略]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
会衆派（Congregational）の語源は、[[ラテン語]]の「congregationes（共に集まれるもの）」にある。この[[言葉]]には、[[イエス・キリスト]]の名において集まる[[群れ]]の中には、[[信仰]]において生きた[[イエス・キリスト]]がともにいて、群れに集う一人一人の[[思想]]と[[行動]]を導き、それぞれの群れ＝各個教会を政治的に独立させるという意味がある。それゆえに、会衆派教会の特色は、[[イエス・キリスト]]への[[信仰]]に生きる[[会衆]]一同による[[会衆制]]と、各個教会こそが[[教会]]の基本的・本質的要素を担っているという確信による各個教会の独立自治とに体現される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
各個教会は、[[イエス・キリスト]]への[[信仰]]において、それぞれの教会と[[契約]]関係（covenanted）で集まっている人々から成り立っている。各個教会はいかなる信仰的・世俗的[[権威]]からも[[自由]]に、ただ[[神]]の感化によって[[信仰]]と生活との規範を定め、実践するものであるとされる。それこそが初代教会が実践し、[[新約聖書]]に証されている教会制度であるという会衆派教会の自己理解によるものである。また、[[宗教改革]]の流れに属するものの、いかなる教会的・教理的信条にも拘束されない自由を尊重する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== イギリスにおける成立 ==&lt;br /&gt;
会衆派教会の歴史的起源は[[イギリス]]の[[宗教改革]]にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
16世紀初頭、ドイツで[[マルティン・ルター]]による宗教改革が行なわれ、その影響を受けてイギリスでも宗教改革が起こった。なかでも、[[イギリス国教会|英国国教会]][[司祭]][[ロバート・ブラウン]]（Robert Browne）らによる分離派改革運動は、のちの会衆派教会へとつながる流れとなる。ブラウンらは、[[エリザベス1世]]治下の英国国教会を、宗教改革を徹底していないとして批判し、真の教会は自覚的に悔い改めて[[キリスト教徒|キリスト者]]の生活をなす人により構成されること、また教会は王権ではなく教会自身の手のみによって改革されなければならず、国家から独立していなければならないことを主張した（[[分離派]]）。分離派は国家に弾圧されて抵抗し、一部の人々は信仰の自由を求めて1620年にアメリカ大陸に渡った。彼らが[[ピルグリム・ファーザーズ]]と呼ばれる人々である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、イギリスに残った分離派は独立派と呼ばれ、[[1642年]]-[[1649年]]の[[清教徒革命|ピューリタン革命]]で、[[オリバー・クロムウェル]]を指導者として中心的な役割を果たすことになった。なお、イギリスにおける宗教改革期に[[ピューリタン]]と呼ばれたのは、分離派（後の独立派、現在の会衆派）、[[長老派]]、[[バプテスト]]、[[クエーカー]]などの人々である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==オランダにおける展開==&lt;br /&gt;
[[ジョン・ロビンソン]]（1576-1625）を指導者としたグループは[[オランダ]]に逃れ、さらに[[1620年]]、[[メイフラワー号]]でアメリカに渡った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アメリカにおける展開 ==&lt;br /&gt;
[[ピルグリム・ファーザーズ]]の人々が育てた、アメリカにおける会衆派教会は、[[ニューイングランド]]の支配的な教会となり、アメリカの政治、社会思想や制度組織に大きな影響を与えた。会衆派の人々の政治・社会生活のスタイルはピューリタン神権政治とも呼ばれ、神学教育だけでなく一般教育にも関心が深く、[[ハーバード大学]]、[[イェール大学]]、[[スミス大学]]、[[アマースト大学]]（[[同志社]]の創立者、[[新島襄]]の学んだ大学）、[[オーバリン大学]]など多くの大学を設立した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[神学]]的には、スイスの宗教改革者であった[[カルヴァン]]の影響が強かったが、直接民主的な[[会衆制]]をとるために[[自由主義神学|リベラル]]な傾向を持ち、人道主義的な思想や運動と結びつきやすいものとなった。いち早く[[奴隷制度]]に反対し、[[南北戦争]]の後、南部に黒人のための大学を設立し、現在でも、人権問題に積極的に取り組んでいる。外国伝道にも熱心で、北米最初の超教派的な外国伝道団体、[[アメリカン・ボード]]を設立している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{会衆派}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本における歩み ==&lt;br /&gt;
日本における会衆派教会の歩みは、[[同志社]]の創立者である[[新島襄]]による伝道活動に始まる。彼は幕末に函館より鎖国していた日本を脱国（密出国）し、アメリカで学んで1874年に帰国した時には[[アメリカン・ボード]]の伝道者でもあった。翌年（1875年）、新島は京都の地で[[同志社]]を設立するが、並行して伝道活動も行ない、京都を中心に独立自治の会衆派教会を設立していった（当時は「教会」と呼ばず「公会」と称した）。その後、神戸を基盤に活動していた[[アメリカン・ボード]]の外国人伝道師や、その他の会衆派系の伝道師によって設立された各地の教会は、ゆるやかな伝道協力組織として「[[日本基督教伝道会社]]」を設立（1878年）、のちに教派の組織として31教会が「[[日本組合基督教会]]」（[[1886年]]）を設立した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
約55年間日本のプロテスタントの三大教派であった、日本組合基督教会の諸教会は、1941年の政府の要請によるプロテスタント諸教派の合同により[[日本基督教団]]（現在は公式に[[日本キリスト教団]]とも通称する）に合流し、現在に至っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 会衆派教会のいま ==&lt;br /&gt;
会衆派教会は、各個教会の独立自治が強く、もともと教派的な団結はあまり強くない。各国にあった教派としての組織も、20世紀に入ってからの[[プロテスタント]]諸教派との合同によって独自のものは少なくなり、各国の[[合同教会]]の中で、会衆派の流れをくむ各個教会間の伝道協力のネットワークとして残っているのが現状である（たとえば、日本における「全国同信伝道会」など）。しかし、各国の[[合同教会]]の中で社会的な活動に熱心なのは、会衆派教会の流れを汲む[[教会]]であり、その点で会衆派教会の特徴を今でも際立たせている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*会衆派教会が属する国際組織&lt;br /&gt;
**[http://www.warc.ch/ 改革派教会世界連盟]　会衆派、[[長老派教会]]、[[改革派教会]]、[[合同教会]]の国際組織&lt;br /&gt;
**[http://www.intercong.org/ 国際会衆派共同体]　合同教会に参加しなかった会衆派教会の国際組織&lt;br /&gt;
*各国の会衆派教会および、会衆派教会が属する合同教会&lt;br /&gt;
**[http://www.urc.org.uk/ 合同改革派教会（イギリス）]&lt;br /&gt;
**[http://www.congregational.org.uk/ 会衆派連盟（イギリス）]&lt;br /&gt;
**[http://www.ucc.org/ 合同キリスト教会（アメリカ）]&lt;br /&gt;
**[http://www.naccc.org/ 会衆派クリスチャンチャーチ全国協議会（アメリカ）]&lt;br /&gt;
**[http://www.uca.org.au/ オーストラリア合同教会]&lt;br /&gt;
**[http://www.kohara.ac/church/kyodan/ 日本基督教団（日本）]&lt;br /&gt;
*会衆派教会につらなる神学校・教育機関（日本国内）&lt;br /&gt;
**[http://theology.doshisha.ac.jp/ 同志社大学神学部・神学研究科]&lt;br /&gt;
**[http://www.doshisha.ed.jp/ 同志社]&lt;br /&gt;
**[http://www.kobe-c.ac.jp/ 神戸女学院]&lt;br /&gt;
**[http://www.baika.jp/ 梅花学園]&lt;br /&gt;
**[http://www.neesima.ac.jp/ 新島学園]&lt;br /&gt;
**[[近江兄弟社学園]]&lt;br /&gt;
**[http://www.kyoai.ac.jp/ 共愛学園]&lt;br /&gt;
**[http://www.shinonome.ac.jp/ 松山東雲学園]&lt;br /&gt;
**[http://www.obirin.ac.jp/ 桜美林大学]&lt;br /&gt;
**[http://www.keiwa-c.ac.jp/ 敬和学園大学]&lt;br /&gt;
*会衆派教会に関する資料など（日本国内）&lt;br /&gt;
**[http://www.doshisha.ac.jp/gakujo/ 同志社大学総合情報センター]&lt;br /&gt;
**[http://joseph.doshisha.ac.jp/ 同志社社史資料センター]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:かいしゅうはきょうかい}} &lt;br /&gt;
[[Category:プロテスタント|かいしゅうはきょうかい]]&lt;br /&gt;
[[Category:会衆派教会|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:ピューリタン]]&lt;/div&gt;</summary>
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