<?xml version="1.0"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" xml:lang="ja">
	<id>https://wikippe.e-do-match.com/api.php?action=feedcontributions&amp;feedformat=atom&amp;user=153.171.0.236</id>
	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
	<link rel="self" type="application/atom+xml" href="https://wikippe.e-do-match.com/api.php?action=feedcontributions&amp;feedformat=atom&amp;user=153.171.0.236"/>
	<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E8%A8%98%E9%8C%B2/153.171.0.236"/>
	<updated>2026-10-28T21:41:33Z</updated>
	<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
	<generator>MediaWiki 1.44.2</generator>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E5%8F%A4%E7%94%BA_(%E6%96%B0%E6%BD%9F%E5%B8%82)&amp;diff=163377</id>
		<title>古町 (新潟市)</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E5%8F%A4%E7%94%BA_(%E6%96%B0%E6%BD%9F%E5%B8%82)&amp;diff=163377"/>
		<updated>2014-04-10T10:00:17Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;153.171.0.236: /* 外部リンク */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Otheruseslist|新潟市の中心市街地で、市制施行以前の旧新潟町の区域である「古町地域（古町エリア）」|古町通1番町から13番町までを東西に貫く通りに面する[[商店街]]地域|古町通|古町通8番町から9番町を中心とする[[花街]]（[[花柳界]]）としての&#039;&#039;&#039;古町&#039;&#039;&#039;|古町 (花街)}}&lt;br /&gt;
{{Pathnav|日本|新潟県|新潟市|中央区 (新潟市)|frame=1}}&lt;br /&gt;
{{出典の明記|date=2011年3月}}&lt;br /&gt;
[[画像:Furumachi.jpg|thumb|right|300px|古町十字路]]&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;古町&#039;&#039;&#039;（ふるまち）は、[[新潟市]][[中央区 (新潟市)|中央区]]にある地名、及びその周辺一帯を指す名称である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[ファイル:古町通り起点（新潟市）.JPG||thumb|200px|right|古町通り起点を[[白山公園 (新潟市)|白山公園]]より望む]]&lt;br /&gt;
新潟市内、さらには新潟県下最大の繁華街である[[古町 (新潟市)|古町]]（ふるまち）と[[本町通 (新潟市)|本町]]（ほんちょう）は、中央区北側の日本海に面する[[新潟島]]のほぼ中央に位置している。街路は古町通りと平行する「通り」と呼ばれる道と、これに直交する「小路」と呼ばれる道からなる。古町通りの北側には「&#039;&#039;&#039;西堀通&#039;&#039;&#039;」が、また南側には「&#039;&#039;&#039;東堀通&#039;&#039;&#039;」、「&#039;&#039;&#039;本町通&#039;&#039;&#039;」が通り、[[柾谷小路]]等の小路が縦貫している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、発音は「&#039;&#039;&#039;ふ&#039;&#039;&#039;るまち」のように、頭にアクセントがくる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地域 ==&lt;br /&gt;
; [[西堀通]] （にしぼりどおり）&lt;br /&gt;
: [[1872年]]（明治5年）から現在までの町名で、新潟町の町域改編に伴い寺町通から改称&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.1039&amp;quot;&amp;gt;[[#角川地名15|角川地名15、p.1039]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。一番堀通町の[[白山神社 (新潟市中央区一番堀通町)|白山神社]]付近を起点に南西から北東に伸びる寺町で、柾谷小路周辺には[[三越]]といった[[百貨店]]や、[[ラフォーレ原宿]]などが出店している[[超高層ビル]][[NEXT21 (新潟市)|NEXT21]]が立地している。、西堀通の地下には地下街の[[新潟市西堀地下商店街|西堀ローサ]]もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[西堀前通]] （にしぼりまえどおり）&lt;br /&gt;
: 1872年（明治5年）から現在までの町名で、新潟町の町域改編に伴い寺町通から改称&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.1039&amp;quot; /&amp;gt;。一番堀通町の[[白山神社 (新潟市中央区一番堀通町)|白山神社]]付近を起点に南西から北東に伸びる通りに沿って古くからの商店街がある。1番町から11番町まである&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.1039&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ファイル:ふるまちモール（新潟市）.JPG||thumb|200px|right|ふるまちモール６]]&lt;br /&gt;
; [[古町通]] （ふるまちどおり）&lt;br /&gt;
: 江戸期から現在までの町名&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.1175&amp;quot;&amp;gt;[[#角川地名15|角川地名15、p.1175]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[白山神社 (新潟市中央区一番堀通町)|白山神社]]に繋がる古町通1番町から13番町まで続く商店街。1番町から4番町までは&#039;&#039;&#039;上古町&#039;&#039;&#039;(かみふるまち)とも呼ばれ、5番町から7番町までの区間には[[アーケード]]街&#039;&#039;&#039;ふるまちモール&#039;&#039;&#039;が広がっている。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
* 大きな「通り」「小路」をはずれた小さな路地などにはかつての遊郭の名残からか[[風俗店|性風俗店]]や[[コスプレ系飲食店]]、[[ソープランド]]などもある。特に東堀通りとの間にある[[昭和新道]]に集中している。その反面、小さな路地が災いし、緊急時の対応が心配される。[[1978年]]3月には昭和新道の雑居ビルで火災が発生し（[[今町会館ビル火災]]）、11名が死亡している。&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[東堀通]] （ひがしぼりどおり）&lt;br /&gt;
: 1872年（明治5年）から現在までの町名で、新潟町の町域改編に伴い片原通・古洲崎町の一部から改称&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.1118&amp;quot;&amp;gt;[[#角川地名15|角川地名15、p.1118]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。信濃川河口付近左岸、古町通の東側を並行するように南北へ走る片側2車線の道路である。通りは上手の白山神社側を起点に1番町から13番町まである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[東堀前通]] （ひがしぼりまえどおり）&lt;br /&gt;
: 1872年（明治5年）から現在までの町名で、新潟町の町域改編に伴い片原通の一部から改称&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.1118&amp;quot; /&amp;gt;。東堀通より信濃川寄りにあり、1番町から11番町まである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[本町通 (新潟市)|本町通]] （ほんちょうどおり）&lt;br /&gt;
: 江戸期から現在までの町名&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.1200&amp;quot;&amp;gt;[[#角川地名15|角川地名15、p.1200]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。本町は、この古町とは東堀通などを挟んで南側で並行する本町通を中心に商業地を構成している。古くから「市民の台所」と謳われる通り沿いには魚介類や農産物、日用品、衣類などを売る店舗が多数並び、本町通六番町のアーケード内を中心に[[露店]]も出される。[[イトーヨーカドー]][[丸大 (新潟県)|丸大]]新潟店が所在するのはこの六番町である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[上大川前通]] （かみおおかわまえどり）&lt;br /&gt;
: 1872年（明治5年）から現在までの町名で、新潟町の町域改編に大川前通から改称&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.383&amp;quot;&amp;gt;[[#角川地名15|角川地名15、p.383]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。信濃川河口付近左岸、本町通の東側を並行するように南北へ走る通り。かつては7番町から8番町にかけて[[新潟証券取引所]]、[[新潟中央銀行]]本店等が立地し、[[商工会議所]]や[[都市銀行]]の支店が立ち並ぶ新潟経済の中心地であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[一番堀通町]] （いちばんぼりどおりちょう）&lt;br /&gt;
: 1872年（明治5年）から現在までの町名で、神明横町が改称して成立&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.158&amp;quot;&amp;gt;[[#角川地名15|角川地名15、p.158]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。1936年（昭和11年）に昭和大橋上手埋立地を編入した&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.158&amp;quot; /&amp;gt;。町名の由来は、一番堀に沿うことにちなむ&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.158&amp;quot; /&amp;gt;。白山神社の所在地であり、区域の大半は[[白山公園 (新潟市)|白山公園]]で占められる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; [[学校町通]] （がっこうちょうどおり）&lt;br /&gt;
: 1883年（明治16年）から現在までの町名で、新潟町の町域改編に学校通1番町から改称&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.361&amp;quot;&amp;gt;[[#角川地名15|角川地名15、p.361]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。町名は旧北陸道沿いに学校が集中することにちなむ&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.361&amp;quot; /&amp;gt;。一番堀通町に隣接し、1番町から3番町まである。[[新潟市役所]]の所在地。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; {{Visible anchor|医学町通}} （いがくちょうどおり）&lt;br /&gt;
: 1873年（明治6年）から現在までの町名で&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.123&amp;quot;&amp;gt;[[#角川地名15|角川地名15、p.123]]&amp;lt;/ref&amp;gt;、1番町と2番町がある。町名は横三番町に開設された私立病院がこの地に移転したことによる&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.123&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; {{Visible anchor|横一番町}} （よこいちばんちょう）&lt;br /&gt;
: 1872年（明治5年）から現在までの町名で、新潟町の町域改編に伴い丁持小路と曲師屋小路の一部から改称&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.1363&amp;quot;&amp;gt;[[#角川地名15|角川地名15、p.1363]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; {{Visible anchor|横六番町}} （よころくばんちょう）&lt;br /&gt;
: 1872年（明治5年）から現在までの町名で、新潟町の町域改編に伴い甚九郎小路が改称して成立&amp;lt;ref name=&amp;quot;角川地名15、p.1371&amp;quot;&amp;gt;[[#角川地名15|角川地名15、p.1371]]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 交差する小路 ===&lt;br /&gt;
[[白山神社 (新潟市中央区一番堀通町)|白山神社]]側（1番町側）から順に&lt;br /&gt;
* [[新潟県道164号白山停車場女池線|一番堀通り]]（白山神社前）&lt;br /&gt;
* [[丁持小路]]（2番町と3番町の間）&lt;br /&gt;
* 新川小路（3番町と4番町の間）&lt;br /&gt;
* 鍛冶小路（4番町と5番町の間）&lt;br /&gt;
* 新津屋小路（5番町と6番町の間）&lt;br /&gt;
* 小原小路（6番町の中間地点）&lt;br /&gt;
* [[柾谷小路]]（6番町と7番町の間）&lt;br /&gt;
* 新堀通り（7番町と8番町の間）&lt;br /&gt;
* [[新潟県道565号郷土資料館線|坂内小路]]（8番町と9番町の間）&lt;br /&gt;
* 広小路（9番町と10番町の間）…南へ行くと[[柳都大橋]]へ至る。&lt;br /&gt;
* 風間小路（10番町と11番町の間）&lt;br /&gt;
* 五菜堀（11番町と12番町の間）&lt;br /&gt;
* 東堀通り（お互いの13番町で合流し、[[横七番町通]]として更に信濃川河口地区方面へつながる）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
この周辺は、かつては日本有数の[[遊郭]]で江戸時代初期に書かれた『遊里遊郭番付表』では、[[京都府|京都]]・[[大阪府|大坂]]・[[江戸]]の三都に次ぐ番付であった。やがて、市内の[[堀]]が整備され[[新潟港]]に[[北前船]]が寄港するようになると一帯は更に発展を遂げた。[[十返舎一九]]による『[[東海道中膝栗毛]]』の中では&#039;&#039;「新潟越後じゃあんめいし八百よこせとすさまじい」&#039;&#039;と書かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治時代になると、法改正や新潟市内での大火（[[新潟大火|明治新潟大火]]）の影響も相まって遊郭は移転し芸事が中心の花柳界（[[花街]]）へと変化した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和初期には[[新橋 (花街)|新橋]]・[[祇園]]と並び[[日本三大一覧|三大]]花街と呼ばれるまでとなり、現在においても高級[[料亭]]が12軒営業している。[[行形亭]]、[[有明 (新潟市)|有明]]、[[やひこ]]、寿々村、[[大丸 (新潟市)|大丸]]、小三、[[かき正]]、[[鍋茶屋]]、金辰、等の新潟を代表する老舗料理屋がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和時代になると、[[天然ガス]]採掘による[[地盤沈下]]の発生や、下水道網の不備から堀に生活廃水が大量に流出したことなどから堀の水質が悪化。更に[[新潟大火 (1955年)|昭和新潟大火]]（[[1955年]]）による古町地域の焼失及び[[第19回国民体育大会|新潟国体]]（[[1964年]]）を控え、交通路の確保と街の衛生状態を改善する必要に迫られたことから、昭和30年代末頃までに堀は全て埋め立てられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かつての堀の周辺には[[西堀（新潟市）|西堀]]通や[[東堀（新潟市）|東堀]]通といった堀の付く地名が多い。またかつての堀の縁には[[ヤナギ|柳]]の木が植えられていたことから、新潟市を&#039;&#039;&#039;柳都&#039;&#039;&#039;（りゅうと）と呼んだり、新潟市の木が柳となるなど、歴史が色濃く残されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在では、[[ラフォーレ原宿]]・新潟や新潟[[三越]]などがあるものの、[[万代シテイ]]と比べると[[テナント]]ビルや[[百貨店]]などの大型店は少なく、昔からの商店や専門店などが立ち並んでいるため[[商店街]]・ファッションストリート、飲食街といった性格が強い。なお[[2010年]]6月に[[大和 (百貨店)|大和]]新潟店が閉店した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
西堀通りには[[本州]]の[[日本海]]側では唯一の[[地下街|地下ファッションストリート]]である[[新潟市西堀地下商店街|西堀ROSA]]がある（ただし、地下ファションストリートに限定せずに単に「地下街」と言った場合には、[[富山県]][[高岡市]]に[[高岡駅前商店街#高岡駅前地下街|高岡駅前地下街]]が存在する）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 現代 ===&lt;br /&gt;
; 1970年代以前&lt;br /&gt;
従来から柾谷小路を挟んで小林百貨店、大和の2大百貨店を中心に新潟市一の[[繁華街]]として栄えてきた古町だが、その後[[1955年]]の[[新潟大火 (1955年)|昭和新潟大火]]により、5番町から7番町にかけてがほぼ焼失（当時は木造の建造物が圧倒的に多く、残ったのは大和などごく一部であった）。これを機に焼失地域の再建が始まり、[[1964年]]の[[第19回国民体育大会|新潟国体]]を控え、商店街をあげて大会を盛り上げようと意気が上がり、大成功に終わった。しかしその直後に起きた[[新潟地震]]によって、古町界隈も大きな被害を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 1970年代&lt;br /&gt;
それでも新潟地震後の復興は早く、古町周辺も早々と活況を呈し、再び市内唯一の繁華街としての地位につく。それを後押ししたのが相次ぐ[[デパート]]や[[スーパーマーケット]]などの出店だった。まず[[1969年]]には隣接する東堀通りに[[長崎屋]]、[[1970年]]にはその隣りに[[イチムラ (百貨店)|イチムラ]]百貨店、古町に[[緑屋]]（[[月賦百貨店]]）などの[[百貨店]]が相次いで開店した。同年には7番町にアーケードが完成している。更に[[映画館]]も古町[[松竹]]、東堀[[東映]]の2大映画館だけだったが、1970年に雑居ビル的な要素も兼ねた新潟宝塚会館が東堀に開館。[[東宝]]系の映画が見られるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1972年]]には大和や[[山下家具店]]の店舗増床、更に[[1976年]]の[[カミーノ古町]]開店などで大型店全盛の時代を迎えた。また、当時の[[新潟交通]]のバス路線網で郊外線の終着点が古町（降車場は三越前など数か所ある）だったこともあり、新潟市民の足は古町に向かうようになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 1980年代・1990年代&lt;br /&gt;
しかし[[1973年]]から始まった[[ダイエー]]出店を前面に押し出した[[万代シテイ]]の開発拡大により、[[1979年]]には、そのダイエー新潟店が全国のダイエー店舗の中で売上高トップの座につく。そして[[1984年]]に、万代シテイでは初の百貨店出店となった新潟[[伊勢丹]]がオープンし、それと相反して古町の繁栄にも陰りが見え始める。既に[[1976年]]には小林百貨店が[[仙台市]]の[[藤崎]]と業務提携を経て、[[1978年]]には[[三越]]傘下に入り、[[1980年]]に&#039;&#039;&#039;新潟三越&#039;&#039;&#039;としてリニューアルするなど、変化の兆しがあった。しかし[[1981年]]にイチムラ、長崎屋が閉店した。（このうちイチムラは[[かに道楽]]などが入ったファッションビルWITHとしてリニューアル）した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして県下で最も[[地価]]の高かった大和百貨店前は、やがて[[新潟駅]]前にその地位を譲り、[[1990年代]]初頭には大和前の柾谷小路交差点（通称：古町十字路）は通行量の面でも下降が顕著になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1993年]]には西堀に[[日本海]]側初の[[超高層ビル]][[NEXT21 (新潟市)|NEXT21]]が開業し客層の呼び戻しが期待されたが、人々の足は無料で駐車できる[[駐車場]]を求めて郊外に進出した大型店に移っていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 2000年代&lt;br /&gt;
[[2000年代]]に入るとカミーノ古町が閉店。更に[[2001年]]には松竹、東映の2大映画館も姿を消した。これと入れ替わる形で[[専門学校]]グループの[[新潟総合学院|NSG]]が古町界隈に進出してくる。カミーノ古町の建物に系列の専門学校を複数入れてリニューアル。また、大和の向かいにあった[[三井住友銀行]]新潟支店が旧[[さくら銀行]]と旧[[住友銀行]]の支店統一化により新潟駅前に統一されて建物だけが2年ほど残っていたが、NSGは跡地を[[調理師]]養成の専門学校としてリニューアルさせた。更に本町にも[[新潟中央銀行]]跡地に[[新潟国際情報大学]]のキャンパスが進出するなど、若年層が戻りつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[2004年]]頃から都市型マンションの建設が進み定住人口が増加していること、さらに[[2006年]]以降相次ぐ再開発事業が具体化したことなどから、一時期深刻化した空洞化現象からの脱却の兆しが見られるようになっている。ただ足元を見れば、古くからの名店が後継者不在などにより閉店する一方、若い経営者による新しい店舗が増えるなど、変化も激しい。[[2005年]]には新潟古町[[演芸場]]がオープンし、中高年層を中心にした興行が受け、新しい文化の発信地が生まれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
反面[[2007年]]には新潟宝塚会館が[[シネマコンプレックス|シネコン]]など映画館の郊外移転や建物自体の老朽化による閉館を余儀なくされ、これにより古町界隈から映画館は無くなった。また山下家具店も再開発を兼ねて[[2008年]]より取り壊しが始まっている。また、三越前の大衆酒場・越路会館も建物の老朽化が進み、2005年にCo-C.G.ファッションとグルメをメインテナントにするビルに生まれ変わった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年に入ると[[柳都大橋]]からの延伸道路が東堀通りまで開通し、更に同年7月24日から並行する西堀通りと東堀通りが42年ぶりに一方通行規制を解除され、これによって人や車の流れにも変化が出てきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2009年]]6月には、[[NEXT21 (新潟市)|NEXT21]]の隣（西堀通6番町地区）に、高さ111m、地上29階建ての、商業施設と住宅が入居する複合型高層ビル「グランドメゾン西堀通タワー」が完成した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 2010年代&lt;br /&gt;
[[ファイル:Niigata Daiwa 001.JPG|thumb|right|200px|閉店前の大和新潟店]]&lt;br /&gt;
2010年春に西堀ローサがほぼ全部の店が開店した。10月1日に旧大和の地下1階に1件の店が開店。これで完全に西堀ローサの全部の店舗が再開店した。&lt;br /&gt;
だが、大和百貨店が[[2010年]]夏に閉店（新潟県内の大和の店舗は全て閉店）、交差点を挟んだ真向かいにあった北光社書店も同年[[1月31日]]に閉店したことにより、古町の中心部である古町交差点に面する老舗店舗が同年中に2つ消えた。更に同年春には、かに道楽が入っているWITHビルが建物の老朽化とテナント業績の悪化を理由に年内に取り壊されることが発表され、商業施設がまた姿を消すことが決まっている。&lt;br /&gt;
[[2011年]][[9月24日]]に大和デパート跡地に山下家具店がオープンし、ビルの[[再開発]]のため1年半まで営業する予定となっている。&lt;br /&gt;
フロアは1F～3Fとし、1Fには雑貨のフロムキッチンを併設し2～3Fは主力の家具類のフロアとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このような状態を憂慮する地元商店街関係者と[[新潟市]]が「まちなか再生」を掲げて、定期的に会議を開いており、今後の動向が注目される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2011年]][[12月1日]]から、長年使用されてきた本町・古町共通駐車券（紙券）が磁気カードに変更となった。&lt;br /&gt;
提携の無人のコインパーキングでも楽々使用できるようになった。（紙券だと一部の駐車場では使用不可または管理事務所の営業時間中に行きその駐車場の無料券に交換または認証をする必要があった。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 古町の掘割 ===&lt;br /&gt;
「柳都」「水の都」と呼ばれる所以もこの古町・本町周辺にある。周辺の主要道路や小路には「西堀通」「東堀通」「一番堀通」などの名が残っているが、1960年代中盤まで、これらの通りには[[堀]]があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦前は生活用水や水運などに使われていたが、戦後は水質汚濁など衛生上の問題が生じ、また堀のある小路は道幅が狭隘で、自動車等の通行に障害が出はじめた。さらに1964年開催の[[第19回国民体育大会|新潟国体]]を前に中心市街地のイメージを向上させる必要が生じたことなどから、1960年を前後して相次いで埋め立てられた。現在、当時の姿をそのまま留めている場所は一箇所もないが、[[新潟市歴史博物館]]の敷地内には当時の堀と柳並木が復元されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一部の市民からは「堀割と柳並木の復活」を望む声も上がっているが、先述の道路交通や衛生上の問題もあって、この構想に関しては市民の間では賛否両論ある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&amp;amp;gl=jp&amp;amp;ie=UTF8&amp;amp;oe=UTF8&amp;amp;msa=0&amp;amp;msid=204226142381891884627.00049e5d0b8caa30556f4&amp;amp;z=14 新潟の堀と小路]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 年表 ===&lt;br /&gt;
* [[明暦]]元年（[[1655年]]） - 新潟町が寄居村と入れ替わるようにして移転。以後、新潟町の区域となり、中心地となる。&amp;lt;ref&amp;gt;[[#新潟市通2|新潟市通2]]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 2007年 - 新潟宝塚会館閉館（現在、三井のリパーク（平面）となっている）&lt;br /&gt;
* 2010年9月30日 - ファッションビルWITHが[[かに道楽]]新潟店とともに閉店&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な施設 ==&lt;br /&gt;
[[ファイル:Niigata-Furumachi-NEXT21.JPG|thumb|right|200px|NEXT21]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Closing5.jpg|thumb|right|200px|新潟プラザビル（閉店後の大和新潟店）]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 西堀通・西堀前通&lt;br /&gt;
* [[NEXT21 (新潟市)|NEXT21]]&lt;br /&gt;
** ラフォーレ原宿新潟&lt;br /&gt;
** 伊太利亜料理　IZAYOI 【十六夜】&lt;br /&gt;
** 市民プラザ&lt;br /&gt;
* [[三越|新潟三越]]&lt;br /&gt;
* [[新潟市西堀地下商店街|西堀ROSA]]&lt;br /&gt;
* Co-C.G.&lt;br /&gt;
** [[montbell]]新潟店&lt;br /&gt;
** [[WEGO]]新潟店&lt;br /&gt;
* [[ホテルイタリア軒]]&lt;br /&gt;
* [[三井住友銀行]]&lt;br /&gt;
* [[みずほ銀行]]&lt;br /&gt;
* [[三菱東京UFJ銀行]]&lt;br /&gt;
* [[大光銀行]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:西堀ローサ２.JPG|thumb|none|200px|地下街 『西堀ローサ』]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 古町通&lt;br /&gt;
* 新潟プラザビル（旧[[大和 (百貨店)|大和新潟店]]。2010年6月閉店）&lt;br /&gt;
** 山下家具店 新潟古町店ANNEX店&lt;br /&gt;
* [[山下家具店]] 新潟古町店&lt;br /&gt;
* [[水島新司]]マンガストリート&lt;br /&gt;
* 6ビジョン（街頭大型ビジョン）&lt;br /&gt;
* [[ローソン|オレンジローソン]]（古町通7：NSGスクエア店）&lt;br /&gt;
*:古町通8には普通のローソン（古町通八番町店）も所在。&lt;br /&gt;
* 新潟古町演芸場&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 東堀通・東堀前通&lt;br /&gt;
* [[第四銀行]]本店&lt;br /&gt;
* [[新潟中郵便局]]&lt;br /&gt;
* ゴールデンピッグス（旧NIIGATA CLUB JUNK BOX）&lt;br /&gt;
* NTTプラザ&lt;br /&gt;
* [[北越銀行]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 本町通&lt;br /&gt;
* 本町三郵便局&lt;br /&gt;
* [[イトーヨーカ堂|イトーヨーカドー]][[丸大 (新潟県)|丸大]]新潟店 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 教育機関 ==&lt;br /&gt;
* [[新潟県立新潟中央高等学校]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
;注釈&lt;br /&gt;
{{Reflist|group=&amp;quot;注&amp;quot;}}&lt;br /&gt;
;出典&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist|3}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*{{Cite book|和書&lt;br /&gt;
|author = [[角川日本地名大辞典]] 編纂委員会&lt;br /&gt;
|date = 1989-10-08&lt;br /&gt;
|year = &lt;br /&gt;
|title = 角川日本地名大辞典 15 新潟県&lt;br /&gt;
|publisher = (株)角川書店&lt;br /&gt;
|isbn = 4-04-001150-3&lt;br /&gt;
|ref = 角川地名15&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
*{{Cite book|和書&lt;br /&gt;
|author = &lt;br /&gt;
|date = 1997-01-31&lt;br /&gt;
|year = &lt;br /&gt;
|title = 新潟市史 通史編2 近世&lt;br /&gt;
|publisher = 新潟市&lt;br /&gt;
|isbn = &lt;br /&gt;
|ref = 新潟市通2&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
*{{Cite book|和書&lt;br /&gt;
|author = &lt;br /&gt;
|date = 2001-03-30&lt;br /&gt;
|year = &lt;br /&gt;
|title = 新潟歴史双書 5 新潟の堀と橋&lt;br /&gt;
|publisher = [[新潟市]]&lt;br /&gt;
|isbn = &lt;br /&gt;
|ref = 歴双5&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
*{{Cite book|和書&lt;br /&gt;
|author = &lt;br /&gt;
|date = 2004-03-31&lt;br /&gt;
|year = &lt;br /&gt;
|title = 新潟歴史双書 8 新潟の地名と歴史&lt;br /&gt;
|publisher = [[新潟市]]&lt;br /&gt;
|isbn = &lt;br /&gt;
|ref = 歴双8&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[横七番町通]]&lt;br /&gt;
* [[新潟競馬場]] - 夏の新潟競馬開催にて、当地にちなんだ特別競走（『古町特別』）が施行される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
{{commonscat|Furumachi, Niigata‎‎‎‎‎‎‎‎‎‎‎‎‎‎‎‎}}&lt;br /&gt;
* [http://furumachi.jp/ ふるまち.どっとプレス]（2013年3月31日をもって更新停止）&lt;br /&gt;
* [http://www.niigata-furumachi.jp/ 「ふるまち Official Guide Web」 新潟中心商店街（古町･本町･柾谷小路）公式サイト]&lt;br /&gt;
* [http://www.kamifuru.info/ 新潟市上古町商店街振興組合 公式ウェブサイト]&lt;br /&gt;
* [http://www.horiwari.com/ 堀割再生まちづくり新潟 オフィシャルサイト | ようこそ水の都にいがたへ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{新潟市の地域}}&lt;br /&gt;
{{Japan-geo-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ふるまち}}&lt;br /&gt;
[[Category:中部地方の商店街]]&lt;br /&gt;
[[Category:新潟市中央区の地理]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>153.171.0.236</name></author>
	</entry>
</feed>