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	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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	<updated>2026-10-15T19:40:55Z</updated>
	<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E9%98%BF%E5%BC%A5%E9%99%80%E5%A6%82%E6%9D%A5&amp;diff=7972</id>
		<title>阿弥陀如来</title>
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		<updated>2013-12-08T14:57:33Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;219.106.1.179: /* 関連項目 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{redirectlist|あみだ|阿弥陀如来の後光の形状に由来するくじの一種|あみだくじ|大阪市内の道路|あみだ池筋}}&lt;br /&gt;
[[ファイル:小野浄土寺三尊.jpg|thumbnail|200px|阿弥陀三尊（浄土寺）]]&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;阿弥陀如来&#039;&#039;&#039;（あみだにょらい）とは、[[大乗仏教]]の[[如来]]の一つである。[[サンスクリット|梵名]]は「&#039;&#039;&#039;アミターバ&#039;&#039;&#039;」（&amp;amp;#x905;&amp;amp;#x92E;&amp;amp;#x93F;&amp;amp;#x924;&amp;amp;#x93E;&amp;amp;#x92D; Amitābha）、あるいは「&#039;&#039;&#039;アミターユス&#039;&#039;&#039;」 （&amp;amp;#x905;&amp;amp;#x92E;&amp;amp;#x93F;&amp;amp;#x924;&amp;amp;#x93E;&amp;amp;#x92F;&amp;amp;#x941;&amp;amp;#x938;&amp;amp;#x94D; Amitāyus）といい、それを「阿弥陀」と音写する。「&#039;&#039;&#039;阿弥陀仏&#039;&#039;&#039;」ともいい、また略して「&#039;&#039;&#039;弥陀仏&#039;&#039;&#039;」ともいう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
梵名の「アミターバ」は「[[無限]]の光をもつもの」、「アミターユス」は「無限の寿命をもつもの」の意味で、これを漢訳して・&#039;&#039;&#039;無量光仏&#039;&#039;&#039;、&#039;&#039;&#039;無量寿仏&#039;&#039;&#039;ともいう。[[無明]]の[[現世]]をあまねく照らす光の仏にして、空間と時間の制約を受けない仏であることをしめす。西方にある[[極楽|極楽浄土]]という仏国土（[[浄土]]）を持つ（東方は[[薬師如来]]）。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--{{要出典範囲|無量光仏としての性格は[[アフラ・マズダー]]もしくは[[ミスラ|ミトラ]]、無量寿仏としての性格は[[ズルワーン]]との関係が指摘されている。|date=2011年7月}}--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[三昧耶形]]は蓮の花（[[両界曼荼羅|金剛界曼荼羅]]では開花した[[ハス|蓮華]]、胎蔵曼荼羅では開きかけた蓮華）。[[種子 (密教)|種子]]（種字）はキリーク（hriiH）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 像形 ==&lt;br /&gt;
造形化された時は、装身具を着けない質素な服装の如来形で、定印・説法印・施無畏印・与願印を組み合わせた九品来迎印（詳しくは[[印相]]を参照のこと）を結ぶ姿で表されることが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[阿弥陀三尊]]として祀られるときは、[[脇侍]]に[[観音菩薩]](特に[[聖観音]])・[[勢至菩薩]]を配する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[密教]]においては、五仏（[[五智如来]]）の一如来として尊崇される。像容は一般的には上記の顕教のものと同じだが、一部には装身具を身につけたものもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
密教式の阿弥陀如来のうち、紅玻璃色阿弥陀如来と呼ばれるものは髷を高く結い上げて宝冠を戴き体色が赤いのが特徴である。主に[[真言宗]]で伝承される。&lt;br /&gt;
また宝冠阿弥陀如来というものもあり、こちらは[[天台宗]]の常行三昧の本尊として祀られる。紅玻璃色阿弥陀如来と同じく宝冠などの装身具を身につけ、金剛法菩薩、金剛利菩薩、金剛因菩薩、金剛語菩薩の四菩薩を眷属とする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 典拠と信仰 ==&lt;br /&gt;
=== 浄土三部経 ===&lt;br /&gt;
「[[浄土三部経]]」の内、『[[無量寿経]]』と『[[阿弥陀経]]』の成立時期については、[[無量寿経#経典成立時期と編纂者|無量寿経の成立時期と編纂者]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『[[観無量寿経]]』については、サンスクリット原典が2011年現在発見されていない。中央アジアで作成されたと考えられる。&lt;br /&gt;
; 『[[無量寿経#仏説無量寿経|佛説無量寿経]]』&lt;br /&gt;
: 一切の衆生救済のために王位を捨てて、[[世自在王仏]]のもとで法蔵菩薩と名乗り修行し、[[衆生]]救済のための五[[劫]]思惟&amp;lt;ref&amp;gt;五劫思惟（ごこうしい）…「五劫」とは、無限に近い、非常に長い期間のこと。思惟とは、「作是思惟」とは、心を集中し、物事の道筋を立てて深く願が進むこと。&amp;lt;/ref&amp;gt;し、浄土への[[往生]]の手立てを見出し、衆生救済のための「[[四十八願]]」を発願したのち、改めて誓いを立て修行し、それが成就し仏となった[[報身]]仏と説かれる。また、現在も仏国土である「極楽」で説法をしていると説かれている。&lt;br /&gt;
: 特に[[浄土教]]諸宗においては、「四十八願」のうち「[[四十八願#第十八願|第十八願]]」を重要視する。&lt;br /&gt;
; 『[[阿弥陀経#仏説阿弥陀経|佛説阿弥陀経]]』&lt;br /&gt;
: 「極楽」のありさまと、阿弥陀仏の徳が説かれる。東方・西方・南方・北方・下方・上方世界のガンジス河の砂の数ほどの諸仏から賞賛されていると説かれる。そして「極楽」に生まれる方法&amp;lt;ref&amp;gt;生まれる方法…浄土教諸宗各々で、「浄土三部経」の解釈が異なるため、このことに関しての詳細は省略する。それぞれの宗旨・宗派のページを参照。&amp;lt;/ref&amp;gt;が説かれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 浄土真宗 ===&lt;br /&gt;
[[浄土真宗]]においては、阿弥陀如来一仏を本尊とする。中心教義も阿弥陀如来の本願力&amp;lt;ref&amp;gt;阿弥陀如来の本願力…阿弥陀如来のはたらき。&amp;lt;/ref&amp;gt;にのみ帰依することとする（詳細は、[[他力本願]]を参照）。真宗においては、『観無量寿経』の「住立空中尊」という表現から、立像であるべきとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[末法]]濁世の衆生は、[[煩悩]]具足の[[凡夫]]であり、自らの力（自力&amp;lt;ref name=&amp;quot;jiriki&amp;quot;&amp;gt;「自力」とは、「自己に備わった能力」をいう。「仏・菩薩などのはたらきを意味」する「他力」に対する。（『岩波仏教辞典』[[岩波書店]]、2002年、560頁より引用。）&amp;lt;/ref&amp;gt;）では、いかなる善も完遂しえないとする。そのため「他力&amp;lt;ref&amp;gt;ここでの「他力」は、阿弥陀仏の本願力（はたらき）のこと。&amp;lt;/ref&amp;gt;」によってのみ救済されるとする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[釈迦|釈尊]]が「浄土三部経」によって説かれたことに由来し、[[善導]]は『[[観無量寿経疏]]』にて、[[法然]]は『[[選択本願念仏集]]』（『選択集』）にて注釈し、それらを受けた[[親鸞]]が『[[顕浄土真実教行証文類]]』（『教行信証』）において引用・注釈する。この事は『[[歎異抄]]』の第二章に、端的に述べられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== チベット仏教 ===&lt;br /&gt;
[[チベット仏教]]では、無量寿仏と無量光仏は区別されている。また、ゲルク派第二位の[[パンチェン・ラマ]]は無量光仏の化身とされる。チベット死者の書によれば、（[[大日如来]]、[[阿しゅく如来|阿閦如来]]、[[宝生如来]]に続いて）死後の4日目に魂の救済に現れるとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他の経典における阿弥陀如来 ===&lt;br /&gt;
浄土三部経以外にも阿弥陀如来は多くの大乗経典に登場する。&lt;br /&gt;
法華経の薬王菩薩本事品にも阿弥陀如来は登場し、サンスクリット語原文においては法華経の観世音菩薩普門品にも阿弥陀如来について言及されている。&lt;br /&gt;
仏説出生菩提心経においても阿弥陀如来の願力が言及されている。&lt;br /&gt;
大乗離文字普光明蔵経&amp;lt;ref&amp;gt;http://d.hatena.ne.jp/elkoravolo/20110601/1306925397&amp;lt;/ref&amp;gt;においても、大乗離文字普光明蔵経の持経者が阿弥陀如来の来迎を得ることが説かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==成立年代==&lt;br /&gt;
阿弥陀仏信仰の成立年代とその地域については、仏像にせよ、文献にせよ、特定の手がかりとなるものが少ない。しかし、浄土系経典に用いられる仏教用語は部派仏教のそれを下敷きとしており、少なくとも部派仏教確立より以後の成立と考えられる。また浄土系経典の漢訳者の出身地は西域および北インドが多いことから、これらの地域で阿弥陀仏信仰が盛んであったことがうかがえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[アレクサンドロス3世|アレクサンドロス大王]]の東方遠征以降、ギリシア系の[[インド・グリーク朝]]やイラン系の[[クシャーナ朝]]などの支配のもと、北インドと西方世界の交流があったことを背景に、[[ゾロアスター教]]や[[ミトラ教]]、あるいは[[キリスト教]]などが阿弥陀仏信仰の成立に影響したとの説も一部で見られるが、いまだ客観的根拠に乏しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
碑文に記された阿弥陀仏の最古の例は、北インドのマトゥラー近郊出土の足だけを残す仏の台座（マトゥラー博物館所蔵）である。記銘によると、クシャーナ朝の[[フヴィシカ]]王の28年(西暦2世紀後半)に、隊商により奉献されたものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
阿弥陀仏に言及した経典の現存する最古の例は、後漢末期の西暦179年に西域僧の[[支婁迦讖]]によって漢訳された『[[仏説般舟三昧経]]』である。また西暦148年にはすでに[[安世高]]が『[[無量寿経]]』を漢訳したと伝えられるが、欠本となっており現存しない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西暦2世紀末になってこれらの彫刻や文献が出現することから、阿弥陀仏の信仰と教義はクシャーナ朝前期の西暦1世紀から2世紀の間に発達したと推測される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本語への影響 ==&lt;br /&gt;
[[鎌倉時代]]以降、日本では浄土教の隆盛を受けて、阿弥陀如来に関連した単語や言い回しが登場するようになる。&lt;br /&gt;
; [[十八番]]（おはこ）&lt;br /&gt;
: 前述のとおり、浄土教において四十八願のうち第十八願を&#039;&#039;&#039;本願&#039;&#039;&#039;として重要視することから、もっとも得意なことを指す。（市川家の家の芸歌舞伎十八番の台本を箱入りで保存したことからともいう。）&lt;br /&gt;
; [[あみだくじ]] &lt;br /&gt;
: あみだくじの形は元々線を中心から周りに放射状に引いたものであり、それが阿弥陀如来像の光背に似ていたことから&amp;lt;ref&amp;gt;宇津野善晃 『よくわかる仏像の見方』 [[ジェイティービー|JTB]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
; あみだ被り&lt;br /&gt;
: 帽子やヘルメットを後頭部にひっかけるように浅く被ること。上記と同じく見た目が光背に似ていることから。&lt;br /&gt;
; 他力本願&lt;br /&gt;
: 前述のとおり努力しないことや無責任であることを表現するのに使われるが、本来の意味を誤解・誤用した語である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 真言・陀羅尼 ==&lt;br /&gt;
* 小咒は、オン・アミリタ・テイセイ（[[新義真言宗]]等一部宗派では『テイゼイ』と読む）・カラ・ウン。&lt;br /&gt;
* 大咒（無量寿如来根本陀羅尼）は、ノウボウ・アラタンノウトラヤーヤ・ノウマク・アリヤーミターバーヤ・タタギャタヤアラカテイ・サンミャクサンボダヤー・タニャタ・オン・アミリテイ・アミリトウドバンベイ・アミリタサンバンベイ・アミリタギャラベイ・アミリタシッテイ・アミリタテイセイ・アミリタビキランデイ・アミリタビキランダギャミネイ・アミリタギャギャノウキチキャレイ・アミリタドンドビソワレイ・サラバアラタサダニエイ・サラバキャラマキレイシャキシャヨウキャレイ・ソワカ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 垂迹神 ==&lt;br /&gt;
* [[熊野権現]]&lt;br /&gt;
* [[八幡神]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本における主な作例 ==&lt;br /&gt;
; 国宝&lt;br /&gt;
* [[中尊寺]] 「木造阿弥陀如来坐像」&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|00010640|金色堂堂内諸像及天蓋}}&amp;lt;/ref&amp;gt; - [[金色堂]]堂内緒像のうち「木造阿弥陀如来及両脇侍像」3躯。&lt;br /&gt;
* [[高徳院]] 「銅造阿弥陀如来坐像」&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|270|銅造阿弥陀如来坐像}}&amp;lt;/ref&amp;gt; - 通称「鎌倉大仏」。&lt;br /&gt;
* [[平等院]] 「木造阿弥陀如来坐像」（鳳凰堂安置）&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|00011036|木造阿弥陀如来坐像〈定朝作／（鳳凰堂安置）〉}}&amp;lt;/ref&amp;gt; - [[定朝]]作&lt;br /&gt;
* [[広隆寺]] 「木造阿弥陀如来坐像」（講堂安置）&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|188|木造阿弥陀如来坐像（講堂安置）}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[仁和寺]] 「木造阿弥陀如来像」&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|249|木造阿弥陀如来及両脇侍像（金堂安置）}}&amp;lt;/ref&amp;gt;（金堂安置）&lt;br /&gt;
* [[法界寺]] 「木造阿弥陀如来坐像」（阿弥陀堂安置）&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|187|木造阿弥陀如来坐像（阿弥陀堂安置）}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[三千院]] 「木造阿弥陀如来坐像」（往生極楽院阿弥陀堂安置）&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|3545|木造阿弥陀如来及両脇侍坐像（往生極楽院阿弥陀堂安置）}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[清凉寺]] 「木造阿弥陀如来坐像」（棲霞寺旧本尊）&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|281|木造阿弥陀如来及両脇侍坐像（棲霞寺旧本尊）}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[浄瑠璃寺]] 「木造阿弥陀如来坐像」（本堂安置）&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|213|木造阿弥陀如来坐像（本堂安置）}}&amp;lt;/ref&amp;gt; - 「九体阿弥陀如来像」&lt;br /&gt;
* [[法隆寺]] 「銅造阿弥陀如来及両脇侍像」（伝橘夫人念持仏）&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|235|銅造阿弥陀如来及両脇侍像（伝橘夫人念持仏）}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[浄土寺 (小野市)|浄土寺]] 「木造阿弥陀如来立像」（浄土堂安置）&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|274|木造阿弥陀如来及両脇侍立像（浄土堂安置）}}&amp;lt;/ref&amp;gt; - [[快慶]]作&lt;br /&gt;
* 「絹本著色山越阿弥陀図」（[[禅林寺 (京都市)|永観堂禅林寺]]所蔵）&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|142|絹本著色山越阿弥陀図}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 「絹本著色山越阿弥陀図」（[[京都国立博物館]]所蔵）&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|10380|絹本著色山越阿弥陀図}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 「絹本著色阿弥陀二十五菩薩来迎図」（[[知恩院]]所蔵）&amp;lt;ref&amp;gt;{{国指定文化財等データベース|201|119|絹本著色阿弥陀二十五菩薩来迎図〈／（早来迎）〉}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;gallery&amp;gt;&lt;br /&gt;
ファイル:Interior of Konjikido, Chusonji (62).jpg|木造阿弥陀如来坐像&amp;lt;br /&amp;gt;（[[中尊寺]]・[[金色堂]]中壇）&lt;br /&gt;
ファイル:Kamakura Budda Daibutsu front 1885.jpg|銅造阿弥陀如来坐像&amp;lt;br /&amp;gt;（[[高徳院]]・鎌倉大仏）&lt;br /&gt;
ファイル:Byodoin Amitaabha Buddha.JPG|木造阿弥陀如来坐像&amp;lt;br /&amp;gt;（平等院・鳳凰堂）&lt;br /&gt;
ファイル:Koryuji Monastery Amida of the Kodo (272).jpg|木造阿弥陀如来坐像&amp;lt;br /&amp;gt;（広隆寺・講堂）&lt;br /&gt;
ファイル:Amida Hokaiji.jpg|木造阿弥陀如来坐像&amp;lt;br /&amp;gt;（法界寺・阿弥陀堂）&lt;br /&gt;
ファイル:Amidaba OHARA SANZENIN.JPG|木造阿弥陀如来坐像&amp;lt;br /&amp;gt;（三千院・往生極楽院）&lt;br /&gt;
ファイル:Amida Triad LadyTatibana Horyuji.JPG|銅造阿弥陀如来及両脇侍像&amp;lt;br /&amp;gt;（伝橘夫人念持仏）&amp;lt;br /&amp;gt;（法隆寺）&lt;br /&gt;
ファイル:小野浄土寺三尊.jpg|木造阿弥陀如来立像（浄土寺）&lt;br /&gt;
ファイル:Descent of Amitabha over the Mountain.jpg|絹本著色山越阿弥陀図&amp;lt;br /&amp;gt;（[[禅林寺 (京都市)|永観堂禅林寺]]所蔵）&lt;br /&gt;
ファイル:Amida coming over the Mountain.jpg|絹本著色山越阿弥陀図&amp;lt;br /&amp;gt;（京都国立博物館）&lt;br /&gt;
ファイル:Rapid descent.jpg|絹本著色阿弥陀二十五菩薩来迎図&amp;lt;br /&amp;gt;（京都国立博物館）&lt;br /&gt;
&amp;lt;/gallery&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|author=[[中村元 (哲学者)|中村元]]・[[福永光司]]・[[田村芳朗]]・今野 達・[[末木文美士]] 編 |year=1995|title=岩波仏教辞典 第二版|publisher=岩波書店|id=ISBN 4-00-080205-4}}&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|author=浄土真宗教学編集所 浄土真宗聖典編纂委員会 編纂|year=1996|title=&amp;lt;浄土真宗聖典&amp;gt;浄土三部経 -現代語版-|publisher=本願寺出版社|id=ISBN 4-89416-601-1}}&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|author=真宗大谷派宗務所出版部 編|edition=第3版|year=2005|title=歎異抄|publisher=真宗大谷派宗務所出版部|id=ISBN 4-8341-0037-5}}&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書|author=中村 元|coauthors=福永光司・田村芳朗・末木文美士・今野 達 編 |year=2002|title=岩波仏教辞典 |edition=第二版|publisher=岩波書店|isbn=4-00-080205-4}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{Commonscat|Amitābha|阿弥陀如来}}&lt;br /&gt;
* [[阿弥陀寺]]&lt;br /&gt;
* [[阿弥陀堂]]&lt;br /&gt;
* [[仏の一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{浄土教2}}&lt;br /&gt;
{{Buddhism2}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あみたによらい}}&lt;br /&gt;
[[Category:如来|あ]]&lt;br /&gt;
[[Category:浄土教|*,]]&lt;br /&gt;
[[Category:浄土三部経]]&lt;br /&gt;
[[Category:浄土宗]]&lt;br /&gt;
[[Category:浄土真宗]]&lt;br /&gt;
[[Category:時宗]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>219.106.1.179</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E6%96%87%E6%AE%8A%E8%8F%A9%E8%96%A9&amp;diff=12304</id>
		<title>文殊菩薩</title>
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		<updated>2013-12-08T14:39:41Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;219.106.1.179: /* 関連項目 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{統合文字|薩}}{{Buddhism}}&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;文殊菩薩&#039;&#039;&#039;（もんじゅぼさつ）、[[サンスクリット|梵名]]マンジュシュリー ({{lang-sa-short|मञ्जुश्री}}, {{IAST|maJjuzrii}})は、大乗仏教の崇拝の対象である[[菩薩]]の一尊。一般に[[智慧]]を司る仏とされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文殊は&#039;&#039;&#039;文殊師利&#039;&#039;&#039;（もんじゅしゅり）の略称。また&#039;&#039;&#039;妙吉祥菩薩&#039;&#039;&#039;(みょうきっしょうぼさつ)などともいう。曼殊室利等とも音写し、妙吉祥、妙徳、妙首などとも訳す。&#039;&#039;&#039;文珠菩薩&#039;&#039;&#039;とも書く。&lt;br /&gt;
[[三昧耶形]]は青蓮華（青い熱帯[[スイレン]]の花）、利剣、梵篋（[[ヤシ]]の葉に書かれた経典）など。[[種子 (密教)|種子]]（種字）はマン(maM)。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[image:Manjusri Kumara (bodhisattva of wisdom), India, Pala dynesty, 9th century, stone, Honolulu Academy of Arts.jpg|thumb|left|9世紀のインド北西部、[[パーラ朝]]で作られた石仏・文殊菩薩像]]&lt;br /&gt;
『文殊師利般涅槃経』によると、[[舎衛国]]の多羅聚落の梵徳という[[バラモン]]の家に生まれたとされる。また一説に[[釈迦十大弟子]]とも親しく仏典結集にも関わったとされる。『[[維摩経]]』には、[[維摩居士]]に問答でかなう者がいなかった時、居士の病床を[[釈迦]]の代理として見舞った文殊菩薩のみが対等に問答を交えたと記され、智慧の菩薩としての性格を際立たせている。この教説に基づき、維摩居士と相対した場面を表した造形も行われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文殊菩薩はやがて『維摩経』に描かれたような現実的な姿から離れ、後の経典で徐々に神格化されていく。釈迦の化導を扶助するために菩薩の地位にあるが、かつては成仏して龍種如来、大身仏、神仙仏などといったといわれ、また未来にも成仏して普見如来という。あるいは現在、北方の常喜世界に在って歓喜蔵摩尼宝積如来と名づけられ、その名前を聞けば四重禁等の罪を滅すといわれ、あるいは現に中国山西省の清涼山([[五台山 (中国)|五台山]]）に一万の菩薩と共に住しているともいわれる。また『[[法華経]]』では、過去世に日月燈明仏が涅槃した後に、その弟子であった妙光菩薩の再誕が文殊であると説かれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、これらはすべて大乗経典における記述によるものであり、文殊菩薩が実在したという事実はない。しかし文殊は観世音菩薩などとは異なり、モデルとされた人物が存在していたと考えられており、仏教教団内部で生まれた菩薩であると考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文殊菩薩が登場するのは初期の大乗経典、特に[[般若経|般若経典]]である。ここでは釈迦仏に代って般若の「[[空 (仏教)|空（くう）]]」を説いている。また文殊菩薩を「三世の仏母（さんぜのぶつも）」と称える経典も多く、『[[華厳経]]』では善財童子を仏法求道の旅へ誘う重要な役で描かれるなど、これらのことからもわかるように、文殊菩薩の徳性は[[悟り]]へ到る重要な要素、般若＝智慧である。尚、本来悟りへ到るための[[智慧]]という側面の延長線上として、一般的な[[知恵]]（頭の良さや知識が優れること）の象徴ともなり、これが後に「三人寄れば文殊の智恵」という[[ことわざ]]を生むことになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過去世において、文殊菩薩は龍種上尊王仏という仏だったともされる。&lt;br /&gt;
また、すでに樹種上尊王仏という仏に成っているともされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文殊菩薩が、優填王、仏陀波利三蔵、善財童子、大聖老人（あるいは最勝老人＝婆藪）の四尊ともに描かれた文殊五尊図は、中国・日本などでよく描かれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文殊菩薩の五使者として、髻設尼、烏波髻設尼、質多羅、地慧、請召、が挙げられる。&lt;br /&gt;
文殊菩薩の八童子として、光綱、地慧、無垢火、不思議、請召、髻設尼、救護慧、烏波髻設尼が挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文殊菩薩の密号は、吉祥金剛、あるいは般若金剛とされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文殊菩薩を描いた主な経典には、文殊師利般涅槃経&amp;lt;ref&amp;gt;http://d.hatena.ne.jp/elkoravolo/20110610/1307715614&amp;lt;/ref&amp;gt;、文殊師利問経、文殊師利浄律経、伽耶山頂経などがある。&lt;br /&gt;
また、文殊師利発願経&amp;lt;ref&amp;gt;http://d.hatena.ne.jp/elkoravolo/20110729/1311942083&amp;lt;/ref&amp;gt;、文殊悔過経、文殊師利現宝蔵経、仏説文殊師利巡行記、妙吉祥菩薩所問大乗法羅経、千鉢文殊一百八名讃、大聖文殊師利菩薩讃仏法身礼、聖者文殊師利発菩提心願文、文殊師利菩薩無相十礼などがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 像容 ==&lt;br /&gt;
{{Commons category|Manjusri}}&lt;br /&gt;
[[Image:Manjusri.jpg|thumb|right|200px|妙心寺所蔵]]&lt;br /&gt;
[[画像:Manjushri_japan.jpg|thumb|right|200px|文殊菩薩像&amp;lt;br /&amp;gt;（千光寺、広島県尾道市）]]&lt;br /&gt;
[[普賢菩薩]]とともに[[釈迦如来]]の脇侍をつとめる（参照：[[釈迦三尊]]）ほか、単独でも広く信仰されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文殊菩薩像の造形はほぼ一定している。[[獅子]]の背の蓮華座に[[結跏趺坐]]し、右手に智慧を象徴する利剣（宝剣）、左手に経典を乗せた青蓮華を持つ。[[密教]]では清浄な精神を表す童子形となり、髻を結う。この髻の数は像によって一、五、六、八の四種類があり、それぞれ一＝増益、五＝敬愛、六＝調伏、八＝息災の修法の本尊とされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、騎獅の文殊、先導役の[[善財童子]]、獅子の手綱を握る[[優填王]]、[[仏陀波利]]、最勝老人を従える文殊五尊像も造形された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[禅宗]]においては、修行僧の完全な姿を表す「&#039;&#039;&#039;聖僧&#039;&#039;&#039;」（しょうそう）として[[僧堂]]に安置され、剃髪し[[坐禅]]を組む僧形となる。この場合、文殊もまた修行の途上であるとの観点から、菩薩の呼称を避け&#039;&#039;&#039;文殊大士&#039;&#039;&#039;（だいし）と呼ぶことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本における作例としては、奈良の[[興福寺]]東金堂の坐像（[[定慶]]作、国宝）や[[安倍文殊院]]の五尊像（[[快慶]]作、国宝）、高知の[[竹林寺 (高知市)|竹林寺]]の五尊像（重要文化財）などが見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 受容 ==&lt;br /&gt;
中国の娯楽小説『[[封神演義]]』には[[普賢真人]]、[[文殊広法天尊]]という[[仙人]]が登場しており、彼等が後に仏門に帰依しそれぞれ普賢菩薩、文殊菩薩となったという設定になっているが、これは後世の全くの創作である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中国においては、[[山西省]]の[[五台山 (中国)|五台山]]が文殊菩薩の住する清涼山として古くより広く信仰を集めており、[[円仁]]によって日本にも伝えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また中国[[天台宗]]系の史書である『[[仏祖統紀]]』巻29には、「文殊は今、終南山に住み給えり。[[杜順]]和上はこれなり」と、中国[[華厳宗]]の祖である杜順を文殊菩薩の生まれ変わりであるとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
建州[[女真族]]の[[本尊]]とされ、その名にちなみ&#039;&#039;&#039;満洲&#039;&#039;&#039;（[[満州民族|満州]]）と自称。[[ホンタイジ]]以降、全ての女真族の呼称に代え満洲族と呼称するようになった。したがって満州の名は文殊が語源であるとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--日本においては、白鳳時代、法隆寺金堂外陣壁画・８号壁に文殊菩薩像坐像が、この壁と対をなす11号壁には普賢菩薩坐像が描かれている。奈良時代の僧[[行基]]が文殊菩薩の生まれ変わりだという伝説がある。平安時代、唐から帰国した天台僧[[円仁]]は861年に比叡山に文殊楼を造営し文殊八字法（火災・地震など天変地異を防ぐ修法）を伝えている。以後、貴族社会では文殊会（文殊菩薩が貧窮孤独の衆生となって現れるとの所説にもとづき貧病者に布施する会）がしばしば開かれるようになる。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平安時代初期に、勤操や泰善らの僧侶が文殊菩薩の法要と貧者や病者のための施しを行う「文殊会」を始め、最初は私的な催しだったものが、朝廷の援助を得るようになり、828年7月、太政官符によって文殊会を行うようになった。&lt;br /&gt;
毎年七月八日、朝廷が一定の税収から文殊会の費用を拠出し、東寺・西寺を中心に盛んに行われ、貧者や病者に対する布施が盛んになされた。&lt;br /&gt;
このことは、日本の福祉の歴史においても重要な一幕と言えるが、律令国家の没落とともに文殊会も衰退し、やがて行われなくなった。&lt;br /&gt;
それを鎌倉時代に復興したのが、西大寺の叡尊・忍性らであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鎌倉時代、真言律宗の僧[[叡尊]]・[[忍性]]は深く文殊菩薩に帰依し、1240年以後、各地で文殊供養と大規模な非人布施を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 真言 ==&lt;br /&gt;
オン・アラハシャノウ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
oṃ arapacana [dhīḥ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*日本三文殊&lt;br /&gt;
**大和の[[安倍文殊院|安倍文殊]] - [[奈良県]][[桜井市]]&lt;br /&gt;
**丹後の[[智恩寺 (宮津市)|切戸文殊]] - [[京都府]][[宮津市]][[智恩寺]]&lt;br /&gt;
**出羽の[[亀岡文殊]] - [[山形県]][[高畠町]]（または[[高知市|高知]]の[[竹林寺 (高知市)|竹林寺]]、[[国東市|国東]]の[[文殊仙寺]]）&lt;br /&gt;
**山城の[[金戒光明寺|中山文殊]] - [[京都府]][[京都市]][[左京区]][[金戒光明寺]]（（日本三文殊随一の扁額あり）&lt;br /&gt;
*[[警策]] - [[坐禅]]の際に雲水（参禅者）を打つ棒のこと。警策は「文殊菩薩様の手の代わり」とされている。&lt;br /&gt;
*[[文殊皇帝]] - [[チベット仏教]]からの[[中国]][[清朝]][[皇帝]]への尊称&lt;br /&gt;
*[[五台山 (中国)|五台山]] - 中国の文殊菩薩の聖地&lt;br /&gt;
*[[もんじゅ]] - [[福井県]]にある[[原子炉]]&lt;br /&gt;
*[[文殊 (列車)]] - [[新大阪駅]]～[[天橋立駅]]間を、[[東海道本線]]・[[福知山線]]・[[北近畿タンゴ鉄道宮福線]]・[[北近畿タンゴ鉄道宮津線]]経由で運行する[[西日本旅客鉄道|JR西日本]]の[[特別急行列車|特急列車]]の愛称&lt;br /&gt;
*[[文珠駅]] - [[1988年]]に廃線となった[[歌志内線]]に存在した駅&lt;br /&gt;
*[[鮫肌文殊]] - 日本の[[放送作家]]&lt;br /&gt;
*[[村井秀夫]] - [[オウム真理教]]元幹部。[[ホーリーネーム]]（教団名）「マンジュシュリー・ミトラ」は文殊菩薩に由来する。&lt;br /&gt;
*[[土用の間日]]&lt;br /&gt;
*[[梵珠山]]&lt;br /&gt;
*[[文殊院]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Buddhism-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:もんしゆほさつ}}&lt;br /&gt;
[[Category:文殊菩薩|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:菩薩]]&lt;br /&gt;
[[category:浄土三部経]]&lt;br /&gt;
[[Category:宿曜道の神]]&lt;/div&gt;</summary>
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