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	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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	<updated>2026-10-28T03:05:21Z</updated>
	<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E7%8B%A9%E7%8C%9F%E5%85%8D%E8%A8%B1&amp;diff=181409</id>
		<title>狩猟免許</title>
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		<updated>2014-08-17T20:27:23Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;203.175.81.234: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{資格&lt;br /&gt;
|名称 = 狩猟免許&lt;br /&gt;
|英名 = &lt;br /&gt;
|英項名 = &lt;br /&gt;
|略称 = &lt;br /&gt;
|実施国 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|分野 = 自然・環境&lt;br /&gt;
|資格種類 = 国家資格&lt;br /&gt;
|試験形式 = 筆記、実技&lt;br /&gt;
|認定団体 = 都道府県知事&lt;br /&gt;
|後援 = &lt;br /&gt;
|認定開始年月日 = &lt;br /&gt;
|認定終了年月日 = &lt;br /&gt;
|等級・称号 = 網猟免許、わな猟免許、第一種銃猟免許、第二種銃猟免許&lt;br /&gt;
|根拠法令 = [[鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律]]&lt;br /&gt;
|公式サイト = &lt;br /&gt;
|特記事項 = &lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;狩猟免許&#039;&#039;&#039;（しゅりょうめんきょ）とは、[[鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律]]に基づき、狩猟鳥獣の捕獲等を認める許可をいう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
* [[免許制]]により、[[狩猟]]行為における[[密猟]]の防止及び[[野生動物]]の保護などを目的としている。&lt;br /&gt;
* [[免許]]の[[交付]]、[[試験]]及び更新並びに[[申請]]窓口等の免許に係る手続は、[[都道府県]]の[[自治事務]]である。よって、免許の[[許可]]及び実施の主体は都道府県である&amp;lt;ref name=&amp;quot;License-001&amp;quot;&amp;gt;[http://commons.wikimedia.org/wiki/File:2009-09-02-GunHuntingLicense-FirstCategory-001.jpg 県知事発行の&#039;&#039;&#039;第一種銃猟狩猟免許&#039;&#039;&#039;(表面)。]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;License-002&amp;quot;&amp;gt;[http://commons.wikimedia.org/wiki/File:2009-09-02-GunHuntingLicense-FirstCategory-002.jpg 県知事発行の&#039;&#039;&#039;第一種銃猟狩猟免許&#039;&#039;&#039;(裏面)。]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*免許の効力は日本全国に及ぶ。狩猟の際は、後述の通り狩猟を行う場所に属する各都道府県ごとに別途、狩猟者登録が必要。&lt;br /&gt;
* [[鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律]]及び付随[[法令]]による直接的な規定はないが、国が定める基本指針&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.env.go.jp/nature/choju/plan/plan1-1b.pdf |title=野生鳥獣の保護管理に係る計画制度 基本指針 |publisher=[[環境省]] |format=PDF |page=35「2 捕獲許可基準の設定方針」 |year=2012 |accessdate=2012-03-27 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;に即して各都道府県が策定する鳥獣保護事業計画&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.env.go.jp/nature/choju/plan/plan2-1a.html |title=鳥獣保護事業計画のあらまし |publisher=[[環境省]] |accessdate=2012-03-27 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;に許可要件として盛り込まれているため、有害鳥獣捕獲の申請窓口である各[[自治体]]の諸[[規程]]によって、有害鳥獣捕獲実施者の危険防止の要件に指定されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
狩猟免許を取得できたからといって自由に狩猟できるわけではない。網やわなの場合は販売店などで購入するだけでよいが、銃の場合は公安委員会の厳格な手続きを経て所持許可を得る必要がある&amp;lt;ref name=&amp;quot;沖2013p108-111&amp;quot;&amp;gt;『野生動物管理のための狩猟学』pp.108-111&amp;lt;/ref&amp;gt;。そして、実際に狩猟する時は、猟具・猟期・狩猟する場所に応じて狩猟者登録を行わなければならない&amp;lt;ref name=&amp;quot;沖2013p108-111&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 区分 ==&lt;br /&gt;
狩猟免許は猟法の種類に応じて4種類に区分される&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.env.go.jp/nature/choju/hunt/hunt2.html |title=狩猟制度の概要 |publisher=[[環境省]] |accessdate=2013-03-06 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* [[網猟免許]]（旧網・わな乃至甲種） - 網（むそう網、はり網、つき網、なげ網）&lt;br /&gt;
* わな猟免許（旧網・わな乃至甲種） - わな（くくりわな、[[箱罠|はこわな]]、はこおとし、[[囲い罠|囲いわな]]）&lt;br /&gt;
* 第一種銃猟免許（旧乙種）- 装薬銃（[[ライフル銃]]及び[[散弾銃]]）、圧縮ガス銃及び[[空気銃]](乙種は丙種を含んでいない点が異なる。)&lt;br /&gt;
* 第二種銃猟免許（旧丙種） - 圧縮ガス銃及び空気銃&lt;br /&gt;
[[2002年]]（平成14年）、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律から[[鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律]]への全面改正により、名実とも大幅に変更された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 自由猟法 ===&lt;br /&gt;
法定猟法以外の猟法（自由猟法）は狩猟免許の対象ではない。具体的には素手での捕獲、[[鷹狩]]、[[スリングショット]]などが該当する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 受験資格 ==&lt;br /&gt;
* 20歳以上の者。ただし、狩猟免許を取り消され、その後3年間を経過していないものや[[精神分裂病]]（[[統合失調症]]）、[[そううつ病]]（そう病及びうつ病を含む）、[[てんかん]]（軽微なものを除く）にかかっている者、[[知的障害]]又は[[麻薬]]、[[大麻]]、[[阿片]]又は[[覚せい剤]]の中毒者、その他自分の行為の是非を判別して行動する能力が欠如又は著しく低い者、20歳に満たない者（試験日に20歳に達する者は可）、受験しようとする各都道府県に住所を有しない者は、受験資格がない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 試験 ==&lt;br /&gt;
* 各都道府県によって試験日が違うが、年1(2)～8回行われる。ただし、冬季の試験は網猟免許又はわな猟免許限定の場合が多い。受験料は区分に付き5200円（一部免除者（鳥獣保護法第49条各号に該当する者）は3900円）（[[2011年]]現在）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 試験科目 ===&lt;br /&gt;
# 狩猟についての必要な適性（視力・聴力・運動能力）&lt;br /&gt;
# 狩猟についての必要な知識（法律や猟具、動物の形態や生態に関する筆記試験）&lt;br /&gt;
# 狩猟についての必要な技能（狩猟免許の区分によって課題は異なる）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 登録と更新 ==&lt;br /&gt;
*狩猟を行うには、その行為を行う場所が属する都道府県への[[狩猟税]]と交付手数料（1800円[[2012年]]現在）を納付して狩猟者登録を行い、狩猟者登録証及び狩猟者記章の交付を受ける必要がある。&lt;br /&gt;
* 免許を取得してからの有効期間は、誕生日ではなく一律9月15日を境にした概ね3年間。更新時には適性検査と講習を受ける。更新手数料は区分に付き2800円（[[2011年]]現在）。3区分を受検する場合は8400円掛かる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 狩猟鳥獣 ==&lt;br /&gt;
狩猟鳥獣として鳥類29種、獣類20種が対象（[[2011年]]現在）（根拠法令:[[鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律]]）&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.moriniikou.jp/index.php?itemid=35&amp;amp;catid=19&amp;amp;blogid=11 |title=狩猟鳥獣のいろいろ |publisher=[[大日本猟友会]] |accessdate=2013-03-07 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、同法が頻繁に改正されるばかりでなく、同法に多くの下位法令が随伴し、さらに多くの他系統の法令にも依存しているので、常時関連法令全てに注意を配らなくてはならない。特に、[[政令]]（同法[[施行令]]）及び[[環境省]]令（同法[[施行規則]]）により一時的に、そして各[[都道府県]][[条例]]又は[[規則]]により地域別に、一部の[[狩猟鳥獣]]に対する特定の猟法による捕獲禁止措置を執られ、年度及び地域により差違があることが多いので猟期前の慎重な確認が必要である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 狩猟期間 ==&lt;br /&gt;
* 狩猟期間は狩猟を行っても良い期間である。&lt;br /&gt;
狩猟期間は、鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律第2条第5項により、原則として北海道では9月15日から翌年4月15日まで、それ以外の都府県では10月15日から翌年4月15日までと定められている。ただし現在は、鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律第11条第2項に基づく鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律施行規則第9条によって、北海道では10月1日から翌年1月31日（猟区内では毎年9月15日から翌年2月末日）まで、それ以外の都府県では11月15日から2月15日（猟区内では毎年10月15日から翌年3月15日、一部の県の一部の鳥獣につき猟区外では毎年11月1日から翌年1月31日）までに短縮されている。また、都道府県規則によって、狩猟鳥獣及び猟法並びに放鳥獣猟区等を限定した期間の延長又は短縮が存在する場合がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
=== 書籍 ===&lt;br /&gt;
*{{Cite book|和書|author = 梶 光一・伊吾田宏正・鈴木正嗣 編|year=2013| title= 野生動物管理のための狩猟学| publisher = [[朝倉書店]] | date = 2013-01-20 | isbn = 978-4-254-45028-6}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
* [[猟友会]]&lt;br /&gt;
* [[銃砲刀剣類所持等取締法]]&lt;br /&gt;
* [[火薬類取締法]]&lt;br /&gt;
* [[特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律]]&lt;br /&gt;
* [[野生動物管理]]&lt;br /&gt;
* [[生態系]]&lt;br /&gt;
* [[密猟]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
* [http://www.moriniikou.jp/ 一般社団法人大日本猟友会]&lt;br /&gt;
* [http://www.env.go.jp/nature/choju/index.html 野生鳥獣の保護管理] 環境省&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:しゆりようめんきよ}}&lt;br /&gt;
[[Category:資格]]&lt;br /&gt;
[[Category:狩猟]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の資格]]&lt;br /&gt;
[[Category:国家資格]]&lt;br /&gt;
[[Category:免許]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>203.175.81.234</name></author>
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		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E4%B8%AD%E7%B6%99%E5%B1%80&amp;diff=50791</id>
		<title>中継局</title>
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		<updated>2014-08-17T13:54:42Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;203.175.81.234: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&#039;&#039;&#039;中継局&#039;&#039;&#039;（ちゅうけいきょく）とは、[[総務省]][[告示]][[基幹放送用周波数使用計画]]（以下、「計画」と略す）第1 総則 第1項(3)に「[[親局]]以外の[[基幹放送局]]」と定義している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概説 ==&lt;br /&gt;
[[放送#法令による区分|基幹放送]]において、[[地勢]]的な影響で[[親局]][[送信所]]だけでは[[放送#放送区域|放送区域]]をカバーできない時に、親局とは別の場所に設けられる補助的な基幹放送局である。[[日本]]では、サテライト局（[[空中線電力]]0.1W以下の小規模な中継局は[[ミニサテライト局]]（ミニサテ局）と呼ばれることが多い）と、[[英語]]ではトランスポーザ ([[:en:transposer|transposer]]) という。中継方法としては、[[演奏所]]（スタジオ）・親局からの専用線（主に[[中波放送]]・[[短波放送]]）や、[[無線]]([[STL (放送局)|STL]])で送信する方法、親局の電波を受信し周波数を変換して送信する放送波中継（主に[[ラジオ#超短波放送（FM放送・BSデジタルラジオ）|FM放送]]・[[テレビ]]放送）がある。なお、1990年代以降に開設された、いわゆる[[平成新局]]は資金が乏しいことから、アナログテレビ放送では中継局が少なめであることが多かった。&amp;lt;ref&amp;gt;デジタルテレビ放送ではほとんどの平成新局で先発局とほぼ同数の規模で設置されているため解消されているが、北海道、愛媛県、大分県などでは依然として先発局より少ないところがある。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 周波数 ==&lt;br /&gt;
通常、親局とは別の[[電波の周波数による分類|周波数]]が使われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同一周波数の使用に関しては、中波放送では[[振幅変調]]の特性上同一周波数の中継が容易で[[山陽放送]]、[[山形放送]]、[[山梨放送]]、[[四国放送]]、[[西日本放送]]、[[南海放送]]、[[熊本放送]]、[[宮崎放送]]などで実施している。FM放送ではFMキャプチャ効果により出力差が大きいと小出力側が抑圧されるため、出力差の少ない[[コミュニティ放送局]]で実施している。[[日本の地上デジタルテレビ放送|地上デジタルテレビ放送]]では[[直交周波数分割多重方式|OFDM]]方式の特性上、同一周波数での中継が比較的容易であるため、単一周波数ネットワーク(SFN - Single Frequency Network)による中継網を採用することもできる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
周波数帯を異にするものとしては、中波放送では外国からの[[混信]]対策として[[沖縄県]]、[[鹿児島県]]、[[富山県]]でFM放送を利用した中継局が設置されている。また、アナログテレビ放送においては、2011年（平成23年）7月24日の終了まで[[宮城県]]&amp;lt;ref&amp;gt;[[仙台市]]の[[ニューワールド中山中継局]]のみ、[[東日本大震災]]による特例措置により2012年（平成24年）3月31日まで設置。&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[東京都]]、[[神奈川県]]、[[兵庫県]]では[[センチメートル波|SHF]]中継局が、[[北海道]]、[[長野県]]、[[岐阜県]]、[[三重県]]、[[香川県]]、[[山口県]]、[[佐賀県]]、[[大分県]]、[[熊本県]]、[[宮崎県]]&amp;lt;ref&amp;gt;UMKの補完波中継局&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[鹿児島県]]では、[[極超短波|UHF]]親局に対し[[超短波|VHF]]中継局が、それぞれ設置されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 操作 ==&lt;br /&gt;
原則として[[無線従事者]]の管理（常駐するという意味ではない。）を要する。例外は[[総務省|総務]][[省令]][[電波法施行規則]]（以下、「施行規則」と略す。）第33条に基づく告示&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.tele.soumu.go.jp/horei/reiki_honbun/a720315001.html 平成2年郵政省告示第240号 電波法施行規則第33条の規定に基づく無線従事者の資格を要しない簡易な操作]第1項第1号（総務省電波利用ホームページ 総務省電波関係法令集）&amp;lt;/ref&amp;gt;にある、他の地上基幹放送局の番組を中継するのみでかつ[[無線設備#特定無線設備|適合表示無線設備]]のみを使用する[[空中線電力]]0.05W以下の地上基幹放送局の[[無線設備]]の外部の転換装置で電波の質に影響を及ぼさないものの技術操作のみ不要である。これは、ギャップフィラーと呼ばれる[[受信障害対策中継放送]]用の[[送信機]]のことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 損壊又は故障の対策 ==&lt;br /&gt;
総務省令[[放送法施行規則]]第103条には、「この款において使用する用語は、次の定義に従うもの」 として次のように計画の定義が引用されている。&lt;br /&gt;
: 2.「プラン局」とは、親局以外の基幹放送局のうち、基幹放送用周波数使用計画の表に掲げる中継局のことをいう。 &lt;br /&gt;
: 3.「その他の中継局」とは、親局及びプラン局以外の基幹放送局をいう。 &lt;br /&gt;
また、親局の定義も引用されている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この款は、第4章第5節の第1款、すなわち基幹放送局の電気通信設備の損壊又は故障の対策について規定するもので、親局、プラン局、その他の中継局とに区分してとるべき対策を規定している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== コールサイン ==&lt;br /&gt;
中継局には[[識別信号|コールサイン]]が指定されているものがあり、中波放送ではその局独自の編成を行うところがある。アナログテレビ放送では[[北海道放送|HBCテレビ]]、[[札幌テレビ放送|STVテレビ]]、[[テレビ静岡]]などで、本局と内容を差し替えることがあった。この内、終了時まで独自編成を行っていたのはSTVテレビとテレビ静岡のみで、HBCテレビは2003年（平成15年）頃に取りやめた。終了時に全廃されたがそのコールサインはSTVテレビの札幌本局以外（[[旭山#地上アナログテレビ放送送信設備|旭川局]]JOKY-TV、[[十勝ヶ丘#地上アナログテレビジョン放送送信設備|帯広局]]JOWL-TV&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref name=&amp;quot;callsign&amp;quot;&amp;gt;JOWLとJOVXは、[[STVラジオ]]で使用されている為、存続している。&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[函館山テレビ・FM放送所#地上アナログテレビジョン放送|函館局]]JOMY-TV、[[網走送信所#地上アナログテレビジョン放送|網走局]]JOVX-TV&amp;lt;ref name=&amp;quot;callsign&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[釧路テレビ・ラジオ放送所#地上アナログテレビジョン放送送信設備|釧路局]]JOSY-TV、[[測量山#地上アナログテレビジョン放送送信設備|室蘭局]]JOLY-TV）、テレビ静岡[[浜松中継局#地上アナログテレビジョン放送送信設備|浜松局]](JORH-TV)、[[中国放送]][[高見山 (広島県)#地上アナログテレビジョン放送送信設備|尾道局]](JOEE-TV)、[[山口放送]][[火の山 (山口県)#地上アナログテレビ放送|関門局]](JOPM-TV)、[[テレビ西日本]][[八幡テレビ・FM放送所#地上アナログテレビジョン放送チャンネル・出力|北九州局]](JOHX-TV)であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 放送中継局 ==&lt;br /&gt;
1950年（昭和25年）施行規則の全面改正の際に第4条の無線局の種別に追加されたが、1958年（昭和33年）の改正で削除され[[固定局]]とされた。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--昭和25年電波監理委員会規則第14号制定--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--昭和33年郵政省令第26号による施行規則改正--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他の中継局 ==&lt;br /&gt;
=== 陸上移動中継局 ===&lt;br /&gt;
{{Main|陸上移動中継局}}&lt;br /&gt;
施行規則第4条の種別の内、「中継局」と文言のある無線局である。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--第4条第1項第7号の3--&amp;gt;&lt;br /&gt;
1982年（昭和57年）に[[第三者無線|MCA無線]]業務が開始される際に制御局の為に制定された種別で、1996年（平成8年）より[[日本における携帯電話|携帯電話]]の普及に伴い携帯電話用中継設備に対しても免許されることとなった。&lt;br /&gt;
=== 無線通信業務の中継局 ===&lt;br /&gt;
移動体通信の[[基地局]]や[[携帯基地局]]、[[アマチュア無線]]で見晴らしの良い山上や高層ビルの屋上、電波塔に設置して、通信範囲を大きく広げる。&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;リピータ（レピータ）&#039;&#039;&#039; ([[:en:repeater|repeater]]) と呼ばれることが多い。リピータは受信した電波を同時に送信する必要があるが、[[周波数分割複信]]方式が一般的である。送受信周波数間隔は、システムにより様々で、周波数の割当てや[[デュープレクサ]]の実現難易度から総合的に決められる。&lt;br /&gt;
==== アマチュア無線 ====&lt;br /&gt;
周波数帯域の広い[[VHF]]以上が用いられる。[[UHF]]（430MHz帯、1200MHz帯、2400MHz帯）が主であるが、28MHz帯（[[短波]]であるがVHFに準じる）&lt;br /&gt;
や[[SHF]]（5600MHz帯、10.1GHz帯）のものも一部にある。デジタル変調の普及に伴い[[D-STAR]]方式も運用されはじめている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では1982年より免許されることとなった。[[日本アマチュア無線連盟]](JARL)のみが開設できることとされ、JARLが直轄して、又は所属クラブが設置している。但し、周波数は公開されておりJARL非会員でも利用できる。多数のアマチュア無線家が使用するため、短時間で要領よく通信を行うことがマナーとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
送受信周波数間隔は次のとおり。&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; &lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!周波数帯&lt;br /&gt;
!間隔&lt;br /&gt;
!備考&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|28MHz帯&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|100kHz&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|50MHz帯&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|1MHz&lt;br /&gt;
|rowspan=&amp;quot;2&amp;quot;|日本では免許されない。&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|144MHz帯&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|600kHz&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|430MHz帯&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|5MHz&lt;br /&gt;
|　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|1200MHz帯&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|20MHz&lt;br /&gt;
|　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|2400MHz帯&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|20MHz&lt;br /&gt;
|　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|5600MHz帯&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|40MHz&lt;br /&gt;
|　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|10.1GHz帯&lt;br /&gt;
|align=&amp;quot;right&amp;quot;|70MHz&lt;br /&gt;
|　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- == 参考文献 == --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- {{Commonscat|}} --&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[無線局]]&lt;br /&gt;
* [[放送局]]&lt;br /&gt;
* [[親局]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!-- == 外部リンク == --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Broadcast-stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ちゆうけいきよく}}&lt;br /&gt;
[[Category:放送局]]&lt;br /&gt;
[[Category:無線局]]&lt;br /&gt;
[[Category:無線]]&lt;br /&gt;
[[Category:アマチュア無線]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>203.175.81.234</name></author>
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		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88&amp;diff=95026</id>
		<title>エンドレスナイト</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88&amp;diff=95026"/>
		<updated>2014-08-17T10:50:31Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;203.175.81.234: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruseslist|関西テレビで放送された深夜番組|[[東野圭吾]]の[[短編小説]]『エンドレス・ナイト』|犯人のいない殺人の夜}}&lt;br /&gt;
{{基礎情報 テレビ番組&lt;br /&gt;
| 番組名 = エンドレスナイト&amp;lt;br /&amp;gt;Endless Night&lt;br /&gt;
| 画像 = &lt;br /&gt;
| 画像説明 = &lt;br /&gt;
| ジャンル = [[情報番組|情報]][[バラエティ番組]]&lt;br /&gt;
| 放送時間 = 土曜 24:45 - &amp;lt;br /&amp;gt;（終了時刻は回によって異なる）&lt;br /&gt;
| 放送分 = &lt;br /&gt;
| 放送枠 = &lt;br /&gt;
| 放送期間 = [[1984年]][[7月7日]] - [[1990年]][[6月30日]]&lt;br /&gt;
| 放送回数 = &lt;br /&gt;
| 放送国 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
| 制作局 = [[関西テレビ放送|関西テレビ]]&lt;br /&gt;
| 企画 = &lt;br /&gt;
| 製作総指揮 = &lt;br /&gt;
| 監督 = &lt;br /&gt;
| 演出 = &lt;br /&gt;
| 原作 = &lt;br /&gt;
| 脚本 = &lt;br /&gt;
| プロデューサー = [[千草宗一郎]]&amp;lt;br /&amp;gt;ほか&lt;br /&gt;
| 出演者 = [[ばんばひろふみ]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[兵藤ゆき]]&amp;lt;br /&amp;gt;[[杉山一雄]]&amp;lt;br /&amp;gt;エンドレスギャルズ&lt;br /&gt;
| 音声 = &lt;br /&gt;
| 字幕 = &lt;br /&gt;
| データ放送 = &lt;br /&gt;
| OPテーマ = [[#オープニングテーマ曲]]を参照&lt;br /&gt;
| EDテーマ = [[#エンディングテーマ曲]]を参照&lt;br /&gt;
| 時代設定 = &lt;br /&gt;
| 外部リンク = &lt;br /&gt;
| 外部リンク名 = &lt;br /&gt;
| 特記事項 = &lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『&#039;&#039;&#039;エンドレスナイト&#039;&#039;&#039;』 (Endless Night) は、[[1984年]][[7月]]から[[1990年]][[6月]]まで[[関西テレビ放送|関西テレビ]]で放送された[[情報番組|情報]][[バラエティ番組]]。[[関西ローカル]]の[[深夜番組]]で、毎週土曜日深夜（正確には日曜未明）の『[[プロ野球ニュース]]』終了後から明け方にかけて[[生放送]]で行われていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
司会はシンガーソングライター・[[ばんばひろふみ]]とタレント・[[兵藤ゆき]]、そして同局のアナウンサー・[[杉山一雄]]。これに一般公募の女性リポーター陣「[[エンドレスギャルズ]]」（1期8人、以下&#039;&#039;&#039;ギャルズ&#039;&#039;&#039;）が加わる。エンドレスギャルズは半年毎に交替していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生放送番組でありつつ、放送終了時間を特に設けなかったのでいつ放送が終わるかわからないという、ユニークな番組体裁が話題を集めたほか、生放送ゆえのハプニングも続出した番組であった。番組の流れは、特集コーナー、視聴者からの葉書紹介、ゲストコーナー、体操、お夜食生調理コーナーなどがあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また番組の内容を反映したムック本「エンドレスナイトマガジン」を発売。関西ローカルのみでの放送の番組本だが、ベストセラーでは常に上位に顔を出していた。加えて番組グッズ、視聴者参加イベントなどが数多く展開された他、本来裏方である番組制作スタッフが様々な形で出演した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==出演者==&lt;br /&gt;
===パーソナリティー（司会者）===&lt;br /&gt;
*[[ばんばひろふみ]]（ばんばん）&lt;br /&gt;
*[[兵藤ゆき]]（ゆき姐）&lt;br /&gt;
*[[杉山一雄]]（おすぎ。元関西テレビアナウンサー、2006年7月定年退職後は2011年7月末まで嘱託契約のエグゼクティブアナウンサー。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== エンドレスギャルズ ===&lt;br /&gt;
{{main|エンドレスギャルズ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===その他のレギュラー出演者===&lt;br /&gt;
ギャルズが交替する半年毎に「体操コーナー」「お夜食クッキング」等のコーナーに、それぞれの指導をする専門家が登場。その他、コーナーによって、様々な出演者が登場した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==番組内容==&lt;br /&gt;
[[File:エンドレスナイト・運ホルダー前面.JPG|thumb|運ベーダー作戦で葉書採用者に贈られた「運ホルダー」前面。12期大條鈴恵入運]]&lt;br /&gt;
[[File:エンドレスナイト・運ホルダー後面.JPG|thumb|「運ホルダー」後面。イラストの時計の時間は1時15分。]]&lt;br /&gt;
◎は[[CS放送]]「[[関西テレビ☆京都チャンネル]]」（廃局）での復活!エンドレスナイトで再放送されたコーナー&lt;br /&gt;
*ばんばん賞◎&lt;br /&gt;
*:番組冒頭と午前3時すぎに放送されるハガキのコーナー。時にハガキを出した人に電話をかける事も。&lt;br /&gt;
*ショッキングレポート◎&lt;br /&gt;
*:番組のメインコーナー。街の面白情報を中心に、エンドレスギャルズが各地を取材して、スタジオで報告する。視聴者参加の大型企画の模様もここで放送された。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--テレビ的には本来「レポート」は間違いで「リポート」が正しいそうです。しかしこの場合は実際のコーナー名が「レポート」なので、タイトルについては修正しませんが、他の表記は直してあります。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*ニュースジョッキー&lt;br /&gt;
*:エンドレスギャルズ1名と[[杉山一雄]]アナウンサーによる一週間のニュースフラッシュ。後に杉山アナウンサーが1人で担当する「ニュースダイジェスト」となる。&lt;br /&gt;
*TVオークション◎&lt;br /&gt;
*:番組初期のコーナー。激安商品を視聴者が電話で落札する。&lt;br /&gt;
*怒れるおじさま言いたい放題&lt;br /&gt;
*:[[栗本慎一郎]]、[[村松友視]]らの中年男性オピニオンリーダーが週替わり登場し、ギャルズと語り合う。番組初期のコーナー。&lt;br /&gt;
*ミッドナイト[[テレビショッピング]]&lt;br /&gt;
*:番組開始初期のコーナー。&lt;br /&gt;
*クイズあげまんにゃワールド◎&lt;br /&gt;
*:電話参加の視聴者とギャルズがペアになって挑戦するクイズコーナー。番組初期の企画。&lt;br /&gt;
*OPEN TELEPHONE どっからでもかけてこんかい&lt;br /&gt;
*:毎回テーマを決めて、視聴者から電話を募るコーナー（1988年）&lt;br /&gt;
*ギャルズメインのコーナー&lt;br /&gt;
**愛は惜しみなく◎&lt;br /&gt;
*:男性視聴者とエンドレスギャルズによるデート風仕立てのミニドラマ。番組初期～中期(7期まで)に放送。&lt;br /&gt;
**008貸します娘大作戦&lt;br /&gt;
*:視聴者からの依頼を受けてギャルズがお手伝いに赴く。8期のみの放送。&lt;br /&gt;
**愛のエンドレス劇場&lt;br /&gt;
*:視聴者が考えたシナリオでギャルズと色々な展開のドラマを作成する。9・10期に放送。&lt;br /&gt;
**愛のCM作戦&lt;br /&gt;
*:ギャルズが視聴者と共に店舗・企業などのミニCMを作成する。番組末期(11・12期)に放送。&lt;br /&gt;
*目指せ100万点!ロータスクーポン大作戦&lt;br /&gt;
*:食品、文具のパッケージに付いている「ロータスクーポン」を、番組と視聴者で100万点分集めて、番組のメモリアルになるものを作ろうと展開。約4ヶ月で達成し、大阪の港区築港にある天保山の公園に時計台を設置することができた。&lt;br /&gt;
*Hey!10秒&lt;br /&gt;
*:視聴者がテレビカメラに向かって一発芸やPRなどを披露するコーナー。収録は主として放送当日の昼、大阪市内（またはその周辺）の公園やショッピングモール、屋内レジャー施設などで行われていた。番組末期(11・12期)に放送。&lt;br /&gt;
*ラッキー[[ナインボール|9ボール]]&lt;br /&gt;
*:視聴者からの葉書によって指名された出演者が[[ビリヤード]]（[[ナインボール]]）の[[ブレイクショット]]を行う。その際、プレイ前に出演者が引いた数字の球と同じ球がポケットに入ると当選となり、賞品（番組グッズ等）が贈られた（ブレイクショットで入らなかった場合はプロ選手が2打目を行い、2打目でポケットに入れば当選となった）。番組末期(11・12期)に放送。&lt;br /&gt;
*体操コーナー◎&lt;br /&gt;
*[[#視聴者がPR「インベーダー作戦」と2WAYコミュニケーション|インベーダー作戦]]◎&lt;br /&gt;
*:番組前期に展開した「エンドレスナイトをメジャーにする」ために視聴者が行った独自のPR作戦を紹介するコーナー。プロの漫画家が作品中にエンドレスナイトのマークをこっそりと書いていたことから、数人のプロ漫画家の作品が紹介された。[[どおくまん]]プロが頻度が多かったようである。&lt;br /&gt;
*運ベーダー作戦◎&lt;br /&gt;
*:番組のキーホルダー「運ホルダー」（画像参照）に「運」を入れ、視聴者にプレゼントをするコーナー。出演者が「運」を入れながら一発ギャグを見せる。スタッフの登場も多く、ここから[[千草宗一郎]]プロデューサー（後述）の人気に火がついた。1986年9月から番組最終回まで続いた。&lt;br /&gt;
*オットタイム&lt;br /&gt;
*:番組初期のコーナー。杉山一雄アナウンサーが[[バーテンダー]]に扮し、オリジナルカクテルを紹介。&lt;br /&gt;
*お夜食クッキング&lt;br /&gt;
*:コーナー提供社の[[ハウス食品]]の商品を使った料理コーナー。当初はギャルズと杉山アナウンサーのみの進行だったが、番組後期(9期以降)にはレストランのシェフが登場し、グレードアップした。&lt;br /&gt;
*イラストコーナー◎&lt;br /&gt;
*:毎週視聴者から送られてくるイラストを紹介。半年に一度「イラスト大賞」も行われた。デフォルメが激しく、このイラストを送った者の中から漫画家が数人輩出したようである。エンギャルが「餌食状態」で有ったが、特徴を旨くデフォルメしたものが多かった。[[千草宗一郎]]プロデューサーが端に書かれていたことが多い。&lt;br /&gt;
*ほんわかトーク◎&lt;br /&gt;
*:番組前～中期に放送された、ばんば・兵藤2人によるフリートークコーナー。&lt;br /&gt;
*ギャルズインフォメーション&lt;br /&gt;
*:天気予報、コンサート情報、新作ビデオ情報、占い、視聴者プレゼントなど。&lt;br /&gt;
*真鍋の予想&lt;br /&gt;
*:10期企画。[[競馬ニホン|競馬誌]]の編集部でアルバイトをしていた第10期ギャル・真鍋ゆかりが翌日曜の中央競馬メインレースを予想。&lt;br /&gt;
*スター誕生風　君こそスターだ！&lt;br /&gt;
*:11期企画。「[[スター誕生!]]」をモチーフとしたもので、電話参加の視聴者が楽器・カラオケを一切使わずに歌を披露する。年末にグランドチャンピオン大会を行って優勝者を選定し、その歌を録音した[[レコード]]を進呈した。&lt;br /&gt;
*エンディング◎&lt;br /&gt;
*:深夜に入ってきたニュースや[[産経新聞]]の朝刊記事を杉山アナウンサーが紹介、次週の予告なども。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*コーナーは時期によって変動あり。また半年毎にエンドレスギャルズやコーナー出演者（体操の先生、料理の先生など）が交替するため、タイトルの変更も多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==番組スタートの経緯==&lt;br /&gt;
1980年代中盤、東京のテレビ各局では、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]の「[[オールナイトフジ]]」をはじめ、数多くの深夜の大型生放送番組が人気を博していた。フジテレビから「[[オールナイトフジ]]」のネットの要請もあったが、「[[お色気番組|お色気]]は一切排除する」という意向があったために拒否した（その後、当時の[[郵政省]]からのクレームで「オールナイトフジ」からもお色気が排除された）。それを受けて、関西テレビでも土曜深夜の大型生放送番組の企画準備が進んでいた。そして1984年1月、後に番組では「セクシー上沼」の[[愛称]]で人気者となった、上沼真平プロデューサー（同局取締役ゼネラルプロデューサー／2006年現在；上沼恵美子の夫）に白羽の矢が立ち、番組発足に向けて動き出した。上沼は番組終了までの6年間、プロデューサーを担当した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この時「司会者は[[お笑いタレント]]以外の人を」「[[お色気番組|お色気]]は一切排除する」「終了時間未定（これのみオールナイトフジの流れをくんだ）」などのコンセプトが立てられ、[[吉本興業|吉本]]・[[松竹芸能|松竹]]に代表される、従来の関西のお笑い番組とは一線を画した「夢のある面白情報番組」のコンセプトが生まれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、メインを飾る男性司会者を選定するにあたっては「関西出身で大阪弁をしゃべる事」「知的な欲求が強い」「団塊の世代で既婚者、子供が居ること」「男前でなく、親しみやすい」といった条件にあてはまる人間を起用することにした。その結果、ラジオの[[深夜放送]]のパーソナリティーとして、若者から絶大な支持を集めていたばんばひろふみが選ばれ、女性からは兵藤ゆきを抜擢した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時、ばんばは[[MBSラジオ|毎日放送ラジオ]]の「[[MBSヤングタウン]]」、[[文化放送]]「[[セイ!ヤング]]」続く「[[青春キャンパス]]」でそれぞれ、歌手・[[谷村新司]]と「チンペイ・バンバン」のコンビで人気を博していた。また兵藤も、[[京都放送|KBS京都]]ラジオの「ヤングテレフォンQ&amp;amp;A」で、若者の悩みに真剣に答えるアネゴ的存在で、悩める若者から慕われていた。2人ともテレビ番組の本格的な司会は初めてで、ばんばはこの出演依頼に消極的であったが、時間制約が極めて緩く、またラジオ的な展開が可能であることに惹かれ、司会を承諾したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして番組を彩るエンドレスギャルズも「可愛いだけのアホはいらん!」の姿勢で呼びかけ、初期のギャルの中には女性漫才コンビ「[[ハイヒール (お笑い)|ハイヒール]]」のモモコや、女性カントリーソンググループ「[[ラブ・ポーション]]」の笠井則江や[[中村貴子]]、ジャーナリスト志望のナンシー・リーなどがいた他、後に関西の情報番組で活躍するリポーターや司会者など、様々な将来性・可能性をもったギャルズが在籍していた。この斬新なキャスティングや、お色気のない爽やかなスタイルが、男女問わず、若い世代を中心に人気を集めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
加えて、深夜の生放送に異例ともいえる、ニュースコーナーやテレビショッピングコーナーを設けたことや、終了時間を未定とすることで、関西テレビは報道局や[[主調整室|技術送出]]セクション、また関連会社などの全面的なバックアップ体制を敷いた。また、こうした不確定要素の多い番組でありながら、同社の[[労働組合]]も、これまでにない新しい番組という事で積極的に支援したという。こうした中、1984年7月7日の深夜、24時41分に番組はスタートした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==様々な人気者==&lt;br /&gt;
「エンドレスナイト」は、本来視聴者の前に姿を現さない、番組のディレクターやプロデューサーをはじめとしたスタッフが「人気者」となってしまうという点が、大きな特徴でもあった。番組の合間、時にスタジオの横で見切れる（映ってしまう）ディレクターを、出演者のばんば、兵藤は積極的に放送中のネタにした。これも2人が番組開始まで、自由な雰囲気のラジオ番組で活動していたことに起因する（事実、ラジオでは裏方スタッフを弄り倒すことがよくある）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そういった状況下から、番組には視聴者からのイラストが、出演者のみならず、スタッフのそれまで送られるようになり、その過熱ぶりは回を追う毎にヒートアップし、スタッフもミドルネームを付け、エンドロール（番組終了時に流れる、ロールスーパー）にもその名前が表記されるようになる他、さまざまなシーンで登場。プロデューサーの上沼が自ら[[セーラー服]]姿で出演するなどした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、番組に関わるスタッフに限らず、関西テレビの様々な社員（当時の局長・局次長クラス）や関係者（局周辺のレストランのオーナーなど）も、番組に何らかの機会で登場すると、彼らのイラストが寄せられるようになった。番組では当時の同局の上層部・重役陣を「エライちゃん」と一括りで呼び、ネタの対象にし、局内に向けても番組の浸透を図ることで、よりアットホームさを醸し出していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中でも1986年から番組に参加した[[千草宗一郎]]プロデューサー（2005年7月より同局代表取締役社長、2007年4月辞任）は、本人が[[石原裕次郎]]のファンであることから「タフガイ千草」と呼ばれていたが、その独特な風貌から後に「シーチャカ」（名前の由来は石原のヒット曲「嵐を呼ぶ男」のリズム「シーチャッカ」という音から）と呼ばれ、イラストの「餌食」と化した。また番組内の様々なコーナーに登場し「エンドレスナイトのカリスマ」と呼ばれるようになる。後に[[人事異動]]で番組を離れる際には「さらばシーチャカスペシャル」と題したスペシャル企画が放送され、千草プロデューサーと親交のある関西のマスコミ関係者が総出演した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして番組末期には[[苧木晃]]ディレクターのイラストが、当時一世を風靡した映画「バットマン」のパロディ「ラビットマン」の名で視聴者から送られてきた。これに着目した番組は映画「ラビットマン」を番組スタッフ・キャスト・関係者総動員で制作。1回限りの上映だったが、梅田コマ劇場で上映会を行い、さらにメイキングシーンも収めた[[VHS]]ビデオも販売された。又、この映画には後に[[K-1]]などで格闘技界の中心的存在となった「[[正道会館]]」の[[角田信朗]]や、当時全くの無名選手であった[[佐竹雅昭]]が出演した他、[[道場]]のシーンやアクションシーンなどで協力した。後に、この映画の監督を務めた「ミーハー横山」こと[[横山順一]]ディレクターはK-1大阪大会の総合演出を手がけ、現在も格闘技イベント演出の第一人者として活躍している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==テレビを飛び出した展開==&lt;br /&gt;
放送上での展開が基本となるテレビ番組に於いて、エンドレスナイトはより番組以外でのアピールの場を求めることを続けた他、メディアミックスやグッズ展開などで、番組の存在感をより強くしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===視聴者がPR「インベーダー作戦」と2WAYコミュニケーション===&lt;br /&gt;
3時間以上に及ぶ放送時間、当時としてはかなりの話題性をもったエンドレスナイトであったが、それでも深夜の番組ということで、より深い浸透を図らねばならなかった。その一つとして、ラジオ的なツーウェイコミュニケーションの展開であった。まず、そのきっかけ作りとして、パーソナリティーのばんば・兵藤らは視聴者に向かって、ラジオ番組のように「君」「あなた」と呼びかけるように心がけた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つまりテレビでは、不特定多数の視聴者に対し「ご覧の皆さん」と呼びかけるのが暗黙の了解であったが、ラジオパーソナリティーとしての経験も踏まえたばんばと兵藤は「君、あなた」と呼びかける事で、視聴者との距離を縮めた。これは「『皆さん』の中では漏れてしまう人はいるが、『君』『あなた』の中に、漏れる人はいない」という上沼の考えでもあった。そんなコミュニケーションを深めていった中から生まれた企画が「インベーダー作戦」なるコーナーであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本来、番組の[[パブリック・リレーションズ|PR]]は放送局が率先して行うものだが、番組では並行して視聴者に「エンドレスナイトを広めて下さい！」とお願いするようになる。その代わりに自身のPR活動を番組に報告する葉書が紹介されたら、希望の番組のグッズが贈られるという仕組みにし、視聴者との一体感をより強めていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その結果、視聴者からは「学級新聞に『エンドレスナイトを見よう』と書きました」と報告をする高校生や、学校の試験問題に「エンドレスナイト」の文字を入れた先生からの葉書、さらに[[ちり紙交換]]車のアナウンスで「エンドレスナイトを見ましょう！」と叫んだ職員からの便りなど、さまざまな「作戦報告」が寄せられた。こうしたゲリラ的展開が功を奏し、番組は若年層のみならず、さまざまな層に浸透していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このゲリラ的なPR展開は、視聴者だけでなく出演者も自ら行う事が多く、毎年夏に放送されるフジテレビ系列の24時間テレビ「[[FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島|1億人のテレビ夢列島]]」では、梅田淳アナウンサーがエンドレスナイトのブルゾンを着用しての出演を果たす、ばんばが「[[森田一義アワー 笑っていいとも!|笑っていいとも!]]」の「[[テレフォンショッキング]]」にゲスト出演した際は、同じく番組グッズのタオルを掲げて登場するなど、全国ネットの番組でエンドレスナイトの名をアピールした。また、大阪を舞台にしたハリウッド映画「[[ブラック・レイン]]」（[[リドリー・スコット]]監督／1989年公開）には「エンドレスナイト」と書かれ、さらに両サイドには、[[フジサンケイグループ]]の「目玉マーク」を正面につけたダンプカーが登場するなど、様々な局面で番組の存在を知らしめた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、現在活躍する関西の芸能人の中にも、番組に参加した経験をもつ者も多く、[[ますだおかだ]]の[[増田英彦]]が当時番組に投稿していた他、[[辻本茂雄]]も視聴者参加のドラマコーナーに出演した事もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===エンドレスナイトマガジン===&lt;br /&gt;
番組が定着してきた1986年（昭和61年）春、番組の舞台裏の紹介とエンドレスギャルズのグラビア等で構成された「エンドレスナイトマガジン（通称エンマガ）」が創刊された。番組スタッフが中心となって編集されるこの本は、ギャルズが替わる毎、半年に一回（春、秋）出版された。創刊号は一般書店の販売ではなく、[[通信販売]]と番組が指定した日時と場所での手売り販売を行った。当初の発行部数は1万部。しかし反響が大きく、増刷を重ね、最終的には2万6000部を完売した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この結果を受けて、第2号からは一般[[本|書籍]]と同じ販売ルートに乗せ（番組内で「[[トーハン|東販]]・[[日本出版販売|日販]]・[[大阪屋]]」のフレーズで取扱[[出版取次|取次]]を紹介していた）、全国の書店で販売されるようになった。ただし「マガジン」と名が付くものの、[[雑誌]]ではなく一般書籍の扱いであった。関西テレビは[[ISBN]]を取得し、放送局の番組外収入の要である出版部門を拡充した。一般書店でも人気は上々で、1987年5月に発売された第3号は、4万5000部を完売。関西地方のベストセラーランキングでは3週連続で第1位を記録し、さらに全国ランキングでも2位に輝いた。その後も発売される度に大手取次や大型書店が発表するベストセラーランキングの1位を記録。テレビ業界のみならず、出版業界からも番組の存在が注目された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「エンマガ」は放送200回記念に出版された増刊号と合わせ、通算10号発売された。なお絶版となってはいるが、[[東京都]][[千代田区]][[永田町]]一丁目の[[国立国会図書館]]、また[[大阪市]][[西区_(大阪市)|西区]][[北堀江]]四丁目の[[大阪市立中央図書館]]で閲覧する事が可能である(いずれも欠号あり)。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===グッズ展開===&lt;br /&gt;
ラジオの深夜放送の空気を番組に持ち込んだエンドレスナイトは、視聴者からのハガキや[[イラスト]]が数多く送られ、番組で紹介した人には、謝礼品として番組の[[ノベルティ]]グッズが贈られた。中でも[[ステッカー]]は番組の放送開始時間をあしらった、通称「オフィシャルロゴステッカー」のほか、千社札タイプなど、数十種類が作られた。この他ワッペン、[[トレーナー]]（放送ではギャルズも着用）、[[ブルゾン]]、[[バッグ]]、[[テレフォンカード]]、[[腕時計]]などがあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらは番組で葉書等が採用されないと貰えなかったが、視聴者からは販売を望む声もあり、1987年（昭和62年）7月から8月にかけて、東京・晴海見本市会場と[[インテックス大阪]]で同時開催された、[[フジサンケイグループ]]のイベント「[[コミュニケーションカーニバル 夢工場&#039;87|夢工場&#039;87]]」の大阪会場では「エンドレスナイトショップ」を開店した。ショップにはギャルズの卒業生も日替わり店員として駆けつけ、人気を博し、その結果、数ある[[タレントショップ]]の中で、東京・大阪会場合わせての売り上げで1位を記録した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これが引き金となって、翌年には大阪・梅田の商業施設「[http://ddhouse.hankyu.co.jp/ D.D HOUSE]」の1階に、関西テレビの[[アンテナショップ]]「KTVメディアギャラリー」をオープンさせた（現在は閉店）。現在、テレビ各局が展開するグッズショップの先駆けとして、エンドレスナイトの他「[[さんまのまんま]]」「[[ねるとん紅鯨団]]」などの関西テレビの番組グッズが販売された。また当時流行した「[[タレントショップ]]」の波にのり、京都・[[嵐山]]にも出店。1989年に「嵐山メディアギャラリー・憧屋」（京都市[[右京区]]嵯峨天龍寺造路町37-8）がオープン。こちらは営業を続け、関西テレビのキャラクター「[[ハチエモン]]」のグッズ等を発売している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この他、公開放送や番組のイベント会場でも、グッズが販売された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==番組とイベントの融合==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
視聴者参加の場を様々な形で求めたエンドレスナイトが、その本領を発揮したのは大晦日のオールナイト生放送や、様々なイベントである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===視聴者参加企画===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
視聴者参加のイベントは数多く行われたが、中でも大規模だったのは「海外演技者（えんぎもの）シリーズ」と呼ばれる、ギャルズ卒業記念に行われた海外でのドラマ撮影に、一般視聴者が参加する企画である。[[近畿日本ツーリスト]]との[[タイアップ]]で[[サイパン]]や[[タイ王国|タイ]]のほか、1988年（昭和63年）には、[[ニューヨーク]]ツアーを敢行した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もちろん国内でも関西地方を中心に大小様々なイベントや視聴者参加企画が行われたが、これらにも多くの参加者が集結、番組のパワーを見せつけた。近畿各地で開催された人気企画「ウルトラ風クイズ」は数回に亘り開催された。また、高校生を集めてのティーチイン企画「ほんわかフェスタ」は、高校生視聴者のために日中の公開録画の形式で行われた。この他にも近畿各地で開催された祭りやイベントには、視聴者とギャルズ、スタッフが一体となって参加。視聴者との距離が近い、ローカルの深夜番組の姿勢を全面に出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===大晦日のオールナイト生放送===&lt;br /&gt;
{{main|エンドレスナイトスペシャル}}&lt;br /&gt;
毎年[[大晦日]]深夜（元日未明）は「[[ゆく年くる年]]」の後、午前1時すぎから朝6時まで「エンドレスナイトスペシャル」と題し、オールナイトで放送され、大規模な企画が数多く展開された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===開局30周年イベントとエンドレスナイト===&lt;br /&gt;
1989年（平成元年）4月15日・16日、[[吹田市]]の[[万博記念公園]]で、関西テレビの開局30周年記念イベント「[[MAGMA30]]」が開催された。2日間、総放送時間14時間に亘って、関西のお笑いタレントや、同局でレギュラー番組を持つタレントが総出演し、人気番組の公開放送やイベントが数多く繰り広げられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初の予定では、このイベントは前年、[[1988年]]（昭和63年）11月19日・20日（関西テレビ開局記念日直近の週末）に開催される予定だったのだが、[[昭和天皇]]の入院・闘病により、日本全国で様々な催し物が「自粛」したため、昭和天皇入院直後の9月中旬、関西テレビは「延期」を決定した。元号が平成に改まった1月、改めてイベント開催が決定された。なお、番組も昭和天皇の病状を伝える[[報道特別番組]]の放送のため、1988年（昭和63年）[[9月22日]]の放送が、さらに昭和天皇崩御に伴う特別編成のため、1989年（昭和64年）1月7日（正確には平成元年1月8日）の放送と計2回、放送休止になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした状況ののち、華々しく開催された「MAGMA30」。この時、エンドレスナイトは会場内にグッズショップをオープン。全国区で人気を誇るタレントの店やフジテレビグッズの店なども並ぶ中、前々年の「夢工場&#039;87」に続き、売り上げ1位を記録した。また、15日が土曜日ということもあって、当日深夜の通常放送枠では「開局30周年記念クイズ」を放送し、関西テレビの当時の社長も出演した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに2日間のイベントと生放送を締めくくるグランドフィナーレを、エンドレスナイトのスタッフが担当。ばんば・兵藤も出演したこともあって、会場の同公園の「お祭り広場」には観客が殺到し、一時は[[大阪府警察|警察]]から中止命令が出る事態になった。しかし、2人の観客への説得もあってイベントは続行。会場では超大型の「エンドレスナイトスーパーサイズステッカー」が7000枚配布された。これを手にした観客とともに、番組のテーマ曲であり、関西テレビ開局30周年記念のテーマソング「DEAR MY FRIEND」を合唱して、大団円を迎えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この時、グランドフィナーレの演出を担当した苧木晃ディレクターは、エンディングに制作スタッフの名前を出さず、代わりに視聴者へのメッセージとして「今日までのあなたにありがとう、そして今日からも…We&#039;re always with you」の文字を流した。番組が提唱し続けた「イベントと放送の合体」は、こうした局を挙げた一大イベントの場でも成功を収めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==番組の終了==&lt;br /&gt;
関西地区で土曜深夜の時間帯に、唯一長時間の生放送番組を続けてきたエンドレスナイトだったが、1989年4月に、フジテレビ系列の土曜23時台の全国ネット枠が拡大。それまで関東ローカルの深夜番組で人気を博していたバラエティ番組「[[夢で逢えたら (テレビ番組)|夢で逢えたら]]」（出演：[[ダウンタウン (お笑いコンビ)|ダウンタウン]]、[[ウッチャンナンチャン]]、[[野沢直子]]、[[清水ミチコ]]）が全国ネットに昇格。この番組が23時30分から24時までの放送になったため、それまで24時45分前後の放送開始だった番組が、25時15分開始に繰り下がった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、番組は衰退を迎える。そして第12期ギャルズが登場した後に番組の終了が決まり、1990年春に発表された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし番組末期も数多くのイベントを展開。1989年12月には「エンマガ」第8号に掲載された小説「エンドレスナイト殺人事件」（作／[[法月綸太郎]]）の舞台となった、滋賀県・[[竹生島]]を巡っての犯人探しツアー、[[大阪湾]]を航行する客船「[[さんふらわあ]]」を使ってのイベント、そして視聴者参加による大晦日のクイズ大会など、止まることはなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに番組終了発表後も、番組キャスト・関係者総出演の映画「ラビットマン物語」を[[梅田芸術劇場|梅田コマ劇場]]で上映し、出演者が全員登場してのファイナルイベントも同時開催した。そして最終回は[[琵琶湖]]に浮かぶ豪華客船で行われた（但し最終回は録画放送）。歴代出演者や関係者などが総出演し、フィナーレは番組初期のオープニングテーマ曲「[[あの素晴しい愛をもう一度]]」を全員で歌い、6年間の歴史に終止符を打った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==エンドレスナイトが残したもの==&lt;br /&gt;
放送開始時刻の繰り下げはあったものの、それでも大きな支持を受けたエンドレスナイトは、それまでの関西の情報バラエティ番組にはなかった手法は、テレビ番組の形態に影響を与えた。加えてこの番組をきっかけに「情報」と「バラエティ」をミックスした形の番組は数多く生まれた他、グッズや本といった番組外での[[コンテンツ]]収入の可能性をテレビ界に与えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===第2のエンドレスナイト「熱血!ハイテンション」===&lt;br /&gt;
エンドレスナイトの終了以降、関西テレビでは深夜の生放送は一時なくなったが、1993年には3年ぶりに深夜の生放送が復活する。「熱血!ハイテンション」というタイトルで、エンドレス時代のスタッフも参加。出演者は[[松澤一之]]（俳優）、角田信朗（格闘家）など。これにセクシー女性タレントグループの[[T-BACKS]]が加わった。視聴者とのコミュニケーションツールに家庭でも普及してきた[[ファクシミリ]]を使用。エンドレス出演経験のある角田の登場もあって「第2のエンドレスナイト」と期待する声もあったが、既に[[バブル経済]]も弾け、深夜番組にも予算削減の波が押し寄せていた事もあり、短期間で終了した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし「様々な人気者」の項にもあるように、この番組の横山順一ディレクターが正道会館の門下生や、館長の角田を再三テレビに登場させ、さらに「熱血」では角田を司会に起用するなど、そのキャラクターにも注目していた事、現在も格闘技界の第一人者として、そしてTVタレントとしても活躍している事実からもわかるように、エンドレスナイトがその嚆矢となり、今日も続く格闘技ブームの先駆的存在であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この頃（1990年代前半）、関西地方で人気のあった深夜のテレビ番組に、1992年10月に放送を開始した、毎日放送テレビの「[[テレビのツボ]]」（月曜〜金曜・深夜生放送／司会：[[ぜんじろう]]・[[大桃美代子]]・[[藤岡久美子]]）があった。これはエンドレスナイトとは対照的に、低予算を売りにした番組で、テレビに関することなら、自局のこと以外も紹介するというアナーキーさが受けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この「テレツボ」でも、一度「エンギャルは今」という特集が放送された。この時に横山ディレクターと、第5期エンギャルの中村里花（貝津幸典ディレクター夫人）がゲスト出演し、当時のエピソードを語った。放送終了から2年以上経ても、こうした形で、且つ他局の番組で取り上げられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===大型特番に残るエンドレス色===&lt;br /&gt;
当時の番組スタッフが手がけた後の番組にも、エンドレス当時のテイストを色濃く残したものも多かった。前出の「MAGMA30」がそうであったように、生放送とイベントを合体させた、関西テレビ開局35周年記念特別番組「[[アスメディア88祭り]]」（1993年8月7〜8日／17時間）などの大型スペシャルなどである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また1995年に放送された「今年はこれくらいにしといたろスペシャル」（12月30日・12:00～18:00／司会：[[上岡龍太郎]]・[[板東英二]]・[[やしきたかじん]]・[[桂南光]]・[[桑原征平]]）では、移動中継車を使用しての視聴者プレゼント企画や、扇町公園に視聴者を集め、クイズ大会で優勝した人にその場で温泉旅行やハワイ旅行に招待する企画など、エンドレスナイト時代に培った「生放送とイベントの合体」が数多く放送された。これらの特別番組のプロデューサーには、エンドレスナイトの苧木晃ディレクター（当時）が名を連ねていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===「ラビットマン」星になる===&lt;br /&gt;
番組で「怪しいオカマキャラ」「紅ハンカチ」そして後期は「ラビットマン」「おぎピョン」などのニックネームで親しまれていた苧木晃ディレクターは、番組終了の後に深夜番組「ばらいろ海綿体」や、日中の情報ワイド番組「[[痛快!エブリデイ]]」「[[2時ドキッ!]]」をはじめ、数多くの番組を手がけたが、2002年5月25日に逝去した。47歳という若さで急死した彼を偲び、この年の11月、大阪市内のホテルで「苧木晃さんを偲ぶ会」が開かれた。発起人は「痛快!エブリデイ」司会の桂南光、ハイヒールリンゴ・モモコ。賛同人にばんばひろふみと兵藤ゆきの名前があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
会場内では彼が手がけた数多くの番組に加え、エンドレスナイト時代に制作された、苧木ディレクター主演の映画「ラビットマン物語」が上映された。また、この会の席上で、苧木ディレクター（プロデューサー）のテレビマンとしての功績を讃え「関西ディレクターズ大賞」特別賞が贈られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===千草プロデューサーのその後===&lt;br /&gt;
「シーチャカ」のあだ名で親しまれ、そのキャラクターが視聴者から絶大な支持を受けた[[千草宗一郎]]プロデューサー（1986〜1988年担当）は、[[2005年]]6月23日に開かれた[[関西テレビ放送|関西テレビ]]の[[株主総会]]、[[取締役会]]での決議事項を受けて、同社の代表取締役社長に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1986年9月、それまで番組を統括していた[[上沼真平]]プロデューサーが、土曜日の朝のワイドショー「[[シュートinサタデー]]」の立ち上げのため、一時的に番組から離れ、その穴埋めのために登場した千草だが、その独特な風貌が視聴者に衝撃を与え、たちまち番組の人気者となった。一方でカメラに映ると「イヤイヤ」と照れる様からその真面目さも伝わり、番組のファンを拡大した。しかし1988年春、当時の制作部内のシフトチェンジで番組を去るも、大晦日のスペシャル放送、そして番組の最終回などの節目には必ず登場し「エンドレスにシーチャカ千草あり」を印象づけた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
エンドレスナイト担当を外れた後、千草は「[[ノックは無用!]]」のプロデューサー、また「[[鶴瓶の1/10女子マラソン]]」をはじめ、スポーツバラエティー番組を制作し、その後古巣であるスポーツ局に異動。毎年1月に開催される「[[大阪国際女子マラソン]]」の陣頭指揮を執り、この他のスポーツ関連のイベントや特別番組を数多く手掛けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、[[2000年]]に事業局長、[[2001年]]に営業局長。[[2003年]]からは取締役となった。これまで関西テレビの社長は、大株主の[[産経新聞]]や[[阪急電鉄]]（現・[[阪急阪神ホールディングス]]）、[[フジテレビジョン]]の出身者が務めてきたが、関西テレビからの生え抜きでは千草が初めてとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし[[2007年]]、千草は全国ネット放送だった「[[発掘!あるある大事典|発掘!あるある大事典II]]」（2007年1月打ち切り）のデータ捏造問題の対応に追われ（同年1月、2月の2回「[[月刊カンテレ批評]]」に自ら出演し、視聴者に謝罪している）、この年の4月3日、遂に引責辞任した。その後、取締役を経て、相談役へ退いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===時を刻み続ける===&lt;br /&gt;
[[ファイル:Tenpozan.JPG|thumb|200px|天保山にあるエンドレスナイトの時計台]]&lt;br /&gt;
昭和63年（1988年）、番組では「ロータスクーポン100万点大作戦」と称して、視聴者と番組関係者が一体となって、食品や家庭用品などのパッケージに付いているロータスクーポンを集めた。番組の人気と、参加者の熱意が功を奏し、約4ヶ月で100万点分を集めた。そして「番組の名がいつまでも残るようなものを作ろう」と提案し、この年の夏「日本一低い山」と呼ばれている、大阪市[[港区 (大阪市)|港区]]の[[天保山]]に時計台を設置、市に寄贈した。この時計台には「&#039;&#039;&#039;endless night&#039;&#039;&#039;」の文字が刻まれており、当時とは一変した天保山エリアの中で、21世紀を超えてもなお、時を刻み続けている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===CSでの再放送『復活!エンドレスナイト』===&lt;br /&gt;
[[2005年]][[11月9日]]の深夜（[[11月10日]]未明）1時50分から、関西テレビで『復活!エンドレスナイトって!?』が放送され、[[ばんばひろふみ]]、[[杉山一雄]]アナ、[[山本浩之]]アナらが、当時の映像と共に番組の思い出を振り返った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[通信衛星|CS放送]]の『[[関西テレビ☆京都チャンネル]]』（[[スカパー!プレミアムサービス|スカイパーフェクTV!]]Ch.726。[[ジャパンケーブルネット|JCN]]など一部ケーブルテレビでも放送）で2005年[[11月26日]]深夜（[[11月27日]]未明）から『復活!エンドレスナイト』と題した再放送が放送され、[[1987年]][[1月10日]]に放送されたものから順次放送されている。また、この再放送開始にあたって、番組のステッカーを復刻。当時の放送を見ての感想を寄せた視聴者と、当時番組で放送したイラストを書いていた投稿者にプレゼントしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
再放送の放送時間が2時間のため、一部のコーナーのみの放送となった（放送前にこの番組はダイジェスト版ですと断りがあった）。放送されたコーナーは番組内容の項を参照されたい。CMは放送されなかったが、コーナーの合間に放送当時のエンドレスギャルズ（6期・7期）の紹介や番組グッズの紹介、天保山の時計台の[[フィラー]]が流れていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、「あるある捏造問題」の影響により、[[2007年]][[1月27日]]より放送を休止していたが、[[3月3日]]の放送より再開した。ただし、千草プロデューサー（当時）の出演部分やエンディングスタッフロールでの名前表示部分がカットされた状態での放送となった。そして12月に放送された『[[エンドレスナイトスペシャル]]』（1987年[[12月31日]]深夜〜[[1988年]][[1月1日]]早朝にかけて放送。第7代エンドレスギャルズ卒業の回でもあった）の再編集版の放送をもって、CSでの再放送を終了した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお『復活!エンドレスナイト』を放送していた『関西テレビ☆京都チャンネル』は、関西テレビの経費削減などの関係から、2009年4月をもってチャンネルの放送を終了した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==テーマ曲==&lt;br /&gt;
===オープニングテーマ曲===&lt;br /&gt;
*「[[あの素晴しい愛をもう一度|あの素晴らしい愛をもう一度]]」ばんばひろふみ＆谷村新司（放送開始〜1985年／[[加藤和彦]]と[[北山修]]によるヒット曲のカバー。ばんば自身がこの曲をカバーして歌うことを望んでいた。アルバム「それぞれの昨日」に収録）&lt;br /&gt;
*「真夜中のロンリーハート」ばんばひろふみ（1985〜1986年　アルバム「DEAR MY FRIEND」に収録）&lt;br /&gt;
*「純情サタデーナイト」ばんばひろふみ（1986〜1988年／作詞を兵藤ゆきが手がける　アルバム「DEAR MY FRIEND」に収録）&lt;br /&gt;
*「DEAR MY FRIEND」ばんばひろふみ＆兵藤ゆき（1988〜1990年／兵藤ゆき作詞。関西テレビ開局30周年記念イベント「MAGMA30」のテーマ曲としても使用された　アルバム「DEAR MY FRIEND」に収録）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===エンディングテーマ曲===&lt;br /&gt;
*「[[いちご白書をもう一度]]」ばんばひろふみ（放送開始〜終了まで／エンディングのスタジオ挨拶部分で使用）&lt;br /&gt;
*「星空のトランペット（原題「Lyphard Melody」）」[[ニニ・ロッソ]]（放送開始〜終了まで／スタジオでの挨拶後、大阪の夜景を映し、この曲にのせて番組が終了する）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===その他のBGM===&lt;br /&gt;
*「Rio Funk」[[リー・リトナー]]（「運ベーダー作戦」BGM）&lt;br /&gt;
*「運命」[[リチャード・クレイダーマン]]（CM前の音楽）&lt;br /&gt;
*「[[ヘイ・ジュード]]」[[ビートルズ]]（「Hey!10秒」BGM）&lt;br /&gt;
*「Winter Games」[[デビッド・フォスター]]（番組最後の宛先紹介）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 書籍 ==&lt;br /&gt;
*エンドレスナイト・マガジンNo.1（1986年5月）&lt;br /&gt;
*エンドレスナイト・マガジンNo.2（1986年11月） ISBN 978-4-906256-01-3&lt;br /&gt;
*エンドレスナイト・マガジンNo.3（1987年5月） ISBN 978-4-906256-02-0&lt;br /&gt;
*エンドレスナイト・マガジンNo.4（1987年11月） ISBN 978-4-906256-04-4&lt;br /&gt;
*エンドレスナイト・マガジンNo.5（1988年5月） ISBN 978-4-906256-15-0&lt;br /&gt;
*エンドレスナイト・マガジン200thスペシャル（1988年8月） ISBN 978-4-906256-09-9&lt;br /&gt;
*エンドレスナイト・マガジンNo.6（1988年11月） ISBN 978-4-906256-23-5&lt;br /&gt;
*エンドレスナイト・マガジンNo.7（1989年5月） ISBN 978-4-906256-14-3&lt;br /&gt;
*エンドレスナイト・マガジンNo.8（1989年11月） ISBN 978-4-906256-22-8&lt;br /&gt;
*エンドレスナイト・マガジンNo.9（1990年5月） ISBN 978-4-906256-13-6&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:えんとれすないと}}&lt;br /&gt;
[[Category:1984年のテレビ番組 (日本)]]&lt;br /&gt;
[[Category:関西テレビの深夜番組]]&lt;br /&gt;
[[Category:関西テレビの情報・ワイドショー番組]]&lt;br /&gt;
[[Category:関西テレビのバラエティ番組]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>203.175.81.234</name></author>
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