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	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>谷沢永一</title>
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		<updated>2014-05-13T00:57:55Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;219.189.86.223: /* 交遊関係 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&#039;&#039;&#039;谷沢 永一&#039;&#039;&#039;（&#039;&#039;&#039;谷澤 永一&#039;&#039;&#039;、たにざわ えいいち、[[1929年]][[6月27日]] - [[2011年]][[3月8日]]&amp;lt;ref name=&amp;quot;mainichideath&amp;quot;&amp;gt;[http://mainichi.jp/select/person/news/20110309k0000m040158000c.html 訃報：谷沢永一さん81歳　保守派論客、関西大学名誉教授 - 毎日jp(毎日新聞)]&amp;lt;/ref&amp;gt;）は、日本の[[文芸評論家]]、[[書誌学者]]。[[関西大学]][[名誉教授]]。専門は[[日本文学]]（[[近代]]）。[[渡部昇一]]との共著が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
*[[大阪府]][[大阪市]]出身。旧制[[大阪府立天王寺高等学校|大阪府立天王寺中学校]]から[[関西大学]][[大学予科|予科]]を経て同[[文学部]][[国文学科]][[卒業]]。同[[大学院]][[博士課程]][[修了]]。[[文学博士]]。書誌学者。&lt;br /&gt;
*長老教授[[金子又兵衛]]の世話で同文学部[[助手 (教育)|助手]]となり、[[講師 (教育)|講師]]、[[准教授|助教授]]、[[教授]]を務め、[[1991年]]に定年より9年早く退職して[[名誉教授]]となる。&lt;br /&gt;
*[[兵庫県]][[宝塚市]]に居住していて、[[阪神・淡路大震災]]で被災した。&lt;br /&gt;
*若いころからの[[躁鬱病]]であり、自著でも言及している。&lt;br /&gt;
* 2011年3月8日、心不全のため兵庫県伊丹市の病院で死去。81歳没&amp;lt;ref name=&amp;quot;mainichideath&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==受賞など==&lt;br /&gt;
1980年、書評コラムを集めた『完本 紙つぶて』で、[[サントリー学芸賞]]。[[森鴎外]]と[[坪内逍遥]]の論争を論じた『文豪たちの大喧嘩 鴎外・逍遥・樗牛』で、[[2004年]]に第55回[[読売文学賞]]研究・翻訳賞。大阪市民表彰文化功労、大阪文化賞、2006年『紙つぶて 自作自注最終版』で[[毎日書評賞]]を受賞。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 思想 ==&lt;br /&gt;
*恩師の影響により十代で[[日本共産党]]員になったが、大学在学中に[[転向]]した。[[皇室]]を重んじる保守の論客の一人である。&lt;br /&gt;
*文学史家としては、普通の学者が無視するような「雑書」に丹念に目を通し、そこから新たな発見をすることの重要性を語っている。&lt;br /&gt;
*1995年発行の「人間通」は、著者独自の人生論でありベストセラーになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 交遊関係 ==&lt;br /&gt;
*その[[書評]]の厳しさに、[[山口瞳]]は「[[鬼]]の谷沢」と形容した。交友の深い人物として、[[渡部昇一]]、[[開高健]]、[[藤本進治]]がいる。また個人的な交際はないが、[[紅野敏郎]]とはともに近代文学の研究者として、本を媒介に「同志」関係であった。兄貴分として朽木清（大阪市立大学教授）と藤本昭（神戸大学教授）の名を挙げている。&lt;br /&gt;
*教授在職中は[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]の[[おもしろサンデー]]にコメンテーターとして出演。共演した司会の[[桂文珍]]と書籍の情報を交換するうちに才能に惚れ込み、文珍を関大文学部の[[非常勤講師]]に迎えた&amp;lt;ref&amp;gt;この間の経緯については、桂文珍の講義をまとめた『落語的学問のすすめ』の新潮文庫版（ISBN 9784101189116）の解説（谷沢による）に詳しい。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*元日本共産党員であり、最初の著作『大正期の文藝評論』は[[小田切秀雄]]の勧めによって書かれた。1976年に東京大学の[[三好行雄]]と論争した際は、小田切編纂の『[[明治文学全集]]　北村透谷集』がきっかけであったから、小田切と手を切ったのはそれ以後のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 批評・論争 ==&lt;br /&gt;
*数々の批判、論争を行っているが、本人によれば不敗。&lt;br /&gt;
*[[1977年]]前後に[[思想家]]の[[吉本隆明]]とのあいだで論争（罵倒合戦）があった際には、谷沢嫌いの[[呉智英]]から「吉本の敗北が明白だった」（『バカにつける薬』）という評価を受ける結果を収めた。&lt;br /&gt;
*『紙つぶて』において長年、[[紀要]]の内容、教授や助教授の不勉強を具体例を挙げて批判した。&lt;br /&gt;
*1995年6月発行の『こんな日本に誰がした』（副題：『[[大江健三郎]]への告発状』）では、大江健三郎を、国内と国外で発言をきっちり分けるという卑屈な男であり、[[オウム真理教]]の[[麻原彰晃|教祖]]と同じタイプの人間だと断言して批判した。&lt;br /&gt;
*1996年2月発行の『悪魔の思想』では、日本を貶めた[[進歩的文化人]]12名（[[大内兵衛]]、大江健三郎、[[大塚久雄]]、[[加藤周一]]、[[久野収]]、[[向坂逸郎]]、[[坂本義和]]、[[竹内好]]、[[鶴見俊輔]]、[[丸山真男]]、[[安江良介]]、[[横田喜三郎]]）を実名と具体例を挙げて批判した。&lt;br /&gt;
*1996年6月発行の『誰が国賊か』では、[[バブル経済#バブル崩壊|バブル経済崩壊]]は、[[官僚]]である[[大蔵省]]銀行局長が行った総量規制という法律でも無い行政指導が原因だったと、実名を挙げて批判した。&lt;br /&gt;
*[[藤岡信勝]]とは犬猿の仲であり、保守・右翼系でありながら、[[新しい歴史教科書をつくる会]]の『新しい歴史教科書』には、その内容に猛反発。[[2001年]]に反論書『「新しい歴史教科書」の絶版を勧告する』で、その歴史認識を厳しく批判した。最後は「国は歴史教育から手を引け」と言う[[山崎正和]]の理論で締めくくった&amp;lt;ref&amp;gt;この論争は雑誌『[[諸君!]]』の1998年3月号から6月号までに掲載（3・5月号が谷沢論文、4・6月号が藤岡論文）されたのがきっかけである。執筆者側からの反論として、藤岡のほかにも例えば[http://f1.aaa.livedoor.jp/~iserlohn/tanizawa2.htm 谷原茂生 中学教師から見た絶版勧告のナンセンス]などがある。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他 ==&lt;br /&gt;
*学内行政では、学長選挙において[[大西昭男]]をサポートし、大西は5期15年にわたり学長を務めた&amp;lt;ref&amp;gt;『人間、「うつ」でも生きられる』より。5期目の当選時には谷沢はすでに退職している。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*[[フジサンケイグループ]]の論客としても知られ、[[産経新聞]]大阪版で[[コラム]]「産経抄」を担当したこともある。多筆であり大学教授の合間に新聞及び雑誌への投稿、並びに著作の執筆を精力的に行い、友人の開高が見かねて「自重するように」と短文を認めたこともあるという&amp;lt;ref&amp;gt;開高は、サントリー学芸賞の選評（[http://www.suntory.co.jp/sfnd/gakugei/gei_bun0005.html]）でも、「昨今この著者は…あちらこちらに安易に書きすぎるとの声も、審査の席のあちらこちらで聞かれた」「好漢、自重されよ」と述べる。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*著書内において、[[森銑三]]の「[[井原西鶴]]の真の著書は『[[好色一代男]]』だけで、それ以外の『西鶴著』の本はすべて他の作家の筆による」という、他の文学史家には長年無視されている説を支持している。&lt;br /&gt;
*文学者ではなく、書誌学者という名称を好んで使っていた。&lt;br /&gt;
*関西大学図書館にはたびたび蔵書を寄贈してきたが、その中でも[[ルバイヤート]]など稀覯書の98冊については「谷澤永一コレクション」として図書館の貴重資料となっている。コレクションの内容は、[[堀口大學]]訳『[[月下の一群]]』関係13冊　[[福田英子]]関係2冊　[[藤村操]]『煩悶記』1冊　ルバイヤット関係82冊である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
* 大正期の文芸評論 (塙書房 1962.1/[[中公文庫]] 1989.12)&lt;br /&gt;
* 近代日本文学史の構想 ([[晶文社]] 1964.11)&lt;br /&gt;
* 明治期の文芸評論 ([[八木書店]] 1971.5)&lt;br /&gt;
* 署名のある紙礫 私の書物随筆(浪速書林 1974.11)&lt;br /&gt;
* 標識のある迷路 現代日本文学史の側面 ([[関西大学]]出版・広報部 1975.1)&lt;br /&gt;
* 読書人の立場 ([[桜楓社]] 1977.10)&lt;br /&gt;
* 牙ある蟻(冬樹社 1978.8)&lt;br /&gt;
* 完本・紙つぶて 谷沢永一書評コラム 1969-78 ([[文藝春秋]] 1978.8)&lt;br /&gt;
* 読書人の園遊 (桜楓社 1978.10)&lt;br /&gt;
* 読書人の壺中 (冬樹社 1978.11/「完本」[[潮出版社]] 1990.12)　&lt;br /&gt;
* 紙つぶて 二箇目 谷沢永一/コラムと断簡 1975-81 (文藝春秋 1981.6)&lt;br /&gt;
* 古典の読み方 現代人のためのスタミナ読書([[祥伝社]]NON・BOOK 1981.9/PHP文庫 1992.5)、のち新版「人間通と世間通」[[クレスト社]]、文春文庫  &lt;br /&gt;
* 人間通でなければ生きられない 新しい現代の読み方・人間の読み方([[PHP研究所]] 1981.11/PHP文庫 1986.4)&lt;br /&gt;
* 紙上の嵐 - 谷沢永一文芸論集 ([[潮出版社]] 1981.12)&lt;br /&gt;
* 初心忘るべからず (潮出版社 1982.4)&lt;br /&gt;
* あぶくだま遊戯 - 谷沢永一/社会批評集106篇 (文藝春秋 1982.6)&lt;br /&gt;
*「正義の味方」の嘘八百 - 昭和史のバランスシート ([[講談社]] 1982.9/[[講談社文庫]] 1985)、新版「歴史通」[[ワック]] 2004&lt;br /&gt;
* [[五輪書]]の読み方 ([[ごま書房]]ゴマセレクト 1982.10/潮文庫 1986.1/[[幻冬舎文庫]] 2003.6)&lt;br /&gt;
* 閻魔さんの休日 - 谷沢永一/読書コラム166篇 (文藝春秋 1983.7)&lt;br /&gt;
* 机上の劇 谷沢永一文芸論集 (潮出版社 1983.8)&lt;br /&gt;
* 雉子も鳴かずば ([[集英社]] 1984.11/五月書房 2005.1)&lt;br /&gt;
*百言百話 - 明日への知恵 ([[中公新書]] 1985.2)&lt;br /&gt;
*円熟期 [[司馬遼太郎]]エッセンス (文藝春秋 1985.3/文春文庫 1996.8)、新版「司馬遼太郎の遺言」ビジネス社 2005&lt;br /&gt;
*論より証拠 - 谷沢永一の読書術(潮出版社 1985.3)&lt;br /&gt;
*なるほど世間はむずかしい(太陽企画出版 1985.8)&lt;br /&gt;
*話すことあり聞くことあり(潮出版社 1985.10)&lt;br /&gt;
*紙つぶて &amp;lt;全&amp;gt; (文春文庫 1986.3/PHP文庫 1999)&lt;br /&gt;
*[[青山毅]]/[[浦西和彦]]編　谷沢永一書誌学研叢 ([[日外アソシエーツ]] 1986.7)&lt;br /&gt;
*時代の手帖 (潮出版社 1987.3)&lt;br /&gt;
*乱世に生きる指導者の知恵 人間の器量を磨き、精神力をつける [[大和出版]] 1987.7&lt;br /&gt;
*皇室傳統(皇室伝統) (PHP研究所 1989.12)&lt;br /&gt;
*巻末御免 (PHP研究所 1989.12)&lt;br /&gt;
*日本を撃つ (講談社 1990.4)&lt;br /&gt;
*大国・日本の「正体」講談社 1991.2/講談社文庫 1994　  &lt;br /&gt;
*読書人の浅酌 (潮出版社 1991.12)&lt;br /&gt;
*回想 開高健 ([[新潮社]] 1992.2/PHP文庫 1999.1)&lt;br /&gt;
*日本を叱る (講談社 1992.4)&lt;br /&gt;
*読書人の放蕩 (潮出版社 1992.6)&lt;br /&gt;
*先見力の達人[[長谷川慶太郎]] ([[学研ホールディングス|学研]] 1992.10)&lt;br /&gt;
*[[山本七平]]の智恵 日本人を理解する75のエッセンス (PHP研究所 1992.12/のち文庫)、新版「山本七平の叡智」PHP研究所 2007&lt;br /&gt;
*日本を活かす (講談社 1993.10)&lt;br /&gt;
*[[松下幸之助]]の智恵 (PHP研究所 1993.11/のち文庫)&lt;br /&gt;
*読書人の蹣跚(まんさん) (潮出版社 1993.12)&lt;br /&gt;
*司馬遼太郎の贈りもの 全5巻 (PHP研究所 1994-2001、のち2巻目まで文庫)&lt;br /&gt;
*粋判官(すいはんがん) (文藝春秋 1994.3)&lt;br /&gt;
*平成政治家・斬り捨て御免 (PHP研究所 1994.7)&lt;br /&gt;
*読書人の悦楽 (PHP研究所 1994/「読書の悦楽」PHP文庫 1998.11)&lt;br /&gt;
*人生の叡智 人生の智恵 (PHP研究所 1994.10)、※既刊書から-二十六名の人物毎に項目を立てた再編著作。&lt;br /&gt;
*「嘘ばっかり」で七十年 (講談社 1994.11、改題「正体見たり社会主義」PHP文庫 1998）&lt;br /&gt;
*日本近代文学研叢 (全6巻 [[和泉書院]] 1994-96)&lt;br /&gt;
*面白きかな、人の世は。 (潮出版社 1994.12)&lt;br /&gt;
*達人の智恵 PHP研究所 1995.2  &lt;br /&gt;
*こんな日本に誰がした 戦後民主主義の代表者・[[大江健三郎]]への告発状 クレスト社 1995.6/ベストセラーズ・ワニ文庫 1999　 &lt;br /&gt;
*『五輪書』に学ぶ勝ち方の極意 ごま書房 1995.12  &lt;br /&gt;
*人間通 ([[新潮選書]] 1995.12/新潮文庫 2002.6)&lt;br /&gt;
*読書人の観潮 潮出版社 1996.6  &lt;br /&gt;
*歴史の読み方 人間の読み方－変革の時代を生き抜く男たちの決断 大和出版 1996.6  &lt;br /&gt;
*雑書放蕩記 (新潮社 1996.7)&lt;br /&gt;
*人間通の喧嘩教育論 PHP研究所 1996.8  &lt;br /&gt;
*司馬遼太郎 PHP研究所 1996.10  &lt;br /&gt;
*悪魔の思想「進歩的文化人」という名の国賊12人 ([[クレスト社]] 1996.2) &lt;br /&gt;
**「反日的日本人の思想」PHP文庫 1999/新版「自虐史観もうやめたい！」（[[ワック]] 2005）&lt;br /&gt;
*人間通になる読書術 PHP新書 1996.11  &lt;br /&gt;
*読書人の風紋 潮出版社 1996.12  &lt;br /&gt;
*私の見るところ PHP研究所 1997.2  &lt;br /&gt;
*人の世を見さだめる PHP研究所 1997.7  &lt;br /&gt;
*冠婚葬祭心得（[[新潮選書]] 1997.8/ 新潮文庫 2005.4） &lt;br /&gt;
*十五人の傑作 潮ライブラリー　1997.11  &lt;br /&gt;
*これだけは聞いてほしい話 PHP研究所 1997.11  &lt;br /&gt;
*人間通の勘どころ PHP研究所 1997.12  &lt;br /&gt;
*読書人の点燈 潮出版社 1997.12  &lt;br /&gt;
*人の器量を考える PHP研究所 1998.1  &lt;br /&gt;
*人たらし バンガード社(本音を語る 1)  1998.6 &lt;br /&gt;
*人さわがせ バンガード社(本音を語る 2)  1998.6 &lt;br /&gt;
*人間、「うつ」でも生きられる 講談社 1998.11 /「私の「そう・うつ60年」撃退法」同+α文庫　2003&lt;br /&gt;
*人間通になる読書術 実践編 PHP新書 1999.9&lt;br /&gt;
*世界の十大小説・プラス・ワン 集英社 1999.4  &lt;br /&gt;
*公平でない世の中を愉しく生きる智恵 PHP研究所 1999.6  &lt;br /&gt;
*人間通と世間通 “古典の英知&amp;quot;は今も輝く 文春文庫 2000.4&lt;br /&gt;
*世界の十大伝記・プラス・ワン 集英社 2000.7  &lt;br /&gt;
*谷沢永一幸福通 [[アラン]]「幸福論」の知恵 海竜社 2000.7  &lt;br /&gt;
*実践人間学 講談社 2000.9  &lt;br /&gt;
*人の世を確固として生きる PHP研究所 2000.3  &lt;br /&gt;
*向学心（新潮選書 2000.9/五月書房 2004.7）&lt;br /&gt;
*一生のうちにすべきこと、しなくていいこと 人間通の幸福論 PHP研究所 2000　、改題「生き方通」 同 2008&lt;br /&gt;
*人間力（にんげんりき）（潮出版社 2001.4）&lt;br /&gt;
*「[[新しい歴史教科書]]」の絶版を勧告する（[[ビジネス社]] 2001.6）&lt;br /&gt;
*妄想の人権幻想の平等 「新しい公民教科書」を考える ビジネス社 2001.9  &lt;br /&gt;
*「天皇制」という呼称（ことば）を使うべきでない理由 PHP研究所 2001.4  &lt;br /&gt;
*創業者百人百語 生きる知恵成功の秘訣 海竜社 2001.11  &lt;br /&gt;
*男冥利 PHP研究所 2001.1 、改題「こんな人生を送ってみたい」PHP文庫&lt;br /&gt;
*日本人を創った百語百読 PHP新書 2001.12  &lt;br /&gt;
*「人間学」の勘どころ 文藝と思想の発生と展開 徳間書店, 2001.2  &lt;br /&gt;
*統率術 潮出版社 2001.6  &lt;br /&gt;
*歴史が遺してくれた日本人の誇り 青春出版社 2002.6  &lt;br /&gt;
*遺言状の書き方 PHPエル新書 2002.5&lt;br /&gt;
*論争必勝法 PHP研究所 2002.5  &lt;br /&gt;
*日本人の論語 『[[童子問]]』を読む 上・下  PHP新書 2002.6 &lt;br /&gt;
*他人に好かれる人ほめられる人 勇気、志、信念を貫いた50人 海竜社 2002.10  &lt;br /&gt;
*えらい人はみな変わってはる  新潮社 2002.6  &lt;br /&gt;
*官僚、もういいかげんにせんかい  講談社 2002.6  &lt;br /&gt;
*書物耽溺 講談社 2002.8  &lt;br /&gt;
*宮本武蔵五輪書の読み方 幻冬舎 2002.11 、のち「ビジネスマンのための宮本武蔵五輪書」文庫 2003&lt;br /&gt;
*大人の国語 隠れた名文はこれだけある PHP研究所, 2003.5  &lt;br /&gt;
*文豪たちの大喧嘩　鴎外・逍遥・樗牛 新潮社 2003.5/ちくま文庫 2012.8&lt;br /&gt;
*勇気凛々こんな人生  講談社 2003.5  &lt;br /&gt;
*[[高橋亀吉]]エコノミストの気概 東洋経済新報社 2003.7  &lt;br /&gt;
*日本人が遺してきた知られざる名文・名句 青春出版社 2003.10  &lt;br /&gt;
*達人観 五月書房 2003.10  &lt;br /&gt;
*ローマの賢者[[セネカ]]の智恵 「人生の使い方」の教訓 講談社 2003.11  &lt;br /&gt;
*教養が試される341語 知らない日本語 幻冬舎 2003.5  のち文庫（副題を正題に）　&lt;br /&gt;
*日本近代書誌学細見 和泉書院 2003.11  &lt;br /&gt;
*人間学 五月書房 2004.4  &lt;br /&gt;
*[[聖徳太子]]はいなかった ([[新潮新書]] 2004.4)&lt;br /&gt;
*400字で読み解く明快人間史 海竜社 2004.7  &lt;br /&gt;
*嫉妬する人、される人 幻冬舎 2004.7  のち文庫　&lt;br /&gt;
*遊星群 - 時代を語る好書録 明治篇 (和泉書院 2004.12)&lt;br /&gt;
*遊星群 - 時代を語る好書録 大正篇 (和泉書院 2004.12)&lt;br /&gt;
*本はこうして選ぶ買う 東洋経済新報社 2004.1  &lt;br /&gt;
*本は私にすべてのことを教えてくれた PHP研究所 2004.2  &lt;br /&gt;
*人生を豊かにする日本語 幻冬舎 2004.11  &lt;br /&gt;
*人間の見分け方 エイチアンドアイ 2005.7　のちPHP文庫　  &lt;br /&gt;
*知ったかぶり日本史 PHP研究所 2005.2  &lt;br /&gt;
*本好き人好き話好き 五月書房 2005.3  &lt;br /&gt;
*なぜ、この人だけが成功するのか 百の名言百の智恵 講談社+α新書 2005.3&lt;br /&gt;
**危機を好機にかえた名経営者の言葉 PHP研究所 2009.5&lt;br /&gt;
*無私と我欲のはざまで－浮世を生き抜く（[[清流出版]] 2005.3）&lt;br /&gt;
*名言の智恵 生きる智恵 欧米の独創的な100人に見る(PHP研究所 2005.08)&lt;br /&gt;
*バカにならないための100の名言―“本物の教養”を身につける本 ([[青春出版社]] 2005.10)&lt;br /&gt;
**名言の力　このひと言が人生を変える　PHP研究所 2009.6&lt;br /&gt;
*紙つぶて 自作自注最終版 (文藝春秋 2005.12)&lt;br /&gt;
*日本人が日本人らしさを失ったら生き残れない ([[ワック]] 2006.02) &lt;br /&gt;
* 執筆論―私はこうして本を書いてきた ([[東洋経済新報社]] 2006.05)&lt;br /&gt;
* いつ、何を読むか (ロング新書 2006.09) &lt;br /&gt;
* 老年の智恵 人生の英知 (海竜社 2006.11) &lt;br /&gt;
* 知識ゼロからの[[徒然草]]入門 (幻冬舎 2006.12)&lt;br /&gt;
* いじめを粉砕する九の鉄則 (幻冬舎新書 2007.01) &lt;br /&gt;
* この国の不条理 (PHP研究所 2007.02)&lt;br /&gt;
* 読書通―知の巨人に出会う愉しみ ([[学研新書]] 2007.06)&lt;br /&gt;
* 知識ゼロからの[[論語]]入門 (幻冬舎 2007.06)&lt;br /&gt;
* 谷沢永一性愛文学 (ロング新書 2007.10) &lt;br /&gt;
* 疲れない生き方 (PHP研究所 2007.10)&lt;br /&gt;
* 嫉妬の正体 (ビジネス社 2007.10) &lt;br /&gt;
* 運を引き寄せる十の心得 (ベスト新書 2008.01)&lt;br /&gt;
* 名作の書き出しを諳んじる (幻冬舎 2008.02) &lt;br /&gt;
* 人間通になる秘中の名言　生き方の作法、考え方の流儀(PHP研究所 2008.03)&lt;br /&gt;
* モノの道理(講談社 2008.06) &lt;br /&gt;
*「[[孫子 (書物)|孫子]]」を読む―勝つために何をすべきか ([[幻冬舎]] 2008.08)&lt;br /&gt;
* ビジネスマンのための中国古典の名言100 自信がつく実践法 海竜社 2008.11  &lt;br /&gt;
* 日本史の裏事情に精通する本 PHP研究所 2009.2  &lt;br /&gt;
* 僕のうつ人生 海竜社 2009.2  &lt;br /&gt;
* 司馬遼太郎「坂の上の雲」を読む 幻冬舎 2009.4  &lt;br /&gt;
* 開高健の名言 ロングセラーズ 2009.5  &lt;br /&gt;
* 最強の「国語力」を身につける勉強法 「漢検」だけでは鍛えられない! PHP研究所 2009.7  &lt;br /&gt;
* 一冊でわかる『坂の上の雲』　司馬遼太郎が伝えたもの PHP研究所 2009.7&lt;br /&gt;
* 完本 巻末御免　昭和から平成へ－時代の風を斬る PHP研究所 2010.4&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 対談/鼎談 ==&lt;br /&gt;
*[[向井敏]]　読書巷談 縦横無尽 とっておきの50冊 ([[日本経済新聞社]] 1980.4/[[講談社文庫]] 1985.1)&lt;br /&gt;
*開高健・[[向井敏]]　書斎のポ・ト・フ ([[潮出版社]] 1981.9/潮文庫 1984.7/[[ちくま文庫]] 2012.7)&lt;br /&gt;
*読書清談 谷沢永一対談集 潮出版社 1984.6－[[百目鬼恭三郎]]、[[丸谷才一]]、[[紀田順一郎]]ほか　&lt;br /&gt;
*好きこそ物の上手なれ 谷沢永一対談集 新都心文化センター 1987.8 &lt;br /&gt;
*[[会田雄次]]　歴史に学ぶライバルの研究  PHP研究所 1988.12 のち文庫&lt;br /&gt;
*だから歴史は面白い 谷沢永一対談集 潮出版社 1992.10－渡部昇一、会田雄次、[[陳舜臣]]、[[津本陽]]ほか&lt;br /&gt;
*[[加地伸行]]・[[山野博史]]　三酔人書国悠遊 潮出版社 1993.5  &lt;br /&gt;
*長谷川慶太郎　繁栄の法則 さよなら清貧の思想  PHP研究所 1994.3  &lt;br /&gt;
*人生を励ます100冊 谷沢永一対談集 潮出版社 1994.6－渡部昇一、[[飯田経夫]]、山野博史ほか&lt;br /&gt;
*人間万事塞翁が馬 谷沢永一対談集 潮出版社 1995.9&lt;br /&gt;
*[[日下公人]]　けじめをつけろ、責任者!  PHP研究所 1996.5  &lt;br /&gt;
*会田雄次　こんな指導者はいらない!  PHP研究所 1997.1  &lt;br /&gt;
*歴史活眼 対談集　致知出版社 1997.9－会田雄次・渡部昇一・[[奈良本辰也]]ほか &lt;br /&gt;
*山野博史　知的生活の流儀 人生の深め方について  PHP研究所 1998.7 &lt;br /&gt;
*[[中川八洋]]　「名著」の解読学 興国の書 亡国の書  徳間書店 1998.12 &lt;br /&gt;
*渡部昇一・[[小室直樹]]　新世紀への英知  われわれは、何を考え何をなすべきか  祥伝社 2001.2 &lt;br /&gt;
*長谷川慶太郎　時勢への証言 1・2　 ビジネス社 2001.12－2002.3&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===  渡部との対談集・共著 ===&lt;br /&gt;
*[[渡部昇一]]　読書連弾 ([[大修館書店]] 1979.11)&lt;br /&gt;
*渡部昇一　読書有朋  ([[大修館書店]] 1981.2)&lt;br /&gt;
**渡部昇一　読書談義  ([[大修館書店]] 1990.4/徳間文庫 1998)、※読書連弾・読書有朋の合本版&lt;br /&gt;
*渡部昇一　現代流行本解体新書 ベストセラーの本当の読み方  PHP研究所 1989.11&lt;br /&gt;
*渡部昇一　人生を楽しむコツ PHP研究所 1996.3  のち文庫　&lt;br /&gt;
*渡部昇一　誰が国賊か 今、「エリートの罪」を裁くとき （クレスト社 1996.6/文春文庫 2000） &lt;br /&gt;
*渡部昇一　人生は論語に窮まる  PHP研究所 1997.3  のち文庫、※新版「いま、論語を学ぶ」 ワック 2012&lt;br /&gt;
*渡部昇一　こんな「歴史」に誰がした 日本史教科書を総点検する （クレスト社 1997.8/文春文庫 2000）&lt;br /&gt;
*渡部昇一　人生行路は人間学  PHP研究所 1997.10  &lt;br /&gt;
*渡部昇一　拝啓韓国、中国、ロシア、アメリカ合衆国殿 日本に「戦争責任」なし  光文社 1997.11  &lt;br /&gt;
*渡部昇一　「聖書」で人生修養  致知出版社 1998.1&lt;br /&gt;
*渡部昇一　人生に活かす孟子の論法  PHP研究所 1998.5   &lt;br /&gt;
*渡部昇一　歴史が教える人間通の急所  潮出版社〈潮ライブラリー〉 1998.11 &lt;br /&gt;
*渡部昇一　孫子・勝つために何をすべきか　PHP研究所 2000.4  のち文庫&lt;br /&gt;
*渡部昇一　封印の近現代史　ビジネス社 2001.8  &lt;br /&gt;
*渡部昇一　禁忌破りの近現代史　ビジネス社 2001.10&lt;br /&gt;
*渡部昇一　広辞苑の嘘　光文社 2001.10    &lt;br /&gt;
*渡部昇一　[[三国志]]・人間通になるための極意書に学ぶ  致知出版社 2002.2  &lt;br /&gt;
*渡部昇一　『[[名将言行録]]』乱世を生き抜く智恵  PHP研究所 2002.4  &lt;br /&gt;
*渡部昇一　現代用語の基礎理解 「日本人の遺伝子」を覚醒させる  ビジネス社 2002.6  &lt;br /&gt;
*渡部昇一　人生の難局を突破し、自分を高める生き方。 PHP研究所 2002.9  &lt;br /&gt;
*渡部昇一　詠う平家 殺す源氏 日本人があわせ持つ心の原点を探す  ビジネス社 2002.12  &lt;br /&gt;
*渡部昇一　いま大人に読ませたい本  致知出版社 2002.6  &lt;br /&gt;
*渡部昇一　「宗教とオカルト」の時代を生きる智恵  PHP研究所 2003.7  &lt;br /&gt;
*渡部昇一　「[[菜根譚]]」の裏を読む 現代版日本人のための人生の智恵　ビジネス社 2003.12  &lt;br /&gt;
*渡部昇一　人生後半に読むべき本　PHP研究所 2006、※改題「大人の読書」同 2009&lt;br /&gt;
*渡部昇一　人間は一生学ぶことができる　[[佐藤一斎]]「[[言志四録]]」にみる生き方の智恵　PHP研究所 2007.4&lt;br /&gt;
*渡部昇一　修養こそ人生をひらく 「[[四書五経]]」に学ぶ人間学　致知出版社 2008.1&lt;br /&gt;
*渡部昇一　日本人とは何か―「和の心」が見つかる名著　PHP研究所 2008.3、第1部のみ、第2部は名著を識者20名が紹介する&lt;br /&gt;
*渡部昇一　上に立つ者の心得―「[[貞観政要]]」に学ぶ　致知出版社 2008.6&lt;br /&gt;
*渡部昇一　[[老子]]の読み方―五千言に秘められた「きらめき」をどう拾い上げるか  PHP研究所 2009.1  &lt;br /&gt;
*渡部昇一　組織を生かす幹部の器量―「宋名臣言行録」に学ぶ 致知出版社 2009.7  &lt;br /&gt;
*渡部昇一　平成徒然談義   PHP研究所 2009.10&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 共著・編著 ==&lt;br /&gt;
*なにわ町人学者伝　潮出版社 1983.5&lt;br /&gt;
*鏡花論集成 渡辺一考共編 立風書房 1983.9  &lt;br /&gt;
*[[薄田泣菫]]　完本[[茶話]] 全3巻　浦西和彦共編 [[冨山房]]百科文庫 1983-1984　 &lt;br /&gt;
*ビジネスマンのための100冊の古典 （PHP研究所 1988.9）&lt;br /&gt;
*[[日本の名随筆]] 別巻6 書斎　作品社 1991.8  &lt;br /&gt;
*薄田泣菫　泣菫随筆　山野博史共編 冨山房百科文庫 1993.4  &lt;br /&gt;
*名言の智恵 人生の智恵－古今東西珠玉のことば  (PHP研究所 1994.1/PHP文庫 2004.11)&lt;br /&gt;
*古典の智恵 生き方の智恵－古今東西の珠玉のことば2 （PHP研究所 1998.1） &lt;br /&gt;
*写説『坂の上の雲』 太平洋戦争研究会共著 ビジネス社 2004.6&lt;br /&gt;
*日本の命運を決めた『坂の上の雲』の時代 太平洋戦争研究会共著 李白社 2009～10－立志・風雲編と日露激突・雲外編の2冊&lt;br /&gt;
*開高健「われらの獲物は、一滴の光り」　山野博史共編（ロングセラーズ 2009.10）&amp;lt;ref&amp;gt;開高健エッセイ集成は、浦西和彦共編で「オールウェイズ」（上下、角川書店 1990）と、回想あとがきを担当した「一言半句の戦場」（集英社 2008）がある。&amp;lt;/ref&amp;gt;　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 翻訳 ==&lt;br /&gt;
*[[プルタルコス|プルタ－ク]]『新・プルタ－ク英雄伝』 ([[祥伝社]]NON BOOK 1989）、※編訳&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連書籍==&lt;br /&gt;
*浦西和彦・増田周子編『朝のように花のように　谷澤永一追悼集』論創社、2013　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.tanizawa-eiichi.com/ 谷沢永一　公式サイト]&lt;br /&gt;
* [http://web.lib.kansai-u.ac.jp/library/library/collection/tanizawa_int.html 特別蔵書 - コレクション - 谷澤永一コレクション｜関西大学図書館]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:たにさわ えいいち}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の文芸評論家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の書誌学者]]&lt;br /&gt;
[[Category:関西大学の教員]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本共産党の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の反共主義者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の保守思想家]]&lt;br /&gt;
[[Category:関西大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:大阪市出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1929年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:2011年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>219.189.86.223</name></author>
	</entry>
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		<title>カルロ・ジェズアルド</title>
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		<updated>2014-03-23T05:11:18Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;219.189.86.223: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:Carlo Gesualdo 02.jpg|thumb|カルロ・ジェズアルド]]&lt;br /&gt;
{{Portal クラシック音楽}}&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;カルロ・ジェズアルド&#039;&#039;&#039;（&#039;&#039;Carlo Gesualdo&#039;&#039; 、[[1566年]]? [[3月8日]]? - [[1613年]][[9月8日]]）は、イタリアの貴族・後期[[ルネサンス]]の[[作曲家]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ヴェノーザ]]（&#039;&#039;Venosa&#039;&#039; ）公国君主・コンツァ（&#039;&#039;Conza&#039;&#039; ）伯爵。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
激しい情感表現に富む[[マドリガーレ]]や[[宗教音楽]]で有名。その[[半音階]]的な音楽語法は、その後19世紀末まで現れないものだった。不貞の妻とその愛人を殺害したことで悪名を馳せた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 伝記 ==&lt;br /&gt;
イタリア貴族ならびに聖職者の一族に生まれる。[[ミラノ]]大司教で聖人[[カルロ・ボッロメーオ]]（[[イエズス会]]会士）は叔父。母ジローラマGirolamaは[[ローマ教皇]][[ピウス4世 (ローマ教皇)|ピウス4世]]の姪で、カルロ・ボロメオもピウス4世の甥だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジェズアルドの幼少期についてはほとんど分かっていない。おそらく彼はヴェノーザに生まれた。生年については、1560年、1561年、1566年の3つの説があったが、近年に発見された母ジローラマの手紙から、1566年説が有力との見方が強まっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジェズアルドは[[ポンポニオ・ネンナ]]と音楽的につながりがあったが、師弟関係にあったのか、それとも仲間同士の付き合いだったのかは定かでない。いずれにせよ早いうちからひたむきに音楽に打ち込んでおり、それ以外にはほとんど関心を示さなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 殺人事件 ===&lt;br /&gt;
1586年にジェズアルドは、いとこでペスカーラ侯爵令嬢のマリア・ダヴァロスと結婚するが、2年後にマリアは、アンドリア公ファブリツィオ・カラーファと情事を重ねた。最初の2年間は、ジェズアルドの目をかすめて不倫を続けることができたようだが、しかしその関係は余人の良く知るところであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ついに1590年10月16日、ジェズアルドは狩の遠出に出かけると伝え、マリアとカラーファ公の二人が警戒心を緩めていたところに、手下を連れて[[ナポリ]]の宮殿に乗り込み、妻とその愛人の濡れ場をおさえ、寝台の上で二人を惨殺した。貴族であるジェズアルドは処罰を受けることはなかったが、報復を避けるために領地[[ジェズアルド]]の居城に逃げ込み、ダヴァロス家からもカラーファ公の親族からも身の安全を図ろうとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この殺人事件はひろく宣伝され、たとえば[[トルクヮート・タッソー|タッソー]]のほか、大騒動に乗じようとするナポリ中の詩人たちによって取り上げられた。殺害の不道徳なる詳細は印刷物として広まったが、ヴェノーザ公子であるジェズアルドを捕縛しようとする動きは起きなかった。現場に関する治安報告書&amp;lt;ref name=&amp;quot;Gray Heseltine&amp;quot;&amp;gt;Cecil Gray, Philip Heseltine (1926) &#039;&#039;Carlo Gesualdo Prince of Venosa&#039;&#039;, Kegan Paul, Trench, Trubner &amp;amp; Co., Ltd., London&amp;lt;/ref&amp;gt;は、事件から400年以上経った今でも衝撃的である。&lt;br /&gt;
不貞の妻に対する報復殺人は、中世以降のイタリアの貴族階層では珍しい習慣ではなかったが、ジェズアルドが現場に乗り込んだ際に手下を連れており、浮気相手との一騎打ちではなかったことから、ジェズアルドの所業は[[騎士道]]にもとるとされ、世論の同情はジェズアルドにではなく、被害者の二人に向かったといわれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
妻殺しに続いてジェズアルドがどのような所業を行なったかについては、様々に言い伝えられている。当時のある史料によれば、わが子の瞳を見て疑心暗鬼に駆られ、ジェズアルドも嬰児殺しに加担した（「息の根が止まるまで、赤子を揺り籠ごと振り回した」）という。また別の史料は、復讐に現れた義父さえも殺したとしている。実際、ジェズアルドは復讐からわが身を守るために武装した兵士を雇っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== フェラーラ時代 ===&lt;br /&gt;
1594年にジェズアルドは、当時のイタリアで最も急進的な音楽活動――とりわけマドリガーレの創作――が盛んだった都市[[フェラーラ]]に赴く。同地は、当時の最も進歩的なマドリガーレ作曲家である[[ルッツァスコ・ルッツァスキ]]の拠点でもあった。ジェズアルドは、大公[[アルフォンソ2世・デステ]]の姪レオノーラ・デステとの再婚のために、この地を訪れたのである。レオノーラはジェズアルドと結婚して、1597年に彼の領地に同行した。その間ジェズアルドは、フェラーラ宮廷の前衛的な空気のもと、イタリア屈指の音楽家に取り巻かれて、2年以上にわたって創作活動に明け暮れた。最初のマドリガーレ集を出版したのも、フェラーラ滞在中のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ジェズアルドに戻って、そして晩年 ===&lt;br /&gt;
1595年にフェラーラからジェズアルド城に戻った後、ジェズアルドはフェラーラに存在したのと同じような環境作りにとりかかり、一連の常勤音楽家や、自作を歌ってくれる名歌手を取り揃えた。自分の屋敷が音楽活動の中心地になったものの、ジェズアルドにはそれは孤独でしかなかった。かなりの財源があったればこそ、自分の道楽のために歌手や演奏家を雇い入れることもできたのだが、ジェズアルドは生まれついての孤独の人であり、彼の邸が[[エステ家]]のフェラーラ宮廷のようには一大文化の中心地となるには至らなかったのである。1599年頃から没年の1613年まで、ジェズアルドはめったに居城を離れず、音楽のみに情熱を傾け続けた。最も有名な作品は、1603年と1611年にナポリで出版され、そのうち、おそろしく半音階的なことと演奏困難なことで名うての作品のほとんどが、みな孤独の時期に作曲されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジェズアルドと新妻との関係も良好ではなかった。妻レオノーラはジェズアルドの虐待を告発し、エステ家は彼女を離婚させようと努力した。彼女はジェズアルドの孤独の城から、だんだんと離れて暮らすようになり、実家の兄弟と[[モデナ]]に滞在すると、ジェズアルドはしばしば怒りの手紙を同地に送りつけている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1600年に、再婚によってもうけた息子が早世した。その後にジェズアルドは、地元の[[カプチン会]]教会のための大作絵画の制作を委嘱した。その中でジェズアルドは、天使たちの集える下で、叔父カルロ・ボロメオ、妻レオノーラ、死んだ子とともに描かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後半生においてジェズアルドは[[うつ病]]にさいなまれた。それが殺人に対する罪の意識にかかわっていたのかどうかを証明することは困難であるが、それをほのめかす証拠はある。カンパネッラが1635年に[[リヨン]]で記したところによると、かつてジェズアルドは日々使用人に鞭打たれており、彼を鞭打たせるための特別の使用人を雇っていたという&amp;lt;ref name=&amp;quot;Gray Heseltine&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
彼は叔父の遺骨を入手するべく、ボロメオ枢機卿と執拗で無益な書簡を交わした。&lt;br /&gt;
後年の詩篇第51番による《ミゼレーレ》は、嘆願するかのように単旋律聖歌と低音声部による半音階的ポリフォニーの交代を執拗に繰り返す異色の作品となっている。&lt;br /&gt;
ジェズアルドは、最初の結婚で得た長男エマヌエレの死から3週間後に、ジェズアルド城で亡くなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 音楽と作曲様式 ==&lt;br /&gt;
ジェズアルドが余生において罪悪感に苦しめられたという証拠は無視できないし、自作においては罪の苦しみを表現したのかもしれない。ジェズアルド作品で一番明らかな特徴は、極端な感情を示す語への、風変わりな曲付けである。「愛」「苦痛」「死」「恍惚・喜悦」「苦悶」などといった言葉がジェズアルドのマドリガーレに頻繁に登場しており、歌詞のほとんどが恐らくジェズアルド自身によって作詞されたのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジェズアルドは殺人犯として有名になった半面、ルネサンス音楽の最も実験的かつ最も[[表現主義]]的な作曲家の中でも、間違いなくとりわけ大胆な[[半音階]]技法の作曲家として今なお名高い。ジェズアルドが用いたような半音階進行は、19世紀の後期[[ロマン派音楽]]になるまで再び現れることがなく、[[調性音楽]]という文脈においては直截に並び立つ存在がなかったのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジェズアルドの出版された作品は、宗教曲、世俗曲、器楽曲の3つのカテゴリーに分けることができる。中でも最も有名なのは、6つのマドリガーレ集（1594年から1611年まで）と、《聖務週間日課のためのレスポンソリウム集》（1611年出版）である。出版作品のほかに、ジェズアルドは大量の手稿譜も遺した。未出版作品の中にも、半音階技法による最も表情豊かな表現力を見ることができるだけでなく、[[モノディ]]のような前衛的な作曲形態による楽曲も含まれている。そのいくつかはフェラーラ滞在中に、特に同地の卓越した音楽家のために作曲された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
《マドリガーレ第1集》は、様式において同時代の他のマドリガーレ作曲家にきわめて近い。後年のマドリガーレ集では、[[転調]]や[[対斜]]、リズムの激しい対比の試行が増加しており、《第5巻》と《第6巻》はその最も有名で著しい例となっている（《かなしや吾は死す &#039;&#039;&amp;quot;Moro, lasso, al mio duolo&amp;quot;&#039;&#039; 》と《美しい人よ、貴女がいないと &#039;&#039;&amp;quot;Beltà, poi che t&#039;assenti&amp;quot;&#039;&#039; 》は、ともに 1611年に出版された《第6巻》に所収）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジェズアルド様式の特徴は、部分的な構成にある。つまりは強烈な、ところどころ衝撃的な半音階進行から成る、わりあい緩やかなパッセージと、急速なテンポによる[[全音階]]的なパッセージとの交替である。歌詞は、一つ一つの語句に最大限の注意が払われ、音楽によく馴染んでいる。半音階的なパッセージには、単独のフレーズの中に半音階の12の音すべてを含む例もあるのだが、尤もそれらは別々の声部にばら撒かれている。ジェズアルドは半音階的な3度進行をとりわけ好み、一例を挙げると、《かなしや吾は死す》の開始において、[[イ長調]]と[[ヘ長調]]の主和音同士を、また[[嬰ハ長調]]と[[イ短調]]の主和音同士を連結している&amp;lt;ref&amp;gt;http://wso.williams.edu/cpdl/sheet/gesu-mor.pdf&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最も有名な宗教曲は、《聖務週間日課のためのレスポンソリウム集》であろう。様式的には、マドリガーレ・スピリトゥアーレ（聖句に基づくマドリガーレ）として作曲されている。とりわけ[[イエス・キリスト|イエス]]の苦悩や、[[パウロ|聖パウロ]]がイエスを裏切った罪悪感についてのくだりにおいて、後年のマドリガーレ集に見られるような、鋭い[[不協和音]]や衝撃的な半音階の並置が使われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 影響と評価 ==&lt;br /&gt;
ジェズアルドは、[[シジズモンド・ディンディア]]やアントーニオ・チフラといった作曲家が、その様式を模倣して一握りのマドリガーレを作曲したにもかかわらず、当時はほとんど影響力がなかった。作曲家として再発見されたのは、やっと20世紀になってからである。付け加えると、20世紀の作曲家は、ジェズアルドの作品に対して敬意を払ってきた。[[イーゴリ・ストラヴィンスキー]]は、《ジェズアルドのための記念碑 &#039;&#039;Monumentum pro Gesualdo&#039;&#039; 》（1960年）の一部に、ジェズアルドのマドリガーレ《美しい人よ、貴女なくては》を編曲して利用した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
16世紀末から17世紀始めにかけて、実験的な音楽の作曲家はほかにもいたが、ジェズアルドの創作は特異で孤立しており、後継者も模倣者もなかった。ジェズアルドは、音楽史上の魅力的な袋小路のひとつともいえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近年はその[[調性崩壊]]の観点から[[音楽学者]]による作品の研究が広まり、ヨーロッパではこぞって[[現代音楽]]の[[合唱曲]]と共に頻繁に演奏会の曲目に上るようになってきて[[FM放送]]でも盛んに電波に乗るようになってきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジェズアルドの生涯は、[[アナトール・フランス]]など、数多くの作り手を刺激した。彼の殺人事件を物語化する試みは、17世紀後半にはすでに行われており、[[ジャチント・チコニーニ]]が戯曲《名誉のための裏切り &#039;&#039;Il tradimento per l&#039;onore&#039;&#039; 》を発表している。1995年には、作曲家[[アルフレット・シュニトケ]]によって、[[オペラ]]《ジェズアルド &#039;&#039;Gesualdo&#039;&#039; 》が作曲された。次いで、[[サルヴァトーレ・シャリーノ]]が《私を裏切った光 &#039;&#039;Lucie mie traditrici&#039;&#039; 》、[[ルカ・フランチェスコーニ]]が《殺人者とみなされたジェズアルド &#039;&#039;Gesualdo Considered as a Murderer&#039;&#039; 》としてそれぞれオペラ化している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
=== その他の殺人者作曲家 ===&lt;br /&gt;
* [[バルトロメオ・トロンボンチーノ]]&lt;br /&gt;
* [[アルフォンソ・フェッラボスコ1世]]&lt;br /&gt;
* [[トマス・キャンピオン]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* {{IMSLP|id=Gesualdo, Carlo}} &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:しえすあると かるろ}}&lt;br /&gt;
[[Category:ルネサンスの作曲家]]&lt;br /&gt;
[[Category:イタリアの作曲家]]&lt;br /&gt;
[[Category:教会音楽家]]&lt;br /&gt;
[[Category:16世紀の音楽家]]&lt;br /&gt;
[[Category:17世紀の音楽家]]&lt;br /&gt;
[[Category:1566年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:1613年没]]&lt;br /&gt;
{{Link FA|fr}}&lt;/div&gt;</summary>
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