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	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<title>秋山成勲</title>
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		<updated>2014-07-13T07:51:02Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;110.9.103.134: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{観点|date=2009年1月}}&lt;br /&gt;
{{MedalTableTop}}&lt;br /&gt;
{{MedalCountry|{{KOR}} {{JPN}}}}&lt;br /&gt;
{{MedalSport|男子 [[柔道]]}}&lt;br /&gt;
{{MedalCompetition|[[アジア競技大会|アジア大会]]}}&lt;br /&gt;
{{MedalGold|2002 釜山|81kg級}}&lt;br /&gt;
{{MedalCompetition|[[アジア柔道選手権大会|アジア柔道選手権]]}}&lt;br /&gt;
{{MedalGold|2001 ウランバートル|81kg級}}&lt;br /&gt;
{{MedalBottom}}&lt;br /&gt;
{{MMA statsbox3&lt;br /&gt;
|name=秋山 成勲&lt;br /&gt;
|image=Yoshihiro Akiyama.jpg&lt;br /&gt;
|realname=同じ（旧名：秋成勲）&lt;br /&gt;
|nickname=反骨の柔道王&amp;lt;br /&amp;gt;反骨の柔道鬼&amp;lt;br /&amp;gt;魔王&amp;lt;br /&amp;gt;セクシー山&lt;br /&gt;
|nationality={{JPN}}&lt;br /&gt;
|birth={{生年月日と年齢|1975|7|29}}&lt;br /&gt;
|place=[[大阪府]][[大阪市]][[生野区]]&lt;br /&gt;
|died=&lt;br /&gt;
|team=フリーランス&amp;lt;br /&amp;gt;→[[チーム・クラウド]]&lt;br /&gt;
|cm=177cm&lt;br /&gt;
|kg=77kg&lt;br /&gt;
|reach=191cm&lt;br /&gt;
|weight=[[ミドル級]]（[[DREAM (格闘技イベント)|DREAM]]）&amp;lt;br /&amp;gt;[[ライトヘビー級]]（[[HERO&#039;S]]）&amp;lt;br /&amp;gt;[[ウェルター級]]（[[UFC]]）&lt;br /&gt;
|style=[[柔道]]&lt;br /&gt;
|theme=[[コン・テ・パルティロ|Time To Say Good Bye]]&amp;lt;br /&amp;gt;（[[サラ・ブライトマン]]）&lt;br /&gt;
|}}&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;秋山 成勲&#039;&#039;&#039;（あきやま よしひろ、本名同じ、旧名：秋 成勲（チュ・ソンフン、[[ハングル]]：{{Lang|ko|추성훈}}）、男性、[[1975年]][[7月29日]] - ）は、[[日本]]の[[総合格闘家]]。元[[柔道家]]（三段）。[[大阪府]][[大阪市]][[生野区]]出身。[[エーチームグループ]]所属。妻はモデルの[[SHIHO (ファッションモデル)|SHIHO]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[在日韓国・朝鮮人|在日韓国人]]四世として生まれ、後に[[帰化]]し日本[[国籍]]を取得した。ニックネームは「&#039;&#039;&#039;反骨の柔道王&#039;&#039;&#039;」「&#039;&#039;&#039;魔王&#039;&#039;&#039;」「&#039;&#039;&#039;セクシー山&#039;&#039;&#039;」（&amp;quot;Sexyama&amp;quot; [[UFC]]でのニックネームである）。大晦日の桜庭戦の反則から、[[やれんのか! 大晦日! 2007|やれんのか!]]では「&#039;&#039;&#039;反骨の柔道鬼&#039;&#039;&#039;」と紹介された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
=== 出生から柔道家時代まで ===&lt;br /&gt;
[[大阪府]][[大阪市]][[生野区]]で在日韓国人四世として生まれる。父親の影響で3歳より[[柔道]]を始める。[[清風中学校・高等学校|清風高校]]から[[近畿大学]]へ入学。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大学卒業後、[[大韓民国|韓国]]へと渡り、[[役所|市役所]]に勤務しながら韓国代表としてオリンピック出場を目指した。しかし、[[在日韓国・朝鮮人|僑胞]]への差別は激しく、韓国代表となることを断念して、2001年9月日本へ帰国、日本国籍を取得し現在の本名・秋山成勲に改名する。平成管財へ入社し、柔道81kg級で活動した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本に帰化し、[[2002年アジア競技大会|釜山アジア大会]]に出場・優勝した際、韓国の[[マスコミ]]に対し「柔道のために日本国籍を取りはしたが、私は永遠に[[朝鮮民族|韓国人]]だ。私を声援してくれた同胞たちに感謝する」とインタビューに答え、かえって韓国のマスコミの批判・バッシングを受ける結果となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2003年には地元大阪で開催された[[2003年世界柔道選手権大会|世界選手権]]に出場した。2回戦でフランスのセドリク・クラベリを[[背負投]]、3回戦でモンゴルのダムディンスレン・ニャムフーを[[払腰]]、準々決勝でトルコのイラクリ・ウズナゼを技ありでそれぞれ破るものの、対戦した3選手全員から｢柔道衣が滑る」という抗議を受けた。そのため準決勝からは新しい柔道衣に着替えて出場することになった（詳細は後述）。その準決勝ではドイツの[[フロリアン・ワナー]]と対戦して、指導でリードしながら終了6秒前に[[大外巻込]]で逆転負けを喫すると、3位決定戦でもポーランドのロベルト・クラフチクに効果で敗れて5位に終わった&amp;lt;ref&amp;gt;｢2003世界柔道選手権大会｣　[[近代柔道]]　[[ベースボールマガジン社]]、2003年10月号&amp;lt;/ref&amp;gt;。なお、大会を放映した[[フジテレビジョン|フジテレビ]]からは「我流JUDOレボリューション」なる[[キャッチコピー]]が付けられた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.fujitv.co.jp/sports/judo2003/member.html 世界柔道　日本代表選手の顔ぶれ]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2004年]]4月4日、[[全日本選抜柔道体重別選手権大会]]（兼アテネオリンピック代表最終選考会）男子81kg級の準決勝で[[塘内将彦]]に優勢負けし、[[アテネオリンピック (2004年)|アテネオリンピック]]代表を逃した。これがきっかけとなり、5月には平成管財を退社、7月には全日本柔道連盟の強化選手指定を辞退した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== プロ格闘家への転身 ===&lt;br /&gt;
[[2004年]]7月からフリーのプロ格闘家として活動。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2004年12月31日、[[K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!]]でプロ格闘技デビュー。1R、[[腕挫十字固|腕ひしぎ十字固め]]で[[フランソワ・ボタ|フランソワ・&amp;quot;ザ・ホワイトバッファロー&amp;quot;・ボタ]]に勝利。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2005年]]3月26日、[[HERO&#039;S]]に初参戦し、[[K-1]]ファイターの[[ジェロム・レ・バンナ]]と対戦。左膝蹴りでKO負け。試合後、「あまりにも体重差がありすぎた。体幹の太さが違う」と振り返った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年10月12日、K-1 WORLD MAX 2005のスペシャルマッチ（総合格闘技ルール）で[[マイケル・ラーマ]]と対戦、[[グラウンドパンチ|パウンド]]攻撃のラッシュで1R2分47秒、TKO勝利。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年12月31日、[[K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!]]で[[ホイス・グレイシー]]と対戦予定であったが、12月上旬に[[ぎっくり腰]]および[[椎間板ヘルニア|ヘルニア]]を発症し欠場となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年11月5日、HERO&#039;S 2005 in SEOULに参戦。「韓国軍 vs. 世界連合軍」をテーマに開催された同大会に韓国軍の大将としてメーンに登場し、[[奥田正勝]]と対戦。1R、[[パワーボム|バスター]]からの[[グラウンドパンチ|パウンド]]で失神KO勝ち。なお、フィニッシュとなったパウンドで奥田の前歯を折った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]8月5日、HERO&#039;Sライトヘビー級トーナメントに参戦。1回戦で総合ルールデビューとなる元K-1戦士[[金泰泳]]と対戦。[[腕挫十字固|腕ひしぎ十字固め]]でレフェリーストップ勝ちを収めるも、金から「タップしていない」というクレームがついた。試合後、「ファンからのブーイングをもらったのは仕方ない。（腕ひしぎ十字固めを）自分がやっていた時は音がなっていたんで、正しいレフェリングだったと思います。もちろん完全燃焼はしていない」と語った。しかし後日、協議の結果、レフェリングミスが認められ、レフェリーストップまでの判定による判定勝ちに変更された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Wayback |url=http://www.hero-s.com/01herosnews/20060807/20060807.html |title=秋山成勲vs金泰泳戦の結果に関するお知らせ|date=20071023023822 }} - HERO&#039;S公式サイト&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年10月9日、HERO&#039;Sライトヘビー級決勝トーナメント準決勝で[[ケスタティス・スミルノヴァス]]をハイキックからのパウンドでKO勝ち、決勝では[[メルヴィン・マヌーフ]]を[[腕挫十字固|腕ひしぎ十字固め]]で一本勝ち。HERO&#039;Sライトヘビー級王座に就いた。試合後のマイクアピールで、「チャンピオンになってしまいました。桜庭さん、じっくり治して、大みそか。このHERO&#039;S、柔道最高!」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年12月31日、[[K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!]]のメインイベントで[[桜庭和志]]と対戦。レフェリーストップで1R TKO勝利。試合後はセコンドについた[[清原和博]]と抱き合い勝利を喜んだ。後日、秋山の悪質な反則行為が発覚し、[[2007年]]1月11日付けで試合結果はノーコンテスト扱いとなり&amp;lt;ref&amp;gt;{{Wayback |url=http://www.k-1.co.jp/report/20070111r.html |title=秋山成勲vs桜庭和志戦の裁定に関する結果報告|date=20070115041508 }} - FEG公式サイト（2007年1月11日）&amp;lt;/ref&amp;gt;、[[FEG]]主催大会への無期限出場停止の処分を受けた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www00.spnavi.vip.ogk.yahoo.co.jp/fight/k1/column/200701/at00012028.html 秋山成勲戦に関する桜庭和志会見 秋山に無期限出場停止の追加処分が決定] - スポーツナビ（2007年1月17日）&amp;lt;/ref&amp;gt;（後述）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年10月1日、HERO&#039;Sの記者会見が韓国で開かれ、出場停止処分の解除が発表された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年10月28日、HERO&#039;S KOREA 2007で[[デニス・カーン]]と対戦し、右アッパーでKO勝ち。試合後、マイクを持った秋山は韓国語で「いろいろありましたけど、国民一人一人の力によって戻ってこれることができました。我が国、大韓民国、最高!」とアピールし、観客の拍手を浴びた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年12月31日、「[[やれんのか! 大晦日! 2007]]」で[[三崎和雄]]と対戦。大会前日に新宿で行われた公開記者会見でも、入場時にも大ブーイングを浴びた。右ストレートで三崎からダウンを奪うも、持ち直した三崎の左フックで倒され、起き上がろうとしたところに右キックを受け1R8分12秒KO負け。三崎は試合後のマイクアピールで「オレはお前を許さない」「お前の心が俺にも届いた」と批判とエールを込めた発言をし、マットに正座をして秋山に礼をした。試合後に直行した病院での検査で、[[鼻骨#鼻骨骨折|鼻骨骨折]]と左膝の[[靭帯損傷|内側側副靭帯損傷]]と診断された。なお、桜庭戦以降、秋山のショーツに[[広告]]は付いていなかったが、[[ナイキ|NIKE]]・[[週刊TVガイド]]などの広告があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「やれんのか!」でのフィニッシュとなったキックが[[グラウンドポジション#4点ポジション|4点ポジション]]時に受けたものだとして、[[2008年]]1月9日付けで主催者に抗議文を提出した。1月22日、三崎のキックがルールに抵触していると判断され、試合結果はノーコンテストに変更となった&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.boutreview.com/data/news05/071231yarennoka-akiyama.html 三崎×秋山は無効試合に。「疑わしきは罰す」裁定] - BoutReview（2008年1月22日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年2月13日、[[DREAM (格闘技イベント)|DREAM]]の記者会見に参戦予定選手として出席。同会見で流された[[佐藤大輔 (映像作家)|佐藤大輔]]作成の煽りVの中では「秋山&amp;quot;SATAN&amp;quot;成勲」と紹介された。DREAMミドル級GPに参戦予定であったが、大晦日に骨折した鼻骨を再度骨折し、欠場となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年4月17日に韓国で発売されたオムニバスアルバム『08恋のソナタ』に歌手として参加し、パク・サンミンの『一つの愛』を収録した。6月7日にはソウル蚕室メイン競技場で開催された「2008ドリームコンサート」に出演した。また、[[起亜自動車|KIA]]やHITEビールなどのCMに起用されるなど韓国で芸能活動を行っており、日本のマスコミからのインタビューで「（気分は）韓国の[[マイケル・ジャクソン]]」と発言した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年7月21日、DREAM初参戦となった[[DREAM.5]]で[[柴田勝頼]]と対戦し、[[袖車絞め]]で柴田を絞め落とし一本勝ち。この試合が地上波放送の瞬間最高視聴率13.7%を獲得（平均10.0%）&amp;lt;ref&amp;gt;[http://gbring.com/sokuho/news/2008_07/0722_dream.htm 【DREAM】7・21有言実行!瞬間最高視聴率は秋山成勲] - 格闘技ウェブマガジンGBR（2008年7月22日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。9月23日の[[DREAM.6]]では[[外岡真徳]]に一本勝ちし、試合後のマイクでは「年末、[[吉田秀彦]]さんとやりたいです。自分の夢であり、越えなきゃいけない壁だと思っています。そのためにはいろんな方の力が必要です」とアピール。なお、[[青木真也]]の対戦要求については「リスペクトされるのは選手冥利に尽きますが、自分は今は吉田先輩しか見えていないです」とコメントし、青木は「自分の都合の良いように解釈されてますね」と苦笑していた。この試合が地上波放送の瞬間最高視聴率13.4%を獲得（平均9.0%）&amp;lt;ref&amp;gt;[http://gbring.com/sokuho/news/2008_09/0924_dream_05.htm 【DREAM】初代ミドル級王者ムサシも秋山成勲に対戦表明!「それが皆さんが見たい試合」] - 格闘技ウェブマガジンGBR（2008年9月24日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年12月31日に開催される「[[Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜]]」にはオファーを受けていたものの、「今年の大晦日は辞めておきます」として欠場を表明した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://gbring.com/sokuho/news/2008_12/1211_dynamite_02.htm 【Dynamite!!】12・31秋山成勲の参戦は消滅！「これ以上、交渉しない」（谷川代表）] - 格闘技ウェブマガジンGBR（2008年12月11日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。また、秋山が希望する[[ファイトマネー]]が[[K-1]]最高水準に達したことにより、FEGサイドとの関係も悪化&amp;lt;ref&amp;gt;[http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=109127&amp;amp;servcode=600&amp;amp;sectcode=600 風雲児・秋山成勲、またさまようのか] - 中央日報（2008年12月23日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。11月をもって契約が切れた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== UFC ===&lt;br /&gt;
[[2009年]]2月24日、[[UFC]]公式サイトにて秋山と契約したことが発表された。3月3日には日本で記者会見を開かれUFCと6試合契約をしたことが本人より発表された。翌4日には韓国でも記者会見が開かれた。韓国での会見にて「FEG側には強い相手との対戦を望んだのに、[[マッチメイク]]を実現してくれなかった。弱い相手と対決することを望むならDREAMに残っただろう」と批判した。しかし、秋山は自伝にて「総合ルールで[[ジェロム・レ・バンナ]]とのリベンジ戦か、[[バダ・ハリ]]との対戦を希望した」と明かしており、K-1ファイターであるバンナとハリは秋山が主戦場とする[[総合格闘技]]ルールの経験は浅く、ハリに至っては総合ルールの経験が一度しかなく勝ったことも無いため、客観的に見て強豪とは言えない。また、[[谷川貞治]]は格闘技専門誌等で「こちらは[[ミルコ・クロコップ]]や[[青木真也]]辺りと対戦してほしいとオファーしたが、秋山くんは自分よりも2階級も下で総合ルールの経験が一度も無い[[魔裟斗]]とK-1と総合のMIXルールで対戦したいと言ったり、高額なファイトマネーを要求したり、“強い相手と戦いたいからマッチメイク権を譲渡しろ”などと無理難題な要求をしてきた」と発言している&amp;lt;ref&amp;gt;kamipro No.130&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年3月10日、自身のサイトで[[SHIHO (ファッションモデル)|SHIHO]]との入籍を発表&amp;lt;ref&amp;gt;[http://news.livedoor.com/article/detail/4055163/ 秋山成勲とモデルのSHIHOが入籍を発表] - livedoor スポーツ（2009年3月10日）&amp;lt;/ref&amp;gt;（入籍時期は同年1月）。5月には、[[東京都]][[渋谷区]][[広尾 (渋谷区)|広尾]]に自身の道場「クラウド秋山道場」が完成し、5月30日に道場内覧会が行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年7月11日、UFCデビュー戦となる[[UFC 100]]で[[アラン・ベルチャー]]と対戦し、時折右フックを当てるが、ベルチャーのパンチと[[ローキック]]を受け続ける。結果は2-1の僅差判定勝ちとなったが、僅差の試合内容であったにもかかわらずジャッジの一人の採点が30-27のフルマークで秋山を支持という判定が物議を醸し&amp;lt;ref&amp;gt;{{Wayback |url=http://www.mmaweekly.com/absolutenm/templates/dailynews.asp?articleid=9145&amp;amp;zoneid=13 |title=AKIYAMA GETS CONTROVERSIAL WIN OVER BELCHER|date=20090715003941 }} - MMAWeekly（2009年7月11日）&amp;lt;/ref&amp;gt;、UFC代表[[ダナ・ホワイト]]を初めとして「ベルチャーの勝ちだった」との声も多く挙がった&amp;lt;ref&amp;gt;{{Wayback |url=http://www.kamipro.com/news/?id=1247396871 |title=ダナが秋山に合格点も「ベルチャーの勝ちだと思った」|date=20090715094511 }} - kamipro.com（2009年7月12日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。この試合はファイト・オブ・ザ・ナイトに選ばれボーナス10万ドルを手にしたが、試合直後にはローキックのダメージで倒れこみ、さらに左目眼窩底と鼻骨を骨折し現地の病院で眼窩底の手術を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2009年9月1日、「[[クラウド秋山道場]]」がグランドオープンした&amp;lt;ref&amp;gt;[http://ameblo.jp/yoshihiro-akiyama/entry-10330521956.html クラウド秋山道場9月1日オープン!!!] - 秋山成勲 オフィシャルブログ（2009年8月28日）&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{Wayback |url=http://www.daily.co.jp/ring/2009/09/02/0002299316.shtml |title=秋山、主宰道場本格オープンで直接指導|date=20090904154437 }} - デイリースポーツ（2009年9月2日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。10月18日にはSHIHOとの結婚式を挙げた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://japanese.joins.com/article/723/121723.html 秋山成勲－矢野志保、結婚式の写真を公開] - 中央日報（2009年10月19日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2010年7月3日の[[UFC 116]]で[[ヴァンダレイ・シウバ]]との対戦が決定していたがシウバが怪我で欠場し、代役として6月19日に試合をしたばかりの[[クリス・リーベン]]と対戦&amp;lt;ref&amp;gt;[http://mmaplanet.jp/archives/1253957.html 【UFC116】秋山×ヴァンダレイ正式消滅、レーベン戦へ] - MMAPLANET（2010年6月26日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。3R終了間際に[[三角絞め]]を極められ[[タップアウト]]負け&amp;lt;ref&amp;gt;[http://mmaplanet.jp/archives/1259273.html 【UFC116】秋山2度目のオクタゴンはレーベンに一本負け] - MMAPLANET（2010年7月4日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。敗れはしたものの2試合連続のファイト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2010年10月16日、[[UFC 120]]のメインイベントで[[マイケル・ビスピン]]と対戦し、0-3の判定負け&amp;lt;ref&amp;gt;[http://mmaplanet.jp/archives/1321135.html 【UFC120】秋山、果敢な打ち合い見せるも判定に散る] - MMAPLANET（2010年10月17日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。敗れはしたものの3試合連続のファイト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2011年8月6日、[[UFC 133]]の第10試合で[[ビクトー・ベウフォート]]と対戦し、1R1分52秒でTKO負けを喫した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://mmaplanet.jp/archives/1556986.html 秋山がなす術なく完敗、エヴァンスはティトを圧倒] - MMAPLANET（2011年8月7日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。10月24日、長女が誕生。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2012年]]2月26日、[[日本]]開催となった[[UFC 144]]でウェルター級に転向し[[ジェイク・シールズ]]と対戦。ケージ掴みの反則もあり0-3の判定負け。UFC4連敗となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== タレント活動 ===&lt;br /&gt;
秋山はプロ格闘家への転身の前後から、同時並行して芸能活動を開始。特に韓国国内では複数の企業のCMに出演するなど高い人気を持ち、[[2012年]]には「[[SBS芸能大賞]]」ベストエンターテイナー賞を受賞した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://japanese.joins.com/article/813/165813.html SBS芸能大賞で秋山成勲が日本のモデルの妻を公開] - 中央日報（2012年12月31日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では『[[とんねるずのみなさんのおかげでした]]』（[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系）で「前略・道の駅より」コーナーの準レギュラーとなっているが、毎回何らかの形で商品を破損させ弁償する羽目に陥るため、同番組では「&#039;&#039;&#039;弁償王&#039;&#039;&#039;」の異名を受けるに至っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物 ==&lt;br /&gt;
* 復帰後の韓国大会で勝利した後のリングインタビューで「韓国に帰ってくることができました」といった趣旨の発言や、「わが大韓民国最高」などと発言した。秋山は以前から「柔道をするために日本国籍を取得した」と発言するなど、韓国を意識した発言をすることが多い。日本に帰化したことは在日韓国人の父親に対する負い目と感じているため、子供の名前は韓国式にしている&amp;lt;ref&amp;gt;秋山成勲「娘の名前を韓国式にしたのは父のため」中央日報 2013年09月22日09時49分 [http://japanese.joins.com/article/346/176346.html]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 桜庭戦での反則行為による謹慎中に[[フライデー]]2007年3月16日号で、ファッションモデル[[SHIHO (ファッションモデル)|SHIHO]]との交際が報道され、2人はその後、2009年に入籍した。2011年に生まれた長女のチュ・サランは韓国国内で子役タレントとして活動しており、2014年1月には韓国[[フレッシュ・デルモンテ・ジャパン|フレッシュ・デルモンテ]]や韓国・大熊薬品のCMに単独で起用されるなど、韓国内で高い人気を得ている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://news.kstyle.com/article.ksn?articleNo=1986845 秋山成勲の娘サランちゃんの止まらない人気！初の単独広告が決定] - Kstyle・2014年1月20日&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;統合ニュース 2014/03/04 ＜芸能＞秋山成勲さんと娘　韓国製薬会社の広告モデルに[http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2014/03/04/0200000000AJP20140304001800882.HTML]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== エピソード ==&lt;br /&gt;
* [[みのもんた]]と懇意にしていて、2006年5月の試合では勝利した後、リング上で抱擁した。&lt;br /&gt;
* [[2008年]][[2月]]から[[3月]]にかけ、秋山の[[マネジメント]]会社の副社長が、秋山のファイトマネーを1,355万円に亘り着服していたことが明らかになり、[[大阪府警察|大阪府警]][[南警察署 (大阪府)|南署]]に[[横領罪#業務上横領罪|業務上横領]]容疑で逮捕された&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2013/04/16/0005905897.shtml 横領被害の秋山成勲「大変悲しい」] - デイリースポーツ（2013年4月16日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 試合での反則行為の指摘 ==&lt;br /&gt;
=== 柔道 ===&lt;br /&gt;
2003年、世界柔道選手権大会の日本代表決定戦となる[[全日本選抜柔道体重別選手権大会]]に優勝。しかし、この決勝戦において対戦相手の[[中村兼三]]に「柔道着が滑る」と抗議された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年10月の世界柔道選手権で2回戦から4回戦の対戦相手である[[フランス]]、[[モンゴル国|モンゴル]]、[[トルコ]]の3か国から「柔道着が滑る」という抗議を受けた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.asahi-net.or.jp/~mu2m-msjm/stadium/works/olympic/tochu/031001.html 国際柔道連盟理事・山下泰裕氏インタビュー「発祥国の過信捨て、柔道の心世界に」（東京中日スポーツ・2003年10月1日より再録）] - スポーツライター・増島みどりのホームページ / MASUJIMA STADIUM&amp;lt;/ref&amp;gt;。なお、1回戦は不戦勝であり、すべての対戦相手から抗議を受けるのは史上初の珍事。[[国際柔道連盟]]のチェックでは大きな問題なしとされたが、「疑われるようなことが問題」という[[山下泰裕]]理事の指示で柔道着が交換させられた&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.narinari.com/Nd/2007016942.html 「Dynamite!!」不正疑惑の秋山成勲選手が失格、無効試合に。] - narinari.com（2007年1月11日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。本人は「洗ったばかりで[[石鹸]]が少し残っていた」と弁明。柔道着を交換した後は準決勝、敗者復活戦で2連敗して5位。この世界選手権で優勝すれば[[アテネオリンピック (2004年)|アテネオリンピック]]における柔道81kg級のオリンピック代表が決まるともされていたが、この後の最終予選権を兼ねた全日本選抜柔道体重別選手権大会でも準決勝で敗れて落選した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 総合格闘技 ===&lt;br /&gt;
==== 身体へのオイル（ワセリン）の塗布 ====&lt;br /&gt;
2006年12月31日、[[K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!]]で[[桜庭和志]]と対戦。タックルから足を取ろうとした桜庭が異常を感じて行った、桜庭の試合中断要求（秋山の足が「滑る」と格闘技戦では異例の&amp;lt;!--この表現は当該試合を収録した公式DVDで用いられたもの。--&amp;gt;「タイム」を要求し、猛アピール）を[[審判員|レフェリー]]を務めた[[梅木良則]]、および秋山は、受け入れずに試合を続行させた。桜庭はその後も数度、足を取ろうと試みるが失敗（その際も桜庭は試合を行いながら「滑る」と抗議のアピール）。秋山はそのままパンチのラッシュからオープンガードの上を取り、桜庭に百発を超えるパウンドのラッシュを続けた。その最中も殴られながら、桜庭は「滑るよ!」「反則だろ!（反則だ!）」と繰り返し抗議したが試合は続行された&amp;lt;ref&amp;gt;この時解説席にいた[[船木誠勝]]は異常な状況であると察したのか、「桜庭選手が何か言ってますね」「一度止めてチェックした方がいいと思います」と進言している。&amp;lt;/ref&amp;gt;。その後、レフェリーストップ（[[平直行]]審判長と[[前田日明|前田SV]]の判断）のゴングが鳴り、秋山が勝利。試合後も「全身が滑る」と訴えていた桜庭の抗議を受け、秋山の体をレフェリーがチェックしたとのことだが、実際は秋山の背中を2度、左肩を1度、胸を1度なでた程度だった。しかも、そのチェックの前に秋山は、Tシャツを着ているセコンドのトレーナーと2度（2度目に抱き合う直前にカメラのアングルが桜庭に変わっている）抱き合い、その次に清原と、がっしりと体をなすりつけるように抱き合っている。結局、桜庭の片足タックルをすり抜けた足、秋山の試合着については一切チェックしなかった。桜庭は既に決着が付き、リングを降りた試合直後も控え室に向かう廊下で「思いっきりオイル塗ってる」「汗とオイルの滑りの違いくらい判りますよ&amp;lt;ref&amp;gt;雑音が混じっており聞き取り難いが、桜庭が「始まってすぐにそんな汗なんて…」と声を上げている映像もあり、試合終了直後に何者かから「汗で滑ったのではないのか」と問われていることが判る。&amp;lt;/ref&amp;gt;」と憤慨を隠さず、「信じられんわ。抗議しますよ僕は」と強い口調で遺憾の念を表明した（その様子は主催者側が用意していたカメラにも収められている。）。試合後も、お互いを讃え合うこともせず、秋山は桜庭と目も合わせていない&amp;lt;ref&amp;gt;[[ターザン山本]] [http://www.ibjcafe.com/talk/content/tarzan/column/4/448.html 桜庭VS秋山戦について。] - プロ格コラム（2007年1月1日）&amp;lt;/ref&amp;gt;疑惑・疑念を残す後味の悪い試合となった。この試合について[[イベント]][[プロデューサー]]の[[谷川貞治]]は「最後に試合を止めたのは、レフェリーと前田SVの判断。秋山の体から油らしきものは出なかった。金的（急所への攻撃）や[[サミング]]があったなら試合は止めるべきだが、あれは桜庭の主張なので止めるべきではない。しかし、あんなに桜庭が怒りを露わにするのを見たのは初めてだ」とコメントした&amp;lt;ref&amp;gt;[http://news.livedoor.com/article/detail/2954782/ 桜庭VS秋山疑惑?試合 レフェリーのブログ大炎上] - J-CAST（2007年1月5日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。この件に関して秋山は、2007年1月1日の記者会見で「自分はひどい[[多汗症]]で、ウォームアップをすると握った手から汗が滴り落ちるほど汗が出る」と弁明、桜庭がとった一連の言動に関しては「（総合格闘技の試合で）対戦相手からタイムを要求されて「よし、分かった」と攻撃を止める選手は誰一人いない」とコメントした。また、試合出場時にはボディーチェックがなされるが、この時はスタッフがイベントの流れをスムーズにするよう指示されていたことや、チェック時に本人がなぜか走ってリングに入ったことから、ほとんどチェックできなかったことが後になって判明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年1月11日、都内ホテルにおいて、主催者による秋山VS桜庭戦に関する記者会見が行われ、秋山が試合前、全身にアメリカ製のスキンクリームを塗っていた事実が明らかにされた。しかも、成分に[[ワセリン]]や[[グリセリン]]も含まれているものだった。クリームは、秋山が乾燥肌で、それを防ぐために普段から使用しているものとした。秋山は、直接ワセリンやタイオイルを謳った類いのものではないので、塗っても大丈夫という認識だったとしている。またFEG側は、テレビカメラの前で堂々と塗っていることから、秋山サイドに悪意はなく、過失と判断した。しかし、HERO&#039;Sルールは、試合前に体に何かを塗る事自体を禁止しているため、試合はノーコンテスト（無効試合）、秋山のファイトマネーは全額没収となった。その後1月17日、FEGが主催する大会への無期限出場停止（事実上の永久追放）の追加処分が下された。また、この件に伴い、レフェリーを務めた梅木良則や他の審判員も処分を受けている。総合格闘技で身体に何かを塗布する行為は、通常主催者側から厳重な注意・監視がなされており&amp;lt;ref&amp;gt;小野寺力が後述の[[FIGHTING TV サムライ]]放送内で、アメリカでの徹底的な対応の例として、飲み物一つの持ち込みも制限され、主催者が用意したものを口にするのであって、先輩の格闘家が、アメリカで試合を行った際、ゼリー飲料を持ち込もうとして、主催者側に取り上げられたというエピソードを紹介している。&amp;lt;/ref&amp;gt;、本来綿密にすべきルールミーティングを怠ったとしてFEG側を糾弾する動きも一部で見られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 不正グローブ使用疑惑 ====&lt;br /&gt;
当該試合において、秋山の[[オープンフィンガーグローブ]]に異物が入っているような膨らみがあり、手の平の部分にもなんらかの（桜庭および他選手の手のひらにはない）異物が確認できる写真が存在しているとして&amp;lt;ref&amp;gt;{{Wayback |url=http://www.k-1.co.jp/hero-s/03eventresult/20061231/12_akiyama_sakuraba/12_akiyama_saku_18.jpg |title=K-1 Korean Official Web Site|date=20070115030431 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;、「[[ナックルダスター|メリケンサック]]を着用していたのではないか?」との疑惑が一部ネットユーザーの間で囁かれた。2007年1月19日放送の[[FIGHTING TV サムライ]]において、サブレフェリーを務めた[[和田良覚]]は「（メリケンサックの使用は）ないと思う。バンテージチェックが行われ、確認される、そして実際チェックが行われた。」と証言、格闘技ジャーナリストの熊久保英幸は「メリケンサックを付けて殴ったら、まずは頭蓋骨が陥没する。状況から鑑みてまずあり得ない。」との意見を表明した。また、秋山が使用したグローブに、本来あるはずのロゴが確認できないことも指摘され、合わせて「不正なグローブが使用された」とする疑惑が挙げられた。これに対しては、「ロゴがはがれやすいもの」だったため、ウォーミングアップ中に剥がれ落ちたと判断され、試合後回収されたグローブも試合前に渡したものであり、バンテージにも問題がなかったことが確認されている、と説明。これを受け1月17日、グローブを製作したメーカーである[[イサミ]]は公式にFEG、秋山の主張を認める形で原因の検証を行うとし、その後、3月16日にネットを通じ、製造過程に問題があったとするオフィシャルコメントを発表した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.isami.co.jp/kiji.html&amp;amp;date=20070328224643 年末ダイナマイトにおけるオープンフィンガーグローブのご報告 その2]{{リンク切れ|date=2013年2月}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 戦績 ==&lt;br /&gt;
{{MMA recordbox&lt;br /&gt;
|total=19&lt;br /&gt;
|wins=13&lt;br /&gt;
|KOwins=5&lt;br /&gt;
|subwins=7&lt;br /&gt;
|decwins=1&lt;br /&gt;
|otherwins=0&lt;br /&gt;
|losses=5&lt;br /&gt;
|KOloss=2&lt;br /&gt;
|subloss=1&lt;br /&gt;
|decloss=2&lt;br /&gt;
|otherloss=0&lt;br /&gt;
|draws=0&lt;br /&gt;
|no contests=2&lt;br /&gt;
|}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Fight-start}}&lt;br /&gt;
{{Fight-header}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|×| [[ジェイク・シールズ]]| 5分3R終了 判定0-3| [[UFC 144|UFC 144: Edgar vs. Henderson]]| 2012年2月26日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|×| [[ビクトー・ベウフォート]]| 1R 1:52 KO（左ストレート→パウンド）| [[UFC 133|UFC 133: Evans vs Ortiz]]| 2011年8月6日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|×| [[マイケル・ビスピン]]| 5分3R終了 判定0-3| [[UFC 120|UFC 120: Bisping vs. Akiyama]]| 2010年10月16日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|×| [[クリス・リーベン]]| 3R 4:40 三角絞め| [[UFC 116|UFC 116: Lesnar vs. Carwin]]| 2010年7月3日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|○| [[アラン・ベルチャー]]| 5分3R終了 判定2-1| [[UFC 100]]| 2009年7月11日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|○| [[外岡真徳]]| 1R 6:26 腕ひしぎ十字固め| [[DREAM.6|DREAM.6 ミドル級グランプリ2008 決勝戦]]| 2008年9月23日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|○| [[柴田勝頼]]| 1R 6:34 袖車絞め| [[DREAM.5|DREAM.5 ライト級グランプリ2008 決勝戦]]| 2008年7月21日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|－| [[三崎和雄]]| 1R 8:12 ノーコンテスト（三崎の反則行為）| [[やれんのか! 大晦日! 2007]]| 2007年12月31日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|○| [[デニス・カーン]]| 1R 4:45 KO（右アッパー）| HERO&#039;S KOREA 2007| 2007年10月28日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|－| [[桜庭和志]]| ノーコンテスト（秋山の反則行為）| [[K-1 PREMIUM 2006 Dynamite!!]]| 2006年12月31日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|○| [[メルヴィン・マヌーフ]]| 1R 1:58 腕ひしぎ十字固め| HERO&#039;S 2006 ミドル級&amp;amp;ライトヘビー級世界最強王者決定トーナメント決勝戦&amp;lt;br /&amp;gt;【ライトヘビー級トーナメント 決勝】| 2006年10月9日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|○| [[ケスタティス・スミルノヴァス]]| 1R 3:01 TKO（パウンド）| HERO&#039;S 2006 ミドル級&amp;amp;ライトヘビー級世界最強王者決定トーナメント決勝戦&amp;lt;br /&amp;gt;【ライトヘビー級トーナメント 準決勝】| 2006年10月9日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|○| [[金泰泳]]| 1R 2:01 判定3-0| HERO&#039;S 2006 ミドル&amp;amp;ライトヘビー級 世界最強王者決定トーナメント準々決勝&amp;lt;br /&amp;gt;【ライトヘビー級トーナメント 準々決勝】| 2006年8月5日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|○| [[永田克彦]]| 2R 2:25 KO（右後ろ回し蹴り）| HERO&#039;S 2006 ミドル級世界最強王者決定トーナメント開幕戦| 2006年5月3日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|○| [[石澤常光]]| 2R 1:41 袖車絞め| HERO&#039;S 2006| 2006年3月15日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|○| [[奥田正勝]]| 1R 3:31 TKO（パウンド）| HERO&#039;S 2005 in SEOUL| 2005年11月5日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|○| [[マイケル・ラーマ]]| 1R 2:47 TKO（パウンド）| K-1 WORLD MAX 2005 〜世界王者対抗戦〜| 2005年10月12日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|○| [[カール・トゥーミィ|カール&amp;quot;トゥームストーン&amp;quot;トゥーミィ]]| 1R 0:59 腕ひしぎ十字固め| HERO&#039;S 2005 ミドル級世界最強王者決定トーナメント開幕戦| 2005年7月6日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|×| [[ジェロム・レ・バンナ]]| 1R 2:24 KO（左膝蹴り）| HERO&#039;S| 2005年3月26日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-cont|○| [[フランソワ・ボタ|フランソワ・&amp;quot;ザ・ホワイトバッファロー&amp;quot;・ボタ]]| 1R 1:54 腕ひしぎ十字固め| [[K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!]]&amp;lt;br /&amp;gt;（各Rエスケープ1回可能）| 2004年12月31日}}&lt;br /&gt;
{{Fight-end}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 獲得タイトル ==&lt;br /&gt;
=== 柔道 ===&lt;br /&gt;
* 1996年 全日本選抜柔道体重別学生選手権大会 2位&lt;br /&gt;
* 1999年 USオープン柔道大会81kg級 優勝&lt;br /&gt;
* 1999年 韓国国際柔道大会81kg級 3位&lt;br /&gt;
* 2000年 韓国国際柔道大会81kg級 優勝&lt;br /&gt;
* 2001年 アジア柔道選手権大会81kg級 優勝&lt;br /&gt;
* 2001年 東アジア大会柔道81kg級 優勝&lt;br /&gt;
* 2001年 全日本実業柔道個人選手権大会81kg級 優勝&lt;br /&gt;
* 2001年 講道館杯全日本柔道体重別選手権大会81kg級 優勝&lt;br /&gt;
* 2002年 日本国際柔道大会81kg級 優勝&lt;br /&gt;
* 2002年 パリ国際柔道大会81kg級 優勝&lt;br /&gt;
* 2002年 アジア大会柔道81kg級 優勝&lt;br /&gt;
* 2003年 [[全日本選抜柔道体重別選手権大会]]81kg級 優勝&lt;br /&gt;
* 2003年 世界柔道選手権大会81kg級 5位&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 総合格闘技 ===&lt;br /&gt;
* [[HERO&#039;S]][[ライトヘビー級]]トーナメント 優勝（2006年）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 出演 ==&lt;br /&gt;
=== テレビドラマ ===&lt;br /&gt;
* [[マジすか学園2]]（2011年、[[テレビ東京]]）※写真のみ&lt;br /&gt;
* [[ダブルス〜二人の刑事]] 第1話（2013年4月18日、[[テレビ朝日]]）吉永武史 役&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バラエティ ===&lt;br /&gt;
* [[とんねるずのみなさんのおかげでした]]（[[フジテレビ]]）前略、道の駅より コーナーレギュラー&lt;br /&gt;
* ジャングルの法則inアマゾン（[[SBS (韓国)|SBS]]、2012年 - 2013年3月）&lt;br /&gt;
* スーパーマンが帰ってきた（[[韓国放送公社|KBS]]、2013年11月 - ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 書籍 ==&lt;br /&gt;
* ふたつの魂 HEEL or HERO（2009年4月、[[ベストセラーズ|ベストセラーズ社]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[男子総合格闘家一覧]]&lt;br /&gt;
* [[柔道家一覧]]&lt;br /&gt;
* [[UFC選手一覧]]&lt;br /&gt;
* [[DREAM選手一覧]]&lt;br /&gt;
* [[HERO&#039;S選手一覧]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.akiyamayoshihiro.com/ オフィシャルサイト]&lt;br /&gt;
* [http://ameblo.jp/yoshihiro-akiyama/ 秋山成勲 オフィシャルブログ]&lt;br /&gt;
* {{Twitter|akiyamayoshihir|秋山 成勲 추 성훈}}&lt;br /&gt;
* [http://www.ufc.com/fighter/Yoshihiro-Akiyama UFC 選手データ]&lt;br /&gt;
* [http://www.dreamofficial.com/free/fighters/detail.php?id=1197515172 DREAM 選手データ]&lt;br /&gt;
* [http://www.boutreview.com/fightsspiral/akiyama_yoshihiro.html BoutReview 選手データ]&lt;br /&gt;
* [http://www.sherdog.com/fighter/Yoshihiro-Akiyama-11895 SHERDOG 選手データ]&lt;br /&gt;
* [http://www.judoinside.com/uk/?factfile/view/20119/Yoshihiro_Akiyama JudoInside.com 選手データ]（秋山成勲）&lt;br /&gt;
* [http://www.judoinside.com/uk/?factfile/view/11360/sung_hoon_chu JudoInside.com 選手データ]（秋成勲）&lt;br /&gt;
* [http://gbring.com/playermeikan/akiyama_yoshihiro.htm 選手名鑑 格闘技ウェブマガジンGBR]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{A-team}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{Championshiptitle2||[[HERO&#039;S]] 2006&amp;lt;br /&amp;gt;ライトヘビー級最強王者決定トーナメント||N/A|N/A|2006年10月9日}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あきやま よしひろ}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の総合格闘家]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の柔道家]]&lt;br /&gt;
[[Category:帰化日本人のスポーツ選手]]&lt;br /&gt;
[[Category:韓国・朝鮮系日本人]]&lt;br /&gt;
[[Category:大阪府出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1975年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>110.9.103.134</name></author>
	</entry>
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