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	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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	<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=BOOWY&amp;diff=90367</id>
		<title>BOOWY</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=BOOWY&amp;diff=90367"/>
		<updated>2014-08-03T19:03:21Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;116.64.228.200: /* 解散の理由 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{記事名の制約|BOØWY}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--{{JIS2004|説明=[[Ø]]（&amp;amp;amp;Oslash;）}}--&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{Infobox Musician &amp;lt;!--プロジェクト:音楽家を参照--&amp;gt;&lt;br /&gt;
|Name={{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}&lt;br /&gt;
|Background=band&lt;br /&gt;
|Birth_name=&lt;br /&gt;
|Alias=&lt;br /&gt;
|Born=&lt;br /&gt;
|Blood=&lt;br /&gt;
|School_background=&lt;br /&gt;
|Died=&lt;br /&gt;
|Origin={{JPN}} 東京都&amp;lt;ref name=&amp;quot;cubeboowy&amp;quot; &amp;gt;[http://www.cube-music.com/j-artists/band-group/boowy/ キューブミュージック]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
|Instrument=&lt;br /&gt;
|Genre=&amp;lt;ul&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[ロック (音楽)|ロック]]&amp;lt;ref name=&amp;quot;cubeboowy&amp;quot; /&amp;gt;&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[ビートロック]]&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[パワー・ポップ]]&amp;lt;ref name=&amp;quot;cubeboowy&amp;quot; /&amp;gt;&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[ニュー・ウェイヴ (音楽)|ニュー・ウェイヴ]]&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[パンク・ロック]]&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;/ul&amp;gt;&lt;br /&gt;
|Occupation=&lt;br /&gt;
|Years_active=1981年 - 1988年&lt;br /&gt;
|Label=&amp;lt;ul&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[ビクターエンタテインメント|ビクター音楽産業（現・ビクターエンタテインメント）]]&amp;lt;br&amp;gt;（[[1982年]]）&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[徳間ジャパンコミュニケーションズ|徳間ジャパン（現・徳間ジャパンコミュニケーションズ）]]（[[1983年]]）&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[EMIミュージック・ジャパン|東芝EMI（現・ユニバーサル・ミュージック）]] &amp;lt;br&amp;gt;（[[1985年]]-[[1988年]]、以降単発リリース有）&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;/ul&amp;gt;&lt;br /&gt;
|Production=ユイ音楽工房（現:[[ユイミュージック]]）&lt;br /&gt;
|Associated_acts=&amp;lt;ul&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[佐久間正英]]&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[ホッピー神山]]（[[キーボード (楽器)|キーボード]]）&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[松武秀樹]]（[[シンセサイザー]]）&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;/ul&amp;gt;&lt;br /&gt;
|Influences=&lt;br /&gt;
|URL=&lt;br /&gt;
|Current_members=&amp;lt;ul&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[氷室京介]]（[[ボーカル]]）&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[布袋寅泰]]（[[ギター]]）&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[松井常松|松井恒松]]（[[ベース (弦楽器)|ベース]]）&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;[[高橋まこと]]（[[ドラムセット|ドラムス]]）&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;/ul&amp;gt;&lt;br /&gt;
|Past_members=&amp;lt;ul&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;木村マモル（ドラムス）&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;深沢和明（[[サクソフォーン|サックス]]）&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;li&amp;gt;諸星アツシ（ギター）&amp;lt;/li&amp;gt;&amp;lt;/ul&amp;gt;&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;BOØWY&#039;&#039;&#039;（ボウイ）は、[[日本]]の[[ロック (音楽)|ロック]][[バンド (音楽)|バンド]]。1980年代に活躍。[[1981年]]結成、[[1987年]]解散。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
メディアなどで稀に「BO&amp;quot;Φ&amp;quot;WY」などと誤記されることがある&amp;lt;ref&amp;gt;http://www.rbbtoday.com/article/2014/07/14/121650.html&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;http://irorio.jp/gt1999/20140714/148861/&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;http://topics.jp.msn.com/entertainment/music/article.aspx?articleid=5074890&amp;lt;/ref&amp;gt;が、正しいグループ名は、3文字目がギリシャ文字の「[[Φ]]」（ファイ）ではなく「[[Ø]]」（[[ストローク符号]]を付した[[O]]）である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
[[1981年]]、[[群馬県]][[高崎市]]出身の[[氷室京介]]、[[布袋寅泰]]、[[松井恒松]]を中心に結成される。初ライブ後に[[高橋まこと]]が加入し、[[1982年]]にデビュー。当初は6人編成だったが同年秋に2人が脱退し、以降は解散まで4人編成で活動する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[8ビート|{{音声ルビ|8|エイト}}ビート]]を基調とし[[ポップ・ミュージック|ポップ]]でありつつもシャープでエッジの効いた縦ノリのロックサウンドや、[[ジャン＝ポール・ゴルチエ]]をステージ衣装に使用したり、今日のロックシーンでは当たり前となった逆立てたヘアースタイルなどの斬新なビジュアル等が多くの支持を集め、アルバム『{{lang|en|[[BEAT EMOTION]]}}』とアルバム『{{lang|en|[[PSYCHOPATH]]}}』は当時のロックバンドのアルバムとしては異例の[[ミリオンセラー]]を記録した。シングルでも[[1987年]]に「[[Marionette (BOOWYの曲)|{{lang|en|MARIONETTE}}]]」が初登場1位を記録し、名実共にトップバンドへとのし上がった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし絶頂の最中にあった[[1987年]][[12月24日]]に解散を宣言。この突然の出来事は大きな衝撃を与えた。翌年[[1988年]]4月4日、5日に東京ドームで行った『{{lang|en|LAST GIGS}}』にてバンド活動に終止符を打つ。このライブのチケットは僅か10分で完売、文京区の電話回線がパンクするという事態も起こり、これら一連の流れから{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}の人気は[[社会現象]]にまで発展した。翌月にリリースされた『{{lang|en|[[“LAST GIGS”]]}}』はライブアルバムとしては異例とも言える150万枚のセールスを記録している。また、フォトグラファー[[加藤正憲]]によって撮影された『[[“GIGS”JUST A HERO TOUR 1986|{{lang|en|“GIGS”JUST A HERO TOUR}} 1986]]』のジャケット写真は{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}を象徴する一枚として有名。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その音楽性、「誰にも似ない」「何処にも属さない」というバンドスタイル、[[メディア (媒体)|メディア]]をほとんど利用しない強気な姿勢、斬新なビジュアル、絶頂期での解散、後に起こる[[バンドブーム]]の火付け役となり全国に数多くのロックキッズを産むなど、{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}が及ぼした影響は絶大である。解散後も[[ベスト・アルバム]]や未発表音源がリリースされた際には常にチャートの上位にランクインしており、今日もなお日本のロックシーンに変革をもたらしたバンドとしてその地位を確固たるものとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
音楽雑誌等ではしばしば「{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}以前」「{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}以後」と表記され、フォロワーと呼ばれるバンドや[[ミュージシャン]]も数多く登場している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==メンバー==&lt;br /&gt;
===解散時===&lt;br /&gt;
*[[氷室京介]]：[[ボーカル]]&lt;br /&gt;
*[[布袋寅泰]]：[[ギター]]&lt;br /&gt;
*[[松井恒松]]（現・常松）：[[エレクトリックベース|ベース]]&lt;br /&gt;
*[[高橋まこと]]：[[ドラムセット|ドラムス]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===途中脱退===&lt;br /&gt;
;{{音声ルビ|木村マモル|きむら マモル|表示}}&lt;br /&gt;
:ドラム、1981年5月脱退&lt;br /&gt;
:氷室が{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}結成以前に加入していた[[スピニッヂ・パワー]]のドラマー。プロデューサー志望であった為、高橋が加入するまでのサポートメンバーだった。&lt;br /&gt;
:脱退後の1983年にアルバム『{{lang|en|[[INSTANT LOVE]]}}』のプロデュースを担当。現在も音楽プロデューサーとして活動する傍ら、2012年末から「{{lang|ja-Latn|SEIHITSU}}」名義でミュージシャンとしても活動を始めている&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|url=http://www.vibirth.com/artist_detail/SEIHITSU#|title={{lang|en|viBirth}} アーティスト一覧|publisher=|accessdate=2013-02-09}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
;{{音声ルビ|深沢和明|ふかざわ かずあき|表示}}&lt;br /&gt;
:[[サクソフォーン|サックス]]、1982年10月9日脱退&lt;br /&gt;
:群馬時代、布袋が結成した「ジギーリギー」でサックスを担当。{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}結成時はベーシストだったが、松井の加入によりサックスへ転向した&amp;lt;ref name=&amp;quot;kioku&amp;quot;&amp;gt;『記憶』 松井常松（2009年 徳間書店）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
:現在は「東京パワーゲート」という劇団で舞台役者として活動中。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://tokyopowergate.web.fc2.com/hukasawa.html 東京パワーゲート公式サイト]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
;{{音声ルビ|諸星アツシ|もろぼし アツシ|表示}}&lt;br /&gt;
:ギター、1982年10月9日脱退&lt;br /&gt;
:群馬時代は氷室、松井と共に「デスペナルティ」でギターを担当。{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}結成時、松井とはアパートの隣室同士だった&amp;lt;ref name=&amp;quot;kioku&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
:{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}脱退から1年後に音楽業界を引退。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==略歴==&lt;br /&gt;
===1980年===&lt;br /&gt;
*7月5日 当時ヴォーカルとして所属していたバンド『[[スピニッヂ・パワー]]』を脱退し帰郷を考えていた[[氷室京介]]が、[[日比谷野外音楽堂]]での[[RCサクセション]]のライブを観て新たなバンド結成を決意する。後日、[[布袋寅泰]]に連絡を取り[[六本木]][[アマンド]]の前で再会。&lt;br /&gt;
*9月 [[松井恒松]]が加入。&lt;br /&gt;
*深沢和明、諸星アツシが加入。&lt;br /&gt;
===1981年===&lt;br /&gt;
*サポートメンバーとして木村マモルを迎え、メンバーが揃う。所属事務所[[ビーイング]]の副社長でサウンドプロデューサーの[[月光恵亮]]により、その当時「{{仮リンク|ガール (バンド)|en|Girl (band)|label=ガール}}」というイギリスのハードロックバンド（メンバーは全員男性）がいたことに対抗し、こちらは男ばかりだからそのまま「ボーイ」だろうということで、当て字で『暴威』と命名された。それを聞いた社長の[[長戸大幸]]からは、当時人気だった『[[横浜銀蠅]]』にあやかって『群馬暴威』という名を提案されたものの、メンバーから猛反対され即ボツになった。&lt;br /&gt;
*5月 最初のアルバム『{{lang|en|[[MORAL]]}}』レコーディング開始。&lt;br /&gt;
*5月11日 新宿ロフトでデビューライブ「暴威{{lang|en|LOFT FIRST LIVE}}」を行う。ちなみに、このギグの[[オーディエンス]]は13人（男性9人、女性4人）」だったということで、その中には[[高橋まこと]]もいた。後日、高橋がオーディションの上加入し、木村が脱退。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1982年===&lt;br /&gt;
*1月28日 バンド名を「&#039;&#039;&#039;{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}&#039;&#039;&#039;」に改名。&lt;br /&gt;
*3月21日 [[ビクターエンタテインメント|ビクター音楽産業]]より最初のアルバム『{{lang|en|MORAL}}』発売。プロデューサーは[[マライア]]の渡辺モリオ。&lt;br /&gt;
*9月9日 渋谷{{lang|en|PARCO PARTIII}}のライブで「{{lang|en|CHANGE COSTUME}}」と題し、それまでのパンキッシュな楽曲から[[ニュー・ウェイヴ (音楽)|ニューウェイブ]]系のメロディアスな楽曲へとシフトチェンジ。衣装も黒ずくめからカラフルなものに変える。このライブがバンドのひとつの転機となった。&lt;br /&gt;
*10月9日 この日行われた[[ロフト (ライブハウス)|新宿LOFT]]でのライブを最後に深沢と諸星が脱退し、氷室・布袋・松井・高橋の4人編成となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1983年===&lt;br /&gt;
*プライベートオフィス「Ø-{{lang|en|con&amp;amp;#x27; nection}}」設立。&lt;br /&gt;
*4月30日の新宿LOFTを皮切りとして、「{{lang|en|AFROCKABILY LIVE}}」と題したシリーズ{{lang|en|GIG}}を展開。&lt;br /&gt;
*9月25日 [[徳間ジャパン]]よりアルバム『{{lang|en|[[INSTANT LOVE]]}}』発売。プロデューサーは脱退した木村マモル。サンプル盤の「OH!MY JULLY」のB面、「FUNNY-BOY」が新宿有線で3週連続1位を獲得。&lt;br /&gt;
*12月31日、[[内田裕也]]が発起人となっているイベント「{{lang|en|NEW YEAR ROCK FESTIVAL}}」（西武劇場&amp;lt;ref&amp;gt;後の[[PARCO劇場]]&amp;lt;/ref&amp;gt;）に出演。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1984年===&lt;br /&gt;
*3月30日・31日 新宿{{lang|en|LOFT}}で{{lang|en|2DAYS}}ライブを敢行（「{{lang|en|BEAT EMOTION LOFT 2DAYS}} 〜すべてはけじめをつけてから〜」）。ホール展開も視野に入れたバンドの飛躍へ向けた「けじめ」のライブであった。&lt;br /&gt;
*5月31日 拠点を渋谷 {{lang|en|LIVE INN}} へ移し「{{lang|en|BEAT EMOTION}}」と題したシリーズギグを行う。夏からは同名のタイトルで全国ツアーを展開。&lt;br /&gt;
*10月7日 ユイ音楽工房（現:ユイミュージック）と契約し、レコード会社を[[EMIミュージック・ジャパン|東芝EMI]]に移籍することを決定。同時にライヴの半年間休止も発表された。&lt;br /&gt;
*12月6日 氷室、「狂介」から「京介」に改名。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1985年===&lt;br /&gt;
*2月24日 ベルリンの[[ハンザ・スタジオ]]で『[[BOØWY (アルバム)|{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}]]』レコーディング開始。&lt;br /&gt;
*3月12日 ロンドンの{{仮リンク|Marquee Club|en|Marquee Club|label=マーキー・クラブ}}で{{lang|en|GIG}}を行う。&lt;br /&gt;
*4月13日 赤坂ラフォーレミュージアムでマスコミに招待状を送ったコンベンションライブを行う。 &lt;br /&gt;
*6月1日 最初のシングル「[[ホンキー・トンキー・クレイジー]]」発売。&lt;br /&gt;
*6月21日 アルバム『[[BOØWY (アルバム)|{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}]]』発売。プロデューサーは[[佐久間正英]]。&lt;br /&gt;
*6月25日 [[渋谷公会堂]]で初の大ホール・ワンマンコンサートを行う。&lt;br /&gt;
*8月22日 シングル「{{lang|en|[[BAD FEELING]]}}」発売。&lt;br /&gt;
*9月6日 名古屋芸術創造センターで「{{音声ルビ|BOØWY&#039;S|ボウイズ}} {{lang|en|BE AMBITIOUS}}」ツアー開始。&lt;br /&gt;
*12月24日 [[渋谷公会堂]]で同ツアー終了。このライヴ終了後にステージ上で布袋が[[山下久美子]]との結婚を発表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1986年===&lt;br /&gt;
*2月1日 シングル「[[わがままジュリエット]]」発売。&lt;br /&gt;
*3月1日 アルバム『[[JUST A HERO (BOOWYのアルバム)|{{lang|en|JUST A HERO}}]]』発売。&lt;br /&gt;
*3月24日 青山スパイラルホールで「{{lang|en|JUST A HERO TOUR}}」開始。&lt;br /&gt;
*7月2日 [[日本武道館]]で同ツアー終了。&lt;br /&gt;
*7月31日 上記の武道館公演を収録したライヴアルバム『[[“GIGS”JUST A HERO TOUR 1986|{{lang|en|“GIGS”JUST A HERO TOUR}} 1986]]』を限定盤（後に通常盤が再発売された）として発売。&lt;br /&gt;
*8月2日-3日 [[南こうせつ]]の野外ライブ「第6回サマーピクニック」（[[玄海彫刻の岬・恋の浦]]）にゲスト出演。&lt;br /&gt;
*9月29日 シングル「{{lang|en|[[B&amp;amp;middot;BLUE]]}}」発売。&lt;br /&gt;
*11月8日 アルバム『{{lang|en|[[BEAT EMOTION]]}}』発売。&lt;br /&gt;
*11月11日 [[北陸電力会館 本多の森ホール|石川厚生年金会館]]より「{{lang|en|ROCK &amp;amp;#x27;N ROLL CIRCUS TOUR}}」開始。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1987年===&lt;br /&gt;
*2月24日 [[日本武道館]]で「{{lang|en|ROCK &amp;amp;#x27;N ROLL CIRCUS TOUR}}」ツアー終了。&lt;br /&gt;
*4月6日 シングル「[[ONLY YOU (BOOWYの曲)|{{lang|en|ONLY YOU}}]]」発売。&lt;br /&gt;
*7月22日 シングル「[[Marionette (BOOWYの曲)|{{lang|en|MARIONETTE}}]]」発売。&lt;br /&gt;
*7月 31日 [[ワールド記念ホール|神戸]]でライブ「CASE OF {{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}」を開催。しばらく演奏されていなかった初期の曲もセットリストに含めた、バンドの総括的なライブであった。8月7日には[[横浜文化体育館|横浜]]でも開催された。&lt;br /&gt;
*8月22日・23日 [[熊本県野外劇場|グリーンピア南阿蘇アスペクタ]]にて行われたライブ・イベント「{{lang|en|BEAT CHILD}}」に出演。&lt;br /&gt;
*9月5日 アルバム『{{lang|en|[[PSYCHOPATH]]}}』発売。&lt;br /&gt;
*9月16日 [[宇都宮市文化会館]]で「{{lang|en|ROCK&amp;amp;#x27;N ROLL REVIEW DR.FEELMAN&amp;amp;#x27;S PSYCOPATHIC HEARTS CLUB BAND TOUR}}」開始。&lt;br /&gt;
*10月26日 シングル「[[季節が君だけを変える]]」発売。&lt;br /&gt;
*12月24日 同ツアー最終日[[渋谷公会堂]]でのライブ中に解散宣言。&lt;br /&gt;
*12月25日 新聞各紙の広告スペースに解散メッセージが掲載される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===1988年===&lt;br /&gt;
*2月3日 未収録3曲を追加した『{{lang|en|[[MORAL+3]]}}』、12インチシングル「[[DAKARA (BOOWYの曲)|{{lang|ja-Latn|DAKARA}}]]」発売。&lt;br /&gt;
*4月4日・5日 [[東京ドーム]]にて「{{lang|en|[[LAST GIGS]]}}」を行う。解散コンサートではなく、少し早い同窓会だとメンバーは語った。終了後の移動車両の中でメンバー全員が泣いたという。&lt;br /&gt;
*5月3日 アルバム『{{lang|en|LAST GIGS}}』発売。&lt;br /&gt;
*12月24日 アルバム『{{lang|en|SINGLES}}』発売。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==逸話==&lt;br /&gt;
===結成===&lt;br /&gt;
*氷室は{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}結成以前、レコード会社の意向により[[スピニッヂ・パワー]]のボーカルとしてデビューしたが、音楽性の違いから脱退。当時付き合っていた彼女とも別れてしまい、ついには音楽の道を諦め帰郷する決意をする。しかし最後のつもりで立ち寄った[[日比谷野外音楽堂]]での[[RCサクセション]]のライブを観て一念発起。群馬時代のライバルだった布袋のもとへ連絡を入れ、[[六本木]]アマンドの前で再会する。この時布袋は、群馬時代は硬派な印象だった氷室の風貌が[[ニュー・ウェイヴ (音楽)|ニューウェイブ]]風に変化しており、驚いたという。&lt;br /&gt;
*同郷のライバル同士ではあったが当時2人の間にそれほど面識はなかった為、布袋は氷室からの連絡を受けた際に「（群馬から東京に出てきて、[[高等遊民]]のような生活をしていることを聞いた氷室から呼び出されて）殴られるんじゃないか」と思ったという。また当時を振り返り、地元で有名な不良少年の氷室が怖くて誘いを断りきれなかったとよくネタにしている。&lt;br /&gt;
**しかし実際には、氷室と松井が布袋の自宅に遊びに行ったり、病気療養中の布袋の見舞いに行ったりする程度の交流はあったようである。&amp;lt;ref name=&amp;quot;kioku&amp;quot;/&amp;gt;&lt;br /&gt;
*松井は[[織田哲郎&amp;amp;9th IMAGE|織田哲郎&amp;amp;amp;{{lang|en|9th IMAGE}}]]のベーシストとして既に[[メジャー・デビュー (音楽家)|デビュー]]していたが、旧友である氷室が新しいバンドを結成しようとしていることを知り、ミュージシャンとしての安定した道を蹴って氷室と布袋に合流している。&lt;br /&gt;
*高橋は前述の通り初ライブを観賞しており、終演後は楽屋にも訪れている。その時のことを「怖そうな氷室、デカい布袋、寡黙な松井。とにかくおっかない連中だなという印象だった」と懐述している。&amp;lt;ref name=&amp;quot;snare&amp;quot;&amp;gt;『スネア』 高橋まこと（2007年 マーブルトロン)&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*布袋いわく氷室は高校時代、極道のイメージが強くて帝王のような存在として広く知られていたが、歌は上手く歌唱力はプロ級だったと語っている。&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.inlifeweb.com/reports/report_3945.html INLIFE 男の履歴書　氷室京介]&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===メディアへの露出===&lt;br /&gt;
*テレビ番組への出演は少なかったが、デビューして間もない頃にドラマ「[[太陽にほえろ!]]」（[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]）に出演している（第524話「ラガーのラブレター」。ただしこの回は権利関係のためか、現在では欠番扱いとなっており再放送されることは希。過去にDVD・VHS化されたこともなく、現状見る事は極めて困難な状態となっている。2013年2月に[[日テレプラス]]で再放送されたのみ。)その後も音楽番組としては『[[夜のヒットスタジオ#夜のヒットスタジオDELUXE|夜のヒットスタジオ]]』（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]）、『[[いきなり!フライデーナイト]]』（フジテレビ）、『[[メリー・クリスマス・ショー]]』（日本テレビ）、名古屋のローカル番組『[[5時SATマガジン|5時{{lang|en|SAT}}マガジン]]』（[[中京テレビ放送|中京テレビ]]）などに数回出演している。&lt;br /&gt;
*『5時SATマガジン』では”ロックスター[[ボウリング]]大会”という企画に出演している。&lt;br /&gt;
*[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]の番組『メリー・クリスマス・ショー』で吉川晃司と[[ビートルズ]]の「[[ヘルプ!(ビートルズの曲)|ヘルプ!]]」をカバー。その他ではオープニングの「[[カム・トゥゲザー]](同じくビートルズの曲)」、出演者のほとんどが参加したロッケストラ名義で「[[夜をぶっとばせ]]（[[ローリング・ストーンズ]]の曲）」、「[[テレグラム・サム]]（{{lang|en|[[T.REX]]}}の曲）」、エンディングの「[[Kissin&#039; Christmas (クリスマスだからじゃない)|{{lang|en|Kissin&amp;amp;#x27; Christmas}} (クリスマスだからじゃない)]]」にも参加している。&lt;br /&gt;
*『夜のヒットスタジオ』の「対面シリーズ」では、氷室の初恋の女性が登場して氷室が「さすがフジテレビだぜい!」としゃべるというシーンが見られる。しかし本当にこの女性が来るとは思っていなかった為、収録後にメンバー全員が出演したことを後悔したという。&amp;lt;ref name=&amp;quot;snare&amp;quot;/&amp;gt;&lt;br /&gt;
*同番組に「[[ONLY YOU (BOOWYの曲)|{{lang|en|ONLY YOU}}]]」で出演した際には、司会の[[古舘伊知郎]]から「（氷室の衣装が）[[銀座]]の買い物帰りのおばさんみたい」と言われ、布袋に対しては[[殿さまキングス]]の物真似を強要させられ&amp;lt;ref group=&amp;quot;注釈&amp;quot;&amp;gt;この際布袋は「物真似する為にここへ出て来た訳じゃありませんから」と拒否している。&amp;lt;/ref&amp;gt;、また高橋は自前のドラムセットを使えなかったこと&amp;lt;ref name=&amp;quot;snare&amp;quot;/&amp;gt;等が原因か、テレビ出演は1986年12月を最後に途絶えている。&lt;br /&gt;
*『いきなり!フライデーナイト』ではメンバーが酔っ払ったまま出演している。&lt;br /&gt;
*バラエティ番組である『いきなり!フライデーナイト』にしばしば出演したのは、司会の[[山田邦子]]がライブハウス時代からの{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}ファンであり、氷室によれば山田が「楽曲をよく理解してくれていたから」だという。氷室が「俺のオヤジ、邦子ちゃんの大ファンなんです」とカミングアウトすることもあった。&lt;br /&gt;
*音楽雑誌に掲載された記事も少ない。「{{lang|en|B&amp;amp;middot;BLUE}}」がヒットした直後からインタビュー等のオファーが殺到するが、それらのほとんどを拒否している。数少ないインタビュー記事は、ブレイクする以前から懇意にしていたライターや、自分たちの音楽をよく理解してくれていたライターの雑誌に限定されていた。&lt;br /&gt;
**このような対応の裏には、まだライブハウスで活動していた時期に、熱意剥き出しで挑んだインタビューがほんの僅かしか掲載されていなかったり、懸命にスタイリングして撮影したはずの写真が掲載されていなかった等の経験から[[メディア (媒体)|メディア]]への不信感を抱いたことが影響している。&lt;br /&gt;
**またこの姿勢はマネージメントスタッフも同様であり、{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}を本当に聴きたいオーディエンスの席が減ってしまうという理由から、ライブは基本的にメディア用の招待席が用意されていなかった。その為、著名な[[音楽評論家]]が関係者入口で門前払いにされたり、レコード会社の重役がファンに揉みくちゃにされながらライブを観るといった珍事が続発したという&amp;lt;ref name=&amp;quot;himitsu&amp;quot;&amp;gt;『秘密』 布袋寅泰（2006年 幻冬舎）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===メンバーの経歴===&lt;br /&gt;
*氷室の芸名の由来は、漫画「[[ワル (漫画)|ワル]]」の主人公から。初期は「狂介」という芸名だったが、京都の[[占い師]]に「『狂』という文字は絶対に使ってはいけません」と言われ、現在の「京介」に改名した&amp;lt;ref&amp;gt;月刊カドカワ1991年4月号　総力特集氷室京介70ページ&amp;lt;/ref&amp;gt;。改名後売れたため、以後もう占いをしないと決めたらしい。&lt;br /&gt;
*松井の『恒松』の芸名は、本名の「恒」を活かして[[フリクション]]の『恒松正敏』をヒントにしたもの&amp;lt;ref&amp;gt;{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|B to Y THERE&amp;amp;#x27;S NO BEGINNING AND THE ENDS}}、116ページ（2004年 宝島社）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*高橋は読み方は同じだが、本名は『信』という漢字表記のため、厳密には芸名になる(1985年頃までは「{{lang|en|BAD FEELING}}」の作詞者クレジットにもあるように、漢字の方の名前を名乗っていたこともあった)。&lt;br /&gt;
*布袋はメンバー4人の中で唯一本名をそのまま使用している。&lt;br /&gt;
*高橋加入後の[[新宿LOFT|新宿{{lang|en|LOFT}}]]でのライブの際、[[タイムテーブル]]の遅れにしびれを切らした氷室が店長と諍いを起こしてしまう。しかしこの時の店長が偶然にも高橋の旧友だった為、後のライブブッキングや打ち上げの面で有利に働くこととなった&amp;lt;ref name=&amp;quot;snare&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*氷室はバンドを結成した当初は、英会話教材のセールスマンをしていた事もあり、営業成績も優秀だったという。しかし車の誘導のアルバイトでは車をぶつけ、パチンコ屋では台を壊し、ゲームセンターでは出勤3日目には先輩を見切り一日中ゲームをして遊んでいたというエピソードもある。&lt;br /&gt;
*氷室と布袋はなかなか定まった仕事に就かず、女性のヒモ同然の暮らしをしつつ、バンドの活動資金は主に松井と高橋のアルバイト代や、ファンから多めに徴収した打ち上げ代などで補っていたそうである。&lt;br /&gt;
*布袋は喫茶店のアルバイトの面接に行った際「背が高すぎる」という理由で不採用になったことがある&amp;lt;ref name=&amp;quot;himitsu&amp;quot; /&amp;gt;。他には、居酒屋でチューハイを一杯だけオーダーして別のテーブルの残飯を食べたり、夜中に酒屋の脇に積んであるビンを失敬し翌日何食わぬ顔でそれを売りに行って小銭を稼ぐなどしていた。[[1983年]]頃から[[スタジオ・ミュージシャン]]としての仕事が少しずつ入ってくるようになり、この時の経験が『{{lang|en|[[INSTANT LOVE]]}}』をはじめ{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}のスタジオワークに大いに役立っている。&lt;br /&gt;
*松井は六本木の[[スクエアビル]]内にあったゲームセンターで働いていた際、店長に「髪立ててメイクしてバイトに来るのやめてくれない？」と言われたことがある&amp;lt;ref name=&amp;quot;kioku&amp;quot; /&amp;gt;。後に[[阿佐ヶ谷]]の「ミント」というカフェバーのマスターとなったが、店がバンドの連絡先も兼ねていたため、熱心なファンが通いつめ、売上が上がらず閉店してしまった。&lt;br /&gt;
*高橋は[[マネキン]]運びのアルバイトをしており、正社員への推薦を貰うほど勤務態度も優秀だったという。また地方へ遠征する際は、他メンバーに内緒でヘソクリを持っていた。内緒にしておかないと「酒を飲もう」「飯を食おう」と言われることになるからと、後のインタビューで語っていた。金額はとりあえず車で東京まで帰って来られる額だったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===その他===&lt;br /&gt;
*群馬時代に布袋が組んでいたバンド「{{lang|en|BLUE FILM}}」のボーカリストは、後に{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}のマネージャーとなった土屋浩である。「紺待人」のペンネームで書籍「大きなビートの木の下で（1986年 ソニー出版）」などバンド関連の書籍等も手掛けた。{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}解散後は氷室、高橋と共にユイ音楽工房に残留し、近年では高橋が所属するアースルーフファクトリーの代表を務めていたが、2012年5月に他界&amp;lt;ref&amp;gt;[http://blog.livedoor.jp/atomic_drum/archives/2012-05.html#20120529 昨日は涙雨？かな。ざんす。] 高橋まことのぼちぼちブログ&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*ライヴハウス時代、[[佐賀県]]で3万人規模のコンサートがあるという話を聞き出演のために駆けつけたところ、それは村の夏祭りで[[ギャランティー|ギャラ]]は村で収穫された野菜や酒だった。&lt;br /&gt;
*高橋が他の5人と初めて「{{lang|en|IMAGE DOWN}}」を演奏した際、演奏開始のカウントがあまりにも大声だった為、松井が笑い出してしまい、[[演奏]]が中断してしまった。&lt;br /&gt;
*結成当初、布袋と松井はお互いを敬遠しており、あまり会話を交わすことがなかった。しかしとある地方でのライブ後にふたりで呑むことになり、その席で意気投合した。&amp;lt;ref&amp;gt;『[[ミュージックスクエア]]』での布袋と松井の会話より&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*『{{lang|en|INSTANT LOVE}}』の時期、当時アマチュアだった{{lang|en|[[BUCK-TICK]]}}の[[今井寿]]が[[ラフォーレ原宿]]で布袋を見かけサインを貰うが、偶然この時の今井の服が『{{lang|en|INSTANT LOVE}}』の裏ジャケットで布袋が着ている衣装の色違いだった&amp;lt;ref&amp;gt;[http://blog.buck-tick.com/blog/?m=20110219 {{lang|en|TEENAGE EMOTION}}] 寿記-寿的超日常記-&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*高橋は氷室の免許更新に同伴して群馬に行った際、当時まだアマチュアだった {{lang|en|BUCK-TICK}} の[[ヤガミトール]]に焼肉をおごってもらう代わりに、彼の自宅でドラムを2時間叩いてみせたことがある。しかし当時は2人のレベルが違いすぎた為、ヤガミは「いつも使っているドラムセットなのに、何故こんなすごい音が出るのか全くわからなかった」という。&amp;lt;ref&amp;gt;{{lang|en|BUCK-TICK LOVE ME}}（[[1989年]] [[シンコー・ミュージック]]） ISBN 4-401-61275-2&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
**上記の帰郷の際、バイクで高速道路を通って行こうと提案した高橋に着いて行った氷室は、非常に恐ろしい体験をしたと語っている。そして、地元では財布ごと免許証を落としてしまい落胆するが、ファンに拾って貰い事なきを得た。&lt;br /&gt;
*氷室はまったく酒が飲めず専らコーラ、たまに飲む時でも[[カルーア・ミルク]]のミルク多めである。一方布袋は酒に強いため、ライブハウス時代に他バンドの打ち上げの席で{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}を宣伝する広報係を担当していた。また高橋は新宿{{lang|en|LOFT}}に、賞味期限が切れた酒を無料で入れておいて貰う「減らない魔法のボトル」を常にキープしていた&amp;lt;ref name=&amp;quot;snare&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*ライブハウス時代にツアーで京都に行った際、布袋はたまたま修学旅行に来ていた妹(後に[[ガラパゴス (バンド)|ガラパゴス]]のボーカルとしてデビューする狩野環)と鉢合わせしてしまい、バツの悪い想いをしたという。&amp;lt;ref name=&amp;quot;snare&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
*松井は[[ロンドン]]へ行った際、帰りに[[百貨店|デパート]]で土産物を買おうとしたが[[英語]]を全く喋れず、意地になって[[日本語]]を貫き通した。&lt;br /&gt;
*「[[Marionette (BOOWYの曲)|{{lang|en|Marionette}}]]」の[[プロモーションビデオ]]のアニメ・バージョンは[[ガイナックス]]が制作した。当時ガイナックスの社長を務めていた[[岡田斗司夫]]は、後に自著の中で「当時は誰もがあれをやりたがった」と回想している。&lt;br /&gt;
*『{{lang|en|BEAT EMOTION}}』発売前にラジオで「次は売れる曲出します」と発言したが、その通りに売れた。&lt;br /&gt;
*『{{lang|en|ROCK &amp;amp;#x27;N ROLL CIRCUS TOUR}}』は、当初ツアータイトルのようにサーカス小屋としてテントを張って、そこをライブ会場にする予定だった。しかし「地ならしのため、[[ゾウ]]を引き取ってもらわないと困る」と言われ、断念している&amp;lt;ref&amp;gt;{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|B to Y THERE&#039;S NO BEGINNING AND THE ENDS}}、135ページ（2004年 宝島社）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*週刊誌[[フライデー]]に「氷室は殺人罪の前科あり」という根拠の無い記事を掲載されたことがある。氷室本人はその後のライブで「殺人罪の氷室です」とネタにしていた。&lt;br /&gt;
**「氷室と布袋が不仲」という記事を掲載された際にも、氷室はライブのメンバー紹介で「彼とは楽屋を別にしてもらってます」とネタにしている。&lt;br /&gt;
*『{{lang|en|ROCK&amp;amp;#x27;N ROLL REVIEW DR.FEELMAN&amp;amp;#x27;S PSYCOPATHIC HEARTS CLUB BAND TOUR}}』の沖縄公演で、煽っても煽っても[[縦ノリ]]にならず横揺れなオーディンスに腹を立てた氷室はステージから下がってしまった。結果的には戻って最後まで演奏した。&lt;br /&gt;
*初期メンバーの諸星（ギター）と深沢（サックス）の脱退理由は書籍によって「音楽性の違い」&amp;lt;ref&amp;gt;写真集「{{lang|fr|RENDEZ-VOUS}}」の年表&amp;lt;/ref&amp;gt;「今後の不安」&amp;lt;ref&amp;gt;別冊宝島 音楽誌が書かないJポップ批評18 {{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}と「日本のロック」&amp;lt;/ref&amp;gt;「事務所からのMORAL制作スタッフである月光恵亮の提案（諸星・深沢の演奏力不足による解雇を提案）」&amp;lt;ref&amp;gt;{{lang|en|B to Y THERE&#039;S NO BEGINNING AND THE ENDS.}}、117ページ&amp;lt;/ref&amp;gt;など諸説書かれており、真相は不明である。しかし、二人のラストライブで氷室が進行役をしたところによると、諸星は「もっと黒っぽい音楽（おそらく[[ブラックミュージック]]のこと）をやりたくなったから」、深沢は「アクター（俳優）になりたいから」が脱退理由とのこと。深沢脱退が氷室の口から告げられた瞬間、会場内の女性ファンが悲鳴を上げた。二人のラストライブで、深沢は自作詞の曲「{{lang|en|NO.NY}}」と[[デヴィッド・ボウイ]]の「[[ジギー・スターダスト|{{lang|en|Suffragette City}}]]」でボーカルを執っている。&lt;br /&gt;
**深沢は現在も舞台を中心に映画にも出演する俳優として活動中（舞台でサックスを吹くことも）&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ameblo.jp/t-power-gate/]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
**諸星は{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}脱退から約1年後に音楽業界より引退したが、1983年11月27日のライブのアンコールに特別出演し、「{{lang|en|MIDNIGHT RUNNERS}}」を演奏した。&lt;br /&gt;
*日本のバンドとしては桁外れに[[ブートレッグ]]の数が多い。大半の公演についてブートレッグが存在すると言う説もある（初期の頃は、営業戦略からバンド側がライブの録音、録画を黙認していた）。&lt;br /&gt;
**但し、上記のブートレッグが出回っている事に関して布袋はマイクロブログ{{lang|en|Twitter}}上で俳優の[[山本修司]]の質問に対し「非常に心外です」と答えている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://twitter.com/#!/_HOTEI/statuses/36673679672741888 @布袋寅泰　非常に心外です。]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===解散について===&lt;br /&gt;
*1986年12月16日の[[長野市民会館]]でのライブ後、ホテルのバーにてメンバー全員が解散について話し合った&amp;lt;ref&amp;gt;{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|B to Y THERE&#039;S NO BEGINNING AND THE ENDS}}、136ページ（2004年 宝島社）&amp;lt;/ref&amp;gt;。最初に解散を提案したのは布袋だった&amp;lt;ref name=&amp;quot;himitsu&amp;quot; /&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;kioku&amp;quot; /&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;snare&amp;quot; /&amp;gt;。それまでも「1位を取ったら解散」とメンバー間で話してはいたが、あくまでも冗談の範囲内だった。しかしながら『{{lang|en|[[JUST A HERO]]}}』がメンバー全員にとって音楽的に満足のいく作品となり、『{{lang|en|BEAT EMOTION}}』が初登場1位を記録し商業的にも成功を収めたことから、この時に初めて現実的な内容での話し合いが持たれた。&lt;br /&gt;
*ファンの間では、マスコミに一切公表していないにも関わらず『{{lang|en|ROCK&amp;amp;#x27;N ROLL REVIEW DR.FEELMAN&amp;amp;#x27;S PSYCOPATHIC HEARTS CLUB BAND TOUR}}』の最終公演である「12月24日の渋谷公会堂で解散」という情報が事前に伝わっていた。パソコンや携帯電話はもちろん[[ポケットベル]]さえ普及しておらず、実際に会って話すか、固定電話を使用する、または郵便物によるもの以外に情報伝達の手段がなかった当時としては異例のことである。&lt;br /&gt;
**これは「活動後期の歌詞や活動内容の加速度・充実度やエピソードから一部ファンと音楽ライターが年内解散を予測しており、複数発生源の口コミとして広まった」ということが、音楽誌「{{lang|en|BAND}}やろうぜ!!」の編集後記にこぼれ話として書かれたことがある。&lt;br /&gt;
*[[1987年]]12月24日当日はチケットを入手出来なかったファンが渋谷公会堂の前に多数集まり、会場内の様子を知ろうと揉み合いになるうちに正面入口のガラス戸が割れるという事態にまで発展した。この日のライブを収めたDVD『[[1224]]』に、会場前に群がるファンと割れたガラス戸の映像が収められている。終演後は、会場前のファンに向けても「解散宣言をした」とアナウンスされた。&lt;br /&gt;
*[[日本放送協会|NHK]]ではバンド解散が臨時速報され（NHKがバンドの解散を取り上げたのは異例である{{要出典|date=2012年10月24日 (水) 09:25 (UTC)}}）、翌日[[12月25日]]の[[朝日新聞]]の朝刊にはバンド側からのコメントが掲載された。&lt;br /&gt;
*翌年の[[1988年]]4月4日、5日に東京ドームで行われた『{{lang|en|[[LAST GIGS]]}}』にて活動終了。『{{lang|en|LAST GIGS}}』についてバンド側は「あくまで前年の12月24日でバンドは解散しており、少し早い再結成、同窓会のようなもの」としている。しかし実際には、最終公演後の移動車内でメンバー全員が泣いていたという&amp;lt;ref name=&amp;quot;rj&amp;quot;&amp;gt;「{{lang|en|[[ROCKIN&#039;ON JAPAN]]}}」1988年6月号、「{{lang|en|ROCKIN&amp;amp;#x27; ON JAPAN FILE vol.2}}」、[[ロッキングオン]]。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====解散の理由====&lt;br /&gt;
バンド側からの正式な解散理由は未だに発表されていない。各メンバーが、色々な状況が折り重なった結果だといったニュアンスの発言をしている。&lt;br /&gt;
*要因のひとつとして布袋は「自身が海外での活動を強く希望した」としている&amp;lt;ref name=&amp;quot;rj&amp;quot; /&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;kioku&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*前述の通り、ブレイクする以前からバンド内で「トップに立ったら解散する」と決めていたことも挙げられる。&lt;br /&gt;
**布袋は1986年10月のインタビューで「最終形のものを描く時が来ると思うんですよ。売れる売れない関係なく。レコード作ったりツアーやって『これで俺らはやることやった』って思う時が来ると思う。そしたらそこでおしまいだと思う。ある意味じゃ解散に向けて頑張ってるんだと思う」と語っている。&amp;lt;ref&amp;gt;「{{lang|en|ROCKIN&amp;amp;#x27;ON JAPAN FILE}}」、p.76、ロッキング・オン、1988年。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
*ブレイクしたことによりファン層が変わり[[アイドル]]バンドとして扱われ始めたこと&amp;lt;ref group=&amp;quot;注釈&amp;quot;&amp;gt;出待ちをする為、アンコール中に会場から出て行ってしまうファンもいたという。（PATi PATi 1987年4月号インタビューより）&amp;lt;/ref&amp;gt;、あからさまに{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}を真似たようなバンドが数多く出てきたことなど、これらの状況に違和感を覚えたとも語られている。&lt;br /&gt;
**『{{lang|en|[[PSYCHOPATH]]}}』のジャケットで布袋が髭を蓄えているのは「アイドルにはなりたくない」という当時の心境からであり、このアルバムのツアー前半では彼本来のステージアクションがなく&amp;lt;ref name=&amp;quot;snare&amp;quot; /&amp;gt;「まったく動く気になれなかった」と語っている&amp;lt;ref name=&amp;quot;rj&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
**高橋はこういった状況について「ファンとの温度差みたいなものが出てきていた。こっちは新しい曲を作っているのに「{{lang|en|IMAGE DOWN}}」や「{{lang|en|[[NO.NEW YORK]]}}」を演らないと納得しないようなノリがあったり、布袋がギターソロを弾いているのに氷室ばかり見ている客、氷室が一生懸命歌っているのにまったく違った受け止め方をする客なんかもいたりして、自分たちの音楽が本当に理解されているんだろうかっていうジレンマが生まれてきた」と語っている&amp;lt;ref&amp;gt;{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|B to Y THERE&amp;amp;#x27;S NO BEGINNING AND THE ENDS}}、40ページ（2004年 宝島社）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;snare&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*「氷室と布袋の不仲が原因」とされる見方があるが、布袋は自身のラジオ番組『[[ミュージックスクエア]]』内で否定している。&lt;br /&gt;
*解散後、氷室は「楽しくて始めたはずのバンドが、ロックビジネスというシステムの中に組み込まれて、少しずつ自分達の考えと違う方向に、勢いがついて転がっていってしまった。　あとは妙な義務感みたいなものがすごく大きくなって、苦しくなってきたのは確か。だから全盛と言われる中で解散したのは、決して後悔すべきことじゃなくて正解だったと思うし、それだけ自分たちが音楽を正直にやっていく上で{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}解散はなくてはならないことだったと思う」と語っている&amp;lt;ref&amp;gt;VHS / DVD 『{{lang|en|KING OF ROCK SHOW of 88&amp;amp;#x27;S-89&amp;amp;#x27;S TURNING PROCESS}}』のインタビューより&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*布袋も解散後のインタビューで「あれだけ大きくなってしまったからギクシャクせざるを得なくなってしまったというのもすごく大きい」「音とか売り上げとかじゃなく、意識が完成したから解散したんだと思う」と語っている&amp;lt;ref name=&amp;quot;rj&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
**また著書『秘密』では「決してひとつの理由などではない。もしいま4人が集まり解散の理由を話したとしたら、きっと全員見事にバラバラなのではないかと思う。俺には俺の&amp;quot;絶対に解散せねばならない理由&amp;quot;があったが、それは墓まで持っていく」としている&amp;lt;ref name=&amp;quot;himitsu&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*松井は「本当にすべてが上手くいっていたら解散なんてしない」「確かに口火を切ったのは布袋だけど、それ以前にも解散の危機は何度もあった」「友達としていつも一緒にいたいけど、でもそれと音楽は別にしなきゃっていう分かれ道だったのかもしれない」と語っている&amp;lt;ref name=&amp;quot;kioku&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
**一方で「満たされてはいなかったけど、もう選択肢が他になかった」「もしまた、あの4人で同じステージに立てたとしたら、それはすごくエキサイティングだろうなと思う」というコメントも残している。&amp;lt;ref name=&amp;quot;kioku&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
*高橋の著書内でも「{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}というメンバー以外の人間も数多く関わっているプロジェクトともなれば、誰が良くて誰が悪いという単純なことは言えない&amp;lt;ref name=&amp;quot;snare&amp;quot; /&amp;gt;」とされており、各メンバー間においても解散についての捉え方は微妙に異なっている。&lt;br /&gt;
*[[吉田豪]]は、布袋が当時の妻・[[山下久美子]]のツアーに注力しすぎたことでメンバー間に溝ができたことが解散理由という説をラジオ番組内で唱えている（現在、{{lang|en|YouTube}} でその時の放送を聞くことができる）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====解散後====&lt;br /&gt;
メンバー間の関わりがあるもののみを記載する。&lt;br /&gt;
*氷室と高橋は{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}が所属していたユイ音楽工房に残留。一方布袋はユイ音楽工房にて{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}のチーフプロデューサーを務めていた[[糟谷銑司]]と共に個人事務所「{{lang|en|IRc2 CORPORATION}}」を設立&amp;lt;ref&amp;gt;[http://blog.excite.co.jp/kasuyablog/18744282/ 『糟谷岡崎堂』 2012年8月29日の記事より]&amp;lt;/ref&amp;gt;、松井も同事務所に移籍した。氷室が「俺と一緒にやらないのか？」と松井を引き止めたという噂もあったが、本人は「新しい環境に行くことにすごく興味があった」と語っている&amp;lt;ref name=&amp;quot;kioku&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
**これについて、『{{lang|en|LAST GIGS}}』の打ち上げに布袋と松井は参加しなかったという経緯もあったことから、バンドがふたつに分裂したという見方もあった。&lt;br /&gt;
**現在氷室は個人事務所「{{lang|en|Beat Nix}}」に所属、松井も[[2004年]]に個人事務所「ソリッド・サウンズ」を設立し独立、高橋は{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}のマネージャーだった土屋が代表を務めていた「アースルーフファクトリー」に所属している。&lt;br /&gt;
*1988年8月26日、[[ディファ有明|MZA有明サウンドコロシアム]]にて行われた[[山下久美子]]のライブ『{{lang|en|Baby alone in BABYLON&amp;quot; Tour}} 1988』に布袋と松井が参加。両者ともバンド解散後、公の場に姿を見せたのはこの時が初だった。&lt;br /&gt;
*1988年10月26日の[[国立代々木競技場#第一体育館|国立代々木競技場第一体育館]]と同年11月15日に[[大阪城ホール]]にて行われた布袋のソロ初ライブ『{{lang|en|GUITARHYTHM LIVE}}』に松井が参加。&lt;br /&gt;
*1988年11月19日、[[日清パワーステーション]]にて行われた氷室のライブに高橋がゲストで参加。&lt;br /&gt;
*1989年に布袋が[[吉川晃司]]とのユニットである{{lang|en|[[COMPLEX]]}}でデビューした際、氷室は「あれが布袋の本当にやりたいことなのかなと思う。『{{lang|en|[[GUITARHYTHM]]}}』を発表したのはわかる。そこで、敢えてバンドを組んでああいう事をやる必要性が分からない&amp;lt;ref&amp;gt;[[宝島 (雑誌)|宝島]]のインタビューより&amp;lt;/ref&amp;gt;」とコメントしている。&lt;br /&gt;
**これに対し布袋も、氷室のシングル「{{lang|en|[[SUMMER GAME]]}}」を指し「あんな曲ならばいくらでも作れる」とコメント。これら一連の流れから「氷室と布袋の不仲説」も浮上したが、前述の通り布袋は自身のラジオ番組内で否定している。&lt;br /&gt;
**また{{lang|en|COMPLEX}}が解散した際、氷室は「吉川が布袋から受けた音楽的影響は、決して小さいものではないはず」と語っている。&lt;br /&gt;
*1990年、[[花田裕之]]のツアー『{{lang|en|ROCK&amp;amp;amp;ROLL JET-SET RIFF ROUGH TOUR}}』に布袋と松井が参加。&lt;br /&gt;
*解散後、氷室と布袋が直接会話したのは、布袋の『{{lang|en|[[GUITARHYTHM II]]}}』完成後。布袋が氷室を訪ねると「聴いたよ」と答え、感想として「長げーよ」とコメントしたという。「良いけど長い」「長いの作りたかったんだからいいんじゃない？」と氷室は答え、率直な感想をもらえたとして布袋は嬉しかったとコメントしている&amp;lt;ref&amp;gt;「{{lang|ja-Latn|PATi PATi}}」 1991年11月号インタビューより&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
**これ以前にも[[横浜中華街]]のレストランで偶然氷室と布袋が居合わせたことがあり、布袋は自身のラジオ番組にて「なんかこっちは緊張したけどね」と語っている。&lt;br /&gt;
*[[1992年]]から[[1993年]]に掛けて行われた布袋の『{{lang|en|[[GUITARHYTHM WILD]] TOUR}}』の[[京都]]公演を氷室が観覧した&amp;lt;ref&amp;gt;布袋寅泰『よい夢を、おやすみ』（1993年 八曜社）ISBN 4827001391&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*[[1993年]][[3月]]、氷室のファンクラブイベントに高橋が特別ゲストで参加。当時高橋は[[De-LAX|{{音声ルビ|De+LAX|デラックス}}]]が解散、無気力状態の日々を送っており、かつての戦友である氷室との再会で音楽への情熱が再燃したと語っている&amp;lt;ref name=&amp;quot;snare&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*1993年、松井のアルバム『[[あの頃僕らは]]』に布袋が参加。&lt;br /&gt;
*1994年、高橋のアルバム『楽しき人生』に布袋と松井が参加&amp;lt;ref group=&amp;quot;注釈&amp;quot;&amp;gt;当時の契約上の関係で布袋のみブックレットに名前は記載されていなかったが、高橋が当時の雑誌で布袋も参加してることを明かしている。&amp;lt;/ref&amp;gt;。松井は同アルバムのライブにもゲスト参加した。&lt;br /&gt;
*1994年、松井のアルバム『[[GLACIER (アルバム)|{{lang|en|GLACIER}}]]』に布袋が参加。&lt;br /&gt;
*1994年、氷室のアルバム『{{lang|en|[[SHAKE THE FAKE]]}}』に松井が参加。「あれだけのボーカリストなのに、まださらに上へ行こうとしているのは凄い」とコメントしている。&lt;br /&gt;
*[[1995年]][[3月7日]]、[[阪神淡路大震災]]の復興支援チャリティーライブに氷室と布袋が出演。それぞれ同じステージに立ったが、共演は行われなかった。&lt;br /&gt;
*1995年、松井のアルバム『{{lang|en|[[DEEP SKY]]}}』に布袋が参加。&lt;br /&gt;
*[[2001年]]末、布袋宅でのクリスマスパーティーにて、布袋と松井が解散宣言をしたライブのDVD『[[1224]]』を鑑賞した。事前に手元には届いていたものの、両者とも「ひとりでは観るのが怖かった」と吐露している。鑑賞後には布袋、松井とも感極まって泣きながら抱き合ったという。&amp;lt;ref name=&amp;quot;himitsu&amp;quot; /&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;kioku&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
**松井はこの時のことを振り返り「解散後ソロをやって、ステージの真ん中に立つというのはこういうことなんだと実感した。あのバンドの中でフロントに立って、何かを声にするということは、想像を遥かに超える過酷さがあったに違いない」とファンに向けて直接解散を宣言した氷室の胸中を察するコメントを語っている。&amp;lt;ref name=&amp;quot;kioku&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[2002年]]、布袋のアルバム『{{lang|en|[[SCORPIO RISING]]}}』に松井が参加。ツアーにも参加した。&lt;br /&gt;
**このツアー開始直前、布袋は転倒により[[頭蓋骨骨折]]と[[急性硬膜外血腫]]の重傷を負い全スケジュールが延期となった。のちに松井は「いつでもまた一緒にできるような気はしても、何があるかわからない。だからまたこのギターとプレイすることができて本当に幸せだとツアー中ずっと思っていた。1本1本が本当に大切な時間だった」「(布袋の)復帰にかける執念が音だけじゃく背中からも伝わってきた。だから自分もやるからには完璧にやりたくて、ベースの化身になりたいと思った。歌も歌うソロとは違って、もっともベーシストに徹することが出来る場所だったから」と語っている。&amp;lt;ref name=&amp;quot;kioku&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
*2002年、吉川晃司のアルバム『[[PANDORA (吉川晃司のアルバム)|{{lang|en|PANDORA}}]]』に松井と高橋が参加。&lt;br /&gt;
*[[2003年]]、布袋のアルバム『[[DOBERMAN (アルバム)|{{lang|en|DOBERMAN}}]]』に松井が参加。ツアーにも参加した。&lt;br /&gt;
*2003年、松井のソロ・プロジェクト『{{lang|en|Groove Syndicate}}』に布袋がギター、共同作曲、プロデュースで参加。&lt;br /&gt;
*[[2004年]][[8月22日]]、氷室が東京ドームにて、{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}の楽曲を自らのソロ曲と共に演奏する「{{lang|ja-Latn|KYOSUKE HIMURO}} {{lang|en|&amp;quot;21st Century Boowys VS {{lang|ja-Latn|HIMURO}}&amp;quot;}}」を行った。&lt;br /&gt;
**高橋は当日ライブを観覧し「純粋に楽しめた&amp;lt;ref name=&amp;quot;snare&amp;quot; /&amp;gt;」とコメント。布袋は「（本人から{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}の楽曲をやることについて）聞いていない」とのみコメント。松井は「あれはないよね」と否定的なコメントを残している。&lt;br /&gt;
**また氷室は同ライブを放送したテレビ番組のインタビューで、「今後{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}が再結成する可能性はあるのか？」という質問に対し「良い質問ですね」と笑顔を見せるも「それはないですね」と即答している。&lt;br /&gt;
*2004年[[12月30日]]、「[[ザ・ベストテン]]」の特番に吉川晃司が「[[モニカ (曲)|モニカ]]」で出演した際、松井と高橋がサポートで参加した。&lt;br /&gt;
*[[2011年]][[6月11日]]、[[6月12日]]に東京ドームにて、氷室の[[東日本大震災]]の復興支援チャリティーライブ「{{lang|ja-Latn|KYOSUKE HIMURO}} {{lang|en|GIG at TOKYO DOME“We Are Down But Never Give Up!!”}}」が行われた。&lt;br /&gt;
**このライブは、{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}の楽曲で全編が構成された。当初は50歳のアニバーサリーライブを予定し3月14日に発表する準備をしていたが、その直前に震災が起こったため一旦発表を延期し、公演の内容を見直していた。結果「チャリティーの為にライブを行い、より多くの収益金を集め、被災地へダイレクトに届ける」という趣旨のもと開催する運びとなる。&lt;br /&gt;
**しかし氷室が{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}の楽曲を演奏する件に関しては布袋、松井、高橋には寝耳に水であったようで&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.oricon.co.jp/news/music/86824/full/ 氷室京介の「全編BOOWY」チャリティーLIVE　残されたメンバー3人が胸中綴る] オリコン 2011年4月19日&amp;lt;/ref&amp;gt;、高橋が氷室にエールを贈ったものの&amp;lt;ref&amp;gt;[http://blog.livedoor.jp/atomic_drum/archives/51986927.html こんにちは(^^)ざんす。] 高橋まことのぼちぼちブログ&amp;lt;/ref&amp;gt;、松井は氷室のアクションを高く評価しつつも「でも、少し寂しい。どうして声を掛けてくれなかったのかと。こんな時だからこそ、再び4人で手を握り合い、大いなる目的のために、協力し合うべきだと思った。一緒に活動を共にしていた仲間としては、残念でならない」と語った&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.matsuitsunematsu.com/pages/index.html {{lang|en|COLUMN}}] 2011年4月18日参照&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
**また布袋は、マイクロブログ {{lang|en|[[Twitter]]}} 上で氷室に関する質問攻めにあってしまった事もあり2日程沈黙を続けていたが、後に自身のブログ上で「再結成を望む気持ちは皆さんと同じでした」「氷室京介氏の復興支援に向けたアクションは、彼の信念に基づいた選択であるはずです。僕はそれを否定的にとらえる気持ちなど全くなく、リスペクトしています」と述べた上で、「そして同時に自分の中で踏ん切りがつきました」と、今後も再結成は非現実的であることを伝えた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.hotei.com/blog/2011/04/bowy.html {{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}] BEAT主義日記 &amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
**後に氷室本人はこのライブについて「出来るだけ集客することで収益は増え、チャリティーの効果がより高くなる。オーディエンスをたくさん集めるために、世間に強いインパクトがあって、より多くのファンが臨むこと、という発想で「全曲{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}」に繋がった」とした上で、「メンバーの気持ちまで考えてなかったのがいけなかった」と反省の弁も語っている&amp;lt;ref&amp;gt;2011年5月5日放送 {{lang|en|[[NEWS ZERO]]}} 特別編 「氷室京介 密着250日」でのコメントより&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
**松井は6月11日のライブを観覧し、「{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}を歌う氷室京介は、何年経っても、何歳になっても、せつないまでに、あの頃のままだった。素晴らしいステージ、そして、素晴らしい時間でした。」とコメントした&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.matsuitsunematsu.com/pages/index.html {{lang|en|COLUMN}}]、2011年6月11日参照&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
**ライブ当日氷室は「来月にここで友達がライブを演るみたいなんで」と、同じくチャリティーライブの為に[[7月30日]]、[[7月31日]]の二日間限定で{{lang|en|COMPLEX}}を再始動させた布袋と吉川を指すMCも発している。&lt;br /&gt;
*2012年2月1日、[[さいたまスーパーアリーナ]]にて行われた布袋の50歳バースデーライブである『{{lang|en|30th ANNIVERSARY}} 第四弾 {{lang|ja-Ltn|HOTEI}} {{lang|en|THE ANTHOLOGY}} &amp;quot;最終章&amp;quot; {{lang|en|WE ARE DREAMER}} 〜{{lang|en|50th BIRTHDAY SPECIAL CELEBRATION GIG}}〜』に高橋がゲストで参加。『{{lang|en|[[LAST GIGS]]}}』以来、24年振りとなるステージ上での共演を果たした&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.hotei.com/blog/2012/01/post-321.html 高橋まこと　友情出演決定！] {{lang|en|BEAT}}主義日記&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://blog.livedoor.jp/atomic_drum/archives/2012-02.html#20120202 こんにちは！ざんす。] 高橋まことのぼちぼちブログ&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news|title=布袋寅泰と元{{音声ルビ|BOOWY|ボウイ}}ドラマー・高橋まことが24年ぶり共演|publisher=ORICON|date=2012-02-02|url=http://www.oricon.co.jp/news/music/2006525/full/|accessdate=2012-02-08}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite news|title=布袋寅泰30周年ライブで高橋まことと{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}セッション|publisher=[[ナタリー (ニュースサイト)|ナタリー]]|date=2012-02-02|url=http://natalie.mu/music/news/63803|accessdate=2012-02-08}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}楽曲では「[[JUST A HERO (BOOWYのアルバム)|{{lang|en|JUSTY}}]]」と「{{lang|en|NO.NEW YORK}}」が披露されている。&lt;br /&gt;
*2012年[[3月24日]]、[[郡山カルチャーパーク]]・アリーナにて行われた高橋の東日本大震災の復興支援チャリティーライブ『つながろう ふくしま 〜絆〜 スペシャルライブ with 高橋まこと』に布袋がゲスト参加。{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}楽曲では「{{lang|en|[[BAD FEELING]]}}」、「{{lang|en|IMAGE DOWN}}」、「[[BOØWY (アルバム)|{{lang|en|Dreamin&amp;amp;#x27;}}]]」が披露されている。&lt;br /&gt;
*2012年10月11日から14日にかけて行われた布袋の『{{lang|en|beat crazy Presents Special Gig “B.C. ONLY 2012”}}』に高橋が参加。「{{lang|en|[[BEAT EMOTION|DRAMATIC? DRASTIC!]]}}」では高橋のボーカルも披露された。&lt;br /&gt;
*2013年2月2日、布袋が出演した[[夢メッセみやぎ]]の『{{lang|en|EMI ROCKS}} 2013』に高橋が参加。{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}楽曲では{{音声ルビ|[[雅-MIYAVI-]]|みやび}}と共に「{{lang|en|BAD FEELING}}」、[[吉井和哉]]、雅、[[ACIDMAN|オオキノブオ]]と共に「{{lang|en|DREAMIN&amp;amp;#x27;}}」を披露。&lt;br /&gt;
*2013年4月6日、7日に代々木 {{lang|en|[[Zher the zoo]]}} にて高橋が行なった『福島復興支援 チャリティー{{lang|en|LIVE SPIN OUT}} {{lang|ja-Latn|TAKAHASHI MAKOTO}} {{lang|en|VS}} {{音声ルビ|BOOWY|ボウイ}} {{lang|en|60×60}} 〜 {{lang|en|CROSS OVER JAPAN CHARTY GIGS}} 〜』に、1982年10月に脱退した深沢がゲストで参加。&lt;br /&gt;
*『{{lang|en|LAST GIGS}}』以降、4人全員が揃った唯一の場とされているのが、カメラマン[[加藤正憲]]の結婚式である。&amp;lt;ref name=&amp;quot;snare&amp;quot; /&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==作品==&lt;br /&gt;
{{Main|[[BOOWYの作品|{{音声ルビ|BOOWY|ボウイ}}の作品]]}}&lt;br /&gt;
====シングル====&lt;br /&gt;
*[[ホンキー・トンキー・クレイジー]]（1985年）&lt;br /&gt;
*{{lang|en|[[BAD FEELING]]}}（1985年）&lt;br /&gt;
*[[わがままジュリエット]]（1986年）&lt;br /&gt;
*{{lang|en|[[B・BLUE]]}}（1986年）&lt;br /&gt;
*[[ONLY YOU (BOOWYの曲)|{{lang|en|ONLY YOU}}]]（1987年）&lt;br /&gt;
*[[Marionette (BOOWYの曲)|{{音声ルビ|{{lang|en|Marionette}} -マリオネット-|マリオネット}}]]（1987年）&lt;br /&gt;
*[[季節が君だけを変える]]（1987年）&lt;br /&gt;
*[[DAKARA (BOOWYの曲)|{{lang|ja-Latn|DAKARA}}]] （1988年）&lt;br /&gt;
====アルバム====&lt;br /&gt;
*{{lang|en|[[MORAL]]}}（1982年）&lt;br /&gt;
*{{lang|en|[[INSTANT LOVE]]}}（1983年）&lt;br /&gt;
*[[BOØWY (アルバム)|{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}]]（1985年）&lt;br /&gt;
*[[JUST A HERO (BOOWYのアルバム)|{{lang|en|JUST A HERO}}]]（1986年）&lt;br /&gt;
*{{lang|en|[[BEAT EMOTION]]}}（1986年）&lt;br /&gt;
*{{lang|en|[[PSYCHOPATH]]}}（1987年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==公演==&lt;br /&gt;
{|class=&amp;quot;wikitable&amp;quot; style=&amp;quot;font-size:smaller&amp;quot;&lt;br /&gt;
!年&lt;br /&gt;
!タイトル&lt;br /&gt;
!公演規模・会場・セットリスト&lt;br /&gt;
!収録作品&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1981年&lt;br /&gt;
|{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|GIGS}}&lt;br /&gt;
|全10公演&lt;br /&gt;
*5月11日 [[ロフト (ライブハウス)|新宿ロフト]]&lt;br /&gt;
*6月27日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*7月16日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*8月12日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*9月17日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*10月9日 前橋ガルシア&lt;br /&gt;
*10月10日 前橋ガルシア&lt;br /&gt;
*10月19日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*11月3日 河口湖ホテルライブ&lt;br /&gt;
*11月6日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1982年&lt;br /&gt;
|{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|GIGS}}&lt;br /&gt;
|全33公演&lt;br /&gt;
*1月28日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*2月16日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*3月1日 原宿クロコダイル&lt;br /&gt;
*3月24日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*3月29日 原宿クロコダイル&lt;br /&gt;
*4月6日 渋谷ライブイン&lt;br /&gt;
*4月21日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*5月3日 前橋河川敷コンサート&lt;br /&gt;
*5月11日 渋谷屋根裏&lt;br /&gt;
*5月14日 [[Shibuya eggman|渋谷エッグマン]]&lt;br /&gt;
*5月29日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*5月30日 千葉マザーズ&lt;br /&gt;
*6月4日 渋谷{{lang|en|AtoZ}}&lt;br /&gt;
*6月13日 渋谷{{lang|en|TAKE OFF 7}}&lt;br /&gt;
*6月19日 新宿ACB&lt;br /&gt;
*6月27日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*7月2日 中野公会堂&lt;br /&gt;
*7月3日 千葉マザーズ&lt;br /&gt;
*7月5日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*7月14日 渋谷屋根裏&lt;br /&gt;
*7月16日 京都ディスコ&lt;br /&gt;
*7月18日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*8月6日 千葉マザーズ&lt;br /&gt;
*8月8日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*8月23日 渋谷{{lang|en|TAKE OFF 7}}&lt;br /&gt;
*9月9日 渋谷{{lang|en|PARCO PART III}}&lt;br /&gt;
*9月18日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*10月9日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*10月30日 [[職業能力開発総合大学校|相模原職業訓練大学]]祭&lt;br /&gt;
*11月6日 [[東京海洋大学|東京水産大学]]祭&lt;br /&gt;
*11月17日 [[目黒鹿鳴館]]&lt;br /&gt;
*12月4日 千葉マザーズ&lt;br /&gt;
*12月6日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1983年&lt;br /&gt;
|{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|GIGS}}&lt;br /&gt;
|全38公演&lt;br /&gt;
*1月4日 渋谷エッグマン&lt;br /&gt;
*1月5日 千葉マザーズ&lt;br /&gt;
*1月15日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*3月9日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*4月30日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*5月14日 千葉マザーズ&lt;br /&gt;
*5月24日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*6月5日 柏クレイジーホース&lt;br /&gt;
*6月18日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*6月22日 横浜[[シェルガーデン]]&lt;br /&gt;
*6月24日 六本木[[ハードロックカフェ]]OPEN記念ライブ&lt;br /&gt;
*7月7日 渋谷ラ・ママ&lt;br /&gt;
*7月9日 千葉マザーズ&lt;br /&gt;
*7月10日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*7月26日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*7月31日 佐賀 県民の森イベント&lt;br /&gt;
*8月1日 小倉 {{lang|en|IN&amp;amp;amp;OUT}}&lt;br /&gt;
*8月13日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*8月17日 渋谷ライブイン&lt;br /&gt;
*9月22日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*9月25日 高崎{{lang|en|MAKE UP}}&lt;br /&gt;
*10月1日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*10月2日 柏クレイジーホース&lt;br /&gt;
*10月5日 渋谷{{lang|en|TAKE OFF 7}}&lt;br /&gt;
*10月17日 京都{{lang|en|BIG BANG}}&lt;br /&gt;
*10月18日 [[Electric Lady Land|名古屋E.L.L]]&lt;br /&gt;
*10月22日 高崎{{lang|en|MAKE UP}}&lt;br /&gt;
*10月27日 渋谷ライブイン&lt;br /&gt;
*11月4日 文化服装学園祭&lt;br /&gt;
*11月20日 神戸[[チキンジョージ]]&lt;br /&gt;
*11月23日 大阪ボトムライン&lt;br /&gt;
*11月24日 名古屋E.L.L&lt;br /&gt;
*11月26日 清水{{lang|en|BOWIE}}&lt;br /&gt;
*11月27日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*12月2日 新宿ライブイン「紫」&lt;br /&gt;
*12月18日 高崎福祉会館&lt;br /&gt;
*12月26日 渋谷ライブイン&lt;br /&gt;
*12月31日 [[PARCO劇場|西武劇場]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1984年&lt;br /&gt;
|{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|GIGS}}&lt;br /&gt;
|全21公演&lt;br /&gt;
*1月28日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*2月16日 清水{{lang|en|BOWIE}}&lt;br /&gt;
*2月17日 名古屋E.L.L&lt;br /&gt;
*2月19日 大阪ポップコーン&lt;br /&gt;
*2月20日 神戸チキンジョージ&lt;br /&gt;
*2月21日 京都タクタク&lt;br /&gt;
*2月23日 名古屋ユッカ&lt;br /&gt;
*2月24日 渋谷ライブイン&lt;br /&gt;
*3月17日 渋谷ライブイン&lt;br /&gt;
*3月23日 千葉マザーズ&lt;br /&gt;
*3月30日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*3月31日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*4月11日 [[法政大学]]学園祭&lt;br /&gt;
*4月27日 渋谷ライブイン&lt;br /&gt;
*5月3日 [[日比谷野外音楽堂]]&lt;br /&gt;
*5月18日 藤沢{{lang|en|BOW}}&lt;br /&gt;
*5月27日 流山市民会館&lt;br /&gt;
*5月31日 渋谷ライブイン&lt;br /&gt;
*6月24日 [[駒澤大学]]{{lang|en|Festival}}&lt;br /&gt;
*6月30日 渋谷ライブイン&lt;br /&gt;
*7月5日 [[よみうりホール|東京読売ホール]]&lt;br /&gt;
|lang=&amp;quot;en&amp;quot; xml:lang=&amp;quot;en&amp;quot;|DVD『&amp;amp;quot;GIGS&amp;amp;quot;BOX』&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1984年&lt;br /&gt;
|lang=&amp;quot;en&amp;quot; xml:lang=&amp;quot;en&amp;quot;|BEAT EMOTION&lt;br /&gt;
|全22公演&lt;br /&gt;
*7月7日 新宿ロフト&lt;br /&gt;
*7月8日 名古屋E.L.L&lt;br /&gt;
*7月10日 京都{{lang|en|BIG BANG}}&lt;br /&gt;
*7月11日 大阪バーボンハウス&lt;br /&gt;
*7月13日 神戸チキンジョージ&lt;br /&gt;
*7月25日 高崎市アマチュア・ロック・コンテスト&lt;br /&gt;
*7月27日 渋谷ライブイン&lt;br /&gt;
*7月28日 渋谷ラ・ママ&lt;br /&gt;
*8月5日 高松市のカフェバー&lt;br /&gt;
*8月7日 高知 窪川体育館&lt;br /&gt;
*8月8日 土佐清水市民会館&lt;br /&gt;
*8月9日 [[高知県立県民文化ホール]] 小ホール&lt;br /&gt;
*9月1日 渋谷東横劇場「{{lang|en|HEADZ}}」&lt;br /&gt;
*9月29日 渋谷ライブイン&lt;br /&gt;
*10月10日 高崎市文化会館&lt;br /&gt;
*10月27日 渋谷ライブイン&lt;br /&gt;
*11月4日 駒澤大学学園祭&lt;br /&gt;
*11月23日 [[明治大学]]生田祭&lt;br /&gt;
*11月25日 [[千葉工業大学|千葉工大]]祭&lt;br /&gt;
*11月30日 前橋文化センター&lt;br /&gt;
*12月6日 仙台ヤマハホール&lt;br /&gt;
*12月7日 山形ミュージック・ショーワ&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1985年&lt;br /&gt;
|{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|GIGS}}&lt;br /&gt;
|全6公演&lt;br /&gt;
*1月1日 {{lang|en|LOFT NEW YEAR PARTY}}&lt;br /&gt;
*3月12日 マーキークラブ（{{lang|en|in LONDON}}）&lt;br /&gt;
*4月13日 赤坂[[ラフォーレ|ラフォーレミュージアム]]&lt;br /&gt;
*6月20日 高崎市文化会館&lt;br /&gt;
*6月25日 [[渋谷公会堂]]&lt;br /&gt;
|lang=&amp;quot;en&amp;quot; xml:lang=&amp;quot;en&amp;quot;|DVD『&amp;amp;quot;GIGS&amp;amp;quot;BOX』&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1985年&lt;br /&gt;
|lang=&amp;quot;en&amp;quot; xml:lang=&amp;quot;en&amp;quot;|BEAT TO PLATON&lt;br /&gt;
|6都市全8公演&lt;br /&gt;
*6月27日 [[梅田バナナホール|大阪バナナホール]]&lt;br /&gt;
*6月28日 大阪バナナホール&lt;br /&gt;
*7月1日 [[名古屋Heart Land|名古屋ハートランド]]&lt;br /&gt;
*7月2日 名古屋ハートランド&lt;br /&gt;
*7月19日 札幌[[PENNY LANE 24|ペニーレイン24]]&lt;br /&gt;
*7月20日 小樽第二埠頭&lt;br /&gt;
*8月11日 [[スポーツランドSUGO]]&lt;br /&gt;
*9月5日 [[明治安田生命ホール|安田生命ホール]]&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1985年&lt;br /&gt;
|{{音声ルビ|BOØWY&amp;amp;#x27;S|ボウイズ}} {{lang|en|BE AMBITIOUS TOUR}}&lt;br /&gt;
|16都市全22公演&lt;br /&gt;
*9月6日 [[名古屋市芸術創造センター]]&lt;br /&gt;
*9月17日 福岡 都久志会館&lt;br /&gt;
*9月18日 熊本郵便貯金会館&lt;br /&gt;
*9月20日 京都教育文化センター&lt;br /&gt;
*9月23日 [[オリックス劇場|大阪厚生年金会館]] 中ホール&lt;br /&gt;
*9月24日 高知県立県民文化ホール オレンジホール&lt;br /&gt;
*11月3日 [[熊本県立劇場]]（[[熊本学園大学|熊本商科大学]]学園祭）&lt;br /&gt;
*11月4日 福岡大学高宮校舎体育館（[[福岡大学]]学園祭）&lt;br /&gt;
*11月5日 駒澤大学記念講堂（駒澤大学大学祭）&lt;br /&gt;
*11月9日 [[桃山学院大学]]&lt;br /&gt;
*11月12日 石川県教育会館&lt;br /&gt;
*11月13日 新潟市公会堂&lt;br /&gt;
*11月25日 [[日本青年館]] ({{lang|en|NHK MUSIC WAVE}})&lt;br /&gt;
*11月29日 横浜市教育会館&lt;br /&gt;
*12月6日 [[日本武道館]]（ギャッツビーライブ）&lt;br /&gt;
*12月9日 [[広島市文化交流会館|広島厚生年金会館]]（[[広島文化学園短期大学|広島文化女子短期大学]]学園祭）&lt;br /&gt;
*12月12日 [[札幌市民ホール|札幌市民会館]]&lt;br /&gt;
*12月13日 秋田市文化会館&lt;br /&gt;
*12月16日 [[電力ビル|仙台電力ホール]]&lt;br /&gt;
*12月18日 [[宇都宮市文化会館]]&lt;br /&gt;
*12月20日 [[群馬音楽センター]]&lt;br /&gt;
*12月24日 渋谷公会堂&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1986年&lt;br /&gt;
|lang=&amp;quot;en&amp;quot; xml:lang=&amp;quot;en&amp;quot;|JUST A HERO TOUR&lt;br /&gt;
|25都市全37公演&lt;br /&gt;
*3月24日 青山スパイラルホール&lt;br /&gt;
*4月2日 秋田市文化会館&lt;br /&gt;
*4月3日 [[岩手県民会館]]&lt;br /&gt;
*4月5日 [[宮城県民会館]]&lt;br /&gt;
*4月6日 日比谷野外音楽堂（勇気ある子供達が時代をつくる）&lt;br /&gt;
*4月11日 [[埼玉会館]]&lt;br /&gt;
*4月12日 千葉県教育会館&lt;br /&gt;
*4月17日 [[神奈川県立青少年センター]]&lt;br /&gt;
*5月4日 名古屋港ガーデン埠頭（中京テレビ {{lang|en|ROCK WAVE}}）&lt;br /&gt;
*5月1日 高崎市文化会館&lt;br /&gt;
*5月6日 札幌市民会館&lt;br /&gt;
*5月12日 [[鹿児島市民文化ホール]]&lt;br /&gt;
*5月14日 熊本郵便貯金会館&lt;br /&gt;
*5月15日 [[福岡市民会館]]&lt;br /&gt;
*5月22日 [[岡山市立市民文化ホール]]&lt;br /&gt;
*5月24日 [[広島県立文化芸術ホール|広島郵便貯金会館]]&lt;br /&gt;
*5月25日 大阪厚生年金会館&lt;br /&gt;
*5月26日 [[京都会館]] 第二ホール&lt;br /&gt;
*5月28日 [[愛知県勤労会館]]&lt;br /&gt;
*5月29日 清水市民文化会館&lt;br /&gt;
*6月1日 [[東京厚生年金会館]] ({{lang|en|GO!GO!LOFT 10YEARS ANNIVERSARY}})&lt;br /&gt;
*6月3日 水戸市民会館&lt;br /&gt;
*6月5日 群馬音楽センター&lt;br /&gt;
*6月6日 [[群馬県民会館]]&lt;br /&gt;
*6月7日 [[郡山市民文化センター]]&lt;br /&gt;
*6月8日 日比谷野外音楽堂 ({{lang|en|ANN CALL&amp;amp;#x27;86}})&lt;br /&gt;
*6月17日 新潟市公会堂&lt;br /&gt;
*6月18日 [[金沢市文化ホール]]&lt;br /&gt;
*6月19日 福井県民会館&lt;br /&gt;
*7月2日 日本武道館&lt;br /&gt;
全20曲&lt;br /&gt;
*1. {{lang|en|PROLOGUE}}&lt;br /&gt;
*2. {{lang|en|BAD FEELING}}&lt;br /&gt;
*3. {{lang|en|ROUGE OF GRAY}}&lt;br /&gt;
*4. {{lang|en|BLUE VACATION}}&lt;br /&gt;
*5. {{lang|en|JUSTY}}&lt;br /&gt;
*6. {{lang|en|BABY ACTION}}&lt;br /&gt;
*7. {{lang|en|GIVE IT TO ME}}&lt;br /&gt;
*8. {{lang|en|LIKE A CHILD}}&lt;br /&gt;
*9. {{lang|en|HONKY TONKY CARZY}}&lt;br /&gt;
*10. わがままジュリエット&lt;br /&gt;
*11. {{lang|en|1994-LABEL OF COMPLEX-}}&lt;br /&gt;
*12. ミス・ミステリー・レディ ({{lang|en|Visual Vision}})※&lt;br /&gt;
*13. {{lang|en|WELCOME TO THE TWILIGHT}}&lt;br /&gt;
*14. {{lang|en|DREAMIN&amp;amp;#x27;}}&lt;br /&gt;
*15. {{lang|en|INSTANT LOVE}}&lt;br /&gt;
*16. {{lang|en|IMAGE DOWN}}&lt;br /&gt;
*17. {{lang|en|TEENAGE EMOTION}}&lt;br /&gt;
*18. {{lang|en|JUST A HERO}}&lt;br /&gt;
*19. {{lang|en|NO.NEW YORK☆}}&lt;br /&gt;
*20. {{lang|en|DANCING IN THE PLEASURE LAND☆}}&lt;br /&gt;
*※演奏されていない会場あり&lt;br /&gt;
*☆曲順逆の会場あり&lt;br /&gt;
|ビデオ『{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|VIDEO}}』&lt;br /&gt;
*アルバム『{{lang|en|“GIGS”JUST A HERO TOUR}} 1986』&lt;br /&gt;
*DVD『{{lang|en|“GIGS”BOX}}』&lt;br /&gt;
*アルバム『{{lang|en|“GIGS”JUST A HERO TOUR}} 1986 {{lang|en|NAKED}}』&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1986年&lt;br /&gt;
|{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|GIGS}}&lt;br /&gt;
|全7公演&lt;br /&gt;
*7月20日 札幌市民会館（HBCフレッシュコンテストゲスト出演）&lt;br /&gt;
*7月27日  夕張[[石炭の歴史村]]（パロ・パロ・ロック・フェス）&lt;br /&gt;
*8月2日 福岡 [[玄海彫刻の岬・恋の浦|恋の浦]]（サマー・ピクニック）&lt;br /&gt;
*8月3日 福岡 恋の浦（サマー・ピクニック）&lt;br /&gt;
*8月4日 新宿 都有3号地（ウォーター・ロック・フェス）&lt;br /&gt;
*8月8日 秋田県営ラグビー場 ({{lang|en|ROCK CITY CARNIVAL&amp;amp;#x27;86}})&lt;br /&gt;
*8月10日 スポーツランドSUGO ({{lang|en|ROCK&amp;amp;#x27;N&amp;amp;#x27;ROLL OLYMPIC}}&amp;amp;#x27;86)&lt;br /&gt;
|DVD『{{lang|en|“GIGS”BOX}}』&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1986年 - 1987年&lt;br /&gt;
|lang=&amp;quot;en&amp;quot; xml:lang=&amp;quot;en&amp;quot;|ROCK&amp;amp;#x27;N ROLL CIRCUS TOUR&lt;br /&gt;
|31都市全37公演&lt;br /&gt;
*1986年11月11日  [[北陸電力会館 本多の森ホール|石川厚生年金会館]]&lt;br /&gt;
*1986年11月13日 [[新潟県民会館]]&lt;br /&gt;
*1986年11月17日 [[山形県県民会館]]&lt;br /&gt;
*1986年11月18日 宮城県民会館&lt;br /&gt;
*1986年11月20日 郡山市民文化センター&lt;br /&gt;
*1986年11月27日 岩手県民会館&lt;br /&gt;
*1986年11月28日 [[秋田県民会館]]&lt;br /&gt;
*1986年11月30日 [[青森市文化会館]]&lt;br /&gt;
*1986年12月5日 大阪厚生年金会館&lt;br /&gt;
*1986年12月6日 大阪厚生年金会館&lt;br /&gt;
*1986年12月7日 大阪厚生年金会館&lt;br /&gt;
*1986年12月10日 日本武道館&lt;br /&gt;
*1986年12月16日 [[長野市民会館]]&lt;br /&gt;
*1986年12月18日 群馬県民会館&lt;br /&gt;
*1986年12月22日 群馬県民会館&lt;br /&gt;
*1986年12月24日 [[横浜文化体育館]]&lt;br /&gt;
*1987年1月8日 鹿児島市民文化ホール&lt;br /&gt;
*1987年1月9日 熊本県立劇場&lt;br /&gt;
*1987年1月10日 福岡市民会館&lt;br /&gt;
*1987年1月13日 [[静岡市民文化会館]]&lt;br /&gt;
*1987年1月16日 札幌市民会館&lt;br /&gt;
*1987年1月17日 札幌市民会館&lt;br /&gt;
*1987年1月22日 [[名古屋市公会堂]]&lt;br /&gt;
*1987年1月23日 名古屋市公会堂&lt;br /&gt;
*1987年1月26日 広島郵便貯金会館&lt;br /&gt;
*1987年1月27日 [[倉敷市民会館]]&lt;br /&gt;
*1987年1月29日 [[島根県民会館]]&lt;br /&gt;
*1987年2月3日 [[愛媛県県民文化会館]]&lt;br /&gt;
*1987年2月4日 高知県立県民文化ホール&lt;br /&gt;
*1987年2月5日 福岡市民会館&lt;br /&gt;
*1987年2月10日 [[四日市市文化会館]]&lt;br /&gt;
*1987年2月13日 京都会館&lt;br /&gt;
*1987年2月14日 [[神戸文化ホール]]&lt;br /&gt;
*1987年2月15日 [[岐阜市民会館]]&lt;br /&gt;
*1987年2月19日 宮城県民会館&lt;br /&gt;
*1987年2月20日 [[茨城県立県民文化センター]]&lt;br /&gt;
*1987年2月24日 日本武道館&lt;br /&gt;
全21曲&lt;br /&gt;
*1. {{lang|en|B&amp;amp;middot;BLUE}}&lt;br /&gt;
*2. ハイウェイに乗る前に&lt;br /&gt;
*3. {{lang|en|BABY ACTION}}&lt;br /&gt;
*4. {{lang|en|RUNAWAY TRAIN}}&lt;br /&gt;
*5. {{lang|en|BAD FEELING}}&lt;br /&gt;
*6. 1994-{{lang|en|LABEL OF COMPLEX}}-〜{{lang|en|DRAMATIC?DRASTIC!}}&lt;br /&gt;
*7. {{lang|en|RAIN IN MY HEART}}&lt;br /&gt;
*8. {{lang|en|CLOUDY HEART}}&lt;br /&gt;
*9. わがままジュリエット&lt;br /&gt;
*10. {{音声ルビ|B・E・L・I・E・V・E|BELIEVE|lang=en}}&lt;br /&gt;
*11. {{lang|en|SUPER-CALIFRAGILISTIC-EXPIARI-DOCIOUS}}&lt;br /&gt;
*12. {{lang|en|WORKING MAN}}&lt;br /&gt;
*13. {{lang|en|DOWN TOWN SHUFFLE}}&lt;br /&gt;
*14. {{lang|en|JUSTY}}&lt;br /&gt;
*15. {{lang|en|NO.NEW YORK}}&lt;br /&gt;
*16. {{lang|en|BEAT SWEET}}&lt;br /&gt;
*17. {{lang|en|IMAGE DOWN}}&lt;br /&gt;
*18. {{lang|en|DREAMIN&amp;amp;#x27;}}&lt;br /&gt;
*19. {{lang|en|HONKY TONKY CARZY}}&lt;br /&gt;
*20. {{lang|en|BLUE VACATION}}&lt;br /&gt;
*21. {{lang|en|ONLY YOU}}&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
*アルバム『{{lang|en|GIGS at BUDOKAN BEAT EMOTION ROCK&#039;N ROLL CIRCUS TOUR}} 1986.11.11〜1987.02.24』&lt;br /&gt;
*ビデオ『{{lang|en|GIGS at BUDOKAN BEAT EMOTION ROCK&#039;N ROLL CIRCUS TOUR}} 1986.11.11〜1987.02.24』&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1987年&lt;br /&gt;
|{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|GIGS}}&lt;br /&gt;
|全6公演&lt;br /&gt;
*7月26日 [[真駒内屋外競技場|真駒内オープンスタジアム]]&lt;br /&gt;
*8月4日 [[名古屋市国際展示場]]（{{lang|en|KING OF ROCK SHOW}}）&lt;br /&gt;
*8月9日  スポーツランドSUGO（{{lang|en|ROCK&amp;amp;#x27;N&amp;amp;#x27;ROLL OLYMPIC}}&amp;amp;#x27;87）&lt;br /&gt;
*8月15日 [[岩手産業文化センター]] 野外ステージ（{{lang|en|ROCK CITY CARNIVAL}}&amp;amp;#x27;87）&lt;br /&gt;
*8月16日 秋田県営ラグビー場&lt;br /&gt;
*8月22日 グリーンピア南阿蘇 [[熊本県野外劇場|アスペクタ]]（{{lang|en|BEAT CHILD}}）&lt;br /&gt;
|lang=&amp;quot;en&amp;quot; xml:lang=&amp;quot;en&amp;quot;|DVD『&amp;amp;quot;GIGS&amp;amp;quot;BOX』&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1987年&lt;br /&gt;
|{{lang|en|CASE OF}} {{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}&lt;br /&gt;
|2都市全2公演&lt;br /&gt;
*7月31日 [[ワールド記念ホール|神戸ワールド記念ホール]]&lt;br /&gt;
*8月7日 横浜文化体育館&lt;br /&gt;
全39曲&lt;br /&gt;
*&#039;&#039;&#039;第一部&#039;&#039;&#039;&lt;br /&gt;
*1. {{lang|en|INTRODUCTION}}&lt;br /&gt;
*2. {{lang|en|IMAGE DOWN}}&lt;br /&gt;
*3. {{lang|en|BABY ACTION}}&lt;br /&gt;
*4. {{lang|en|RATS}}&lt;br /&gt;
*5. {{lang|en|MORAL}}&lt;br /&gt;
*6. {{lang|en|GIVE IT TO ME}}&lt;br /&gt;
*7. {{lang|en|“16”}}&lt;br /&gt;
*8. {{lang|en|THIS MOMENT}}&lt;br /&gt;
*9. わがままジュリエット&lt;br /&gt;
*10. {{lang|en|BAD FEELING}}&lt;br /&gt;
*11. {{lang|en|LIKE A CHILD}}&lt;br /&gt;
*12. {{lang|en|OH!MY JULLY PART.1}}&lt;br /&gt;
*13. {{lang|en|WORKING MAN}}&lt;br /&gt;
*14. {{lang|en|B&amp;amp;middot;BLUE}}&lt;br /&gt;
*15. {{lang|en|TEENAGE EMOTION}}&lt;br /&gt;
*16. {{lang|en|LONDON GAME}}&lt;br /&gt;
*17. {{lang|en|NO.NEW YORK}}&lt;br /&gt;
*&#039;&#039;&#039;第二部&#039;&#039;&#039;&lt;br /&gt;
*18. {{lang|en|DANCING IN THE PLEASURE LAND}}&lt;br /&gt;
*19. {{lang|en|ROUGE OF GRAY}}&lt;br /&gt;
*20. {{lang|en|RUNAWAY TRAIN}}&lt;br /&gt;
*21. {{音声ルビ|B・E・L・I・E・V・E|BELIEVE|lang=en}}&lt;br /&gt;
*22. {{lang|en|CLOUDY HEART}}&lt;br /&gt;
*23. {{lang|en|INSTANT LOVE}}&lt;br /&gt;
*24. {{lang|en|FUNNY-BOY}}&lt;br /&gt;
*25. {{lang|en|MY HONEY}}&lt;br /&gt;
*26. {{lang|en|LET&amp;amp;#x27;S THINK}}&lt;br /&gt;
*27. {{lang|en|1994-LABEL OF COMPLEX-}}&lt;br /&gt;
*28. {{lang|en|PLASTIC BOMB}}&lt;br /&gt;
*29. {{lang|en|MARIONETTE}}&lt;br /&gt;
*30. {{lang|fr|RENDEZ-VOUS}}&lt;br /&gt;
*31. {{lang|en|SUPER-CALIFRAGILISTIC-EXPIARI-DOCIOUS}}&lt;br /&gt;
*32. ハイウェイに乗る前に&lt;br /&gt;
*33. {{lang|en|JUSTY}}&lt;br /&gt;
*34. {{lang|en|HONKY TONKY CRAZY}}&lt;br /&gt;
*35. {{lang|en|DREAMIN&amp;amp;#x27;}}&lt;br /&gt;
*36. {{lang|en|BEAT SWEET}}&lt;br /&gt;
*37. {{lang|en|BLUE VACATION}}&lt;br /&gt;
*38. {{lang|en|ONLY YOU}}&lt;br /&gt;
*39. {{lang|en|ON MY BEAT}}&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
*ビデオ『{{lang|en|“GIGS”CASE OF BOOWY}}』&lt;br /&gt;
*アルバム『{{lang|en|“GIGS”CASE OF BOOWY}}』&lt;br /&gt;
*アルバム『{{lang|en|“GIGS”CASE OF BOOWY COMPLETE}}』&lt;br /&gt;
*DVD『{{lang|en|“GIGS”BOX}}』&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1987年&lt;br /&gt;
|lang=&amp;quot;en&amp;quot; xml:lang=&amp;quot;en&amp;quot;|DR.FEELMAN&amp;amp;#x27;S PSYCHOPATHIC HEARTS CLUB BAND TOUR&lt;br /&gt;
|33都市全36公演&lt;br /&gt;
*9月16日 宇都宮市文化会館&lt;br /&gt;
*9月19日 千葉県文化会館&lt;br /&gt;
*9月24日 [[那覇市民会館]]&lt;br /&gt;
*9月27日 鹿児島市民文化ホール 第1ホール&lt;br /&gt;
*9月29日 [[福岡国際センター]]&lt;br /&gt;
*10月7日 [[広島サンプラザ]]&lt;br /&gt;
*10月8日 倉敷市民会館&lt;br /&gt;
*10月10日 京都会館 第1ホール&lt;br /&gt;
*0月13日 [[大分文化会館]]&lt;br /&gt;
*10月16日 宮崎市民会館&lt;br /&gt;
*10月21日 青森市文化会館&lt;br /&gt;
*10月22日 秋田県民会館&lt;br /&gt;
*10月25日 [[福島県文化センター]]&lt;br /&gt;
*10月26日 岩手県民会館&lt;br /&gt;
*10月29日 群馬県民会館&lt;br /&gt;
*11月4日 [[神戸国際会館]]&lt;br /&gt;
*11月6日 愛媛県県民文化会館&lt;br /&gt;
*11月12日 群馬音楽センター&lt;br /&gt;
*11月16日 [[金沢歌劇座|金沢観光会館]]&lt;br /&gt;
*11月17日 [[フェニックス・プラザ|福井フェニックスプラザ]]&lt;br /&gt;
*11月19日 [[長野県県民文化会館]]&lt;br /&gt;
*11月23日 [[北海道立産業共進会場|月寒グリーンドーム]]&lt;br /&gt;
*11月26日 [[長崎市公会堂]]&lt;br /&gt;
*11月27日 [[熊本市民会館]]&lt;br /&gt;
*11月30日 日本武道館&lt;br /&gt;
*12月1日 日本武道館&lt;br /&gt;
*12月3日 四日市市文化会館&lt;br /&gt;
*12月4日 静岡市民文化会館&lt;br /&gt;
*12月7日 [[大阪城ホール]]&lt;br /&gt;
*12月8日 大阪城ホール（追加公演）&lt;br /&gt;
*12月10日 茨城県立県民文化センター&lt;br /&gt;
*12月14日 山形県県民会館&lt;br /&gt;
*12月16日 [[仙台市体育館]]&lt;br /&gt;
*12月20日 [[名古屋市総合体育館|名古屋市総合体育館 レインボーホール]]&lt;br /&gt;
*12月22日 新潟県民会館&lt;br /&gt;
*12月24日 渋谷公会堂&lt;br /&gt;
全22曲&lt;br /&gt;
*1. {{lang|en|LIAR GIRL}}&lt;br /&gt;
*2. {{lang|en|ANGEL PASSED CHILDREN}}&lt;br /&gt;
*3. {{lang|en|BLUE VACATION}}&lt;br /&gt;
*4. ハイウェイに乗る前に&lt;br /&gt;
*5. {{lang|en|GIGOLO &amp;amp;amp; GIGOLET}}&lt;br /&gt;
*6. {{lang|en|PSYCHOPATH}}&lt;br /&gt;
*7. {{lang|en|CLOUDY HEART}}&lt;br /&gt;
*8. {{lang|en|MARIONETTE}}&lt;br /&gt;
*9. わがままジュリエット&lt;br /&gt;
*10. {{lang|en|LONGER THAN FOREVER}}&lt;br /&gt;
*11. 季節が君だけを変える&lt;br /&gt;
*12. {{lang|en|WORKING MAN}}&lt;br /&gt;
*13. {{lang|en|B&amp;amp;middot;BLUE}}&lt;br /&gt;
*14. {{lang|fr|RENDES-VOUS}}&lt;br /&gt;
*15. {{lang|en|HONKY TONKY CRAZY}}&lt;br /&gt;
*16. {{lang|en|PLASTIC BOMB}}&lt;br /&gt;
*17. {{lang|en|BEAT SWEET}}&lt;br /&gt;
*18. {{lang|en|IMAGE DOWN}}&lt;br /&gt;
*19. {{lang|en|NO.NEW YORK}}&lt;br /&gt;
*20. {{lang|en|MEMORY}}&lt;br /&gt;
*21. {{lang|en|ONLY YOU}}&lt;br /&gt;
*22. {{lang|en|DREAMIN&amp;amp;#x27;}}&lt;br /&gt;
|ビデオ『1224』&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|1988年&lt;br /&gt;
|lang=&amp;quot;en&amp;quot; xml:lang=&amp;quot;en&amp;quot;|&amp;amp;quot;LAST GIGS&amp;amp;quot;&lt;br /&gt;
|全2公演&lt;br /&gt;
*4月4日 [[東京ドーム]]&lt;br /&gt;
*4月5日 東京ドーム&lt;br /&gt;
全23曲&lt;br /&gt;
*1. {{lang|en|PROLOGUE}}&lt;br /&gt;
*2. {{lang|en|B&amp;amp;middot;BLUE}}&lt;br /&gt;
*3. ハイウェイに乗る前に&lt;br /&gt;
*4. {{lang|en|BABY ACTION}}&lt;br /&gt;
*5. {{lang|en|BAD FEELING}}&lt;br /&gt;
*6. {{lang|en|1994-LABEL OF COMPLEX}}&lt;br /&gt;
*7. {{lang|en|DRAMTIC? DRASTIC!}}&lt;br /&gt;
*8. {{lang|en|MARIONETTE}}&lt;br /&gt;
*9. わがままジュリエット&lt;br /&gt;
*10. {{lang|en|LONGER THAN FOREVER}}&lt;br /&gt;
*11. {{lang|en|CLOUDY HEART}}&lt;br /&gt;
*12. {{lang|en|WORKING MAN}}&lt;br /&gt;
*13. {{lang|en|PLASTIC BOMB}}&lt;br /&gt;
*14. {{lang|en|JUSTY}}&lt;br /&gt;
*15. {{lang|en|IMAGE DOWN}}&lt;br /&gt;
*16. {{lang|en|BEAT SWEET}}&lt;br /&gt;
*17. {{lang|en|NO.NEW YORK}}&lt;br /&gt;
*18. {{lang|en|ONLY YOU}}&lt;br /&gt;
*19. {{lang|en|DREAMIN&amp;amp;#x27;}}&lt;br /&gt;
*20. {{lang|en|ON MY BEAT}}&lt;br /&gt;
*21. {{lang|en|BLUE VACATION}}&lt;br /&gt;
*22. {{lang|fr|RENDEZ-VOUS}}&lt;br /&gt;
*23. {{lang|en|HONKY TONKY CRAZY}}&lt;br /&gt;
*24. {{lang|en|NO.NEW YORK}}（4月5日のみ）&lt;br /&gt;
|&lt;br /&gt;
*アルバム『{{lang|en|“LAST GIGS”}}』&lt;br /&gt;
*ビデオ『{{lang|en|“LAST GIGS”}}』&lt;br /&gt;
*アルバム『{{lang|en|“LAST GIGS” COMPLETE}}』&lt;br /&gt;
*DVD『{{lang|en|“LAST GIGS” COMPLETE}}』&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==書籍==&lt;br /&gt;
===写真集===&lt;br /&gt;
*{{lang|en|HYSTERIA}}（1985年、八曜社）&lt;br /&gt;
*{{lang|en|GIGS}}（1987年、[[シンコーミュージック]]）ISBN 4-401-62133-6&lt;br /&gt;
*{{lang|fr|RENDEZ-VOUS}}（1988年、[[CBSソニー出版]]）ISBN 4-7897-0744-X&lt;br /&gt;
*{{lang|en|GIGS}}+∞完全版（2001年、シンコーミュージック）ISBN 4-401-62232-4&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===関連書籍===&lt;br /&gt;
*{{lang|en|Image Dictionary}} {{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}（1985年、八曜社）ISBN 4-8270-0081-6&lt;br /&gt;
*大きなビートの木の下で（1986年、CBSソニー出版）ISBN 4-7897-0266-9&lt;br /&gt;
*{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}栄光の軌跡（2000年、衆芸社）ISBN 4-921023-51-4&lt;br /&gt;
*{{lang|en|ARENA37℃ SPECIAL}} {{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}神話のすべて（2001年、[[音楽専科社]]）ISBN 4-87279-168-1&lt;br /&gt;
*{{lang|en|B to Y {{Smaller|THERE&#039;S NO BEGINNING AND THE ENDS.}}}}（2002年、[[宝島社]]）ISBN 4-7966-4240-4&lt;br /&gt;
*別冊宝島 音楽誌が書かないJポップ批評18 {{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}と「日本のロック」（2002年、[[宝島社]]）&lt;br /&gt;
*{{lang|en|BEST OF}} {{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}（2005年、英和出版社）ISBN 4-89986-488-4&lt;br /&gt;
*別冊宝島 音楽誌が書かないJポップ批評43 21世紀の{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}伝説（2006年、[[宝島社]]）ISBN 4-7966-5349-X&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[山田かまち]]（氷室京介、松井常松と小・中学校の同級生。当時、一緒にバンド活動を行った。）&lt;br /&gt;
*[[吉川晃司]]（イベントで共演するなど交流があった。1986年、新宿都有3号地で豪雨の中の競演が有名。アルバム『{{lang|en|JUST A HERO}}』収録の「{{lang|en|1994-Label Of Complex-}}」にヴォーカルで参加。{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}解散後に布袋寅泰と「[[COMPLEX]]」を結成。）&lt;br /&gt;
*[[山下久美子]]（[[1986年]]に布袋と結婚。山下のツアーに布袋と松井がサポートで参加した他、イベントでも共演した。[[1997年]]に[[離婚]]。）&lt;br /&gt;
*[[松武秀樹]]（第4の[[イエロー・マジック・オーケストラ|YMO]]メンバーとして知られる[[プログラマー]]。アルバム『{{lang|en|BEAT EMOTION}}』『{{lang|en|PSYCHOPATH}}』参加。）&lt;br /&gt;
*{{lang|en|[[BUCK-TICK]]}}（同じ群馬出身の後輩にあたるバンド）&lt;br /&gt;
*{{音声ルビ|[[De-LAX]]|デラックス}}（{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}解散後、高橋まことが参加）&lt;br /&gt;
*[[セックス・ピストルズ]]（アナーキー・イン・ザ・U.K.、{{lang|en|GOD SAVE THE QUEEN}} など初期のライブではピストルズの曲が頻繁に演奏された）&lt;br /&gt;
*[[デヴィッド・ボウイ]]（ボウイというバンド名は彼から取ったという俗説もある&amp;lt;ref group=&amp;quot;注釈&amp;quot;&amp;gt;2012年12月17日放送 [[東京エトワール音楽院]]にて、講師の[[はなわ]]が[[山本寛斎]]作のデヴィッド・ボウイの衣装に書かれた「出火吐暴威」に影響を受けた説を紹介している。&amp;lt;/ref&amp;gt;）&lt;br /&gt;
*[[EXIT (漫画)|{{lang|en|EXIT}} (マンガ)]]&lt;br /&gt;
*{{lang|en|[[GLAY]]}}（{{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}からの影響を明言している）&lt;br /&gt;
*{{lang|en|[[DAIGO]]}}&lt;br /&gt;
*[[氣志團]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
===注釈===&lt;br /&gt;
{{Reflist|group=&amp;quot;注釈&amp;quot;}} &lt;br /&gt;
===出典===&lt;br /&gt;
{{Reflist}} &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://boowy30th.com/ {{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|30th ANNIVERSARY}}] - 公式ウェブサイト&lt;br /&gt;
*[http://www.facebook.com/BOOWY30th {{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}} {{lang|en|30th}}] - {{lang|en|Facebook}}&lt;br /&gt;
*[http://www.universal-music.co.jp/boowy/ {{音声ルビ|BOØWY|ボウイ}}] - {{lang|en|UNIVERSAL MUSIC JAPAN}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{BOØWY}}&lt;br /&gt;
{{日本ゴールドディスク大賞アーティスト・オブ・ザ・イヤー}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ほうい}}&lt;br /&gt;
[[Category:BOØWY|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:過去のビーイング系列所属者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本のロック・バンド]]&lt;br /&gt;
[[Category:EMIミュージック・ジャパンのアーティスト]]&lt;br /&gt;
[[Category:布袋寅泰]]&lt;/div&gt;</summary>
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