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	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>歩行者天国</title>
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		<updated>2014-08-01T18:46:59Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;122.130.156.223: /* 歩行者天国が与える影響 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{国際化|領域=[[日本]]|date=2008年6月6日 (金) 21:53 (UTC)}}&lt;br /&gt;
[[File:Car Free Ginza.jpg|thumb|250px|[[東京]]・[[銀座]]の歩行者天国]]&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;歩行者天国&#039;&#039;&#039;（ほこうしゃてんごく）とは、都市・街の[[歩行者空間]]の一種を指す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では車両通行止の規制を行い、[[車道]]部分を含めた道路全体を歩行者用道路として歩行者が歩けるようにする[[警察署]]による措置の通称を指す&amp;lt;ref&amp;gt;日本では&#039;&#039;&#039;ホコ天&#039;&#039;&#039;との通称がある。&amp;lt;/ref&amp;gt;。曜日・時間帯を指定して実施されるもののほか、通年全日実施されるものもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歩行者空間 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
都市・街の[[歩行者空間]]（[[広場]]・[[通り]]）は、欧州の多くの都市で様々な規模で特に発達が見られる。公共交通等の限定された路面交通と共存する歩行者空間もしばしば見られる（semi-pedestrian zone）。[[コペンハーゲン]]市の[[ストロイエ]]は特に大規模と言われる。長さでは[[カウナス]]市（[[リトアニア]]）の[[ライスヴェス・アレヤ]]通りはヨーロッパ最長と言われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
南米では[[クリチバ|クリティーバ]]市の[[:en:Rua_XV_de_Novembro|11月15日通り]]などが見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北米では都市中心の[[繁華街]]が歩行者空間となっている事例は多くないが、[[マイアミビーチ]]市のリンカーン通り{{Enlink|Lincoln Road}}、[[カルガリー]]市のスティーブン通り（日中は自動車通行を排除している）などが見られる。[[ニューヨーク]]市の[[ブロードウェイ]]は一部区間（[[タイムズスクウェア]]付近）を恒久的に歩行者空間とする計画がある。また北米では車道を自家用車通行禁止し歩行可とする[[トランジットモール]]が見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
オセアニアでは、[[シドニー市]]のマーチン広場{{Enlink|Martin Place, Sydney|Martin Place}}などがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アジアでは、[[ハルビン市]]の[[中央大街]]の中心通りがアジア最大の石畳の歩行者空間となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では自動車通行制限した[[アーケード|アーケード商店街]]や、[[歩行者天国]]と呼ばれる繁華街の歩行者空間が見られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;gallery widths=200px heights=200px&amp;gt;&lt;br /&gt;
File:Strøget,_Copenhagen.jpg|[[コペンハーゲン]]市の[[ストロイエ]]&lt;br /&gt;
File:Marktplatz_Panorama.jpg|[[カールスルーエ]]市（[[ドイツ]]）のMarktplatz広場（および[[カイザー通り]]）&lt;br /&gt;
File:Karlsruhe_Albtalbahn_Marktplatz.jpg|Marktplatz広場（[[カールスルーエ]]市）に進入中の[[トラムトレイン]]&lt;br /&gt;
File:Oxford_Bus_Company_643.JPG|[[オックスフォード]]市の[[:en:Queen Street, Oxford|Queen Street]]（バスの進入が許可されている）&lt;br /&gt;
File:Laisves_Aleja_in_Kaunas_By_Stewart.jpg|[[カウナス]]市（[[リトアニア]]）の[[ライスヴェス・アレヤ]]通り&lt;br /&gt;
File:Miami_Beach_FL_Lincoln_Mall_Colony_Theatre01.jpg|[[マイアミビーチ]]市の[[:en:Lincoln_Road|リンカーン通り]]&lt;br /&gt;
File:Stephen-Ave-Historic-Szmurlo.jpg|[[カルガリー]]市の[[:en:Stephen_Avenue|スティーブン通り]]&lt;br /&gt;
File:Rua-XV.jpg|[[クリチバ|クリティーバ]]市の[[:en:Rua_XV_de_Novembro|11月15日通り]]&lt;br /&gt;
File:Martin_Place,_Sydney.jpg|[[シドニー市]]の[[:en:Martin Place, Sydney|マーチン広場]]&lt;br /&gt;
File:TroyParfitt6.JPG|[[ハルビン市]]の[[中央大街]]（夜景）&lt;br /&gt;
&amp;lt;/gallery&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歩行者天国の歴史 ==&lt;br /&gt;
{{節stub}}&lt;br /&gt;
[[File:People on Times Square.jpg|thumb|200px|[[ニューヨーク]]・[[タイムズスクエア]]の歩行者天国]]&lt;br /&gt;
[[モータリゼーション|自動車の急増]]が世界的に問題となりはじめた[[1960年代]]から[[1970年代]]にかけて、欧米をはじめとして世界各地で市内の中心道路を歩行者専用道路（カー・フリー・ゾーン）とする政策が実施された。初めて実施されたのは、1970年の[[ニューヨーク]]の[[5番街 (マンハッタン)|五番街]]の一部。毎週土曜日に同所の道路を歩行者に開放することを[[ジョン・リンゼイ]]市長が提案したことからとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では[[高度経済成長]]時代の当時、自動車の急増による事故の急増（いわゆる[[交通戦争]]）や環境問題への配慮により、道路交通を車優先から歩行者中心の交通への転換が求められた時期であり、そのきっかけとしてスタートしたのが始まりである。歩行者天国は道路全体を歩行者用道路とすることから、交差点などによる人の流れの妨害を阻止し、近隣の商業地の発展に寄与できるであろうとされた。また、排ガスや騒音といった交通公害の一時的な防止になり、開放的なイメージにもなるため、観光客や買い物客の増加に繋がるとも考えられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本初の歩行者天国がどれであるかは諸説あるものの、「歩行者天国」という名称が一般的になる前から、裏通りを中心に何回か実施されており、[[1950年]]には[[新宿駅]]東口前通りで自動車が締め出され、[[1958年]]には[[神田 (千代田区)|神田]]の東紺屋町で日曜・祝日に道路を柵で仕切り子供達の遊び場として提供した「遊戯道路」というものが設けられたこともある。「遊戯道路」はその後都内に広がっている。その後、[[1962年]]には[[江東区]]で一定時間通行制限を実施した「パートタイム規制」を行われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大規模なものは[[1969年]][[8月6日]]から12日間、[[北海道]][[旭川市]]平和通で実験的に実施されたのが始まりである。[[東京都]]内では、[[美濃部亮吉]]知事（当時）の提唱で、[[1970年]][[8月2日]]に[[銀座]]&amp;lt;ref name=&amp;quot;anniversary&amp;quot;&amp;gt;なお、[[6月10日]]は「歩行者天国の日」とされているが、これは日本において初めて歩行者天国が実施された日にちなむものではなく、銀座から[[上野]]までの5.5kmにわたる東洋一（実施当時は世界最長）の歩行者天国が実施された日にちなんでいる。&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[新宿]]、[[池袋]]、[[浅草]]で初めて実施された。その後、[[1972年]][[6月1日]]には、日本初の恒久的な歩行者天国として旭川市[[平和通買物公園]]が開設された。&amp;lt;!--[[1969年]]に北海道旭川市で、[[1970年]]に東京と銀座、新宿などで行われたのをきっかけにして全国に広まったとされる。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
歩行者天国が誕生したことで、これまでははしたないとされた路上で歩きながら飲食をするいわゆる[[買い食い]]が日常の中で当たり前の出来事になっていった。また[[日本マクドナルド|マクドナルド]]や[[日清食品]]の[[カップヌードル]]といった食品、おもちゃの[[アメリカンクラッカー]]など歩行者天国から新しいトレンドが発信された{{要出典|date=2012年4月}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2000年代に入ると、下記のような諸問題（「[[#歩行者天国が与える影響]]」参照）から、地域によっては地元から歩行者天国を中止する要望が出されるようにもなり、日時を指定して行うものについては廃止されたり当初より規模を縮小されることが多くなった。歩行者天国で通行止めになった道路は[[2008年]]度末で541本で、10年前（[[1998年]]）のほぼ半分に減っているとされている。一方で商店街の活性化を期待して新たに実施される例も見られる。秋葉原の歩行者天国は、2008年に起きた[[秋葉原通り魔事件|通り魔事件]]を契機に休止していたが、2011年1月23日に再開された。同日は10万人の人が利用した&amp;lt;ref&amp;gt;2011年1月24日の東京新聞朝刊1面&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 名称の由来 ==&lt;br /&gt;
正確な名称の由来は不明だが、[[1966年]]に[[朝日新聞]]でこの名称が使われている。朝日新聞で使われた当時、「天国」には好感の持てるイメージがあり、様々な商品名・施設名の名称に使われたことで、それらの価値が高くなるからと、昭和レトロ研究家の[[串間努]]は分析している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
巷では「ホコテン」という呼び名もかなり普及した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 実施方法 ==&lt;br /&gt;
[[ファイル:PL Fireworks in 2009 4.jpg|thumb|[[教祖祭PL花火芸術|PL花火芸術]]開催に伴う歩行者天国（2009年 [[大阪府]][[富田林市]]）]]&lt;br /&gt;
歩行者天国を実施する理由は様々あるが、主に[[大学]]・[[高等学校]]などの休み時間に学生が多く路上に溢れるためにその時間のみ行うもの、[[繁華街]]の一定の時間に実施し商業の発展を狙ったもの、[[祭り]]などの行事のために一時的に道路を規制するもの、[[商店街]]に車を通さないことを目的としたもの、子供が路上で遊べるように道路を規制したものが挙げられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大規模なものは、[[警察署]]は実施と解除時にアナウンスを行い、それより前の時間には規制道路に[[路上駐車]]している車の一斉排除を行う。もし駐車違反をしていれば取り締まりを、駐車・停車している車で運転手が特定されれば、1台1台の車に対し警告を行う。もし、無視すると強制移動されて、反則切符を取られる。また、規制対象道路を走行している車があれば、道路から退避するよう促す。規制道路を走る[[バス (交通機関)|バス]]路線は迂回規制を行うか、[[浅草]]の[[三社祭]]の規制のように特例としてバスだけ通す場合もある。歩行者天国といえども、交差する主要道路は規制しないため、交差する道路から進入されないよう、立て看板や案内板を置き、場合によっては警察官を配備して監視を行う。解除時は警察署によるアナウンスがあるが、必ずしも全ての人間に行き渡らないため、解除時間を知らない歩行者が道路を歩いている時に自動車が通ってしまうなど危険なこともあるため注意が必要である。また、雨天など悪天候のときは中止になる場合もある。この場合所轄警察署の裁量に委ねられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[商店街]]など地域に密着した小規模なものは、所轄警察署が規制を行う場合もあるが、警察官を配備しなくても[[道路標識]]によって一定時間に歩行者専用道路となるように規制をかける方式が一般的である。また多くの商店街では近隣住民や商店主によって立て看板を設置し、進入できないような対策がなされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律|自動車運転死傷行為処罰法]]（平成25年11月27日法律第86号）の施行により、[[自動車]]・[[原動機付自転車]]を運転し、歩行者天国&amp;lt;ref&amp;gt;2014年7月現在は、都道府県[[公安委員会]]が設置した道路標識、道路標示による規制に限られている&amp;lt;/ref&amp;gt;の規制に違反して交通事故を起こし人を死傷させた者は、&#039;&#039;&#039;危険運転致死傷罪（通行禁止道路運転）として、最長で20年以下の懲役（加重により最長30年以下）に処されることとなっている。&#039;&#039;&#039;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歩行者天国が与える影響 ==&lt;br /&gt;
下記のように歩行者天国にはさまざまな影響が生じるため、原宿など一部の地域では歩行者天国を廃止している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その一方で、廃止すると街の活気がなくなったり、歩道から人があふれて危険な状態となるとの意見もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ストリートパフォーマー ===&lt;br /&gt;
{{see also|大道芸}}&lt;br /&gt;
東京・[[原宿]]では「[[竹の子族]]」「[[ローラー族]]」や[[大道芸|ストリートパフォーマー]]など、若者文化の発信地となり、彼らの活動はメディアで多く取り上げられ話題となり、街全体に活気を与えていた&amp;lt;ref&amp;gt;原宿では1998年に歩行者天国が廃止されたが、その影響からか以前のような活気がなくなっているとされる（「[http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20080610064.html 秋葉原ホコ天　廃止か存続か…地元二分]」[[スポーツニッポン]]）&amp;lt;/ref&amp;gt;。1980年代末からはホコ天発の[[バンドブーム]]に伴って多数のバンドが路上演奏をするようになり、彼らの出す騒音や見物人の出すごみに対して地元から苦情が出され、のちに歩行者天国が廃止に至る原因の一つとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
秋葉原では2005年の秋葉原ブームの頃から路上パフォーマンス（[[コスプレ|コスプレイヤー]]も含む）が増え、彼らとそれを取り囲む[[カメラ小僧|カメコ]]や見物人が通行の妨げになっているとして問題となっていた。パフォーマンスは一部で加熱し、2008年には秋葉原の路上で「路上撮影会」と称して下着を見せたとして自称[[グラビアアイドル]]の女性が警視庁に逮捕されている。このとき、「ローアングラー」と呼ばれる低いアングルからパフォーマーの女性を撮影するカメコが多くのメディアで取り上げられ、その集団が街の風紀を乱しているとして批判された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 防犯上の問題 ===&lt;br /&gt;
歩行者天国では都市の中心部に大勢の人が集中するという状況になるため、時に[[通り魔]]や[[テロ]]の対象となることがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では[[2005年]][[4月2日]]（[[仙台アーケード街トラック暴走事件|仙台アーケード街]]）と[[12月25日]]（[[仙台市道南光院丁線#第二のアーケード暴走事件|仙台市道南光院丁線]]）に仙台市で2回発生した暴走事件や、[[2008年]][[6月8日]]に[[秋葉原通り魔事件|秋葉原で発生した通り魔]]などで、大勢の通行人が犠牲となり、防犯上の問題点が明らかになり、秋葉原では歩行者天国が一時中止になった。このため、仙台ではアーケードに車両の乗り入れができないようにする、秋葉原では防犯カメラを設置するなどの対策が取られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 交通問題 ===&lt;br /&gt;
休日といえども道路を迂回させられることにより周辺道路が混雑する場合があり、近隣住民などからの苦情を招くことがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[路線バス]]では所定の経路上に歩行者天国が実施される区間がある場合は、迂回路を設定したり、実施時間帯はその区間のみ運休して前後の区間で折り返し運行を行ったりする例が見られる。また[[バス停留所]]についても迂回路上に歩行者天国実施時間帯専用の停留所を設置して対応することがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 実施例 ==&lt;br /&gt;
=== 恒久的なもの ===&lt;br /&gt;
* 北海道旭川市&lt;br /&gt;
** [[平和通買物公園]]（1972年より）&lt;br /&gt;
* 宮城県仙台市&lt;br /&gt;
** [[東一番丁通り]]（1972年より）&lt;br /&gt;
** [[中央通り (仙台市)|中央通り]]&lt;br /&gt;
* 神奈川県横浜市&lt;br /&gt;
** [[伊勢佐木町|イセザキモール]]（1978年より&amp;lt;!-- 時限的な諸車通行止めは1929年にも --&amp;gt;）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日時指定によるもの ===&lt;br /&gt;
* 北海道&lt;br /&gt;
** [[札幌市]]（[[大通公園]]より南、[[札幌駅前通|駅前通]]の一部と[[札幌一番街|一番街]]）&lt;br /&gt;
* 東京都&lt;br /&gt;
** [[亀戸]]地区（[[明治通り (東京都)|明治通り]]）&lt;br /&gt;
** [[銀座]]地区（[[中央通り (東京都)|中央通り]]）&lt;br /&gt;
** [[新宿]]地区（[[新宿通り]]とその付近一帯）&lt;br /&gt;
** [[秋葉原]]地区（[[外神田]]五丁目交差点 - [[万世橋]]交差点）&lt;br /&gt;
**: [[秋葉原通り魔事件|通り魔事件]]発生を受けて2008年6月から休止。[[2011年]][[1月23日]]から試験的に再開したが、[[東日本大震災]]のため[[3月13日]]から再び[[計画停電]]などの治安上の問題で休止となった。その後[[4月17日]]に再開。&lt;br /&gt;
** [[三軒茶屋]]地区（[[茶沢通り]]）&lt;br /&gt;
* 千葉県&lt;br /&gt;
** [[柏市]]（[[柏駅]]東口中央バス通り）&lt;br /&gt;
* 愛知県&lt;br /&gt;
** [[豊川市]]（[[豊川稲荷]]付近一帯、初詣の期間中）&lt;br /&gt;
** [[名古屋市]]（[[名古屋港]]周辺、[[海の日名古屋みなと祭|みなと祭り]]の期間中）&lt;br /&gt;
** 名古屋市[[中区 (名古屋市)|中区]][[栄 (名古屋市)|栄]]地区（[[大津通]] 栄交差点 - [[矢場町 (名古屋市)|矢場町]]交差点）&lt;br /&gt;
**:かつては「なごや日本遊歩道」として1970年9月6日 - 1984年9月まで実施。その後2011年9月18日 - 11月13日まで毎週日曜日（[[名古屋まつり]]が開催された10月16日除く）に「南大津歩行者天国」の名称で社会実験として試験的に復活&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.sakaeminami.jp/walkstreet/index.html 南大津通歩行者天国]（栄ミナミWEB）より。&amp;lt;/ref&amp;gt;。2012年以降も春・秋シーズンの一部の日曜日において実施される。&lt;br /&gt;
* 三重県&lt;br /&gt;
** [[四日市市]]（[[近鉄四日市駅]]西側一帯、[[大四日市まつり]]と秋の[[四日市祭]]の期間中）&lt;br /&gt;
* 京都府&lt;br /&gt;
** [[京都市]]（[[東大路通]]と[[堀川通]]の間の[[四条通]]や[[御池通]]と[[高辻通]]の間の[[烏丸通]]とその周辺、[[祇園祭]]の山鉾巡行前の数日）&lt;br /&gt;
* 奈良県&lt;br /&gt;
** [[奈良市]]（[[三条通り]]）&lt;br /&gt;
* 沖縄県&lt;br /&gt;
** [[那覇市]]（[[国際通り]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 廃止されたもの ===&lt;br /&gt;
* 東京都&lt;br /&gt;
** [[原宿]]地区（[[代々木公園]]近辺、[[1996年]][[7月]]から[[1997年]][[7月]]までの試験中止実験を経て、[[1998年]][[8月31日]]をもって廃止）&lt;br /&gt;
** [[渋谷]]地区（[[渋谷駅]]ハチ公口近辺、[[2002年]][[12月28日]]をもって廃止）&lt;br /&gt;
** [[池袋駅]]前&lt;br /&gt;
** [[中央通り (東京都)|中央通り]]&lt;br /&gt;
*** [[上野]]地区（[[上野駅]] - 外神田五丁目交差点）&lt;br /&gt;
*** [[秋葉原]]地区（[[万世橋]]交差点 - [[神田須田町|須田町]]交差点）&lt;br /&gt;
*** [[神田 (千代田区)|神田]]・[[日本橋 (東京都中央区)|日本橋]]地区（須田町交差点 - [[銀座通り]]入口交差点）&lt;br /&gt;
**: かつては銀座地区から上野駅まで連接した東洋一の長さを誇る歩行者天国であったが、[[1999年]]に、オフィス街で主な集客施設も無く閑散としていた神田地区の歩行者天国が廃止され、[[2001年]]には上野・御徒町地区と日本橋・京橋地区が中止実験を経て廃止された。[[2003年]]頃まで中止区間でも歩行者専用道路の標識は残されていたが、現在は撤去されている。秋葉原地区は[[2011年]][[1月23日]]からの試験再開時に区間が縮小され、万世橋交差点 - 須田町交差点間は対象から外された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* それいけ昭和探偵（串間努） File NO.18 歩行者天国（2010年6月10日付[[中日新聞]] 11面（文化欄））&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{Commons|Category:Pedestrian zones}}&lt;br /&gt;
* [[歩行者専用道路]]&lt;br /&gt;
* [[アーケード]]&lt;br /&gt;
* [[トランジットモール]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--* [[ライスヴェス・アレヤ]] - [[リトアニア]]にあるヨーロッパ最長とも言われる歩行者天国の大通り。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
* [[三宅裕司のいかすバンド天国]]（通称「イカ天」） - 「ホコ天」に影響を受けている&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kotu/kisei/hoko.htm 警視庁・歩行者天国]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Road-stub}}&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ほこうしやてんこく}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の交通]]&lt;br /&gt;
[[Category:道路交通]]&lt;br /&gt;
[[Category:歩道|*]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>122.130.156.223</name></author>
	</entry>
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		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E5%8D%83%E8%91%89%E7%9C%9E&amp;diff=84570</id>
		<title>千葉眞</title>
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		<updated>2014-08-01T16:48:26Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;122.130.156.223: /* 経歴 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;&#039;&#039;&#039;千葉 眞&#039;&#039;&#039;（ちば しん、[[1949年]] - ）は[[日本]]の[[政治学者]]。専門は、政治思想史。[[国際基督教大学]][[教養学部]]教授、プリンストン神学大学博士。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==経歴==&lt;br /&gt;
[[宮城県]]生まれ。[[早稲田大学高等学院]]を経て、1972年[[早稲田大学]][[政治経済学部]]政治学科卒業。1978年同大学院政治学研究科修士課程修了。1974年米国[[アマースト大学]]教養学部政治学科を卒業し、 B. A.（政治学）、1976年英国[[オックスフォード大学]][[マンスフィールド・カレッジ (オックスフォード大学)|マンスフィールド・コレッジ]]で B. A.[M. A.]（神学）取得。早稲田大学学部時代は[[清水望]]に[[憲法学]]を、大学院進学後は[[藤原保信]]と[[飯坂良明]]に[[政治思想]]を学ぶ。1983年[[プリンストン神学大学]]で[[Ph. D.]]（政治倫理学）取得。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ラインホルド・ニーバー|ニーバー]]の理想主義的現実主義と[[ユルゲン・モルトマン|モルトマン]]の政治神学に啓発され、現代[[プロテスタント]]の政治思想研究における第一人者とされる。&lt;br /&gt;
1980年代中葉から[[ハンナ・アレント|アーレント]]を研究対象とし、21世紀に入ってからは[[日本国憲法]]の政治思想史的なとらえなおしを精力的に進め、国際基督教大学では[[文部科学省]]の[[21世紀COEプログラム]]の拠点サブ・リーダーを務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[内村鑑三]]の[[無教会主義]]に関する研究も行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「九条科学者の会」呼びかけ人を務めている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.9-jo-kagaku.jp/event/message.html 「九条科学者の会」呼びかけ人メッセージ (2005.3.13)]&amp;lt;/ref&amp;gt;。さらに「96条の会」の発起人、[[立憲デモクラシーの会]]の呼びかけ人の一人として名を連ねている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1984年国際基督教大学教養学部社会科学科専任講師、86年同助教授、88年同準教授、95年同教授。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==著書==&lt;br /&gt;
===単著===&lt;br /&gt;
*『現代プロテスタンティズムの政治思想――R・ニーバーとJ・モルトマンの比較研究』（[[新教出版社]], 1988年）&lt;br /&gt;
*『ラディカル・デモクラシーの地平――自由・差異・共通善』（[[新評論]], 1995年）&lt;br /&gt;
*『アーレントと現代――自由の政治とその展望』（[[岩波書店]], 1996年）&lt;br /&gt;
*『デモクラシー』（岩波書店, 2000年）&lt;br /&gt;
*『二十一世紀と福音信仰』（[[教文館]], 2001年）&lt;br /&gt;
*『「未完の革命」としての平和憲法――立憲主義思想史から考える』（岩波書店, 2009年）&lt;br /&gt;
*『連邦主義とコスモポリタニズム――思想・運動・制度構想』（[[風行社]]，2014年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===編著===&lt;br /&gt;
*『講座政治学（2）政治思想史』（[[三嶺書房]], 2002年）&lt;br /&gt;
*『平和運動と平和主義の現在』（[[風行社]], 2008年）&lt;br /&gt;
*『平和の政治思想史』（[[おうふう]], 2009年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===共編著===&lt;br /&gt;
*（[[藤原保信]]）『政治思想の現在』（早稲田大学出版部, 1990年）&lt;br /&gt;
*&#039;&#039;Christian Ethics in Ecumenical Context: Theology, Culture, and Politics in Dialogue&#039;&#039;, co-edited with George R. Hunsberger and Lester Edwin J. Ruiz, (William B. Eerdmans Pub., 1995). &lt;br /&gt;
*（[[佐藤正志]]・[[飯島昇藏]]）『政治と倫理のあいだ――21世紀の規範理論に向けて』（[[昭和堂]], 2001年）&lt;br /&gt;
*&#039;&#039;Toward a Peaceable Future: Redefining Peace, Security, and Kyosei from a Multidisciplinary Perspective&#039;&#039;, co-edited with Yoichiro Murakami and Noriko Kawamura, (Thomas S. Foley Institute for Public Policy and Public Service, 2005).&lt;br /&gt;
*（[[大西直樹]]）『歴史のなかの政教分離――英米におけるその起源と展開』（[[彩流社]], 2006年）&lt;br /&gt;
*（[[小林正弥]]）『平和憲法と公共哲学』（[[晃洋書房]], 2007年）&lt;br /&gt;
*（[[鷲見誠一]]）『ヨーロッパにおける政治思想史と精神史の交叉――過去を省み、未来へ進む』（[[慶應義塾大学出版会]], 2008年）&lt;br /&gt;
*&#039;&#039;Peace Movements and Pacifism after September 11&#039;&#039;, co-edited with Thomas J. Schoenbaum, (Edward Elgar, 2008).&lt;br /&gt;
*([[村上陽一郎]]）『平和と和解のグランドデザイン——東アジアにおける共生を求めて』（[[風行社]]、2009年）&lt;br /&gt;
*Building New Pathways to Peace, co-edited with Noriko Kawamura and Yoichiro Murakami (University of Washington Press, 2011).&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===訳書===&lt;br /&gt;
* アーヴィング・ハウ編『世紀末の診断』（[[みすず書房]], 1985年）&lt;br /&gt;
* Z. A. ペルチンスキー・[[ジョン・グレイ (政治学者)|J. グレイ]]『自由論の系譜』（行人社, 1987年）&lt;br /&gt;
* [[シェルドン・ウォリン|シェルドン・S・ウォリン]]『政治学批判』（みすず書房, 1988年）&lt;br /&gt;
* [[デイヴィッド・マクレラン]]『イデオロギー』（昭和堂, 1992年）&lt;br /&gt;
* [[シャンタル・ムフ]]『政治的なるものの再興』（[[日本経済評論社]], 1998年）&lt;br /&gt;
* [[ウィル・キムリッカ]]『現代政治理論』（日本経済評論社, 2002年／新版（原著第二版）, 2005年）&lt;br /&gt;
* ハンナ・アーレント『アウグスティヌスの愛の概念』（みすず書房, 2002年）&lt;br /&gt;
* シェルドン・S・ウォリン『アメリカ憲法の呪縛』（みすず書房, 2006年）&lt;br /&gt;
* [[エルネスト・ラクラウ]], シャンタル・ムフ『民主主義の革命――ヘゲモニーとポスト・マルクス主義』、[[筑摩書房]]（ちくま学芸文庫）、2012年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==論文==&lt;br /&gt;
===雑誌論文===&lt;br /&gt;
*「オーウェル的世界とキリスト教」『福音と世界』第39巻・第13号（1984年）&lt;br /&gt;
*「アーレントと近代世界――超越性の位相転換」『社会科学ジャーナル』第24号1号（1985年）&lt;br /&gt;
*「預言者宗教と現代」『福音と世界』第43巻・第4号（1988年）&lt;br /&gt;
*「現代国家と正統性の危機――シェルドン・S・ウォリンのデモクラシー論」『思想』第784号（1989年） &lt;br /&gt;
*「世界の変容とキリスト教社会倫理——デモクラシーとエコロジー」『福音と世界』第45巻・第14号（1990年）&lt;br /&gt;
*「信仰、希望、愛——「第二の宗教改革」への序言」『福音と世界』第47巻・第10号（1992年）&lt;br /&gt;
*「エコロジーの政治哲学の形成に向けて」『地球環境研究』第22号（1992年） &lt;br /&gt;
*「内村鑑三──非戦の論理とその特質」日本政治学会編『年報政治学』（岩波書店, 1992年）&lt;br /&gt;
*「内村鑑三の自然観とエコロジー」『内村鑑三研究』第30号（1994年）&lt;br /&gt;
*「愛の概念と政治的なるもの――アーレントと集合的アイデンティティーの構成」『思想』844号（1994年）&lt;br /&gt;
*&amp;quot;Hannah Arendt on Love and the Political: Love, Friendship, and Citizenship,&amp;quot; &#039;&#039;The Review of Politics&#039;&#039;, vol. 57. no. 3 (1995).&lt;br /&gt;
*&amp;quot;Hannah Arendt and the Politics of Freedom,&amp;quot; &#039;&#039;Waseda Political Studies&#039;&#039;, no. 27 (1995).&lt;br /&gt;
*「デモクラシーと政治の概念――ラディカル・デモクラシーにむけて」『思想』第867号（1996年）&lt;br /&gt;
*「核兵器の出現と人間の自由——アーレント政治哲学の一局面」『現代思想』第25巻・第8号（1997年）&lt;br /&gt;
*「核兵器出現後の政治」『世界』第670号（2000年）&lt;br /&gt;
*「エコロジーと政治——政治思想史の視点から」『政治思想研究』第1号（2001年）&lt;br /&gt;
*「『帝国の戦争』が明らかにしたもの」『論座』第97号（2003年）&lt;br /&gt;
*「破られた契約──憲法平和主義の危機とその復権に向けて」『世界』第714号（2003年）&lt;br /&gt;
*「資本主義は21世紀の人類の幸福に貢献するのか」『UP』第369号（2003年）&lt;br /&gt;
*「立憲主義の危機と市民政治の将来──試練の中の平和憲法と平和陣営」『法律時報』第76巻第7号（2004年）&lt;br /&gt;
*「アーレントにおける私的なものに関する一考察」『いいちこ』（2005年）&lt;br /&gt;
*「アメリカにおける政治と宗教の現在——新帝国主義とキリスト教原理主義『思想』第975号（2005年）&lt;br /&gt;
*「平和憲法のリアリズム」『季刊・無教会』第4号（2006年）&lt;br /&gt;
*「政治と暴力——一つの理論的考察」日本政治学会編『年報政治学・政治における暴力 2009-II』（2009年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===単行本所収論文===&lt;br /&gt;
*「市民社会・市民・公共性」佐々木毅・金泰昌編『国家と人間と公共性（公共哲学5）』（東京大学出版会、2002年）&lt;br /&gt;
*「近代批判の諸相——H・アーレント、H・ブルーメンベルク、C・テイラー」 鷲見誠一編『転換期の政治思想』（創文社、2002年）&lt;br /&gt;
*「戦後日本の社会契約は破棄されたのか──政治思想史からの徹底平和主義」小林正弥編『戦争批判の公共哲学』（[[勁草書房]]、2003年）  &lt;br /&gt;
*「連邦主義」[[古賀敬太]]編『政治概念の歴史的展開（1）』（晃洋書房、2004年）&lt;br /&gt;
*「政治における正義——ハンナ・アーレント」聖心女子大学キリスト教文化研究所編『共生と平和への道——報復の正義から赦しの正義へ』（春秋社、2005年）&lt;br /&gt;
*「十五年戦争期の無教会――非戦論と天皇制問題を中心に」富坂キリスト教センター編『近現代天皇制を考える（3）十五年戦争期の天皇制とキリスト教』（新教出版社、2007年）&lt;br /&gt;
*「平和の思想について——グランドセオリー構築との関連で」植田隆子・町野朔編『平和のグランドセオリー序説』（風行社、2007年）&lt;br /&gt;
*“Is grand theory possible today,” in A Grand Design for Peace and Reconciliation eds. Yoichiro Murakami and Thomas J. Schoenbaum (Edward Elgar, 2008).&lt;br /&gt;
*“For realizing Wa and Kyosei in East Asia,” in A Grand Design for Peace and Reconciliation, eds. Yoichiro Murakami and Thomas J. Schoenbaum (Edward Elgar, 2008).     &lt;br /&gt;
*「後期近代国家と民主主義的アカウンタビリティ——正統性の危機と戦争責任問題」眞柄秀子編『デモクラシーとアカウンタビリティ』（風行社、2010年）&lt;br /&gt;
*“Civil society in Japan: Peace movements and the post-war Japanese Constitution,” in Globality, Democracy, and Civil Society, eds. Terrell Carver and Jens Bartelson (Routledge, 2010).&lt;br /&gt;
*「ポスト・デモクラシーの時代なのか——普天間問題、政治の迷走、ジャーナリズムの劣化」（宮本憲一・西谷修・遠藤誠治編『普天間基地問題から何が見えてきたか』（岩波書店、2010年）&lt;br /&gt;
*“On Perspectives on Peace: The Hebraic Idea of Shalom and Prince Shotoku’s Idea of Wa,” in Building New Pathways to Peace, eds. Noriko Kawamura, Yoichiro Murakami, and Shin Chiba (Seattle and London: University of Washington Press, 2011).&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ちは しん}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本の政治学者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の神学者]]&lt;br /&gt;
[[Category:プロテスタントの神学者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のプロテスタントの信者]]&lt;br /&gt;
[[Category:早稲田大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:アマースト大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:オックスフォード大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:プリンストン大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:国際基督教大学の教員]]&lt;br /&gt;
[[Category:九条の会の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:宮城県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1949年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>122.130.156.223</name></author>
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