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	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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	<updated>2026-09-04T10:58:46Z</updated>
	<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%9C%8B%E6%98%8E&amp;diff=75128</id>
		<title>清水國明</title>
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		<updated>2014-08-25T11:15:20Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;220.63.218.40: /* テレビ番組 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&#039;&#039;&#039;清水 国明&#039;&#039;&#039;（しみず くにあき、[[1950年]][[10月15日]] - ）は、[[福井県]]出身の[[タレント]]・[[歌手]]・[[作家]]・[[冒険家]]・[[実業家]]である。[[アウトドア]]愛好者として有名。&lt;br /&gt;
元国際A級[[ロードレース (オートバイ)|ロードレース]][[ライダー]]でもある。所属事務所はあのねのね事務所→アワーライフ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[芸名]]は、現在デビュー時と同じ清水&#039;&#039;&#039;国明&#039;&#039;&#039;。一時期[[本名]]の清水國明に変えていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
姉の[[橋本真由美]]は、[[ブックオフコーポレーション]]の[[取締役]][[会長]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 経歴・人物 ==&lt;br /&gt;
[[福井県]][[大野郡 (福井県)|大野郡]][[和泉村 (福井県)|和泉村]]（現[[大野市]]）出身。[[福井県立大野高等学校]]、[[京都産業大学]][[法学部]]卒。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年]]に、[[原田伸郎]]とのコンビで「[[あのねのね]]」として、「[[赤とんぼの唄]]」でデビュー。大ヒットを記録した。「あのねのね」結成当初は複数人の編成で、[[笑福亭鶴瓶]]とその妻もメンバーだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あのねのね」時代は台本を書き、芸でも原田をリードする立場だった。あのねのね時代はラジオで[[下ネタ]]を連発したり[[放送コード]]を超えた卑猥な歌を歌っていたが、後述のように1990年代にアウトドアの旗手としてファミリー層から持ち上げられるようになってからは、[[ものまね王座決定戦]]で[[清水アキラ]]が下ネタを連発した際にとがめる場面を見せるなど芸風が様変わりしていた (ただし、アキラを一時期自らの事務所に所属させ3度目の結婚の際にはアキラが司会をするなど両者の親交は深い)。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1982年に担当していたラジオ番組[[真夜中ギンギラ大放送]]でリスナーからの一枚のハガキから話が膨らみ、[[鈴鹿8時間耐久ロードレース]]（8耐）に出場を宣言。当時、レースはおろかバイクの免許さえ持っていなかったが、一念発起して二輪免許を取得。自身のサポートクラブ的団体である國武舞レーシングチームを主宰しバイク業界で精力的に活動を始める。[[1983年]]には8耐の登竜門的レースである鈴鹿4時間耐久レースに出場、決勝20位で完走を果たす。[[1985年]]まで4耐に出場。その後、8耐出場に必要な国際A級ライセンスを取得し、[[1990年]]、元世界GP[[ライダー]]の[[福田照男]]とペアを組み8耐に初参戦。予選で鎖骨を骨折するトラブルに見舞われながらも見事完走を果たした。そして、これをもってレース界からの引退を宣言する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
90年代からはアウトドア志向の活動を多く行うようになった。自らチェンソーを握り、木を伐採し、ログハウスを建築する様子がテレビなどを通じて流され、以降、アウトドア派、DIY派のイメージが定着した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私生活では[[歌手]]・[[レポーター]]として活動していた[[清水クーコ]]と結婚、カカア天下&amp;amp;おしどり夫婦として知られたが1982年に離婚（子なし）。国明・クーコとも離婚の理由を一切沈黙したが、当時芸能人は離婚を公表する際、虚実はともあれ離婚の理由・経緯を一通りマスコミに説明するのが普通だったので、元夫婦がとった行動は当時としては異例だった。クーコはしばらくあのねのね事務所に所属・芸能活動、そして国明とはよき友人関係を続けたが、自身の海外留学・国明の再婚（1984年に再婚したが離婚）が決まったことなどを機に事実上引退。クーコは[[1991年]][[3月]]子宮頸癌により他界したが、葬儀の喪主を国明が務め、最後まで「良きパートナー」を貫いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年、ライフワークとしての「森と湖の楽園」をオープン。NPO活動として子どもキャンプなどを開催する傍ら、河口湖を拠点として、ツリーハウス作りや農業体験など、団塊世代を主にターゲットとした自然のチカラを人の暮らしに生かすビジネスを創出。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年1月、敬子夫人と3度目の結婚（23歳差）。同年[[11月4日]]には初めての男子をもうけた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年末、都内の病院の人間ドックで十二指腸に約2センチの腫瘍（ポリープ）を発見。良性との判断で翌2009年2月、内視鏡で摘出したが、念のため摘出部の細胞を調べたところ、十二指腸乳頭部に腫瘍が見つかったため、十二指腸の全摘出となった。4月に都内慈恵医大病院に入院し手術。早期発見で約3週間の入院で済み、5月の連休明けには復帰した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年3月東日本大震災直後、自身が楽校長を務めるNPO法人河口湖自然楽校にて、被災した子どもやその家族を受け入れた。その際、バスで被災地と河口湖を送迎した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年財団法人日本レクリエーション協会主催で審査された【もっともレクリエーショナルなイメージを持つ著名人「ベストリクルー」】一般審査部門にて1位に選出される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2012年4月、山梨学院大学現代ビジネス学科客員教授に就任。5月、ハワイ・ホノルルトライアスロンに挑戦。完走する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年6月4日あのねのね結成40周年記念コンサートを東京・渋谷のマウントレーニアホールで行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
清水は小学校時代から大学2年生まで剣道をやっており、剣道二段の腕前である。[[東北地方太平洋沖地震]]の際には、被災者救援活動を自らが主宰するNPO法人「河口湖自然楽校」で行うにあたって剣道経験者としてその活動を紹介した『剣道日本』6月号（スキージャーナル社）のインタビューに登場した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.kenbudo.biz/kendo/index.php?main_page=news_manager&amp;amp;pages_id=12 ［トピックス］清水国明さんが剣道で支援活動] Kenbudo.Biz参照&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==主な出演==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 単発のゲスト出演は不要。レギュラー番組のみ記述をお願いします。「Wikipedia:ウィキプロジェクト 芸能人」参照 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
===テレビ番組===&lt;br /&gt;
*気ままに寄り道 バイク旅（[[日本放送協会|NHK]]）&lt;br /&gt;
*[[噂の!東京マガジン]]（[[TBSテレビ|TBS]]）&lt;br /&gt;
*[[湯のまち放浪記]]（[[BS-TBS]]、2013年4月 - ）&lt;br /&gt;
*[[爆報!THE フライデー]]（TBS、2013年7月 - ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;◇過去&lt;br /&gt;
*[[ヤンヤン歌うスタジオ]]（[[テレビ東京]]）&lt;br /&gt;
*[[ものまね王座決定戦]]（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[たったひとつの地球]]（[[NHK教育テレビジョン|NHK教育]]）&lt;br /&gt;
*[[タミヤRCカーグランプリ]]（テレビ東京）&lt;br /&gt;
*[[うわさのチャンネル]]（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[出没!!おもしろMAP]]（[[テレビ朝日|NETテレビ]]）&lt;br /&gt;
*[[それゆけホッティーズ!]]（[[中国放送]]・[[テレビ山口]]・[[山陽放送]]・[[山陰放送]]）&lt;br /&gt;
*冒険王〜大人の遊び旅〜（[[旅チャンネル]]）&lt;br /&gt;
*[[It&#039;s山梨]]〜清水國明のやまなし再発見!〜（[[テレビ山梨]]）&lt;br /&gt;
*[[CNNデイウォッチ]]（テレビ朝日）&lt;br /&gt;
*[[チェック・ザ・ステーション]]（テレビ朝日）&lt;br /&gt;
*[[桃色学園都市宣言!!]]（フジテレビ）&lt;br /&gt;
*[[とびっきり!しずおか]]（[[静岡朝日テレビ]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ラジオ番組===&lt;br /&gt;
*[[どっきん!面白天国]]（[[ラジオ大阪]]）&lt;br /&gt;
*[[真夜中ギンギラ大放送]]（[[ラジオ関西]]）&lt;br /&gt;
*[[清水國明のバイク・バイク・バイク]]（[[山口放送]]ほか）&lt;br /&gt;
*[[清水國明の気分はトムソーヤー]]（[[岐阜放送|岐阜ラジオ]]ほか）&lt;br /&gt;
*[[清水國明のフォレストパラダイス]]（[[静岡放送]]ほか）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== CM ===&lt;br /&gt;
*[[ブックオフコーポレーション]]&lt;br /&gt;
*[[タカミヤ|ポイント&amp;amp;ペグ]]&lt;br /&gt;
*[http://www.yamazen.co.jp/files/119775.pdf 株式会社山善]&lt;br /&gt;
*JR福井県小浜線沿線観光キャンペーン&lt;br /&gt;
*株式会社ウインク&lt;br /&gt;
*青汁三昧&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==主な著書==&lt;br /&gt;
*[[1984年]] - 『そらもうぶっちぎり！　とはいわんけどな』[[ベストバイク社]]/[[講談社]]&lt;br /&gt;
*[[1997年]] - 『清水國明の自然遊び日記〜丸太小屋編』[[読売新聞社]]&lt;br /&gt;
*[[1999年]] - 『遊YOUキッズアドベンチャー』[[ベースボール・マガジン社]]&lt;br /&gt;
*[[2000年]] - 『清水國明の人の釣り見て、わが釣り直す』 [[祥伝社]]黄金文庫&lt;br /&gt;
*[[2001年]] - 『清水國明の東京リトルガリバー』[[東急エージェンシー]]&lt;br /&gt;
*[[2003年]] - 『釣戦記―ブラックバス琵琶湖リリース禁止裁判』[[つり人社]]&lt;br /&gt;
*[[2005年]] - 『森のチカラ、生きるチカラ』[[日東書院]]&lt;br /&gt;
*[[2005年]] - 『直角死』日東書院&lt;br /&gt;
*[[2006年]] - 『絵手紙入門』[[幻冬舎]]&lt;br /&gt;
*[[2008年]] - 『清水国明の自然暮らし検定』[[学習研究社]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://www.ourlife.jp/ 清水国明公式サイト]&lt;br /&gt;
*[http://www.outdoorpark.net/blog/ 清水國明の楽園ブログ]（旧ブログ）&lt;br /&gt;
*[http://workshopresort.com/ 清水國明の「自然楽校&amp;amp;森と湖の楽園」]&lt;br /&gt;
*[http://ks-gakkou.jp/ 社員研修・企業研修の自然楽校]&lt;br /&gt;
*[http://sgurashi.zd.shopserve.jp/ 国店　自然暮らし　〜清水國明セレクトショップ〜]&lt;br /&gt;
*[http://allabout.co.jp/secondlife/s/006/ 清水國明のバック・トゥ・ザ・ネイチャー]&lt;br /&gt;
*[http://www.bookoff.co.jp/ ブックオフコーポレーション株式会社]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:しみす くにあき}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本のタレント]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の歌手]]&lt;br /&gt;
[[Category:ラジオ番組のパーソナリティ・DJ]]&lt;br /&gt;
[[Category:福井県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:京都産業大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1950年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>220.63.218.40</name></author>
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		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E5%B1%85%E9%85%92%E5%B1%8B&amp;diff=130960</id>
		<title>居酒屋</title>
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		<updated>2014-08-25T08:35:03Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;220.63.218.40: /* 定番メニュー */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruseslist|飲食店としての居酒屋|[[エミール・ゾラ]]の小説|居酒屋 (小説)|[[五木ひろし]]と[[木の実ナナ]]のデュエットのシングル|五木ひろし#ディスコグラフィ}}&lt;br /&gt;
{{独自研究|date=2011年11月21日 (月) 06:19 (UTC)}}&lt;br /&gt;
[[File:Izakaya,wakkanai,hokkaido 6240687最果て北海道稚内の居酒屋.jpg|thumb|220px|right|[[最果て]]の居酒屋（[[北海道]][[稚内]]）。居酒屋にこうした、どことなくうらぶれた雰囲気を求める客も多い。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;居酒屋&#039;&#039;&#039;（いざかや）とは、[[酒]]類とそれに伴う簡単な[[料理]]を提供する[[飲食店]]である。&lt;br /&gt;
主に酒類を提供している点で一般の[[レストラン]]と異なる。また[[バー (酒場)|バー]]や[[パブ]]などは洋風の店舗で[[洋酒]]を中心に提供しているのに対し、居酒屋は和風で[[ビール]]や[[チューハイ]]、[[日本酒]]などを提供している店が多く、バーやパブに比べると料理の種類や量も多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 古代オリエントの居酒屋 ==&lt;br /&gt;
[[紀元前18世紀]]の[[古代バビロニア]]には既に居酒屋が存在していたとされる&amp;lt;ref&amp;gt;「居酒屋の世界史」下田淳　講談社現代新書　P16　平成23年8月20日発行&amp;lt;/ref&amp;gt;。当時の居酒屋は無償提供であり、有償の提供は下賤行為とみなされ、居酒屋は下層民の店として上流階級から侮蔑された。この傾向は貨幣経済が浸透した[[紀元前7世紀]]以降も継続する。記録としての居酒屋の最初の記述はバビロニアの法律集[[ハンムラビ法典]]であり、、代金は大麦、謀の禁止や尼僧の来店禁止などの細かい規定が存在した。その後[[紀元前1300年]]頃には[[エジプト]]にも広まっており、この時代の王であった[[ラムセス2世]]の王都では[[ビール]]、[[ワイン]]、[[蒸留酒]]等が売られ、特にビールは国民飲料と言って良いほど頻繁に飲まれたようであるが、ワインは気候柄栽培できなかったため輸入に頼っていた。やがて[[紀元前670年]]頃に[[リディア王国]]の貨幣鋳造が始まると貨幣経済が浸透する。紀元前の二桁の年数になると尼僧禁制も解かれ、居酒屋は娯楽施設に変容した。居酒屋が世界に伝播して行ったのは宗教のおかげであり、[[三大宗教]]のうちの1つである[[キリスト教]]と、その祖先である[[ユダヤ教]]は飲酒を悪としなかったため、この2つの宗教が存在するところには自然と居酒屋が発生した。貨幣経済が当たり前となった[[紀元前5世紀]]頃の居酒屋は[[宿屋]]の機能も兼ね、[[ギリシャ]]では多くの詩人や歴史家、演劇人が居酒屋の記録を残している。ギリシャの居酒屋には、ギリシャ以外の[[外国人]]や、[[商人]]、[[巡礼者]]、ヤクザ者、[[放浪者]]、[[奴隷]]出身の[[水夫]]や[[肉体労働者]]など下層民が溜まり場として、[[売春]]や[[窃盗]]、果ては[[盗賊]]などの[[アジト]]と化していた物まであった。特に[[物流]]が集結する[[アテネ]]や[[植民都市]]であった[[ビザンティウム]]には居酒屋が多く立ち並んだが、上流階級は相変わらず居酒屋を忌み嫌い、アレオパゴス集会で居酒屋入店を禁止したり、哲学者の[[プラトン]]が『飽くなき利益を追求する商売行為』と非難したほどである。またギリシャの居酒屋では、[[ブドウ]]の[[栽培]]やワインの[[醸造]]が発達したためビールよりワインが好まれた。時代が進んだ[[古代ローマ]]の居酒屋兼宿屋は「[[タベルナ]]」と呼ばれ、宿屋と共に[[厩]]が併設された。軒に酒の神[[ディオニソス]]（ローマ呼びではバッカス）の化身である[[キヅタ]]の枝束を吊るして[[看板]]としていたようで、ほかにも[[熊]]や[[鷲]]、[[オリーブ]]、[[車輪]]、[[剣]]がモチーフになった。ローマや[[イタリア]]などの[[都市]]を繋ぐ[[街道]]沿いの居酒屋は「カウポーナ」と呼ばれ、1階が[[食堂]]で2階が[[寝室]]と様式化された。純粋な居酒屋は「ポピーナ」と呼ばれ、女性店員は[[売春婦]]として日常的に居酒屋の2階で商売をしていたようである。ローマは[[紀元前2世紀]]ギリシャを征服するが、征服前はビール、征服後はギリシャ文化に倣ってワインを好むようになった。ローマ時代も相変わらず居酒屋は下賤なものとされたが、第2代皇帝[[ティベリウス]]や第3代[[カリグラ]]、第4代[[クラウディウス]]、第5代[[ネロ]]、第8代[[ウィテリウス]]、第17代[[ルキウス・ウェルス]]、第18代[[コンモドゥス]]の歴代皇帝は居酒屋通いをしていたとされる。特にティベリウスは『ビベリウス（のみ助）』のあだ名を称されるほどの酒好きであった。ローマの居酒屋は大体夕方の16時に開店し、[[祭日]]ともなると深夜営業を行った。日没後は[[香]]を炊くなど客への配慮も怠らなかった。ローマ時代の居酒屋には飲酒と売春業の他に[[賭博]]業が新たに加わり、特にサイコロ賭博が盛んに興じられ娯楽性が強調されていく。居酒屋はローマ帝国の発展と共に各[[属州]]に広まっていくが、ローマ帝国の終焉と共に一度全滅の憂き目に遭う。[[中世]]初期の[[領主]]たちがギリシャやローマの[[貴族]]たちのように、自分の[[領地]]内での酒類の[[地産地消]]を行い、[[商売]]としての居酒屋を認めなかったためだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ヨーロッパの居酒屋 ==&lt;br /&gt;
ヨーロッパで居酒屋が登場するのは[[11世紀]]頃である。[[荘園]]制度による[[農地改革]]で[[農奴]]たちが土地を経営できるようになったからだ。各村々や都市との交流が再び活発化し、折しも[[十字軍]]の時代であったために多くの[[巡礼者]]がこの交流に拍車をかけた。王が最後まで居酒屋認可の利権を独占したイギリスと異なり、ヨーロッパ大陸では権力者たちが早々と認可権を手放したため、地方の有力者や教会、修道院などが積極的に居酒屋を経営するようになった。やがて彼らは自分たちが開いた居酒屋以外での飲酒を禁止する居酒屋禁制を公布することとなる。ドイツではビール、フランスではワインが主だった禁制対象であり、長らく諸侯たちの利権であり続けた。こうして誕生した居酒屋には都市と農村で明確な違いが現れる。都市の居酒屋は上流と下流の人々による棲み分けが行われ、上流では嗜好品としての酒類の提供、下層ではそれに加えての売春、賭博による娯楽の提供に特化していく。一方農村では居酒屋自体が村のコミュニケーションの場となり、世代や性別を問わず人が集うだけでなく、行政や司法などの村の機能を代行する一大コミュニティーセンターとなっていった。[[1647年]]に[[イタリア]]の[[ベネチア]]にアラブ発祥である[[カフェ]]が伝来すると、やがて勃発した[[フランス革命]]による封建制の崩壊と上流社会文化の開放により、瞬く間に欧州全土に広がる。1[[8世紀]]の後半に大衆向けのカフェが出来るようになると[[リキュール]]などの酒類の提供が盛んに行われ、加えて[[レストラン]]や[[ホテル]]といった[[外食産業]]による酒類の提供も盛んになった。居酒屋の役割はこれら新興の飲食店が果たすようになる。また[[低温殺菌]]や冷凍保冷など、酒類を長期間保存できる技術革新も居酒屋を衰退させる間接的な要素となった。革命の伴う封建制の崩壊は、農民たちを都市部に招く結果となり、多くの労働者が発生した。[[19世紀]]になって登場した週払いの給金システムによって、居酒屋は労働者たちの週末の息抜きの場になっていく。二日酔いに伴う月曜日の欠勤が多発し、「聖月曜日」が一時期習慣化する事態となった。19世紀から[[20世紀]]にかけて、アメリカに端を発した[[禁酒運動]]の影がヨーロッパに広がったが、いずれの国でも禁酒法が成立されることはなく、仮に成立してもすぐに廃止された。しかし禁酒運動は、酒類輸送を人員輸送に転換した鉄道旅行の発達や識者たち啓蒙によるスポーツの振興を促す要因となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== イギリスの居酒屋 ==&lt;br /&gt;
西暦[[43年]]にローマが[[ブリタニア]]に侵攻する以前、[[ケルト人]]は古代[[フェニキア人]]から教わったビールを、[[紀元前2世紀]]か[[紀元前1世紀]]頃には既に常飲していたようである。ローマ以後、[[455年]]に[[民族大移動]]に伴う[[アングル人]]と[[サクソン人]]の入植、そして[[1066年]]の[[ノルマン人]]の侵攻でも、ビールを飲む習慣は変わらなかった。イギリスのビールは[[エール]]と呼ばれ、[[常温]]での[[上面発酵]]させた[[ホップ]]なしのビールである。イギリスでのビールは各個人の家庭で作られ、それを近隣住民や旅行者たちに分け与えたのが居酒屋の始まりで、居酒屋が「エールハウス」と呼ばれるのもここから来ている。初期の居酒屋は家庭発祥の経緯から女性経営者が多かったが、専業となるに伴い醸造等の肉体労働に対応するため、男性経営者が増えていく。特にイギリスの場合は身分の低い者たちが経営者となり、毛織物業や皮革業などの[[兼業]]で生計を立てることが多かったそうで、居酒屋が専業として免許による認可制になったのは[[1552年]]である。その後居酒屋は、[[宗教改革]]に伴う価値観の変化によって聖と俗の分離がなされ、飲酒が瀆神行為とみなされるようになる16世紀から17世紀にかけて爆発的にその数を増やしていく。この頃の居酒屋は、宿屋の側面が強い「[[イン]]」、「エールハウス」、ワインを専門とする「タヴァン」の3種類に分かれていた。このうちタヴァンにはイギリスの上流階級が頻繁に通うようになり、格差が生じるようになった。また農村では共同体の交流の場となり、会合や商談、選挙投票や裁判などが行われた。19世紀頃になると居酒屋は「パブリックハウス」、通称[[パブ]]と呼ばれるようになるが、居酒屋としての多機能性は徐々に失われ、純粋に酒類を提供する店に特化する。当時有名だったパブは「ビクトリアンパブ」であり、パブ内において上流（サールン、パーラ）・中流・下流に階層順に別れていた。やがて上流向けは会員制クラブやサロンに移行し、パブは下層民の店となる。当初パブでは、エールとビールが良く飲まれたが、17世紀にオランダから伝来した[[ジン]]を主立って提供する立ち飲み形式の「ジンパレス」が猛威を振るう。その後は踊りやショーを提供する[[ミュージックホール]]が主流となるが、[[1843年]]の劇場法によって演劇が禁止され、音楽と踊りのみ認可されて今日に至る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== フランスの居酒屋 ==&lt;br /&gt;
フランスでは教会や修道院が居酒屋の起源であり、客は多くが巡礼者たちであった。しかし[[カエサル]]が[[紀元前1世紀]]に[[ガリア]]に侵攻を行った時まではビールが主に飲まれており、今日フランスの代名詞であるワインはカエサル率いるローマ人によってもたらされたものである。ワインはまず南部でのブドウ栽培が盛んになり、[[10世紀]]頃から[[セーヌ川]]や[[ロワール川]]流域で王権と繋がりの深い[[クリュニー会]]の教会や修道院で盛んに醸造され、ミサなどに使用されたが、[[11世紀]]頃に[[バイキング]]の侵攻を受けたのを機に、現在の[[ブルゴーニュ]]地方に栽培拠点を移してからはクリュニー会に異を唱えた[[シトー会]]の修道士たちによって、フランス全土に広まっていったのである。フランスの居酒屋は、宿屋の機能を持つ「オベルジュ」や「ホテル」、大衆飲み屋としての「キャバレー」や「タヴェルン」、安価で食事を提供する「ガルゴット」、そして[[18世紀]]のパリ郊外で多く見られた「ギャンゲット」がある。18世紀から19世紀にかけてワインが大衆化されるようになってから居酒屋の進化が起こり爆発的にその数を増やした。「ガルコット」は「ターブル・ドート」、「タヴェルン」は「アソモワール」に呼び名が替わり、また喫煙者限定の酒場である「タバジー」、ビ－ルを主に提供する「ビストロ」や「ブラスリ」が登場するが、実際には居酒屋の種類の境界は曖昧であった。居酒屋の数は19世紀に激増し、[[1789年]]は10万だったのが、[[1830年]]に28万、[[1914年]]にはおよそ50万店舗にまで拡大した。首都のパリだけでもフランス革命時代に公式で3000ほどだった店舗が、1840年代後半には4500、[[1870年]]には2万2000、19世紀末では3万に達する。パリの居酒屋は中世時代の多機能が色濃く残り、労働者たちの出会いの場や職業斡旋、ストライキの会合まで行われた。賃金が居酒屋で支払われたメタルコインの換金システムも、居酒屋の多機能性を残す要因となった。やがて居酒屋内に音楽と芸能が流入し、「カフェ・コンセール（音楽カフェ）」と呼ばれる店舗が登場してくる。[[1867年]]に芸人の衣装に関する規定が緩和されたことで、居酒屋の娯楽性はさらに高まる。[[1881年]]にロドルフ・サリによって、近代的な居酒屋である[[キャバレー]]「黒猫」が登場したことで、居酒屋は各界著名人が集う一大サロンと化していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ドイツの居酒屋 ==&lt;br /&gt;
ドイツでも、居酒屋は領主でもあった教会や修道院が巡礼者のために酒類を提供するようになったのが起源であり、修道院内に「修道院居酒屋」と呼ばれる施設を堂々と開いていた。「修道院居酒屋」は開かれたものであり、村人たちが気軽に飲みに来られる場所であった。最初ドイツではワインが主体であったが、[[16世紀]]頃に発生した後氷河期によって南部地方のブドウ栽培が不可となり、[[18世紀]]頃になるとビールが主体となった。世界最古のビール醸造所があるヴァイエンシュテファンは、[[ベネディクト会]]の修道士たちが中心となって[[1021年]]に建てた修道院が発祥となっている。またビールに付き物のホップも直後から添加されていた。[[1516年]]に[[バイエルン公]]であった[[ヴィルヘルム4世]]が発布した[[ビール純粋令]]によって、ドイツのビールはより洗練された物となっていき、[[1871年]]のドイツ統一までの間、ドイツではビール令を順守した上で様々な地域性のあるビールが醸造され続けた。[[1524年]]から1年間起きた[[ドイツ農民戦争]]や[[17世紀]]の[[30年戦争]]では、村々の居酒屋が蜂起した農民たちの集会所となり、集会のみならず平常時でも雑貨屋や、食料品店、商談事や裁判、銀行業務、軍人募集まで請け負う多機能性を有していた。利用する人間も富裕層から貧困層まで幅広く、男女や年齢による制限も比較的ゆるいものであった。このことを都市部の人々は快く思っておらず、[[ルター]]などは、『祝日に行われているあらゆる悪徳の場』と蔑んでいる。[[フランス革命]]が勃発すると教会や修道院の領地は没収され、「修道院居酒屋」も閉鎖されてしまう。このフランスでの革命を機に、ドイツ国内でも近代的なカフェやキャバレーが登場し、1901年にエルンスト・フォン・ヴォルツォーゲンによるキャバレー「彩色劇場」の登場によって一層の娯楽性を強調していったが、より劇場型に特化して政治風刺の強い社会性を強めていく。[[ワイマール共和国]]時代になってこの傾向は一時期廃れるが、共和制末期の4年間に再び活気づく。しかし1[[935年]]、登場したナチスによって最後の一軒が閉店し、ドイツキャバレーの歴史は幕を閉じる。一方でドイツのカフェは、バイエルン王政時代からの醸造所を改造した[[ミュンヘン]]の「[[ホフブロイハウス]]」を筆頭に、[[1928年]]時点のベルリン市内で1万6000軒を数える規模にまで発展する。特にホフブロイハウスは、[[アドルフ・ヒトラー]]が[[1920年]]に[[ナチス]]の前身となる[[国民社会主義ドイツ労働者党]]を結成した場所として有名である。1928年にはベルリン市内に、2500人収容可能な巨大カフェ「[[ハウス・ファターランド]]」が完成し、ドイツのみならず、スペイン、トルコ、東欧、日本などの、様々な様式の居酒屋がカフェ内に開設され、ダンスホールや映画館、オーケストラによるショーを連日行う世界最大の娯楽施設として、年間100万人の来場者を記録したという。この来客層は当時の中産階級であり、ナチスの支持基盤層であったためカフェは禁止されなかった。ハウス・ファターランドは第二次世界大戦で爆撃を受けて損傷し、[[1953年]]に破壊されている。ドイツは最も遅くショービジネス形式の居酒屋が伝来し、居酒屋の持つ多機能性を最も残した国となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== スペイン・東欧の居酒屋 ==&lt;br /&gt;
スペインでは、聖[[ヤコブ (ゼベダイの子)|ヤコブ]]の墓への[[サンティアゴ・デ・コンポステーラ|サンティアゴ]]への巡礼を行う者たちのための居酒屋が、宿屋の併設という形で[[11世紀]]頃から[[レコンキスタ]]の余波もあって北部から南部にかけて急速に発達していった。街道沿いの宿屋は「ベンタ」と呼ばれたが、治安や設備等が粗悪であり、待遇は良くなかった。一方東欧では、[[1453年]]の[[ビザンツ帝国]]の崩壊で、[[バルカン半島]]一帯は[[オスマントルコ]]の勢力下となり、北部のスラブ地方では[[ドイツ騎士団]]による[[プロイセン]]の建国により、居酒屋も大きく様変わりする。東欧南部では都市型の居酒屋が、北部では農村型の居酒屋が多くみられるようになっていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ロシアの居酒屋 ==&lt;br /&gt;
ロシアの居酒屋の歴史は[[13世紀]]頃に[[アラビア]]から伝来した[[ウォッカ]]に始まる。[[1480年]]に[[モスクワ大公国]]の都市部に「カバキ」と呼ばれる居酒屋が誕生する。飲まれたのはやはりウォッカであった。初期のカバキは国営であり、貴族専用店であったが、直ぐに富裕層に解禁され、[[17世紀]]には私営店も認可されるようになった。この辺りまでのウォッカは高級品で、低所得の市民や農民は雑穀から作ったクワスと呼ばれるアルコールの度数が低い酒を飲んでいたようである。農村部までにウォッカの出す居酒屋が広まるのは[[19世紀]]になってからである。この頃になると、カバキは高所得者向けの居酒屋の名称となり、低所得者向けの居酒屋は、「シノーク」と呼ばれるようになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アメリカの居酒屋 ==&lt;br /&gt;
英国の植民地政策が始まると、居酒屋は宿泊機能を持った「タヴァン」と呼ばれ、欧州の多機能性を有したコミュニティセンターであった。[[19世紀]]中頃になると高級宿泊施設の[[ホテル]]が大陸北部に登場し、フランスの入植も始まって居酒屋は「サロン」あるいは「サルーン」と呼ばれた。19世紀末期の居酒屋はアメリカ大陸に約30万軒ほどが大陸北部の工業地区に集中して存在しており、労働者たちの週末の息抜き場だった。しかし19世紀に起こった[[禁酒運動]]と1919年に成立した[[ボルステッド法]]（[[禁酒法]]）によって、居酒屋は存続に危機に晒される。だが飲酒行為そのものは禁止されなかったため、非合法の居酒屋が存続し、[[1931年]]当時には22万軒を数えるまでに発達した。この急速な居酒屋の発展には、[[アル・カポネ]]などの[[ギャング団]]や[[マフィア]]が大きく関わっていた。[[1933年]]に禁酒法が撤廃されると、居酒屋は一気に酒類を専門に提供する店へと変わっていくが、これは禁酒法時代に発展した映画観賞や野球観戦など娯楽が多様化したためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アラビア地域の居酒屋 ==&lt;br /&gt;
[[7世紀]]の[[622年]]に[[イスラム教]]が成立する以前は、アラビア地域ではごく普通に酒が飲まれ、アラビア語で「ハーヌート」と呼ばれる居酒屋が存在していた。アラビア圏では主に「[[アラック]]」と呼ばれる[[蒸留酒]]や「ナビーズ」と呼ばれる[[醸造酒]]が飲まれたが、地域によっても特色があり、中部では[[ナツメヤシ]]、[[イエメン]]では[[蜂蜜]]から作られた酒があり、北部にかけてはワインやビールが古代から常飲された。イスラム教成立以後も権力者たちの飲酒行為は止まらなかった。これはイスラム教自体が禁酒を厳格化しなかったためである。歴代の[[カリフ]]たちは公然と酒に溺れ、例外は居酒屋禁止令を行った[[ウマイヤ朝]]の第8代目、[[ウマル2世]]くらいだと言われている。特にウマイヤ朝の第11代目である[[アル・ワリード2世]]は、禁酒を説く[[コーラン]]を破壊するパフォーマンスを行うほどの享楽家であった。その後[[アッバース朝]]の時代になると、異教徒であるキリスト教徒やユダヤ教徒が運営する居酒屋が普通に出店されるようになる。酒や関連する店舗は王朝に多大な税収をもたらしたため、黙認されたのである。[[16世紀]]になってアラビア圏に[[カフェ]]が発生する。ただしアラビアのカフェは[[15世紀]]の中頃にアフリカから伝わった[[コーヒー]]が主体であった。カフェは16世紀の中頃までにはアラビア圏を網羅し、後期には[[モスク]]に隣接するような大規模な店も出店するようになった。アラビア圏ではカフェの隆盛が契機となって禁酒の傾向が進み、コーヒーの飲用が奨励された。しかし酒類の提供は水面下続けられ、現在でも都市部などで細々と行われており、厳格な[[サウジアラビア]]や[[スーダン]]でも密造酒が流通しているほどである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== インドの居酒屋 ==&lt;br /&gt;
インドは[[10世紀]]や[[16世紀]]にイスラムの支配をうけたが、イスラム教の浸透は支配者階級のみであり、大多数の市民たちはヒンドゥー教の教えを守り通した。そして飲酒の規律も、古代の法典である[[マヌ法典]]によって、蒸留酒である[[スラー酒]]の飲酒が禁止され、醸造酒である[[ソーマ酒]]が認められていたが、それはごく建前であり、都市部には両者を提供する多くの居酒屋が軒を並べていた。しかし近代に入ると、インド独立を指揮した[[マハトマ・ガンジー]]の禁欲主義と、彼が率いた[[インド国民会議派]]の政策により、居酒屋の数はごく少数となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 中国の居酒屋 ==&lt;br /&gt;
中国でこれまでに確認されている最古の酒の痕跡は、[[紀元前7000年]]頃の土器に付着していた酒粕である。内訳は米や葡萄、蜂蜜などの成分が含まれていた。当初は[[華北]]に[[殷]]や[[周]]の王都が建国されたため、麦栽培が盛んになる[[紀元前270年]]以前は[[黍]]や[[粟]]の酒が、それ以後は麦の酒が飲まれた。稲作は気象条件の都合上、[[華中]]と[[華南]]でしか栽培できなかったため、米の酒が流通するのは、[[秦]]の中国統一による[[紀元前3世紀]]頃と言われている。その後、[[紀元前6世紀]]頃の[[春秋時代]]に[[布銭]]や[[刀銭]]、そして[[紀元前403年]]から[[紀元前221年]]までの[[春秋戦国時代]]にかけては青銅貨の[[円銭]]が流通した。これら貨幣経済の誕生と共に居酒屋や酒類を提供する宿屋は誕生したと見られている。古代中国では、民衆の酒盛りは禁止されており、[[漢]]の法律には『三人以上故なくして酒を群飲すれば、罰金4両』と規定されていた。ただし、国家の慶事の際には民衆の宴会は許されたようである。このことから古代の居酒屋は、富裕層向けに特化した店だったようである。その後居酒屋は、[[唐]]の時代ごろになると、各都市部に庶民向けの店が出始め、「酒肆（しゅし）」や「酒楼（しゅろう）」、「酒家（しゅか）」などと呼ばれた。これらは、当時の[[詩人]]であった[[李白]]や[[杜甫]]によって歌に詠まれている。各都市の街道沿いには宿屋を兼ねる居酒屋が軒を並べ、看板である「酒旗」を掲げ、ウイグル系の[[酌婦]]などが働いていた。当時は夜間の営業が禁止されており、深夜営業は[[宋朝]]の時代まで待たなくてはならなかった。またこの唐の時代に、詩人の[[王翰]]が[[葡萄酒]]を歌に詠んでいるが、ワインのような代物ではなく米と葡萄汁をブレンドした醸造酒だったようである。その後アラビアから[[蒸留酒]]が伝来し、「白酒（パイチュウ）」呼ばれて富裕層が嗜んだ。蒸留酒が庶民に出回るのは[[20世紀]]になってからである。宋の時代になると居酒屋は「酒壚（しゅろ）」と呼ばれるようになり、[[12世紀]]初頭の[[北宋]]の頃には、酒を蒸気で蒸して加熱殺菌する世界初の試みがなされている。居酒屋が庶民に広がった頃、同時に仏教の寺院等で[[茶館]]と呼ばれる[[飲茶]]の文化が広まった。居酒屋の持つ多機能性は茶館に集約され、[[共産党]]による一党支配がなされるまで、その機能を維持し続けた。現在では「酒家」はレストランを差し、「居酒屋」は日本から逆輸入されて使用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本の居酒屋 ==&lt;br /&gt;
酒の醸造は、[[古事記]]に登場する逸話や歌から、[[8世紀]]初頭までには定着していた。「造酒司（みきのつかさ）」と呼ばれる役所の管轄の基、醸酒料としての米が租税として徴収された[[733年]]の記録が残っている。[[797年]]に書かれた[[続日本紀]]には、[[761年]]に居酒屋が存在した記録が残っている。ただしこの時は大陸の言葉である「酒肆（しゅし）」と書かれていた。[[奈良時代]]になると貨幣経済も始まり、寺院などで酒の醸造と提供が始まり、神社関連も醸造を行うようになる。やがて[[平安時代]]から[[室町時代]]にかけて民間業者が醸造を負高揚になり「醸造屋」と呼ばれるようになった。「醸造屋」は当初、貴族階級の富裕向けであり、庶民の飲酒行為は、[[811年]]の規制法等によって、祭り以外の飲酒が規制されていた。醸造屋が全国に波及するのは、[[11世紀]]頃と言われている。[[鎌倉時代]]になると貨幣経済が都市部で本格化し、武士階級に酒を提供する醸造屋が現れた。これらは「好色家」と呼ばれ、酒類の提供だけでなく売春業も行っていたようである。酒を巡ってのトラブルも多発したため、[[1252年]]の[[建長4年]]の10月には、酒壺の破棄指令が出たほどである。その後鎌倉時代の末期になると、ようやく商人階級に酒類を提供する醸造屋が登場する。[[室町時代]]になると醸造屋は一定の権力を持ち、幕府から課税対象とみなされるようになる。この頃の醸造屋は同時に金貸しをやっており、庶民に対して積極的に金を貸すと同時に、酒類も提供していた。また室町時代から、醸造と提供の分離が始まり、酒の提供に特化した「酒屋」や茶も出す「茶屋」が登場するようになる。その後戦国時代になると各大名が領内の経済強化のために酒屋や茶屋を積極的に保護した。都市部や街道沿いには庶民相手の居酒屋が建つようになる。居酒屋の本格的な発展は[[江戸時代|江戸期]]頃になる。酒の量り売りをしていた[[酒屋]]（酒販店）で、その場で酒を飲ませるようになり、次第に簡単な[[肴]]も提供するようになった。&amp;lt;ref&amp;gt; 「飲食事典」本山荻舟　平凡社　p29　昭和33年12月25日発行&amp;lt;/ref&amp;gt;。酒屋で飲む行為を「居続けて飲む」ことから「居酒」（いざけ）と称し、そのサービスを行う酒屋は売るだけの酒屋と差別化するために「居酒致し候」の貼紙を店頭に出していた。現在でもこうした酒販店に付属する形式の[[立ち飲み]]スタンドは残存しており、近隣[[住民]]の気軽な[[社交]]場として機能している例も見られる。他にも[[煮売屋]]が酒を置くようになったことに始るもの、また[[屋台]]から発展したものなどの別系統もある。[[江戸]]は男女比率が極端に男性に偏っており、一人住まいの[[独身]]男性が多かったことから酒が飲めて簡便に[[食事]]も取れる居酒屋は大いに広まっていった。一方農村部は最後まで居酒屋の普及が遅れ、[[18世紀]]後半まで待たなくてはならなかった。[[明治時代]]になると[[文明開化]]の名の下、[[ビール]]など洋酒が流入し、[[1899年]]には[[銀座]]に富裕層向けの「恵比寿ビアホール」が設立された。その後、[[カフェ]]や[[キャバレー]]等の洋風居酒屋が相次いで流入、戦後の[[1960年]]を境に日本酒と洋酒の消費量が逆転することになった。&lt;br /&gt;
[[1970年代]]頃までは居酒屋といえば[[男性]][[会社員]]が[[日本酒]]を飲んでいる所というイメージが強かったが、近年は女性にも好まれるように[[チューハイ]]や[[ワイン]]など飲み物や料理の種類を豊富にしたり、店内装飾を工夫したお店が多くなり、女性だけのグループや家族連れを含め、誰でも気軽に利用できる場所というイメージが定着しつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特に[[1980年代]]頃から居酒屋の[[チェーン店]]化が進んだ。このことで、居酒屋は安く、大人数が集まることができ、少々騒いでもよく、様々な人の好みにあわせて飲み物や料理を選べるというメリットを持つようになった。このため、[[学生]]・会社員・[[友人]]同士などのグループで「簡単な[[宴会]]」を催す際の会場としてよく用いられている。チェーン店を中心に基本的には低価格で気軽に飲食できることを売りにしている店が多く、そのため男女に関わらず広い層を顧客としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
店内の装飾や提供する飲食類は[[和風]]のことが多いが、あえて洋風にすることにより他店との[[差別化戦略|差別化]]を図る店もある。また、新鮮な[[魚介類]]を提供していることを強調するため店内に[[活魚]]用の[[生け簀]]を作る店や、[[カウンター]]を作って目の前で調理をしてみせる店など、様々な工夫を凝らした店が多い。チェーン店においては[[セントラルキッチン]]において調理済みの料理を提供する店が多いが、近年は「店内調理」を前面に出してセールスポイントとするチェーンも少なくない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 呼びかた ==&lt;br /&gt;
[[画像:cyochin2.jpg|thumb|200px|居酒屋の軒下につるされる赤提灯]]&lt;br /&gt;
* 料理として主に[[焼き鳥]]を提供する店は、「焼き鳥屋」と呼ばれることが多い。焼き鳥屋は店内に焼き鳥を焼く台を設置してあり、客の目の前で焼いていることが多い。&lt;br /&gt;
* 料理として主に[[おでん]]を提供する店は、「おでん屋」と呼ばれることが多い。おでん屋はしばしば店舗の形式ではなく[[屋台]]の形式で営業される。&lt;br /&gt;
*[[焼肉]]店の中にも居酒屋の形式で営業をしているところもある。そういった店ではしばしば肉（筋肉部）よりも[[ホルモン焼き]]を主として出す場合が見られる。&lt;br /&gt;
* [[お好み焼き]]の看板が掛かっていても、ビールの看板も一緒に出ている店や夕方から深夜にかけて営業する店などはお酒を飲む店であり、「お好み焼き屋」でないことがあるので注意が必要である（お好み焼きを提供しない店すら存在する）。&lt;br /&gt;
* 店内に大きな[[炉]]を設置し、そこで焼いた料理を出す店は、「[[炉端焼き]]（ろばたやき）」と呼ばれることがある。炉端焼きでは、炉越しに料理などを渡すために[[しゃもじ]]を巨大にしたような特別な道具を使うことがある。&lt;br /&gt;
* 1人または2人の少人数で運営し、あまり大きくない店舗（しばしばカウンター席のみ）で営業している店は「小料理屋」と呼ばれることもある。特に、料理に凝ったものを用意している場合にこの名称が用いられる。&lt;br /&gt;
* 飲料として主にビールを提供することを目的としている店は、[[ビアホール]]と呼ばれる。一般の居酒屋よりも開放的に作られていることが多く、屋外で営業されるものは[[ビアガーデン]]と呼ばれる。&lt;br /&gt;
* かつての居酒屋は、[[看板]]代わりに赤い[[提灯]]を店先に掲げていたことが多かったため、居酒屋を「赤提灯（あかちょうちん）」と呼ぶ人はいまだに多い。同様に、[[ロープ|縄]]で作った[[暖簾]]を入り口に下げていた店が多かったことから、「縄暖簾（なわのれん）」と呼ぶ人もいる&amp;lt;ref&amp;gt; 「飲食事典」本山荻舟　平凡社　p29　昭和33年12月25日発行&amp;lt;/ref&amp;gt;。近年のチェーン店化された居酒屋をこれらの名前で呼ぶ人は少ない。むしろ昔ながらの居酒屋をチェーン店と区別するときにこれらの名前を使う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 文化 ==&lt;br /&gt;
現在は老若男女を問わず利用されているが、かつては居酒屋は主に男性会社員や[[肉体労働者]]の大衆的な[[社交場]]として機能していた。これが日本の[[文化]]に与えている影響も少なくない。&lt;br /&gt;
[[歌謡曲]]の題材として取り上げられることが多く、特に[[演歌]]で居酒屋の情景が歌われることが多い。&lt;br /&gt;
また、[[日本映画]]の舞台として取り上げられることもある。&lt;br /&gt;
* 小説「居酒屋兆治」（[[山口瞳]]） - 居酒屋を営む、まっすぐにしか生きられない男を描いた作品。[[高倉健]]主演で[[映画]]化もされた。&lt;br /&gt;
* 歌謡曲「居酒屋」-　[[五木ひろし]]と[[木の実ナナ]]が歌い[[1982年]]（昭和57年）に流行した。いまでも[[カラオケ]]でよく歌われている。&lt;br /&gt;
* 歌謡曲「居酒屋サンバ」 - [[南かなこ]]が歌い[[2003年]]（平成15年）に流行。居酒屋のメニューが出ることで有名。&lt;br /&gt;
* 映画「居酒屋ゆうれい」-　[[1994年]]（平成6年）に[[渡邊孝好]]監督により映画化された。同年の[[キネマ旬報]]日本映画ベストテンに入った。&lt;br /&gt;
* 落語「居酒屋」- 酔っぱらい客が居酒屋で働く小僧をからかうという噺。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、海外でも居酒屋（に相当するもの）を題材とした文芸作品などがある。&lt;br /&gt;
* 小説「[[居酒屋 (小説)|居酒屋]]」&#039;&#039;L&#039;Assommoir&#039;&#039; （[[エミール・ゾラ]]の[[ルーゴン・マッカール叢書]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 定番メニュー ==&lt;br /&gt;
居酒屋は様々な形態のお店があるが、「居酒屋といえばたいていこれは提供している」という、「定番メニュー」がある。主なものを下に列挙する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 酒類 ===&lt;br /&gt;
* [[日本酒]]（[[燗酒|熱燗]]、吟醸酒）&lt;br /&gt;
* [[ビール]]（ビールと称して[[発泡酒]]や[[第三のビール]]を出す店がある）&lt;br /&gt;
* [[焼酎]]&lt;br /&gt;
* [[サワー]]（主に関東地方、ハイサワーが有名。他地域ではチューハイが主）&lt;br /&gt;
* [[チューハイ]]&lt;br /&gt;
* [[ワイン]]&lt;br /&gt;
* [[ウイスキー]]、[[ウイスキー・ソーダ|ハイボール]]（近年に取り扱う店舗が増えている）&lt;br /&gt;
* [[ホッピー]]（主に関東地方）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 料理 ===&lt;br /&gt;
* [[サラダ]]（[[ポテトサラダ]]・[[マカロニサラダ]]など）&lt;br /&gt;
* [[おでん]]&lt;br /&gt;
* [[焼き鳥]]&lt;br /&gt;
* [[冷や奴]]&lt;br /&gt;
* [[枝豆]]&lt;br /&gt;
* [[刺身]]&lt;br /&gt;
* [[唐揚げ]]&lt;br /&gt;
* [[どて焼き]]（関西ではポピュラー）&lt;br /&gt;
* [[漬物|漬け物]]（[[漬物|お新香]]）、[[キムチ]]&lt;br /&gt;
* 乾きもの（[[柿ピー]]、裂き烏賊など）&lt;br /&gt;
* [[塩辛]]&lt;br /&gt;
* [[煮込み]]&lt;br /&gt;
* [[もつ]]（ホルモン）料理（[[もつ煮込み]]、[[酢もつ]]、[[ホルモン焼き]]、[[もつ鍋]]など）&lt;br /&gt;
* [[豚足]]&lt;br /&gt;
* [[ウシ|牛]][[スジ肉]]料理&lt;br /&gt;
* [[だし巻き卵]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== お通し、突き出し ===&lt;br /&gt;
店に入って酒を注文すると、他に何も頼んでいなくても小皿や小鉢に入った一品料理が出てきて代金を取られるケースが多い。これは「お通し」もしくは「突き出し」と呼ばれるもので、最初の注文が入ってから客に出すまでの時間をつなぐためとされるものである。この他「口取」とする店もある。予め作っておいてすぐに出せるもの、あるいは前日の残り物などを上手く処理して出す。枝豆や、前日は刺身で出していた魚を、煮付けにして出すなどはその例である。関東ではお通し、関西では突き出しという所が多いようだが、両者で全く正反対の言葉を同義語として使っている。店側にとって、お通しは「客単価を確実に上げられる上に、質をあまり問われないので利益率が高くありがたい商品」として重宝されている側面もある&amp;lt;ref name=asahi&amp;gt;[https://snet.asahibeer.co.jp/news/column/009/ 「お通し革命」が進行しています] - ご繁昌サポートネット・2013年2月5日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「頼んでいないのだから代金は払わない」等のトラブルを回避するため「（お通しを）頂戴致します（[[養老乃瀧]]、席料とも取れる表記）」「酒類をご注文のお客様にお召し上がり頂きます（[[つぼ八]]、「手始め」と呼称）」などと料金システムとして明示するケースも見受けられる。一方で「頼んでもいない商品を一方的に出すのは客に余計な負担をかける」という理由から、お通しを出さないことをセールスポイントの一つとするチェーン（[[鳥貴族]]&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ameblo.jp/toriki-ookura/entry-10516793122.html 居酒屋の【お通し】について] - 鳥貴族 社長の焼鳥日記!!・2010年4月24日&amp;lt;/ref&amp;gt;など）や、「お通しが要らないお客様には提供しない」ことをメニュー等で明示しているチェーン（[[ワタミ|和民]]&amp;lt;ref name=asahi /&amp;gt;など）も出てきている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な居酒屋チェーン ==&lt;br /&gt;
* 「[[白木屋 (居酒屋)|白木屋]]」、「[[魚民]]」、「[[笑笑]]」([[モンテローザ]])&lt;br /&gt;
* 若の台所、赤鶏御殿、かまくら御殿、蒼の洞窟物語、京の町に夢が咲く、桜坂、さくらさくら、和桜ひとひら、柚柚、水都の饗宴、竹取御殿、竹取の眞ぼろしなど（[[川中商事]]）&lt;br /&gt;
* やぐら茶屋（[[ダイワエクシード]]）&lt;br /&gt;
* はなの舞、団欒炎（[[チムニー (居酒屋)|チムニー]]）&lt;br /&gt;
* 和民、和み亭など（[[ワタミ]]）&lt;br /&gt;
* [[酔虎伝]]、八剣伝、居心伝など（[[マルシェ (企業)|マルシェ]]）&lt;br /&gt;
* [[甘太郎]]、贔屓屋など（[[コロワイド]]）&lt;br /&gt;
* [[土間土間]]、とりでんなど（[[レインズインターナショナル]]）&lt;br /&gt;
* 庄や、やるき茶屋など（[[大庄]]）&lt;br /&gt;
* 北の家族、ザ・ロックアップ（[[NBK]][http://www.kitanokazoku.jp/top/index.html]）&lt;br /&gt;
* さくら水産（[[テラケン]]）&lt;br /&gt;
* サッポロライオン（[[サッポロビール]]系）&lt;br /&gt;
* 庄屋など（[[ニユートーキヨー]]）&lt;br /&gt;
* [[養老乃瀧]]&lt;br /&gt;
* 東方見聞録、月の雫など（[[三光マーケティングフーズ]]）&lt;br /&gt;
* [[つぼ八]]&lt;br /&gt;
* [[村さ来]]など（[[ジー・テイスト]]）&lt;br /&gt;
* わん、千の庭、かっこなど（[[オーイズミフーズ]][http://www.oizumifoods.co.jp/]）&lt;br /&gt;
* 世界の山ちゃん（[[エスワイフード]]）&lt;br /&gt;
* 居酒屋 藩（[[西洋フード・コンパスグループ]]）&lt;br /&gt;
* 天狗（[[テンアライド]]）&lt;br /&gt;
* [[鳥貴族]]&lt;br /&gt;
* [[八百八町 (居酒屋)|八百八町]][http://e-808.com/]&lt;br /&gt;
* [[北前そば高田屋]][http://www.takada-ya.co.jp]&lt;br /&gt;
*とりぞうの新時代（[[ファッズ]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{reflist}} &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[酒場]]&lt;br /&gt;
* [[飲み会]]&lt;br /&gt;
* [[コンパ]]&lt;br /&gt;
* [[合コン]]&lt;br /&gt;
* [[立ち飲み]]&lt;br /&gt;
* [[ハッピーアワー]]&lt;br /&gt;
* [[吉田類]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:いさかや}}&lt;br /&gt;
[[Category:飲食店]]&lt;br /&gt;
[[Category:飲酒文化]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>220.63.218.40</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E6%A8%AA%E5%B1%B1%E5%89%A3&amp;diff=169859</id>
		<title>横山剣</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E6%A8%AA%E5%B1%B1%E5%89%A3&amp;diff=169859"/>
		<updated>2014-07-28T10:16:15Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;220.63.218.40: /* 出演 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruses|[[クレイジーケンバンド]]のボーカル、横山&#039;&#039;&#039;剣&#039;&#039;&#039;|ギタリストの横山&#039;&#039;&#039;健&#039;&#039;&#039;|横山健|}}&lt;br /&gt;
{{Infobox Musician &amp;lt;!--Wikipedia:ウィキプロジェクト 音楽家を参照--&amp;gt;&lt;br /&gt;
| Name = 横山 剣&lt;br /&gt;
| Background = singer&lt;br /&gt;
| Blood = [[ABO式血液型|B型]]&lt;br /&gt;
| Born = {{生年月日と年齢|1960|7|8}}&lt;br /&gt;
| Origin = {{JPN}} [[神奈川県]][[横浜市]]&lt;br /&gt;
| Instrument =&lt;br /&gt;
| Genre =&lt;br /&gt;
| Occupation = [[歌手]]&lt;br /&gt;
| Years_active = [[1978年]]-&lt;br /&gt;
| Label =&lt;br /&gt;
| Production =&lt;br /&gt;
| Associated_acts =&lt;br /&gt;
| Influences =&lt;br /&gt;
| URL = http://djr69.com/&lt;br /&gt;
| Notable_instruments =&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;横山 剣&#039;&#039;&#039;（よこやま けん、本名：横山 正佳（よこやま まさよし）、[[1960年]][[7月7日]] -（本当の誕生日は[[7月8日]]）は、日本の[[歌手]]、[[作曲家]]、[[プロデューサー]]。[[クレイジーケンバンド]]の[[ボーカル]]であり、[[レコード]]会社「ダブルジョイレコーズ」の[[代表取締役]]である。自称&#039;&#039;&#039;東洋一のサウンドクリエイター&#039;&#039;&#039;、通称&#039;&#039;&#039;“crazyken”&#039;&#039;&#039;。[[横浜市]]在住。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==プロフィール==&lt;br /&gt;
===生い立ち===&lt;br /&gt;
[[神奈川県]][[横浜市]]（[[中区 (横浜市)|中区]]）で生まれる。赤ん坊の頃は本郷町だが、物心つく頃には[[本牧]]に移り&amp;lt;ref&amp;gt;[[1982年]]に返還されるまで[[在日米軍]]施設「横浜海浜住宅地区」があった本牧という場所には非常にこだわっている。&amp;lt;/ref&amp;gt;、そこで幼年期を過ごす。母親の離婚・再婚等もあり、小学生時代は[[日吉 (横浜市)|日吉]]付近、中学生時代は[[横浜ドリームランド]]付近と、横浜市内を転々と引っ越して過ごす。本牧から日吉へ引っ越した時にプリンス幼稚園に入園、ある園児の父親が乗ってきたプリンススカイライン2000GTに魅せられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
幼少期から[[ジャズ]]や[[ボサノヴァ]]などの音楽に親しむ一方で、[[三遊亭圓楽 (5代目)|5代目三遊亭圓楽]]が語るアルバム『&#039;&#039;&#039;円楽の[[プレイボーイ]]講座12章&#039;&#039;&#039;（演奏：[[前田憲男]]とプレイボーイズ）&amp;lt;ref&amp;gt;2001年のCD化の際は横山が解説を執筆した&amp;lt;/ref&amp;gt;』に多大な影響を受ける。5歳の時に[[本牧]]でアメリカ人が乗るアイボリーのムスタングに衝撃を受ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小学2年生の時に、腎炎と自律神経失調症を併発し、駒沢にある国立東京第二病院（現在の国立病院機構東京医療センター）に入院。見舞いに来た母親が自由が丘の玩具店で購入して来たミニカーの一台目がBMWであり、一目見てなにかを強く感じる。小学生時代から「頭の中で鳴る音楽」をもとに、作曲を始め（「[[筒美京平]]みたいになること」を目標としていた）。芝浦や港北の[[ヤナセ]]に行くのが好きだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[横浜市立大正中学校]]時代からはバンド活動にもいそしむ（この頃、“&#039;&#039;&#039;横山火呂死&#039;&#039;&#039;（ヒロシ）”と名乗っていた）。&amp;lt;br&amp;gt;また、すでに母親と離婚していた実父とともに[[ロサンゼルス]]や[[ホノルル]]などを訪れ、後の作詞、作曲活動に大きな影響を受ける。&amp;lt;!--[[関西]]方面に親戚が居るらしく、[[尼崎市|尼崎]]（塚口・園田・武庫之荘）などをよく訪れるらしい。--&amp;gt; ある夏休みに江ノ電を鵠沼駅で降りて海に行く途中に見かけた家のガレージに止まっていたメルセデス・ベンツ280SE3.5クーペに惹かれる。音楽活動だけでなく、チョッパーの自転車暴走族『毒ガス』を率いていた事もあり、神奈川県大和市にあったレーシングショップ『ピットローブ』に足しげく通っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
音楽の道を真剣に志したのは小学6年生の時&amp;lt;ref name=&amp;quot;gendai201361&amp;quot;&amp;gt;「横山剣インタビュー」[[週刊現代]] 2013年6月1日 pp.189-196&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;スタンダード&amp;quot;&amp;gt;[[#スタンダード]]、pp.190-194&amp;lt;/ref&amp;gt;。当時好んで聴いていた[[チューリップ (バンド)|チューリップ]]が出演する[[慶応大学]]のイベント（[[学校法人共立女子学園|神田共立講堂]]）に足を運んだ際、生涯憧れるバンドに出会う&amp;lt;ref name=&amp;quot;gendai201361&amp;quot;/&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;スタンダード&amp;quot;/&amp;gt;。プログラムにない[[キャロル (バンド)|キャロル]]が、[[ポマード]]べったりの頭に上下革製の[[オートバイ用品#身体装備|ライダース]]で登場、見事なアンサンブルと腰のあるサウンドに大きな衝撃を受けた&amp;lt;ref name=&amp;quot;gendai201361&amp;quot;/&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;スタンダード&amp;quot;/&amp;gt;。[[矢沢永吉]]が[[龍]]に見えて、あっさりキャロルに頭が塗り替えられたという&amp;lt;ref name=&amp;quot;gendai201361&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中学卒業後は、「卒業後、音楽関係の職業を紹介してくれるかも」と考え、「芸能コース」がある[[堀越学園高等学校|堀越学園高校]]の「一般コース」に進むが、芸能コースは制作部門とは全く関係がなく特にそのようなメリットがないことを知り、1年生のうちに中退。定時制高校を転々としながら&amp;lt;ref name=&amp;quot;gendai201361&amp;quot;/&amp;gt;、以降はバイトと、不良青年活動、デモテープを作ってレコード会社に片っ端から持ち込む、といった日々を送る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
サンフランシスコに住んでいる友人のもとに遊びに行ったところ、センスの良い古着が捨て値で売っていたので大量に買い付けし、横浜周辺で古着の商売を始める。その後、原宿に商売の「遠征」にでかけ、たまたま寄った所が[[クールス|クールスRC]]のリーダー[[佐藤秀光]]が経営している衣服店であった。その店のスタッフが「友人の友人」だったことから、[[クールス]]のメンバーの面識を得る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===音楽活動開始===&lt;br /&gt;
[[1978年]]に[[クールス|クールス・ロカビリークラブ]]の[[ローディー]]になる&amp;lt;ref name=&amp;quot;gendai201361&amp;quot;/&amp;gt;。[[1981年]]にボーカリストになり、自作曲「&#039;&#039;&#039;シンデレラ・リバティ&#039;&#039;&#039;」がその最初のシングルに採用されるなど、ソングライティングの面でも八面六臂の活躍をみせるものの、[[1984年]]に脱退した。元[[ラッツ&amp;amp;スター]]の[[山崎廣明]]らと「ダック・テールズ」を結成するが、1年半で事務所から解雇されてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、職業作曲家をしながら昼は貿易会社の社員として輸出貨物の検査官をする一方で、夜にライブ活動を行なう（この頃のバンド仲間に[[赤坂泰彦]]がいる）。[[1990年]]に「ZAZOU（ザズー）」結成（後に[[クレイジーケンバンド]]で活動を共にする廣石恵一、[[小野瀬雅生]]も在籍）。同時期に「MOON DOGS」という[[バンド (音楽)|バンド]]に作曲で参加している。[[1991年]]には「CK&#039;s」を結成。廣石、小野瀬に加え、新宮虎児、中西圭一、洞口信也も参加し、ここでクレイジーケンバンドの原型が形作られる。[[1995年]]自社レーベル「ダブルジョイレコーズ」を設立（現・代表取締役）&amp;lt;ref name=&amp;quot;gendai201361&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===クレイジーケンバンド===&lt;br /&gt;
[[1997年]]にクレイジーケンバンド（略称CKB）を結成。[[1998年]]にアルバム「PUNCH!PUNCH!PUNCH!」でデビュー。テレビやライブ活動を通じて徐々に全国的な人気を博す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歌の途中で入れる「イーネッ！」という独特のフレーズを持っている。このフレーズは、横山が幼少時によく遊びにいった、彼の叔父の得意なフレーズを元にしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
横浜市中区出身で、現在も[[本牧]]に住み、地元に密着した音楽活動を行っている。横浜市資源循環局の[[プロジェクト]]「ヨコハマはG30」（平成22年度のゴミ排出量を平成13年度比30%減を目標にするプロジェクト）のテーマソング「いいね!横浜G30」の作曲を担当（作詞は一般の人）。また[[横浜市立みなと総合高等学校]]の[[校歌]]の作曲を担当（作詞は同校の生徒）、[[SMAP]]・[[TOKIO]]・[[ジェロ]]・[[和田アキ子]]・[[松崎しげる]]らに楽曲を提供するなど音楽活動に精を出す一方で、雑誌連載などの執筆活動、ラジオDJなども並行して行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
基本的に楽曲提供は作詞・作曲ともに行われる（そのバックの演奏をCKBが務める場合も多い）が、1990年代に職業作家としての活動を志向していた時期には作曲のみ提供することが多かった（友人でもある作詞家・[[山田ひろし]]とのコンビ作が目立つ。[[2008年]]発表のCKBのアルバム「ZERO」収録の「Lookin&#039; your eyes」は、この時期に2人で作っていた作品）。珍しいケースとして、[[高橋克典]]に提供した「男の美学」（[[テレビ朝日]]系ドラマ『[[特命係長・只野仁]]』挿入歌）は作詞のみ（作曲は[[小久保淳平]]）である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[日本放送協会|NHK]]教育テレビの幼児向け番組・[[ピタゴラスイッチ]]の「おとうさんスイッチ2」というコーナーに娘とともに出演したことがある。その際、本名の&#039;&#039;&#039;横山正佳&#039;&#039;&#039;でクレジットされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]]「タイガー&amp;amp;ドラゴン」で[[紅白歌合戦]]出場を打診されたが辞退している&amp;lt;ref name=&amp;quot;gendai201361&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
{{出典の明記|section=1|date=2014年6月}}&lt;br /&gt;
* 風体に似合わず実は[[下戸]]。昔は人並みに飲めたようだが、[[クールス]]時代に[[ジェームス藤木]]からブーツで無茶苦茶なものをまぜた「闇カクテル」を無理矢理に飲まされて以来、それっきりだという。好きな飲み物は「歯磨きみたいな味のする（横山談）」という[[ルートビア]]。&lt;br /&gt;
* [[バイク・レース]]が趣味で、チーム「CRAZY KEN RACING」を保有。また、その延長で京急神奈川駅そばに、バイク・ショップ「CRAZY KEN&#039;S SPEED」を開いていたこともあった。&lt;br /&gt;
* MOON DOGSの4枚のアルバムに作曲として参加したその印税で、ボーカルMr.イクラ（現:[[井倉光一|IKURA]]）の経営する「チカーノパーク」で[[キャデラック]]・フリートウッド・ブロアムを購入した。&lt;br /&gt;
* [[平塚市|平塚]]の[[梅屋 (神奈川県)|梅屋デパート]]で、セレクト・ショップ「ALMOND EYE」を開いていたこともあった。2008年からは、横山の両親が[[横浜中華街]]にて「スージー・ウォン（SUZIE WON&#039;S souvenir shop＝蘇西黄貿易公司）」というCKBグッズや輸入雑貨の店を営業。&lt;br /&gt;
* [[大韓民国|韓国]]をぶらぶらと目的もなく旅するのも好きである。ちなみにクレイジーケンバンドの舞台衣装は、[[ソウル特別市|ソウル]]の、とあるテーラー・ショップにオーダー・メイドしている。&lt;br /&gt;
* クレイジーケンバンドの定期ライブの場所として有名な、長者町のバー「FRIDAY」だが、[[ダックテイルズ]]時代はレギュラー出演していたが、[[CK&#039;S]]時代は、店長の判断で出演させてもらえなかった。&lt;br /&gt;
* [[横須賀市|横須賀]]の[[どぶ板通り]]商店街も愛好しており、老舗の[[スカジャン]]・ショップ「ファースト商会」や刺繍・ワッペンの店「大将刺繍」の店長とも懇意の仲である。&lt;br /&gt;
* [[野坂昭如]]を尊敬しており、CKBのライブアルバム『青山246深夜族の夜』には野坂本人がゲストとして登場している。&lt;br /&gt;
* 以前は[[いすゞ・ベレット]]を所有しており、「べレット1600GT」というタイトルの曲を作曲したりインディーで発売した『狂剣的世界（CRAZY KEN&#039;S WORLD）』のジャケット写真に登場させたこともある。&lt;br /&gt;
* [[1960年代]]の[[アメリカ車]]のマニアであり、現在も[[1965年]]型の[[フォード・マスタング]]を所有し、クレイジーケンバンドのアルバムのジャケットにも登場させた。&lt;br /&gt;
* [[2004年]]に[[メルセデス]]E55 AMGを購入したが、「これはL.A.仕様だからアメ車だ」と言い張る。&lt;br /&gt;
* 特殊漫画家の[[根本敬]]を尊敬しており、クレイジーケンバンドの歌詞内やアルバム名にしばしば現れる「電波」というフレーズは、根本からの影響による。また根本は「[[幻の名盤解放同盟]]」という昭和の悪趣味歌謡の復刻活動も行っており、「クレイジーケンバンドは『幻の名盤解放同盟』と[[ピチカートファイブ]]とをリンクさせた、奇跡的なバンドだ&amp;lt;ref&amp;gt;2000年、ピチカートファイブ（当時）の[[小西康陽]]は、CKBのアルバム『ショック療法』のエグゼクティブ・プロデューサーを担当、自ら主宰する“524 Records”からリリースしている。&amp;lt;/ref&amp;gt;」と発言している。&lt;br /&gt;
* 自動車雑誌「[[NAVI]]」のインタビューによると、[[1960年代]]から[[1970年代]]の日本車が大好きで、2輪・4輪問わず過去数々の名車と呼ばれる国産旧車を所有していた。&lt;br /&gt;
* 幼少期からの憧れであった65年型ムスタングの色違いを2002年に購入、永福町のスタジオに向けて第三京浜を走行中に思い浮かんだ曲が『GT』であり、歌詞の「血の色のGT」は同車のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ソロ作品 ==&lt;br /&gt;
* CRAZY KEN&#039;S GROOVE TRAX（1995年9月21日発売。限定12インチ）&lt;br /&gt;
* CRAZY KEN&#039;S WORLD（1995年9月21日、『クレイジーケンの世界』として発売。1998年6月25日、リマスタリングされ、このタイトルで再発。“クレイジーケン”名義）&lt;br /&gt;
: 横山いわく「このアルバムは“クレイジーケンバンド準備号”」。クレイジーケンバンドの母体である「CK&#039;s」のメンバーがレコーディングに参加している。&lt;br /&gt;
* 横山剣自宅録音シリーズ 第1集 シャリマール（1998年11月。カセット）&lt;br /&gt;
* 横山剣自宅録音シリーズ 第2集 スウィート・ヴァイブレーション（1998年11月。カセット）&lt;br /&gt;
* 横山剣自宅録音シリーズ 第3集 香港的士（1998年11月。カセット）&lt;br /&gt;
* ザ・自宅 麗しの沙羅（2006年6月。ライブ会場および通販のみで販売。guest:新宮虎児）&lt;br /&gt;
* ザ・自宅 題名のないSOUL（2006年6月。ライブ会場および通販のみで販売。guest:AIKO SUGAWARA &amp;amp; ISOP）&lt;br /&gt;
* ザ・自宅 9月21日（2006年6月。ライブ会場および通販のみで販売。guest:SMOKEY TETSUNI）&lt;br /&gt;
* 町田録音シリーズ -ZERO/Girls!Girls!Girls!/MINT CONDITION- （2011年2月。“クレイジーケンバンド feat.Crazy Ken”名義。横山ひとりによる『ZERO』『[[ガール!ガール!ガール!]]』『[[MINT CONDITION]]』のデモ音源を、公式にCD化したもの）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==参加作品==&lt;br /&gt;
*[[Pizzicato Five]]「さ・え・ら ジャポン」（2001年1月1日）&lt;br /&gt;
:12.スキヤキ・ソング&lt;br /&gt;
*[[What&#039;s Love? (バンド)|What&#039;s Love?]]「あの鐘を鳴らすのはあなた」（2001年11月7日）&lt;br /&gt;
:1.あの鐘を鳴らすのはあなた（by What&#039;s Love?と横山剣）&lt;br /&gt;
*[[渚ようこ]]「渚ようこリサイタル・新宿マドモアゼル」（2001年11月20日）&lt;br /&gt;
:14.サニー [[勝新太郎]]仕様（[[渚ようこ]]とデュエット）&lt;br /&gt;
:15.また逢う日まで（[[渚ようこ]]とデュエット）&lt;br /&gt;
*[[オムニバス]]「Di VIBES ～Japanese Reggae Selection 2006～」（2006年12月20日）&lt;br /&gt;
:15.Life is Beautiful ～LP VERSION～w/横山剣 from CRAZY KEN BAND&lt;br /&gt;
*Q（[[ラッパ我リヤ]]）「THE BANGSTA」（2006年3月22日）&lt;br /&gt;
:5.THE POWER OF DREAMS feat.横山 剣 from CRAZY KEN BAND&lt;br /&gt;
*[[PAPA B]]「Life Is Beautifle feat.横山剣 from CRAZY KEN BAND」（2006年5月17日）&lt;br /&gt;
*肉体関係part2 逆featuringクレイジーケンバンド （[[ライムスター]]）CKB （2002年10月9日）&lt;br /&gt;
*:ほか多数。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==楽曲提供==&lt;br /&gt;
*[[和田アキ子]]「ルンバでブンブン」（2003年6月11日）&lt;br /&gt;
:作詞・作曲提供。同シングルのカップリングには、やはり横山が作詞・作曲を担当した「史上最悪の夜」のほか、CKBでヒットした「[[タイガー&amp;amp;ドラゴン (曲)|タイガー&amp;amp;ドラゴン]]」のカバーを収録。3曲とも演奏はCKB。なお和田には他にも数曲、提供している。&lt;br /&gt;
*[[高橋克典]]「[[男の美学 (曲)|男の美学]]」 - TVドラマ『[[特命係長・只野仁]]』挿入歌（2003年8月6日）&lt;br /&gt;
:作詞提供。作曲は[[小久保淳平]]。同曲は通常のエピソードのほかスペシャル、劇場版でも使用されている。&lt;br /&gt;
*[[一青窈]]「茶番劇」 - アルバム「Key」リード曲（2008年3月5日）&lt;br /&gt;
:作曲提供。作詞は一青。&lt;br /&gt;
*[[グループ魂]]「[[欧陽菲菲]]～グループ魂に横山剣（クレイジーケンバンド）も～」 - アルバム「ぱつんぱつん」に収録（2008年6月18日）&lt;br /&gt;
:作詞・作曲提供。コーラスでも参加。&lt;br /&gt;
*[[松崎しげる]]（&#039;&#039;&#039;“シゲルBROWN”&#039;&#039;&#039;名義）「オヤコのマーチ」（2008年10月22日）&lt;br /&gt;
:作曲提供。作詞はElvis Woodstock（[[リリー・フランキー]]）。シングルのカップリングにはCKBのアルバム曲「男の滑走路」のカバーを収録（2曲とも横山プロデュース、演奏はCKB）。&lt;br /&gt;
*[[ジェロ]]「アルゼンチン逃避行」 - アルバム「[[約束 (ジェロのアルバム)|約束]]」に収録（2009年2月25日）&lt;br /&gt;
:作曲提供。作詞は[[秋元康]]。&lt;br /&gt;
*[[NHK教育テレビジョン|NHK教育]]『[[みいつけた!]]』オリジナルソング「サボさんまいったな」（2011年1月よりオンエア、同年8月3日発売のアルバム「みいつけた! パーティー」に番組バージョン、フルバージョンの2タイプが収録。その後、CKBによるセルフカバーが2012年2月1日発売のシングル「[[不良倶楽部]]」に収録）&lt;br /&gt;
:作曲提供。作詞は[[ふじきみつ彦]]。歌は番組キャラクター“サボさん”（声・操演：[[佐藤貴史]]）。演奏はCKB。なお同曲はCKBのライブでも時折、演奏されている。&lt;br /&gt;
ほか、多数&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出演==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 単発のゲスト出演は不要。レギュラー番組のみ記述をお願いします。「Wikipedia:ウィキプロジェクト 芸能人」参照 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[怪奇!!幽霊スナック殴り込み!]]（2005年制作、2006年公開・DVDリリース）&lt;br /&gt;
* :監督・脚本＝[[杉作J太郎]]。横山は本人役で出演。主題歌はクレイジーケンバンドの「まっぴらロック」&lt;br /&gt;
* [[MUSIC EDGE + Osaka Style]]（2009年10月、毎日放送）&lt;br /&gt;
* [[オンタマ]]（2010年8月16日-20日、[[テレビ朝日]]）&lt;br /&gt;
* 横山剣 大座長公演（2013年5月6日～5月9日、[[浅草公会堂]]ホール）&lt;br /&gt;
* [[最後から二番目の恋#第2期|続・最後から二番目の恋]] 第4話（2014年5月8日、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]） - 本人 役&lt;br /&gt;
※[[クレイジーケンバンド#出演ほか]]も参照。&lt;br /&gt;
===CM===&lt;br /&gt;
*[[森永乳業]] ヨーグルト「ビヒダス」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==著書==&lt;br /&gt;
*クレイジーケンの夜のエアポケット（2002年11月、[[ぴあ]]。雑誌『weeklyぴあ』に連載された同名コラムの書籍化。）&lt;br /&gt;
*クレイジーケンの夜のエアポケット 増補改訂版（2007年11月、[[ぴあ]]）&lt;br /&gt;
*{{Cite book|和書|author=|year=2007|title=クレイジーケンズ マイ・スタンダード|publisher=[[小学館]]|isbn=978-4093637152|ref=スタンダード}}（500ページ以上にわたる書き下ろし、初の自叙伝）&lt;br /&gt;
*亀 コロ（2009年09月、[[ブルース・インターアクションズ]]。孤高の特殊マンガ家、根本敬とコラボした大人の絵本。）&lt;br /&gt;
*やる気のバイブル（2010年08月、[[武田ランダムハウスジャパン]]。ファンクラブ会報、ブログの中からセレクトされたコトバ集）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ドラマ ==&lt;br /&gt;
* [[2003年]][[3月28日]]放送の『[[池袋ウエストゲートパーク (テレビドラマ)|池袋ウエストゲートパーク「スープの回」]]』にマコトの実父親役で出演。ドラマ内で「タイガー&amp;amp;amp;ドラゴン」のサビを披露。後にそのままのタイトルでドラマ『[[タイガー&amp;amp;amp;ドラゴン (テレビドラマ)|タイガー&amp;amp;amp;ドラゴン]]』が放送される。脚本家・[[宮藤官九郎]]がCKBのファンであることが大きく関与しており、当ドラマの主題歌に「タイガー&amp;amp;amp;ドラゴン」が起用された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[フォード・マスタング]]&lt;br /&gt;
*[[キャディラック]]&lt;br /&gt;
*[[いのちの響]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://djr69.com/ ダブルジョイレコーズ]&lt;br /&gt;
* [http://musicshelf.jp/?mode=static&amp;amp;html=special20/index MUSICSHELF：横山剣インタビュー&amp;amp;amp;プレイリスト（CKBナンバーによる横浜プレイガイド）]&lt;br /&gt;
* [http://e-days.cc/features/homeground/ckb/index.html webマガジン e-days(イーデイズ)・HOME GROUND～横山剣のSOULな横浜（インタビュー、詳細なプロフィール）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:よこやま けん}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本のシンガーソングライター]]&lt;br /&gt;
[[Category:1960年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:横浜市出身の人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>220.63.218.40</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E4%BA%8C%E2%97%AF%E5%8A%A0%E7%85%8E%E9%A4%85&amp;diff=121584</id>
		<title>二◯加煎餅</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E4%BA%8C%E2%97%AF%E5%8A%A0%E7%85%8E%E9%A4%85&amp;diff=121584"/>
		<updated>2014-07-05T00:34:49Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;220.63.218.40: /* CM */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{統合文字|煎餅}}&lt;br /&gt;
[[ファイル:Niwakasenpei-01.JPG|thumb|right|250px|にわかせんぺいのパッケージ]]&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;二◯加煎餅&#039;&#039;&#039;（にわかせんぺい）は、株式会社[[東雲堂]]（とううんどう）が製造している、[[博多]]&amp;lt;!--（[[福岡県]][[福岡市]]）--&amp;gt;の[[銘菓]]。[[1906年]]（明治39年）から販売されている菓子。漢字表記が「煎餅」だが、読み方は「せん&#039;&#039;&#039;ぺ&#039;&#039;&#039;い」と読むのが正式。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[小麦粉]]・[[砂糖]]・[[鶏卵]]を主原料にした、甘い[[煎餅]]である。サイズは特大・中・小の3種類あり、またサイズとは別に「形状」も2種類（平らな煎餅と、丸みを帯びた煎餅）存在し、平らな煎餅は鶏卵が多め、丸みを帯びた煎餅は砂糖が多めに配合されており、味が若干異なる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
郷土芸能の「&#039;&#039;&#039;[[俄#博多にわか|博多仁和加（はかたにわか）]]&#039;&#039;&#039;」に使用される、鼻の脇から目の上部までを覆う長方形のユーモラスな面を象っている。煎餅のおまけとして「にわか面」が同封されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== タイアップした二◯加煎餅 ==&lt;br /&gt;
* [[キャナルシティ劇場]]（当時の名称は「福岡シティ劇場」、[[キャナルシティ博多]]内）で公演されていた[[ミュージカル]]「[[アイーダ]]」を記念して、アイーダの仮面をモチーフとした二◯加煎餅が販売されていた。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]（平成19年）[[4月28日]]には[[西日本鉄道]]が東雲堂とのタイアップで、顔に西鉄電車・バスをモチーフとした「西鉄にわかせんぺい」が1万枚限定で発売された。&lt;br /&gt;
* [[西日本鉄道]]のICカード「[[nimoca]]（ニモカ）」発売1周年記念として西鉄とタイアップし、キャラクターの[[フェレット]]をモチーフにした「にもかせんぺい」が製造された。&lt;br /&gt;
* [[2012年]]（平成24年）12月には、[[セガ]]のゲーム「[[龍が如く5 夢、叶えし者]]」とタイアップし、ゲーム内に本品が登場すると共に、目が主人公の[[龍が如くシリーズの登場人物|桐生一馬]]をモチーフとした「桐生せんぺい」が期間・店舗限定で発売された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== CM ==&lt;br /&gt;
友達と[[喧嘩]]した子供・ぜんじを「こら、ぜんじ！また喧嘩して来たっちゃろ（来たんでしょう）」と母親が叱り&amp;lt;ref&amp;gt;30秒版のCMでは、更に次のセリフが追加されている。「母ちゃんな、よその人に会うたんびに、ほんなこてはずかしいおもいばかりしとるんよ（母ちゃんは、よその人に会うたびに、本当に恥ずかしい思いをしているんだよ）」。&amp;lt;/ref&amp;gt;、ぜんじに二◯加煎餅を持たせ「はよ（早く）断りば言うて来んしゃい（謝って来なさい）、はよ」と言って、その友達の所に謝りに行かせる。ところが、ぜんじは途中でその二◯加煎餅を食べてしまう。そして、ぜんじは友達の家に着くと、玄関の扉を開けて二◯加煎餅の箱をその友達に見せ、にわか面を付けて「ごめーん」と言って謝る、というストーリー。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この[[コマーシャルメッセージ|CM]]は[[1974年]]（昭和49年）から使用され、「たーまにーはー喧嘩にー負ーけて来ーいー」という歌（前述のCM中の、ぜんじが友達の家に行く途中に二◯加煎餅を食べている場面辺りで流れる）も相まって人気があり、福岡県内では有名なCMである。[[1960年]]（昭和35年）ごろから放映されている宮田[[松露饅頭]]（[[佐賀県]][[唐津市]]）や[[1970年]]（昭和45年）前後から放映されている[[風月フーズ]]（福岡県福岡市）の[[雪うさぎ (銘菓)|雪うさぎ]]、[[1975年]]（昭和50年）頃から放送されている[[左衛門 (菓子店)|左衛門]]・[[博多ぶらぶら]]（福岡県福岡市）のCMなどとともに九州でも指折りの長寿CMで、現在も多くの人に親しまれている。&lt;br /&gt;
この子供「ぜんじ」のモデルは、CM制作当時の社長だった[[高木善治]]（たかぎ・よしはる）であり、「善治」を音読みして「ぜんじ」とした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;[[2006年]]（平成18年）[[2月16日]]付の[[西日本新聞]]において、「CMを年内には新作に置き換える」という報道がなされた。新CMでは大人になったぜんじが登場するという。しかし、[[2014年]]（平成26年）1月現在でもCMは置き換えられておらず、従来のCMと、別途に新しく作られた「二◯加煎餅1枚包装・博多にわかバージョン」の2つが放映されている。これらのCMは、東雲堂のホームページで閲覧することが可能。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注・出典 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://store.toundo.co.jp/ 株式会社東雲堂オフィシャルサイト]（通信販売や、にわかせんぺいのCM動画の閲覧が可能）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Food-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:にわかせんへい}}&lt;br /&gt;
[[Category:煎餅]]&lt;br /&gt;
[[Category:土産菓子]]&lt;br /&gt;
[[Category:菓子の商品名]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡県の菓子]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡市の食文化]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>220.63.218.40</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E9%A0%AD%E7%AB%AF%E5%BC%8F%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0&amp;diff=83109</id>
		<title>頭端式ホーム</title>
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		<updated>2014-06-29T07:54:58Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;220.63.218.40: /* 欠点 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[ファイル:Platform11.png|right]]&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;頭端式ホーム&#039;&#039;&#039;（とうたんしきホーム）とは、同一平面上に2本以上の[[プラットホーム]]が存在し、それぞれの一端が1つにつながっている形状のものをいう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
上から見ると、「ヨ」の字にプラットホームが形成されており、その形状から&#039;&#039;&#039;櫛形ホーム&#039;&#039;&#039;（くしがたほーむ）とも言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
広義においては、プラットホームが1面のみであっても線路が行き止まりになっており、なおかつプラットホームの一端が同一平面上で改札口もしくは他のプラットホームなどとつながっている[[プラットホーム#切欠きホーム|切欠きホーム]]も含まれるが、本項の「日本国内における頭端式ホーム一覧」には、これを含めていない。&lt;br /&gt;
[[ファイル:Inside Gare du Nord.jpg|right|250px|thumb|パリ北駅の頭端式ホーム]]&lt;br /&gt;
主に、[[ヨーロッパ]]の[[ターミナル駅]]に見られ、日本も[[私鉄]]または私鉄に源を発する鉄道に見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
基本的にターミナル駅に見られる構造だが、稀に[[停車場#線路網状の位置による分類|中間駅]]にも存在するケースがある。また、[[地上駅]]の場合が多いが、[[高架駅]]や[[地下駅]]にも存在し、さらには地下と地上の2層構造になっている駅もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 利点と欠点 ==&lt;br /&gt;
=== 利点 ===&lt;br /&gt;
*上下移動がないため、必然的に[[バリアフリー]]に対応できる。このため、連絡船との接続を重視する駅に用いられた（[[青森駅]]・[[函館駅]]など）。&lt;br /&gt;
*[[階段]]の設置も事実上必須ではないため、構造物が少なく、構内の見通しが良い。&lt;br /&gt;
*ホームのつながっている部分が各ホームの共有スペースとなり、[[商業施設]]や休憩所などを置く事ができる。&lt;br /&gt;
*駅の存在感を際立たせ、駅を街のシンボリスティックな場所として活用できる。&lt;br /&gt;
*乗降車でホームを分けることも可能になるため、人の流れをスムーズにしやすい（[[阪急梅田駅]]、小田急[[新宿駅]]など）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 欠点 ===&lt;br /&gt;
*線路が行き止まりになっているため、頭端式ホームの駅を経由してさらに他の方面に向かう列車は方向転換を強いられる。特に[[動力集中方式]]の場合[[推進運転]]や[[機関車]]の付け替え、[[プッシュプル方式]]と言った対策が必須になり、[[動力分散方式]]に比べ加減速性能に劣るにもかかわらず、更に時間を占有することになる。&lt;br /&gt;
*: ※頭端式ホームの駅の一部に通過型のホームを併設（[[上野駅]]など）したり、この駅をショートカットする線（例えば、[[トワイライトエクスプレス]]は停車しない[[函館駅]]をショートカットしている）を設けることがある。&lt;br /&gt;
*方向転換すると進行方向が変わるため、頭端式ホームの駅がその列車の途中駅となっている場合、進行方向が変わる旨を車掌が案内したり、[[クロスシート]]車の場合座席向きを気にする乗客が座席の向きを変える手間をかけることになる。運転士･車掌などの乗務員が入れ替わる必要があるなどで、停車時間の増加となる。&lt;br /&gt;
*一方向からしか線路が来ないため、線路の余裕が少なくなり、通過型よりも効率が悪い。終着駅の場合でも、通過型の場合一時的に[[引き上げ線]]などに車両を留置して番線の効率化を図ることができるが、頭端式ホームでは行き止まりのためそれができない。&lt;br /&gt;
*大都市の巨大ターミナル駅などでは過密ダイヤであり、上の理由から線路の余裕が少なくなるため、ホームが留置線を兼ねることになってしまいホーム・番線数が増大する傾向にあり、ホーム・線路用地を要する。特に大都市の方が地方よりも土地が高い傾向にあり、より多くの[[固定資産税]]などが必要になる。&lt;br /&gt;
*番線数が多くなると、折り返し列車などの方向などによっては配線が複雑になったり交差支障が発生しやすくなる。そのため、駅そのものがダイヤ上のネックとなる危険性もある。&lt;br /&gt;
*構造上線路の延伸が困難。延伸する場合は通過型ホームを併設するか、頭端式ホームを廃止して改良工事、もしくは全く別の位置に新駅を移設しなければならない。&lt;br /&gt;
*つながっている部分に改札口などを設ける場合が多いため、頭端型ホームとなっている駅に向かう先頭車両（その駅から発車する最後尾車両）が常に混雑し、通過型と比べて混雑が偏りやすい。またそのため、対策として車両を増結等しても混雑の緩和効果が低い。（例・[[西鉄天神大牟田線]]の[[西鉄福岡（天神）駅]]・[[西鉄太宰府線]]の[[太宰府駅]]など）&lt;br /&gt;
*車両が暴走した場合の危険性が高く、安全性に問題がある。いわゆる[[オーバーラン]]になった場合、重大事故に至る可能性がある（[[土佐くろしお鉄道宿毛駅衝突事故]]など）。先述のように頭端型ホームとなっている駅に向かう先頭車両が混雑するため、暴走した場合は尚のこと被害を拡大させやすい。&lt;br /&gt;
*列車の本数が過密な駅、利用客が非常に多くラッシュ時の混雑が激しい駅、用地の余裕が少ない地域、線路容量の余裕が少ない路線などには向かない。&lt;br /&gt;
*乗降客の多い駅やターミナル駅で行き止まり側に改札を設けている場合、利用者が編成の行き止まりとなる側に集中し、遅延の原因となることがある。このためホームの別の位置に改札を設けていたり、鉄道事業者が時差通勤を促したりしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのため、日本の巨大ターミナル駅と比べれば利用客数が少ないヨーロッパのターミナル駅ではその駅が途中駅になっている列車がある場合でも頭端式ホームが採用されている場合もあるが、日本では特にJRの場合、頭端式ホームは連絡船などとの乗り換えや歴史的な経緯、始終着駅のターミナル駅などの特別な条件を除き、敬遠される傾向にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 頭端式ホーム一覧 ==&lt;br /&gt;
=== 日本 ===&lt;br /&gt;
（注・面線数は頭端式部分のみ）&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- 定義文にあるとおり2面以上の駅について記載します。 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--ホームの片側が頭端式・もう片側が頭端部を越えて単式や島式などとなっているものの場合、頭端式の部分のみを該当部分としています--&amp;gt;&lt;br /&gt;
==== 北海道地方 ====&lt;br /&gt;
*[[北海道旅客鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[函館本線]] [[函館駅]]（4面8線）&lt;br /&gt;
*[[札幌市交通局]]（[[札幌市電]]）&lt;br /&gt;
**[[すすきの駅]]（2面1線）&lt;br /&gt;
*[[函館市交通局]]&lt;br /&gt;
**[[湯の川停留場]]（2面1線）&lt;br /&gt;
**[[谷地頭停留場]]（2面1線）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 東北地方 ====&lt;br /&gt;
*[[東日本旅客鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[東北本線]] [[利府駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
**[[大湊線]] [[大湊駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
**[[奥羽本線]]&amp;lt;!--・[[山形新幹線]]--&amp;gt;・[[陸羽西線]]・[[陸羽東線]] [[新庄駅]]（4面4線）&lt;br /&gt;
**[[田沢湖線]]・[[秋田新幹線]] [[大曲駅 (秋田県)|大曲駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
*[[福島交通]]&lt;br /&gt;
**[[福島交通飯坂線|飯坂線]] [[飯坂温泉駅]]（2面1線）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 関東地方 ====&lt;br /&gt;
*JR東日本&lt;br /&gt;
**[[東北本線]] [[上野駅]]（地上3面5線、高架2面3線&amp;lt;!-- 10番線と11・12番線 --&amp;gt;）&lt;br /&gt;
**[[鶴見線]] [[鶴見駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
**[[横須賀線]] [[横須賀駅]]（2面2線、うち1面1線は現在使用せず）&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--**[[両毛線]] [[小山駅]]（2面3線）←6・8番線（現在7番線撤去）は他のホームと離れて島式で設置されているため除外--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[東武鉄道]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- **[[東武大師線|大師線]] 大師前駅（1面1線） 1面なので除外 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[東武東上本線|東上本線]] [[池袋駅]]（3面3線）&lt;br /&gt;
**[[東武伊勢崎線|伊勢崎線]] [[浅草駅]]（3面4線）&lt;br /&gt;
**[[東武日光線|日光線]] [[東武日光駅]]（3面5線）&lt;br /&gt;
**[[東武野田線|野田線]] [[柏駅]]（2面4線）&lt;br /&gt;
*[[西武鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[西武池袋線|池袋線]] 池袋駅（4面4線）&lt;br /&gt;
**[[西武新宿線|新宿線]] [[西武新宿駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
**[[西武新宿線|新宿線]] [[本川越駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
**[[西武狭山線|狭山線]]・[[西武山口線|山口線]] [[西武球場前駅]]（4面8線） - 第2位の規模を誇るが、普段は2面3線を使用し、それ以外は野球観戦客輸送用として使用される。&lt;br /&gt;
*[[東京急行電鉄]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- **[[東急大井町線|大井町線]] 大井町駅（1面2線） 1面なので除外 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[東急多摩川線|多摩川線]]・[[東急池上線|池上線]] [[蒲田駅]]（5面4線）&lt;br /&gt;
**[[東急世田谷線|世田谷線]] [[三軒茶屋駅]]・[[下高井戸駅]]（共に2面1線）&lt;br /&gt;
*[[京浜急行電鉄]]&lt;br /&gt;
**[[京急久里浜線]] [[三崎口駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
**[[京急大師線|大師線]] [[京急川崎駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
*[[京王電鉄]]&lt;br /&gt;
**[[京王線]] [[新宿駅]]（3面3線） - [[新線新宿駅|新線と都営新宿線の乗り場]]は1面2線の島式。&lt;br /&gt;
**[[京王動物園線|動物園線]] [[多摩動物公園駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
**[[京王競馬場線|競馬場線]] [[府中競馬正門前駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
**[[京王井の頭線|井の頭線]] [[渋谷駅]]・[[吉祥寺駅]]（共に2面2線）&lt;br /&gt;
*[[小田急電鉄]]&lt;br /&gt;
**[[小田急小田原線|小田原線]] [[新宿駅]]（7面5線） - 2層に分かれ、地上が4面3線、地下が3面2線。準急以上の列車と[[小田急ロマンスカー|ロマンスカー]]が地上、各停と区間準急が地下に停車する。&lt;br /&gt;
**[[小田急江ノ島線|江ノ島線]] [[藤沢駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
**[[小田急江ノ島線|江ノ島線]] [[片瀬江ノ島駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
*[[相模鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[相鉄本線|本線]] [[横浜駅]]（4面3線）&lt;br /&gt;
*[[東京都交通局]]&lt;br /&gt;
**[[都営浅草線]] [[西馬込駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
**[[都電荒川線]] [[早稲田停留場]]（2面1線）&lt;br /&gt;
*[[上毛電気鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[上毛電気鉄道上毛線|上毛線]] [[中央前橋駅]]（3面3線）&lt;br /&gt;
*[[上信電鉄]]&lt;br /&gt;
**[[上信電鉄上信線|上信線]] [[高崎駅]]（2面1線、うち1面は使用せず）&lt;br /&gt;
*[[東京モノレール]]&lt;br /&gt;
**[[東京モノレール羽田線|羽田線]] [[浜松町駅|モノレール浜松町駅]]（2面1線）&lt;br /&gt;
*[[江ノ島電鉄]]&lt;br /&gt;
**[[鎌倉駅]]（2面2線）・藤沢駅（2面1線）&lt;br /&gt;
*[[湘南モノレール]]&lt;br /&gt;
**[[湘南モノレール江の島線]] [[大船駅]]・[[湘南江の島駅]]（共に2面1線）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 中部地方 ====&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[[富士急行]]&lt;br /&gt;
**[[富士急行線]] [[富士山駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
*[[伊豆急行]]&lt;br /&gt;
**[[伊豆急下田駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
*[[伊豆箱根鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[伊豆箱根鉄道大雄山線|大雄山線]] [[小田原駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
**[[伊豆箱根鉄道駿豆線|駿豆線]] [[三島駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
*[[富山地方鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[富山地方鉄道本線|本線]] [[富山駅|電鉄富山駅]]（3面4線）・[[上市駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
**[[富山地方鉄道立山線|立山線]] [[立山駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
*[[富山ライトレール]]&lt;br /&gt;
**[[富山ライトレール富山港線|富山港線]] [[富山駅|富山駅北駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
*[[万葉線]]&lt;br /&gt;
**[[万葉線高岡軌道線|高岡軌道線]] [[高岡駅|高岡駅停留場]]（2面2線）&lt;br /&gt;
*[[福井鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[福井鉄道福武線|福武線]] [[越前武生駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
*[[北陸鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[北陸鉄道石川線|石川線]] [[野町駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
*[[長野電鉄]]&lt;br /&gt;
**[[長野電鉄長野線|長野線]] [[長野駅]]（2面3線） - 地下駅。&lt;br /&gt;
*[[東海旅客鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[飯田線]]・名古屋鉄道名古屋本線 [[豊橋駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
*[[名古屋鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[名鉄名古屋本線|名古屋本線]] [[名鉄岐阜駅]]（2面4線、各務原線は1面2線のため該当せず） - 高架駅。&lt;br /&gt;
**[[名鉄河和線|河和線]] [[河和駅]]（2面4線）&lt;br /&gt;
**[[名鉄広見線|広見線]] [[新可児駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
**[[名鉄空港線|空港線]] [[中部国際空港駅]]（2面3線） - 高架駅。&lt;br /&gt;
*[[近畿日本鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[近鉄名古屋線|名古屋線]] [[近鉄名古屋駅]]（4面5線） - 地下駅。&lt;br /&gt;
**[[近鉄湯の山線|湯の山線]] [[湯の山温泉駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
**[[近鉄志摩線|志摩線]] [[賢島駅]]（4面5線）&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--*[[天竜浜名湖鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[掛川駅]]（1面2線）←名鉄岐阜駅各務原線ホームと同様形状なので除外--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[静岡鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[静岡鉄道静岡清水線|静岡清水線]] [[新静岡駅]]（2面2線）&amp;lt;!--3番線撤去--&amp;gt;・[[新清水駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
*[[大井川鐵道]]&lt;br /&gt;
**[[大井川鐵道大井川本線|大井川本線]] [[千頭駅]]（2面4線）&lt;br /&gt;
*[[豊橋鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[豊橋鉄道東田本線|東田本線]] [[駅前停留場]]（2面1線）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 近畿地方 ====&lt;br /&gt;
*[[西日本旅客鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[山陰本線]] [[京都駅#JR西日本・JR東海|京都駅]]（3面4線）&lt;br /&gt;
**[[奈良線]] 京都駅（2面2線）&amp;lt;!--8番線は頭端式でない--&amp;gt;&lt;br /&gt;
**[[阪和線]] [[天王寺駅]]（5面5線）&amp;lt;!--・[[東羽衣駅]]（2面1線）←先端部がつながっていないので除外--&amp;gt; - [[阪和線]]列車が発着する1 - 9番線が頭端式ホーム。&lt;br /&gt;
*[[阪急電鉄]]&lt;br /&gt;
**[[阪急神戸本線|神戸本線]]・[[阪急宝塚本線|宝塚本線]]・[[阪急京都本線|京都本線]] [[梅田駅#阪急電鉄|梅田駅]]（10面9線） - 日本最大の頭端式ホーム。高架駅。京都線・宝塚線・神戸線各3線ずつ。&lt;br /&gt;
**宝塚本線・[[阪急今津線|今津線]] [[宝塚駅#阪急電鉄|宝塚駅]]（2面4線） - 高架駅。&lt;br /&gt;
**今津線 [[西宮北口駅]]（3面2線） - 6・7号線が頭端式ホーム。&lt;br /&gt;
**[[阪急箕面線|箕面線]] [[箕面駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
**[[阪急嵐山線|嵐山線]] [[嵐山駅 (阪急)|嵐山駅]]（3面2線）&lt;br /&gt;
**[[阪急伊丹線|伊丹線]] [[伊丹駅 (阪急)|伊丹駅]]（1面2線） - 高架駅。&lt;br /&gt;
*[[阪神電気鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[阪神本線|本線]] [[梅田駅#阪神電気鉄道|梅田駅]]（5面4線） - 地下駅。&lt;br /&gt;
**本線 [[三宮駅#阪神電気鉄道（神戸三宮駅）|神戸三宮駅]]（2面3線） - 地下駅。2番線が頭端式であるため中間駅であり、かつ[[プラットホーム#島式ホーム|島式ホーム]]でもある。&lt;br /&gt;
*近畿日本鉄道&lt;br /&gt;
**[[近鉄大阪線|大阪線]] [[大阪上本町駅]]（7面6線） - 同じ位置に造られる駅としては、日本第3位。&lt;br /&gt;
**[[近鉄南大阪線|南大阪線]] [[大阪阿部野橋駅]]（6面5線）&lt;br /&gt;
**[[近鉄京都線|京都線]] 京都駅（4面4線） - 高架駅。&lt;br /&gt;
**[[近鉄奈良線|奈良線]] [[近鉄奈良駅]]（4面4線） - 地下駅。&lt;br /&gt;
**[[近鉄吉野線|吉野線]] [[吉野駅 (奈良県)|吉野駅]]（3面4線）&lt;br /&gt;
**[[近鉄田原本線|田原本線]] [[新王寺駅]]（2面1線）&lt;br /&gt;
**[[近鉄生駒鋼索線|生駒鋼索線]] [[宝山寺駅]]（5面3線） - 2箇所に分かれ、宝山寺線部が3面2線、山上線部が2面1線。&lt;br /&gt;
**[[近鉄天理線|天理線]] [[天理駅]]（4面3線）&lt;br /&gt;
*[[京阪電気鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[京阪交野線|交野線]] [[私市駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
**[[京阪石山坂本線|石山坂本線]] [[石山寺駅]]（3面2線）&amp;lt;!--・[[坂本駅 (滋賀県)|坂本駅]]（1面2線）←名鉄岐阜駅各務原線ホームと同様形状なので除外--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[南海電気鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[南海本線]]・[[南海高野線|（高野線）]] [[難波駅]]（9面8線） - 日本第2位の規模の頭端式ホーム。高架駅。1 - 4番線は高野線、5番 - 8番は南海線。&lt;br /&gt;
**高野線・[[南海鋼索線|鋼索線]] [[極楽橋駅]]（5面5線） - 2か所に分かれ、高野線部が3面4線、鋼索線部が2面1線。&lt;br /&gt;
*[[山陽電気鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[山陽電気鉄道本線|本線]] [[山陽姫路駅]]（4面4線） - 高架駅。&lt;br /&gt;
**本線・[[山陽電気鉄道網干線|網干線]] [[飾磨駅]]（2面1線）&amp;lt;!--網干線ホームのみ--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[神戸電鉄]]&lt;br /&gt;
**[[神戸電鉄神戸高速線|神戸高速線]] [[新開地駅]]（2面3線） - 地下駅。&lt;br /&gt;
**[[神戸電鉄三田線|三田線]] [[三田駅 (兵庫県)|三田駅]]（2面2線、うち1面は使用せず）&lt;br /&gt;
**[[神戸電鉄粟生線|粟生線]] [[粟生駅]]（2面1線、うち1面は使用せず）&lt;br /&gt;
*[[京福電気鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[京福電気鉄道嵐山本線|嵐山本線]] [[四条大宮駅]]（3面2線）&lt;br /&gt;
**嵐山本線 [[嵐山駅 (京福電気鉄道)|嵐山駅]]（3面3線）&lt;br /&gt;
**[[京福電気鉄道北野線|北野線]] [[北野白梅町駅]]（3面2線）&lt;br /&gt;
*[[能勢電鉄]]&lt;br /&gt;
**[[能勢電鉄妙見線|妙見線]] [[川西能勢口駅]]（2面2線） - 高架駅。&lt;br /&gt;
**妙見線 [[妙見口駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
*[[叡山電鉄]]&lt;br /&gt;
**[[叡山電鉄叡山本線|叡山本線]] [[出町柳駅]]（4面3線）&lt;br /&gt;
**叡山本線 [[八瀬比叡山口駅]]（3面2線）&lt;br /&gt;
*[[阪堺電気軌道]]&lt;br /&gt;
**[[阪堺電気軌道阪堺線|阪堺線]] [[恵美須町駅]]（3面2線）&lt;br /&gt;
**[[阪堺電気軌道上町線|上町線]] [[天王寺駅前駅]]（2面1線）・[[住吉公園駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
*[[近江鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[近江鉄道多賀線|多賀線]] [[多賀大社前駅]]（3面2線）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 中国地方 ====&lt;br /&gt;
*JR西日本&lt;br /&gt;
**[[可部線]] [[可部駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
*[[一畑電車]]&lt;br /&gt;
**[[一畑電車北松江線|北松江線]] [[松江しんじ湖温泉駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
**[[一畑電車大社線|大社線]] [[出雲大社前駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
*[[広島電鉄]]&lt;br /&gt;
**[[広島電鉄本線|本線]] [[広島駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
**[[広島電鉄宇品線|宇品線]] [[広島港停留場]]（2面3線）&lt;br /&gt;
**[[広島電鉄横川線|横川線]] [[横川駅 (広島県)|横川駅]]（3面2線）&lt;br /&gt;
**[[広島電鉄宮島線|宮島線]] [[広電宮島口駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--**&#039;&#039;（例外）&#039;&#039;広島電鉄宮島線 [[広電西広島駅]]（相対式2面2線と頭端式2線?と単式1面の複合ホームになっている） 完全な頭端式でないのでコメントアウト　--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 四国地方 ====&lt;br /&gt;
*[[四国旅客鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[予讃線]]・[[高徳線]] [[高松駅 (香川県)|高松駅]]（4面9線）&lt;br /&gt;
**予讃線 [[宇和島駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
*[[高松琴平電気鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[高松琴平電気鉄道琴平線|琴平線]] [[高松築港駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
*[[伊予鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[伊予鉄道花園線|花園線]]（[[伊予鉄道松山市内線|松山市内線]]） [[松山市駅|松山市駅前駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
*[[土佐電気鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[土佐電気鉄道桟橋線|桟橋線]] [[高知駅|高知駅前駅]]（3面2線）&lt;br /&gt;
*[[土佐くろしお鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[土佐くろしお鉄道宿毛線|宿毛線]] [[宿毛駅]]（2面2線） - 高架駅。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 九州地方 ====&lt;br /&gt;
*[[九州旅客鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[鹿児島本線]] [[門司港駅]]（2面4線）&lt;br /&gt;
**[[長崎本線]] [[長崎駅]]（3面5線）&lt;br /&gt;
*[[西日本鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[西鉄天神大牟田線|天神大牟田線]] [[西鉄福岡（天神）駅]]（4面3線） - 高架駅。&lt;br /&gt;
**天神大牟田線 [[大牟田駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
**[[西鉄太宰府線|大宰府線]] [[太宰府駅]]（3面2線）&lt;br /&gt;
*[[筑豊電気鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[黒崎駅|黒崎駅前駅]]（3面2線）&lt;br /&gt;
**[[筑豊直方駅]]（2面2線）&lt;br /&gt;
*[[松浦鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[松浦鉄道西九州線|西九州線]] [[伊万里駅]]（2面3線）&lt;br /&gt;
*[[熊本市交通局]]&lt;br /&gt;
**[[上熊本駅|上熊本駅前駅]]（3面2線）&lt;br /&gt;
*[[熊本電気鉄道]]&lt;br /&gt;
**[[藤崎宮前駅]]（2面1線）&lt;br /&gt;
*[[鹿児島市交通局]]&lt;br /&gt;
**[[鹿児島市電第一期線|第一期線]] [[鹿児島駅|鹿児島駅前駅]]（4面3線）&lt;br /&gt;
**[[谷山停留場]]（3面2線）&lt;br /&gt;
*[[長崎電気軌道]]&lt;br /&gt;
**大浦支線（[[長崎電気軌道5系統|5系統]]） [[石橋停留場|石橋電停]]（2面1線）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イギリス ===&lt;br /&gt;
*[[ロンドン]]&lt;br /&gt;
**[[パディントン駅]]&lt;br /&gt;
**[[リバプール・ストリート駅]]&lt;br /&gt;
**[[キングス・クロス駅]]&lt;br /&gt;
**[[ヴィクトリア駅]]&lt;br /&gt;
**[[ユーストン駅]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== フランス ===&lt;br /&gt;
*[[パリ]]&lt;br /&gt;
**[[パリ北駅|北駅]]&lt;br /&gt;
**[[パリ東駅|東駅]]&lt;br /&gt;
**[[リヨン駅]]&lt;br /&gt;
**[[サン・ラザール駅]]&lt;br /&gt;
**[[モンパルナス駅]]&lt;br /&gt;
**[[オステルリッツ駅]]&lt;br /&gt;
**[[ベルシー駅]]&lt;br /&gt;
*[[マルセイユ・サン・シャルル駅]]&lt;br /&gt;
:南仏最大のターミナルで、TGVなど多くの列車が当駅でスイッチバックする。&lt;br /&gt;
*[[リール＝フランドル駅]]&lt;br /&gt;
*[[オルレアン駅]]&lt;br /&gt;
*[[トゥール駅]]&lt;br /&gt;
:リール、オルレアン、トゥールとも頭端式の駅の他に通過式の新駅があり、上記の駅には始発・終着列車のみ発着する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ドイツ ===&lt;br /&gt;
*[[ミュンヘン]]&lt;br /&gt;
**[[ミュンヘン中央駅]]&lt;br /&gt;
*[[シュトゥットガルト]]&lt;br /&gt;
**[[シュトゥットガルト中央駅]]&lt;br /&gt;
*[[フランクフルト・アム・マイン|フランクフルト]]&lt;br /&gt;
**[[フランクフルト中央駅]]&lt;br /&gt;
*[[ライプツィヒ]]&lt;br /&gt;
**[[ライプツィヒ中央駅]]&lt;br /&gt;
*[[ドレスデン]]&lt;br /&gt;
**[[ドレスデン中央駅]]（地平部分）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イタリア ===&lt;br /&gt;
*[[テルミニ駅|ローマ・テルミニ駅]]&lt;br /&gt;
*[[ミラノ中央駅]]&lt;br /&gt;
*[[ヴェネツィア・サンタ・ルチーア駅]]&lt;br /&gt;
*[[フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅]]&lt;br /&gt;
:ローマ・ミラノ間の幹線ルート上にあり、当駅を経由する列車はスイッチバックを行う。&lt;br /&gt;
*[[トリノ中央駅]]&lt;br /&gt;
*[[ナポリ中央駅]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== オランダ ===&lt;br /&gt;
*[[デン・ハーグ|ハーグ]]&lt;br /&gt;
**ハーグ中央駅&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== オーストリア ===&lt;br /&gt;
*[[ウィーン]]&lt;br /&gt;
**[[ウィーン西駅|西駅]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スイス ===&lt;br /&gt;
*[[チューリッヒ]]&lt;br /&gt;
**チューリッヒ中央駅&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スペイン ===&lt;br /&gt;
*[[マドリード]]&lt;br /&gt;
**[[アトーチャ駅]]&lt;br /&gt;
**[[チャマルティン駅]]&lt;br /&gt;
**プリンシペ・ピオ駅&lt;br /&gt;
*[[バルセロナ]]&lt;br /&gt;
**[[フランサ駅]]&lt;br /&gt;
*[[セビリャ]]&lt;br /&gt;
**サンタ・フスタ駅&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ポルトガル ===&lt;br /&gt;
*[[リスボン]]&lt;br /&gt;
**[[サンタ・アポローニャ駅]]&lt;br /&gt;
**ロシオ駅&lt;br /&gt;
**[[カイス・ド・ソドレ駅]](CP)&lt;br /&gt;
*[[ポルト]]&lt;br /&gt;
**サンベント駅&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ハンガリー ===&lt;br /&gt;
*[[ブダペスト]]&lt;br /&gt;
**[[ブダペスト東駅]]&lt;br /&gt;
**[[ブダペスト西駅]]&lt;br /&gt;
**[[ブダペスト南駅]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== エストニア ===&lt;br /&gt;
*[[タリン]]&lt;br /&gt;
**タリン中央駅&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ノルウェー ===&lt;br /&gt;
*[[オスロ]]&lt;br /&gt;
**オスロ中央駅&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スウェーデン ===&lt;br /&gt;
*[[ストックホルム]]&lt;br /&gt;
**ストックホルム中央駅&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== フィンランド ===&lt;br /&gt;
*[[ヘルシンキ]]&lt;br /&gt;
**ヘルシンキ中央駅&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== トルコ ===&lt;br /&gt;
*[[イスタンブル]]&lt;br /&gt;
**[[シルケジ駅]] - ヨーロッパ側&lt;br /&gt;
**[[ハイダルパシャ駅]] - アジア側&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== タイ ===&lt;br /&gt;
*[[バンコク]]&lt;br /&gt;
**[[フワランポーン駅]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アメリカ合衆国 ===&lt;br /&gt;
*[[ニューヨーク]]&lt;br /&gt;
**[[グランド・セントラル駅]]（44面67線）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{Commons|Category:Bay platforms}}&lt;br /&gt;
*[[プラットホーム]]&lt;br /&gt;
*[[鉄道駅]]&lt;br /&gt;
**[[ターミナル駅]]&lt;br /&gt;
*[[車止め|車止め標識]]&lt;br /&gt;
{{Eki-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:とうたんしきほーむ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:鉄道駅の構内設備]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>220.63.218.40</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E9%9B%BB%E6%B0%97%E9%89%84%E9%81%93&amp;diff=104649</id>
		<title>電気鉄道</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E9%9B%BB%E6%B0%97%E9%89%84%E9%81%93&amp;diff=104649"/>
		<updated>2014-05-17T07:09:33Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;220.63.218.40: /* 特殊な例 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&#039;&#039;&#039;電気鉄道&#039;&#039;&#039;（でんきてつどう）とは、[[電気]]を動力として用いる[[鉄道]]である。特に都市部や山岳地帯の鉄道、[[高速鉄道]]で多く採用されている。略して&#039;&#039;&#039;電鉄&#039;&#039;&#039;とも呼ばれる。なお、走行する[[鉄道車両]]への電力供給を可能とした区間を[[鉄道の電化|電化]]区間と称する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
基本的に車両外部から電力を供給し、搭載する[[電動機]]（モーター）で動力に変換して走行する。燃料の補給が不要なため車両運用上の制限が少なく、運転本数の多い路線では電化が有利となる。近年では[[リニアモーター]]を動力とする[[リニアモーターカー]]も実用化されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[蒸気機関]]や[[内燃機関]]を動力に用いる鉄道に比べ[[エネルギー効率]]に優れる。[[発電所]]におけるエネルギー変換効率は内燃機関などと比較して高く、送電・変電や動力へ変換する際の損失も小さいためである。動力源や燃料を積載する必要が無いことから、車両を軽量化できるため車体重量あたりの出力も高くできる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、走行中に[[煤煙]]や[[排出ガス]]が発生しないため[[大気汚染]]の原因とならない利点もある。特に長大[[トンネル]]を含む路線や[[地下鉄]]では内部の換気を行う必要がないよう大半が電化されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
長所が多い反面、[[変電所]]や送電設備を必要とするため、[[非電化]]路線と比べ地上設備の維持は高コストとなる。そのため輸送量の小さい閑散線区では採算性の問題から採用されにくい。ただし、隣接線区が電化されている場合は列車の直通や車両運用の共通化が可能となるため電化の効果が高い。また、送電設備を不要とするため[[蓄電池]]を搭載した車両を用いる場合もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
[[アメリカ合衆国]][[バーモント州]]の[[トーマス・ダヴェンポート]]が[[1835年]]に[[電動機]]を用いた小型の電気鉄道（模型）を製作した。実用となる鉄道では、[[1879年]]にベルリン工業博覧会で電機会社[[シーメンス]]が[[電車]]の試験運行を実施、1881年には[[ベルリン]]近郊のリヒターフェルデ東駅からリヒターフェルデ士官学校まで最初の営業用の電気鉄道が敷設された&amp;lt;ref&amp;gt;鉄道ギネスブック 日本語版 p.168（1998年、イカロス出版）&amp;lt;/ref&amp;gt;。1887年には[[アメリカ合衆国|米国]]人[[フランク・スプレイグ|スプレイグ]]の考案した電気[[軌道 (鉄道)|軌道]]が敷設される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本において初めて電気鉄道が計画されたのは1888年（明治21年）に[[立川勇次郎]]らが出願した蓄電池式電気鉄道で、ほぼ同時期に[[藤岡市助]]も[[大倉喜八郎]]・[[久米民之助]]らの賛助を得て架空単線式電気鉄道を出願したがいずれも却下されている&amp;lt;ref&amp;gt;「東京府大倉喜八郎外五名並立川勇次郎外六名出願東京府下ニ電気鉄道布設ノ件詮議ニ及ヒ難キ旨ヲ以テ願書ヲ却下ス」（国立公文書館）&amp;lt;/ref&amp;gt;。その後も名古屋・奈良・京都・大阪・神戸などで計画が相次いだが何れも却下されている&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;「愛知県下加賀孝一郎等名古屋桑名間電気車鉄道布設ヲ請フ詮議ニ及ヒ難キ旨ヲ以テ願書ヲ却下ス」（国立公文書館）&amp;lt;/ref&amp;gt; &amp;lt;ref&amp;gt;「奈良県恒岡直史等電気鉄道ヲ稟請ス詮議ニ及ヒ難キ旨ヲ以テ願書ヲ却下ス」（国立公文書館）&amp;lt;/ref&amp;gt; &amp;lt;ref&amp;gt;「京都大阪両府下兵庫県下ヘ電気車鉄道布設ヲ請フ聴許セス」（国立公文書館）&amp;lt;/ref&amp;gt;。1892年（明治25年）には政府に対して敷設許可の促進を図るために電気鉄道期成同盟会が組織された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最初に電車が走ったのは、1890年（明治23年）5月4日、第三回内国勧業博覧会においてである。東京電燈会社が上野公園両大師前から摺鉢山の間に2台のスプレイグ式電車の実地運転をおこなった。&lt;br /&gt;
初めて実用的に電車が用いられたのは明治25・26年頃で、足尾銅山において鉱石運搬と従業員通勤の便を図るために自家用として建設されている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1226026/186?tocOpened=1　『明治工業史.　電気編』　363-364頁　(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)]&amp;lt;/ref&amp;gt;。1893年（明治26年）7月、[[京都電気鉄道]]は[[内務省 (日本)|内務省]]の敷設特許を得るに至り、1895年（明治28年）2月1日に日本で初めて電気鉄道事業を開業させた。この後軌道では蒸気動力や馬力等から電気動力による運行が主流となっていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鉄道においても、地下鉄や都市近郊鉄道を初めとして電気動力が広く取り入れられていった。ただし輸送形態や電力事情、産業の動向などから各国での電化率には偏りが見られ、[[欧州連合|ヨーロッパ]]や[[日本]]で高い一方、[[アメリカ大陸|南北アメリカ]]や[[オセアニア]]では低い。また近年開業が続いている高速鉄道では大きなエネルギーを供給しやすいよう大半が電気動力である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 車両 ==&lt;br /&gt;
[[客車]]や[[貨車]]の一部またはすべてを[[動力車]]とする[[動力分散方式]]と、[[電気機関車]]が他の車両を牽引または推進する[[動力集中方式]]がある。動力分散方式の列車・車両は一般に[[電車]]と呼ばれる。路面電車や地下鉄を除けば動力集中方式が主流だが、日本においては旅客列車の大半が動力分散式を採用している。また内燃機関を用いた車両と比較すると、一般に車両の[[鉄道車両の検査|検査]]・保守は容易である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 電化方式 ==&lt;br /&gt;
{{main|鉄道の電化}}&lt;br /&gt;
車輌内部に蓄電池を積載する場合もあるが、基本的には外部から電気を取り入れる。外部からの電力供給は[[架線]]を用いる[[架空電車線方式]]と送電用のレールを用いる[[第三軌条方式]]に大別される。主電動機の種類に応じ、取り入れた電力を変換して用いる。なお、搭載した内燃機関や[[燃料電池]]によって発電し電動機に給電する車両もあるが、これらは内燃機関車（電気式[[ディーゼル機関車]]等）や[[気動車]]に分類される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
電源は[[直流]]・[[交流]]が共に用いられる。直流は車両コストの面で優れるのに対し、高電圧で送電できる交流は変電所の数を抑えられるといった長所がある。詳細は[[直流電化]]、[[交流電化]]を参照されたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本の例 ==&lt;br /&gt;
===電気鉄道を社名として採用===&lt;br /&gt;
*[[上毛電気鉄道]]&lt;br /&gt;
*[[銚子電気鉄道]]&lt;br /&gt;
*松本電気鉄道 - 2011年4月1日、[[アルピコ交通]]に改称&lt;br /&gt;
*[[京福電気鉄道]]&lt;br /&gt;
*[[京阪電気鉄道]]&lt;br /&gt;
*[[阪神電気鉄道]]&lt;br /&gt;
*[[南海電気鉄道]]&lt;br /&gt;
*[[山陽電気鉄道]]&lt;br /&gt;
*[[高松琴平電気鉄道]]&lt;br /&gt;
*[[土佐電気鉄道]]&lt;br /&gt;
*[[筑豊電気鉄道]]&lt;br /&gt;
*[[熊本電気鉄道]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===電鉄と略して採用===&lt;br /&gt;
*[[上信電鉄]]&lt;br /&gt;
*[[京成電鉄]]&lt;br /&gt;
*[[京王電鉄]]&lt;br /&gt;
*[[小田急電鉄]]&lt;br /&gt;
*[[東京急行電鉄]]&lt;br /&gt;
*[[京浜急行電鉄]]&lt;br /&gt;
*[[江ノ島電鉄]]&lt;br /&gt;
*[[長野電鉄]]&lt;br /&gt;
*[[上田電鉄]]&lt;br /&gt;
*[[叡山電鉄]]&lt;br /&gt;
*[[阪急電鉄]]（名称としての電鉄の祖）&lt;br /&gt;
*[[北大阪急行電鉄]]&lt;br /&gt;
*[[能勢電鉄]]&lt;br /&gt;
*[[和歌山電鐵]]（「てつ」が[[旧字体]]）&lt;br /&gt;
*[[神戸電鉄]]&lt;br /&gt;
*[[広島電鉄]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===（[[軌道線]]のため）電気軌道とつく社名を採用===&lt;br /&gt;
*[[阪堺電気軌道]]&lt;br /&gt;
*[[岡山電気軌道]]&lt;br /&gt;
*[[長崎電気軌道]]&lt;br /&gt;
===特殊な例===&lt;br /&gt;
*[[一畑電車]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その他、鉄道事業から撤退して&amp;quot;電鉄&amp;quot;とは名ばかりの[[バス会社]]（例:[[十和田観光電鉄]]、[[下津井電鉄]]など）もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
[[久保田博]]『鉄道用語事典』グランプリ出版、2003年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[鉄道の電化]]、[[非電化]]&lt;br /&gt;
* [[電車]]、[[電気機関車]]&lt;br /&gt;
* [[トロリーバス]]&lt;br /&gt;
* [[インターアーバン]]&lt;br /&gt;
* [[私鉄]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出典==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:鉄道|てんきてつとう]]&lt;br /&gt;
[[Category:電気|てつとう]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>220.63.218.40</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%82%A4&amp;diff=186359</id>
		<title>キューサイ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%82%A4&amp;diff=186359"/>
		<updated>2014-05-09T08:23:50Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;220.63.218.40: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{基礎情報 会社&lt;br /&gt;
|社名 = キューサイ株式会社&lt;br /&gt;
|英文社名 = Q&#039;sai Co., Ltd.&lt;br /&gt;
|ロゴ = &lt;br /&gt;
|画像 = &lt;br /&gt;
|画像説明 = &lt;br /&gt;
|種類 = [[株式会社 (日本)|株式会社]]&lt;br /&gt;
|市場情報 = 非上場（以下は過去のデータ）{{上場情報 | 東証2部 | 2596 | | 2007年3月23日}}&lt;br /&gt;
{{上場情報 | 福証 | 2596 | | 2007年3月23日}}&lt;br /&gt;
|略称 = &lt;br /&gt;
|国籍 = &lt;br /&gt;
|郵便番号 = 810-8606&lt;br /&gt;
|本社所在地 = [[福岡県]][[福岡市]][[中央区 (福岡市)|中央区]]草香江一丁目7番16号&lt;br /&gt;
|設立 = [[2006年]]（[[平成]]18年）[[9月8日]]&amp;lt;br/&amp;gt;（創業[[1965年]]（[[昭和]]40年）[[10月1日]]）&lt;br /&gt;
|業種 = 3050&lt;br /&gt;
|事業内容 = 健康食品関連事業&amp;lt;br /&amp;gt;冷凍食品事業&lt;br /&gt;
|代表者 = 藤野 孝（代表取締役社長）&lt;br /&gt;
|資本金 = 3億49百万円（2009年10月31日現在）&lt;br /&gt;
|売上高 = 207億73百万円（2009年10月期）&lt;br /&gt;
|営業利益 = 16億27百万円（2009年10月期）&lt;br /&gt;
|純利益 = △6億88百万円（2009年10月期）&lt;br /&gt;
|純資産 = 192億97百万円（2009年10月31日現在）&lt;br /&gt;
|総資産 = 511億42百万円（2009年10月31日現在）&lt;br /&gt;
|従業員数 = 連結：421人　単独：378人&amp;lt;br /&amp;gt;（2007年2月末現在）&lt;br /&gt;
|決算期 = 10月末日&lt;br /&gt;
|主要株主 = [[コカ・コーラウエスト]](株) 100%&amp;lt;br /&amp;gt;（2010年10月1日現在）&lt;br /&gt;
|主要子会社 = キューサイ青汁販売(株) 100%&amp;lt;br /&amp;gt;[[日本サプリメント]](株) 100%&lt;br /&gt;
|関係する人物 = 長谷川常雄（創業者）&lt;br /&gt;
|外部リンク = [http://www.kyusai.co.jp/ www.kyusai.co.jp]&amp;lt;br /&amp;gt;[http://corporate.kyusai.co.jp/ corporate.kyusai.co.jp]&lt;br /&gt;
|特記事項 = 2006年12月1日TOB完了&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;キューサイ株式会社&#039;&#039;&#039;（英称：&#039;&#039;Q&#039;sai Co., Ltd.&#039;&#039;）は、[[青汁]]で知られる[[食品]]加工品会社。本社は[[福岡県]][[福岡市]][[中央区 (福岡市)|中央区]]に所在する。社名の“キューサイ”とは、旧商号の『&#039;&#039;&#039;九州自然野菜組合&#039;&#039;&#039;』を略したもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概説 ==&lt;br /&gt;
国産[[ケール]]100%の[[青汁]]を[[通信販売]]などで販売している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2010年]]（平成22年）[[8月30日]]、[[コカ・コーラウエスト]]が、359億2200万円で株式取得により[[完全子会社]]化する方針を発表した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.ccwest.co.jp/download.php?key=172&amp;amp;func=1 キューサイ株式会社の株式の取得（子会社化）に関するお知らせ] - 2010年8月30日閲覧&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 主な商品 ===&lt;br /&gt;
* 青汁（農薬・化学肥料不使用の国産[[ケール]]使用）&lt;br /&gt;
* コラリッチ（コラーゲン配合化粧品）&lt;br /&gt;
* [[ヒアルロン酸]][[コラーゲン]]&lt;br /&gt;
* [[ブルーベリー]][[メグスリノキ]]&lt;br /&gt;
* 髪育習慣&lt;br /&gt;
* 無添加せっけん&lt;br /&gt;
* もろみ酢&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 販売実績 ===&lt;br /&gt;
* 冷凍青汁売上日本一（2005年度、東京商工リサーチ調べ）&lt;br /&gt;
* コラーゲン通販売上日本一（2005年度、東京商工リサーチ調べ）&lt;br /&gt;
* 冷凍卵焼きの製造日本一（東京商工リサーチ福岡支社まとめ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沿革 ==&lt;br /&gt;
* [[1965年]]（昭和40年）10月 - 創業者の長谷川常雄が、菓子製造販売会社の&#039;&#039;&#039;長老製菓株式会社&#039;&#039;&#039;を創業。&lt;br /&gt;
* [[1967年]]（昭和42年）4月 - 長老製菓株式会社が、&#039;&#039;&#039;長谷川製菓株式会社&#039;&#039;&#039;に[[商号]]変更。&lt;br /&gt;
* [[1969年]]（昭和44年）10月 - 株式会社[[ニチレイ]]の協力工場となり、[[冷凍食品]]の生産開始。&lt;br /&gt;
* [[1979年]]（昭和54年） - 長谷川常雄が、青汁健康法を知る。&lt;br /&gt;
* [[1982年]]（昭和57年）9月 - 長谷川製菓株式会社が、青汁の製造販売を開始。&lt;br /&gt;
* [[1986年]]（昭和61年）1月 - 長谷川製菓株式会社から、青汁の販売事業を&#039;&#039;&#039;株式会社ハセガワ健康社&#039;&#039;&#039;に移管。&lt;br /&gt;
* [[1986年]]（昭和61年）9月 - 長谷川製菓株式会社から、青汁の製造事業を&#039;&#039;&#039;ハセガワ冷食株式会社&#039;&#039;&#039;に移管。&lt;br /&gt;
* [[1987年]]（昭和62年）5月 - ハセガワ冷食株式会社が、&#039;&#039;&#039;福岡農場株式会社&#039;&#039;&#039;に商号変更。&lt;br /&gt;
* [[1992年]]（平成4年）12月 - 株式会社ハセガワ健康社が、&#039;&#039;&#039;キューサイ青汁株式会社&#039;&#039;&#039;に商号変更。&lt;br /&gt;
* [[1995年]]（平成7年）3月 - 長谷川製菓株式会社が、キューサイ青汁株式会社と福岡農場株式会社を[[吸収合併]]。長谷川製菓株式会社が、キューサイ株式会社に商号変更。&lt;br /&gt;
* [[1997年]]（平成9年）9月 - キューサイ株式会社が、株式を[[店頭公開]]。&lt;br /&gt;
* [[1998年]]（平成10年）10月 - [[農業生産法人]]キューサイファーム島根を設立。&lt;br /&gt;
* [[1999年]]（平成11年）9月 - キューサイ株式会社が、[[東京証券取引所]]第二部と[[福岡証券取引所]]に上場。&lt;br /&gt;
* [[2000年]]（平成12年）1月 - 環ネットワーク株式会社（後の[[らでぃっしゅぼーや]]株式会社）を、株式取得により子会社化。&lt;br /&gt;
* [[2003年]]（平成15年）1月 - 株式会社キューサイ分析研究所を設立。&lt;br /&gt;
* [[2004年]]（平成16年）12月 - 各地の販売子会社が合併し、キューサイ青汁販売株式会社となる。&lt;br /&gt;
* [[2006年]]（平成18年）&lt;br /&gt;
** 2月 - 株式会社[[日本サプリメント]]を、株式取得により子会社化。&lt;br /&gt;
** 3月 - らでぃっしゅぼーや株式会社の株式を譲渡。&lt;br /&gt;
** 12月 - 10月から11月の[[株式公開買付け]]（TOB）により、グリーンパートナーズB株式会社（[[エヌ・アイ・エフSMBCベンチャーズ]]系[[ファンド]]設立の受け皿会社）の子会社となる。&lt;br /&gt;
* [[2007年]]（平成19年）&lt;br /&gt;
** 3月23日 - キューサイ株式会社が、全部取得条項付与による完全子会社化のため、株式上場廃止。&lt;br /&gt;
** 3月29日 - グリーンパートナーズB株式会社が、全部取得条項付普通株式取得と種類株式交付により、キューサイ株式会社を完全子会社化。&lt;br /&gt;
** 9月3日 - キューサイ株式会社が、[[会社分割]]により冷凍食品事業を新設完全子会社の[[キューサイ宗像食品]]株式会社に承継。&lt;br /&gt;
** 9月15日 - グリーンパートナーズB株式会社が、完全子会社とした（旧）キューサイ株式会社を吸収合併した後、（新）&#039;&#039;&#039;キューサイ株式会社&#039;&#039;&#039;に商号変更。&lt;br /&gt;
* [[2008年]]（平成20年）4月1日 - キューサイ株式会社が、完全子会社のキューサイ宗像食品株式会社の全株式を、株式会社[[ニチレイフーズ]]に譲渡。&lt;br /&gt;
* [[2010年]]（平成22年）10月1日 - NIF-JIP投資事業組合等の株主が、全株式をコカ・コーラウエスト株式会社に譲渡し、同社の完全子会社となる。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
== CM ==&lt;br /&gt;
[[八名信夫]]が『&#039;&#039;&#039;まずい!もう一杯!&#039;&#039;&#039;』と発する[[テレビコマーシャル]]が有名。青汁が全国的に広まる要因の1つとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初は青汁を飲み干した後「こいつは悪人にも良いぜ」という台詞を言う予定だったが、あまりの不味さに台詞を出せず、八名がキューサイの社長へ「『まずい』と言って良いか?」と尋ねたところ「その代わり何らかのフォローをお願いします。」と言われた事から生まれたものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2010年]]（平成22年）現在も八名信夫が出演しており、「あのまずいキューサイの青汁が、粉末になって飲みやすくなりました」と宣伝している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年{{いつ|date=2014年2月}}では[[薬事法]]や[[厚生労働省]]の指導{{要出典|date=2014年2月}}などにより、『&#039;&#039;&#039;まずい!もう一杯!&#039;&#039;&#039;』の部分に「個人の感想です」と注釈を添えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連企業 ==&lt;br /&gt;
=== 子会社 ===&lt;br /&gt;
* キューサイ青汁販売株式会社&lt;br /&gt;
* [[日本サプリメント]]株式会社&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 持分法関連会社 ===&lt;br /&gt;
* 株式会社キューサイファーム島根&lt;br /&gt;
* 株式会社キューサイファーム千歳&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 販売代理店 ===&lt;br /&gt;
* 九州自然野菜組合株式会社（佐賀市）&lt;br /&gt;
* 株式会社キューサイ青汁中部センター（三重県）&lt;br /&gt;
など&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[福岡ソフトバンクホークス]] - 2014年からユニフォーム(左袖)広告スポンサー。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 注釈 ==&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.kyusai.co.jp/front/contents/top/ キューサイ 公式ショッピングサイト]&lt;br /&gt;
* [http://www.kyusai.co.jp/m/ キューサイ 公式モバイルサイト]&lt;br /&gt;
* [http://corporate.kyusai.co.jp/ キューサイ｜企業情報サイト]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:きゆうさい}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の健康食品メーカー]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の飲料メーカー]]&lt;br /&gt;
[[Category:化粧品メーカー・ブランド]]&lt;br /&gt;
[[Category:通信販売業]]&lt;br /&gt;
[[Category:福岡市中央区の企業]]&lt;br /&gt;
[[category:福岡ソフトバンクホークス]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>220.63.218.40</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E6%97%85%E9%A4%A8&amp;diff=148457</id>
		<title>旅館</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E6%97%85%E9%A4%A8&amp;diff=148457"/>
		<updated>2013-12-05T11:24:28Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;220.63.218.40: /* 自炊旅館 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&#039;&#039;&#039;旅館&#039;&#039;&#039;（りょかん）とは、宿泊料を受けて人を宿泊させるための[[宿泊施設]]で、通常は和式の構造及び設備を主とする宿泊施設のことを指す。&#039;&#039;&#039;日本旅館&#039;&#039;&#039;ともいう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旅館の種類には、[[観光]]利用や行楽利用主体の[[温泉]]旅館や[[観光]]旅館、割烹旅館（[[料理]]旅館）などのほか、都市部にある[[ビジネス]]や[[修学旅行]]利用主体の商人宿（[[駅前旅館]]など）がある。一般には中～大規模の施設から個人・家族的な小規模で行われているものまである。このうち、個人の[[住宅]]と同じような構造のものや、宿主が他の産業を主体とした兼業の場合は、[[民宿]]と名乗ることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[画像:Tamatsukuri onsen05st3200.jpg|thumb|240px|温泉地の旅館の例]]&lt;br /&gt;
[[画像:Togo Onsen14s4592.jpg|thumb|240px|旅館のロビーの例]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
=== 旅館業と旅館営業 ===&lt;br /&gt;
日本の[[旅館業法]]（昭和23年7月12日法律第138号）では「旅館業」と「旅館営業」とでは概念が異なる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旅館業法にいう「旅館業」とは「[[ホテル]]営業」、「旅館営業」、「[[簡易宿所]]営業」、「[[下宿]]営業」の4種の営業の総称をいう（旅館業法2条1項）。そして、通常、単に「旅館」と言う場合には、このうちの「旅館営業」すなわち「和式の構造及び設備を主とする施設を設け、宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業で、簡易宿所営業及び下宿営業以外のもの」を行う施設のことを指す（旅館業法2条3項）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 構造設備の基準 ===&lt;br /&gt;
旅館営業の施設の構造設備の基準については、旅館業法施行令で次のように定められている（旅館業法施行令1条2項）。&lt;br /&gt;
#客室の数は、5室以上であること。 &lt;br /&gt;
#和式の構造設備による客室の床面積は、それぞれ7平方メートル以上であること。 &lt;br /&gt;
#洋式の構造設備による客室は、前項第2号に該当するものであること（ホテル営業における洋式の構造設備による客室の基準を満たすものであること）。&lt;br /&gt;
#宿泊しようとする者との面接に適する玄関帳場その他これに類する設備を有すること。 &lt;br /&gt;
#適当な[[換気]]、[[採光]]、[[照明]]、[[防湿]]及び[[排水]]の設備を有すること。 &lt;br /&gt;
#当該施設に近接して[[公衆浴場]]がある等入浴に支障をきたさないと認められる場合を除き、宿泊者の需要を満たすことができる適当な規模の入浴設備を有すること。 &lt;br /&gt;
#宿泊者の需要を満たすことができる適当な規模の洗面設備を有すること。 &lt;br /&gt;
#適当な数の[[便所]]を有すること。 &lt;br /&gt;
#当該施設の設置場所が[[学校]]等の敷地の周囲おおむね100メートルの区域内にある場合には、当該学校等から客室又は客に[[ダンス]]若しくは射幸心をそそるおそれがある遊技をさせるホールその他の設備の内部を見とおすことをさえぎることができる設備を有すること。 &lt;br /&gt;
#その他都道府県が[[条例]]で定める構造設備の基準に適合すること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 営業施設の名称 ===&lt;br /&gt;
旅館業を経営しようとする者は、[[都道府県知事]]（保健所を設置する市又は特別区では市長又は区長）の許可を受けなければならない（旅館業法3条1項）。この際には申請書に営業の種別（旅館業法上のホテル営業、旅館営業、簡易宿所営業、下宿営業の種別）を記載しなければならないが、これとは別に営業施設の名称も記載することとなっている（旅館業法施行規則1条）。したがって、営業の種別については旅館営業として申請している場合であっても、営業施設の名称については「旅館」、「民宿」、「[[ホテル]]」、「[[ペンション]]」など経営者の設定に委ねられている為、実際には各個のイメージ戦略などから規模の大小、経営形態に関わらず自由に名乗っているのが実情でもある。そのため、「旅館」、「民宿」、「ホテル」、「ペンション」などの線引きは曖昧である。なお、許可の際の構造設備の基準など法令の適用については、営業施設の名称ではなく経営者の申請した営業の種別にしたがってなされることになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
洋式のホテルと和式の旅館が混在しているという意味も含めて、[[日本]]独特の[[文化]]と考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 特徴 ==&lt;br /&gt;
要件ではなく、例外もある。&lt;br /&gt;
[[現代]]日本[[社会]]において和の風雅を感じさせてくれる場所として貴重な存在といえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;客室&lt;br /&gt;
客室が和室であり、一部屋二人以上の設定である。商人宿と呼ばれる比較的低価格のビジネス利用主体の旅館（いわゆるビジネス旅館）では、古くから1人1部屋利用が比較的多いが、観光旅館や温泉旅館では（とくに高級旅館の場合）、1部屋を2人以上で利用することを前提とした運営となっているところが多く、1人での宿泊を認めない場合も多い。泊まれたとしても1部屋の1人利用は大幅に割高にならざるを得ないのが現状である。ただし、原則2人以上での宿泊のみを認めている観光旅館や温泉旅館でも、[[旅行業者]]が旅館と契約して行なっている一人旅向けの宿泊プランで予約すれば、1人1部屋の宿泊ができるが、やや割高の感は否めない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、ホテルの場合1人で利用する客も多く、シングルルームの利用やツインルームの空室をシングルユースすることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
客室の[[テーブル|座卓]]には茶筒に入った[[茶葉]]や[[急須]]、[[茶碗|湯呑茶碗]]、[[畳]]の上または座卓上に湯の入った[[電気ポット]]または[[魔法瓶]]が用意され、利用者が[[茶]]を入れて飲むことができる。茶筒・急須・湯呑茶碗は[[櫃|茶櫃]]に収納されている。さらには[[菓子]]も座卓上に用意されている場合が多い。同様のサービスは民宿でも行なっているところがある。&lt;br /&gt;
;和室の宴会場&lt;br /&gt;
団体客の場合、夕食の宴会はつき物といえる。&lt;br /&gt;
;共同浴室中心&lt;br /&gt;
[[画像:Tamatsukuri onsen yado02s3648.jpg|thumb|240px|露天風呂付き客室の例]]&lt;br /&gt;
[[露天風呂]]ないし室内大浴場を備える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近では、高級旅館を中心に部屋[[風呂]]の普及が進み、露天風呂付きの客室を売り物にする旅館もみられるようになってきた。ただ、温泉旅館の場合、[[源泉]]から供給される湯量に制限があり、客室付きの露天風呂が実際に「[[掛け流し|源泉かけ流し]]」であるかは確認が必要である。また、歴史の古い木造旅館では部屋風呂の設置が構造上困難な場合もある。&lt;br /&gt;
;部屋着として浴衣の使用&lt;br /&gt;
旅館では一般に、利用者に貸し出す[[浴衣]]を客室内に用意している。ただし、商人宿では浴衣を用意していないところも少なくない。寒い時期には、上着として[[羽織]]（気軽にはおれ丈が短い）や[[丹前]]（防寒性が高く丈が長い）が添えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[廊下]]や宴会場など、館内で着用可であるのはもちろん、温泉街では浴衣で外出することも可能。かつては宿に内風呂が無く、入浴には共同浴場に通うような湯治場もある。温泉街では一般的にみられる傾向である。また現在では旅館のPRにもなるうえ、温泉地の湯の町情緒の向上にも一役買っている。一歩部屋を出るにも外出に相応しい[[服装]]であることを要求されるホテルとは異なる点である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
温泉街の旅館では、浴衣を着て外出する宿泊客のために、[[下駄]]や[[傘|和傘]]も貸し出している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;接客&lt;br /&gt;
接客係は、部屋への案内のほか、布団の上げ下げや食事の提供などを客室で行う。その際には客の要望を聞き注文を受けるなど、きめ細かいサービスを行うのが特徴である。旅館の[[女性]]管理者である、&#039;&#039;&#039;女将&#039;&#039;&#039;（おかみ）が客へのサービスや営業上重要な役割を担っている場合が多い。ただ、これは地域によって流儀が異なる。大概女将は、経営者の妻または女性経営者である。接客の際は[[和服|和装]]であるのが通例である。また、高級旅館あるいは伝統を重んじる方針の旅館では、女性接客係である&#039;&#039;&#039;[[仲居]]&#039;&#039;&#039;（なかい）が各部屋での接客を担当する。服装は女将同様に和装であることが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;一泊二食付きの料金設定&lt;br /&gt;
前述のとおり客室が和室であるが、通常は宿泊料金が[[食事]]代込みとなっており、多くは夕食・朝食ともに込み（一泊二食付き）の設定となっている。これに対しホテルの場合、食事の有無は選択できることが多い。しかし、素泊まり（食事なし）や夕食のみ、朝食のみでの宿泊を認めている旅館もある。ビジネス客主体の商人宿（駅前旅館など）、今日のビジネス旅館では食事なしの「素泊まり」又は朝食のみの設定のことも多い。&lt;br /&gt;
;食事&lt;br /&gt;
食事のメニューはあらかじめ旅館側が決定しているが、客の体質に合わせてメニューを調整する旅館もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近では、数種類の食事プランが用意されて、宿泊客が選択できる旅館もある。料理旅館のみならず、観光旅館や温泉旅館でも、[[郷土料理]]や地元名産の[[食材]]を用いた料理など、食事の質の高さをセールスポイントとしている旅館が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
配膳は、仲居が客室内まで運んで[[膳]]で供する（あるいは座卓上に配置する）、いわゆる「部屋食（へやしょく）」が本来の形式であるが、省力化や多様な献立を提供するためなどの理由から、平成以降は特に館内の大広間や[[食堂]]で供するところが増えた。原則部屋食の旅館でも、多人数の団体には客室でなく宴会場などの大広間で供する場合が多い。&lt;br /&gt;
;サービス利用時間の制限&lt;br /&gt;
食事の時間や共同浴場利用の時間帯が指定されることが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;営業システム・予約システム・インターネットでの情報提供&lt;br /&gt;
[[電話]]等の直接予約のほか、旅行代理店や観光案内所を通じた予約もできる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
インターネットでの空室情報の確認、[[じゃらん#じゃらんnet|じゃらんnet]]や[[楽天トラベル]]などの旅行サイトを通じて予約できる施設も増えてきた。&lt;br /&gt;
;宴会における芸者・コンパニオン&lt;br /&gt;
宴会に[[芸者]]・[[コンパニオン]]を呼ぶことがある。[[温泉地]]等には昔は芸者[[置屋]]、現在ではコンパニオン派遣業者があり、需要に応えてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==現状==&lt;br /&gt;
[[画像:Sawanoya-yanaka.jpg|thumb|200px|right|ターゲットを外国人に切り替えて経営を立て直した、[[谷中 (台東区)|谷中]]の「[[澤の屋旅館]]」。しばしばテレビなどの[[マスメディア]]で取り上げられる。]]&lt;br /&gt;
宴会ブームの崩壊で、都心に近い観光地の高級旅館、ホテルは経営が苦しくなっているといわれ、ブームの最中に建設された施設の中には[[倒産]]や閉店に追い込まれた施設も出ている。[[都市]]部の旅館も、ビジネス客の[[ホテル#ビジネスホテル|ビジネスホテル]]へのシフトや、[[少子化]]による[[修学旅行]]の減少やホテルへのシフトによって経営の苦しい施設が多く、ビジネスホテルに転じた施設が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
反面、宴会を主としない固定客を持つ者も多く、これらの多くはバブル期以前に建設された物が殆どである。安定した入り客があるため経営状態も安定している。固定客が多い為、大々的な[[広告]]を出さずとも経営の成り立っている旅館も多々ある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
古くからの旅館によっては経営者の[[高齢化]]が進み、少子化の影響で後継者ができず、次世代の代替わりが行えない業者も出ている。収支面では経営が成り立っていても、後継者問題で閉店になるケースも見受けられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
特殊なケースでは、和室の低価格宿泊施設（いわば[[ベッド・アンド・ブレックファスト|B&amp;amp;B]]）を売りに[[外国人]]や[[学生]][[合宿]]を主なターゲットに切り替え、成功を収めたところもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===自炊旅館===&lt;br /&gt;
温泉街には通常の旅館の他に、&#039;&#039;&#039;自炊旅館&#039;&#039;&#039;が存在する。これは、宿泊場所を提供するだけでその他のサービスを省くことにより、[[湯治]]のために長期滞在できる旅館のことである。「湯治」目的を除けば、外国でのコンドミニアム、あるいは日本の[[短期賃貸マンション]]に似ている。温泉街には歓楽的なものと古くからの湯治場と二つの場所があり、湯治場には[[温泉病院]]や自炊旅館がある。自炊専用旅館でなくても、普通の旅館に「自炊部」を設けている旅館もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自炊旅館は旅館部屋を賃貸[[アパート]]のように貸し出すが、1泊単位で宿泊料金が決まっている。宿泊期間は個人差があるが、大抵1週間以上から長くて2ヶ月程度である。入浴料と電気代は宿泊料金に含まれているが、それ以外の[[布団]]貸し出し料（布団持込の場合は不要）、冬季なら[[コタツ]]、[[ストーブ]]などの暖房器具貸し出し料、炊事用に[[コンロ]]利用のためのガス代を徴収される。滞在中の部屋の掃除は行われないので、宿泊者自身で行う。洗濯は館内にあるコイン式[[洗濯機]]を利用する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旅館には館内に売店があり、調味料や缶詰などの食料類や石鹸や洗濯洗剤がおいてある。肉・魚・豆腐などの生鮮食料品は外部の業者が[[移動販売]]に来るのを利用する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[大分県]][[別府市]]の「鉄輪（かんなわ）温泉」では「貸間旅館」と称し、一般の旅館に近い部屋やサービスがある例があり、また低価格の公衆浴場を利用することや、「[[地獄蒸し]]」という温泉の蒸気で食物を蒸す名物料理が楽しまれている。老若男女に親しまれているシステムである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 温泉旅館の不振の原因 ==&lt;br /&gt;
旅館のうち、[[温泉]]旅館の大半は、不振が続いている。ここでは温泉旅館に特有の不振の原因について順不同で挙げてみよう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 旅行形態の変化 ===&lt;br /&gt;
旅行の形態が職場や地域、[[農業協同組合]]等の団体旅行から、[[家族]]、友人・知人、母娘などの個人・小グループ中心へと移っている。もはや、「社内旅行」が死語となっている[[企業]]も少なくない。大部屋に詰め込めば利益になるという仕組みがあだになっている。部屋という空間を売る商売であることから、一定の空間に多くの客を入れる程収益は上がる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 宴会離れ ===&lt;br /&gt;
温泉旅館といえば、団体での[[宴会]]がつきものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宴会は盛り上がると自然と[[アルコール飲料|アルコール類]]の消費が多くなる。温泉旅館にとってはこれが大きな収益だった。また、供される料理もとにかく見た目の美しさを重視した盛り付けのみでよかった。大皿に多量の料理を盛ったものでも通用した。宴会場に並べておけばよいので、効率も良い。多量一括仕入れで[[コスト]]ダウンも可能である。それに、泥酔すれば酒類も銘柄に構わなくなり、良質で高価な酒類でなくとも十分である。ところが、少人数だとアルコール類もあまり進まない。料理にも、素材、調理、盛り付け、器に配慮が問われる。部屋食には、上げ下げの手間もかかる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
加えて、[[1990年代]]、マスコミなどで[[官官接待]]などが非難の対象になると一気に宴会ブームが去ってしまった。この為、大量の顧客を逃すこととなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 食事へのニーズ ===&lt;br /&gt;
食事は旅館のお仕着せの宴会料理や会席料理ではなく、[[洋食]]や[[中華料理|中華]]も含めて、盛り沢山でもなくとも自分の好みに合ったものを摂りたいという宿泊客の志向がある。旅館の定型どおりの食事はこのニーズに対応できていない。結局、ホテルや民宿等に客が逸走する事態が起こっている。しかし、旅館周辺で調達できない食材を要求すると、当然料金に跳ね返ることになるし、都会から離れた旅館に来てまで、都会と同じものを食べなくてはならないのかと言い分もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
温泉旅館のパンフレットを見ても分かる通り、とにかく、品数・皿数などの豪華さを競う風潮から抜け出せていない。ただ、老朽化・陳腐化するなど、施設やサービスなどに特色を出しにくい旅館の場合、どうしても品数を競うことに走りがちである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、旅館宿泊者は「泊食分離」を求めているとの指摘もあるが、より正確には、料金の内訳明細の開示を求めるニーズと理解すべきとの意見もある。実際にはエージェントが料理内容を固定化していることが多く、料理の多彩なホテル、仕入れを容易にコントロールできる民宿などに顧客を取られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 心を癒せない景観 ===&lt;br /&gt;
宴会を主とすると「[[温泉]]」はいわば添え物であり、[[温泉街]]は夜の時間を過ごす空間であった。そのため、外見等にはあまり構わず旅館は拡張競争を繰り広げてきたため、複雑怪奇な[[コンクリート]]の姿をむき出しにしており、[[景観]]を阻害している。夕方旅館に着いて、即宴会、就寝。朝、食事後あわただしく出発というかつての旅行パターンならこれでもよいが、ゆっくりと温泉街を散策したいという志向には応えられていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[由布院温泉]]、[[黒川温泉]]など、繁栄を続けている[[温泉地]]を見れば、植栽や林野に富む風景など、情趣の感じられる景観の重要性は明らかである。また、ランプの宿などに見られる、旅館のサービスを最小限度に止めた懐古的なたたずまいの宿や、[[古民家]]的な物や、特異な地形に立つなどコンクリートの建物自体がノスタルジックなものとして[[カメラマン]]などにより位置づけられている場合は文化的な景観としての情緒があるため、[[テレビ局|テレビ]]取材等も多く、上記には該当しない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 温泉の質への疑問 ===&lt;br /&gt;
[[温泉偽装問題]]、各地の公営[[温浴施設]]における[[レジオネラ菌]]の問題をきっかけとして、利用客は泉質に厳しい眼を注いでいる。巨大旅館の場合、[[露天風呂]]など「器」の凝りようや豪華さは競うが、泉質については不利さは否めない。源泉の容量には限りがあり、配湯は組合や自治体等が行っていることが多い。昔からの配湯の権利の問題があり、抜本的な改善（[[源泉]][[掛け流し]]とする等）は難しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 湯の町情緒の劣化 ===&lt;br /&gt;
かつては温泉街には、[[共同浴場]]があり、そのまわりを温泉旅館が囲み、さらにその周囲に[[土産]]物店、[[飲食店]]、あるいは少し離れた場所や路地に[[歓楽街]]や[[風俗営業]]店までもが建ち並んでいた。しかしながら、温泉旅館の不振と共にこうした小規模施設も廃業が続き、なかには廃屋同然の建物が並ぶエリアもみられるようになってきた（東日本であれば[[熱海温泉|熱海]]や[[鬼怒川温泉|鬼怒川]]や[[水上温泉|水上]]、[[飯坂温泉|飯坂]]など、西日本であれば[[片山津温泉|片山津]]などが代表的）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらの多くは経営者の高齢化による経営意欲の低下、後継者難に加え、[[建築]]基準との関係で新店舗の建設がしにくいことも指摘される。新店舗の建設の場合、[[建坪]]率が厳しくなることが多く、従来の建坪率では建設が困難なことが多い。このため、建物の更新ができず老朽化するに任せる状態とならざるを得ずない。こうした新店舗の建設難からの廃業が増える事となる。これがさらに情緒を阻害し、悪循環となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== エージェント依存、インターネット対応の遅れ ===&lt;br /&gt;
温泉旅館は伝統的な宿泊施設であることから旅行[[旅行代理店|エージェント]]との関係は深く、持ちつ持たれつの関係を築いてきた。ところが、旅行者のインターネット対応が進み、エアラインやビジネス系のホテルのように、サイトを通じた予約等が特殊なものでなくなっていくに連れて、エージェントとの関係やエージェント側に有利とされる商慣行がかえって足かせとなっている。巨艦を誇る旅館ほど、安定的にお客を確保するため、取次手数料が経営上決して軽くはない水準にあるものの、エージェントとの関係を希薄化しづらい。結局、ホテル等のインターネット対応の進んだ競合者にお客は流れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 過剰借入れ===&lt;br /&gt;
温泉旅館は[[季節]]変動もあり、もともと高収益な事業構造ではないが、施設・設備の更新競争・大型化のため、借入を重ねてきた。エージェントもそれを推奨してきた。また、[[金融機関]]も地域の有力な[[地場産業]]として貸し込んできた。このため、一般に借入過剰となっている。&amp;lt;!--超低金利が続く間はよいが、借入金利が上昇すると金利負担が経営の重石になる。[[地価]]下落で[[担保]]価値の目減りも不安材料である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
各地の温泉旅館の再生事例にもあるように、状況を打破するためには、もちろん経営者の経営責任追及は不可欠であるが、ある程度の[[債権]]放棄も考慮する必要があろう。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 新興温泉地の乱立 ===&lt;br /&gt;
温泉その物の[[掘削]][[技術]]が上がったため、安価で掘削が可能となった。日本では、たいていの所では1000mから2000m程度掘削すれば温泉が湧出すると言われている。掘削業者も全国にあり、成果払い方式で受注することが多い。掘削料金は1億円から2億円が相場で、[[竹下内閣]]の[[ふるさと創生]]資金などを活用し、多くの[[自治体]]で温泉が掘削された。法に定める「温泉」の基準が緩やかであるため、こうした傾向に拍車をかけている。こうした温泉による外来入浴のできる施設、正しくは[[温浴施設]]と呼ぶべきものもあるが、これらは当然、浴槽を含めた施設も新しく、豪華で、日帰り中心であり、料金も高くない。このため、古くからの温泉地というだけでは温泉旅館はお客を呼ぶことは難しくなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん、各地の[[温浴施設]]の繁盛、部屋数10～20と決して大規模ではないが人気で予約をとりにくい温泉旅館もある。&amp;lt;!--結局、日本人は温泉そのものに飽きたのではなく、情緒の乏しいコンクリートだらけの温泉、食事も入浴も時間を指定されるサービス精神の乏しい温泉旅館に愛想をつかしていると言えよう。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==旅館をメインにした作品==&lt;br /&gt;
* [[明日はアタシの風が吹く]] - 1989年&lt;br /&gt;
* [[おかみ三代女の戦い]] - 1995年&lt;br /&gt;
* [[温泉へ行こう]] - 1999年～2005年&lt;br /&gt;
* [[鬼の棲家]] - 1999年&lt;br /&gt;
* [[私を旅館に連れてって]] - 2001年&lt;br /&gt;
* [[女将になります!]] - 2003年&lt;br /&gt;
* [[若おかみは小学生!]] - 2003年&lt;br /&gt;
* [[湯けむりウォーズ〜女将になります〜]] - 2005年&lt;br /&gt;
* [[浅草ふくまる旅館]] - 2007年&lt;br /&gt;
* [[どんど晴れ]] - 2007年&lt;br /&gt;
* [[温泉へGo!]] - 2008年&lt;br /&gt;
* [[花嫁のれん]] - 2010・2011年&lt;br /&gt;
* [[花咲くいろは]] - 2011年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
{{commonscat|Ryokan}}&lt;br /&gt;
*[[旅館業法]]&lt;br /&gt;
*[[宿泊施設]]&lt;br /&gt;
*[[ホテル]]&lt;br /&gt;
*[[観光]]&lt;br /&gt;
*[[民宿]]&lt;br /&gt;
*[[下宿]]&lt;br /&gt;
*[[政府登録国際観光旅館]]&lt;br /&gt;
*[[特定建築物]] - 日本の旅館施設の環境衛生等に関する規定&lt;br /&gt;
*[[法師 (旅館)]] - 創業西暦718年(養老2年)の世界で最も歴史のある旅館(世界で最も古い企業でもある)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:りよかん}}&lt;br /&gt;
[[Category:旅館|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:商業]]&lt;br /&gt;
[[Category:娯楽]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の観光]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Link GA|es}}&lt;br /&gt;
{{Link GA|ca}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>220.63.218.40</name></author>
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		<title>焼酎バー</title>
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		<updated>2013-01-19T10:02:13Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;220.63.218.40: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&#039;&#039;&#039;焼酎バー&#039;&#039;&#039;（しょうちゅうばー）とは、[[焼酎|本格焼酎]]を専門に扱う[[バー (酒場)|バー]]を示す。[[2003年]]頃から始まる「本格焼酎ブーム」に乗って全国各地に開店し、バーにおける一つの業態として定着した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
=== 黎明 ===&lt;br /&gt;
焼酎バーは[[2000年]][[6月]]、[[東京都]][[港区 (東京都)|港区]][[西麻布]]にシェーカーコーポレーションが開店した&#039;&#039;&#039;EN-ICHI&#039;&#039;&#039;がその走りとされている。EN-ICHIは本格焼酎を中心としたダイニングバーで、全国各地から本格焼酎を集め、本格焼酎と和食を楽しむ店として開店した。本格焼酎が話題となる前で、九州および鹿児島郷土料理店以外では本格焼酎の専門店がなかった時代ということもあり、グルメ雑誌で話題となった。しかし、食事がメインの店であったため、カウンタよりもテーブル席が多く、またフードメニューが充実していることから居酒屋として扱っている書籍も存在しているものの多くの書籍で焼酎バーの元祖として登場していた。このほかにもEN-ICHIのような食事の提供も行う座○楽やゆらり草庵、眞平などの焼酎ダイニングバーが東京都内に開店した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スタイルの確立 ===&lt;br /&gt;
こうした食事の提供を行う焼酎ダイニングバーが東京都内を中心に開店する一方で、本格的なバースタイルの登場には少し時間を要することになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2001年]][[6月]]、東京都[[渋谷区]][[円山町 (渋谷区)|円山町]]に&#039;&#039;&#039;焼酎バー古典&#039;&#039;&#039;が開店する。古典は、カウンタを主体とした店の作りや酒瓶の配列や照明のあて方、フードを20品程度に抑えたメニュー構成、BGMに[[ジャズ|JAZZ]]を使うなど、洋酒やカクテルを提供するいわゆる[[バー (酒場)|バー]]を強く意識した作りとなっている。また、焼酎以外のアルコールメニューを例外とした提供パターンは、その後に登場する焼酎バーに大きな影響を与えた。同店舗のスタイルが焼酎バーという日本独特の料飲店形態の特徴を作り、焼酎バーの基本的なスタイルを確立させたといっても良い。その点では現在多く目にする焼酎バーの元祖は古典であるといえるであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 発展 ===&lt;br /&gt;
その後、焼酎ブームとともに[[新宿]]や[[池袋]]など東京を中心にワインバーなどが業態転換で焼酎バーへ衣替えするケースが相次ぎ、グルメ専門雑誌の推計では2005年現在、東京都内だけでも50店舗以上、全国では300店舗以上あるとされていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
焼酎バーが登場し始めたころは、「ダサい」という当時の本格焼酎にあった固定イメージを打破したいと考えた本格焼酎好きな店主によって運営されていたため、マスターと本格焼酎についてゆっくりと語りながら飲むことのできるサロンのような役割を果たしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 競争の激化 ===&lt;br /&gt;
しかし、焼酎ブームが進行するにつれて、焼酎バーが当たり前の存在となると競争が激しくなり、量をごまかす店やいわゆる「プレミア焼酎」を高い値段で少量出すケースが増えた。また、スタイルだけを追いかけた結果、本格焼酎のことをよく知らない店が増え、「焼酎バー」と謳っていても焼酎以外の酒を多く置いていたり、フードメニューを数多くして実質的には単なる居酒屋と変わらなかったり、というケースも増えており、登場当初に見られたようなサロン的な役割を持った純粋な焼酎バーは激減した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ブーム後の現況 ===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
焼酎ブームの終了によってスタイルだけ追いかけた店のみならず、EN-ICHIが2007年6月30日閉店、眞平も2010年1月23日閉店など、焼酎ブームを支えた店舗も相次いで閉店している。さらに名前は焼酎バーを名乗っているが、実際には焼酎をほとんどおいていない店舗も増加しており、都内では純粋な焼酎バーは元祖となった古典など数店舗しかなく、焼酎ダイニングバーを含めてもわずかとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 焼酎居酒屋 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
焼酎バーの発展とともに焼酎[[居酒屋]]という業態も一般的となった。焼酎バーのようにバースタイルではなく、一杯飲み屋のような形式で本格焼酎のみを扱う。元々は「[[薩摩]]郷土料理」などと謳っていた店舗が、焼酎バーという名称の普及に伴い焼酎居酒屋という名称を使用しはじめたのが走りである。本格焼酎に惚れ込んだ居酒屋店主によって「焼酎バーの居酒屋版」となるような店舗が増え、2005年現在で焼酎居酒屋と名乗る店は500店舗以上あるとされていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、焼酎ブームの終了とともに苦境に陥る店舗が増加、焼酎居酒屋という名称でありながら主力は[[ホッピー]]や[[ハイボール]]などといった店も増え、また焼酎居酒屋から「薩摩郷土料理」へ戻すケースも増加、2012年現在では焼酎ブーム当初に見られた純粋な焼酎居酒屋は消滅している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==スタイル==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、全国で開店している焼酎バーは古典がはじめたスタイルをほぼ踏襲しており、&lt;br /&gt;
*カウンタ主体&lt;br /&gt;
*瓶をカウンタ裏に並べる&lt;br /&gt;
*フードメニューは少なめ&lt;br /&gt;
という構成となっている。&lt;br /&gt;
==[[鹿児島県]]の焼酎バー==&lt;br /&gt;
一般的に思われる本州の焼酎バーとは異なり、[[鹿児島県]]では焼酎を飲ませる焼酎バーが存在する。[[鹿児島市]]の[[天文館]]を中心として存在し、うらぶれた繁華街に存在する。[[チャージ]]は取るものの、飲み物は基本的に鹿児島県の焼酎であり、つまみも鹿児島県特産の[[鰹]]のはらわたの[[塩辛]]などを提供している。ウイスキーやブランデーのかわりに焼酎がメインとされるものである。&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*[http://wodkatonic.com/hp/enkaku/index.html シェーカーコーポレーション](ただし、EN-ICHIはすでに閉店している)&lt;br /&gt;
*[http://home.c06.itscom.net/koten/ 渋谷・焼酎バー古典](現存)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:しょうちゅうばあ}}&lt;br /&gt;
[[Category:飲食店]]&lt;br /&gt;
[[Category:飲酒文化]]&lt;br /&gt;
[[Category:焼酎]]&lt;/div&gt;</summary>
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		<title>ポンジュース</title>
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		<updated>2009-10-22T10:09:43Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;220.63.218.40: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;#redirect[[えひめ飲料]]&lt;br /&gt;
[[Category:愛媛県の食文化|ほんしゆうす]]&lt;/div&gt;</summary>
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