<?xml version="1.0"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" xml:lang="ja">
	<id>https://wikippe.e-do-match.com/api.php?action=feedcontributions&amp;feedformat=atom&amp;user=122.29.212.201</id>
	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
	<link rel="self" type="application/atom+xml" href="https://wikippe.e-do-match.com/api.php?action=feedcontributions&amp;feedformat=atom&amp;user=122.29.212.201"/>
	<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E8%A8%98%E9%8C%B2/122.29.212.201"/>
	<updated>2026-05-08T17:51:51Z</updated>
	<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
	<generator>MediaWiki 1.44.2</generator>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=1976%E5%B9%B4-1987%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%9B%BD%E9%89%84%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E6%94%B9%E6%AD%A3&amp;diff=192306</id>
		<title>1976年-1987年の国鉄ダイヤ改正</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=1976%E5%B9%B4-1987%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%9B%BD%E9%89%84%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E6%94%B9%E6%AD%A3&amp;diff=192306"/>
		<updated>2014-04-27T10:39:48Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;122.29.212.201: /* 1981年（昭和56年） */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Pathnav|国鉄ダイヤ改正|frame=1}}&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;1976年-1987年の国鉄ダイヤ改正&#039;&#039;&#039;（1976ねんから1987ねんのこくてつだいやかいせい）では、[[1976年]]（昭和51年）7月の新幹線設定列車量がピークを迎えた改正から、[[1987年]]（昭和62年）4月の[[国鉄分割民営化]]に至るまでの、[[日本国有鉄道]]（国鉄）の「輸送転換期」にあたる時期の[[ダイヤグラム#ダイヤ改正|ダイヤ改正]]について記す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 1976年（昭和51年） ==&lt;br /&gt;
[[6月6日]]に[[長崎本線]]・[[佐世保線]]の電化が完成されたことを受け、[[7月1日]]にダイヤが改正される。同線では[[山陽新幹線]]の接続もかねて、[[小倉駅 (福岡県)|小倉駅]]・[[博多駅]] - [[長崎駅]]に電車[[特別急行列車|特急]]「[[かもめ (列車)|かもめ]]」、同[[佐世保駅]]間に電車特急「[[みどり (列車)|みどり]]」が新設された。なお、この2列車は基本的に小倉駅・博多駅 - [[肥前山口駅]]で併結運転を行うため、「みどり」は当時の特急としては異例の、4両という短編成を組んだ。これを前に、[[東北本線]]の特急「[[東北本線優等列車沿革|ひばり]]」などに連結されていた先頭グリーン車（[[国鉄485系電車|クロ481形]]）を「みどり」に転用するため、東北地区においても車両の差し替えが行われた。また新幹線の方でもダイヤ改正が行われ、東海道新幹線ではそれまでの「[[ひかり (列車)|ひかり]]」・「[[こだま (列車)|こだま]]」の設定枠が毎時4本ずつから5本ずつとなり、新幹線列車の本数はピークを迎えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[10月1日]]にも小規模なダイヤ改正が行われ、[[高山本線]]で[[名鉄犬山線]]からの直通特急として「[[名鉄特急#高山本線直通気動車列車「たかやま」・「北アルプス」|北アルプス]]」が[[急行列車]]からの格上げの形で新設され、「[[ひだ (列車)|ひだ]]」もこれまでの1往復から4往復に増発された。また「[[はやぶさ (列車)|はやぶさ]]」と「[[富士 (列車)|富士]]」、「[[出雲 (列車)|出雲]]」に[[国鉄24系客車|24系25形客車]]（2段ハネ）が投入され、ブルートレインの体質改善が図られた。首都圏では[[横須賀線]]用に建設されていた東京－品川間の地下線が完成した為、その設備を活用して[[総武快速線|総武線快速]]の一部品川延長が図られた。&lt;br /&gt;
[[11月1日]]には[[近郊形車両|近郊形電車]]を使用していた東京近郊の急行列車が[[快速列車]]に格下げされた。[[11月6日]]には運賃・料金の50%という大規模な値上げが実施され、前年の料金値上げの影響もあり、この頃から国鉄利用客の減少が加速していく事になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 1977年（昭和52年） ==&lt;br /&gt;
[[9月1日]]、小規模な改正が実施される。これは[[首都圏 (日本)|首都圏]]と[[近畿地方|関西圏]]を除く急行列車57本の[[自由席]]に[[定期乗車券]]でも乗車が出来るようにしたものだが、逆に言えばそうしなければならないほど国鉄の利用率が減少していたと受け取れるものであった。この頃、[[A寝台]]や[[グリーン車]]は閑古鳥が鳴く状態の列車が多数存在する有様で、国鉄もあわてたのか[[9月20日]]に寝台・グリーン料金の30%値下げを行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 1978年（昭和53年） ==&lt;br /&gt;
前年に料金の値下げを行ったものの、国鉄財政は一向に好転する兆しを見せず、この年[[7月8日]]に運賃が、[[10月1日]]には料金が値上げされた。以後国鉄は運賃法定制が崩され、大臣のハンコ1つで値上げできるよう法律が改定（いわゆる「国鉄運賃値上げ自由化法」）されたため、分割民営化直前の[[1986年]]（昭和61年）まで、[[1983年]]（昭和58年）度を除き毎年運賃・料金を値上げしていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな運賃・料金値上げが実施された後の[[10月2日]]、全国規模のダイヤ改正が行われた。「&#039;&#039;&#039;ゴーサントオ&#039;&#039;&#039;」と俗に関係者や[[鉄道ファン]]からは呼ばれる事になる改正である。国鉄では増収のための施策を打ち出すようになっていたため、この改正では需要が減っていた[[貨物列車]]の大幅削減と、急行列車の特急格上げによる特急列車増発を行った。詳しくは[[ゴーサントオ]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 1979年（昭和54年） ==&lt;br /&gt;
この年はさほど大きな動きはなかったが、[[10月1日]]に[[日豊本線]]全線が電化され、寝台特急「[[富士 (列車)|富士]]」・「[[彗星 (列車)|彗星]]」の速度が向上した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なおこれに先立つ[[8月1日]]には、[[山口線]]小郡駅（現、[[新山口駅]]） - [[津和野駅]]で快速「[[やまぐち (列車)|やまぐち]]」が運転開始され、[[大井川鐵道]]に続き国鉄線でも[[国鉄C57形蒸気機関車|C57形]]を使用して[[蒸気機関車]]の運転が復活した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 1980年（昭和55年） ==&lt;br /&gt;
[[10月1日]]、国鉄再建計画の一環と言うべきダイヤ改正が実施される。この時、利用率の悪かった寝台特急が削減されるなど、&#039;&#039;&#039;優等列車の削減&#039;&#039;&#039;が初めて基本とされる改正になった。新幹線でも利用率の悪かった「こだま」の多くが削減されるなど、「減量改正」の面が目立つものであった。また北海道では[[千歳線]]に&#039;&#039;&#039;千歳空港駅&#039;&#039;&#039;（現、[[南千歳駅]]）が開業し、それまで本州から[[青函連絡船]]を使って北海道に渡ることを前提としていた道内優等列車の設定を、北海道までは[[旅客機]]で入り、札幌周辺からは道内だけでも国鉄を利用してもらえるような体制に改められた。詳しくは[[1980年10月1日国鉄ダイヤ改正]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なおこの年の末には[[日本国有鉄道経営再建促進特別措置法]]（国鉄再建法）が制定され、国鉄の体質改善を目指す動きが活発化し始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 1981年（昭和56年） ==&lt;br /&gt;
この頃になると国鉄財政の悪化と国鉄職員の悪習慣に対する世論が厳しくなり、次第に国鉄の分割民営化を目指す議論も活発化していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな中の[[10月1日]]に小規模なダイヤ改正が実施された。北海道では[[1980年10月1日国鉄ダイヤ改正|前年のダイヤ改正]]に続き、さらに[[札幌駅|札幌]]中心のダイヤへとシフトした。特急「[[おおぞら (列車)|おおぞら]]」1・6号の[[函館駅|函館]] - 札幌間が廃止され、北海道の気動車特急から「1D」の[[列車番号]]が消滅しと同時に[[上野駅|上野]] - 札幌間における1M（「[[はつかり (列車)|はつかり]]11号」）→[[青函連絡船]]1便→1D（特急「おおぞら1号」）並びに、札幌 - 上野間における2D（特急「おおぞら6号」）→青函連絡船2便→2M（「はつかり2号」）という乗り継ぎも消滅した（青函連絡船1・2便に接続する特急は、特急「[[北斗 (列車)|北斗]]」1・8号となり、列車番号も21D・28Dとなる。2Dは特急「おおぞら2号」の函館 - 札幌間の列車番号となる。）。急行「[[宗谷 (列車)|宗谷]]」は函館 - [[稚内駅|稚内]]間から、札幌 - 稚内間に区間が短縮され、函館 - 札幌間は特急「[[ニセコライナー|北海]]」に格上げされた。また[[石勝線]]が全通し、[[道央]]から[[道東]]への短絡ルートとなったことから、特急「おおぞら」は全列車が石勝線経由に変更された他、急行「[[狩勝 (列車)|狩勝]]」のうち、昼行1往復と夜行1往復が石勝線経由となって「[[まりも (列車)|まりも]]」に改称され、道央と道東との間の優等列車のスピードアップが図られた。これら新たな道内特急網の整備用として、[[札幌運転所|札幌運転区]]（当時）に[[国鉄キハ183系気動車|キハ183系]]量産車の配備が始まり、同区の[[国鉄キハ80系気動車|キハ80系]]に初めて余剰[[廃車 (鉄道)|廃車]]が出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また首都圏では、[[国鉄185系電車|185系電車]]を使用した特急「[[踊り子 (列車)|踊り子]]」が新設され、総武本線の[[津田沼駅|津田沼]]－[[千葉駅|千葉]]間の複々線化が完了した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 1982年（昭和57年） ==&lt;br /&gt;
[[3月15日]]に、[[名古屋駅]]で運転士の泥酔運転が原因で機関車が特急「[[紀伊 (列車)|紀伊]]」に激突する事故が発生したことで、国鉄職員の悪慣行に対する国民の批判が頂点に達する一方、国鉄再建を当局に任せておけないと判断した政府は[[9月24日]]に「国鉄非常宣言」を発表し、「職場規律確立」・「路線建設の凍結」・「新規採用の停止」・「貨物営業の合理化」などが定められ、国鉄本社の自主性はほとんど失われた状態になった。[[第二次臨時行政調査会|第二臨調]]も国鉄について「分割民営化が望ましい」と答申し、[[11月26日]]には、後に国鉄分割民営化を実行に移させる事になる[[中曽根康弘]]内閣も発足している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな状態の中、まず[[5月17日]]名古屋圏においてダイヤ改正が行われた。関西本線名古屋－[[亀山駅 (三重県)|亀山]]間が電化され、東海道本線[[浜松駅|浜松]]－[[大垣駅|大垣]]間の快速に[[国鉄117系電車|117系電車]]が投入された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[6月23日]]には&#039;&#039;&#039;[[東北新幹線]]の[[大宮駅 (埼玉県)|大宮駅]] - [[盛岡駅]]が開業&#039;&#039;&#039;した。当初は[[上野駅]] - 盛岡駅を&#039;&#039;&#039;[[上越新幹線]]&#039;&#039;&#039;大宮駅 - [[新潟駅]]と同時に開通させる予定であったが、都市部における土地買収の遅れと上越新幹線における[[トンネル]]掘削の難航から、東北新幹線の既完成区間だけ暫定的に開業させることになったのである。暫定開業であったという性格から、列車本数は速達の「[[やまびこ (列車)|やまびこ]]」が4往復・「[[やまびこ (列車)|あおば]]」が6往復と少なく、在来線の優等列車も特急「やまびこ」4往復が廃止されて「ひばり」が6往復削減された程度で、大きく変動することはなかった。またこれに伴い、上野駅 - 大宮駅で新幹線連絡列車として「[[新幹線リレー号]]」が新設され、185系電車が運用に当たった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[7月1日]]には、[[伯備線]]と[[山陰本線]]の[[倉敷駅]] - [[伯耆大山駅]] - 知井宮駅（現、[[西出雲駅]]）の電化が完成し、特急「[[やくも (列車)|やくも]]」8往復が[[振り子式車両]]の[[国鉄381系電車|381系電車]]に置き換えられて大幅なスピードアップが行われる一方、[[呉線]][[仁方駅]]から予讃本線（現、[[予讃線]]）[[堀江駅]]の間を連絡していた[[鉄道連絡船]]の[[仁堀連絡船]]が利用客の低迷から廃止された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして[[11月15日]]、東北新幹線開業から5ヶ月遅れて&#039;&#039;&#039;上越新幹線の大宮駅 - 新潟駅が開業&#039;&#039;&#039;し、この時東北新幹線もようやく本格稼動に移った。これにより[[東北本線]]・[[上越線]]の優等列車は大幅な整理が行われる事になり、また他線区でも利用率の悪かった列車の削減が実施された。詳しくは[[1982年11月15日国鉄ダイヤ改正]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 1983年（昭和58年） ==&lt;br /&gt;
この年[[7月5日]]、[[塩嶺トンネル]]が開通した事により[[中央本線]]のメインルートがそれまでの[[辰野駅]]経由（[[伊藤大八|大八回り]]）から[[みどり湖駅]]経由に改められ、16kmもの距離短縮が図られた。これに伴い、特急「[[あずさ (列車)|あずさ]]」など優等列車の多くが同ルートになったことから、所要時間が約20分短縮された。また飯田線でもダイヤ改正が行われ、[[国鉄119系電車|119系電車]]投入によりスピードアップが図られたほか、[[中央道特急バス]]の影響で乗客が激減していた急行「[[伊那路 (列車)|伊那]]」が廃止された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またこの年は[[6月10日]]に総理府内に「国鉄再建監理委員会」が設置されて分割民営化の本格検討に入る一方、[[10月23日]]には国鉄再建法に基く[[特定地方交通線]]廃止の第一号として[[白糠線]]が廃止された。以後、[[1990年]]（平成2年）4月1日の[[北近畿タンゴ鉄道宮津線|宮津線]]・[[鍛冶屋線]]・[[大社線]]の廃止まで、83路線の[[バス (交通機関)|バス]]転換または民営鉄道（[[第三セクター鉄道]]含む）転換が推し進められた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 1984年（昭和59年） ==&lt;br /&gt;
[[2月1日]]、久しぶりといえる全国ダイヤ改正が実施された。これは旅客輸送・貨物輸送ともに鉄道の特性が生かせる区間のみ重点化し、他は切り捨てようというもので、旅客列車では寝台特急や地方ローカル線急行の大幅削減が行われる一方、近距離普通列車の増発が図られた。貨物列車のほうでも[[操車場 (鉄道)|操車場]]を使った集結分散系輸送を廃止し、[[コンテナ]]や専用貨物列車を使った直行系輸送に絞る方針が打ち出され、大幅な削減のメスが入れられる事になった。詳しくは[[1984年2月1日国鉄ダイヤ改正]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
またこの年[[6月1日]]に、特急「[[あさま]]」の回送運転を使用して上野駅 - 大宮駅で現在の[[ホームライナー]]のもととなる列車が運転を開始し、[[7月5日]]に&#039;&#039;&#039;「ホームライナー大宮」&#039;&#039;&#039;と命名された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 1985年（昭和60年） ==&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;東北新幹線・上越新幹線列車の上野駅乗り入れ&#039;&#039;&#039;が[[3月14日]]に実現し、再び大規模な全国ダイヤ改正が実施された。東北・上越新幹線の上野駅乗り入れによって「新幹線リレー号」は廃止となり、それに伴い余剰となった185系電車は当初の予定通り、[[高崎線]]などで新設された（[[急行列車]]の車両を変えただけで特急に格上げしたといえる）&#039;&#039;&#039;[[新特急]]&#039;&#039;&#039;に転換される事になった。また、他線区でも再び近郊列車の重点強化、中距離特急列車の増発と利用不振の長距離列車の削減を行った。詳しくは[[1985年3月14日国鉄ダイヤ改正]]を参照。また東北・上越新幹線の上野駅開業の見返りとして[[9月30日]]には[[埼京線]]（赤羽 - [[武蔵浦和駅]] - 大宮）が開業し、同時に[[川越線]]も電化開業され、[[赤羽線]]を介して池袋 - 大宮・川越の直通運転が開始した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 1986年（昭和61年） ==&lt;br /&gt;
この年[[2月12日]]に「国鉄改革関連法案」の一つである「日本国有鉄道の経営する事業の運営の改善のために昭和61年度において緊急に講ずべき特別措置に関する法律案」が第104通常[[国会]]に提出され、[[3月18日]]にはその他7つの国鉄改革（分割民営化）に関する法案も提出された。これらは[[6月2日]]に第105通常国会で[[衆議院]]が解散したことから一旦廃案となるが、[[7月6日]]に実施された[[第38回衆議院議員総選挙]]・[[第14回参議院議員通常選挙]]（[[衆参同日選挙]]）で改革推進派の[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]が圧勝したことから分割民営化は決定的となり、[[9月11日]]に第107臨時国会で「国鉄改革関連法案」は再提出された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな国鉄改革への流れが決定的になった中で、[[3月3日]]・[[11月1日]]に国鉄はダイヤ改正を実施した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
3月の改正は、[[京葉線]]の[[西船橋駅]] - 千葉港駅（現、[[千葉みなと駅]]）や内山線（開業後の線路名称は予讃本線・[[内子線]]）の[[向井原駅]] - [[内子駅]] - [[伊予大洲駅]]が開業したことに伴うもので、四国の関連路線で列車のスピードアップが図られたほか、北海道で特急「[[スーパーカムイ (列車)|ホワイトアロー]]」が新設されるなど、速度向上が目立つ改正となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして11月の改正は、&#039;&#039;&#039;国鉄最後の大規模白紙改正かつ分割民営化を前提としたもの&#039;&#039;&#039;になり、鉄道輸送の長所が最大限に生かせる「中距離都市間旅客輸送」・「都市圏旅客輸送」・「直行大量貨物輸送」を重点強化することとした。これに伴い、全国各線で列車の大規模な増発が図られている。詳しくは[[1986年11月1日国鉄ダイヤ改正]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[10月1日]]には[[郵便車|鉄道での郵便輸送]]が全廃され、11月1日には[[荷物列車|荷物輸送]]もほとんど廃止といえる削減が行われた。これらは、新会社に受け継がない方針があったためである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして[[11月28日]]に「国鉄改革関連法案」が国会を通過し、翌年[[4月1日]]に「[[公共企業体]]日本国有鉄道」は新設される[[北海道旅客鉄道]]・[[東日本旅客鉄道]]・[[東海旅客鉄道]]・[[西日本旅客鉄道]]・[[四国旅客鉄道]]・[[九州旅客鉄道]]・[[日本貨物鉄道]]・[[鉄道情報システム]]・鉄道通信（[[ソフトバンクテレコム]]の前身&amp;lt;!--会社自体は現ソフトバンクモバイル社--&amp;gt;）の9[[株式会社]]（この段階では全て[[特殊会社]]扱い）と[[鉄道総合技術研究所]]の1[[財団法人]]へ業務を移管することが決定した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 1987年（昭和62年） ==&lt;br /&gt;
[[4月1日]]の分割民営化を前に、[[3月23日]]に四国で小規模なダイヤ改正が実施された。予讃本線の[[高松駅 (香川県)|高松駅]] - [[坂出駅]]、[[多度津駅]] - [[観音寺駅 (香川県)|観音寺駅]]と土讃本線（現、[[土讃線]]）多度津駅 - [[琴平駅]]が&#039;&#039;&#039;四国初の電化区間&#039;&#039;&#039;となった（坂出駅 - [[宇多津駅]] - 多度津駅は、[[本四備讃線]]工事の関係で7ヶ月後にずれ込む）もので、同時に[[宇野線]]では[[国鉄213系電車|213系電車]]が「[[マリンライナー|備讃ライナー]]」として運転を開始している。これらは翌年の[[瀬戸大橋線]]開業に備えたものであったが、結果的にこの改正が、省線（[[工部省]]・[[鉄道省]]を参照）時代から起算して115年間続いた&#039;&#039;&#039;日本国有鉄道最後のダイヤ改正&#039;&#039;&#039;となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{国鉄・JRダイヤ改正}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本国有鉄道のダイヤ改正|1976]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>122.29.212.201</name></author>
	</entry>
</feed>