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	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>18世紀</title>
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		<updated>2014-08-20T14:16:45Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;111.87.58.122: /* 文学 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{出典の明記|date=2012年3月}}&lt;br /&gt;
{{独自研究|date=2012年3月}}&lt;br /&gt;
{{centurybox|&lt;br /&gt;
 前世紀=17 |&lt;br /&gt;
 世紀=18 |&lt;br /&gt;
 次世紀=19 |&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 前世紀=17 |&lt;br /&gt;
 前世紀=17 |&lt;br /&gt;
 前世紀=17 |&lt;br /&gt;
 前世紀=17 |&lt;br /&gt;
 前世紀=17 |&lt;br /&gt;
 前世紀=17 |&lt;br /&gt;
 前世紀=17 |&lt;br /&gt;
 前世紀=17 |&lt;br /&gt;
 前世紀=17 |&lt;br /&gt;
 前世紀=17 |&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ファイル:Prise de la Bastille.jpg|250px|right|thumb|right|&#039;&#039;&#039;市民革命&#039;&#039;&#039;　「バスティーユ襲撃」（”The storm of the Bastille”） Jean-Pierre Louis Laurent Houel]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Salon de Madame Geoffrin.jpg|250px|right|thumb|right|「啓蒙の世紀」。理性による進歩が広く信じられた時代で、多くの啓蒙思想家が[[サロン]]を舞台に活躍した。画像はジョフラン夫人のサロンに集まる啓蒙思想家たち。]]&lt;br /&gt;
[[File:The Tribuna of the Uffizi (1772-78); Zoffany, Johann.jpg|250px|right|thumb|right|「[[グランド・ツアー]]」。古典教養の涵養や芸術品の蒐集なども兼ねて上流階級の旅行が盛んになった。画像はウフィツィ美術館のトリブーナ。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;18世紀&#039;&#039;&#039;（じゅうはっせいき）は、[[西暦]][[1701年]]から西暦[[1800年]]までの100年間を指す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 18世紀の歴史 ==&lt;br /&gt;
=== 世界 ===&lt;br /&gt;
[[ファイル:Maquina vapor Watt ETSIIM.jpg|thumb|&#039;&#039;&#039;産業革命&#039;&#039;&#039;　[[ジェームズ・ワット]]の蒸気機関]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Boucher Marquise de Pompadour 1756.jpg|thumb|right|200px|ロココ芸術の庇護者として知られるルイ15世の寵妃ポンパドゥール夫人。画像は[[フランソワ・ブーシェ]]によるもの。]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Samson and Lion Fountain.jpg|200px|thumb|[[サンクトペテルブルク]]近郊の「ピョートル大帝の夏の宮殿（[[ペテルゴフ]]）」。皇帝ピョートル1世の改革によりロシアの首都は「西欧への窓」と呼ばれたサンクトペテルブルクに遷された。]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Washington Crossing the Delaware by Emanuel Leutze, MMA-NYC, 1851.jpg|250px|thumb|エマヌエル・ロイツェ画「[[デラウェア川を渡るワシントン]]」。[[アメリカ独立戦争]]はヨーロッパの旧体制にも大きな影響を与えた。]]&lt;br /&gt;
[[File:Zoffany Death of Captain Cook.jpg|right|thumb|250px|「ジェームズ・クックの死」。イギリスの海軍士官クックは太平洋各地を探検し新しい知見を得た。しかし最後の航海ではハワイ島住民との争いから殺害された。]]&lt;br /&gt;
[[File:Levni 002 detail.jpg||200px|thumb|オスマン帝国のスルタン・アフメト3世の肖像。このスルタンのもとで[[チューリップ時代]]と呼ばれる安定期を迎える。この時代を代表する細密画家レヴニーの作。]]&lt;br /&gt;
[[File:نادر شاه.jpg|right|thumb|200px|アフシャール朝の君主[[ナーディル・シャー]]の肖像。イランのサファヴィー朝を滅ぼし、インドのムガル朝を急襲し一時的にデリーを制圧するなど「第二のアレクサンドロス」の異名をとる活躍を見せた。]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Wat Phra Sri Rattana Satsadaram 12.jpg|thumb|right|250px|[[ワット・プラケーオ]]（エメラルド寺院）。[[チャクリー王朝|チャクリー朝]]初代の[[ラーマ1世]]によって建立された仏教寺院。正式名称はワット・シーラッタナーサーサダーラーム。]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:清 郎世宁绘《清高宗乾隆帝朝服像》.jpg|220px|thumb|清朝の繁栄。[[乾隆帝]]はおよそ60年間の治世で「十全武功」を誇り、東アジアの大帝国の君主として君臨した。]]&lt;br /&gt;
[[ファイル:Tokugawa Yoshimune.jpg|250px|thumb|享保の改革を行った将軍徳川吉宗。幕藩体制も18世紀半ば以降には様々な改革が行われることになる。]]&lt;br /&gt;
[[File:Kitagawa Utamaro - Toji san bijin (Three Beauties of the Present Day)From Bijin-ga (Pictures of Beautiful Women), published by Tsutaya Juzaburo - Google Art Project.jpg|200px|thumb|喜多川歌麿の三美人図。町人によって育まれた浮世絵は[[宝暦・天明文化|宝暦・天明]]年間には江戸を代表する文化として成長していた。]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== ヨーロッパの躍進とアジア大帝国の弱体化 ====&lt;br /&gt;
18世紀には、[[農業]]生産の飛躍的向上により[[人口]]の増加をもたらした[[農業革命]]に続き、世界初の[[工業化]]である&#039;&#039;&#039;[[産業革命]]&#039;&#039;&#039;が起こったことにより、[[イギリス]]の生産力が飛躍的に向上した。産業革命の原動力のひとつに[[大西洋]]の[[三角貿易]]（[[奴隷貿易]]）に支えられた[[砂糖]]や[[綿花]]の[[プランテーション]]、そしてそこでの労働力となった[[黒人]][[奴隷]]の存在がある。[[重商主義]]により[[ヨーロッパ]]各国で激しい貿易競争がおこなわれた。[[オランダ]]の[[自由貿易]]は衰え、イギリスと[[フランス]]が台頭し両国は、激しい[[植民地]]戦争を繰り広げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[アジア]]の大帝国の腐敗、弱体化が始まり、それに乗じて西欧諸国のアジア進出が始まった。[[インド]]ではムガル継承戦争により[[ムガル帝国]]が弱体化、[[デリー]]周辺をかろうじて支配する地方政権に転落し、地方政権の割拠するようになり、イギリス、フランスの進出を許した。[[オスマン帝国]]は改革がおこなわれたが大きな成果はなく、腐敗と弱体化がいっそう進んだ。[[清]]は乾隆帝の治世で最盛期にあたり人口が増えたため[[華僑]]が登場した。内政面で充実し、経済力も増したが、18世紀後期には腐敗が進んだ。また、貿易を巡って西ヨーロッパ諸国と対立するようになっていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 市民革命と近代化の始まり ====&lt;br /&gt;
18世紀のヨーロッパなどでは、[[自然権]]や[[平等]]、[[社会契約説]]、[[人民主権]]論など[[理性]]による人間の[[解放]]を唱える[[啓蒙思想]]が広まっていた。この帰結として、18世紀の後半から末にかけて&#039;&#039;&#039;[[アメリカ独立革命]]&#039;&#039;&#039;、&#039;&#039;&#039;[[フランス革命]]&#039;&#039;&#039;といった[[市民革命]]がおこり、[[市民]]社会への流れが始まった。一方で、[[プロイセン王国|プロイセン]]や[[ロシア帝国]]では[[啓蒙専制君主]]が登場し、上からの[[近代化]]が進められた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
産業革命以後の各国の工業化や[[資本主義]]の成立、一連の市民革命以後の市民社会の成立や[[国民国家]]の誕生など、19世紀にかけて国や社会のあり方が大きく変容していくことは、近代化の始まりともされる。これらの変革以降は[[西洋史]]において[[近代]]に区分されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 電気技術の夜明け ====&lt;br /&gt;
[[科学]]の分野では、[[ミュッセンブルーク]]により[[静電気]]を貯める装置「[[ライデン瓶]]」が[[発明]]されると、これに興味を持った[[ベンジャミン・フランクリン]]が[[雷]]を伴う[[嵐]]のなか凧糸の末端にライデン瓶を接続した[[凧]]を揚げ、「[[雷雲]]の[[帯電]]を証明する」という[[実験]]を通じて、雷の正体がelectricity（=[[電気]]）であることを明らかにした。それと同時に、このelectricityには&amp;quot;[[プラス]]と[[マイナス]]の両方の[[極性]]があること&amp;quot;も確認したといわれている。フランクリンの[[観察]]によって電気技術の基礎となる様々な[[研究]]にスポットが当てられ、18世紀末には[[アレッサンドロ・ボルタ]]による、世界最初の[[化学電池]]としても知られる「[[ボルタの電堆]]」の発明に至った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
18世紀に開花した電気技術は19世紀において、現代の生活に欠かすことのできない[[電話機]]、[[電動機|モーター]]、[[発電機]]、[[白熱電球]]などの発明に繋がっていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 18世紀の音楽と芸術 ====&lt;br /&gt;
18世紀は[[ヨハン・ゼバスティアン・バッハ|バッハ]]（1685-1750）、[[フランツ・ヨーゼフ・ハイドン|ハイドン]]（1732-1809）、[[ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト|モーツァルト]]（1756-1791）、[[ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|ベートーヴェン]]（1770-1827）など、ヨーロッパの多くの大[[音楽家]]達が生きた時代でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「典雅さの世紀」とも呼ばれたこの時代に[[芸術]]の分野では、豪壮華麗な[[バロック]]様式から繊細優美な[[ロココ]]様式への変質（ただしロココとバロックに明確な区別はない）が見られる。また、この世紀の後半には[[ポンペイ]]や[[ヘルクラネウム]]の遺跡発掘に始まる古典・古代への憧憬が高まり、[[新古典主義]]様式が隆盛に向かう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 火山の噴火と異常気象 ====&lt;br /&gt;
アイスランドの[[ラキ]]、[[グリムスボトン]]、[[エルトギャウ]]、日本では[[浅間山]]、[[岩木山]]などで激しい火山噴火が起こった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本 ===&lt;br /&gt;
==== 元禄文化と江戸の改革 ====&lt;br /&gt;
[[江戸時代]]の中期から後期にあたる。[[経済]]と[[文化]]の発展は[[17世紀]]末の[[元禄文化]]で結実したが、[[幕府]][[財政]]は次第に逼迫していった。八代[[征夷大将軍|将軍]]・[[徳川吉宗]]は[[享保の改革]]を推し進め、慢性悪化に陥っていた財政の復興を果たしたが、一方で一時凌ぎ的な法令を濫発した事などは却って幕府の[[権威]]を弱体化し、社会的な矛盾を残すこととなった。18世紀の後期には[[田沼意次]]による[[重商主義]]的政策が執られ、幕府の財政状況は一定の改善をみた。だが、[[田沼時代|田沼による改革]]は江戸の経済・文化の繁栄をもたらした一方、農民層の困窮を招き中絶、代わりに[[老中]]となった[[松平定信]]により反動的・復古的な[[寛政の改革]]が進められ、経済・文化の停滞が進んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 宝永大噴火 ====&lt;br /&gt;
1703年に[[元禄大地震]]（[[関東地震]]）、1707年に[[関東]]南西部、[[東海地方]]〜[[紀伊半島]]〜[[四国]]にかけて[[宝永地震]]（[[東海・東南海・南海連動型地震]]）という二つの[[巨大地震]]が発生すると、宝永地震から49日後に[[宝永大噴火]]が起きた。これは、現在までにおける歴史上最後の[[富士山]]の[[噴火]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== できごと ==&lt;br /&gt;
* [[1701年]] - [[スペイン継承戦争]]（ - [[1714年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1701年]] - ブランデンブルク選帝侯[[フリードリヒ1世 (プロイセン王)|フリードリヒ1世]]がプロイセン王として戴冠（[[プロイセン王国]]の成立）。&lt;br /&gt;
* [[1701年]] - [[播州]][[赤穂藩]]主[[浅野長矩]]、[[江戸城]]中で高家[[吉良義央]]に斬りつける。&lt;br /&gt;
*:浅野長矩は[[切腹]]の刑となり、[[浅野家]]は[[改易]]される。&lt;br /&gt;
* [[1702年]] - 赤穂浪士[[大石良雄]]ら四十七士が吉良を討つ。&lt;br /&gt;
* [[1702年]] - フランスで[[カミザールの乱]]（ - [[1705年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1703年]] - ロシアのピョートル1世が新都[[サンクトペテルブルク]]の建設に着工。&lt;br /&gt;
* [[1703年]] - [[メシュエン条約]]がイングランドとポルトガルで結ばれる。&lt;br /&gt;
* [[1703年]] - [[江戸幕府|幕府]]により大石良雄ら赤穂浪士が切腹を命じられる。&lt;br /&gt;
* [[1703年]] - [[長州藩]]が製蠟所を設置。&lt;br /&gt;
* [[1703年]] - [[元禄大地震]]（[[房総半島|房総]]沖M8.1〜8.2）。&lt;br /&gt;
* [[1703年]] - オスマン帝国皇帝[[アフメト3世]]の即位。&lt;br /&gt;
* [[1707年]] - [[宝永地震]]（[[東海地震|東海]]・[[東南海地震|東南海]]・[[南海地震|南海]]M8.6〜8.7）、[[富士山]][[宝永大噴火]]（降灰砂は東方90Kmの川崎で5cm・大被害）。&lt;br /&gt;
* [[1707年]] - [[イングランド王国]]と[[スコットランド王国]]の合同で[[グレートブリテン王国]]成立。&lt;br /&gt;
* [[1707年]] - ムガル帝国皇帝[[アウラングゼーブ]]没、以後ムガル帝国は急速に衰退。&lt;br /&gt;
* [[1737年]] - [[マントヴァ公国]]の[[ゴンザーガ家]]が断絶する。&lt;br /&gt;
* [[1709年]] - [[徳川綱吉]]が64歳で没し、[[徳川家宣]]が江戸幕府第6代[[征夷大将軍|将軍]]となる。&lt;br /&gt;
* [[1709年]] - [[生類憐れみの令]]を廃止する。&lt;br /&gt;
* [[1709年]] - [[新井白石]]が将軍侍講として登用される。&lt;br /&gt;
* [[1709年]] - [[東山天皇]]が譲位し、第114代[[中御門天皇]]が即位。&lt;br /&gt;
* [[1709年]] - [[東大寺]]大仏殿が再建され、落慶供養行われる。&lt;br /&gt;
* [[1709年]] - [[ポルタヴァの戦い]]でロシアが勝利し、スウェーデン国王カール12世はオスマン帝国に亡命。&lt;br /&gt;
* [[1710年]] - [[宝永小判|宝永の改鋳]]。&lt;br /&gt;
* [[1711年]] - [[清]]の[[康熙帝]]在位50周年に伴い、丁税免除を実施(「盛世滋生人丁」）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[1713年]] - 教皇[[クレメンス11世 (ローマ教皇)|クレメンス11世]]が[[回勅]]「ウニゲニトゥス」で[[ジャンセニスム]]を禁止とする。&lt;br /&gt;
* [[1713年]] - 徳川家宣が没し、[[徳川家継]]が江戸幕府第7代[[征夷大将軍|将軍]]となる。&lt;br /&gt;
* [[1713年]] - [[ユトレヒト条約]]。&lt;br /&gt;
* [[1713年]] - イギリス女王[[アン (イギリス女王)|アン]]が没し、[[ステュアート朝]]断絶。&lt;br /&gt;
*:[[ハノーヴァー選帝侯]]ゲオルクがイギリス王[[ジョージ1世 (イギリス王)|ジョージ1世]]となり、[[ハノーヴァー朝]]成立。&lt;br /&gt;
* [[1713年]] - 神聖ローマ皇帝[[カール6世 (神聖ローマ皇帝)|カール6世]]が国事詔書で領土の分割禁止と長子相続を決定。&lt;br /&gt;
* [[1714年]] - [[ラシュタット条約]]。 &lt;br /&gt;
* [[1714年]] - [[正徳小判|正徳の改鋳]]。&lt;br /&gt;
* [[1715年]] - [[海舶互市新例]]（長崎新令）が定められる。&lt;br /&gt;
* [[1715年]] - フランス国王[[ルイ14世 (フランス王)|ルイ14世]]が没す、曾孫の[[ルイ15世 (フランス王)|ルイ15世]]が即位。&lt;br /&gt;
* [[1715年]] - 教皇クレメンス11世が[[教皇勅書]]「エクス・イラ・ディエ」にて[[典礼論争]]における[[イエズス会]]の宣教方法を禁止とする。&lt;br /&gt;
* [[1716年]] - [[4月30日 (旧暦)|4月30日]]、[[徳川家継|家継]]が8歳で没し、[[徳川吉宗|吉宗]]が江戸幕府第8代[[征夷大将軍|将軍]]となる。&lt;br /&gt;
*:[[新井白石]]らを[[罷免]]する。[[大奥法度十九箇条]]を出す。&lt;br /&gt;
* [[1716年]] - 清で地丁併徴が進められ[[地丁銀制]]が導入される。&lt;br /&gt;
* [[1717年]] - [[大岡忠相]]越前守が[[江戸町奉行]]就任。 &lt;br /&gt;
* [[1717年]] - プロイセンでヨーロッパ最初の[[義務教育]]制度が導入される。&lt;br /&gt;
* [[1717年]] - スペインが[[ヌエバ・グラナダ副王領]]を設置（1723年に廃止の後1739年に再設置）。&lt;br /&gt;
* [[1718年]] - フレデリクスハルド要塞攻囲中のスウェーデン国王カール12世が流れ弾により落命。&lt;br /&gt;
* [[1718年]] - [[パッサロヴィッツ条約]]。オスマン帝国の安定により[[チューリップ時代]]始まる（ - [[1730年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1718年]] - ピョートル1世の皇子[[アレクセイ・ペトロヴィチ|アレクセイ]]に死刑判決が下り、処刑直前に獄死。&lt;br /&gt;
* [[1720年]] - 江戸の[[火消#町火消|町火消]]（町人による消防組織）の「いろは組」が設置される。&lt;br /&gt;
* [[1720年]] - 日本でキリスト教以外の漢訳洋書輸入の禁が緩められる。&lt;br /&gt;
* [[1720年]] - イギリスで[[南海泡沫事件]]が起こる。&lt;br /&gt;
*:フランスでも同年[[ミシシッピ計画]]の[[バブル経済|バブル]]が崩壊する。&lt;br /&gt;
* [[1721年]] - [[ロバート・ウォルポール]]がイギリス最初の[[首相]]となる（[[議院内閣制|責任内閣制]]の始まり）。&lt;br /&gt;
* [[1721年]] - [[ニスタット条約]]により[[大北方戦争]]が終結（ - [[1700年]]）。[[ロシア]]の勝利による[[スウェーデン]]の没落。&lt;br /&gt;
* [[1721年]] - [[ピョートル1世 (ロシア皇帝)|ピョートル大帝]]が元老院から[[ツァーリ]]（[[ロシア皇帝]]）に戴冠される（[[ロシア帝国]]の始まり）。&lt;br /&gt;
*:同年にピョートル大帝は[[モスクワ総主教庁]]を廃止し、[[聖務会院]]を設置。&lt;br /&gt;
* [[1721年]] - [[小石川養生所]]完成。&lt;br /&gt;
* [[1722年]] - オランダ海軍提督[[ヤコブ・ロッゲフェーン]]が南太平洋の[[イースター島]]を発見。&lt;br /&gt;
* [[1722年]] - [[清]]の[[雍正帝]]が第5代皇帝に即位。&lt;br /&gt;
* [[1723年]] - [[清]]で改土帰流が行われる。&lt;br /&gt;
* [[1724年]] - 神聖ローマ皇帝カール6世が国事詔書で領土の分割禁止に加え女子相続の承認を決定。&lt;br /&gt;
* [[1725年]] - [[雍正のチベット分割]]。&lt;br /&gt;
* [[1727年]] - [[キャフタ条約 (1727年)|キャフタ条約]]。&lt;br /&gt;
* [[1728年]] - 徳川吉宗の命で[[ベトナム]]から[[象]]が輸入され、江戸で象ブームが起こる。&lt;br /&gt;
* [[1729年]] - 清で軍機房が設置される（[[軍機処]]の前身）。&lt;br /&gt;
* [[1730年]] - オスマン帝国でパトロナ・ハリルの反乱、チューリップ時代終わる。&lt;br /&gt;
* [[1730年]] - プロイセンの[[フリードリヒ2世 (プロイセン王)|フリードリヒ王子]]が逃亡に失敗し捕えられる。&lt;br /&gt;
* [[1730年]] - [[大坂]]の[[堂島]]で世界初の[[先物取引]]がおこなわれる。&lt;br /&gt;
* [[1732年]] - [[享保の大飢饉]]。&lt;br /&gt;
* [[1733年]] - [[ポーランド継承戦争]]（ - [[1735年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1735年]] - 中御門天皇が譲位し、第[[115]]代[[桜町天皇]]が即位。&lt;br /&gt;
* [[1735年]] - [[清]]の[[乾隆帝]]が第6代皇帝に即位。&lt;br /&gt;
* [[1736年]] - [[イラン]]の[[サファヴィー朝]]を滅ぼし、[[ナーディル・シャー]]が[[アフシャール朝]]を開く。&lt;br /&gt;
* [[1736年]] - [[元文小判|元文の改鋳]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[1737年]] - [[マラーター王国]]がムガル帝国の首都[[デリー]]を攻撃（[[デリーの戦い (1737年)|デリーの戦い]]）。&lt;br /&gt;
* [[1739年]] - [[ジェンキンスの耳の戦争]]。&lt;br /&gt;
* [[1739年]] - [[アフシャール朝]]の[[ナーディル・シャー]]がムガル帝国の首都[[デリー]]を占領。&lt;br /&gt;
* [[1740年]] - [[ハプスブルク家]]長女[[マリア・テレジア]]、ハプスブルク家の家督を継承。&lt;br /&gt;
* [[1740年]] - [[オーストリア継承戦争]]（ - [[1748年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1741年]] - ロシアで[[イヴァン6世]]が政変で廃位され摂政[[アンナ・レオポルドヴナ]]が追放される。女帝[[エリザヴェータ (ロシア皇帝)|エリザヴェータ]]が即位。&lt;br /&gt;
* [[1745年]] - [[チャールズ若僭王]]の反乱が失敗し、[[ジャコバイト]]運動は壊滅。&lt;br /&gt;
* [[1745年]] - [[徳川家重]]が江戸幕府第9代[[征夷大将軍|将軍]]となる。&lt;br /&gt;
* [[1745年]] - アラビアの[[サウード家]]がイスラーム教[[ワッハーブ派]]に帰依し同派の守護者となる。&lt;br /&gt;
* [[1747年]] - 桜町天皇が譲位し、第[[116]]代[[桃園天皇]]が即位。&lt;br /&gt;
* [[1747年]] - フランスで[[百科全書]]の刊行開始（ - [[1772年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1750年]] - ヴォルテールがプロイセンのフリードリヒ2世を訪問。&lt;br /&gt;
* [[1750年]] - マドリード条約により、ポルトガルとスペインとの[[アマゾン]]地域の領土が確定される。&lt;br /&gt;
* [[1755年]] - [[リスボン地震 (1755年)|リスボン大地震]]。&lt;br /&gt;
* [[1755年]] - [[フレンチ・インディアン戦争]]（ - [[1763年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1756年]] - [[七年戦争]]（ - [[1763年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1756年]] - [[プラッシーの戦い]]でフランスに対するインドでのイギリスの優位が確定。&lt;br /&gt;
* [[1757年]] - 清が[[ジュンガル王国]]を滅ぼし、東トルキスタンを「[[新疆]]」と名づけ藩部とする。&lt;br /&gt;
* [[1757年]] - [[ロベール＝フランソワ・ダミアン|ダミアン]]によるフランス国王ルイ15世暗殺未遂事件。&lt;br /&gt;
* [[1758年]] - [[12月25日]]、[[ハレー彗星]]接近。&lt;br /&gt;
* [[1758年]] - [[宝暦事件]]。&lt;br /&gt;
* [[1760年]] - [[徳川家治]]が江戸幕府第10代[[征夷大将軍|将軍]]となる。&lt;br /&gt;
* [[1761年]] - フランスで[[カラス事件]]がおきる。&lt;br /&gt;
* [[1762年]] - 桃園天皇が没し、第117代[[後桜町天皇]]が即位。&lt;br /&gt;
* [[1762年]] - ロシアで[[ピョートル3世]]が政変で廃位され、皇后が即位し女帝[[エカチェリーナ2世]]となる（ - [[1796年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1764年]] - ブクサールの戦いで、イギリス東インド会社がムガル皇帝・アワド太守・ベンガル太守の連合軍に大勝する。&lt;br /&gt;
* [[1766年]] - フランスが[[ロレーヌ公国]]を併合する。&lt;br /&gt;
* [[1767年]] - [[田沼意次]]が側用人になる。いわゆる「[[田沼時代]]」の始まり （ - [[1786年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1767年]] - [[明和事件]]。&lt;br /&gt;
* [[1768年]] - [[ジェノヴァ]]がフランスに[[コルシカ島]]を売却する。&lt;br /&gt;
* [[1769年]] - [[ゴルカ]]王[[プリトゥビ・ナラヤン・シャー]]が[[カトマンズ]]を征服し[[ネパール]]を統一。&lt;br /&gt;
* [[1770年]] - 後桜町天皇が譲位し、第118代[[後桃園天皇]]が即位。&lt;br /&gt;
* [[1770年]] - [[ジェームズ・クック]]がイギリスによる[[オーストラリア]]東南部の領有を宣言。&lt;br /&gt;
* [[1770年]] - フランス王太子ルイ（[[ルイ16世]]）とオーストリア王女[[マリー・アントワネット]]の結婚。&lt;br /&gt;
* [[1770年]] - デンマークで[[ヨハン・フリードリヒ・ストルーエンセ|ストルーエンセ]]が請願審議官（メートル・デ・ルケット）に就任（「ストルーエンセ時代」 - [[1772年]]）&lt;br /&gt;
* [[1771年]] - [[ベトナム]]で[[西山朝|西山党の乱]]起こる（ - [[1802年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1771年]] - フランスで大法官モプーの司法改革によるパリと地方の[[高等法院 (フランス)|高等法院]]の解体。&lt;br /&gt;
* [[1772年]] - [[ポーランド分割|第一次ポーランド分割]]。&lt;br /&gt;
* [[1772年]] - [[明和の大火]]（行人坂の火事）。&lt;br /&gt;
* [[1773年]] - 教皇[[クレメンス14世 (ローマ教皇)|クレメンス14世]]が[[イエズス会]]を解散（- [[1814年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1773年]] - [[ボストン茶会事件]]。&lt;br /&gt;
* [[1773年]] - ロシアで[[プガチョフの乱]]（ - [[1775年]]）。 &lt;br /&gt;
* [[1774年]] - [[キュチュク・カイナルジ条約]]によりロシアは[[黒海]]北岸を獲得。&lt;br /&gt;
* [[1774年]] - フランスでモールパ伯の進言により高等法院が復活。&lt;br /&gt;
* [[1774年]] - [[杉田玄白]]らによる『[[解体新書]]』が出版される。&lt;br /&gt;
* [[1775年]] - [[アメリカ独立戦争]]（ - [[1783年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1776年]] - [[7月4日]]、[[アメリカ独立宣言]]が採択される。&lt;br /&gt;
* [[1776年]] - スペインが[[リオ・デ・ラ・プラタ副王領]]を設置。&lt;br /&gt;
* [[1777年]] - [[サラトガの戦い]]。&lt;br /&gt;
* [[1778年]] - [[バイエルン継承戦争]]（ - [[1779年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1778年]] - [[ミラノ]]の[[スカラ座]]が完成する。&lt;br /&gt;
* [[1779年]] - 後桃園天皇が没し、第119代[[光格天皇]]が即位。&lt;br /&gt;
* [[1779年]] - イランで[[アーガー・モハンマド・シャー]]が[[カージャール朝]]を開く（ - [[1925年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1780年]] - ロシアのエカチェリーナ2世の提唱で[[武装中立同盟]]が結成される（ - [[1783年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1780年]] - [[ロンドン]]で反カトリック派によるゴードン暴動が発生。&lt;br /&gt;
* [[1781年]] - 神聖ローマ皇帝[[ヨーゼフ2世]]の農奴解放令。&lt;br /&gt;
* [[1781年]] - 清で乾隆帝の命による[[四庫全書]]完成する（[[1741年]]- ）。&lt;br /&gt;
* [[1782年]] - [[天明の大飢饉]]（ - [[1787年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1782年]] - タイ王国で[[チャクリー王朝|チャクリー朝]]が成立し[[ラーマ1世]]が即位。&lt;br /&gt;
* [[1783年]] - [[パリ条約 (1783年)|パリ条約]]でイギリスがアメリカの独立を承認。&lt;br /&gt;
* [[1784年]] - 江戸城中で[[若年寄]][[田沼意知]]が[[佐野政言]]により殺害される。&lt;br /&gt;
* [[1785年]] - [[マリー・アントワネット]]の[[首飾り事件]]。&lt;br /&gt;
* [[1786年]] - 英仏通商条約（イーデン条約）でイギリス製品がフランスに流れ込む。&lt;br /&gt;
* [[1787年]] - [[フィラデルフィア]]の憲法制定議会において、[[アメリカ合衆国憲法]]が制定される。&lt;br /&gt;
* [[1787年]] - [[徳川家斉]]が江戸幕府第11代[[征夷大将軍|将軍]]となる。[[松平定信]]が老中首座になり[[寛政の改革]]を行う。&lt;br /&gt;
* [[1788年]] - [[オーストラリア]]が流刑植民地とされ、イギリス人の移民が始まる&lt;br /&gt;
* [[1788年]] - [[第一次ロシア・スウェーデン戦争]]（- [[1790年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1789年]] - [[フランス革命]]（ - [[1794年]]）。&lt;br /&gt;
*:革命時代を1789年 - 1799年とする説もある。[[フランス革命の年表]]も参照のこと。&lt;br /&gt;
*:[[三部会]]の召集、[[球戯場の誓い]]、[[バスティーユ襲撃|バスティーユ牢獄襲撃]]、[[人権宣言]]、[[ヴェルサイユ行進]]。&lt;br /&gt;
* [[1789年]] - [[ジョージ・ワシントン]]が初代[[アメリカ大統領]]に選出される（ - [[1797年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1789年]] - ベトナムの昭統帝が清に亡命し、[[黎朝]]滅亡（[[1428年]]- ）。&lt;br /&gt;
* [[1789年]] - [[尊号一件]]。&lt;br /&gt;
* [[1790年]] - 清・ネパール戦争（ - [[1791年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1791年]] - [[ヴァレンヌ事件]]、[[ピルニッツ宣言]]。 &lt;br /&gt;
* [[1791年]] - [[ヤッシー条約]]によりロシアは[[クリミア・ハン国]]を併合。&lt;br /&gt;
* [[1792年]] - [[スウェーデン]]国王[[グスタフ3世 (スウェーデン王)|グスタフ3世]]が[[仮面舞踏会]]で暗殺される。&lt;br /&gt;
* [[1793年]] - [[ルイ16世]]の処刑。[[第一次対仏大同盟]]結成。&lt;br /&gt;
* [[1793年]] - [[ポーランド分割|第二次ポーランド分割]]。&lt;br /&gt;
* [[1794年]] - [[テルミドールの反動]]。[[総裁政府]]成立。&lt;br /&gt;
* [[1795年]] - 清の乾隆帝とイギリス全権大使[[ジョージ・マカートニー]]が貿易の交渉するが決裂。&lt;br /&gt;
* [[1795年]] - フランスがオランダを占領し、[[バタヴィア共和国]]を建てる。&lt;br /&gt;
* [[1795年]] - [[ポーランド分割|第三次ポーランド分割]]によりポーランド国家が消滅。 &lt;br /&gt;
* [[1796年]] - [[清]]の乾隆帝が譲位し、[[嘉慶帝]]が第7代皇帝に即位。&lt;br /&gt;
*:同年、湖北にて[[白蓮教徒の乱]]が起こり、三世の春は終わる（ - [[1804年]]）。&lt;br /&gt;
* [[1797年]] - [[カンポ・フォルミオ条約]]により[[ジェノヴァ共和国]]と[[ヴェネツィア共和国]]が消滅。フランスは[[チザルピーナ共和国]]を建てる。&lt;br /&gt;
* [[1798年]] - [[本居宣長]]が『[[古事記伝]]』を完成させる。&lt;br /&gt;
* [[1798年]] - フランスが教皇領を占領し[[ローマ共和国 (18世紀)|ローマ共和国]]を、スイスを占領し[[ヘルヴェティア共和国]]を建てる。&lt;br /&gt;
* [[1798年]] - [[エジプト・シリア戦役|ナポレオンのエジプト遠征]]。[[第二次対仏大同盟]]結成。&lt;br /&gt;
* [[1798年]] - [[タラの丘]]でのユナイテッド・アイリッシュメンの反乱がイギリス政府に鎮圧される。&lt;br /&gt;
* [[1799年]] - 清の乾隆太上皇帝死去、嘉慶帝は親政を開始し、先帝の寵臣[[和珅]]に自死を命じる。&lt;br /&gt;
* [[1799年]] - [[第四次マイソール戦争]]にイギリスが勝利し、南インドの[[マイソール王国]]が[[藩王国]]となる。&lt;br /&gt;
* [[1799年]] - [[ブリュメール18日のクーデタ]]で[[統領政府]]成立。&lt;br /&gt;
* [[1800年]] - [[伊能忠敬]]、[[蝦夷]]地の測量に向かう。&lt;br /&gt;
* [[1800年]] - [[アレッサンドロ・ボルタ]]、後に[[電池]]として知られる大[[電流]]を発生させる装置（[[ボルタの電堆]]）を発明。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
=== ヨーロッパ ===&lt;br /&gt;
==== 政治 ====&lt;br /&gt;
* [[イヴァン・マゼーパ]]（[[1639年]] - [[1709年]]） - ウクライナの政治家&lt;br /&gt;
* [[クレメンス11世]]（[[1649年]] - [[1721年]]） - ローマ教皇（在位[[1700年]] - [[1721年]]）&lt;br /&gt;
* [[マールバラ公|マールバラ公爵]][[ジョン・チャーチル (初代マールバラ公)|ジョン・チャーチル]]（[[1650年]] - [[1722年]]） - イギリスの軍人&lt;br /&gt;
* [[アンドレ＝エルキュール・ド・フルーリー|アンドレ・エルキュール・ド・フルーリー]]（[[1653年]] - [[1743年]]） - フランス宰相 &lt;br /&gt;
* [[オイゲン・フォン・ザヴォイエン]]（[[1663年]] - [[1736年]]） - オーストリアの軍人&lt;br /&gt;
* [[アン (イギリス女王)|アン]]（[[1665年]] - [[1714年]]） - イギリス女王（在位[[1702年]] - [[1714年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョージ1世 (イギリス王)|ジョージ1世]]（[[1660年]] - [[1727年]]） - イギリス国王（在位[[1714年]] - [[1727年]]）&lt;br /&gt;
* [[アウグスト2世 (ポーランド王)|アウグスト2世]]（[[1670年]] - [[1733年]]） - ポーランド王・ザクセン選帝侯&lt;br /&gt;
* [[ジョン・ロー]]（[[1671年]] - [[1729年]]） - フランスの財務総監&lt;br /&gt;
* [[ロバート・ウォルポール]]（[[1676年]] - [[1745年]]） - イギリス首相&lt;br /&gt;
* [[ラーコーツィ・フェレンツ2世]]（[[1676年]] - [[1735年]]） - ハンガリーの独立指導者&lt;br /&gt;
* [[カール12世 (スウェーデン王)|カール12世]]（[[1682年]] - [[1718年]]） - スウェーデン王（在位[[1697年]] - [[1718年]]）&lt;br /&gt;
* [[フェリペ5世 (スペイン王)|フェリペ5世]]（[[1683年]] - [[1746年]]） - ボルボン朝スペイン初代国王（在位[[1700年]] - [[1724年]]、[[1724年]] - [[1746年]]）&lt;br /&gt;
* [[ポンバル侯爵セバスティアン・デ・カルヴァーリョ]]（[[1699年]] - [[1782年]]） - ポルトガル首相&lt;br /&gt;
* [[クレメンス14世]]（[[1705年]] - [[1774年]]） - ローマ教皇（在位[[1769年]] - [[1774年]]）&lt;br /&gt;
* [[ウィリアム・ピット (初代チャタム伯爵)|チャタム伯爵ウィリアム・ピット]]（大ピット）（[[1708年]] - [[1778年]]） - イギリス首相&lt;br /&gt;
* [[ヴェンツェル・アントン・カウニッツ]]（[[1711年]] - [[1794年]]） - オーストリア宰相&lt;br /&gt;
* [[フリードリヒ2世 (プロイセン王)|フリードリヒ2世]]（大王）（[[1712年]] - [[1786年]]） - プロイセン王（在位[[1740年]] - [[1786年]]）&lt;br /&gt;
* [[カルロス3世 (スペイン王)|カルロス3世]]（[[1716年]] - [[1788年]]） - スペイン王（在位[[1759年]] - [[1788年]]）&lt;br /&gt;
* [[マリア・テレジア]]（[[1717年]] - [[1780年]]） - オーストリア女帝（在位[[1740年]] - [[1780年]]）&lt;br /&gt;
* [[ポンパドゥール夫人]]（[[1721年]] - [[1764年]]） - フランス王ルイ15世の寵妃&lt;br /&gt;
* [[ジェームズ・ウルフ]]（[[1727年]] - [[1759年]]） - イギリスの軍人&lt;br /&gt;
* [[エカチェリーナ2世]]（[[1729年]] - [[1796年]]） - ロシア女帝（在位[[1762年]] - [[1796年]]）&lt;br /&gt;
* [[スタニスワフ・アウグスト・ポニャトフスキ|スタニスワフ2世アウグスト]]（[[1732年]] - [[1798年]]） - ポーランド王（在位[[1764年]] - [[1795年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヨハン・フリードリヒ・ストルーエンセ]]（[[1737年]] - [[1772年]]） - デンマークの摂政&lt;br /&gt;
* [[ジョージ3世 (イギリス王)|ジョージ3世]]（[[1738年]] - [[1820年]]） - イギリス王（在位[[1760年]] - [[1820年]]）&lt;br /&gt;
* [[エメリヤン・プガチョフ]]（[[1740年]] - [[1775年]]） - ロシアの反乱指導者&lt;br /&gt;
* [[ヨーゼフ2世]]（[[1741年]] - [[1790年]]） - 神聖ローマ皇帝（在位[[1765年]] - [[1790年]]）&lt;br /&gt;
* [[デュ・バリー夫人]]（[[1743年]] - [[1793年]]） - フランス国王ルイ15世の寵妃&lt;br /&gt;
* コシチューシコ（[[コシューシコ]]）（[[1746年]] - [[1817年]]） - ポーランド愛国者&lt;br /&gt;
* [[グスタフ3世|グスタフ3世アドルフ]]（[[1746年]] - [[1792年]]） - スウェーデン王（在位[[1771年]] - [[1792年]]）&lt;br /&gt;
* [[ルイ16世 (フランス王)|ルイ16世]]（[[1754年]] - [[1793年]]） - フランス王（在位[[1774年]] - [[1792年]]）&lt;br /&gt;
* [[ハンス・アクセル・フォン・フェルセン]]（[[1755年]] - [[1810年]]） - スウェーデン貴族&lt;br /&gt;
* [[マリー・アントワネット]]（[[1755年]] - [[1793年]]） - フランス王妃&lt;br /&gt;
* [[ラファイエット|ラファイエット侯爵ジルベール・デュ・モティエ]]（[[1757年]] - [[1834年]]） - フランスの軍人・政治家、&lt;br /&gt;
* [[マクシミリアン・ロベスピエール]]（[[1758年]] - [[1794年]]） - フランスの政治家&lt;br /&gt;
* [[ホレーショ・ネルソン]]（[[1758年]] - [[1805年]]） - イギリスの軍人&lt;br /&gt;
* [[ウィリアム・ピット (小ピット)|ウィリアム・ピット]]（小ピット）（[[1759年]] - [[1806年]]） - イギリス首相&lt;br /&gt;
* [[マヌエル・デ・ゴドイ]]（[[1767年]] - [[1851年]]） - スペインの宰相&lt;br /&gt;
* [[ナポレオン・ボナパルト]]（[[1769年]] - [[1821年]]） - フランスの軍人のちに皇帝&lt;br /&gt;
* [[グスタフ4世アドルフ]]（[[1778年]] - [[1837年]]） - スウェーデン王（在位[[1792年]] - [[1809年]]）&lt;br /&gt;
※[[フランス革命関連人物一覧]]も参照のこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 思想と歴史・人文諸学 ====&lt;br /&gt;
* [[ベルナール・フォントネル]]（[[1657年]] - [[1757年]]）&lt;br /&gt;
* シャルル・サン・ピエール（[[1658年]] - [[1743年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャンバッティスタ・ヴィーコ]]（[[1668年]] - [[1744年]]）&lt;br /&gt;
* [[バーナード・デ・マンデヴィル]]（[[1670年]] - [[1733年]]）&lt;br /&gt;
* [[アントニー・アシュリー＝クーパー (第3代シャフツベリ伯爵)|シャフツベリ伯爵アントニー・アシュリー・クーパー]]（[[1671年]] - [[1713年]]）&lt;br /&gt;
* サン・シモン公爵ルイ・ド・ルヴロワ（[[1675年]] - [[1755年]]）&lt;br /&gt;
* [[クリスティアン・ヴォルフ]]（[[1679年]] - [[1754年]]）&lt;br /&gt;
* [[イーフレイム・チェンバーズ]]（[[1680年]]? - [[1740年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョージ・バークリー]]（[[1685年]] - [[1753年]]）&lt;br /&gt;
* [[シャルル・ド・モンテスキュー]]（[[1689年]] - [[1755年]]）&lt;br /&gt;
* [[フランソワ・ケネー]]（[[1694年]] - [[1774年]]） &lt;br /&gt;
* [[ヴォルテール]]（[[1694年]] - [[1778年]]）&lt;br /&gt;
* [[イスラエル・ベン・エリエゼル]]（[[1700年]]頃 - [[1760年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジュリアン・オフレ・ド・ラ・メトリー]]（[[1709年]] - [[1751年]]）&lt;br /&gt;
* [[トマス・リード]] （[[1710年]] - [[1796年]]）&lt;br /&gt;
* [[デイヴィッド・ヒューム]]（[[1711年]]- [[1776年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャン＝ジャック・ルソー]]（[[1712年]] - [[1778年]]）&lt;br /&gt;
* [[ドゥニ・ディドロ]]（[[1713年]] - [[1784年]]）&lt;br /&gt;
* [[アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン]]（[[1714年]] - [[1762年]]）&lt;br /&gt;
* [[クロード・アドリアン・エルヴェシウス]]（[[1715年]] - [[1771年]]）&lt;br /&gt;
* [[エティエンヌ・ボノ・ドゥ・コンディヤック]]（[[1715年]] - [[1780年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャン・ル・ロン・ダランベール]]（[[1717年]] - [[1783年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヨハン・ヨアヒム・ヴィンケルマン]]（[[1717年]] - [[1768年]]）&lt;br /&gt;
* エリザベス・モンタギュー（[[1720年]] - [[1800年]]） &lt;br /&gt;
* [[アダム・スミス]]（[[1723年]] - [[1790年]]）&lt;br /&gt;
* [[ポール＝アンリ・ティリ・ドルバック|ポール・アンリ・ティリ・ドルバック男爵]]（[[1723年]] - [[1789年]]）&lt;br /&gt;
* [[イマヌエル・カント]]（[[1724年]] - [[1804年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャック・テュルゴー]]（[[1727年]] - [[1781年]]）&lt;br /&gt;
* [[エドマンド・バーク]]（[[1729年]] - [[1797年]]）&lt;br /&gt;
* [[モーゼス・メンデルスゾーン]]（[[1729年]] - [[1786年]]）&lt;br /&gt;
* [[ゴットホルト・エフライム・レッシング]]（[[1729年]] - [[1781年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヨハン・ゲオルク・ハーマン]]（[[1730年]] - [[1788年]]）&lt;br /&gt;
* [[トマス・ペイン]]（[[1737年]] - [[1809年]]）&lt;br /&gt;
* [[エドワード・ギボン]]（[[1737年]] - [[1794年]]）&lt;br /&gt;
* [[チェーザレ・ベッカリーア]]（[[1738年]] - [[1794年]]）&lt;br /&gt;
* [[フリードリヒ・ハインリヒ・ヤコービ]]（[[1743年]] - [[1819年]]）&lt;br /&gt;
* [[ニコラ・ド・コンドルセ]]（[[1743年]] - [[1794年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー]]（[[1744年]] - [[1803年]]）&lt;br /&gt;
* [[エカテリーナ・ダーシュコワ|エカチェリーナ・ダーシュコワ]]（[[1744年]] - [[1810年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヨハン・ハインリッヒ・ペスタロッチ|ヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチ]]（[[1746年]] - [[1827年]]）&lt;br /&gt;
* [[ウィリアム・ジョーンズ (言語学者)|ウィリアム・ジョーンズ]]（[[1746年]] - [[1794年]]）&lt;br /&gt;
* [[アレクサンドル・ラジーシチェフ]]（[[1749年]] - [[1802年]]）&lt;br /&gt;
* [[メアリ・ウルストンクラフト]]（[[1759年]] - [[1797年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 宗教と神秘主義 ====&lt;br /&gt;
* [[エマヌエル・スヴェーデンボリ]]（[[1688年]] - [[1772年]]）&lt;br /&gt;
* [[アルフォンソ・デ・リゴリ]]（[[1696年]] - [[1787年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョン・ウェスレー]]（[[1703年]] - [[1791年]]）&lt;br /&gt;
* ロレンツォ・リッチ（[[1703年]] - [[1775年]]）&lt;br /&gt;
* ルイ・クロード・ド・サン・マルタン（[[1743年]] - [[1803年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 文学 ====&lt;br /&gt;
* [[ダニエル・デフォー]]（[[1660年]] - [[1731年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョナサン・スウィフト]]（[[1667年]] - [[1745年]]）&lt;br /&gt;
* エドワード・ヤング（[[1683年]] - [[1765年]])&lt;br /&gt;
* ルズヴィ・ホルベア（[[1684年]] - [[1754年]]）&lt;br /&gt;
* [[ピエール・ド・マリヴォー]]（[[1688年]] - [[1763年]]）&lt;br /&gt;
* [[アレキサンダー・ポープ]]（[[1688年]] - [[1744年]]）&lt;br /&gt;
* [[サミュエル・リチャードソン]]（[[1689年]] - [[1761年]]）&lt;br /&gt;
* [[アントワーヌ・フランソワ・プレヴォ|アベ・プレヴォー]] （[[1697年]] - [[1763年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヘンリー・フィールディング]]（[[1707年]] - [[1754年]]）&lt;br /&gt;
* [[カルロ・ゴルドーニ]]（[[1707年]] - [[1793年]]）&lt;br /&gt;
* [[サミュエル・ジョンソン]]（[[1709年]] - [[1784年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョン・クレランド]]（[[1709年]] - [[1789年]]）&lt;br /&gt;
* [[ローレンス・スターン]]（[[1713年]] - [[1768年]]）&lt;br /&gt;
* [[トマス・グレイ]]（[[1716年]] - [[1771年]]）&lt;br /&gt;
* [[ホレス・ウォルポール]]（[[1717年]] - [[1797年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャック・カゾット]]（[[1719年]] - [[1792年]]）&lt;br /&gt;
* [[カルロ・ゴッツィ]]（[[1720年]] - [[1806年]]）&lt;br /&gt;
* [[カロン・ド・ボーマルシェ]]（[[1732年]] - [[1799年]]）&lt;br /&gt;
* レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ（[[1734年]] - [[1806年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジェイムズ・マクファーソン (詩人)|ジェイムズ・マクファーソン]]（[[1736年]] - [[1796年]]）&lt;br /&gt;
* ルイ・セバスチャン・メルシェ（[[1740年]] - [[1814年]]）&lt;br /&gt;
* [[マルキ・ド・サド|サド侯爵ドナシアン・アルフォンス・フランソワ]]（[[1740年]] - [[1814年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジェイムズ・ボズウェル]]（[[1740年]] - [[1795年]]）&lt;br /&gt;
* [[コデルロス・ド・ラクロ|ショデルロ・ド・ラクロ]]（[[1741年]] - [[1803年]]）&lt;br /&gt;
* オラウダ・イクイアーノ（[[1745年]]頃 - [[1797年]]）&lt;br /&gt;
* [[ロレンツォ・ダ・ポンテ]] （[[1749年]] - [[1838年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ]]（[[1749年]] - [[1832年]]）&lt;br /&gt;
* [[トーマス・チャタートン]]（[[1752年]] - [[1770年]]）&lt;br /&gt;
* [[フリードリヒ・フォン・シラー]]（[[1759年]] - [[1805年]]）&lt;br /&gt;
* [[ウィリアム・トマス・ベックフォード]]（[[1760年]] – [[1844年]]）&lt;br /&gt;
* [[アンドレ・シェニエ]]（[[1762年]] - [[1794年]]）&lt;br /&gt;
* [[フリードリヒ・ヘルダーリン]] （[[1770年]] - [[1843年]]）&lt;br /&gt;
* [[ノヴァーリス]]（[[1772年]] - [[1801年]]）&lt;br /&gt;
* [[マシュー・グレゴリー・ルイス]]（[[1775年]] - [[1818年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 芸術 ====&lt;br /&gt;
* ニコラ・ド・ラルジリエール（[[1656年]] - [[1746年]]）&lt;br /&gt;
* [[イアサント・リゴー]]（[[1659年]] - [[1743年]]）&lt;br /&gt;
* ホセ・ベニート・デ・チュリゲラ（[[1665年]] - [[1725年]]）&lt;br /&gt;
* ジェルマン・ボフラン（[[1667年]] - [[1754年]]）&lt;br /&gt;
* [[アレッサンドロ・マニャスコ]]（[[1667年]] - [[1749年]]）&lt;br /&gt;
* [[アントワーヌ・ヴァトー]]（[[1684年]] - [[1721年]]）&lt;br /&gt;
* フランソワ・ルモワーヌ（[[1688年]] - [[1737年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ]]（[[1696年]] - [[1770年]]）&lt;br /&gt;
* [[ウィリアム・ホガース]]（[[1697年]] - [[1764年]]）&lt;br /&gt;
* ニコラ・サルヴィ（[[1697年]] - [[1751年]]）&lt;br /&gt;
* [[カナレット]]（[[1697年]] - [[1768年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャン・シメオン・シャルダン]]（[[1699年]] - [[1779年]]）&lt;br /&gt;
* シャルル・ジョゼフ・ナトワール （[[1700年]] - [[1777年]]） &lt;br /&gt;
* ピエトロ・ブラッチ（[[1700年]] - [[1773年]]）&lt;br /&gt;
* [[フランソワ・ブーシェ]]（[[1703年]] - [[1770年]]）&lt;br /&gt;
* [[モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール]]（[[1704年]] - [[1788年]]）&lt;br /&gt;
* ポンペオ・バトーニ（[[1708年]] - [[1787年]]）&lt;br /&gt;
* フランシスコ・グァルディ（[[1712年]] - [[1793年]]) &lt;br /&gt;
* リチャード・ウィルソン（[[1713年]] - [[1782年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ]]（[[1720年]] - [[1778年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョシュア・レノルズ]]（[[1723年]] - [[1792年]]）&lt;br /&gt;
* [[ウィリアム・チェンバーズ]]（[[1723年]] - [[1796年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョージ・スタッブス]]（[[1724年]] - [[1806年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャン＝バティスト・グルーズ|ジャン・バティスト・グルーズ]]（[[1725年]] - [[1805年]]）&lt;br /&gt;
* [[トマス・ゲインズバラ]]（[[1727年]] - [[1788年]]）&lt;br /&gt;
* [[アントン・ラファエル・メングス]] （[[1728年]] - [[1779年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャン・オノレ・フラゴナール]]（[[1732年]] - [[1806年]]）&lt;br /&gt;
* [[ユベール・ロベール]]（[[1733年]] - [[1808年]]）&lt;br /&gt;
* ヨハン・ゾッファニー（[[1733年]] - [[1810年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョセフ・ライト (画家)|ジョセフ・ライト]]（ライト・オブ・ダービー）（[[1734年]] - [[1797年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヨハン・ハインリヒ・フュースリー]]（[[1741年]] - [[1825年]]）&lt;br /&gt;
* [[フランシスコ・デ・ゴヤ]]（[[1746年]] - [[1828年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャック・ルイ・ダヴィッド]]（[[1748年]] - [[1825年]]）&lt;br /&gt;
* [[エリザベート＝ルイーズ・ヴィジェ＝ルブラン|エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン]]（[[1755年]] - [[1842年]]）&lt;br /&gt;
* [[アントニオ・カノーヴァ]]（[[1757年]] - [[1822年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 音楽 ====&lt;br /&gt;
* [[アントニオ・ストラディバリ]]（[[1644年]] - [[1737年]]）&lt;br /&gt;
* [[アレッサンドロ・スカルラッティ]]（[[1660年]] - [[1725年]]）&lt;br /&gt;
* [[フランソワ・クープラン]]（[[1668年]] - [[1733年]]）&lt;br /&gt;
* [[アントニオ・ヴィヴァルディ]]（[[1678年]] - [[1741年]]）&lt;br /&gt;
* [[ゲオルク・フィリップ・テレマン]]（[[1681年]] - [[1767年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャン＝フィリップ・ラモー|ジャン・フィリップ・ラモー]]（[[1683年]] - [[1764年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヨハン・ゼバスティアン・バッハ]]（[[1685年]] - [[1750年]]）&lt;br /&gt;
* [[ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル]]（[[1685年]] - [[1759年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジュゼッペ・タルティーニ]]（[[1692年]] - [[1770年]]）&lt;br /&gt;
* [[ファリネッリ]]（[[1705年]] - [[1782年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ]]（[[1710年]] - [[1736年]]）&lt;br /&gt;
* [[クリストフ・ヴィリバルト・グルック]]（[[1714年]] - [[1787年]]）&lt;br /&gt;
* [[フランツ・ヨーゼフ・ハイドン]]（[[1732年]] - [[1809年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョヴァンニ・パイジエッロ]]（[[1740年]] - [[1816年]]）&lt;br /&gt;
* [[ドメニコ・チマローザ]]（[[1749年]] - [[1801年]]）&lt;br /&gt;
* [[アントニオ・サリエリ]]（[[1750年]] - [[1825年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト]]（[[1756年]] - [[1791年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 科学と技術 ====&lt;br /&gt;
* [[アイザック・ニュートン]]（[[1642年]] - [[1727年]]）&lt;br /&gt;
* [[エドモンド・ハレー]]（[[1656年]] - [[1742年]]）&lt;br /&gt;
* [[トーマス・ニューコメン]]（[[1664年]] - [[1729年]]）&lt;br /&gt;
* ダービー父子&lt;br /&gt;
**エイブラハム・ダービー1世（[[1678年]] - [[1717年]]）&lt;br /&gt;
**エイブラハム・ダービー2世（[[1711年]] - [[1763年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヨハン・フリードリッヒ・ベトガー]]（[[1682年]] - [[1719年]]）&lt;br /&gt;
* [[ルネ・レオミュール]]（[[1683年]] - [[1757年]]）&lt;br /&gt;
* [[ガブリエル・ファーレンハイト]]（[[1686年]] - [[1736年]]）&lt;br /&gt;
* [[ピーテル・ファン・ミュッセンブルーク]]（[[1692年]] - [[1761年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョン・ハリソン (時計職人)|ジョン・ハリソン]]（[[1693年]] - [[1776年]]）&lt;br /&gt;
* [[ピエール・ルイ・モーペルテュイ]]（[[1698年]] - [[1759年]]）&lt;br /&gt;
* [[ダニエル・ベルヌーイ]]（[[1700年]] - [[1782年]]）&lt;br /&gt;
* [[アンデルス・セルシウス]]（[[1701年]] - [[1744年]]）&lt;br /&gt;
* [[エミリー・デュ・シャトレ]]（[[1706年]] - [[1749年]]）&lt;br /&gt;
* [[レオンハルト・オイラー]]（[[1707年]] - [[1783年]]）&lt;br /&gt;
* [[カール・フォン・リンネ]]（[[1707年]] - [[1778年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョルジュ＝ルイ・ルクレール・ド・ビュフォン|ジョルジュ・ルイ・クレール・ド・ビュフォン]]（[[1707年]] - [[1788年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャック・ド・ヴォーカンソン]]（[[1709年]] - [[1782年]]）&lt;br /&gt;
* [[ミハイル・ロモノーソフ]]（[[1711年]] - [[1765年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジェームズ・ハーグリーブス]]（[[1720年]]頃 - [[1778年]]）&lt;br /&gt;
* [[ニコラ＝ジョゼフ・キュニョー|ニコラ・ジョゼフ・キュニョー]]（[[1725年]] - [[1804年]]） &lt;br /&gt;
* [[ラザロ・スパランツァーニ]] （[[1729年]] - [[1799年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヘンリー・キャヴェンディッシュ]]（[[1731年]] - [[1810年]]）&lt;br /&gt;
* [[エラズマス・ダーウィン]]（[[1731年]] - [[1802年]]）&lt;br /&gt;
* [[リチャード・アークライト]]（[[1732年]] - [[1792年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョゼフ・プリーストリー]]（[[1733年]] - [[1804年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジェームズ・ワット]]（[[1736年]] - [[1819年]]）&lt;br /&gt;
* [[ルイージ・ガルヴァーニ]]（[[1737年]] - [[1798年]]）&lt;br /&gt;
* [[フレデリック・ウィリアム・ハーシェル]]（[[1738年]] - [[1822年]]）&lt;br /&gt;
* [[モンゴルフィエ兄弟]]&lt;br /&gt;
** ジョセフ・ミシェル・モンゴルフィエ（[[1740年]] - [[1810年]]）&lt;br /&gt;
** ジャック・エティエンヌ・モンゴルフィエ（[[1745年]] - [[1799年]]）&lt;br /&gt;
* [[カール・ヴィルヘルム・シェーレ]]（[[1742年]] - [[1786年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョゼフ・バンクス]]（[[1743年]] - [[1820年]]）&lt;br /&gt;
* [[アントワーヌ・ラヴォアジエ]]（[[1743年]] - [[1794年]]）&lt;br /&gt;
* [[カール・ツンベルク]]（[[1743年]] - [[1828年]]）&lt;br /&gt;
* [[エドモンド・カートライト]]（[[1743年]] - [[1823年]]）&lt;br /&gt;
* [[アレッサンドロ・ヴォルタ]]（[[1745年]] - [[1827年]]）&lt;br /&gt;
* [[フィリップ・ピネル]]（[[1745年]] - [[1826年]]）&lt;br /&gt;
* [[ピエール・シモン・ラプラス]]（[[1749年]] - [[1827年]]）&lt;br /&gt;
* [[エドワード・ジェンナー]]（[[1749年]] - [[1823年]]）&lt;br /&gt;
* [[サミュエル・クロンプトン]]（[[1753年]] - [[1827年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 探検家・旅行家 ====&lt;br /&gt;
* [[ヤーコプ・ロッヘフェーン]]（[[1659年]] - [[1729年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヴィトゥス・ベーリング]]（[[1681年]] - [[1741年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジェームズ・クック]]（[[1728年]] - [[1779年]]）&lt;br /&gt;
* [[ルイ・アントワーヌ・ド・ブーガンヴィル]]（[[1729年]] - [[1811年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョン・ケンドリック]]（[[1740年]]頃 - [[1794年]]）&lt;br /&gt;
* [[ラ・ペルーズ伯ジャン＝フランソワ・ド・ガロー]]（[[1741年]] - [[1788年]]？）&lt;br /&gt;
* [[ジョージ・バンクーバー]]（[[1757年]] - [[1798年]]）&lt;br /&gt;
* [[アレグザンダー・マッケンジー (探検家)|アレグザンダー・マッケンジー]]（[[1764年]]　- [[1820年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== その他 ====&lt;br /&gt;
* ジョルジュ・サルマナザール（[[1679年]] - [[1763年]]）&lt;br /&gt;
* ジェームズ・アンダーソン（[[1679年]]/[[1680年]] - [[1739年]]）&lt;br /&gt;
* [[サンジェルマン伯爵]]（[[1691年]]/[[1707年]]? - [[1784年]]）&lt;br /&gt;
* [[フランシス・ダッシュウッド]]（[[1708年]] - [[1781年]]）&lt;br /&gt;
* [[ミュンヒハウゼン男爵]]カール・フリードリヒ・ヒエロニュムス（[[1720年]] - [[1797年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャコモ・カサノヴァ]]（[[1725年]] - [[1798年]]）&lt;br /&gt;
* [[シュヴァリエ・デオン|デオン・ド・ボーモン]]（[[1728年]] - [[1810年]]）&lt;br /&gt;
* [[フランツ・アントン・メスメル]]（[[1734年]] - [[1815年]]）&lt;br /&gt;
* [[ヨハン・カスパー・ラヴァーター]]（[[1741年]] - [[1801年]]）&lt;br /&gt;
* [[カリオストロ|アレッサンドロ・ディ・カリオストロ]]（[[1743年]] - [[1795年]]）&lt;br /&gt;
* アダム・ヴァイスハウプト（[[1748年]] - [[1830年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジャンヌ・ド・ラ・モット・ヴァロア]]（[[1756年]] - [[1791年]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 北アメリカ ===&lt;br /&gt;
* [[ベンジャミン・フランクリン]]（[[1706年]] - [[1790年]]） - アメリカの政治家・外交官・科学者&lt;br /&gt;
* [[サミュエル・アダムズ]]（[[1722年]] - [[1803年]]） - アメリカの政治家&lt;br /&gt;
* [[ジェイムズ・オーティス]]（[[1725年]] - [[1783年]]） - アメリカの法律家・政治家&lt;br /&gt;
* [[ジョージ・ワシントン]]（[[1732年]] - [[1799年]]） - アメリカ初代大統領・軍人&lt;br /&gt;
* [[パトリック・ヘンリー]]（[[1736年]] - [[1799年]]） - アメリカの法律家・政治家&lt;br /&gt;
* [[アレクサンダー・ハミルトン]]（[[1755年]] - [[1804年]]） - アメリカ財務長官・思想家&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ラテン・アメリカとカリブ海 ===&lt;br /&gt;
* {{仮リンク|フランシスコ・ヒメネス|en|Francisco Ximénez}}（[[1666年]] - [[1729年]]頃） - 植民地[[グアテマラ]]のドミニコ会士・マヤ時代の写本を整理翻訳し『{{仮リンク|ポポル・ヴフ|en|Popol Vuh}}』として編纂&lt;br /&gt;
* [[黒髭|エドワード・ティーチ]]（黒髭）（[[1680年]]？ - [[1718年]]） - [[カリブ海]]で活躍したイギリス人[[海賊]]・[[海賊の黄金時代]]を代表する&lt;br /&gt;
* ホセ・デ・アンテケラ・イ・カストロ（[[1689年]] - [[1731年]]） - 植民地[[パラグアイ]]の総督・イエズス会とパラグアイ支配権を争い反乱を起こし処刑される&lt;br /&gt;
* [[フニペロ・セラ]]（[[1713年]] - [[1784年]]） - 植民地[[アルタ・カリフォルニア]]のフランシスコ会士・先住民の強制改宗で「最後のコンキスタドール」と呼ばれる&lt;br /&gt;
* アレイジャディーニョ（[[1738年]] - [[1814年]]） - 植民地ブラジルの建築家で彫刻家・コンゴーニャスのボン・ジェズス教会が有名&lt;br /&gt;
* [[ホセ・ガブリエル・コンドルカンキ]]（[[1742年]] - [[1781年]]） - 植民地ペルーの反乱指導者・インカの末裔[[トゥパク・アマル2世]]と名乗る&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== イスラム文化圏 ===&lt;br /&gt;
* ネヴシェヒルリ・イブラヒム・パシャ（[[1666年]] - [[1730年]]） - オスマン帝国の大宰相・チューリップ時代にアフメト3世を支える&lt;br /&gt;
* イルミセキズ・チェレビー（[[1670年]] - [[1732年]]） - オスマン帝国の外交官・大宰相の命によりフランスを訪問し西欧文化を紹介する&lt;br /&gt;
* [[アフメト3世]]（[[1673年]] - [[1736年]]） - オスマン帝国の第23代皇帝（在位[[1703年]] - [[1730年]]）・チューリップ時代を現出する&lt;br /&gt;
* [[イブラヒム・ミュテフェッリカ]]（[[1674年]] - [[1745年]]） - オスマン帝国の外交官・ムスリムによる最初の活版印刷所を[[イスタンブル]]に創設&lt;br /&gt;
* ネディーム （[[1681年]]？ - [[1730年]]） - オスマン帝国のチューリップ時代の[[トルコ文学|トルコ語]]の詩人・現世的喜びを詠う&lt;br /&gt;
* アブドルジェリル・レヴニー（？ - [[1732年]]） - オスマン帝国のチューリップ時代の画家で[[細密画]]（ミニアチュール）に優れる&lt;br /&gt;
* パトロナ・ハリル（（？ - [[1732年]]） - オスマン帝国の反乱指導者・元は[[イェニチェリ]]で無頼・反乱を起こしチューリップ時代を終わらせる&lt;br /&gt;
* [[ナーディル・シャー]]（[[1688年]] - [[1747年]]） - イランの[[アフシャール朝]]の君主（在位[[1736年]] - [[1747年]]）・「第二のアレクサンドロス」&lt;br /&gt;
* ムハンマド・イブン・アブドゥルワッハーブ（[[1703年]] - [[1792年]]） - アラビアの宗教家・[[ワッハーブ派]]の創始者で[[サウード家]]と結ぶ&lt;br /&gt;
* [[カリーム・ハーン]]（[[1705年]]頃 - [[1779年]]） - イランの[[ザンド朝]]の初代君主（[[1750年]] - [[1779年]]）・イランを復興し[[シーラーズ]]に遷都 &lt;br /&gt;
* [[アフマド・シャー・アブダーリー]]（[[1723年]] - [[1773年]]） - アフガニスタンの[[ドゥッラーニー朝]]の初代君主（在位[[1747年]] - [[1773年]]）&lt;br /&gt;
* [[アーガー・モハンマド・シャー]]（[[1742年]]？ - [[1797年]]） - イランの[[カージャール朝]]の初代君主（在位[[1796年]] - [[1797年]]）・[[テヘラン]]に遷都&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== インド・東南アジア ===&lt;br /&gt;
* [[ミール・カマルディン]]（[[1671年]] - [[1748年]]） - ムガル帝国の将軍・後にハイデラバードのニザーム藩王国初代藩王（在位[[1724年]] - [[1748年]]）&lt;br /&gt;
* [[ジョゼフ・フランソワ・デュプレクス]]（[[1697年]] - [[1763年]]） - フランス領インド総督・第一次カーナティック戦争で優位に立つ&lt;br /&gt;
* バージー・ラーオ1世（[[1700年]] - [[1740年]]） - マラータ同盟の宰相（在位[[1720年]] - [[1740年]]）・「[[シヴァージー]]の再来」と呼ばれデリーを攻撃&lt;br /&gt;
* [[アラウンパヤー]]（[[1714年]] - [[1760年]]） - ミャンマーの[[コンバウン朝]]の創設者（在位[[1752年]] - [[1760年]]）・国内を統一し[[ラングーン]]市を整備&lt;br /&gt;
* [[ミール・タキー・ミール]]（[[1723年]] - [[1810年]]） - インドの[[ガザル|ウルドゥー抒情詩（ガザル）]]詩人・『ニカートッシュアラー』『ジィクレ・ミール』がある &lt;br /&gt;
* [[ロバート・クライブ]]（[[1725年]] - [[1774年]]） - イギリス出身の軍人・プラッシーの戦いでフランスに勝利しイギリス領インドの基礎を築く&lt;br /&gt;
* [[ウォーレン・ヘースティングズ]]（[[1732年]] - [[1818年]]） - イギリス出身の政治家・ベンガル知事からインドの初代総督となる&lt;br /&gt;
* [[タークシン]]（[[1734年]] - [[1782年]]） - [[トンブリー朝]]唯一のシャム国王（在位[[1767年]] - [[1782年]]）・アユタヤ朝滅亡後の国家を再建する&lt;br /&gt;
* [[ラーマ1世]]（[[1737年]] - [[1809年]]） - チャクリー朝初代のシャム国王（在位[[1782年]] - [[1809年]]）・新たにバンコクを建設し遷都する&lt;br /&gt;
* [[ティープー・スルターン]]（[[1750年]] - [[1799年]]） - インドのマイソール王国国王（在位[[1782年]] - [[1799年]]）・イギリスとの熾烈な戦いで有名&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東アジア ===&lt;br /&gt;
==== 清 ====&lt;br /&gt;
* [[康熙帝]]（[[1654年]] - [[1722年]]） - 清の第4代皇帝（在位[[1661年]] - [[1722年]]）・中国屈指の名君・在位60年で「三世の春」時代を迎える&lt;br /&gt;
* [[ジョアシャン・ブーヴェ]]（白進）（[[1656年]] - [[1730年]]） - フランス人のイエズス会士・「皇輿全覧図」を作成し『康熙帝伝』を執筆&lt;br /&gt;
* ジャン・バティスト・レジス（雷孝思）（[[1663年]] - [[1738年]]） - フランス人のイエズス会士・ブーヴェらと「皇輿全覧図」を作成&lt;br /&gt;
* [[張廷玉]]（[[1672年]] - [[1755年]]） - 清の政治家・軍機大臣・康熙帝から乾隆帝までの三朝五十年仕える・『[[明史]]』などの編纂にも従事&lt;br /&gt;
* [[沈徳潜]]（[[1673年]] - [[1769年]]） - 清の文人・学者・乾隆帝から「東南二老」の一人と讃えられる・『五朝詩別裁集』がある&lt;br /&gt;
* [[雍正帝]]（[[1678年]] - [[1735年]]） - 清の第5代皇帝（在位[[1722年]] - [[1735年]]）・政務に精励し独裁権を確立・[[軍機処]]を設置&lt;br /&gt;
* 曾静（[[1679年]] - [[1735年]]） - 清の思想家・反清思想で捕縛されるが転向・その経緯は『[[大義覚迷録]]』に詳しい・乾隆帝により処刑される&lt;br /&gt;
* [[沈南蘋]]（[[1682年]] - [[1760年]]以降） - 清の画家・徳川幕府に招聘され長崎に滞在・写生的な花鳥画の技法を日本に伝える&lt;br /&gt;
* 金農（[[1687年]] - [[1763年]]） - 清の書家・画家・官途につかず揚州八怪の一人として在野で活躍・[[金石学]]から学んだ[[隷書]]が有名&lt;br /&gt;
* [[ジュゼッペ・カスティリオーネ]]（郎世寧）（[[1688年]] - [[1766年]]） - イタリア人のイエズス会士・乾隆帝に画家として仕え[[円明園]]を設計&lt;br /&gt;
* [[鄭燮]]（[[1693年]] - [[1765年]]） - 清の書家・画家・官途につくも辞任・揚州八怪の一人・金農とともに金石学を学び碑学派の先駆となる&lt;br /&gt;
* [[呉敬梓]]（[[1701年]] - [[1754年]]） - 清の文人・官吏の弊風を諷刺した長編口語小説『[[儒林外史]]』を書く&lt;br /&gt;
* [[乾隆帝]]（[[1711年]] - [[1799年]]） - 清の第6代皇帝（在位[[1735年]] - [[1795年]]）・「三世の春」の円熟期を代表し「十全武功」を誇った&lt;br /&gt;
* [[袁枚]]（[[1716年]] - [[1797年]]） - 清の詩人・散文作家・性霊説を唱えた詩論『随園詩話』や料理書『随園食単』怪異談『子不語』が有名&lt;br /&gt;
* [[戴震]]（[[1724年]] - [[1777年]]） - 清の学者（考証学）・『四庫全書』の編纂官となり天算（暦）の部の校訂を行う・著書に『孟子字義疏証』&lt;br /&gt;
* [[紀昀]]（[[1724年]] - [[1805年]]） - 清の官吏・学者・『四庫全書』の総編集を担当・詩文や論文は残さず怪異談『閲微草堂筆記』が残る&lt;br /&gt;
* [[曹雪芹]]（[[1724年]]頃 - [[1763年]]頃） - 清の作家・没落した旗人に生まれ貧窮の中で長編口語小説『[[紅楼夢]]』を完成させる&lt;br /&gt;
* [[趙翼]]（[[1727年]] - [[1812年]]） - 清の官吏・学者（考証学）・正史二十二史の編纂形式や内容を考証した『[[二十二史箚記]]』を執筆&lt;br /&gt;
* [[銭大昕]]（[[1728年]] - [[1804年]]） - 清の官吏・学者（考証学）・正史二十二史の編纂形式や内容を考証した『[[二十二史考異]]』を執筆&lt;br /&gt;
* 王倫（？ - [[1774年]]） - 清の反乱指導者・白蓮教系清水教の頭目として反乱を起こすが鎮圧される&lt;br /&gt;
* [[林爽文]]（？ - [[1788年]]） - 清の反乱指導者・[[天地会]]に参加し台湾で反乱を起こすが鎮圧される・乾隆帝の「十全武功」の一つとされる&lt;br /&gt;
* 容妃（[[1734年]] - [[1788年]]） - 清の乾隆帝の后妃・西域から召されながら乾隆帝の寵愛を拒んで自殺したという伝説の「香妃」のモデル&lt;br /&gt;
* [[段玉裁]]（[[1735年]] - [[1815年]]） - 清の官吏・学者（考証学）・戴震に音韻論を学び『説文解字注』などの著作を残す &lt;br /&gt;
* [[ジョージ・マカートニー]]（[[1737年]] - [[1806年]]） - イギリスの政治家・外交官・熱河で乾隆帝と会見するが貿易制限改善の交渉は失敗&lt;br /&gt;
* [[章学誠]]（[[1738年]] - [[1801年]]） - 清の学者（考証学）・史学研究から『文史通義』や『[[校讐通義]]』などの著作を残す&lt;br /&gt;
* [[トウ石如|鄧石如]]（[[1743年]] - [[1805年]]） - 清の書家・篆刻家・秦篆や漢隷を再評価し[[碑学派]]の祖とされる・『完白山人印譜』がある&lt;br /&gt;
* [[和珅]]（[[1750年]] - [[1799年]]） - 清の政治家（軍機大臣）・晩年の乾隆帝の寵を受け専横を尽くす・不正蓄財を行い [[嘉慶帝]]に処罰される&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 大越 ====&lt;br /&gt;
* [[ピニョー・ド・ベーヌ]]（百多禄）（[[1741年]] - [[1799年]]） - フランス人宣教師・越南の[[阮福映]]（後の嘉隆帝）を補佐し[[西山朝]]と戦う&lt;br /&gt;
* [[阮恵]]（[[1753年]] - [[1792年]]） - 大越の西山朝の皇帝（在位[[1788年]] - [[1792年]]）・西山三兄弟の末弟・広南阮氏や東京鄭氏を倒し[[黎朝]]を滅ぼす&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 李氏朝鮮 ====&lt;br /&gt;
* [[英祖 (朝鮮王)|英祖]]（[[1694年]] - [[1776年]]） - 李氏朝鮮の21代国王（在位[[1724年]] - [[1776年]]）・党争を抑え長期間王位にあった・[[荘献世子]]を廃太子とする&lt;br /&gt;
* 金仁謙（[[1707年]] - [[1772年]]） - 李氏朝鮮の儒者・第11次[[朝鮮通信使]]の外交書記官・[[ハングル]]で書かれた『[[日東壮遊歌]]』を残す&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本 ===&lt;br /&gt;
* [[近松門左衛門]]（[[1653年]] - [[1725年]]） - 浄瑠璃作者・時代物『[[国姓爺合戦]]』や世話物『[[曽根崎心中]]』などがある&lt;br /&gt;
* [[新井白石]]（[[1657年]] - [[1725年]]） - 儒学者・政治家として将軍家宣・将軍家継に仕え[[正徳の治]]を推進・著作に『読史余論』ほか&lt;br /&gt;
* [[柳沢吉保]]（[[1658年]] - [[1714年]]） - 大名（甲斐甲府藩主）・[[老中格]]・[[大老|大老格]]・将軍綱吉に仕え元禄から宝永の幕政を指導&lt;br /&gt;
* [[荻原重秀]]（[[1658年]] - [[1713年]]） - 江戸幕府の[[勘定奉行]]・[[元禄]]から[[宝永]]での貨幣改鋳を行う・新井白石により罷免される&lt;br /&gt;
* [[尾形光琳]]（[[1658年]] - [[1716年]]） - 画家（[[琳派]]）・「紅白梅図屏風」「燕子花図屏風」がある・陶芸家[[尾形乾山]]は弟&lt;br /&gt;
* [[大石良雄]]（[[1659年]] - [[1703年]]） - 義士・赤穂藩家老・[[元禄赤穂事件]]で主君[[浅野長矩]]の敵[[吉良義央]]を討つ&lt;br /&gt;
* [[山本常朝]]（[[1659年]] - [[1719年]]） - 武士（佐賀藩士）・思想家・[[武士道]]で知られる『[[葉隠]]』を著す&lt;br /&gt;
* [[徳川家宣]]（[[1662年]] - [[1712年]]） - 江戸幕府6代将軍（在任[[1709年]] - [[1712年]]）・その治世が正徳の治 &lt;br /&gt;
* [[徳川家継]]（[[1709年]] - [[1716年]]） - 江戸幕府7代将軍（在任[[1713年]] - [[1716年]]）・その治世が正徳の治 &lt;br /&gt;
* 寺島良安（生没年不詳） - 医師・中国の『[[三才図会]]』を範とした日本最初の絵入り[[百科事典]]『[[和漢三才図会]]』を著述&lt;br /&gt;
* [[荻生徂徠]]（[[1666年]] - [[1728年]]） - 儒学者（[[古文辞学]]）・蘐園学派を形成し著作に『政談』『論語徴』がある&lt;br /&gt;
* [[間部詮房]]（[[1666年]] - [[1720年]]）  - 大名（上野高崎藩主）・側用人・老中格・将軍家宣・将軍家継に仕え[[正徳の治]]を推進&lt;br /&gt;
* [[雨森芳洲]]（[[1668年]] - [[1755年]]） - 儒学者・中国語や朝鮮語に通じ[[対馬藩]]に仕えて李氏朝鮮との通好実務にも携わる&lt;br /&gt;
* [[ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティ]]（[[1668年]] - [[1714年]]） - カトリック司祭・鎖国下の日本に潜入・新井白石との交流で有名&lt;br /&gt;
* [[荷田春満]]（[[1669年]] - [[1736年]]） - 国学者・国学の四大人の一人・著作に『万葉集僻案抄』などがある&lt;br /&gt;
* [[大岡忠相]]（[[1677年]] - [[1752年]]） - 政治家（寺社奉行ほか）・大名（西大平藩初代藩主）・将軍吉宗を補佐し享保の改革を推進&lt;br /&gt;
* [[絵島]]（[[1681年]] - [[1741年]]） - [[大奥]]御年寄・将軍家継生母[[月光院]]の側近・大奥風紀粛清に伴う疑獄事件（[[絵島事件]]）の中心人物&lt;br /&gt;
* [[徳川吉宗]]（[[1684年]] - [[1751年]]） - 江戸幕府8代将軍（在任[[1716年]] - [[1745年]]）・享保の改革を進め江戸幕府中興の祖とされる&lt;br /&gt;
* [[石田梅岩]]（[[1685年]] - [[1744年]]） - 思想家・石門心学の祖・商人の職業倫理を肯定し『[[都鄙問答]]』などを著す&lt;br /&gt;
* [[白隠慧鶴]]（[[1686年]] - [[1768年]]） - 禅僧・臨済宗中興の祖・公案を用いた[[看話禅]]を体系化・『夜船閑話』『[[坐禅和讃]]』ほか禅画も有名&lt;br /&gt;
* [[竹田出雲]]（[[1691年]] - [[1756年]]） - 浄瑠璃作者・竹本座の座元・『[[仮名手本忠臣蔵]]』『[[義経千本桜]]』を著す&lt;br /&gt;
* [[徳川宗春]]（[[1696年]] - [[1764年]]） - 大名（[[御三家]]尾張藩主）・規制緩和政策をとり倹約重視の徳川吉宗と対立し蟄居させられる&lt;br /&gt;
* [[賀茂真淵]]（[[1697年]] - [[1769年]]） - 国学者・国学の四大人の一人・『[[源氏物語新釈]]』『[[にひまなび]]』の著作がある&lt;br /&gt;
* [[青木昆陽]]（[[1698年]] - [[1769年]]） - 蘭学者・救荒作物である[[甘藷]]（サツマイモ）の栽培に尽くし「甘藷先生」と呼ばれる &lt;br /&gt;
* [[安藤昌益]]（[[1703年]] - [[1762年]]） - 思想家・医師・封建社会批判の『自然真営道』を執筆するが生前は郷里以外ではほとんど無名だった&lt;br /&gt;
* [[徳川家重]]（[[1712年]] - [[1761年]]） - 江戸幕府9代将軍（在任[[1745年]] - [[1760年]]）・病弱のため[[側用人]][[大岡忠光]]が補佐をする&lt;br /&gt;
* [[竹内敬持|竹内式部]]（[[1712年]] - [[1768年]]） - 国学者・神道家・公卿に尊王論を説き追放される（宝暦事件）・明和事件にも連座&lt;br /&gt;
* [[伊藤若冲]]（[[1716年]] - [[1800年]]） - 画家・「[[動植綵絵]]」「鹿苑寺大書院障壁画」などの細密描写から「奇想の画家」とも呼ばれる&lt;br /&gt;
* [[与謝蕪村]]（[[1716年]] - [[1784年]]） - 俳人としては江戸俳諧中興の祖と呼ばれる・画家としては文人画として「[[十便十宜図]]」などを残す&lt;br /&gt;
* [[木喰]]（[[1718年]] - [[1810年]]） - 真言宗の僧侶・仏師として日本各地に「木喰仏」と呼ばれる木造仏を残す  &lt;br /&gt;
* [[田沼意次]]（[[1719年]] - [[1788年]]） - 大名（遠江相良藩主）・老中・重商主義による政治を行い「田沼時代」を現出した&lt;br /&gt;
* [[前野良沢]]（[[1723年]] - [[1803年]]） - 藩医（豊前中津藩）・蘭学者・杉田玄白らとともに『[[解体新書]]』の翻訳を行う&lt;br /&gt;
* [[池大雅]]（[[1723年]] - [[1776年]]） - 画家・与謝蕪村とともに日本の[[文人画]]（南画）の大成者とされる・代表作に「楼閣山水図」ほか&lt;br /&gt;
* [[三浦梅園]]（[[1723年]] - [[1789年]]） - 医師・経世論家・条理学と言われる独自の学問体系を築き『[[玄語]]』ほかの著作を残す&lt;br /&gt;
* [[山県大弐]]（[[1725年]] - [[1767年]]） - 儒学者・神道家・江戸に私塾「柳荘」を営むが謀反の疑いをかけられ処刑される（明和事件）&lt;br /&gt;
* [[鈴木春信]]（[[1725年]]？ - [[1770年]]） - 浮世絵師・多色摺りから[[錦絵]]を発展させる・代表作は「風流四季歌仙」ほか &lt;br /&gt;
* [[平賀源内]]（[[1728年]] - [[1780年]]） - 本草学者・蘭学者・戯作家・発明家・画家・多種多芸の才能を持ちエレキテル実用などで有名&lt;br /&gt;
* [[本居宣長]]（[[1730年]] - [[1801年]]） - 国学者・国学の四大人の一人・『[[古事記伝]]』『[[源氏物語玉の小櫛]]』を著した&lt;br /&gt;
* [[中井竹山]]（[[1730年]] - [[1804年]]） - 儒学者・大坂の学問所[[懐徳堂]]の4代目学主・懐徳堂の全盛期を支える・[[中井履軒]]は弟&lt;br /&gt;
* [[曾我蕭白]]（[[1730年]] - [[1781年]]） - 画家・「群仙図屏風」「商山四皓図屏風」など大胆で創意に満ちた作風から「奇想の画家」とも呼ばれる&lt;br /&gt;
* [[円山応挙]]（[[1733年]] - [[1795年]]） - 画家（四条円山派）・写生を重視した画風で代表作に「[[大乗寺 (香美町)|大乗寺障壁画]]」「雪松図屏風」がある&lt;br /&gt;
* [[杉田玄白]]（[[1733年]] - [[1817年]]） - 藩医（若狭小浜藩）・蘭学者・前野良沢らとともに『[[解体新書]]』の翻訳を行う&lt;br /&gt;
* [[上田秋成]]（[[1734年]] - [[1809年]]） - 読本作者・歌人・国学者・怪異小説『[[雨月物語]]』『[[春雨物語]]』ほかを執筆する&lt;br /&gt;
* [[工藤平助]]（[[1734年]] - [[1801年]]） - 仙台藩の藩医・経世論家・『[[赤蝦夷風説考]]』でロシアの南下を警告・田沼意次の[[蝦夷地]]開発計画に影響&lt;br /&gt;
* [[木村蒹葭堂]]（[[1736年]] - [[1802年]]） - 文人・画家・本草学者・本業の造り酒屋を営む一方で文化人と交流し「浪速の知の巨人」と呼ばれる&lt;br /&gt;
* [[柴野栗山]]（[[1736年]] - [[1807年]]） - 儒学者・[[湯島聖堂]]の責任者となり「[[寛政異学の禁]]」を指導・「[[寛政の三博士]]」の一人&lt;br /&gt;
* [[徳川家治]]（[[1737年]] - [[1786年]]） - 江戸幕府10代将軍（在任[[1760年]] - [[1786年]]）・田沼意次に政務を任せ「田沼時代」を迎える&lt;br /&gt;
* [[林子平]]（[[1738年]] - [[1793年]]） - 経世論家・国防の充実を唱えた『[[海国兵談]]』や『[[三国通覧図説]]』を執筆・「[[寛政の三奇人]]」の一人&lt;br /&gt;
* [[塙保己一]]（[[1746年]] - [[1821年]]） - 国学者・総検校・失明を乗り越え古典籍の一大叢書である『[[群書類従]]』『[[続群書類従]]』を編纂&lt;br /&gt;
* [[高山彦九郎]]（[[1747年]] - [[1793年]]） - 思想家・勤皇論を唱えて日本各地を歴訪し膨大な旅日記を残す・「寛政の三奇人」の一人&lt;br /&gt;
* [[司馬江漢]]（[[1747年]] - [[1818年]]） - 浮世絵師であったが後に日本最初の[[銅版画]]家となる・蘭学者として『和蘭天説』などの啓蒙書を残す&lt;br /&gt;
* [[大田南畝]]（[[1749年]] - [[1823年]]） - 幕吏・文人・狂歌師としては『万載狂歌集』を編纂し「天明狂歌」の流行の中心人物となる&lt;br /&gt;
* [[蔦屋重三郎]]（[[1750年]] - [[1797年]]） - 版元（出版人）・戯作者の[[山東京伝]]や浮世絵師の喜多川歌麿や東洲斎写楽を世に出す&lt;br /&gt;
* [[谷風梶之助]]（[[1750年]] - [[1795年]]） - [[大相撲力士]]・第4代[[横綱]]（実質的な初代横綱）・江戸本場所63連勝の大記録を残す&lt;br /&gt;
* [[上杉鷹山]]（[[1751年]] - [[1822年]]） - 大名（出羽米沢藩主）（在任[[1767年]] - [[1785年]]）・天明の大飢饉を克服し藩政改革を成し遂げる&lt;br /&gt;
* [[松平治郷]]（[[1751年]] - [[1818年]]） - 大名（出雲松江藩主）・藩政改革を指導し一定の成果をあげる・茶人としても有名で号は不昧&lt;br /&gt;
* [[大黒屋光太夫]]（[[1751年]] - [[1828年]]） - 漂流者・ロシアに渡り女帝エカチェリーナ2世に謁見・[[桂川甫周]]により『[[北槎聞略]]』が記録される&lt;br /&gt;
* [[喜多川歌麿]]（[[1750年代]] - [[1806年]]） - 浮世絵師・[[大首絵]]と呼ばれる[[美人画]]で一世を風靡・代表作に「寛政三美人」がある&lt;br /&gt;
* [[最上徳内]]（[[1754年]] - [[1836年]]） - 幕府普請役・探検家・近藤重蔵と[[千島列島]]から[[択捉島]]を探検し「大日本恵土呂府」の標識を立てる&lt;br /&gt;
* [[松平定信]]（[[1759年]] - [[1829年]]） - 大名（陸奥白河藩主）・老中・徳川吉宗の孫であり祖父に習って[[寛政の改革]]を行う&lt;br /&gt;
* [[アダム・ラクスマン]]（[[1766年]] - [[1806年]]以降） - ロシアの軍人・最初の遣日使節・大黒屋光太夫の保護と帰国に尽力したが通商は拒否される&lt;br /&gt;
* [[蒲生君平]]（[[1768年]] - [[1813年]]） - 思想家・北辺防備を唱えた『不恤緯』や天皇陵墓を調査した『[[山陵志]]』がある・「寛政の三奇人」の一人&lt;br /&gt;
* [[近藤重蔵]]（[[1771年]] - [[1829年]]） - 幕臣・探検家・最上徳内と千島列島から択捉島を探検し「大日本恵土呂府」の標識を立てる&lt;br /&gt;
* [[徳川家斉]]（[[1773年]] - [[1841年]]） - 江戸幕府11代将軍（在任[[1787年]] - [[1837年]]）・治世は寛政の改革から[[大御所時代]]に及ぶ&lt;br /&gt;
* [[東洲斎写楽]]（活躍時期[[1794年]] - [[1795年]]） - 浮世絵師・阿波の能役者斎藤十郎兵衛説が有力・代表作に「大谷鬼次の江戸兵衛」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 科学技術 ==&lt;br /&gt;
*[[ピアノ]]の発明。&lt;br /&gt;
*[[科学アカデミー (フランス)|フランス科学アカデミー]]が、[[地球楕円体]]の形状の論争に決着をつけるために[[赤道]]近傍と[[北極]]近傍の[[子午線弧]]長を比較し（[[1735年]]〜[[1740年]]）、[[地球]]の数学的形状は[[扁球]]として解釈できることが確認された。&lt;br /&gt;
*[[ベンジャミン・フランクリン]]による[[雷]]がelectricity（[[電気]]）であることの解明と[[避雷針]]の発明。[[アレッサンドロ・ボルタ]]による[[ボルタ電堆]]の発明。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 10年紀と各年 ==&lt;br /&gt;
:&lt;br /&gt;
{|&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &#039;&#039;&#039;[[1700年代]]&#039;&#039;&#039; || [[1700年|1700]] || [[1701年|1701]]&lt;br /&gt;
| [[1702年|1702]] || [[1703年|1703]]&lt;br /&gt;
| [[1704年|1704]] || [[1705年|1705]] || [[1706年|1706]]&lt;br /&gt;
| [[1707年|1707]] || [[1708年|1708]] || [[1709年|1709]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &#039;&#039;&#039;[[1710年代]]&#039;&#039;&#039; || [[1710年|1710]] || [[1711年|1711]]&lt;br /&gt;
| [[1712年|1712]] || [[1713年|1713]]&lt;br /&gt;
| [[1714年|1714]] || [[1715年|1715]] || [[1716年|1716]]&lt;br /&gt;
| [[1717年|1717]] || [[1718年|1718]] || [[1719年|1719]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &#039;&#039;&#039;[[1720年代]]&#039;&#039;&#039; || [[1720年|1720]] || [[1721年|1721]]&lt;br /&gt;
| [[1722年|1722]] || [[1723年|1723]]&lt;br /&gt;
| [[1724年|1724]] || [[1725年|1725]] || [[1726年|1726]]&lt;br /&gt;
| [[1727年|1727]] || [[1728年|1728]] || [[1729年|1729]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &#039;&#039;&#039;[[1730年代]]&#039;&#039;&#039; || [[1730年|1730]] || [[1731年|1731]]&lt;br /&gt;
| [[1732年|1732]] || [[1733年|1733]]&lt;br /&gt;
| [[1734年|1734]] || [[1735年|1735]] || [[1736年|1736]]&lt;br /&gt;
| [[1737年|1737]] || [[1738年|1738]] || [[1739年|1739]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &#039;&#039;&#039;[[1740年代]]&#039;&#039;&#039; || [[1740年|1740]] || [[1741年|1741]]&lt;br /&gt;
| [[1742年|1742]] || [[1743年|1743]]&lt;br /&gt;
| [[1744年|1744]] || [[1745年|1745]] || [[1746年|1746]]&lt;br /&gt;
| [[1747年|1747]] || [[1748年|1748]] || [[1749年|1749]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &#039;&#039;&#039;[[1750年代]]&#039;&#039;&#039; || [[1750年|1750]] || [[1751年|1751]]&lt;br /&gt;
| [[1752年|1752]] || [[1753年|1753]]&lt;br /&gt;
| [[1754年|1754]] || [[1755年|1755]] || [[1756年|1756]]&lt;br /&gt;
| [[1757年|1757]] || [[1758年|1758]] || [[1759年|1759]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
| &#039;&#039;&#039;[[1760年代]]&#039;&#039;&#039; || [[1760年|1760]] || [[1761年|1761]]&lt;br /&gt;
| [[1762年|1762]] || [[1763年|1763]]&lt;br /&gt;
| [[1764年|1764]] || [[1765年|1765]] || [[1766年|1766]]&lt;br /&gt;
| [[1767年|1767]] || [[1768年|1768]] || [[1769年|1769]]&lt;br /&gt;
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