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	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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	<updated>2026-11-02T02:24:20Z</updated>
	<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E9%9D%92%E9%87%8E%E6%95%8F%E8%A1%8C&amp;diff=145566</id>
		<title>青野敏行</title>
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		<updated>2014-08-24T14:44:12Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;121.84.143.161: /* ネタ */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{ActorActress&lt;br /&gt;
| 芸名 = 青野 敏行&lt;br /&gt;
| ふりがな = あおの としゆき&lt;br /&gt;
| 画像ファイル = &lt;br /&gt;
| 画像サイズ = &lt;br /&gt;
| 画像コメント = &lt;br /&gt;
| 本名 =&lt;br /&gt;
| 別名 = &lt;br /&gt;
| 出生地 = {{JPN}} [[愛媛県]][[今治市]]&lt;br /&gt;
| 死没地 = &lt;br /&gt;
| 国籍 = &lt;br /&gt;
| 民族 = &lt;br /&gt;
| 身長 = 175 [[センチメートル|cm]]&lt;br /&gt;
| 血液型 = [[ABO式血液型|B型]]&lt;br /&gt;
| 生年 = 1960&lt;br /&gt;
| 生月 = 3&lt;br /&gt;
| 生日 = 5&lt;br /&gt;
| 没年 = &lt;br /&gt;
| 没月 = &lt;br /&gt;
| 没日 = &lt;br /&gt;
| 職業 = [[お笑いタレント]]、[[俳優]]、[[ナレーター]]&lt;br /&gt;
| ジャンル = 舞台（[[吉本新喜劇]]）&lt;br /&gt;
| 活動期間 = [[1980年]] - &lt;br /&gt;
| 活動内容 = &lt;br /&gt;
| 配偶者 = &lt;br /&gt;
| 家族 = &lt;br /&gt;
| 公式サイト = &lt;br /&gt;
| 主な作品 = &lt;br /&gt;
| 受賞 = &lt;br /&gt;
| その他 = 体重72kg&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;青野 敏行&#039;&#039;&#039;（あおの としゆき、[[1960年]][[3月5日]] - ）は、[[日本]]の[[お笑いタレント]]、[[俳優]]、[[ナレーター]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[愛媛県]][[今治市]]出身。[[吉本興業]]所属。[[吉本新喜劇]]所属。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴・人物 ==&lt;br /&gt;
[[愛媛県立今治南高等学校]]卒業。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
師匠は[[チャンバラトリオ]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
四角い顔で浪花節的な濁りの入った渋い声の持ち主で、[[時代劇]]俳優指向が強い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
物まねチャンピオン大会で戦ったのが、当時高校生だった[[とんねるず]]の[[木梨憲武]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
声質を活かし、[[ナレーション]]も務めている（「出演番組」の項を参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 芸歴 ==&lt;br /&gt;
俳優として東映ニューフェースでデビュー&amp;lt;ref name=&amp;quot;浅香あき恵&amp;quot;&amp;gt;[http://asakaakie.laff.jp/blog/2008/08/post-a956.html 浅香あき恵ブログ「あき恵ちゃんのチョベリグ日記」]：ニューフェース時代・調理師時代・ポテトフライ時代の写真が掲載&amp;lt;/ref&amp;gt;。上京したが出戻り、漫才コンビを組んで大阪へ。[[チャンバラトリオ]]の[[南方英二]]に弟子入りするが、あまりのキツさに一度は逃げ出し、故郷へ帰り調理師をしていたという。しかし再度修業に励み、[[1986年]]に[[漫才]][[コンビ]]「[[ポテトフライ (お笑いコンビ)|ポテトフライ]]」を結成して多数の賞を得るが解散（相方の[[宇野ポテト]]は現在Vシネマの[[ミナミの帝王]]シリーズで方言指導や脇役で活躍中）。[[1990年]]に解散後、[[1997年]]秋に新喜劇に入団。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ネタ ==&lt;br /&gt;
得意の時代劇口調を生かし、決め場になると悪[[代官]]など時代劇の口調でしゃべりだす。&lt;br /&gt;
* 物真似。（名前を聞かれた後）「[[大滝秀治]]です。[[やずや]]、やずや、山の神様がくれた水、南アルプスの天然…」（大滝秀治の真似をする）このあと[[安尾信乃助]]に真似される。&lt;br /&gt;
* 他にも三文字の言葉が出てくる時にも、大滝秀治の真似をする（例：[[伊豆]]や、伊豆や。バレた、バレた。毒や、毒や等）。&lt;br /&gt;
*「[[桑田佳祐]]のバッタもんや！！」と[[すっちー]]から言われ、「物まねして」と言われると、物まねをするが、「全然似てないやん」と突っ込みを入れられる。&lt;br /&gt;
*「お待たせいたしました。」と[[村西とおる]]が登場するものまねをよくしている。&lt;br /&gt;
*羽織・袴姿で槍を振りかざし、[[俵星玄蕃 (曲)|俵星玄蕃]]を熱演（これは新喜劇のギャグとしてではなく、結婚式の余興や宴会芸として披露）。&lt;br /&gt;
持ちネタというわけではないが、非常にアドリブに弱く、共演者（主に[[辻本茂雄]]）が振ってくるアドリブにも狼狽えたり、戸惑ったりするだけで、その都度自身のアドリブの弱さをツッコまれたり、ネタにされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
「[[なるみ・岡村の過ぎるTV]]」([[2013年]][[11月10日]]放送)にて、[[1993年]]に行った結婚式でのメインメニューが焼きそばであったことがVTR付きで暴露された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 受賞歴 ==&lt;br /&gt;
* [[1986年]]ポテトフライとして新人漫才コンテスト大賞&lt;br /&gt;
* [[1987年]]上方漫才コンテスト優勝&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演番組 ==&lt;br /&gt;
=== 現在の出演番組 ===&lt;br /&gt;
* 「[[よしもと新喜劇]]」（[[MBSテレビ|毎日放送]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 過去の出演番組 ===&lt;br /&gt;
* 「[[大奥 (フジテレビの時代劇)|大奥]]」（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）&lt;br /&gt;
* 「[[京都へおこしやす!]]」（毎日放送）&lt;br /&gt;
* 「[[よしもと麻雀倶楽部]]」（[[サンテレビジョン|サンテレビ]]） - ナレーション&lt;br /&gt;
* 「[[トミーズのはらぺこ亭]]」（[[関西テレビ放送|関西テレビ]]） - ナレーション&lt;br /&gt;
* 「[[おとなのえほん]]」（サンテレビ）&lt;br /&gt;
* 「[[LALAバイクパラダイス]]」（[[テレビ大阪]]） - レギュラー&lt;br /&gt;
* 「[[笑いの剣]]」（ABCテレビ）- ナレーション&lt;br /&gt;
* 「[[やさしい花 (テレビドラマ)|やさしい花]]」（[[日本放送協会|NHK]]） - 里美充&lt;br /&gt;
* 「[[おはよう朝日です]]」（[[ABCテレビ]]）&lt;br /&gt;
* 「[[鈴子の恋]]」（[[東海テレビ放送|東海テレビ]]） - [[横山エンタツ]] 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;div class=&amp;quot;references-small&amp;quot;&amp;gt;&amp;lt;references /&amp;gt;&amp;lt;/div&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[なんばグランド花月]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://search.yoshimoto.co.jp/talent_prf/?id=671 青野敏行 公式プロフィール]&lt;br /&gt;
* [http://blogs.yahoo.co.jp/aonotoshiyuki_blog 青野が行く!]（新ブログ）&lt;br /&gt;
* [http://aonotoshiyuki.blog36.fc2.com/ 青野がいく!] （旧ブログ）&lt;br /&gt;
* {{Twitter|onogaiku}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{吉本新喜劇}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Owarai-stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あおの としゆき}}&lt;br /&gt;
[[Category:吉本興業]]&lt;br /&gt;
[[Category:吉本新喜劇]]&lt;br /&gt;
[[Category:お笑い芸人]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のナレーター]]&lt;br /&gt;
[[Category:愛媛県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1960年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>121.84.143.161</name></author>
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	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E6%96%B0%E9%81%B8%E7%B5%84!&amp;diff=33076</id>
		<title>新選組!</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E6%96%B0%E9%81%B8%E7%B5%84!&amp;diff=33076"/>
		<updated>2014-08-24T03:23:45Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;121.84.143.161: /* 水戸派（精忠浪士組） */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{基礎情報 テレビ番組&lt;br /&gt;
|番組名 = 新選組!&lt;br /&gt;
|画像 = &lt;br /&gt;
|画像説明 = &lt;br /&gt;
|ジャンル = ドラマ&lt;br /&gt;
|放送時間 = 日曜日 20:00 - 20:45&lt;br /&gt;
|放送分 = 45&lt;br /&gt;
|放送枠 = 大河ドラマ&lt;br /&gt;
|放送期間 = [[2004年]][[1月11日]] - [[12月12日]]&lt;br /&gt;
|放送回数 = 全49&lt;br /&gt;
|放送国 = {{JPN}}&lt;br /&gt;
|制作局 = [[日本放送協会|NHK]]&lt;br /&gt;
|企画 = &lt;br /&gt;
|製作総指揮 = 吉川幸司&lt;br /&gt;
|監督 = &lt;br /&gt;
|演出 = [[清水一彦]] ほか&lt;br /&gt;
|原作 = &lt;br /&gt;
|脚本 = [[三谷幸喜]]&lt;br /&gt;
|プロデューサー = &lt;br /&gt;
|出演者 = [[香取慎吾]]&amp;lt;!--（[[SMAP]]）クレジットタイトルにグループ表記はない--&amp;gt;&amp;lt;br&amp;gt;[[藤原竜也]]&amp;lt;br&amp;gt;[[山本耕史]]&amp;lt;br&amp;gt;[[優香]]&amp;lt;br&amp;gt;[[オダギリジョー]]&amp;lt;br&amp;gt;[[中村勘九郎 (6代目)|中村勘太郎]]&amp;lt;br&amp;gt;[[山本太郎]]&amp;lt;br&amp;gt;[[堺雅人]]&amp;lt;br&amp;gt;[[山口智充]]&amp;lt;br&amp;gt;[[小林隆]]&amp;lt;br&amp;gt;[[照英]]&amp;lt;br&amp;gt;[[中村獅童 (2代目)|中村獅童]]&amp;lt;br&amp;gt;[[田畑智子]]&amp;lt;br&amp;gt;[[吹石一恵]]&amp;lt;br&amp;gt;[[筒井道隆]]&amp;lt;br&amp;gt;[[谷原章介]]&amp;lt;br&amp;gt;[[戸田恵子]]&amp;lt;br&amp;gt;[[伊吹吾郎]]&amp;lt;br&amp;gt;[[石黒賢]]&amp;lt;br&amp;gt;[[栗塚旭]]&amp;lt;br&amp;gt;[[伊原剛志]]&amp;lt;br&amp;gt;[[野田秀樹]]&amp;lt;br&amp;gt;[[鈴木京香]]&amp;lt;br&amp;gt;[[江口洋介]]&amp;lt;br&amp;gt;[[野際陽子]]&amp;lt;br&amp;gt;[[沢口靖子]]&amp;lt;br&amp;gt;[[佐藤浩市]]&amp;lt;br&amp;gt;[[伊東四朗]]&amp;lt;br&amp;gt;[[田中邦衛]]&amp;lt;br&amp;gt;[[石坂浩二]] &lt;br /&gt;
|字幕 = &lt;br /&gt;
|データ放送 = &lt;br /&gt;
|OPテーマ = 『新選組!メイン・テーマ』&amp;lt;br&amp;gt;作曲：[[服部隆之]]&amp;lt;br&amp;gt;歌：[[ジョン・健・ヌッツォ]]&lt;br /&gt;
|EDテーマ = &lt;br /&gt;
|外部リンク =&lt;br /&gt;
|外部リンク名 = &lt;br /&gt;
|特記事項 = &lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
『&#039;&#039;&#039;新選組!&#039;&#039;&#039;』（しんせんぐみ!）は、[[2004年]][[1月11日]]から[[12月12日]]まで放送された43作目の[[日本放送協会|NHK]][[大河ドラマ]]第43作である。作・脚本：[[三谷幸喜]]。主演：[[香取慎吾]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 作品内容と反響 ==&lt;br /&gt;
[[近藤勇]]を主人公に、[[京都守護職]]下の警備組織として知られる新選組が題材。既存の歴史小説を原作としないオリジナル作品。[[原作]]・[[脚本]]は[[舞台]]や[[民放]][[ドラマ]]を手がける[[三谷幸喜]]。近藤と[[坂本龍馬]]や[[木戸孝允|桂小五郎]]が江戸で知り合っているなど、史実と異なる大胆な創作を盛り込みながら、同じ三谷脚本の『[[竜馬におまかせ!]]』（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系列）でも掲げた「幕末青春グラフティ」（[[尊皇攘夷]]の名の元に若者達が繰り広げる青春群像劇）をテーマに、「近藤勇の人生における重要な49日」を取り上げ、基本的にその1日を1話で構成するスタンスをとった。大河ドラマ初出演で主演を務めた香取慎吾をはじめ、これまで年配の[[役者]]が演じることが多かった隊士や志士役に、実際の年齢に近い若手俳優や小劇場界で活躍する舞台俳優が積極的に起用された。特に[[土方歳三]]を演じた[[山本耕史]]は容姿・風貌が現存する土方の写真とよく似ていたことや、三谷が「こいつ（山本）は&amp;quot;悪い奴&amp;quot;だ、その部分を引き出したい」と4年前から目をつけており、2004年のスケジュールを空けるようにあらかじめ頼んでいたという。その演技は長年にわたり映画・ドラマ『[[燃えよ剣]]』などで土方に扮し、代表的&amp;quot;土方役者&amp;quot;と呼ばれた[[栗塚旭]]（本ドラマでは歳三の兄・為次郎役）が対談で「やっと次にバトンを渡せる（任せられる）」と言い、山本にとって[[十八番|当り役]]となった。『新選組！』の放送前から土方の出身地である[[日野市]]では商工会青年部が中心となり「[[函館戦争]]まで描いてほしい」と署名運動を行ったものの&amp;lt;ref&amp;gt;『大河ドラマの50年』鈴木嘉一　中央公論新社2011年&amp;lt;/ref&amp;gt;、近藤を主人公にしたので最終回は近藤の死によって締めくくられ、その死後も土方が新選組を率いて転戦した[[会津]]・[[函館市|箱館]]が登場しなかったために、同地の関係者からは不満の声が寄せられたという。こうした事情や続編を望む視聴者の声を背景に[[2006年]][[1月3日]]には[[正月時代劇]]として、続編にあたる『&#039;&#039;&#039;[[新選組!! 土方歳三 最期の一日]]&#039;&#039;&#039;』を放送。大河ドラマでは異例の続編の放送となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
隊士をはじめ一人一人のキャラクターと彼らの人間関係が丁寧に描かれている（延べ出演者数は大河ドラマ最多）。脚本に関しても、幕末好きである三谷の知識と、演劇人としての構成力に基づいた新しい物語展開が提示されている。一例として、[[近江屋事件|坂本龍馬暗殺]]に関して、歴史学者からはほぼ否定されている[[近江屋事件#薩摩藩陰謀説|薩摩藩黒幕説]]を柱に、学説として有力視されている[[近江屋事件#京都見廻組説|見廻組実行犯説]]を折込み、暗殺現場で聞かれた「こなくそ!」という原田左之助ひいては旧来[[近江屋事件#新選組犯行説|新選組実行犯説]]の証拠とされていた言葉を、「新選組が坂本龍馬を救出しようとしたが果たせず、その際に左之介が口にした言葉」として結びつけ、これまで登場した多くの人物を登場させ、それぞれの心理を表現している。物語中盤の山場となる[[池田屋事件]]の舞台となった[[池田屋]]のセットは、実際の建物の設計図を元に組まれた。そのため映画などでよく知られる大階段は存在せず（もともと大階段は創作。実際の「[[ウナギ|うなぎ]]の寝床」と呼ばれる当時の京町屋で大きな階段が、しかも玄関にあるのは不自然である）、史実に近い暗くて狭い池田屋となった。これに代表されるように、これまで描かれてきた新選組の固定化されたイメージの刷新に取り組んでおり、タイトルの「&#039;&#039;&#039;!&#039;&#039;&#039;」マークにはこれぞ新選組だという思いが込められている（三谷自身は画数で験担ぎをしたとも述べている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大河ドラマとしては『[[琉球の風 (NHK大河ドラマ)|琉球の風]]』以来、11年ぶりにテーマ曲に[[歌詞]]がつけられた（歌詞は三谷の手によるもので、第26回からは歌詞の字幕が表示されるようになった。ちなみにその年の『[[第55回NHK紅白歌合戦]]』でも歌われた）。それとともに｢語りが一切無い大河ドラマ｣（ただし、アバンタイトルにおける史実の説明は除く）としても異例である。なお本編の後日談の形で作られた総集編では、みつ役の[[沢口靖子]]が語り、という形になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初回視聴率は26.3％だったが、それが最高視聴率で以後視聴率は下がり、平均視聴率は17.4%と振るわなかった（視聴率は[[関東地方|関東地区]]・[[ビデオリサーチ]]社調べ）&amp;lt;ref name=&amp;quot;VR&amp;quot;&amp;gt;[http://www.videor.co.jp/data/ratedata/program/03taiga.htm ビデオリサーチ NHK大河ドラマ 過去の視聴率データ]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
その一方で絶賛・擁護の意見も少なくなく、賛否両論の激しい作品と言える&amp;lt;ref&amp;gt;前述の、近藤と龍馬や桂が江戸で知り合っているなど、史実と異なる脚色の多さが批判された。TV評論家の[[麻生千晶]]は「コメディ大河」などと酷評した。その一方で、麻生も審査員を務めるザ・テレビジョン誌の「[http://blog.television.co.jp/drama/academy/2005/01/post_104.html#more|ドラマアカデミー賞]」では最優秀作品賞に選出された。また、[[山南敬助]]の切腹した回では放送当日の反響の電話が鳴り止まず、その年末のアンコールでも1位に選ばれた。この影響を受けて、2007年には山南敬助を弔う「山南忌」が京都の旧前川邸界隈で行われた。この年の[[日本PTA全国協議会]]が調査した「親が子供に見せたい番組」アンケートでは（番組別で）第10位に入り、2005年にインターネットで行なわれた「好きな大河ドラマは?」というアンケートでは2位に入った（1位は『[[独眼竜政宗 (NHK大河ドラマ)|独眼竜政宗]]』）。熱烈な大河ドラマファンである[[松村邦洋]]も、番組の企画で大河ドラマベスト3を選ぶ際に第2位として挙げ、「三谷さんは新しい大河ドラマを作ろうとした」と好意的な発言を寄せた。また2011年に行われた「あなたの好きな大河ドラマ」アンケートでは第2位に入っている（1位は翌年放送の『[[義経 (NHK大河ドラマ)|義経]]』）。&amp;lt;/ref&amp;gt;。三谷によると「時代考証がめちゃくちゃだとさんざん叩かれた。コメディー大河とも言われた。でも実際に一年間見た人は誰もそんなことは思っていないはず。笑うシーンはあっても新撰組は喜劇ではない。喜劇だとしたらギャグが少なすぎる。笑いはあくまでもおまけ。僕は一年を通して人間ドラマを描いたつもりだ」と述べている&amp;lt;ref&amp;gt;[[三谷幸喜のありふれた生活]]703、[[朝日新聞]]夕刊、2014年5月22日&amp;lt;/ref&amp;gt;。これまでにDVD化された大河ドラマの中では最高の3万2千ボックス、8億円のヒットとなるなど、若い世代にファン層を広げたと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
香取が出演する[[テレビ朝日]]系の番組『[[SmaSTATION!!|SmaSTATION-4]]』では、香取や[[SMAP]]のメンバーが出演したドラマ・映画のプロモーションを兼ねて共演者がスタジオに登場することがあり、『新選組!』の主要キャストも例に漏れず最終回放映前日に番組出演したが、NHKの作品を他局の番組で本編映像も織りまぜながらプロモーションするというのは異例であった。また、フジテレビ系の番組『[[森田一義アワー 笑っていいとも!|笑っていいとも!]]』では香取がドラマの衣装で登場したこともある。最終回の翌日の[[関西テレビ放送|関西テレビ]]・フジテレビ系『[[SMAP×SMAP]]』では脚本・三谷、主演・香取のパロディコント「局長!」が作られた&amp;lt;ref&amp;gt;三谷幸喜のエッセイ集「ありふれた生活・大河な日々」巻末おまけの香取と三谷の対談で、香取の提案に三谷が「絶対やるべきです。」と賛成し実現した。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
[[2007年]][[7月29日]]には、フジテレビ系『[[FNS27時間テレビ (2007年)|FNS27時間テレビ みんな“なまか”だっ!ウッキー!ハッピー!西遊記!]]』内で放送された『[[クイズ!ヘキサゴンII|クイズ!ヘキサゴンII 今夜はクイズパレード]]』において、新選組代表として香取慎吾、山本耕史、山本太郎、山口智充、小林隆、矢部太郎がドラマの衣装で出演している&amp;lt;ref&amp;gt;ただし、矢部が演じた阿比留は、新選組と名を変える前に脱退していたため、浅葱の羽織に袖を通すのは初めてであった。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== あらすじ ==&lt;br /&gt;
{{不十分なあらすじ|date=2013年6月}}&lt;br /&gt;
[[元治]]元年、[[京都]]で[[近藤勇]]、[[土方歳三]]率いる[[新選組]]は不逞浪士の取締に出動。[[長州藩]]の[[木戸孝允|桂小五郎]]は取り逃がすも[[沖田総司]]などの活躍により大きな成果を挙げる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この事件を聞いた[[坂本龍馬]]は10年前の[[江戸]]での出来事を思い出す…。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 登場人物 ==&lt;br /&gt;
以下の人物紹介はドラマ上のものであり、実際の歴史上の人物やその履歴とは違う場合がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 新選組 ===&lt;br /&gt;
====試衛館の仲間達（主要人物の9人）====&lt;br /&gt;
;[[近藤勇]]（こんどう いさみ）&lt;br /&gt;
:（島崎勝太 → 近藤勇）&lt;br /&gt;
:演：[[香取慎吾]]&amp;lt;!--（[[SMAP]]）クレジットタイトルにグループ表記はない--&amp;gt;&lt;br /&gt;
:局長。[[多摩]]の農家、宮川家の出身で幼名は&#039;&#039;&#039;宮川勝五郎&#039;&#039;&#039;。当初は&#039;&#039;&#039;島崎勝太&#039;&#039;&#039;（しまざき かつた）の名前で登場した。誠意の塊のような人物で、農家の出身故に、人一倍武士らしくありたいと思い、卑怯なことや道理に合わないことを好まない。それ故自分のために辣腕をふるう土方を度々窘める一幕もあった。げんこつを丸ごと口に咥えこむという珍妙な特技を持つ。&lt;br /&gt;
:[[天然理心流]][[宗家]]・近藤周助の門下に入り、後に養子となり宗家4代目を襲名しながらも、時代が動き出してることを感じ自分の生き方を悩み続けていた。浪士組が募集されると、門弟である土方、沖田、山南、井上、永倉、藤堂、原田らと共に上洛する。そこで芹沢など様々な武人達との交流を隔てながら、時に苦渋を飲んだり、苦悩したりしながらも真の武士になる為に歩み続ける。芹沢暗殺後は総髪になり京都守護職・[[松平容保]]のもと、新選組の局長として、京の治安維持や長州による政変などで活躍し、晴れて[[幕臣]]となる。&lt;br /&gt;
:しかし政治状況は激変し、次第に幕府そして新選組は衰退の道を辿ることになる。隊では山南の脱走やその後の切腹、そして伊東や藤堂ら[[御陵衛士]]の分裂など様々な悲しい別離や苦難に当たる。それでもその真っ直ぐな志でぶつかり来る苦難を受け止め、伊東とも一度は和解しかけるが、その矢先に先走り過ぎた若手隊士達の独断行動によって油小路で伊東は暗殺され、それがきっかけとなり御陵衛士との全面闘争へと発展、その最中に藤堂も戦死するという悲しい結果となった。後日、御陵衛士の生き残りによって近藤は銃撃され、治療のために大坂城へ行くが、その間に起きた[[鳥羽・伏見の戦い]]では近藤達の兄的存在であった井上が戦死。次第に劣勢となる中、幕府軍艦で江戸へ引き揚げた後も徳川のために官軍と戦おうと画策したが、時勢はそれを許さなかった。勝海舟の要請によって[[甲陽鎮撫隊]]を率いて[[甲府城]]を目指すも、[[東山道]]を降ってきた新政府軍に敗れ、それが原因となり永倉、原田が離隊。その後&#039;&#039;&#039;大久保大和&#039;&#039;&#039;の変名を用いながら[[下総]]流山で再起を期するも、新政府軍に包囲され、新選組を土方に託すと、単身出頭し、処刑される。&lt;br /&gt;
;[[土方歳三]]（ひじかた としぞう）&lt;br /&gt;
:演：[[山本耕史]]&lt;br /&gt;
:副長。多摩の出身。近藤とは幼なじみで「かっちゃん」「トシ」と呼び合う無二の親友。極度の女好きで、秀二郎がひでの男装であったのを見抜けず、相当悔しがっていたこともある。作戦立案や組織造りなどに抜群の才を発揮する知恵者。&lt;br /&gt;
:一時は行商の道を志し家伝の石田散薬の行商をしていたりしたが、剣の道を志し天然理心流に入門する。一時は「剣は総司がいる。頭（知恵）は山南がついている」と考え、自分は近藤には必要ないのではないかと自信喪失するが、周斎に「山南の知恵は書物で学んだ知恵だ。お前の知恵は生きた知恵だ」と諭される。京に上ると近藤を大名にすることを狙うが、「[[八月十八日の政変]]」で自分たちが時勢の蚊帳の外にいることを痛感、近藤を日本一の侍にするために鬼になることを誓った。以後、近藤のために嫌われ役に徹し組織統制に辣腕をふるい多くの隊士を[[粛清]]したことから「鬼の副長」の異名で呼ばれるようになる。一方で山南や河合らを不本意ながら切腹させないといけなくなった場合や、自分達の意に反して藤堂を討ち死にさせてしまった際には人知れず涙を流した。江戸に帰った後は洋装になり、関東敗走後は&#039;&#039;&#039;内藤隼人&#039;&#039;&#039;の変名を使用。流山で近藤と訣別した後も宇都宮、会津、函館と新政府軍を相手に死場所を求めて戦い続ける。&lt;br /&gt;
;[[沖田総司]]（おきた そうじ）&lt;br /&gt;
:（沖田惣次郎→沖田総司）&lt;br /&gt;
:演：[[藤原竜也]]（少年時代：[[田辺季正]]）&lt;br /&gt;
:副長助勤・一番組長。幼名は&#039;&#039;&#039;惣次郎&#039;&#039;&#039;（そうじろう）。試衛館の中でも最も剣の才能に恵まれ、若くして塾頭になり近藤をして「宗家5代目を襲名させたい」と言わしめる。無邪気で天真爛漫な性格だが、仲間内で一人前の大人として扱われないことに不満を持っていた。また剣に自信を持っているため最初に山南と試合して敗れた際には多少の引け目を感じていた。&lt;br /&gt;
:上洛後は芹沢やお梅に魅せられて一時行動を共にしていた。それ故に芹沢は自分が斬らねばならないと理解し、芹沢暗殺事件では参加を志願。その後も池田屋事件などで活躍。肺[[結核]]を患い医者には静養を勧められるが、剣への情熱と責任感からかえって稽古や任務に熱を入れるようになり剣の鬼と化していく。病気を隠していたもののある時、遂に皆の前で大量の血を吐いて昏倒して以降は療養生活となり、戦列を離れお孝の看病を受ける事になった。新選組が[[伏見区|伏見]]に移転した時も京に残ったが、そこを浪士らに襲われる。しかし、お孝の機転で難を逃れ、銃撃され負傷した近藤と共に大坂城へ送られ松本良順の治療を受ける。江戸に戻った後は、病を圧して甲陽鎮撫隊に加わり多摩へ向かう。しかし、多摩で土方と剣術を立ち会っている時に倒れ、近藤に江戸に戻るように命じられる。植木屋平五郎宅で療養していたが襲撃される。その際、お孝を斬られ、襲撃してきた刺客を返り討ちにするが再度吐血し昏倒してしまう。本編ではその後に関する描写はなくナレーションで近藤の死を知らされぬまま病死したと語られるのみであり、総集編では姉のみつが総集編で「勇さんの後を追うように亡くなった」と語った。&lt;br /&gt;
;[[斎藤一]]（さいとう はじめ）&lt;br /&gt;
:（山口一→斎藤一）&lt;br /&gt;
:演：[[オダギリジョー]]&lt;br /&gt;
:副長助勤・三番組長。剣の流派は不明だが隊中きっての達人で沖田と双璧をなす。無口かつ冷徹で自分から人と交わろうとすることはほぼ皆無だが、仲間を想う心を内に秘めており、徐々にそれを表に出す事が多くなっていく。また義理に厚く受けた恩を決して忘れない性格だが、そのことが災いして厄介な事態を惹き起こすこともある。よく短刀で彫刻を作っている。&lt;br /&gt;
:最初は&#039;&#039;&#039;山口&#039;&#039;&#039;（やまぐち）&#039;&#039;&#039;一&#039;&#039;&#039;を名乗り、江戸で借金取りをしていた。近藤とは広岡子之次郎の借金を取り立てに来た時に出会う。人を斬って追っ手に追われている時、近藤の祝言が行われている近藤家に転がり込み匿われ、後に近藤の依頼を受けた芹沢の手引きで逃亡した。後に京の地で芹沢達が清河八郎を斬ろうとしている時に近藤たちの意を理解して清河を逃し、そのまま壬生浪士組に入隊する。芹沢暗殺の際には江戸の件で恩を忘れられず襲撃に向かう土方、沖田、山南、原田を阻止しようとするが、同じく義理のある近藤の仲裁により道を空ける。近藤や土方の依頼で暗殺や、複数の隊士の介錯を務めたことが多いが、夜魘される事もあった。伊東達が御陵衛士を結成した時には、[[スパイ|間者]]として潜り込む。[[鳥羽・伏見の戦い]]で井上源三郎が戦死した時には激昂して敵陣に斬り込んだ。甲陽鎮撫隊の敗戦後、隊を離れた永倉たちを「間違っている」と言い「この旗がある限り新選組は終わらない」と皆の前で隊旗を掲げて叫ぶ。本作では処刑された近藤の首級を彼が奪還し会津に持ち帰り土方、松平容保とともに弔ったとされている（但し素性が分かると、近藤や新選組を恨む新政府軍の面々に墓荒らしにあうことを土方が懸念したため俗名は明記せず）。その際函館へ転戦する土方の代わりに近藤の首級と容保を護衛するべく会津に留まる。&lt;br /&gt;
;[[藤堂平助]]（とうどう へいすけ）&lt;br /&gt;
:演：[[中村勘九郎 (6代目)|中村勘太郎]]&lt;br /&gt;
:副長助勤・八番組長。[[北辰一刀流]]伊東道場で学んでいたが、試衛館に入門する。誰に対しても礼儀正しく、とても穏やかで良識的な性格の反面、稽古は厳しく戦闘になると人が変わったように激情的な剣を振るう。天才剣士の沖田には常に引け目を感じていた。&lt;br /&gt;
:一時は沖田になりすまして京の町で遊んでいたが近藤に諭される。池田屋事件では一番乗りの大役を果たし奮戦するも、汗を拭おうとした隙を衝かれ重傷を負い、額に傷が残ることになる。後に師の伊東甲子太郎一派が入隊すると、試衛館の仲間達との間で葛藤する。御陵衛士に加わった後も伊東と近藤らの板挟みとなる。[[油小路事件|油小路の変]]では義を貫き御陵衛士として奮戦。永倉や原田たちは藤堂を助けようとするが、永倉の様子からその思惑を知りながらも逃げるばかりか、より一層激しい表情を浮かべて戦い続け、事情を知らない新選組隊士に斬られる。そして駆けつけてきた近藤から「お前は、真の武士だ」と称賛され、皆の見守る中で穏やかな表情を浮かべながら息を引き取る。&lt;br /&gt;
;[[原田左之助]]（はらだ さのすけ）&lt;br /&gt;
:演：[[山本太郎]]&lt;br /&gt;
:副長助勤・十番組長。[[伊予国|伊予]]松山の出身。大坂谷道場で種田宝蔵院流を学んだ槍の名人で、鍵槍を愛用して数多くの修羅場で活躍する。底抜けに明るい三枚目で、近藤一派のムードメーカー的存在。かつて切腹しようとした時の傷があり、何かにつけてその傷を自慢したがる。常に何かを食べており、よく寝転がっている。&lt;br /&gt;
:当ての無い旅の途中、滝本繁蔵の屋敷の護衛を頼まれた近藤たちと出会う。天然理心流4代目襲名の際の紅白試合に勝手に加わり、そのまま試衛館の食客となり、近藤らとともに浪士組に参加する。上述のようにお調子者的な面が目立つが、亡き夫と瓜二つということで可愛がられた八木久の死に対しては涙を見せ、落ち込んでしまう。さらに芹沢暗殺事件の際は敵に情けをかけて逆に斬られそうになった山南を助け「戦じゃなぁ、躊躇った方が負けなんだよ。先生」と諭すなど、実戦家としての面も見せた。甘味屋のまさに何度も思いを伝えては何度も断られるも、[[禁門の変]]で燃える京の町から彼女を助け出したことにより二人は結ばれる。甲陽鎮撫隊の敗戦後、永倉と共に隊を離れるが、靖兵隊には加わらず京に戻ろうとする。近藤が板橋の刑場に引き立てられた際に現れ、「尽忠報国の士天晴れなり!新選組は不滅だ!!」と、涙ながらに熱いエールを送り、近くのお地蔵様に供えられていた菓子を食いながら「俺も不滅だ!」と言い、颯爽とどこかに駆け去っていった。&lt;br /&gt;
;[[山南敬助]]（やまなみ けいすけ）&lt;br /&gt;
:演：[[堺雅人]]&lt;br /&gt;
:副長、のち総長。仙台の浪人で北辰一刀流の門人であったが、同門の坂本龍馬の紹介で試衛館を訪れ、近藤の人柄に惹かれ門人となる。常に笑顔を絶やさず、何を口にするにも丁寧な口調で話す品のある人物。北辰一刀流免許皆伝で、最初に試合をした時沖田を破る程であった。その際、「彼（総司）はよい資質を持っている。必要なのは経験」と述べており、数年後には沖田に負かされている。学問にも明るく時勢を見極めていて、近藤を知の面から支える。&lt;br /&gt;
:勇を浪士組の創設者・清河八郎、浪士組取締役・山岡鉄太郎と引き合わせ、浪士組への参加へのきっかけを作る。また、京で清河の浪士組から離れた時に[[会津藩]]の預りとするよう近藤に進言する。当初は副長を務めたが、土方により総長に棚上げされる。お互い認め合いながらも、度々土方とは対立し、屯所の本願寺移転でも反対するなど、論争は絶えなかった。その後、伊東らの入隊で、ますます自らの居所をなくしたと感じていく。隊のあり方に疑問を感じていた最中に起きた、永倉らの建白書提出に端を発する土方の処分をきっかけに、明里を伴って脱走したが、脱走と言っても身を隠したり先を急ぐことをせず、まるで明里と連れ立って旅をするのも同然だったため馬で追いかけてきた沖田に近江の草津で見つかり、自ら声をかけて京に戻る。そして、周囲の皆に死別の言葉を残して志を託し、近藤、土方ら試衛館の仲間たちが見守る中、隊のために切腹する。&lt;br /&gt;
;[[永倉新八]]（ながくら しんぱち）&lt;br /&gt;
:演：[[山口智充]]&lt;br /&gt;
:副長助勤・二番組長。神道無念流免許皆伝の達人。近藤や土方より年下だが容姿・言動共に老成しており、初対面の際に二人を驚かせる。筋が通っていない事や曲がった事を嫌う正義漢。左之助とはウマが合いよく一緒に行動している。&lt;br /&gt;
:近藤とは滝本繁蔵の屋敷の護衛を頼まれた時に出会う。その後ヒュースケンを襲撃しようと言う賊の1人として再会するが、近藤の説得で思い留まる。これがきっかけで沖田の勧めもあって試衛館の食客になり、浪士組の一員として京へ赴く事になる。近藤の裏表の無い人柄に惚れ込んでいるがそれ故に「自分達は近藤勇の同志であって家来ではない」という意識が強く、松平容保に建白書を提出するなどしばしば近藤、土方の路線とは対立することもあった。甲陽鎮撫隊の敗戦後、会津に行くことを近藤に提案するも受け入れられず、自分に従うよう命令する近藤に怒りを抱き左之助とともに隊を離れた。だが、近藤の同志であるという思いは最後まで揺るがなかった。&lt;br /&gt;
;[[井上源三郎]]（いのうえ げんざぶろう）&lt;br /&gt;
:演：[[小林隆]]&lt;br /&gt;
:副長助勤・六番組長。通称「源さん」。多摩出身で周助の代に試衛館の門人となった勇の兄弟子。温和な人物で常に勇や土方、沖田そして勇の養子周平などを見守っている、いわば父親的な存在である。新選組では最年長。&lt;br /&gt;
:浪士組の結成の際には周斎から勇の「お目付役」として共に京へ上るよう頼まれる。新選組では地味ではあるものの組織の潤滑油として欠かせぬ存在となる。ちなみに、劇中では一番長い刀を使っている。最後まで勇を支えた。鳥羽・伏見の戦いで周平を庇い新政府軍に奮戦するが、1度は正面からの一斉射撃を正面からやり過ごすものの、周平に向かって振り向いた直後に背後からの銃弾に倒れる。その死は隊士達に衝撃を与え、斎藤は激昂した。死後幻影として療養中の勇の前に出現し、死してもなお勇の身を案じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 水戸派（精忠浪士組）====&lt;br /&gt;
;[[芹沢鴨]]（せりざわ かも）&lt;br /&gt;
:演：[[佐藤浩市]]&lt;br /&gt;
:筆頭局長。水戸[[天狗党]]の出身で、同郷の新見や粕谷とは付き合いが長い。剣術・学問の実力を備えた一廉の人物で、プライドが高く傍若無人な面が目立つが、自分も他人も心から信じることが出来ず、自身の弱い部分を突かれると己を律しきれなくなる哀しい男でもある。酒癖が悪い。&lt;br /&gt;
:近藤とは広岡子之次郎の稽古代の催促に来た時、山口（斎藤）一と共に料理屋の主人として出会う。水戸藩出身のため、桜田門外の変に参加する広岡を逃す。その際、近藤、山口に鯉のあらいを振る舞いながら「明日天地がひっくり返るような大事件が起きる」と語る。そして事件が起きた後、桜田門外に現れ酒を飲みながら「尽忠報国の士、天晴れなり」と叫ぶ。&lt;br /&gt;
:その後、浪士組に参加。新見と共に三番組の小頭となる。先番宿割の役を与えられた近藤が本庄宿で芹沢が仲間と騒ぐので一人部屋を用意するよう佐々木に命じられ、宿の離れを用意されるが、鶏小屋であったため激怒、町の真ん中で焚き火をしながら野宿をし、周辺から燃やすものを仲間に集めさせ、浪士組の面々のみならず、巷の人々も困惑させた。しかし、近藤に根負けして焚き火を消すように命じた。このことで近藤に強い興味を持ち、その後浪士組が江戸に戻った後も京へ残留。近藤達と壬生浪士組（水戸派は精忠浪士組と名乗っていた）を結成。局長となる。&lt;br /&gt;
:京では粗暴でやりたい放題な日々を送り、その破滅的なまでの生き方は沖田やお梅も魅せられた。大坂相撲の力士達と「どっこい事件」を起こし、自分とは違う真っ直ぐな生き方でありながら自分に敬意を持って接してくる近藤に引け目を感じていたこともあり、更には商家の大和屋を襲うなど行為はエスカレート。&lt;br /&gt;
:ついに土方や山南は芹沢一派の排除を決意するが、近藤だけは芹沢への敬意や、その士道に背くような非情なやり方への抵抗感からなかなか決意できずにいた。一方、芹沢自身も新見の切腹による一件で自分が近く新選組より排除される事を察するが、それを受け入れるかのように、粛清当日である「八月十八日の政変」の褒美を貰った祝宴の席で泥酔しながらも、自分を粛清する事に未だ決断を下せない近藤に対して、自ら「鬼になれよ。鬼になって俺を食っちまえよ。遠慮はいらねえよ」と自分の覚悟を告げつつ、容保から貰った「新撰組」と書かれた文を見て「明日からこの名前で行けよ」と彼の決意を促した。&lt;br /&gt;
:その後、八木家に戻った芹沢を土方、山南、原田、沖田が襲撃するが酒を飲みながら座って待ち構えており、激戦の末、愛用の酒の入った瓢箪に足を取られた事で最後は沖田に斬られ、土方にとどめを刺される。死後この一件は土方によって長州藩士の仕業に偽装された。&lt;br /&gt;
:近藤達が越えなければならない壁とされ、ドラマの前半を支える重要な役柄となっている。佐藤と脚本の三谷幸喜は「大河ドラマ史上最高の悪役」を狙ったという。また、佐藤の父である[[三國連太郎]]も[[1969年]]に公開された[[三船敏郎]]製作･主演の映画『[[新選組 (1969年の映画)|新撰組]]』において、芹沢を演じており、親子二代で同じ役を演じた事で話題となった。&lt;br /&gt;
;[[新見錦]]（にいみ にしき）&lt;br /&gt;
:演：[[相島一之]]&lt;br /&gt;
:局長、のち副長。芹沢の右腕的存在。学があるため、浪士組の上京後の清河八郎の朝廷への建白書の真意をつかみ、佐々木只三郎へ報告する。芹沢を理解し行動を共にしていたが、商家の大和屋の一件の責任を押し付けられ、副長に降格、謹慎の処分を下される。自身をぞんざいに扱ったことに不満を感じていたところを芹沢派一掃を狙う土方と山南に突かれ、芹沢が又三郎を斬殺した顛末を報告し芹沢を売るように仕向けられる。同時に隊内を律するための[[局中法度]]が設けられたが、これは新見を体よく葬るためのものでもあり、土方・山南の策謀によって逆に仲間を陥れようとした「士道に背いた」罪で詰め腹を切らされ（芹沢の又三郎斬殺の一件に関しては法度制定の前の事であった為、不問とされた）、局中法度によって粛清された最初の犠牲者となった。その際、その後の新選組の行く末を予感させる恨み節を残している。&lt;br /&gt;
;[[平山五郎]]（ひらやま ごろう）&lt;br /&gt;
:演：[[坂田聡]]&lt;br /&gt;
:副長助勤。左目に眼帯をしている。粗暴で軽挙な面が目立つ。近藤に無礼を働いたため、壬生狂言が八木家で行われた時外に出て斎藤に打擲される。また男装していた八木家の娘ひでに詰め寄ったために沖田に取り押さえられ、後の相撲大会では沖田と斎藤に完全に萎縮していた。芹沢暗殺の際には山南が平間と同様に逃がそうとしたが、平山は背後から山南に斬り掛かり、とっさに原田が投げた槍によって死亡した。&lt;br /&gt;
;[[平間重助]]（ひらま じゅうすけ）&lt;br /&gt;
:演：[[剛州]]&lt;br /&gt;
:副長助勤。初期では隊内の勘定を任されていた。芹沢と行動を共にしていたが、芹沢暗殺の際には山南に逃がされ難を逃れる。&lt;br /&gt;
;[[野口健司]]（のぐち けんじ）&lt;br /&gt;
:演：[[岡本幸作]]&lt;br /&gt;
:副長助勤。芹沢派だが性格は比較的穏やかで、芹沢達の暴挙には無理やり加担させられていたに等しく、年齢の近い沖田や藤堂と親しかった。その為、芹沢の暗殺時には角屋に引き止められる形で粛清の対象から外され、芹沢派が壊滅した後、近藤の勧めで水戸に帰郷した。&lt;br /&gt;
;[[佐伯又三郎]]（さえき またさぶろう）&lt;br /&gt;
:（又三郎→佐伯又三郎）&lt;br /&gt;
:演：[[松谷賢示]]（[[水玉れっぷう隊]]）&lt;br /&gt;
:副長助勤。元は八木家の奉公人であったが、本物の武士になるために京に残った浪士組に入隊、芹沢一派の腰巾着になる。かつての主である源之丞を含む町人達には不遜な振る舞いを見せる一方、芹沢には常に胡麻を擂り続け、取り入ろうとするなど、一見すれば小物な人間であるが、その一方で武士への憧れの気持ちは本物であり、刀を買う為に八木家の奉公人時代から金を貯め続けていたり、芹沢からどれだけぞんざいに扱われようとも「このくらいの苦労は覚悟の上」と語るなど、努力家な一面もある。しかし、当の芹沢からは「町人上がり」と忌み嫌われていた。沖田とはそれなりに仲が良かった。&lt;br /&gt;
:ある晩、飲み屋に案内する途中、うっかり足を滑らせたはずみで、持っていた提灯を芹沢にぶつけてしまった事で芹沢の怒りを買ってしまい、斬殺される。&lt;br /&gt;
:貯めていた金の入った財布は物盗りの犯行に見せるため新見に抜き取られるが、それが皮肉にも新見の破滅につながる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 御陵衛士となった隊士（伊東道場一派）====&lt;br /&gt;
;[[伊東甲子太郎]]（いとう かしたろう）&lt;br /&gt;
:（伊東大蔵→伊東甲子太郎）&lt;br /&gt;
:演：[[谷原章介]]&lt;br /&gt;
:参謀。当初の名は&#039;&#039;&#039;大蔵&#039;&#039;&#039;（おおくら）。文武に優れた品のある人物で、怜悧に時勢を見極め外国の知識にも精通しているが、それ故に人を見下す傾向が強い。神道無念流を学んでいたが、江戸に出て北辰一刀流剣術伊東道場に入門し、後に道場を継いだ。門下に藤堂平助がいた。浪士組には参加しなかったが、挨拶に来た藤堂に餞別を渡し、浪士組とのつながりを持とうとする。&lt;br /&gt;
:江戸に隊士の募集に戻った近藤に対面し、新選組に入隊し参謀となり名を&#039;&#039;&#039;甲子太郎&#039;&#039;&#039;と改める。しかし、伊東の真意は新選組を尊王攘夷の先駆けとすることであった。その後、「薩長への偵察」との名目で脱隊を図るが、近藤や土方は伊東の本心を見抜きつつもかつての芹沢一派のような流血の事態を避けようと、表面上は騙されたふりをして伊東たちを送り出した。そして御陵衛士を結成するも、討幕派からは新選組にいた過去から信頼を得られず苦悶する。大久保一蔵にかつて新選組にいた過去をぬぐい去るために近藤を斬るよう唆され、近藤の別宅に招かれ伊東はその場で勇を殺害するつもりだったが、近藤から「あなたが弾かれるのは新選組にいたからではなく、彼らの様に薩長の生まれではないからだ」と言われ、腹を割って心中を吐露し、自身も近藤から「私も生まれ故に幕府の武士から見下された。だからこそ新選組では生まれよりも士道を重んじた」との主張を聞く事で、互いに追い求める思想は違えども、国を想う気持ちは同じであった事に気が付き和解する。&lt;br /&gt;
:しかしその帰路で、事情を知らずに伊東を討ち取ろうと待ち構えていた大石鍬次郎率いる新選組の若手隊士達に襲撃され、近藤の想いを無下にする様な彼らの行動を諫め、一喝して場を離れようとしたが、その矢先に大石に槍で刺殺されてしまう。&lt;br /&gt;
:その後、事態を知った近藤や土方達は御陵衛士からの報復を懸念し、やむなく彼らと刃を交える事を決意する。伊東の遺体は、土方の判断で七条油小路に放置され、彼の死を知った御陵衛士の隊士たちはこれが罠だと気付くが、「たとえ罠でも、伊東先生の亡骸を晒し者にするわけにはいかない」という理由で現場へ行き、待ちかまえていた新選組との間でついに全面衝突が勃発、藤堂平助をはじめ両陣営に多くの犠牲を出すこととなる。&lt;br /&gt;
;[[加納鷲雄]]（かのう わしお）&lt;br /&gt;
:演：[[小原雅人]]&lt;br /&gt;
:過激な言動の多い伊東一派にあっては温厚な人物で、仲間を諭したり外交役としての出番が多かった。藤堂平助が伊東大蔵に試衛館への移籍を願い出た際、永倉の提案で沖田と加納が立ち会い沖田が勝てば移籍を認めるという条件で立ち会うが敗れた。そして、「藤堂を譲る代わりに沖田が欲しい」という伊東を諫める。後に伊東と共に新選組に入隊する。御陵衛士として分派する時に土方とこれ以上隊士が加わることを禁止するとともに、御陵衛士から新選組に復帰することを禁止する取り決めを行った。油小路の変では篠原と共に御陵衛士を主導する。&lt;br /&gt;
:事件後、復讐のために伏見街道で篠原らとともに近藤を狙撃する。しかし、闇討ちのようなやり方には若干躊躇していた。その後官軍に属して、流山で大久保大和と主張し尋問に行き詰まっていた香川、上田の命により近藤と再会する。そして旧交と任務の板挟みとなった彼に近藤は自ら「加納君、お久しぶりです」と語りかけ、加納も「ご無沙汰しております、局長」と返した。&lt;br /&gt;
;[[篠原泰之進]]（しのはら たいのしん）&lt;br /&gt;
:演：[[小梶直人]]&lt;br /&gt;
:自身の主張を強引に押し通そうとする傾向があり、よく加納に諭されている。剣の腕前も確かで、不意を突かれたにもかかわらず斎藤、永倉と互角に渡り合った。長州藩との交渉に臨むべく広島に向かった近藤、伊東に同道する。御陵衛士に参加し、間者として潜り込んだ斎藤一が新選組に戻ろうとした際、斬り合いとなる。油小路の変では加納と共に御陵衛士を主導し、変後、復讐のために伏見街道で近藤を狙撃する。&lt;br /&gt;
;[[服部武雄]]（はっとり たけお）&lt;br /&gt;
:演：[[梶浦昭生]]&lt;br /&gt;
:伊東と行動を共にする。間者として潜り込んだ斎藤一が新選組に戻ろうとした際、斬り合いになった篠原に加勢する。しかし、永倉たちが斎藤の応援に駆けつけたため、斎藤は難を逃れる。油小路の変では二刀流で奮戦するも敢え無く戦死する。&lt;br /&gt;
;[[鈴木三樹三郎|三木三郎]]（みき さぶろう）&lt;br /&gt;
:演：[[平泉陽太]]&lt;br /&gt;
:九番組長。伊東と行動を共にする。斎藤一と斬り合いになった篠原に加勢する。&lt;br /&gt;
;[[中西昇]]（なかにし のぼる）&lt;br /&gt;
:演：[[猪狩賢二]]&lt;br /&gt;
:伊東と行動を共にする。斎藤一と斬り合いになった篠原に加勢する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== その他の新選組隊士 ====&lt;br /&gt;
;[[島田魁]]（しまだ かい）&lt;br /&gt;
:演：[[照英]]&lt;br /&gt;
:諸士調役兼監察。美濃出身の浪人で、旧知の永倉の推薦で入隊した。怪力の巨漢で、完全武装した永倉を片手一本で塀の上につり上げる場面が見られた。強面に似合わず人情家で、涙もろい感激家。人懐っこい性格であり、養子縁組を頼まれては断れず何度も姓が変わっている（ちなみに出生時の姓は「近藤」だった）。また新選組が直参に引き立てられても当人の希望によりなお平隊士であり続けた。普段は監察方として偵察や見張りに従事している。ひとたび戦が始まると重い鎖帷子を全身にまとい大暴れする。正月には屯所のある西本願寺を訪れた子供達といっしょに遊ぶ姿も見られた。また、相撲大会に参加して[[ふんどし]]が切れ、[[不浄負け]]するという一幕もあった。&lt;br /&gt;
:『新選組!! 土方歳三 最期の一日』でも新選組の頭取として活躍するが、土方の死を知り号泣し、永井尚志に諭され、新選組を後世に語り継ぐことに誓った。晩年は西本願寺の警備を務めたと最終回で説明されている。&lt;br /&gt;
;[[武田観柳斎]]（たけだ かんりゅうさい）&lt;br /&gt;
:演：[[八嶋智人]]&lt;br /&gt;
:副長助勤・五番組長。[[出雲国]]母里の出身で[[甲州流軍学]]を学んでいた。常に[[眼鏡]]をかけている。視力が悪く体躯にも恵まれぬゆえ学問で身を立てようと、浪士組が新選組と名を改めてからの隊士募集で入隊。軍師として池田屋事件をはじめ数々の局面で近藤を支え続けるも、自信過剰な性格で人望に薄い。何かと自分の手柄を強調することが多く、「軍師ですから」「私が見つけました」が口癖である。&lt;br /&gt;
:甲州流軍学が時代に遅れつつあることを感じ取り、西洋軍学を学ぼうと隊費から50両借りることになるが、そのことが河合耆三郎切腹の原因となってしまう。これで評判を落とした武田は、直参取り立ての際に兵学師範であるということから他の副長助勤より格上の見廻組肝煎格への内示を受けるが、永倉、原田からは日頃の行いが悪く河合を切腹させた原因として不満だと異論が出てしまう。そのため他の副長助勤と同格で納得するよう近藤に説得されるが、激怒して直参取り立てそのものを返上する。そして直参取り立てに不満な茨木、佐野、中村、富川らを御陵衛士へ参加するよう勧め、武田は話をつけに御陵衛士の元へ向かうが加納に参加を断られれて立場の悪くなった四人が切腹してしまい、その事で新選組の隊士に尚更疎まれて居づらくなり、出奔。西洋軍学書を手土産に御陵衛士に参加しようとするが、伊東は既に西洋軍学書を手に入れており、しまいには｢西洋軍学書を横取りして邪魔をした人間｣として裏目に出てしまい伊東にはすげなく断られる。薩摩藩に縋ろうとするが、会津の軍事機密を持ってくるように西郷吉之助に言われる。行き場を無くしているところ、土方と沖田に隊に連れ戻される。しかし切腹を命じられることはなく、近藤に諭され生き続けることを命じられる。改心して平隊士からやり直す決意をしたが、自分が恨みを買っていると自覚しているがゆえに闇討ちをされぬよう相部屋ではなく個室を所望した。しかしその直後、屯所を抜け出して河合の墓参に行ったことを、脱走と誤解した大石鍬次郎らに闇討ちされ落命する。&lt;br /&gt;
:直前まで話をしていた沖田と信頼していた近藤が武田の死を惜しむ一方、土方は「こいつがまいた種だ。しょうがねぇよ」と憐れみもしなかった。&lt;br /&gt;
;[[河合耆三郎]]（かわい きさぶろう）&lt;br /&gt;
:演：[[大倉孝二]]&lt;br /&gt;
:勘定方。播磨の商家の出身。武術の才は皆無だがそろばんが得意で勘定方として隊の金銭面を支え続けた。愛想のいい人柄で多くの人に好かれている。同郷の松原とは特に仲が良い。西洋軍学習得に熱意を燃やす武田観柳斎に兵法書の購入資金を捻出したことから、同じ本を狙っていた土方に勘定帳と隊費の数字が合わないことを詰問される。武田のことは口を割らず、親元から50両届けさせることを条件に勘弁してもらうように願い出て許されるが、親元から10日経っても50両は届かず切腹させられることになる。さらに介錯の谷三十郎がしくじったため血の海でもがいているところを沖田にとどめを刺される。親元からの金を届ける飛脚が到着したのは、皮肉にも切腹の直後だった。&lt;br /&gt;
;[[山崎烝]]（やまざき すすむ）&lt;br /&gt;
:演：[[桂吉弥]]&lt;br /&gt;
:諸士調役兼観察。鍼医師の家の出身。浪士組が新選組と名を改めてからの隊士募集で入隊。三回入隊を志願してその度に断られていたが面接していた土方たちは覚えておらず、その人に覚えられにくい容貌を利用して主に探索役を務める。医術にも明るく、病に冒された沖田の病状を察知し、また西洋医学も学び伏見街道で御陵衛士の残党に狙撃された近藤を治療する。鳥羽・伏見の戦いで、土方、斎藤と共に不動村の屯所に戻った後、大坂へ引き揚げる途中に官兵に不意に顔を斬りつけられ重傷を負う。江戸へ向かう船の中で島田、尾関、尾形に看取られてひっそりと息を引き取った。&lt;br /&gt;
;[[松原忠司]]（まつばら ちゅうじ）&lt;br /&gt;
:演：[[甲本雅裕]]&lt;br /&gt;
:四番組長。原田と同じような角刈りが特徴。剣術に加え[[関口新心流|関口流柔術]]の心得もあり、入隊時の立ち合いでは素手で斎藤を取り押さえるほどの腕前を見せる。事あるごとに「えいーやあー！！」と気合の掛け声をあげている。自分が殺した長州藩士の妻・お初を捨助が起こした祇園の火事から救うなどなにかと面倒をみている。しかし、そのことを「士道に背いた」と土方に糾弾され、本気で切腹を決意するほどに思いつめていたところ、「お礼がしたい」とお初に食事に招かれ、油断したところを刺され致命傷を負う。しかし斎藤がお初を殺そうとしたとき最後まで彼女を庇い、斎藤に斬られて絶命する。その後、葛山同様斎藤の夢の中に出現した。&lt;br /&gt;
;[[尾関雅次郎]]（おぜき まさじろう）&lt;br /&gt;
:演：[[熊面鯉]]&lt;br /&gt;
:力の強さを見込まれ旗役を務める隊士。永倉の建白書の一件では不本意ながらも永倉らと行動を共にして謹慎させられる。[[鳥羽・伏見の戦い]]では銃弾を受けてもなお旗を振り続ける気迫を見せ、永倉率いる抜刀突撃でも先陣を切った。後に宇都宮、函館の戦いにも参戦している。&lt;br /&gt;
;[[尾形俊太郎]]（おがた しゅんたろう）&lt;br /&gt;
:演：[[飯田基祐]]&lt;br /&gt;
:副長助勤。池田屋の論功行賞が行われたときに登場。時勢を冷静に分析出来る人物で、山南の死後仲間達の解説役を担当することが多い。山南の遺言により新撰組の活動を詳細に記録していた。近藤が流山で捕らえられたのを機に新選組に再起の道はないと隊を離脱した。新選組そのものともいうべき近藤の行く末を見届けるべく板橋の刑場に出向くがそこで（近藤を救出すべく殴りこみをかけてきた）原田左之助とばったり再会、その後、官軍兵に見つかったため二人して逃亡する。&lt;br /&gt;
;[[浅野薫 (新選組)|浅野薫]]（あさの かおる）&lt;br /&gt;
:演：[[中村俊太]]&lt;br /&gt;
:大した実力も度胸も無いのに、功名心と自尊心だけは人一倍強い。池田屋の時には島田魁と共に見張りを担当するが、志願し近藤勇の隊に属する。しかし、斬り合いに怯えて茂みに身を隠す。隊内部で繰り返される隊士粛清に身の危険を覚え近藤周平をそそのかして脱走を図り、斎藤に追い詰められるが見逃された。&lt;br /&gt;
;[[谷三十郎]]（たに さんじゅうろう）&lt;br /&gt;
:演：[[まいど豊]] &lt;br /&gt;
:七番組長。谷三兄弟の長兄。甲高い笑い声が特徴。槍術を学んでいた。浪士組が新選組と名を改めてから三兄弟揃って入隊した。河合の介錯に失敗して孤立し、脱走を図るが、追ってきた斎藤にあっけなく斬殺されてしまう。&lt;br /&gt;
;[[谷万太郎]]（たに まんたろう）&lt;br /&gt;
:演：[[若松力]]&lt;br /&gt;
:谷三兄弟の次男。&lt;br /&gt;
;[[谷周平]]（たに しゅうへい）&lt;br /&gt;
:（谷昌武→近藤周平→谷周平）&lt;br /&gt;
:演：[[浅利陽介]]&lt;br /&gt;
:谷三兄弟の末弟。当初の名は&#039;&#039;&#039;谷昌武&#039;&#039;&#039;で、のち近藤勇の養子となる。池田屋の時には近藤勇隊に属していたが、近藤の命により別働隊の土方、松原に浪士たちが集結していることを知らせる。周囲からの過剰な期待とは裏腹に当人は常にその重圧に苦悩しており、無理やり浅野薫の脱走計画に参加してしまったため養子縁組はいったん取り消しとなり、もとの谷姓に戻される。それでも近藤家の跡取りにふさわしい男たらんと勉学、剣の稽古に励む彼を勇は最後は「近藤周平」と呼んだ。流山で勇の薦めによって隊を離れた。この時、彼を思う勇から「命を惜しめ」という、士道とは正反対のいたわりの言葉を与えられた。&lt;br /&gt;
;[[大石鍬次郎]]（おおいし くわじろう）&lt;br /&gt;
:演：[[根本慎太郎]]&lt;br /&gt;
:若手で一番の人斬りである若手隊士。近藤と同じ多摩の出身。一度でも新選組に対する反逆や不貞行為を行った者に対し、如何なる理由があっても許さない程の疑心暗鬼と猜疑心の塊。それ故に血の気が多く、思い込みなどから暴走行為に走りやすい。近藤の懐の深さを前に改心した武田や、近藤と和解した伊東を、それぞれ独断で暗殺してしまうなど、結果的に近藤の想いを無下にしてしまう行動が多い。周平を身内の七光りと見下し、ことあるごとにいじめていたが、剣の試合で敗れて和解した。&lt;br /&gt;
;[[葛山武八郎]]（かづらやま ぶはちろう）&lt;br /&gt;
:演：[[平畠啓史]]&lt;br /&gt;
:諸士調役兼監察。池田屋事件の前に入隊。さしたる理由もなく入隊した地味な男。永倉との掛け合いが多い。山南に頼まれ、永倉らが松平容保に提出した建白書を起草する。その一件で謹慎していたが、近藤が江戸に戻り、山南が外出している間に建白書を起草したことを理由に土方に切腹させられる。その際、斎藤が土方に顛末を密告していたことを悟り、「裏切り者！」と叫んで絶命する。その後、斎藤の夢の中に出現。以後、斎藤はしばらくこの事に苛まれる事になる。&lt;br /&gt;
;[[安藤早太郎]]（あんどう はやたろう）・[[新田革左衛門]]（にった かくざえもん）&lt;br /&gt;
:演：[[河西祐樹]]（安藤）・[[赤堀二英]]（新田）&lt;br /&gt;
:池田屋事件の時には近藤勇の隊に所属するも、深手を負いその後亡くなる。&lt;br /&gt;
;[[奥沢栄助]]（おくざわ えいすけ）&lt;br /&gt;
:演：[[松島圭二朗]]&lt;br /&gt;
:池田屋事件の時には近藤勇の隊に所属し戦死する。&lt;br /&gt;
;[[茨木司]]（いばらき つかさ）・[[佐野七五三之助]]（さの しめのすけ）・[[中村五郎]]（なかむら ごろう）・[[富川十郎]]（とみかわ じゅうろう）&lt;br /&gt;
:演：[[大塚幸太]]（茨木）・[[安藤聖 (男優)|安藤聖]]（佐野）・[[鈴木慶太]]（中村）・[[長倉正和]]（富川）&lt;br /&gt;
:新選組隊士の直参取り立てに不満を持ち、武田に唆され御陵衛士に参加しようとするが断られ、京都守護職屋敷で自害する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 壬生浪士組 ====&lt;br /&gt;
;[[粕谷新五郎]]（かすや しんごろう）&lt;br /&gt;
:演：[[伊吹吾郎|伊吹吾朗]]&lt;br /&gt;
:水戸藩出身。[[荒木又右衛門]]の再来といわれる剣豪。沖田、藤堂たちに慕われている。一番組小頭を希望し根岸に暴言を吐く芹沢を窘める。そして刀を抜きかけた芹沢を早業で止める。出立前に居酒屋で食事をしていた際に、芹沢派の野口に刀を抜かれるが、出立を告げに来た沖田と共にまたしても早業で刀を抜いて動きを封じた。&lt;br /&gt;
:本庄宿では宿場の真ん中で焚き火をする芹沢を止めるよう沖田に懇願されるが、彼は芹沢の真意を見抜いており諭した。浪士組の江戸帰還の際には共に残るように沖田に説得されるが「もう少し若ければ」といい断る。&lt;br /&gt;
:しかし、再び近藤、沖田に説得されると仲間割れをしないことを条件に応じる。しかし、殿内が殺されると、芹沢が殺したことは明白にもかかわらず下手人が不明だという近藤に不信感を募らせ浪士組を脱退する。&lt;br /&gt;
;[[殿内義雄]]（とのうち よしお）&lt;br /&gt;
:演：[[生瀬勝久]]&lt;br /&gt;
:上総の出身。剣の流派は「自己流」。浪士組結成の際には先番宿割をつとめるが、出発前に近藤に代わられる。代わられた後はどの組に属しているかわからず右往左往する有様であった。神経質で本庄宿では宿の担当であった沖田に一人部屋の布団部屋を用意させるが、結局は焚き火での野宿を諦めた芹沢と同宿となる。&lt;br /&gt;
:浪士組の一部が京に残留した際に佐々木只三郎に命じられ、目付役として壬生浪士組に参加し京に留まる。佐々木の配下の柳に同士を募るよう誘われていることが発覚し、近藤に説得される。その後外出しているところを仲間を募りに大坂へ向かっていると思われ芹沢鴨に斬られる。しかし、実は江戸に戻り佐々木にすべて事情を説明した後、京へ戻り再び参加するとの近藤への手紙を残していた。&lt;br /&gt;
;[[根岸友山]]（ねぎし ゆうざん）&lt;br /&gt;
:演：[[奥村公延]]&lt;br /&gt;
:北辰一刀流を学んでいたが浪士組結成の際には足もおぼつかない様子であった。浪士組では一番組小頭をつとめる。それを不満に思う芹沢に事あるごとに「ジジイ」と罵られていたことから、年寄り扱いされる事に激怒。&lt;br /&gt;
:壬生浪士組に参加し、京へ残留する。しかし、根岸も殿内同様、佐々木の息がかかっていた。粕谷と共に浪士組を脱退する。&lt;br /&gt;
;[[阿比類鋭三郎|阿比留鋭三郎]]（あびる えいざぶろう）&lt;br /&gt;
:演：[[矢部太郎]]&lt;br /&gt;
:井上源三郎に誘われ、病弱で江戸に帰る気力がないという理由で浪士組に参加する。&lt;br /&gt;
:壬生狂言を見に会津藩公用方が訪れた際に体調が悪く、席を外している時に佐々木の配下の柳が芹沢、近藤の好き勝手にさせないよう殿内、根岸に同士を募るよう告げているのを目撃する。それを近藤たちに告げる。その後、隊を離れる。&lt;br /&gt;
;[[家里次郎]]（いえさと つぐお）・[[遠藤丈庵]]（えんどう じょうあん）&lt;br /&gt;
:演：[[かなやす慶行]]（家里）・[[鈴木健 (俳優)|鈴木健]]（遠藤）&lt;br /&gt;
:浪士組に参加するも粕谷と共に脱退する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 浪士組 ====&lt;br /&gt;
;[[清河八郎]]（きよかわ はちろう）&lt;br /&gt;
:演：[[白井晃]]&lt;br /&gt;
:元は出羽[[庄内藩|庄内]]の郷士。山岡曰く「戦国の世に生まれていたらおそらく天下を獲っていた」程の人物。熱烈な尊王攘夷論者で、虎尾の会を結成し、ヒュースケンの暗殺を企てていた。将軍・[[徳川家茂]]の上洛に合わせ、将軍警護の為という名目で浪士組を創設するが、真の目的は尊王攘夷の先鋒とするためであった。鵜殿鳩翁、佐々木只三郎らは警戒し、京を目指す際、人目につく[[東海道]]より遠回りの[[中山道]]を進むことに決定してしまう。また、無役だった近藤を先番宿割に就かせ、土方から五十両受け取り、これを元手に浪士組一行とは別行動をとる。浪士を束ねることができるのは自分しかいないと思い知らせるためであったが、道中でも山岡を連絡役に浪士達の警戒を怠らなかった。京に到着後、佐々木たちの不在を狙って浪士たち235名の署名を集め、朝廷に建白書を提出して尊王攘夷の大義を果たすことを標榜する。浪士組を幕府から切り離そうとしたため、近藤・芹沢らは江戸帰還に反対、大騒ぎとなる。芹沢一派に狙われるが、近藤の手配により山南らと偶然居合わせた斎藤に救われる。江戸に帰還した後、佐々木に斬られる。&lt;br /&gt;
;[[山岡鉄舟]]（やまおか てっしゅう）&lt;br /&gt;
:（山岡鉄太郎→山岡鉄舟）&lt;br /&gt;
:演：[[羽場裕一]]&lt;br /&gt;
:当初の名は&#039;&#039;&#039;鉄太郎&#039;&#039;&#039;。近藤とは山南の仲介で出会う。幕臣ではあるが清河八郎の理解者で、浪士組取締として浪士組の結成にも参画する。のち精鋭隊歩兵頭格となり、勝海舟の元で幕府の後始末に尽力する。浪士組結成の際は清河から結成の真意を話され、彼のために周囲を出し抜く言動をするが、本人は裏表の無い人物で、勝海舟が甲陽鎮撫隊として近藤を甲府に行くように命じた時は「近藤をそこまで買っていたのですか」と言ったため、勝に「お前のようなのを西洋ではロマンチストと言うんだよ」と呆れられてしまう。&lt;br /&gt;
;[[松平忠敏|松平上総介]]（まつだいら かずさのすけ）&lt;br /&gt;
:（松平主税助→松平上総介）&lt;br /&gt;
:演：[[藤木孝]]&lt;br /&gt;
:講武所教授方。当初の名は&#039;&#039;&#039;主税助&#039;&#039;&#039;。桂小五郎に近藤勇を紹介され、講武所教授方見習に近藤勇を推薦した。しかし後に勇が百姓の出身であることが判明したため、冷たくあしらう。その後、浪士組取扱になるが、用意した支度金が足りなくなると仮病を装い責任逃れをする。近藤らが京で名を上げると掌を返して誉め讃えた。&lt;br /&gt;
;[[鵜殿鳩翁]]（うどの きゅうおう）&lt;br /&gt;
:演：[[梅野泰靖]]&lt;br /&gt;
:浪士組取扱。浪士組をつとめていた松平上総介が辞任した後、佐々木只三郎の「清河八郎に浪士組を思い通りにさせてはならない」との説得により浪士組取扱となる。江戸に帰る前に近藤たちも京へ連れて帰るように手代木直右衛門に頼まれた席上、近藤を評価する心中を吐露する。そして、近藤たちの後ろ盾に会津藩がなる手助けをするよう佐々木只三郎に命じる。&lt;br /&gt;
;[[速見又四郎]]（はやみ またしろう）&lt;br /&gt;
:演：[[七海智哉]]&lt;br /&gt;
:浪士組取締並。佐々木と共に清河を暗殺する。&lt;br /&gt;
;[[池田種徳|池田徳太郎]]（いけだ とくたろう）&lt;br /&gt;
:演：[[野仲イサオ|野仲功]]&lt;br /&gt;
:近藤と共に先番宿割をつとめる。傲岸な性格で、本庄宿での宿割の仕事は全て近藤におしつけていた。佐々木に「芹沢が仲間と騒いで困るので一人部屋にするように」と命じられ、それも近藤に任せる。それが元で本庄宿で芹沢一派が騒動が起こすが、対応に完全に萎縮していた。清河の策により朝廷に建白書を提出することになったが、建白書には署名せず、江戸帰還に反対する。清河を友人と思っていたが一言の相談もなかったことに怒ったためであった。その後京に残り酒を飲んで愚痴っていたが、お梅にこばした酒が染みになったと抗議され絡んでいたところ芹沢につまみ出された。&lt;br /&gt;
;[[祐天仙之助]]（ゆうてん せんのすけ）&lt;br /&gt;
:演：[[渡部雄作]]&lt;br /&gt;
:博徒の出身で、浪士組に参加。大村達尾に狙われ、ついに京で襲撃される。手傷を負ったが、火事の騒ぎで救われた。&lt;br /&gt;
;[[大村達尾]]（おおむら たつお）&lt;br /&gt;
:演：[[江畑浩規]]&lt;br /&gt;
:祐天仙之助に父を殺され、仇を討つために浪士組に入隊。しかし、祐天というあだ名の博徒が殺したという話を人伝えに聞いただけで確証はなかった。宿の都合で本庄宿では五番組の祐天と同宿になる。京で芹沢達が清河を斬ろうとしている夜に祐天仙之助を襲撃する。手傷を負わせるも、火事の騒ぎで逃亡される。最終回で偶然永倉と再会し、本望を果たし仇を討ったことを告げる。&lt;br /&gt;
;[[村上政忠|村上俊五郎]]（むらかみ しゅんごろう）&lt;br /&gt;
:演：[[立川政市]]&lt;br /&gt;
:六番組の小頭。本庄宿で宿の部屋割りを担当していた山南を「田舎侍」と呼んで見下し、足を洗う桶を持ってくるように命じる。断る山南に絡むが、土方に「この田舎侍は北辰一刀流の使い手だ」と言われ引き下がる。土方曰く、元は建具師らしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 多摩・試衛館の人々 ===&lt;br /&gt;
;[[近藤周助|近藤周斎]]（こんどう しゅうさい）&lt;br /&gt;
:（近藤周助→近藤周斎）&lt;br /&gt;
:演：[[田中邦衛]]&lt;br /&gt;
:近藤勇の養父。名は&#039;&#039;&#039;周助&#039;&#039;&#039;。天然理心流3代目。勇を養子に迎えて隠居し、周斎と名乗る。「浪士組に参加し上洛したい」と言った勇を快く送り出す。隊士募集と老中への説得のため江戸に戻った勇と会った時には病気で伏せりがちになっていた。そして、[[鳥羽・伏見の戦い]]の後に新選組が江戸に戻る前に亡くなったが最後に「お前は俺の誇りだ。お前を息子にもてて幸せだった。俺の倅は誠の武士だ」という言葉を勇に伝えるようふでとつねに託した。&lt;br /&gt;
;[[近藤ふで]]（こんどう ふで）&lt;br /&gt;
:演：[[野際陽子]]&lt;br /&gt;
:近藤周助の妻で近藤勇の養母。周助が勇を養子に迎えてからは勇が農家の出身であるのが不満でつらくあたる。しかし、勇が上洛前に自らも下総の農家出身で置屋の芸者から周助に身請けされた過去を告白し、わだかまりを解く。&lt;br /&gt;
:その後は勇を応援し、板橋で斬首される時は「近藤勇、よく戦いました!」と声を掛けた。&lt;br /&gt;
;[[沖田みつ]]（おきた みつ）&lt;br /&gt;
:演：[[沢口靖子]]&lt;br /&gt;
:沖田総司の姉。総司が試衛館の門人であることからよく試衛館に出入りしていた。勇の身辺の世話をしたり勇、歳三らと盗賊退治に出かけるなど序盤のヒロイン的扱いだった。江戸に戻ってきた近藤に伝通院で再会し、総司が労咳であることを告げられる。そして総司に会いに行ったとき自らの命は長くはないことをみつに語る総司に、みつならではの言葉で総司を励ます。なお黒船来航時、勇と歳三が入手したシャンパンのコルク栓が何故か総集編で勇らのことを回想する彼女の手元にあるが、これは函館で戦う歳三が市村鉄之助に命じて届けさせたものである。&lt;br /&gt;
;[[松井つね|近藤つね]]（こんどう つね）&lt;br /&gt;
:〈松井つね→近藤つね）&lt;br /&gt;
:演：[[田畑智子]]&lt;br /&gt;
:近藤勇の妻。松井八十五郎の娘で、勇と結婚し、たまを産む。素直な気だての良い性格で、ふでにも「仕事は遅い」と言われながらも評価されている。&lt;br /&gt;
;[[滝本捨助]]（たきもと すてすけ）&lt;br /&gt;
:演：[[中村獅童 (2代目)|中村獅童]]&lt;br /&gt;
:実在の人物・[[松本捨助]]をモデルにした、主要人物では唯一の架空の人物。詳細はリンクを参照。&lt;br /&gt;
: 近藤勇の幼馴染で、土方同様彼を「かっちゃん」と呼ぶ。多摩の資産家の滝本家に生まれる。「呼ばれもしないのに現れる」と自称する通り、物語中、至る所に出没、浪士組に入るためにあの手この手で画策していた。一時、その頑固さに根負けした近藤達に入隊を許されるも、ほどなく除名。その事に激怒していたが、本当の理由が自分を死なせないために近藤が取った苦渋の決断だった事を知る。彼を助けるために単身で「新選組隊士、滝本捨助！」と名乗りを上げて刑場に乗り込むも、たちどころに警備兵に斬られ絶命した。&lt;br /&gt;
;[[佐藤彦五郎]]（さとう ひこごろう）&lt;br /&gt;
:演：[[小日向文世]]&lt;br /&gt;
:日野宿の名主。土方歳三の義兄にあたる。近藤勇とは義兄弟の契りを結んでいる。酒に弱い。新選組を支援する。春日隊を組織し、甲陽鎮撫隊に加わった。終盤勇が官軍に捕らわれ斬首されると知ったときには、我を忘れて救出に向かおうとした。&lt;br /&gt;
;[[佐藤のぶ]]（さとう のぶ）&lt;br /&gt;
:演：[[浅田美代子]]&lt;br /&gt;
:土方歳三の姉で佐藤彦五郎の妻。若き日の歳三の良き理解者である。行商の道に進もうとしていた歳三が実は剣の道に進みたがっていることを勇に伝える。&lt;br /&gt;
;[[小島鹿之助]]（こじま しかのすけ）&lt;br /&gt;
:演：[[小野武彦]]&lt;br /&gt;
:多摩の名主。近藤勇の後見人で義兄弟。多摩を訪れた近藤勇に屋敷を賊に襲われた滝本繁蔵の蔵の物を移送するように頼む。近藤たちが浪士組として上洛するのには反対した。そして、近藤が流山に捕らえられ佐藤彦五郎が救出に向かおうとしたときはのぶと共にとめたが、「こんなやり方の薩長の時代は長くは続かない。いずれ近藤さんの後に続く者がこの多摩から生まれると信じています」と語る。&lt;br /&gt;
;[[宮川音五郎]]（みやがわ おとごろう）&lt;br /&gt;
:演：[[阿南健治]]&amp;lt;ref&amp;gt;三谷幸喜脚本の舞台『[[彦馬がゆく]]』（[[1990年]]・[[1993年]]）や、テレビドラマ『[[竜馬におまかせ!]]』（[[1996年]]・[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）で近藤勇を演じている。三谷作品における「近藤勇」といえば、阿南健治を指すほどだった。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
:近藤勇の実の兄。勇が武士になったことを喜び、応援している。浪士組結成の際には勇に20両で買い求めた[[虎徹]]を餞別として渡す。勇は贋物と知りながら受け取り、「兄上の気持ちを大事にしたい。俺がこれを虎徹にする」と喜ぶ。&lt;br /&gt;
;[[土方為次郎]]（ひじかた ためじろう）&lt;br /&gt;
:演：[[栗塚旭]]&amp;lt;ref&amp;gt;テレビドラマ『[[燃えよ剣]]』（[[1970年]]・[[テレビ朝日|NET]]）等で土方歳三を演じたことにちなんだキャスティング。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
:土方歳三の兄。盲目のため家督を継いでいない。まだ将来が見えていなかった近藤勇と歳三に「二人で時代と斬り結びなさい」と諭す。そして、流山の訣別の後故郷に戻った土方に、近藤をもり立てた歳三を称え「お前達は多摩の誇りだ。何が正しくて、何が間違っていたなど100年後の人が決めればよい」と言った。&lt;br /&gt;
;滝本繁蔵（たきもと しげぞう）&lt;br /&gt;
:演：[[沼田曜一]]&lt;br /&gt;
:滝本捨助の父。多摩の資産家。屋敷を賊に襲われ、近藤勇たちに蔵の物を移送してもらう。&lt;br /&gt;
;[[近藤勇五郎|宮川勇五郎]]（みやがわ ゆうごろう）&lt;br /&gt;
:演：[[木挽礼]]&lt;br /&gt;
:宮川音五郎の子。多摩の宮川家を訪れた勇にせがんで勇と音五郎に拳を口に入れさせた。&lt;br /&gt;
;なつ&lt;br /&gt;
:演：[[岩崎加根子]]&lt;br /&gt;
:近藤ふでと牛込の置屋で一緒に働いていた古い友人。ふでが勇とつねと縁談の件で周助と喧嘩をして家を飛び出した際にはなつの家に向かった。なつの口添えもありふでは試衛館に戻った。その際に「息子いじめもほどほどにしなさい」とふでをたしなめた。居候が増え、嫁のつねが口答えするようになったことなどに腹を立てたふでは再び家を飛び出した時は再びなつの家に世話になった。&lt;br /&gt;
;[[沖田林太郎]]（おきた りんたろう）&lt;br /&gt;
:演：[[日野陽仁]]&lt;br /&gt;
:沖田総司の義兄。長いものに巻かれやすい性格。沖田みつを妻とし婿養子になり沖田家の当主となる。近藤勇とつねの婚礼の席にお祝いの酒を持って登場した。みつに勧められて試衛館の稽古にも通うが、妻や義弟と違い、度胸も剣術の腕前もいまひとつ。浪士組に参加するが、新見と同じ組であったために、本庄宿では芹沢が野宿を宣言した際、焚き火の材料を探しに行かされる。浪士組が京から引き揚げる時には試衛館道場の仲間とは行動を共にせず、江戸に戻ってしまい、みつや近藤家の面々に呆れられ、顰蹙を買ってしまった。その後、新徴組に入り、[[鳥羽・伏見の戦い]]の前に江戸に戻った近藤と伝通院で再会する。&lt;br /&gt;
;[[松井八十五郎]]（まつい やそごろう）&lt;br /&gt;
:演：[[浅沼晋平]]&lt;br /&gt;
:近藤つねの父。&lt;br /&gt;
;松井きぬ（まつい きぬ）&lt;br /&gt;
:演：[[芦沢孝子]]&lt;br /&gt;
:近藤つねの母。&lt;br /&gt;
;[[萩原糺]]（はぎわら ただす）&lt;br /&gt;
:演：[[榎木兵衛]]&lt;br /&gt;
:小山村（現在の町田市）に在住している老人。昔は相当の使い手だったらしく、勇の四代目襲名の際に隊長を崩した小島鹿之助の代わりに天然理心流の紅白試合紅組総大将をつとめたが、「どっから連れてきたんですか」と土方に言われてしまう。試合は一方的に紅組（土方、山南、永倉、原田、みつが参加した試衛館勢）が優勢で、白組の大将（その他の多摩の剣客勢）の佐藤彦五郎も危うい情勢であったが、白組に沖田総司が加勢したため、形勢は逆転し、結局土方が懸念していたとおり何も役に立たず、最後は一切の抵抗も見せずに沖田に額につけた土器を割られ、試合は白組の勝利に終わる。そんな試衛館にとっては不甲斐ない結果に周斎は嘆いたが、勇は満足そうに笑みを浮かべていた。&lt;br /&gt;
;[[寺尾安次郎|寺尾]]（てらお）・徳次郎（とくじろう）&lt;br /&gt;
:演：[[小林ひでのり]]（寺尾）・[[飯田まさと]]（徳次郎）&lt;br /&gt;
:試衛館門人。&lt;br /&gt;
;ひも爺&lt;br /&gt;
:演：[[江幡高志]]&lt;br /&gt;
:土方歳三の行商仲間。歳三が道場破りを行い、怪我をした門人達に薬を売りつけていたが、その手口がばれて歳三共々手ひどい報復を受ける。このことが歳三が剣の道に踏み出すきっかけとなった。&lt;br /&gt;
;[[近藤たま]]（こんどう たま）&lt;br /&gt;
:演：[[松元環季]]（幼児時代：[[山城毬花]]　幼年時代：[[鎗田千裕]]）&lt;br /&gt;
:近藤勇の娘。ゲンコツをくわえる癖があるらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 京の人々 ===&lt;br /&gt;
;[[深雪太夫]]（みゆきだゆう）&lt;br /&gt;
:演：[[優香]]（少女時代：[[枚田菜々子]]）&lt;br /&gt;
:本名は&#039;&#039;&#039;お幸&#039;&#039;&#039;。[[大阪|大坂]]新町遊郭の、[[太夫]]。京の街を歩いていた武士にぶつかったと因縁をつけられて、まさの甘味屋に逃げ込んだ時に近藤、永倉、沖田、井上、斎藤達に救われる。京に来ていたのは実は妹のお孝を探しに来ていたためであった。後に大坂で近藤と再会し、愛人となる。その際、寺田屋で京に来ていたつねに会ってしまう。つねは悔しさを覚えつつも、勇を支え続けてきたことを認め、「勇が京を去るときまで」という条件で、お幸が勇の愛人となることを承諾する。京では醒ヶ井の妾宅に住むことになる。山崎が近藤の命によりお孝を探し出そうとしたが、会うことなく過労が元で病死する。&lt;br /&gt;
; お孝（おこう）&lt;br /&gt;
:演：優香（二役）（少女時代：[[金子莉菜]]）&lt;br /&gt;
:深雪太夫の妹。深雪太夫とは生き別れになっていた。深雪太夫と異なり、お転婆な性格。最後は沖田総司を看病する。沖田が刺客に襲撃された際、刀がない&amp;lt;ref&amp;gt;療養中の沖田から剣術の稽古をしないよう、お考が刀を平五郎に預けたが、皮肉にもそれが自分自身の命取りのきっかけとなってしまった。&amp;lt;/ref&amp;gt;沖田を刺客から庇おうとしたが、斬殺される。&lt;br /&gt;
;[[お梅]]（おうめ）&lt;br /&gt;
:演：[[鈴木京香]]&lt;br /&gt;
:菱屋の妾であったが、本妻に睨まれ壬生の前川家に住んでいた。格子越しに色目を使うお梅を村の規律を乱したと壬生村から追い出されそうになっていたところ、芹沢鴨が愛人とする。その後、芹沢の後ろ盾をいい事に、より好き勝手に振る舞う様になり、壬生の人間からは更に疎まれ、浪士達（特に土方）からも苦い顔をされていた。沖田をたぶらかしたり、芹沢の大和屋襲撃をけしかけたりと、周囲が不幸になる様に生きていたが、次第に芹沢と心から愛し合うようになる。芹沢暗殺の際には沖田に逃げるように言われるが、自身は芹沢と運命を共にする決意を抱き、沖田の刀で自らを突き刺し芹沢の後を追う。&lt;br /&gt;
;[[八木源之丞]]（やぎ げんのじょう）&lt;br /&gt;
:演：[[伊東四朗]]&lt;br /&gt;
:壬生[[郷士]]の[[八木家]]当主。浪士組が京の宿舎となり、その割り当てを決める会合に遅れてきた罰で、芹沢鴨など水戸派や近藤勇など試衛館一派などを預かることになる。清河八郎の朝廷への建白書建議の後浪士組は江戸に戻ることになったが、近藤や芹沢達はそのまま八木家に残り、源之丞を困惑させる。その後八木家は西本願寺に移転するまで新選組の屯所となった。最初は迷惑に思っていたが、久の通夜の席で浪士たちが協力してくれたことから態度を改めた。池田屋の前には近藤に意見を求められ激励する。山南切腹の際には土方に反対を意見する。西本願寺に新選組に移る際には「ここはあんさんたちにはお里みたいなもんや。気が向いたらいつでも戻ってきておくれやす」と言った。&lt;br /&gt;
;[[八木ひで]]（やぎ ひで）&lt;br /&gt;
:演：[[吹石一恵]]&lt;br /&gt;
:八木源之丞の娘。架空の人物。浪士組が入ってくる際、貞操を心配した源之丞によりしばらく男性に変装させられ、「秀二郎」&amp;lt;ref&amp;gt;八木源之丞の長男の名で、実在の人物。&amp;lt;/ref&amp;gt;と名乗る事になる。黙認していた芹沢以外の浪士たちにそのことは露見しなかったものの、それが原因で彼女の華奢な体格を懸念した近藤達に、剣術の稽古をつけられてしまう。久の通夜の席で、父源之丞から実は女性であることを近藤、土方、沖田に紹介される。特に総司の事を気にかけ、何かと世話を焼こうとするが、沖田はお梅に恋心を抱いていたことから、落ち込んでいたところ藤堂に励まされる。それでも沖田のことを気にかけており、病状を心配して、医者に連れて行く。新選組が上方から江戸に引き揚げる際は再び男装で登場し、ねぎらいの言葉をかける。&lt;br /&gt;
;[[八木雅]]（やぎ まさ）&lt;br /&gt;
:演：[[松金よね子]]&lt;br /&gt;
:八木源之丞の妻。芹沢達の乱暴に困惑している。小野川部屋の黒神が好きで、壬生で相撲大会が開催されると喜んだ。そして、京から新選組が去る時「あれだけ京のために尽くしてきた方が…」と嘆いた。&lt;br /&gt;
;久（ひさ）&lt;br /&gt;
:演：[[正司歌江]]&lt;br /&gt;
:八木雅の母。最初は浪士たちを毛嫌いしていて玄関脇に[[ほうき#.E6.B0.91.E9.96.93.E4.BF.A1.E4.BB.B0.E7.AD.89|箒を逆さに立てる]]。しかし、寺院に浪士組が早く壬生から出て行くように願っていて、帰りに気分が悪くなったところを原田左之助に背負われて部屋に戻る。その際左之助を「死んだじいさまに似ている」と好意を寄せるようになる。最後は箒を正しく立てるように雅に命じ、左之助に感謝の意を表して亡くなる。その通夜や葬式を浪士組の仕切りを行う。&lt;br /&gt;
;[[八木為三郎]]（やぎ ためさぶろう）&lt;br /&gt;
:演：[[巻嶋一将]]&lt;br /&gt;
:八木源之丞の息子。よく芹沢や沖田と遊んでいる。&lt;br /&gt;
;房吉（ふさきち）&lt;br /&gt;
:演：[[星ルイス]]&lt;br /&gt;
:八木家奉公人。新選組が西本願寺に屯所を移してからも、八木源之丞が身の回りの世話にと屯所に派遣したが、井上源三郎がお茶入れを行うため仕事がない状態になる。[[鳥羽・伏見の戦い]]の後、後始末に京へ戻った土方へ長年の苦労を労われ八木家に戻るように言われる。&lt;br /&gt;
;[[原田まさ|まさ]]&lt;br /&gt;
:演：[[はしのえみ]]&lt;br /&gt;
:甘味屋を切り盛りする看板娘。近藤らとは屯所が近所にあったことから顔なじみで仲が良い。左之助は彼女に心底惚れているが、まさの方は左之助のことを恋愛対象としてはまったく見ていなかった。禁門の変のおり、左之助は店を焼け出された彼女を助けるべく独断で隊を離れ救出に向かった。その後も左之助の猛アピールを袖にしていたが、いつの間にか惹かれあうようになり、気がつけば両親への挨拶に祝言と話はとんとん拍子に進み、報告を聞いた近藤らを驚愕させる。&lt;br /&gt;
;小常（こつね）&lt;br /&gt;
:演：[[小西美帆]]&lt;br /&gt;
:名は&#039;&#039;&#039;おその&#039;&#039;&#039;。市川宇八郎とかつては将来を約束した仲であった。大坂で芸者をしていたが、その際に宇八郎に後事を託された永倉新八に「宇八郎は亡くなった（実際は回復して生存）」旨を告げられる。後に永倉に京に迎えられ彼の愛人となる。押し入り強盗と化した官軍の兵に斬られる。そして京へ戻っていた永倉に「宇八郎様」と言葉を残して息を引き取る。そして怒りに燃える永倉はすぐに官軍の兵を斬り仇をとる。&lt;br /&gt;
;[[明里]]（あけさと）&lt;br /&gt;
:演：[[鈴木砂羽]]&lt;br /&gt;
:名は&#039;&#039;&#039;おすず&#039;&#039;&#039;。丹波の農村の出身で、浮舟という店に売られていく途中おまさのお多福で山南、沖田と出会う。その際汁粉7杯を食べ、代金を山南が支払ったことが縁になり後に恋人となる。明里の名も山南が「あなたの里に明るい光が射しますように」との願いをこめて名付けた。山南脱走の際には山南と共に江戸を目指した。山南の切腹の直前に山南と会い、死の直前であることを察しながら別れを惜しみ、山崎に送られて丹波の実家へ戻った。&lt;br /&gt;
;[[お登勢]]（おとせ）&lt;br /&gt;
:演：[[戸田恵子]]&lt;br /&gt;
:寺田屋女将。男勝りのしっかり者で、その女丈夫ぶりから近藤らから「この世に総司の姉みつがもう一人いた」と評される。禁門の変の後、伏見方面に出陣した新選組が御用改めに現れた時に毅然と対応した。尊王派も問わず、助けを求めて身を隠しにきた人を匿うのが主義だが、彼女がその手腕を発揮すると殆どの場合乱闘・流血沙汰に発展しており、そのたびに悲鳴をあげている。龍馬の頼みによりおりょうを養女とする。鳥羽・伏見の戦いの後京に戻った土方、斎藤、山崎を捨助の口利きにより匿う。&lt;br /&gt;
;[[楢崎龍|おりょう]]&lt;br /&gt;
:演：[[麻生久美子]]&lt;br /&gt;
:坂本龍馬とは土佐藩邸で賄いとして雇われた時に出会う。龍馬に一目惚れをされ、恋仲になり蝦夷地に連れて行ってもらう約束であったが、池田屋の変や禁門の変で仲間を失った龍馬はその約束は果たせなくなる。そして龍馬の頼みによりお登勢に預かってもらうことになり、寺田屋の養女となる。後に龍馬の妻となり、二人で薩摩の霧島に新婚旅行に出かけた。龍馬の死後、新選組が龍馬を斬ったと思っていたおりょうは近藤に復讐を企てる。しかし、取り押さえられ、近藤に諭される。&lt;br /&gt;
;おきよ&lt;br /&gt;
:演：[[こばやしあきこ]]&lt;br /&gt;
:寺田屋女中&lt;br /&gt;
;[[木戸松子|幾松]]（いくまつ）&lt;br /&gt;
:演：[[菊川怜]]&lt;br /&gt;
:芸妓であったが、桂小五郎の恋人となり小五郎を支える。&lt;br /&gt;
;孝庵（こうあん）&lt;br /&gt;
:演：[[笹野高史]]&lt;br /&gt;
:沖田総司を診察している医師。沖田の吐血が労咳（肺結核）によるものだと早期に見抜き、静養するよう幾度となく忠告する。口が悪い。お幸の臨終前に醒ヶ井に呼ばれる。そこで沖田に再会し、「たまには顔を出せ」と声をかける。&lt;br /&gt;
;[[前川荘司]]（まえかわ しょうじ）&lt;br /&gt;
:演：[[谷本一]]&lt;br /&gt;
:壬生郷士。八木家の向かい側に屋敷を構えている。菱屋とは親戚筋で、お梅を預かっている。&lt;br /&gt;
;初菊（はつぎく）&lt;br /&gt;
:演：[[平岩紙]]&lt;br /&gt;
:芸妓。いつも深雪太夫の脇に控えている。&lt;br /&gt;
;[[菱屋太兵衛]]（ひしや たへえ）&lt;br /&gt;
:演：[[藤田宗久]]&lt;br /&gt;
:四条堀川の呉服屋。お梅を妾としていた。&lt;br /&gt;
;[[入江惣兵衛|池田屋惣兵衛]]（いけだや そうべえ）&lt;br /&gt;
:演：[[岡田正]]&lt;br /&gt;
:池田屋事件の舞台、池田屋の主人。&lt;br /&gt;
;[[京屋忠兵衛]]（きょうや ちゅうべえ）&lt;br /&gt;
:演：[[横山あきお]]&lt;br /&gt;
:京屋主人。深雪太夫を近藤が身請けする仲介をする。&lt;br /&gt;
;[[西村兼文]]（にしむら かねふみ）&lt;br /&gt;
:演：[[本間憲一]]&lt;br /&gt;
:西本願寺侍臣。掛け軸を破った原田、沖田、藤堂の件で近藤に「ここの僧侶はあなたたちのことをよく思っていない。僧侶を敵にしない方が良い」と忠告する。河合耆三郎の死の前に話を聞く。西本願寺を屯所にしていた新選組に、不動堂村に西本願寺の提供により屯所を建てて移転する話を近藤と土方に行う。[[鳥羽・伏見の戦い]]の後、後始末に京へ戻った土方へ餞別を渡す。そして「私はどこの味方でもない。面白いことが好きなだけや。新選組の行く末をしっかり見届けさせていただきます」と言う。&lt;br /&gt;
;お初（おはつ）&lt;br /&gt;
:演：[[清水美那]]&lt;br /&gt;
:仙波甲太郎の妻。夫を斬った松原が金を届けて焼香を頼んだ時にはすげなく追い返したが、祇園の火事から救うなど面倒を見てくれる松原に心を開いた振りをする。そして松原を騙して闇討ちにするが、松原を追ってきた斎藤にその場で斬り捨てられる。&lt;br /&gt;
;[[山田藤吉|藤吉]]（とうきち）&lt;br /&gt;
:演：[[松村明 (俳優)|松村明]]&lt;br /&gt;
:坂本龍馬の用心棒。近江屋の1階で坂本を訪ねてきた佐々木只三郎に応対する。しかし、後ろを向いて坂本に取り次ごうとしたところ、佐々木に斬られる。&lt;br /&gt;
;[[鹿野峰吉|峯吉]]（みねきち）&lt;br /&gt;
:演：[[篠原勇]]&lt;br /&gt;
:坂本、中岡の暗殺前に鍋をしようとした坂本に、使いを頼まれる。&lt;br /&gt;
;オウム&lt;br /&gt;
:声：山口智充&lt;br /&gt;
:芹沢・お梅・沖田が見物したオウム。芹沢に不吉な予言ともとれる言葉を発し、彼を逆上させる。本来オウム自身に喋らせることになっていたが、声の調教が間に合わず、急遽オウムのモノマネをネタに持っていた山口が演じることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 幕末の志士たち ===&lt;br /&gt;
==== 土佐藩 ====&lt;br /&gt;
;[[坂本龍馬]]（さかもと りょうま）&lt;br /&gt;
:演：[[江口洋介]]&amp;lt;ref&amp;gt;三谷幸喜原作・脚本の映画『[[竜馬の妻とその夫と愛人]]』（[[2002年]]）で、竜馬にあこがれて竜馬にそっくりの振る舞いをしようとする的屋の虎蔵を演じており、「新選組!」で龍馬役に抜擢された際、「やっと本人になれた」と言っている。&amp;lt;/ref&amp;gt; &lt;br /&gt;
:常識に囚われない自由な発想と国を憂う心を持つ快男児。近藤、土方とは多摩時代からの友人として描かれる。&lt;br /&gt;
:佐久間象山の元に出入りしており、象山、桂、近藤、土方と共に黒船を見に行き、諸外国に負けない強い日本を作るという大志を抱く。救国の方法を模索していき、そのため主張することがよく変わった。しかし、海軍操練所を閉鎖されるなど八方ふさがりになり、一時は酒びたりの日々を送っていた。そんな時新選組の隊の中で孤立した山南が寺田屋を訪れ、文字通り死を賭した激励を受け情熱を取り戻す。そして仇敵同士であった薩摩と長州の間を取り持ち、薩長同盟を結ぶことに成功する。しかし、その際に寺田屋から薩摩藩邸に入る際、薩摩藩の大久保の手引きにより捨助を囮にしたことから、捨助の恨みを買い、寺田屋に宿泊中役人に襲われるが、辛くも脱出する。薩摩藩主導の武力倒幕に反対し、大政奉還を行ったことが薩摩の西郷、大久保の恨みを買い、近江屋で佐々木只三郎率いる見廻組に暗殺される。&lt;br /&gt;
;[[武市瑞山|武市半平太]]（たけち はんぺいた）&lt;br /&gt;
:演：[[デビット伊東]]&lt;br /&gt;
:土佐勤王党を旗挙げし、龍馬に土佐で同士を募るように依頼する。&lt;br /&gt;
;[[望月亀弥太]]（もちづき かめやた）&lt;br /&gt;
:演：[[三宅弘城]]&lt;br /&gt;
:土佐勤王党に加わる。龍馬と行動を共にする。近藤、土方とは龍馬と共に四代目襲名の後の府中の旅籠で出会う。その際に攘夷のあり方を巡って近藤と口論になり、その隙に捨助に土佐勤王党の血判状を奪われる。龍馬と近藤が旅籠の外で果たし合いになるが、龍馬は血判状を破り捨て和解した。浪士組として近藤たちが京へ上ったことを龍馬へ伝える。八月十八日の政変後、様子をさぐるために京へ出てきたところ近藤とまさの店で再会する。池田屋の変の前に古高俊太郎が捕縛されると、宮部鼎蔵に命じられ桝屋の蔵の中のものを奪還しに行く。池田屋では真っ先に近藤に斬り込む。沖田に斬られ傷を負い、あわやというところで沖田の喀血によりとどめを刺されることを免れた。池田屋から逃れて長州藩邸に仲間の救出を懇願するも、桂小五郎の命を受けた長州藩士に追い返され失意の中自害する。&lt;br /&gt;
;[[北添佶摩]]（きたぞえ きつま）&lt;br /&gt;
:演：[[松井工]]&lt;br /&gt;
:坂本龍馬が蝦夷地に行こうとしている時に登場。池田屋で闘死する。&lt;br /&gt;
;[[中岡慎太郎]]（なかおか しんたろう）&lt;br /&gt;
:演：[[増沢望]]&lt;br /&gt;
:坂本龍馬と共に薩長同盟に尽力する。龍馬と共に近江屋で暗殺される。斬られてしばらくは息があり、近藤の意向で龍馬を救出すべく踏み込んできた原田左之助が伊予弁で「こなくそ」と叫んだのを聞いたことから彼が刺客と勘違いし、皮肉にも近藤を土佐藩士の仇敵に仕立て上げてしまう。&lt;br /&gt;
;[[谷干城|谷守部]]（たに もりべ）&lt;br /&gt;
:演：[[粟根まこと]]&lt;br /&gt;
:流山で捕らえられた近藤勇を坂本龍馬を暗殺したのは新選組か否かなど板橋の本陣で尋問する。&lt;br /&gt;
;[[上田楠次]]（うえだ くすじ）&lt;br /&gt;
:演：[[山崎一]]&lt;br /&gt;
:新政府軍の大軍監、香川敬三に流山に布陣する正体不明の軍の情報を告げる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 長州藩 ====&lt;br /&gt;
;[[木戸孝允|桂小五郎]]（かつら こごろう）&lt;br /&gt;
:（桂小五郎→木戸貫治→木戸孝允）&lt;br /&gt;
:演：[[石黒賢]]&lt;br /&gt;
:近藤、土方とは江戸で出会う。試衛館の近くの練兵館の道場にいる関係で、試衛館に道場破りが現れた時に良く手助けをしていた。佐久間象山、龍馬、近藤、土方と共に黒船を見に行く。江戸滞在の時はやや嫌味なところもあったが近藤に好意を持っていて、近藤の婚儀にも参列する。近藤が浪士組に参加した時には「できれば止めて欲しかった」と残念がる。&lt;br /&gt;
:後に新選組とは京都で再会する。中盤以降長州藩士のまとめ役としての役割を担うようになる。池田屋の時には陰謀に反対する。佐久間象山から酒を届けに来た捨助に雇ってくれるよう頼まれるが、あっさり断る。しかし、その際に捨助が桂の膳をひっくり返してしまい、桂は着替えるため一旦藩邸へ戻ることになり難を逃れることになる。池田屋から逃れてきた望月亀弥太を追い返し、長州藩がこの事件に関わりのないことを示そうとする。新選組に見つからぬよう変装して行動するも顔までは変えられないため大概見破られてしまう。禁門の変の後は京を離れるが、久坂、寺島の遺髪を届けに来た捨助を京の情報を伝える連絡役として雇う。のち&#039;&#039;&#039;木戸貫治&#039;&#039;&#039;（きど かんじ）、さらに&#039;&#039;&#039;孝允&#039;&#039;&#039;（たかよし）と改名。薩長同盟締結後はほとんど出番がなくなり、わずかに最終回に顔を見せた。そして近藤勇が打首になることを幾松に語り、「徳川家の家臣で最後まで忠義をつくしたのはあの男」と述べた。&lt;br /&gt;
;[[久坂玄瑞]]（くさか げんずい）&lt;br /&gt;
:演：[[池内博之]]&lt;br /&gt;
:長州藩の秀才。京で[[足利三代木像梟首事件]]を起こす浪士たちを唆すなど尊王攘夷活動を行う。徳川家茂が上洛した時に「いよ！征夷大将軍」と声をかけた[[高杉晋作]]に怒った壬生浪士組と一触即発になるが、桂小五郎の取りなしにより回避される。八月十八日の政変では、堺町御門で会津藩に御所に入ることを阻止される。都を追われた後、長州急進派を率いて再度上京する。しかし、敗色が濃くなり、鷹司輔熈に帝への取次を嘆願されるも、断られる。主君を朝敵にしてしまい、帝への嘆願も断られたことから寺島忠三郎とともに鷹司邸で自害する。その際、鷹司邸になぜか居合わせた捨助に遺髪を桂小五郎へ届けるよう依頼する。&lt;br /&gt;
;[[吉田稔麿]]（よしだ としまろ）&lt;br /&gt;
:演：[[佐藤一平]]&lt;br /&gt;
:池田屋の会合に参加。桂に計画を語る。&lt;br /&gt;
;[[寺島忠三郎]]（てらじま ちゅうさぶろう）&lt;br /&gt;
:演：[[夏原遼|加藤大治郎]]&lt;br /&gt;
:禁門の変に参加。久坂玄瑞と共に鷹司邸で自害する。久坂と同じく捨助に遺髪を桂小五郎へ届けるよう依頼する。&lt;br /&gt;
;[[入江九一]]（いりえ くいち）&lt;br /&gt;
:演：[[渡辺航]]&lt;br /&gt;
:禁門の変に参加。久坂から帰国して主君に事の次第を伝えるように頼まれる。&lt;br /&gt;
;仙波甲太郎（せんば こうたろう）&lt;br /&gt;
:演：[[宅間孝行]]&lt;br /&gt;
:禁門の変以降も京に残留する長州藩士のリーダー格。桂との連絡役をつとめていた捨助に桂の居場所を聞き出そうとするが、中々教えてもらえない。ようやく彼の手引きで桂に会ったが、帰国する桂に京に残るように命ぜられ、新婚であることを理由に餞別の金を渡される。しかし直後に新選組に見つかり、桂を逃そうと盾になる。奮戦の末、新選組の松原忠司に斬られるが、息絶えそうになりながら金を妻のお初に渡すように頼む。その死はやがて松原とお初を、壬生心中と呼ばれる悲劇へといざなうこととなる。&lt;br /&gt;
;[[三吉慎蔵]]（みよし しんぞう）&lt;br /&gt;
:演：[[荘司優希]]&lt;br /&gt;
:長州藩の支藩の長府藩士。薩長同盟を結ぼうと上洛した坂本龍馬の護衛を行う。寺田屋に宿泊中襲われた坂本と共に戦う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 薩摩藩 ====&lt;br /&gt;
;[[西郷隆盛]]（さいごう たかもり）&lt;br /&gt;
:（大島吉之助→西郷吉之助→西郷隆盛）&lt;br /&gt;
:演：[[宇梶剛士]]&lt;br /&gt;
:薩摩藩軍賦役。轟くような豪快な笑い声が特徴。のん気そうな図体に似合わぬ権謀術数に長けた人物。当初は&#039;&#039;&#039;大島吉之助&#039;&#039;&#039;（おおしま きちのすけ）の名で登場。近藤が禁門の変の勝利の後、天王山に長州勢が残っていることを近藤に告げ、新選組は天王山に向かうことになる。勝海舟の紹介により坂本龍馬と出会い、その際に長州を潰さないように頼まれ、その後、薩長同盟が結ばれる。しかし、戦により徳川を完全に潰さねば新たな日本は生まれないと考え、佐々木只三郎を利用して龍馬を暗殺させた。勝と江戸の薩摩藩邸で談判し、江戸城の無血開城を実現した。有馬から近藤の助命を嘆願されたが、亡くなった志士たちと生き残った者の恨みを近藤に一身に受け止めてもらうと退けた。&lt;br /&gt;
:その一方で、自分達の理念の為とはいえ、知己であった坂本や近藤をそれぞれ亡き者とする事を惜しみ、悔やむ節も見せていた。&lt;br /&gt;
;[[有馬藤太]]（ありま とうた）&lt;br /&gt;
:演：[[古田新太]]&lt;br /&gt;
:銃火器が主流となっている薩長軍の中でも剣の稽古を重ねる男。香川の命により流山に布陣する近藤勇と出会う。そして、兵の調練の場に案内した「大久保大和」と名乗る者が近藤であることを確信し探りを入れるが、近藤と語り合ううちに互いに真の武士と認め合い、見逃そうとする。&lt;br /&gt;
:しかし、部下の一人が京で大久保を見たことがあると言ったために、本陣に来るように告げる。そして敵ながら一軍の将として遇すべき近藤を、一時の感情で罰することに反対、近藤の力になろうとした。そして西郷にも近藤の助命を嘆願した。しかし、その行為を余計なことと受け止めた香川、谷から宇都宮へ向かうように命じられる。&lt;br /&gt;
;[[伊牟田尚平]]（いむた しょうへい）・[[神田橋直助]]（かんだばし なおすけ）&lt;br /&gt;
:演：[[中村まこと]]（伊牟田）・[[小林健一]]（神田橋）&lt;br /&gt;
:清河八郎に呼応して永倉たちとヒュースケンを暗殺しようと目論む。&lt;br /&gt;
;[[高崎正風|高崎左太郎]]（たかさき さたろう）&lt;br /&gt;
:演：[[政岡泰志]]&lt;br /&gt;
: 八月十八日の政変を前に会津藩との連絡役を務める。&lt;br /&gt;
;[[大久保利通|大久保一蔵]]（おおくぼ いちぞう）&lt;br /&gt;
:（大久保一蔵→大久保利通）&lt;br /&gt;
:演：[[保村大和]]&lt;br /&gt;
:捨助を囮にして寺田屋から薩摩藩邸に行こうとする坂本龍馬を保護する。しかし、大政奉還で薩摩が主導権を握れなくなることを恐れ、西郷とともに坂本龍馬の排除を目論む。そして伊東甲子太郎を炊き付け近藤暗殺を請け負わせる。伊東甲子太郎亡き後は、御陵衛士の残党に近藤を亡き者にするため薩摩が手を貸すと唆す。徳川との決戦にそなえ諸侯を味方につけるべく菊の紋の利用を発案、自軍に錦の御旗を持たせた。&lt;br /&gt;
;[[黒田清隆|黒田了介]]（くろだ りょうすけ）&lt;br /&gt;
:演：[[五宝孝一|峯尾進]]&lt;br /&gt;
:薩長同盟を仲介した坂本龍馬と中岡慎太郎が、桂小五郎と西郷の会談を行うよう計らったが、西郷は来ずに京へ向かい、彼が代わりに来たことで桂を激怒させてしまう。『新選組!! 土方歳三 最期の一日』では、五稜郭総攻撃の司令官（参謀）として名前のみ登場する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== その他 ====&lt;br /&gt;
;[[佐久間象山]]（さくま しょうざん）&lt;br /&gt;
:演：[[石坂浩二]]&lt;br /&gt;
:松代藩士。自他ともに認める天下一の軍学者だが、反面人の心を逆撫でする無神経な物言いが多い。渾名をつける名人を自称し、近藤を「[[鬼瓦]]」、土方を「[[木綿豆腐]]」、捨助を「[[般若]]」、井上を「[[タクワン]]」と名付ける。&lt;br /&gt;
:第一話での黒船来港の際、藩命で黒船を見に行き、桂や坂本も同行することになっており、坂本の手引きで近藤・土方に初めて出会う。「見たことがないものはやはり見たい」という近藤の好奇心を理解して同行を許し、二人を人足を装って伴わせる。その際、近藤に対し「人は生まれてから最初の10年は、己の事だけを考える。そして次の10年は家族の事を考える。20歳になってからの10年は、生まれた国の事を考える。そして30になったら日本の事を考える。40になったら世界の事を考える。今は多摩のことだけを考えていればよろしい。ただし10年後に日本の事を考えなければならなくなった時に正しい判断が出来るように、今から勉強せよ」と諭す。また維新の功労者となる桂にも「まことの攘夷とは諸外国と互角に渡り合うためにまずは開国し力をつけることだ」と説いた。&lt;br /&gt;
:その後、安政の大獄で松代に蟄居するが、その後赦され勝海舟の家で坂本龍馬の誘いで訪れていた近藤と再会する。しかし、近藤のことは覚えておらず、改めて「鬼瓦」と名付け近藤を呆れさせる。また、そこでシャンパンのコルクを持っていた近藤に「そんなものをとっておくんじゃない。西洋の物ならなんでもありがたがる。昨今最も恥ずべき風俗じゃ！」と一喝する。&lt;br /&gt;
:京で近藤に三たび再会。その時も最初は近藤を思い出せなかったが「その顔を見ていて思い出した。黒船からフラッグを奪おうとした小僧が、今や新選組の局長か」と喜んだ。そして、まさの店にいた滝本捨助を従者にし、「般若」と名付けた。「己を信じていきたまえ」と遺言めいた激励を送り、井上には「沢庵（井上のこと）、鬼瓦のことを頼んだぞ」と語り別れた直後河上彦斎に斬られる。&lt;br /&gt;
:その際、「ワシほどのものを殺す男の名を知りたい」と河上の名を尋ね、河上が返答するとさらに「カワは三本川かさんずいか」とまで聞く。死ぬ瞬間まで好奇心の固まりであった。&lt;br /&gt;
;[[橋本左内]]（はしもと さない）&lt;br /&gt;
:演：[[山内圭哉]]&lt;br /&gt;
:福井藩士。佐久間象山門下で坂本龍馬と共に学ぶ。近藤とは江戸で坂本龍馬の紹介で出会う。幕府の公儀隠密に目をつけられており、場所を変えて試衛館に案内され、そこで坂本と天下国家の行く末について語り合い、耳を傾けていた近藤を驚かせる。当時安政の大獄で幕吏に追われていた。&lt;br /&gt;
;[[広岡子之次郎]]（ひろおか ねのじろう）&lt;br /&gt;
:演：[[橋本じゅん]]&lt;br /&gt;
:水戸脱藩。試衛館に入門したが、稽古代を一度も納めずにいた。試衛館を立て直すために長期滞納者である広岡を訪ね、取り立てに来た近藤勇は、同じく広岡の借金を取り立てに来た山口一（斎藤一）と出会うことになる。稽古代に頓着しない近藤に対し、山口は今日中に借金の返済に食い下がるが、同郷である芹沢鴨が見逃し、近藤と3両の借金を肩代わりをする。天然理心流が実際の戦向きの剣法であり、攘夷派の水戸藩への弾圧を強める大老・[[井伊直弼]]を襲撃する目的であった。広岡は死を覚悟しており、そのため女と遊ぶなど方々で返すあてのない借金を作った。近藤も坂本龍馬の仲介でたまたま訪れていた山南敬介からその真意を汲み取る。そして翌日[[桜田門外の変]]に参加し、酒井雅楽頭屋敷前で戦死する。事態を聞きつけた近藤は広岡の遺体を見つけると、手を合わせて弔った。&lt;br /&gt;
;[[稲田重蔵]]（いなだ じゅうぞう）&lt;br /&gt;
:演：[[山下大輔 (俳優)|山下大輔]]&lt;br /&gt;
:水戸脱藩。桜田門外で井伊直弼を襲撃し、後に自害して果てた。&lt;br /&gt;
;[[伊藤祐英|伊藤軍兵衛]]（いとう ぐんべえ）&lt;br /&gt;
:演：[[光石研]]&lt;br /&gt;
:松本藩士。藩の命令により高輪の東禅寺の護衛を行っていた。土方の不在中に石田散薬を求めに試衛館を訪れる。近藤、原田、井上、沖田みつと共に東禅寺に行くことになる。しかし軍兵衛は桜田門外の変以降多発した攘夷派による外国人への襲撃を護衛する激務により精神を病んでおり、護衛の役目を外されていた。そして実は松本藩としては石田散薬を購入する意志はなかった。そして近藤らと宴会をしていたイギリス人水兵達を殺害し、[[東禅寺事件|第二次東禅寺事件]]を引き起こした。&lt;br /&gt;
;[[真木保臣|真木和泉]]（まき いずみ）&lt;br /&gt;
:演：[[大谷亮介]]&lt;br /&gt;
:久留米水天宮神主、学習院御用掛。孝明帝の大和行幸を画策する。禁門の変を主導し、京に攻め込むが、天王山で「わしらが正しいか、お前たちが正しいか、いずれ時代が明らかにしてくれる」との言葉を残し立ち腹を切る。&lt;br /&gt;
;[[古高俊太郎]]（ふるたか しゅんたろう）&lt;br /&gt;
:演：[[中山俊]]&lt;br /&gt;
:京で&#039;&#039;&#039;枡屋喜右衛門&#039;&#039;&#039;を名乗り商家を営んでいたが、実は近江郷士で、長州藩や尊攘派浪士との陰謀の舞台となっていた。新選組に踏み込まれて捕縛され、拷問されるもなかなか口を割らなかった。しかし、業を煮やした土方により蝋燭や五寸釘をつかった激しい拷問を受けたため、尊攘派による挙兵計画を自白する。&lt;br /&gt;
;[[宮部鼎蔵]]（みやべ ていぞう）&lt;br /&gt;
:演：[[四方堂亘]]&lt;br /&gt;
:肥後脱藩。古高俊太郎の家に潜伏し、京で長州藩など尊攘派復権のために密謀を企てる。池田屋では近藤と対峙、時代の流れを説き近藤を愚かと断じる。近藤は一切ひるまず応じ、宮部は斬られる。&lt;br /&gt;
;[[河上彦斎]]（かわかみ げんさい）&lt;br /&gt;
:演：[[高杉亘]]&lt;br /&gt;
:肥後藩士。京で佐久間象山を暗殺する。&lt;br /&gt;
;[[淡海槐堂|板倉槐堂]]（いたくら かいどう）&lt;br /&gt;
:演：[[舟田走]]&lt;br /&gt;
:土佐の浪士を支援する人物。近江屋に泊まっていた坂本、中岡が暗殺される直前に訪問し、掛け軸を贈る。&lt;br /&gt;
;[[大場一真斎]]（おおば いっしんさい）&lt;br /&gt;
:演：[[佐渡稔]]&lt;br /&gt;
:水戸藩家老。二条城の警備に当たっていた。新遊撃隊御雇として同様に二条城警備を慶喜から命じられた新選組を拒否し、京での暴れぶりを愚弄する。しかし、近藤に「我らがときに仲間を失いながら死力を尽くして戦ってきたこの5年間、お手前方はご公儀のため命を賭けたことが一度でもあったのか！」と一喝される。&lt;br /&gt;
;[[渡辺昌守|渡辺久郎左衛門]]（わたなべ くろうざえもん）&lt;br /&gt;
:演：[[佐藤拓之]]&lt;br /&gt;
:彦根藩士。流山で有馬に京で大久保と名乗る男を見たことがあると告げる。本陣に近藤を連れて帰る前に、有馬に先に本陣に戻るよう命じられる。&lt;br /&gt;
;[[香川敬三]]（かがわ けいぞう）&lt;br /&gt;
:演：[[松本きょうじ]]&lt;br /&gt;
:水戸藩士、大軍監。流山で滞在していた新選組の残党の元に有馬藤太を派遣する。近藤勇を尋問する。そして、刑の期日と執行を告げる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 会津藩 ===&lt;br /&gt;
;[[松平容保]]（まつだいら かたもり）&lt;br /&gt;
:演：[[筒井道隆]]&lt;br /&gt;
:京都守護職、会津藩主。清廉な君子で、京の治安維持に力を尽くし、孝明天皇からの信頼も厚かった。京に残留した浪士組を近藤たちの嘆願を聞き入れ会津藩の預かりとした。近藤を心から信頼し、浪士組に「新選組」という名前を与える。壬生の相撲興行の際には町人に扮して観戦に訪れた。近藤勇に不満を持っていた永倉新八が建白書を提出した際には仲裁を行った。近藤が官軍に捕らえられ斬首されることになったときは「近藤の仇は必ず討つ」と誓い、斎藤に名刀虎徹とともに首の奪還任務を託している。&lt;br /&gt;
;[[広沢安任|広沢富次郎]]（ひろさわ とみじろう）&lt;br /&gt;
:演：[[矢島健一]]&lt;br /&gt;
:公用方。松平容保が近藤、芹沢と対面する時に同席する。取次役として新選組の面倒を見る役割をつとめる。強請たかりを行っている芹沢を注意したところ「会津藩がろくに金を出さないからだ」と言われてしまう。大和屋の一件の後に「芹沢をなんとかしろ」と近藤、土方に命じる。王政復古の大号令の後の混乱では、薩摩との戦を回避するよう容保を説得するように近藤に頼む。&lt;br /&gt;
;[[秋月悌次郎]]（あきづき ていじろう）&lt;br /&gt;
:演：[[堀部圭亮]]&lt;br /&gt;
:公用方。近藤たち浪士組が会津藩の預かりとなるのを嘆願した際、浪士が浪士を取り締まるのは妙案と賛成する。&lt;br /&gt;
;[[小森久太郎]]（こもり きゅうたろう）&lt;br /&gt;
:演：[[荒木優騎]]&lt;br /&gt;
:公用方。近藤たち浪士組が会津藩の預かりとなるのを反対する。池田屋の変の時には会津藩が巻き添えになるのを嫌い出陣しようとせず、事件が片づいたあとにようやく現れた。しかし、王政復古の大号令の後の混乱では、「今まで新選組につらくあたってきたのは、会津藩を思ってのこと。お主だけが頼りだ」と薩摩との戦を回避するよう容保を説得するように近藤に頼む。&lt;br /&gt;
;[[手代木勝任|手代木直右衛門]]（てしろぎ すぐえもん）&lt;br /&gt;
:演：[[原康義]]&lt;br /&gt;
:佐々木只三郎の兄。鵜殿や佐々木に近藤たち京都へ残留する浪士を江戸に連れて帰るように懇願する。しかし会津藩が近藤たちの後ろ盾になるよう嘆願書を取り次ぐ。&lt;br /&gt;
;[[林安定|林権助]]（はやし ごんすけ）&lt;br /&gt;
:演：[[三谷昇]]&lt;br /&gt;
:砲兵隊長。鳥羽・伏見の戦いの際、まるで戦国時代のような旧式の鎧冑姿で参戦し、土方に「いつの時代の人間だよ」とぼやかれる。戦が始まると、薩長軍の火力の前に傷を負い担架で運ばれていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 幕府 ===&lt;br /&gt;
;[[徳川慶喜]]（とくがわ よしのぶ）&lt;br /&gt;
:演：[[今井朋彦]]&lt;br /&gt;
:（一橋慶喜→徳川慶喜）&lt;br /&gt;
:14代将軍・家茂が亡くなった後に[[将軍後見職]]として登場。才気溢れる人物ではあるが、それゆえ自身の利や体裁の繕いに走る傾向があり、前言を翻すことが多い。松平容保曰く「知らなかったとは決して口にされないお方」。最初はなかなか将軍にはなろうとしなかったが、間もなく15代目征夷大将軍となる。固辞し続けた結果、それでも朝廷から要請されて就けば、思い通りに政を動かせるだろうとの算段による。長州征伐を主導したと思えば、突然取りやめる。[[大政奉還]]も薩長の裏を掻こうとした一環で、朝廷や諸藩では政は回らないだろうと思ってのことである。しかし、王政復古の大号令で後手に回る。鳥羽・伏見の戦いで錦の御旗を掲げた官軍の報せを聞き、松平容保、定敬を伴い、江戸へ船で早々に引き揚げる。この時、新選組を含め、幕府軍は上方に置き去りであった。後に勝海舟から自分の不手際を責められた際には「足利尊氏の様に、朝敵になるわけにはいかない」と自己弁護した。そして、勝の進言に従い、恭順する。&lt;br /&gt;
;[[佐々木只三郎]]（ささき たださぶろう）&lt;br /&gt;
:演：[[伊原剛志]]&lt;br /&gt;
:旗本としての誇りと気概に満ちた人物。近藤の力量は評価しながらも百姓出であることから完全には認めてない。近藤とは、講武所で松平主税助との面会の席で出会った。その際、「講武所にはあまり期待しない方が良い」と教えた。講武所教授方見習の話が流れて、嘆願のため講武所に訪れた際には、近藤に「お主は武士ではない」と言い放つ場面もあった。浪士組が結成され、浪士組取締として京へ向かうが清河と対立、浪士組を離れた。このとき、後ろ盾をなくした近藤たちを鵜殿の命により会津藩の預かりとなるよう、兄の手代木直右衛門を通して嘆願書を取り次ぐのを手伝う。京から一旦離れる際は近藤の志を讃えた。&lt;br /&gt;
:後に直参の集まりである京都見廻組を結成、与頭勤方となる。寄せ集めにすぎない新選組にとっては格上のライバルとなる。警護区域の分担などでは争いとなるも、近藤の力は認めていた。徳川の行く末に危機感を覚え、大政奉還の発案者である坂本龍馬を、幕府と敵対する西郷隆盛ら薩摩が龍馬の死を望んでいると知りつつ、暗殺する。鳥羽・伏見の戦いの前には主戦論を主張し、近藤と意見が対立する。味方が総崩れになるなか単身銃弾の嵐の中を突撃、銃弾に倒れる。大坂城に送られ、近藤に徳川家の行く末を託して息を引き取る。&lt;br /&gt;
;[[勝海舟]]（かつ かいしゅう）&lt;br /&gt;
:演：[[野田秀樹]]&lt;br /&gt;
:通称・安房守。人を食ったような性格。べらんめえ口調で、江戸のことで知らない事はないと豪語する。坂本龍馬を弟子にし、その縁で近藤と出会う。佐久間象山との議論の場で、松平主税助に講武所教授方見習として推挙されたはずが、突然断られた話をする近藤に、百姓の出身だから主税助が採用を取りやめたという話をする。&lt;br /&gt;
:後に軍艦奉行、陸軍総裁を歴任。江戸に退いた慶喜に対しても、臆せず「上様が退かれた以上、この後は海軍力を駆使すれば勝てますが、もはや大義名分も民の支持もない無意味な勝利でしかない」との旨を言い一喝する。そして、まだ新選組などがいる限り盛り返せる機会があると述べる松平容保、定敬に「新選組は時代遅れの剣術屋」とし、時代の流れと諸外国の危険性を述べ、慶喜に恭順を勧める。幕府瓦解の際には陸軍総裁として近藤に甲府を守ることを命じるが、それは江戸を戦場にしないよう、体よく追い払うためであった。西郷と江戸の薩摩藩邸で談判して[[江戸城無血開城]]を実現させる。流山で捕らえられた近藤を救うべく訪れた土方に、助命嘆願書を書くよう請われるが、近藤の死の意義を説き拒絶、榎本と共に北で戦えと諭す。そして、近藤を武士らしく切腹させてやりたかったという山岡には「武士らしく死ぬってなんだよ。大事なのはどう生きたかだ。あれはまぎれもない武士だよ。しかも最後のな」と称えた。&lt;br /&gt;
;[[内山彦次郎]]（うちやま ひこじろう）&lt;br /&gt;
:演：[[ささきいさお]]&lt;br /&gt;
:大阪西町奉行所与力。京大坂で強請を行う浪士組に反感を持つ。大坂で浪士の取締を行った浪士組の行為を近藤に越権行為だと非難し、「東から来た浪人上がり」と見下した対応をする。北新地で芹沢たちとトラブルを起こした小野川部屋の力士に報復をけしかける。その後山崎の調べで油商人と結託して値をつり上げていることが発覚した。そのことを土方に問い詰められると、報復として斎藤一を捕縛する。京都守護職の手により斎藤は釈放されたが、その後訪れた近藤に「新選組はこの内山がつぶす」と語る。しかし、近藤に「内山様のような方がいる限り、徳川幕府に明日はない」と反駁される。その後、新選組により襲撃され、沖田の剣に倒れ、最後にピストルを持ち出したものの斎藤一にとどめを刺される。これも幕府に不満を持つ者たちの仕業に偽装された。&lt;br /&gt;
;[[永井尚志]]（ながい なおむね）&lt;br /&gt;
:演：[[佐藤B作]]&lt;br /&gt;
:大目付、のち若年寄格。長州処分を決めるため、広島に向かう。その際に近藤、伊東達も広島へ向かう。しかし長州藩との交渉は決裂する。大政奉還の後に坂本龍馬の訪問を受け、徳川慶喜を中心とする政権構想を聞いたことから、坂本が徳川にとって必要な人物と認識し、幕臣に反感を持たれていた坂本を守るよう、近藤に指示する。王政復古の大号令の後は、見廻組を新遊撃隊、新選組を新遊撃隊御雇とした編成替えを伝える。しかし、近藤は二条城から伏見への配置換えを永井に命ぜられた際、新遊撃隊御雇の名を返上した。鳥羽・伏見の戦いの後は、近藤に慶喜が江戸に戻ったことを苦々しげに告げる。&lt;br /&gt;
:『新選組!! 土方歳三 最期の一日』では[[箱館奉行]]として登場。土方はじめ新選組の隊士たちに生き延びるべきと説く。&lt;br /&gt;
;[[榎本武揚]]（えのもと たけあき）&lt;br /&gt;
:演：[[草なぎ剛|草彅剛]]（新選組!）/[[片岡愛之助 (6代目)|片岡愛之助]]（新選組!! 土方歳三 最期の一日）&lt;br /&gt;
:新選組が上方から江戸に引き揚げる際、軍艦頭として登場。徳川慶喜・松平容保らを乗せた[[開陽丸]]の出航に乗り遅れ、[[富士山 (スループ)|富士山丸]]で幕府軍の負傷兵を回収して江戸に脱出する時、鳥羽・伏見で敗走した新選組と乗り合わせる。その際、榎本の洋装に興味を示した土方は「その服、どこで手に入れました」と尋ねた。これに触発されたのか、近藤や沖田らが訝しむのも頓着せず、土方は以降洋装で過ごすことになる。のち海軍副総裁。&lt;br /&gt;
;[[芳賀宜道|市川宇八郎]]（いちかわ うはちろう）&lt;br /&gt;
:（市川宇八郎→芳賀宜道）&lt;br /&gt;
:演：[[八十田勇一]]&lt;br /&gt;
:松前脱藩。永倉とは松前藩の時からの友人。ヒュースケン襲撃の実行犯の1人で、ヒュースケンの訪問先に居合わせた近藤や土方を捕らえた。この時仲間であった永倉によって、2人は救われた。近藤に諭された永倉の寝返りによって、襲撃も失敗し、宇八郎らは報酬を不意にする。浪士組結成の際には病床にあり、先が長くないと悲観した宇八郎は将来を約束したおそのの後事を永倉に託す。&lt;br /&gt;
:後に永倉が潰走した甲陽鎮撫隊で近藤と訣別し、原田と共に江戸に戻っていた時に再会、その際は&#039;&#039;&#039;芳賀宜道&#039;&#039;&#039;（ぎどう）と名乗っている。永倉らを結成したばかりの[[靖兵隊]]に誘った。この時、近藤が捕らえられたことを教えたが、近藤と新選組の悪口を言ったところ、永倉に叱責される。&lt;br /&gt;
;井沢（いざわ）&lt;br /&gt;
:演：[[清田正裕]]&lt;br /&gt;
:大阪西町奉行所与力。&lt;br /&gt;
;[[松本良順]]（まつもと りょうじゅん）&lt;br /&gt;
:演：[[田中哲司]]&lt;br /&gt;
:西洋医学所頭取。隊士募集と老中への対面のために江戸に戻った近藤に、沖田の病を相談される。その際に苦しみを和らげる薬を近藤に与えるが、西洋医学の先進性を説明し、攘夷の是非を問い掛ける。&lt;br /&gt;
:その後、将軍・家茂に従い上洛した際に、新選組の健康診断を行う。その際に、沖田の病を労咳と診断、山崎には刀疵の縫合の術を伝授する。御陵衛士によって伏見街道で受けた近藤の銃創も治療する。鳥羽・伏見の戦いの後には負傷兵の治療を行う。&lt;br /&gt;
;[[竹中重固]]（たけなか しげかた）&lt;br /&gt;
:演：[[菊池均也]]&lt;br /&gt;
:若年寄並、陸軍奉行。[[鳥羽・伏見の戦い]]の前に「伏見奉行所を見渡せる[[御香宮神社|御香宮]]を押さえるべき」と進言した永倉新八の意見を徳川軍総勢一万五千の数をたのみにと退ける。しかし薩摩勢の銃撃に抗しきれず退却する。&lt;br /&gt;
;柳（やなぎ）&lt;br /&gt;
:演：[[藤井秀剛]]&lt;br /&gt;
:佐々木只三郎の部下。殿内と佐々木との取次役を佐々木に命じられる。&lt;br /&gt;
;[[松浦安左衛門]]（まつうら やすざえもん）&lt;br /&gt;
:演：[[森田ガンツ]]&lt;br /&gt;
:幕臣。捕縛された佐久間象山を尋問する。&lt;br /&gt;
;小松（こまつ）&lt;br /&gt;
:演：[[ビビる大木]]&lt;br /&gt;
: 菜葉隊士。新選組が甲陽鎮撫隊として甲府に向かうよう命じられた道中の多摩で、故郷に錦を飾った際に設けられた宴に、土方の命によって捨助が連れて来た。小松曰く、隊の規模はおよそ1,600人らしいが、援軍を約束したものの永倉曰く多摩でもたもたしていた内に[[甲府城]]を奪われたことで劣勢に立たされた[[甲州勝沼の戦い]]に菜葉隊は1人として現れず、土方が要請に出向いたが結局は参戦しなかった。そしていよいよ永倉は近藤に戦線から後退させるべきと主張したが、援軍を期待し戦場に留まる近藤と意見が決裂、試衛館以来の仲間であった永倉・原田の離脱を招いた。&lt;br /&gt;
;[[松平定敬]]（まつだいら さだあき）&lt;br /&gt;
:演：[[高橋一生]]&lt;br /&gt;
:桑名藩主。松平容保の実弟。京都所司代として守護職の兄を助ける。&lt;br /&gt;
;[[松前崇広|松前伊豆守]]（まつまえ いずのかみ）&lt;br /&gt;
:演：[[大石継太]]&lt;br /&gt;
:[[老中格]]。江戸に戻った近藤と対面する。将軍自らの長州征伐を訴える近藤に、「旗本たちに出す支度金が出ない」と後ろ向きな返事をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 朝廷 ===&lt;br /&gt;
;[[孝明天皇|孝明帝]]（こうめいてい）&lt;br /&gt;
:演：[[中村福助 (9代目)|中村福助]]&lt;br /&gt;
:第121代天皇。攘夷を願っているが、過激なことは好んでいなかった。京の治安を守る松平容保を何よりの頼みとし、錦の衣を与え陣羽織を作らせた。14代将軍家茂の死後、後を追うように亡くなった。その死は新選組の将来に大きな影響を与えた。&lt;br /&gt;
;[[岩倉具視|岩倉友山]]（いわくら ゆうざん）&lt;br /&gt;
:（岩倉友山→岩倉具視）&lt;br /&gt;
:演：[[中村有志]]&lt;br /&gt;
:後の&#039;&#039;&#039;岩倉具視&#039;&#039;&#039;（ともみ）。一時は公武合体を画策したため尊攘派に狙われ、[[岩倉 (京都市)|洛北岩倉村]]に蟄居していた。桂・西郷からもその実力を頼られたほどの人物。その後薩長と手を組み復権した。大政奉還を成功に導いた後の坂本龍馬を始末すべきと西郷、大久保に語る。そして、今後の新政府について意見を求めたことに対し発言した伊東甲子太郎の大開国策を新選組にいた過去を理由に封じ、冷遇する。鳥羽・伏見の戦いの前には西郷、大久保を前に弱気になる。しかし、岩倉が持っていた菊の鈴がきっかけで錦の御旗を作るよう大久保が意見具申する。&lt;br /&gt;
;[[久邇宮朝彦親王|中川宮]]（なかがわのみや）&lt;br /&gt;
:演：[[浜口悟]]&lt;br /&gt;
:皇族。八月十八日の政変に参画する。&lt;br /&gt;
;[[鷹司輔煕|鷹司輔熈]]（たかつかさ すけひろ）&lt;br /&gt;
:演：[[立川三貴]]&lt;br /&gt;
:関白。長州藩に同情的な公家であったが、禁門の変の際には御所に向けて発砲したことを理由に久坂玄瑞に帝への取次を断る。&lt;br /&gt;
;[[中山忠能]]（なかやま ただやす）&lt;br /&gt;
:演：[[仲恭司]]&lt;br /&gt;
:八月十八日の政変に参画する。&lt;br /&gt;
;[[明治天皇]]（めいじてんのう）&lt;br /&gt;
:演：[[中川景四]]&lt;br /&gt;
:第122代天皇。王政復古の大号令を発令する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他市井 ===&lt;br /&gt;
;[[柴田平五郎|植木屋平五郎]]（うえきや へいごろう）&lt;br /&gt;
:演：[[島田順司]]&amp;lt;ref&amp;gt;テレビドラマ『[[燃えよ剣]]』（[[1970年]]・[[テレビ朝日|NET]]）等で沖田総司を演じたことにちなんだキャスティング。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
:甲陽鎮撫隊から江戸に戻った総司が療養先に選ぶ。総司とお孝に笑顔で「お二人は本当に仲がよいですね」と声をかける。&lt;br /&gt;
;お琴（おこと）&lt;br /&gt;
:演：[[田丸麻紀]]&lt;br /&gt;
:土方歳三と見合いをする。しかし、「嫁を貰うつもりはない」と突き放されるものの、土方に押し倒され関係を持つ。結婚を望んでいたが、束縛されることを嫌う土方が応じることはなかった。それでも土方を忘れられずに、浪士組結成の際にも土方を捜し求める。捨助をだまして50両を巻き上げた土方が捨助を殴り倒し気絶させているところを目撃する。そして土方に近くの寺に連れ込まれ押し倒された。&lt;br /&gt;
:甲陽鎮撫隊として多摩に戻った土方と再会する。しかし、その時は多摩でも指折りの金持ちと結婚した後であった。そして抱きしめようとする土方に心とは裏腹に罵り追い返す。&lt;br /&gt;
;[[小野川 (年寄名跡)|小野川]]（おのがわ）&lt;br /&gt;
:演：[[瑳川哲朗]]&lt;br /&gt;
:大坂小野川部屋親方。小野川部屋の力士猪熊が芹沢に傷を負わされた時は、「奉行所に届けて沙汰を待つ」と冷静な対応をする。しかし、再び乱闘が起き熊次郎が斬られるなど大きな被害を受けた。後に謝罪に訪れた近藤に「これで手打ちにいたしましょう」と対応し、熊次郎にお悔やみをすることを許した。&lt;br /&gt;
;[[熊川熊次郎]]（くまかわ くまじろう）&lt;br /&gt;
:演：[[舞の海秀平|舞の海]]&lt;br /&gt;
:小野川部屋の力士。猪熊が斬られた時、大坂町奉行所の与力・内山彦次郎に届け出る。その後、内山に唆され浪士組への報復の先頭に立つも、芹沢に真っ先に斬られる。&lt;br /&gt;
;[[八陣秀五郎|黒神]]（くろがみ）&lt;br /&gt;
:演：[[大至伸行|大至]]&lt;br /&gt;
:小野川部屋力士、大坂横綱。大坂での乱闘騒ぎ後、仲直りのために行われた壬生の相撲興行で活躍する。&lt;br /&gt;
;猪熊喜一郎（いのくま きいちろう）&lt;br /&gt;
:演：[[割石秀樹]]&lt;br /&gt;
:小野川部屋の力士。芹沢に北新地の橋の上で手傷を負わされる。&lt;br /&gt;
;おしず&lt;br /&gt;
:演：[[乙葉]]&lt;br /&gt;
:土方歳三の恋人だったが、代わりに別れを告げに来た島崎勝太を一発殴る。&lt;br /&gt;
;お富（おとみ）&lt;br /&gt;
:演：[[木村多江]]&lt;br /&gt;
:ヒュースケンの恋人であるが、浪士たちにヒュースケン襲撃の場所として居所を狙われる。玉子焼きをつくってヒュースケンを待っていた。&lt;br /&gt;
;月廼屋仲助（つきのや ちゅうすけ）&lt;br /&gt;
:演：[[福永幸男]]&lt;br /&gt;
:お琴の父。お琴と土方の見合いの席に同席する。&lt;br /&gt;
;月廼屋清蔵（つきのや せいぞう）&lt;br /&gt;
:演：[[農崎裕二]]&lt;br /&gt;
:お琴の兄。お琴と結婚する意思がない土方を「妹をもてあそんだ」と激怒し報復する。&lt;br /&gt;
;小六（ころく）&lt;br /&gt;
:演：[[亀山忍]]&lt;br /&gt;
:博打打ちの頭。斎藤一が京での放浪時代に知り合う。斎藤が壬生浪士組に入隊してからもつきまとい、縄張りを広げるため斎藤へ助っ人を頼む。大坂でもつきまとっていたが、永倉に「斎藤はもうお前達とは会わん」と告げられる。その後、大坂で商家を襲ったところ捕まり、内山の前で「新選組に昔の仲間がいる」と白状してしまい、斎藤は内山により捕縛されてしまう。&lt;br /&gt;
;とみ&lt;br /&gt;
:演：[[太田あやか]]&lt;br /&gt;
:板橋の豊田家の少女。近藤の幽閉されていた部屋に来る。近藤はげんこつを口に入れて笑わせる。そしてその姿に鞠をついていた姿に娘のたまの面影を重ねる。&lt;br /&gt;
;おゆみ&lt;br /&gt;
:演：[[井上裕季子]]&lt;br /&gt;
:まさが泣いている茂をあやしている前で「本当にお腹をよく減らす子や、誰に似たんか知らんけど」と言う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 外国人 ===&lt;br /&gt;
;[[ヘンリー・ヒュースケン|ヒュースケン]]&lt;br /&gt;
:演：[[川平慈英]]&lt;br /&gt;
:アメリカ公使館通訳。[[オランダ語]]・[[ドイツ語]]・[[英語]]・[[フランス語]]に精通し、日本語も堪能。日本の美しさを心から愛している。お富の家に行く途中、近藤と土方に浪士たちがお富の家でヒュースケンを闇討ちしようとしていることを告げられると共に日本から外国人は立ち去るように懇願される。しかし、近藤と土方に謝意を表しながらもお富に危険が迫っているのを見捨てるわけにはいかないと、お富の家へ向かい、近藤らの懇願に対し、日本人は井の中の蛙であってはならないという持論を語る。近藤と土方は浪士を説得しようとしたが永倉のみ同意し、ヒュースケンを浪士たちから守った。その後、自分はいずれ日本人に斬られるだろうと語った。&lt;br /&gt;
;[[タウンゼント・ハリス|ハリス]]&lt;br /&gt;
:演：[[マーティ・キーナート]]&lt;br /&gt;
:アメリカ駐日総領事。駕籠で移動中、近藤と土方に目撃される。近藤の感想は「鼻デカッ！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== スタッフ ==&lt;br /&gt;
*作：[[三谷幸喜]]&lt;br /&gt;
*音楽：[[服部隆之]]　&lt;br /&gt;
*テーマ音楽演奏：[[NHK交響楽団]]&lt;br /&gt;
*テーマ音楽指揮：[[広上淳一]]&lt;br /&gt;
*テノール独唱：[[ジョン・健・ヌッツォ]]&lt;br /&gt;
*演奏：[[フェイス・ミュージック]]&lt;br /&gt;
*時代考証：[[大石学]]、[[山村竜也]]&lt;br /&gt;
*建築考証：[[平井聖]]&lt;br /&gt;
*衣装考証：[[小泉清子]]&lt;br /&gt;
*音楽考証：奥中康人&lt;br /&gt;
*殺陣武術指導：[[林邦史朗]]&lt;br /&gt;
*所作指導：西川箕乃助&lt;br /&gt;
*邦楽指導：[[本條秀太郎]]&lt;br /&gt;
*資料提供：三野行徳、[[開陽丸]]、[[ハウステンボス]]、総本山長谷寺、南観音山保存会、[[徳川記念財団]]&lt;br /&gt;
*題字：萩野丹雪&lt;br /&gt;
*版画：木田安彦&lt;br /&gt;
*京ことば指導：井上裕季子&lt;br /&gt;
*土佐ことば指導：岡林桂子&lt;br /&gt;
*薩摩ことば指導：[[西田聖志郎]]（本編にも出演）&lt;br /&gt;
*御所ことば指導：[[堀井令以知]]&lt;br /&gt;
*茶道指導：鈴木宗卓&lt;br /&gt;
*医術指導：中村毅志夫&lt;br /&gt;
*[[天然理心流]]指導：宮川清蔵、平井泰輔&lt;br /&gt;
*[[壬生狂言]]指導：八木喜久男&lt;br /&gt;
*[[都々逸]]指導：西川扇十郎&lt;br /&gt;
*料理指導：氏家節男&lt;br /&gt;
*撮影協力：[[京都府]]、[[京都市]]、[[茨城県]]、[[伊奈町 (茨城県)|茨城県伊奈町]]、千葉県フィルムコミッション、[[千葉県立房総のむら]]、会津若松市フィルムコミッション、[[金戒光明寺|大本山金戒光明寺]]、茨城県八郷町、姫路フィルムコミッション、[[亀山本徳寺|亀山御坊本徳寺]]、茨城県つくば市、粟生総本山光明寺、大本山妙心寺、高台寺、伏見稲荷大社、大覚寺、[[ハウステンボス]]、茨城県水海道市、[[神奈川県]][[小田原市]]、西さがみフィルムコミッション、茨城県那珂町、福島県下郷町、高幡不動尊金剛寺&lt;br /&gt;
*語り：[[小寺康雄]]アナウンサー（アバンタイトル）、[[沢口靖子]]（総集編）&lt;br /&gt;
*制作統括：吉川幸司&lt;br /&gt;
*デスク：青木信也&lt;br /&gt;
*サブデスク：吉岡和彦、屋敷陽太郎&lt;br /&gt;
*美術：山下恒彦、岡島太郎、山内浩幹&lt;br /&gt;
*技術：大沼雄次、佐々木喜昭&lt;br /&gt;
*音響効果：米本満、小野寺茂樹、石川恭男&lt;br /&gt;
*記録：野田茂子&lt;br /&gt;
*編集：岩崎幹子&lt;br /&gt;
*撮影：小笠原洋一、永野勇、平野拓也、杉山吉克&lt;br /&gt;
*照明：大西純夫、中村正則、関康明&lt;br /&gt;
*音声：山賀勉、冨沢裕、野原恒典、上村悦也、金子泰三、鈴木清人、寺島重雄&lt;br /&gt;
*映像技術：竹内利夫、寺島朗、谷本将広、加藤貴成、大西康仁、釣木沢淳、田淵英明、横田幹次&lt;br /&gt;
*美術進行：松谷尚文、田中裕、峯岸伸行、西本幸司、佐藤綾子&lt;br /&gt;
*演出：[[清水一彦]]、吉川邦夫、伊勢田雅也、山本敏彦、吉田浩樹、小林大児、土井祥平、清水拓哉&lt;br /&gt;
*制作補・演出補：田代昌久、岩城教一郎、鈴木英雄、山田哲也&lt;br /&gt;
*デスク補：森崎陽子&lt;br /&gt;
*番組広報：竹中順一、栗田裕&lt;br /&gt;
*編成リソース：細谷卓司、&lt;br /&gt;
*考証資料：大森洋平&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 新選組を行く ===&lt;br /&gt;
*語り：[[伊東敏恵]]アナウンサー&lt;br /&gt;
*テノール独唱：[[ジョン・健・ヌッツォ]]&lt;br /&gt;
*ピアノ演奏：山形眞子（最終回のみ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 放送 ==&lt;br /&gt;
=== 放送日程 ===&lt;br /&gt;
{|class=wikitable style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;&lt;br /&gt;
!放送回!!放送日!!題!!作品内の日付!!演出!!新選組を行く&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第{{0}}1回&lt;br /&gt;
|{{0}}1月11日||黒船が来た||[[元治元年]][[4月29日 (旧暦)|4月29日]]&amp;lt;br&amp;gt;[[1854年|嘉永7年]][[1月24日 (旧暦)|1月24日]]||rowspan=5|清水一彦||浦賀とペリー来航&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第{{0}}2回&lt;br /&gt;
|{{0}}1月18日||多摩の誇りとは||[[1857年|安政4年]][[10月13日 (旧暦)|10月13日]]||近藤勇の故郷・[[調布市]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第{{0}}3回&lt;br /&gt;
|{{0}}1月25日||母は家出する||[[1858年|安政5年]][[8月14日 (旧暦)|8月14日]]||土方歳三の故郷・[[日野市]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第{{0}}4回&lt;br /&gt;
|{{0}}2月{{0}}1日||天地ひっくり返る||[[万延元年|安政7年]][[3月2日 (旧暦)|3月2日]]||[[桜田門]]と[[江戸城]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第{{0}}5回&lt;br /&gt;
|{{0}}2月{{0}}8日||婚礼の日に||万延元年[[3月29日 (旧暦)|3月29日]]||近藤勇の故郷・調布市&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第{{0}}6回&lt;br /&gt;
|{{0}}2月15日||ヒュースケン逃げろ||万延元年[[9月30日 (旧暦)|9月30日]]||rowspan=5|伊勢田雅也||試衛館と天然理心流&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第{{0}}7回&lt;br /&gt;
|{{0}}2月22日||祝四代目襲名||文久元年[[8月27日 (旧暦)|8月27日]]||勇の稽古着・小島資料館&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第{{0}}8回&lt;br /&gt;
|{{0}}2月29日||どうなる日本||[[文久2年]][[5月29日 (旧暦)|5月29日]]||江戸の三大道場&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第{{0}}9回&lt;br /&gt;
|{{0}}3月{{0}}7日||すべてはこの手紙||[[文久3年]][[1月17日 (旧暦)|1月17日]]||象山の故郷 [[松代町_(長野県)|松代]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第10回&lt;br /&gt;
|{{0}}3月14日||いよいよ浪士組||文久3年[[2月4日 (旧暦)|2月4日]]||土方歳三の故郷 日野&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第11回&lt;br /&gt;
|{{0}}3月21日||母上行って来ます||文久3年[[2月5日 (旧暦)|2月5日]]||rowspan=2|清水一彦||清河八郎と伝通院&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第12回&lt;br /&gt;
|{{0}}3月28日||西へ!||文久3年[[2月8日 (旧暦)|2月8日]]||隊士になりたかった男 松本捨助&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第13回&lt;br /&gt;
|{{0}}4月{{0}}4日||芹沢鴨、爆発||文久3年[[2月10日 (旧暦)|2月10日]]||rowspan=2|伊勢田雅也||芹沢鴨と水戸、玉造&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第14回&lt;br /&gt;
|{{0}}4月11日||京へ到着||文久3年[[2月23日 (旧暦)|2月23日]]||新選組屯所 八木邸&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第15回&lt;br /&gt;
|{{0}}4月18日||行くか、残るか||文久3年[[2月29日 (旧暦)|2月29日]]||rowspan=2|清水一彦||新徳寺&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第16回&lt;br /&gt;
|{{0}}4月25日||一筆啓上、つね様||文久3年[[3月28日 (旧暦)|3月28日]]||旧前川邸&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第17回&lt;br /&gt;
|{{0}}5月{{0}}2日||はじまりの死||文久3年[[3月25日 (旧暦)|3月25日]]||rowspan=2|伊勢田雅也||壬生寺と壬生狂言&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第18回&lt;br /&gt;
|{{0}}5月{{0}}9日||初出動! 壬生浪士||文久3年[[4月1日 (旧暦)|4月1日]]||会津本陣 [[金戒光明寺]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第19回&lt;br /&gt;
|{{0}}5月16日||通夜の日に||文久3年[[4月8日 (旧暦)|4月8日]]||rowspan=2|吉田浩樹||忠義の藩主 松平容保&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第20回&lt;br /&gt;
|{{0}}5月23日||鴨を酔わすな||文久3年[[4月21日 (旧暦)|4月21日]]||六番組長 井上源三郎&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第21回&lt;br /&gt;
|{{0}}5月30日||どっこい事件||文久3年[[6月3日 (旧暦)|6月3日]]||清水一彦||大阪と隊士たち&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第22回&lt;br /&gt;
|{{0}}6月{{0}}6日||屋根の上の鴨||文久3年[[8月12日 (旧暦)|8月12日]]||rowspan=2|伊勢田雅也||桂小五郎の妻 幾松&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第23回&lt;br /&gt;
|{{0}}6月13日||政変、八月十八日||文久3年[[8月17日 (旧暦)|8月17日]]||[[京都御所]] [[蛤御門]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第24回&lt;br /&gt;
|{{0}}6月20日||避けては通れぬ道||文久3年[[9月13日 (旧暦)|9月13日]]||rowspan=2|清水一彦||新選組の語り部 永倉新八&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第25回&lt;br /&gt;
|{{0}}6月27日||新選組誕生||文久3年[[9月18日 (旧暦)|9月18日]]||芹沢襲撃 八木邸&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第26回&lt;br /&gt;
|{{0}}7月{{0}}4日||局長 近藤勇||[[元治元年]][[5月21日 (旧暦)|5月21日]]||rowspan=2|伊勢田雅也||吉田松陰と長州、萩&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第27回&lt;br /&gt;
|{{0}}7月11日||直前、池田屋事件||元治元年[[6月5日 (旧暦)|6月5日]]||京都 霊山歴史館&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第28回&lt;br /&gt;
|{{0}}7月18日||そして池田屋へ||元治元年6月5日||清水一彦||京都 池田屋へ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第29回&lt;br /&gt;
|{{0}}7月25日||長州を討て||元治元年[[7月18日 (旧暦)|7月18日]]||rowspan=2|山本敏彦||久坂玄瑞と長州、萩&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第30回&lt;br /&gt;
|{{0}}8月{{0}}1日||永倉新八、反乱||元治元年[[8月20日 (旧暦)|8月20日]]||京都 霊山墓地&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第31回&lt;br /&gt;
|{{0}}8月{{0}}8日||江戸へ帰る||元治元年[[9月9日 (旧暦)|9月9日]]||rowspan=3|伊勢田雅也||京都 明保野亭事件&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第32回&lt;br /&gt;
|{{0}}8月15日||山南脱走||[[元治2年]][[2月21日 (旧暦)|2月21日]]||浪士組外伝&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第33回&lt;br /&gt;
|{{0}}8月22日||友の死||元治2年[[2月23日 (旧暦)|2月23日]]||総長 山南敬助と光縁寺&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第34回&lt;br /&gt;
|{{0}}8月29日||寺田屋大騒動||元治2年[[3月5日 (旧暦)|3月5日]]||rowspan=2|山本敏彦||第二の屯所 [[西本願寺]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第35回&lt;br /&gt;
|{{0}}9月{{0}}5日||さらば壬生村||元治2年[[3月10日 (旧暦)|3月10日]]||南部藩脱藩 [[吉村貫一郎]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第36回&lt;br /&gt;
|{{0}}9月12日||対決見廻組!||元治2年[[3月26日 (旧暦)|3月26日]]||伊勢田雅也||西郷隆盛と勝海舟&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第37回&lt;br /&gt;
|{{0}}9月19日||薩長同盟締結!||慶応元年[[9月1日 (旧暦)|9月1日]]||清水一彦||薩摩藩邸跡と薩長同盟&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第38回&lt;br /&gt;
|{{0}}9月26日||ある隊士の切腹||[[1866年|慶応2年]][[2月12日 (旧暦)|2月12日]]||山本敏彦||寺田屋とお龍&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第39回&lt;br /&gt;
|10月{{0}}3日||将軍、死す||慶応2年[[7月25日 (旧暦)|7月25日]]||伊勢田雅也||谷三兄弟&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第40回&lt;br /&gt;
|10月10日||平助の旅立ち||[[1867年|慶応3年]][[1月4日 (旧暦)|1月4日]]||清水一彦||龍馬の故郷 土佐&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第41回&lt;br /&gt;
|10月17日||観柳斎、転落||慶応3年[[6月22日 (旧暦)|6月22日]]||小林大児||龍馬 脱藩への道&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第42回&lt;br /&gt;
|10月24日||龍馬暗殺||慶応3年[[11月15日 (旧暦)|11月15日]]||清水一彦||龍馬 暗殺&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第43回&lt;br /&gt;
|10月31日||決戦、油小路||慶応3年[[11月18日 (旧暦)|11月18日]]||伊勢田雅也||伊東甲子太郎と藤堂平助&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第44回&lt;br /&gt;
|11月{{0}}7日||局長襲撃||慶応3年[[12月12日 (旧暦)|12月12日]]||土井祥平||近藤勇 狙撃&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第45回&lt;br /&gt;
|11月14日||源さん、死す||[[慶応4年]][[1月2日 (旧暦)|1月2日]]||rowspan=3|清水一彦||[[鳥羽・伏見の戦い|鳥羽伏見の戦い]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第46回&lt;br /&gt;
|11月21日||東へ||慶応4年[[1月7日 (旧暦)|1月7日]]||病の天才剣士 沖田総司&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第47回&lt;br /&gt;
|11月28日||再会||慶応4年[[3月2日 (旧暦)|3月2日]]||甲陽鎮撫隊敗れる&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!第48回&lt;br /&gt;
|12月{{0}}5日||流山||慶応4年[[4月3日 (旧暦)|4月3日]]||吉川邦夫||近藤、土方離別の地 流山&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!最終回&lt;br /&gt;
|12月12日||愛しき友よ||慶応4年[[4月25日 (旧暦)|4月25日]]||清水一彦||新選組それぞれの道&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!colspan=&amp;quot;6&amp;quot;|&#039;&#039;&#039;平均視聴率17.4%（視聴率は[[関東地方|関東地区]]・[[ビデオリサーチ]]社調べ）&#039;&#039;&#039;&amp;lt;ref name=&amp;quot;VR&amp;quot;/&amp;gt;&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*第1回と最終回は1時間拡大版である。第27回は[[第20回参議院議員通常選挙|参議院選挙]]特番のため地上波19:15～20:00の放送だった。第39回の再放送は台風関連ニュースのため[[10月11日]]（月・[[体育の日]]）に振替放送となった。　&lt;br /&gt;
*三谷によれば、各話のタイトルもリンクが意識されており{{要出典|date=2014年4月}}、『5.婚礼の日に』⇔『19.通夜の日に』、『39.将軍、死す』⇔『45.源さん、死す』、『12.西へ!』⇔『46.東へ』などがそれに当たるものと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 新選組!スペシャル ===&lt;br /&gt;
2004年[[12月26日]]、[[12月29日|29日]]と[[2006年]][[1月3日]]に放送。総集編であるが未公開映像も追加された。「[[1872年|明治5年]][[9月13日]]の[[東京]]における[[沖田みつ|みつ]]の[[懐古]]」という形で、[[沢口靖子]]が出演・本編には無かった語りを担当している。そのためか、坂本龍馬が伝え聞いた事件という設定の、第1話冒頭の隊士出動の場面は入っていない。各部の最後にはメインの隊士達が私服で登場する座談会が組まれた。2006年の再放送は続編である[[新選組!! 土方歳三 最期の一日]]の放送直前に行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{|class=wikitable align=center&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
!各部&lt;br /&gt;
!放送日・放送時間&lt;br /&gt;
!サブタイトル&lt;br /&gt;
!演出&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|第1部&lt;br /&gt;
|2004年12月26日 16:45 - 18:00&amp;lt;br&amp;gt;2004年12月29日 12:10 - 13:25&amp;lt;br&amp;gt;2006年1月3日 15:20 - 16:35&lt;br /&gt;
|武士になる!&lt;br /&gt;
|清水一彦・伊勢田雅也&lt;br /&gt;
|-align=center&lt;br /&gt;
|第2部&lt;br /&gt;
|2004年12月26日 19:30 - 20:45&amp;lt;br&amp;gt;2004年12月29日 13:25 - 14:40&amp;lt;br&amp;gt;2006年1月3日 16:45 - 18:00&lt;br /&gt;
|新選組誕生&lt;br /&gt;
|清水一彦・伊勢田雅也・吉田浩樹&lt;br /&gt;
|-align=center&lt;br /&gt;
|第3部&lt;br /&gt;
|2004年12月26日 21:00 - 22:15&amp;lt;br&amp;gt;2004年12月29日 14:40 - 15:55&amp;lt;br&amp;gt;2006年1月3日 19:30 - 20:45&lt;br /&gt;
|愛しき友よ&lt;br /&gt;
|清水一彦・伊勢田雅也・山本敏彦・吉川邦夫&lt;br /&gt;
|-align=center&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== あなたのアンコール2004 ===&lt;br /&gt;
2004年[[12月30日]]に山南敬助が切腹した第33回のみ放送。堺雅人のメッセージがあった。&lt;br /&gt;
*どんとこい新選組! 隊士座談会&lt;br /&gt;
*新選組! 第33回「友の死」（[[アバンタイトル]]部分が本放送とは異なる）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※第33回は[[芸術祭 (文化庁)|文化庁芸術祭]]参加作品として11月にデジタル衛星ハイビジョンでの再放送が行われた。そのため、通常6回の放送（デジタル総合テレビでの先行放送・デジタル衛星ハイビジョンでの本放送・地上波での本放送・衛星第2での放送・デジタル衛星ハイビジョンでの再放送・地上波での再放送）に加え、2回の再放送が行われた。これはNHKのドラマ放送史上唯一の事であったため当時話題になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ソフトウェア ==&lt;br /&gt;
=== NHK大河ドラマ・ストーリー ===&lt;br /&gt;
*新選組! 前編 ISBN 9784149233390 - [[日本放送出版協会|NHK出版]]&lt;br /&gt;
*新選組! 後編 ISBN 9784149233406 - NHK出版&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他の書籍 ===&lt;br /&gt;
*[[三谷幸喜のありふれた生活]]3 大河な日日 ISBN 9784022579300 - [[朝日新聞社]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== CD ===&lt;br /&gt;
*NHK大河ドラマ新選組! オリジナル・サウンドトラック - [[ユニバーサルミュージック (日本)|ユニバーサルミュージック株式会社]]&lt;br /&gt;
*NHK大河ドラマ新選組! オリジナルサウンドトラック 第二集 - [[ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメントジャパン|ジェネオンエンタテインメント株式会社]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== DVD ===&lt;br /&gt;
*新選組!完全版 第壱集 - ジェネオンエンタテインメント株式会社&lt;br /&gt;
*新選組!完全版 第弐集 - ジェネオンエンタテインメント株式会社&lt;br /&gt;
*新選組!スペシャル - [[アミューズソフトエンタテインメント|アミューズソフトエンタテインメント株式会社]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
[[ファイル:JRH-kiha281-6.jpg|250px|thumb|山本耕史が写されている[[JR北海道キハ281系気動車|キハ281系気動車]] 新選組ラッピング車（[[札幌駅]]で撮影）。]]&lt;br /&gt;
*[[新選組!! 土方歳三 最期の一日]]‐大河ドラマ初の続編として2006年の[[正月時代劇]]として製作&lt;br /&gt;
*[[北斗 (列車)|北斗]]‐放送期間中、タイアップで「スーパー北斗」の一部先頭車両がラッピング塗装となった。&lt;br /&gt;
*[[FNS27時間テレビ (2007年)#ヘキサゴンII クイズパレード!!27時間スペシャル|FNS27時間テレビ みんな“なまか”だっ!ウッキー!ハッピー!西遊記!]]‐[[クイズ!ヘキサゴン 今夜はクイズパレード|クイズ!ヘキサゴンII]]のコーナーに香取慎吾、山本耕史、山口智充、山本太郎、小林隆、矢部太郎の6人が「新選組!チーム」として役そのままで出演&lt;br /&gt;
*[[竜馬におまかせ!]]‐同番組と同じコンセプトで作られたコメディ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注・出典 ==&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.nhk.or.jp/drama/html_news_shinsen.html 新選組!! 土方歳三 最期の一日  新選組!続編  NHK正月時代劇]&amp;lt;small&amp;gt;（左記オリジナルURLの2012.12.19時点の[http://archive.is/82a2 アーカイブ]）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[http://www.city.hino.tokyo.jp/shinsenr/index.html 日野市立新選組のふるさと歴史館]&amp;lt;small&amp;gt;（左記オリジナルURLの2012.1.31時点の[http://web.archive.org/web/20120114105910/http://www.city.hino.tokyo.jp/shinsenr/index.html アーカイブ]）&amp;lt;/small&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{前後番組&lt;br /&gt;
|表スタイル=width:80%;margin:1em auto;font-size:smaller&lt;br /&gt;
|放送局=[[日本放送協会|NHK]]&lt;br /&gt;
|放送枠=[[大河ドラマ]]&lt;br /&gt;
|番組名=新選組!&lt;br /&gt;
|前番組=[[武蔵 MUSASHI]]&lt;br /&gt;
|次番組=[[義経_(NHK大河ドラマ)|義経]]&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{香取慎吾}}&lt;br /&gt;
{{三谷幸喜}}&lt;br /&gt;
{{大河ドラマ}}&lt;br /&gt;
{{ザテレビジョンドラマアカデミー賞}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:しんせんくみ}}&lt;br /&gt;
[[Category:大河ドラマ]]&lt;br /&gt;
[[Category:2004年のテレビドラマ]]&lt;br /&gt;
[[Category:テレビドラマ連動データ放送]]&lt;br /&gt;
[[Category:新選組を題材とした作品]]&lt;br /&gt;
[[Category:戊辰戦争を題材とした作品]]&lt;br /&gt;
[[Category:NHK京都|大しんせんくみ]]&lt;br /&gt;
[[Category:三谷幸喜脚本のテレビドラマ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>121.84.143.161</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E6%BB%9D%E6%9C%AC%E6%8D%A8%E5%8A%A9&amp;diff=155660</id>
		<title>滝本捨助</title>
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		<updated>2014-08-13T13:30:42Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;121.84.143.161: /* 初登場から土方の裏切り */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{Pathnav|新選組!|frame=1}}&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;滝本 捨助&#039;&#039;&#039;（たきもと すてすけ）は、2004年に放送されたNHK[[大河ドラマ]]『[[新選組!]]』に登場する[[架空の人物]]である。[[中村獅童 (2代目)|中村獅童]]が演じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
脚本の[[三谷幸喜]]の創作による人物であり、主要人物の間を渡り歩く[[狂言廻し]]的な役割を果たす。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[天保]]5年（[[1835年]]）生。 [[慶応]]4年[[4月25日]]（[[1868年]][[5月17日]]）没。[[新選組]]局長[[近藤勇]]と副長[[土方歳三]]の幼なじみで[[多摩]]の豪農滝本家の跡取り息子。名家の生まれを鼻にかけ、身勝手な振る舞いをするために、土方や近藤からあまり良く思われていない。しかし根本的にはお人よしのため、騙されやすい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
滝本家を継ぐことを嫌がっており、目立った事がしたいと浪士組に参加したり、攘夷志士の手伝いをやろうとするが、元々苦労する事を知らないお坊ちゃんであり、人の下につく仕事は全く向かず、悉くへまをやらかしてしまう。しかし自身が危険に陥ると火事場の馬鹿力を発揮し、新選組隊士相手に怒涛の斬り合いを見せたことがあり（普段の捨助は剣術などの武芸の類は殆ど出来ない）[[斎藤一]]をして「できる」と言わしめたほど。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実在した新選組協力者及び隊士の[[松本捨助]]に着想を得てはいるが、松本捨助の他、大河ドラマ『[[草燃える]]』の伊東祐之（演：[[滝田栄]]）、三谷幸喜脚本の舞台『[[彦馬がゆく]]』の神田陽一郎（演：[[伊原剛志]]）がモデルとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ドラマ中の生涯設定 ==&lt;br /&gt;
=== 初登場から土方の裏切り ===&lt;br /&gt;
[[1857年]]（[[安政]]3年）、滝本家に盗賊が金をゆすりとろうと来たが捨助の父繁蔵はこれを追い返す。だが、捨助はこの時寝ており、後に事の顛末を聞いた勇からは呆れられてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
報復の恐れがあるために、[[村役人]]の[[小島鹿之助]]と[[佐藤彦五郎]]は勇と歳三に滝本家の蔵の警護を依頼する。さらに[[沖田みつ]]（[[沖田総司]]の姉）も同行し、捨助が用心棒として雇った[[永倉新八]]（後の新選組二番組長）も警護に当たっていた。捨助は勇達や永倉を甲斐甲斐しく接待し、今夜は盗賊は来ないだろうと慢心して酒宴までも開くが、それが仇となり、深夜、勇達が寝入っている隙に盗賊達は滝本家の蔵に押し入り、交戦の末に勇は初めて人を斬る。この時、捨助も[[火縄銃]]を持って援護しようとしたが、脅えて撃つことができなかった（代わりにみつが火縄銃で応戦している）為に、勇が負傷し、更に盗賊の頭目に逃げられる事となり、永倉から叱り飛ばされてしまう。ちなみに、盗賊の一味には[[原田左之助]]（後の新選組十番組長）がいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
勇と[[松井つね]]との婚礼の席に捨助は呼ばれていないのに現れた。やがて勇は[[天然理心流剣術|天然理心流]]四代目を継ぎ、その襲名披露の野試合にも捨助は呼ばれていないのに現れている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1863年]]（[[文久]]3年）京に上洛する第14代[[征夷大将軍|将軍]][[徳川家茂]]の警護の為、[[浪士組]]が結成されることになり、勇、歳三ら[[試衛館]]一門は参加を決める。捨助も参加しようとするが、滝本家の跡取であるため勇から断られる。諦めきれない捨助は歳三に相談し、歳三は捨助に50両用意すれば入隊できるとそそのかす。その50両は勇が浪士組で役付きになるために[[清河八郎]]に渡された。捨助は人気のないところで歳三に殴り倒され、捨助が気絶している間に浪士組は江戸を出立してしまう。捨助は絶叫して悔し涙を流した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 般若、そして天狗へ ===&lt;br /&gt;
京で勇たちが浪士組を離脱して[[壬生浪士組]]（後の新選組）を結成してまもなく、捨助は京にのぼり、壬生浪士組に入隊しようとするがまたもや断られてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それでも諦めない捨助は壬生浪士組の屯所の近所で甘味屋を営む[[原田まさ|おまさ]]の店で雇われる形で留まるが、役に立たずクビになる。勇は捨助に多摩へ帰るように言うが、捨助から50両のことを蒸し返されると、言うに言えなくなってしまう。だが、ちょうどその時、偶然にも勇と共にいた[[佐久間象山]]から「的よけにちょうどいい」と目をつけられ、捨助は従者として雇われ、&#039;&#039;&#039;「般若」&#039;&#039;&#039;とあだ名を付けてもらう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうして、なんとか京に留まる事ができた捨助であったが、人使いが荒く、小言が多い象山に辟易し、早々に音を上げてしまう。そこで、今度は[[長州藩]]の[[木戸孝允|桂小五郎]]に取り入る事を考え、池田屋で同志を待っていた桂に雇ってくれるよう頼むが、あっさり断られる。さらにその際に、うっかり桂の膳をひっくり返してしまい、桂は着替えるため一旦藩邸へ戻ることになったが、その夜に新選組が池田屋を襲撃（[[池田屋事件]]）し、桂は危うく難を逃れ、捨助ははからずも歴史的に大きな役割を果たすことになってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、象山が目の前で暗殺され、捨助は職を失ってしまう。ホームレスになって京をうろついている所へ[[禁門の変|蛤御門の変]]が起こり、その混乱に乗じて、[[鷹司輔煕]]の屋敷に忍び込んで食料を盗み食いするが、そこで偶然にも鉢合わせた[[久坂玄瑞]]から遺髪を託され、それを桂に届ける。その縁と、桂が捨助の行動（前述の桂が結果的に難を逃れたこと）を、故意にやって助けたものと勘違いしたことから、捨助は京での桂の連絡役となり、姿を変えて潜伏する桂と会える唯一の人物となる。捨助は桂の虎の威を借りて尊攘浪士の間で我が物顔で振る舞い、浪士たちから&#039;&#039;&#039;「天狗」&#039;&#039;&#039;と呼ばれるようになる。その噂は新選組や[[京都見廻組]]の耳にも届き、勇達はその正体が捨助とも知らずに、謎の男「天狗」を追う。幾度か捕縛されそうになるが捨助は逃げ足だけは速かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
やがて、桂は長州へ帰ることになり、捨助はお役御免となる。やることのなくなった捨助は寺田屋女将[[お登勢]]のもとで下働きをし、それが縁となって今度は[[坂本龍馬]]の下男となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方で捨助は寺田屋の女中[[楢崎龍|おりょう]]（後の坂本龍馬の妻）に惚れ、夫婦になるよう頼むが、あっさり振られる。いじけた捨助が暴れた際に出火して、京で大火を引き起こしてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、捨助は坂本を逃がすための囮に使われ、追ってきた新選組隊士[[大石鍬次郎]]に手ひどく蹴られる。その間に坂本は[[薩摩藩]]邸に入り、[[薩長同盟]]締結を無事成功させ、捨助はまたしても歴史的に大きな役割を担う事となった。一方、自分が坂本にいいように利用されただけだと知った捨助は泣いて口惜しがる。怒った捨助は意図返しとして役人を手引きして寺田屋にいた坂本を襲わせる（[[寺田屋事件]]）が、坂本は辛くも脱出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 念願の新選組入隊 ===&lt;br /&gt;
捨助は見廻組の[[佐々木只三郎]]に売り込み佐々木のもとで働くことになった。捨助は佐々木と共に新選組の屯所に現れ、ついこの間まで尊攘派についていたのに今度は見廻組に入った節操のなさに勇と歳三を呆れさせる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捨助は佐々木から龍馬探索を命じられ、龍馬を見つけて近づくが、見廻組の手下であることを見破られ万事休す。しかし、龍馬は捨助を見逃してやる。恩を感じた捨助は佐々木に龍馬は京を離れたと報告するが、薩摩から龍馬が近江屋に潜伏しているとの密書があり、佐々木は捨助を斬ろうとするが辛くも逃れる。捨助は新選組の屯所へ行き、勇に龍馬を助けるよう頼む。勇は龍馬を助けるため永倉と原田を近江屋へ行かせるが、一歩遅く、龍馬は佐々木によって暗殺されてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
長州にも土佐にも見廻組からも追われる身となった捨助は寺田屋の女将に頼み込んで下働きからやり直すことになった。やがて、[[王政復古 (日本)|王政復古]]そして[[鳥羽・伏見の戦い]]が勃発。新選組は敗れて京を追われた。機密文書を焼却するため歳三と[[斎藤一]]、[[山崎烝]]が屯所へ戻る。その帰路、山崎が官軍の兵士に襲われて重傷を負う。そこに（油を売っていた）捨助が現れ、歳三たちを助けて寺田屋に匿った。捨助は歳三たちと勇のいる[[大坂城]]へ行き、そこで勇たちと江戸へ戻るよう誘われ、捨助も江戸に戻ることにした。ここで、捨助は晴れて正式に新選組の隊士となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 最後 ===&lt;br /&gt;
捨助は[[甲陽鎮撫隊]]（新選組から改名）に参加し、歳三から[[菜葉隊]]の援軍を呼ぶ役目を与えられる。[[甲府市|甲府]]への進軍の途中、多摩で宴会を開いていた勇たちのもとへ菜葉隊の小松を連れて現れる。一方で、捨助は家督も継がずに京で好き放題にやっていたが為に多摩の人たちから親不孝者と罵られる。その後、甲陽鎮撫隊は[[甲州勝沼の戦い]]で惨敗し、更に菜葉隊からは援軍の約束を反故にされ、捨助の努力は完全に無駄になってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
勝沼での敗戦後、勇たちは[[流山市|流山]]へ陣を移して新選組の再建を図るが、そこへ官軍が現れ、勇は官軍の陣に出頭して捕らえられてしまう。勇は斬首されることになった。捨助は勇の救出を強く主張するが、歳三たちは動けなかった。捨助は歳三たちを罵り、ひとり隊を離れて勇の救出へ向かう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捨助は官軍に捕らえられ勇と面会させられるが、勇はこの男は知らないし、新選組の隊士でもないと捨助を面罵する。捨助は放免され、勇から仲間はずれにされたと勘違いして泣くが、失意に暮れて戻った故郷で周囲の人々から、勇がそのような行動をとったのは、捨助の命を守るためであったと諭され、勇の想いと自分の勘違いに気づいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、勇の処刑当日、捨助は多摩の人々からの制止を振り切り、新選組の羽織を着て、風車を2本頭に刺し、勇を助けるべくひとり官軍の処刑場がある板橋へ斬り込むも、奮闘空しく官軍の兵にめった斬りにされて倒れ、勇より先に死地に旅立った。捨助の最期の台詞は「かっちゃん、待ってろ…」であったが、結果としては勇よりも先に逝くことになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
様々な勢力を渡り歩き、幕末の歴史に図らずも大きな影響を与え続けるという数奇な運命を辿った捨助だったが、最後は念願だった新選組の隊士として、親友である勇に殉じて死んだのだった。&lt;br /&gt;
[[Category:テレビドラマの登場人物|たきもと すてすけ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>121.84.143.161</name></author>
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