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	<title>Wikippe - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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	<updated>2026-10-28T12:37:42Z</updated>
	<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<title>訓読</title>
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		<updated>2014-07-23T15:21:15Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;101.102.52.214: /* 概要 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{otheruses||くんよみ|訓読み}}&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;訓読&#039;&#039;&#039;（くんどく）とは、[[漢文]]を読む際に[[中国語]]、[[朝鮮語]]や[[仏典]]の[[読経]]などのように[[音読み]]せず、[[漢字]]の字義による[[訓読み]]を利用して、[[日本語]]として読むことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
古くは乎古止点（をことてん、&amp;lt;small&amp;gt;[[歴史的仮名遣|旧]]：をことてむ&amp;lt;/small&amp;gt;）によって、漢文に「を」や「こと」などを補うのに興り、返り点（かえりてん、&amp;lt;small&amp;gt;[[歴史的仮名遣|旧]]：かへりてむ&amp;lt;/small&amp;gt;）で読む順番を示したり、[[送り仮名]]や[[句読点]]、[[片仮名]]などで日本語の訓で読む助けにしたりして発展した。ヲコト点・返り点・送り仮名・振り仮名などを総称して訓点という&amp;lt;ref&amp;gt;大辞泉（小学館）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==乎古止点（乎己止点・ヲコト点）==&lt;br /&gt;
漢字の周りや内部に点や棒線などの符号をつけることによって、その符号の位置で助詞や助動詞などを表し、音節など区切りを示して訓読の補助にする。博士家点&amp;lt;ref&amp;gt;平安時代の式部省大学寮、博士職が用いたもの&amp;lt;/ref&amp;gt;の右上から時計回りに「ヲ、コト、ト、ハ、…」となることから乎古止点と呼ばれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
奈良・平安時代には始まったとされ、流派や時代によってそれぞれ符号の数や位置が異なり、百を超える種類があるといわれている&amp;lt;ref&amp;gt;沖森卓也『日本の漢字1600年の歴史』 pp141-142、ペレ出版、2011年&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--&lt;br /&gt;
その位置を江戸期の文献（尾崎雅嘉・著「蘿月庵國書漫抄」）の図をもって、描写すれば、右上隅が「ヲ」にとられ、以下、時計回りに「コ」「ト」、「ハ」、「爪」、「ヲ」、「カ」、「ニ」、「ム」の順となっている&amp;lt;ref&amp;gt; 尾崎雅嘉「蘿月庵國書漫抄」吉川弘文館（日本随筆大成　巻2）、1927年,450頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
--&amp;gt;&lt;br /&gt;
== 返り点の種類 ==&lt;br /&gt;
語の読む順を示すときに用いられた補助記号で、字の左上に書かれるレ点のほか、字の左下に書かれる一二三点や上（中）下点などがある&amp;lt;ref&amp;gt;レ点が字の左上に書かれるのだから、右掲例のようにレ点とその他の返り点とが重なる場合、なぜレ点が下になるかがわかる。例では「矛」の左上にあるレ点と「與」の左下の一点とが重なっている。レ点が字の左下に書かれるなどとする説明が『[[大辞泉]]』『[[大辞林]]』などの「返り点」の項目でなされるが、誤りである。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[画像:Kaeriten.png|thumb|100px|字の左上の「レ」、左下の「上」等が返り点。右下の数字は読む順番]]&lt;br /&gt;
*レ点（雁点）&lt;br /&gt;
*:レ点のついている字をまず読んだ後にその字の上の字を読む。レ点で済む部分は全てレ点で済まし、その他の二字以上返る返り点も上位の返り点がどうしても必要な部分以外は最下位の一二点で済ます。&lt;br /&gt;
*::レ点のつくところで改行すると、次の行の先頭にレ点がある。これは以下に紹介する返り点にはない属性である&amp;lt;ref&amp;gt;ただし[[19世紀]]の一部の図書では行末に返り点があるという。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*::中国の文献で上下逆に字を誤記したときに使われていた。点の形が[[片仮名|カタカナ]]の[[れ|レ]]に似ていたことが呼び名の由来である。&lt;br /&gt;
*一二(三)点&lt;br /&gt;
*:一、二、(三)のついている順に読む。以下同様。二字以上返るときに使う。&lt;br /&gt;
*上(中)下点&lt;br /&gt;
*:読み方は一二点と同じ。一二点の範囲をまたぐときに用いる。但し返るのが1回だけのときは中は使わず上と下を使う&lt;br /&gt;
*甲乙(丙)点&lt;br /&gt;
*:読み方は一二点・上(中)下点と同じ。上下点の範囲をまたぐときに用いる。また、一二点の範囲をまたぎ3回以上連続で2字以上返る場合は、一二点より上位の返り点が4つ必要だが、上(中)下点は3つまでしか使えないため、上(中)下点を飛ばしてこの甲乙(丙)点を使用する（上(中)下点は3つしか使用できないが、甲乙丙点は理論上は癸までの最大で10まで使用できるため）。&lt;br /&gt;
*天地(人)点&lt;br /&gt;
*:読み方は一二点・上(中)下点・甲乙(丙)点とと同じ。甲乙丙点の範囲をまたぐときに用いる。但し返るのが1回だけのときは人は使わず天と地を使う。&lt;br /&gt;
*元亨(利貞)点 もしくは 乾坤点&lt;br /&gt;
*:天地人点の範囲をまたぐときに用いる。「元亨利貞」は易の言葉である。&lt;br /&gt;
*{{要出典範囲|1=春夏(秋冬)点&lt;br /&gt;
*:元亨利貞点の範囲をまたぐときに用いる。&lt;br /&gt;
*木火(土金水)点&lt;br /&gt;
*:春夏秋冬点の範囲をまたぐときに用いる。&lt;br /&gt;
*子丑(寅卯…亥)点&lt;br /&gt;
*:木火土金水点の範囲をまたぐときに用いる。|date=2011年11月}}十二支からきている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== Unicode における訓点の定義 ===&lt;br /&gt;
[[Unicode]]では、3190から319Fのコードポイントにかけて上記返り点と、文字同士をつなげる縦線が定義されている。ただし、一レ点、上レ点などはない。&lt;br /&gt;
* &amp;amp;#x3190;(U+3190): 縦線&lt;br /&gt;
* &amp;amp;#x3191;(U+3191): レ点&lt;br /&gt;
* &amp;amp;#x3192;-&amp;amp;#x3195;(U+3192-U+3195): 一-四の点&lt;br /&gt;
* &amp;amp;#x3196;-&amp;amp;#x3198;(U+3196-U+3198): 上中下点&lt;br /&gt;
* &amp;amp;#x3199;-&amp;amp;#x319C;(U+3199-U+319C): 甲-丁の点&lt;br /&gt;
* &amp;amp;#x319D;-&amp;amp;#x319F;(U+319D-U+319F): 天地人点&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 読解 ==&lt;br /&gt;
:楚人有鬻盾與矛者（『[[韓非子]]』「[[:s:zh:韓非子/難一|難編（一）]]&amp;lt;ref&amp;gt;恐縮であるが、リンク先ではテクストが異なるため、「盾」を「楯」につくる。&amp;lt;/ref&amp;gt;」）&lt;br /&gt;
という[[文|句]]があり&lt;br /&gt;
:楚人有&amp;lt;sub&amp;gt;下&amp;lt;/sub&amp;gt;鬻&amp;lt;sub&amp;gt;二&amp;lt;/sub&amp;gt;盾與&amp;lt;sub&amp;gt;一レ&amp;lt;/sub&amp;gt;矛者&amp;lt;sub&amp;gt;上&amp;lt;/sub&amp;gt;&lt;br /&gt;
と返り点を付されていたとき、まず下、二が付されている字を飛ばして次の字へ読み進む。レ点はそれが付されている字の上の字を飛ばして付されている字をまず読み、つぎに上の字に返って読めという指示である。次の字に新たに返り点があればそれに従う。即ち、例句は&lt;br /&gt;
:楚人盾矛與鬻者有&lt;br /&gt;
（楚人に盾と矛と&amp;lt;ref&amp;gt;ここで「與」（[[新字体|新]]：与、{{ピン音|yǔ}}）は[[接続詞|連詞]]として「A&amp;lt;sup&amp;gt;ト&amp;lt;/sup&amp;gt;與&amp;lt;sup&amp;gt;（と）&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;sub&amp;gt;レ&amp;lt;/sub&amp;gt;B」の形で使われる場合、「與」字が[[平仮名|ひらがな]]になおされて「AとBと」と書き下される。&amp;lt;/ref&amp;gt;を鬻ぐ者有り）&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;「者」を「もの」と読む訓読ではわかりにくいが、「者」は[[句|短語]]をつくる[[結構助詞]]であってこれ自体が[[名詞]]ではない。「鬻～矛者」でひとつの名詞性短語である。また、訓読では[[述語|謂詞]]「有」の[[主語]]が「鬻～矛者」であるかのように誤解されるかもしれないが、実際には主語は「楚人」であって「鬻～矛者」は[[目的語|賓語]]である。したがって[[構文|句式]]は第一句式SVではなく第二句式SVOである。このように訓読が白文の構造を保たない場合がある。&amp;lt;/ref&amp;gt;という順で読むということを示す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後に[[日本語|現代日本語]]に訳すると&lt;br /&gt;
:[[楚 (春秋)|楚]]の人のなかには[[盾]]と[[矛]]とを売る者がいたのですが、&amp;lt;ref&amp;gt;中国語には[[時制]]がないので、訓読にはそれが現れないが、訳するときに文脈から補うことになる。ただ、例句の場合、原文ではこのあとに「譽&amp;lt;sup&amp;gt;（ほ）メテ&amp;lt;/sup&amp;gt;&amp;lt;sub&amp;gt;レ&amp;lt;/sub&amp;gt;之&amp;lt;sup&amp;gt;（これ）ヲ&amp;lt;/sup&amp;gt;曰&amp;lt;sup&amp;gt;（い）ハク&amp;lt;/sup&amp;gt;～」と句が途切れないから、気にしなくて良い。&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本以外の訓読 ==&lt;br /&gt;
新羅・契丹・渤海・ウイグル・ベトナムなどに訓読現象が見られる&amp;lt;ref&amp;gt;金文京「漢文と東アジア」岩波新書、2010年&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 注 ==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{wiktionary|Category:Unicode Kanbun|Unicodeにおける訓読点}}&lt;br /&gt;
* [[片仮名]]&lt;br /&gt;
* [[訓読み]]&lt;br /&gt;
* [[漢文訓読]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:くんとく}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本語]]&lt;br /&gt;
[[Category:中国語]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>101.102.52.214</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E3%83%87%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%B3&amp;diff=214979</id>
		<title>デカメロン</title>
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		<updated>2014-07-20T16:25:38Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;101.102.52.214: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{otheruses}}&lt;br /&gt;
{{Portal|文学}}&lt;br /&gt;
[[ファイル:ForutuneWheel.jpg|right|thumb|250px]]&lt;br /&gt;
『&#039;&#039;&#039;デカメロン&#039;&#039;&#039;』（Decameron）は、[[ジョヴァンニ・ボッカッチョ]]による物語集。ダンテの『[[神曲]]』に対して、『十日物語』や『人曲』とも呼ばれる。デカメロンは[[ギリシャ語]]の「10日」(deka hemerai) に由来にする。1348から53年にかけて製作された&amp;lt;ref&amp;gt;[http://kotobank.jp/word/%E3%83%87%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%B3?dic=daijirin&amp;amp;oid=DJR_DEKAMERONN_-010 デカメロンとは]、コトバンク。2014年5月11日閲覧。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1348年]]に大流行した[[ペスト]]から逃れるために邸宅に引きこもった男3人、女7人の10人が退屈しのぎの話をするという趣向で、10人が10話ずつ語り、全100話からなる。内容はユーモアと艶笑に満ちた恋愛話や失敗談などで、それぞれ『[[千一夜物語]]』や『[[七賢者の書]]』から影響を受けている。[[ジェフリー・チョーサー|チョーサー]]の『[[カンタベリ物語]]』や[[マルグリット・ド・ナヴァル]]の『[[エプタメロン]]』（七日物語）などに影響を与えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[エーリヒ・アウエルバッハ]]は、『デカメロン』の文体が、イタリア散文芸術の始まりだとする。また、[[古典古代]]以来初めて、現在の事件を描いた文体が教養のある階級を楽しませるようになったとも指摘した&amp;lt;ref&amp;gt;エーリヒ・アウエルバッハ　『[[ミメーシス (アウエルバッハ)|ミメーシス]]』（上）　篠田一士・川村二郎訳、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、1994年。第9章&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 登場人物 ==&lt;br /&gt;
*パンフィロ&lt;br /&gt;
*フィロストラト&lt;br /&gt;
*ディオネオ&lt;br /&gt;
*パンピネア&lt;br /&gt;
*フィアンメッタ&lt;br /&gt;
*フィロメナ&lt;br /&gt;
*エミリア&lt;br /&gt;
*ラウレッタ&lt;br /&gt;
*ネイフィレ&lt;br /&gt;
*エリッサ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 10日間の話のテーマ ==&lt;br /&gt;
日によって話のテーマが決められている。話者はそれに沿った話を披露していく。&lt;br /&gt;
#自由テーマ&lt;br /&gt;
#多くの苦難をへたのち成功や幸福を得た人の話&lt;br /&gt;
#長い間熱望したもの、あるいは失ったものを手に入れた話&lt;br /&gt;
#不幸な恋人たちの話&lt;br /&gt;
#不幸のあとに幸福に巡り合う恋人たちの話&lt;br /&gt;
#とっさのうまい返答で危機を回避した人の話&lt;br /&gt;
#夫を騙した妻の話&lt;br /&gt;
#男が女を、女が男を騙す話&lt;br /&gt;
#自由テーマ&lt;br /&gt;
#気高く寛大な行為についての話&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
 &amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{Wikisourcelang|it|Decameron|デカメロン}}&lt;br /&gt;
{{Commonscat|Decameron}}&lt;br /&gt;
*[[枠物語]]&lt;br /&gt;
*[[梅原北明]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:てかめろん}}&lt;br /&gt;
[[Category:14世紀の書籍]]&lt;br /&gt;
[[Category:中世ヨーロッパ文学]]&lt;br /&gt;
[[Category:イタリアの文学作品]]&lt;br /&gt;
[[Category:物語]]&lt;br /&gt;
{{lit-stub}}&lt;br /&gt;
{{Link FA|nl}}&lt;br /&gt;
{{Link FA|sh}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>101.102.52.214</name></author>
	</entry>
	<entry>
		<id>https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E5%BD%93%E7%94%A8%E6%BC%A2%E5%AD%97&amp;diff=7791</id>
		<title>当用漢字</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="https://wikippe.e-do-match.com/index.php?title=%E5%BD%93%E7%94%A8%E6%BC%A2%E5%AD%97&amp;diff=7791"/>
		<updated>2014-07-19T11:56:47Z</updated>

		<summary type="html">&lt;p&gt;101.102.52.214: 例の変更（「醱酵」は「發酵」の転訛という事情があるので、単純な例に）&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{漢字}}&lt;br /&gt;
&#039;&#039;&#039;当用漢字&#039;&#039;&#039;（とうようかんじ）は、[[1946年]] (昭和21年) [[11月5日]]に[[国語審議会]]が答申し、同年[[11月16日]]に[[内閣]]が[[告示]]した「当用漢字表」に掲載された1850の[[漢字]]を指す。広義には、当用漢字表 (1946年 &amp;lt;昭和21年&amp;gt; 11月16日)、当用漢字別表 (1948年 &amp;lt;昭和23年&amp;gt; 2月16日)、当用漢字音訓表 (同)、当用漢字字体表 (1949年 &amp;lt;昭和24年&amp;gt; 4月28日) および当用漢字改定音訓表 (1973年 &amp;lt;昭和48年&amp;gt; 6月18日) という一連の内閣告示を総称する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概説 ==&lt;br /&gt;
当用漢字は、さまざまな漢字のうち制定当時使用頻度の高かったものを中心に構成されており、公文書や出版物などに用いるべき範囲の漢字として告示され、その後[[学校教育]]、[[日本新聞協会]]加盟[[メディア (媒体)|メディア]]などを通じて普及した。複雑かつ不統一だった従来の正字体の一部に代えて、略字体を正式な字体 ([[新字体]]) として採用した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[第二次世界大戦]]前から漢字制限主義者と表音主義者は、漢字は数が多く学習に困難であるから制限または廃止すべきであると主張し、作家・[[山本有三]]、[[土岐善麿]]らは漢字の濫用が[[軍国主義]]復活につながると主張し、実際に、文部省を中心に[[常用漢字]]表による用字制限などを試みた。しかし民間や[[文学者]]、[[日本語学|日本語学者]]からの反対意見も強く、改革は行われないでいた。戦後[[連合国軍最高司令官総司令部]] (GHQ) の占領政策となった[[国語国字問題#国語改革|国語国字改革]]の下、簡素化と平明さを目指して、戦時下に作成された標準漢字表内の常用漢字を基に当用漢字が策定された。&amp;lt;!-- {{要出典範囲|date=2012年10月|「当用」という名称は、漢字の全廃を目的として、全廃まで「当面使用できる」という意味である。}}しかも --&amp;gt;従前は、答申、すなわち単なる意見具申が内閣に提出されてから十分な期間、民間の討議に付されるのが一般的であったが、当用漢字については1946年 (昭和21年) 11月5日に漢字表を公表後、わずか11日後の16日に内閣告示という極めて性急なものであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 制限の対象 ==&lt;br /&gt;
当用漢字の字種を指定した1946年 (昭和21年) の告示には、具体的な漢字のほかに、当用漢字表を告示することの意図などが説明されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
まえがきでは、当用漢字は、[[法令]]、[[公文書]]、[[新聞]]、[[雑誌]]および一般[[社会]]を対象とすると記された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
使用上の注意として、この当用漢字で書けない場合には、言葉を変えるか、かな表記にすべきとされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[専門用語]]については当用漢字を基準として「整理」することが望ましいとした。これには、当用漢字に含まれない漢字の使用を即刻中止し平仮名で表記せよという強硬な指示ではなく、[[専門家]]の判断を尊重するという含みがある。と同時に、専門的な業務や研究においても基本的には当用漢字の範囲でのみ漢字を使用すべきであることを示唆している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
固有名詞についてはまえがきに「法規上その他に関係するところが多いので、別に考えることとした」とある。例えば地名や人の姓については当用漢字に含まれないものが多くあるが、それは問題とされない。ただし土地区画整理事業・町名変更・出生などで新たに地名・人名を付ける場合は当用漢字に縛られることになる。人の名については、[[1947年]] (昭和22年) の改正戸籍法により、子の名に常用平易な文字を用いることとされ、戸籍法施行規則第60条で漢字は当用漢字の範囲に限られることとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ほかに、[[動物]]や[[植物]]の名称、[[中国]]を除く外国の名前、[[外来語]]などはかなで表記すべきであるとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
字体および音訓については調査中であるとした。これらについては後に当用漢字音訓表 (1948年 &amp;lt;昭和23年&amp;gt; 2月16日)、当用漢字字体表 (1949年 &amp;lt;昭和24年&amp;gt; 4月28日) として告示された。『[[同音の漢字による書きかえ]] (1956年 &amp;lt;昭和31年&amp;gt; 7月5日国語審議会報告)』によって、代用字と代用語が使用されることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 当用漢字再検討の動き ==&lt;br /&gt;
[[1951年]] (昭和26年)、当用漢字以外で人名に使用することのできる漢字として、[[人名用漢字]]別表で92字が示された。[[1976年]] (昭和51年) には人名用漢字追加表により28字が加えられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1954年]] (昭和29年) 3月、国語審議会は「将来当用漢字表の補正を決定するさいの基本的な資料」として「[http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kakuki/02/bukai01/03.html 当用漢字表審議報告]」をまとめた。新聞界の要望を基にした28字を入れ替えるなどの内容であった。文芸界や教育界・法曹界の反対により正式な答申や内閣告示には至らず、公用文や教科書などの漢字使用には影響しなかった。新聞界は「当用漢字表補正案」と呼び、運用を通じて当用漢字表見直しの検討材料にするとして、同年4月から全面的に採用し漢字使用のよりどころとした (当用漢字時代における新聞の漢字使用の方針については[[新聞常用漢字表#当用漢字時代]]を参照)。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1970年]] (昭和45年)、公害病・[[水俣病]]救済運動で当用漢字表にない「怨」という漢字を白く染め抜いた黒い幟旗が現れ、マスコミもこれを報じた&amp;lt;ref&amp;gt;円満字二郎『昭和を騒がせた漢字たち : 当用漢字の事件簿』吉川弘文館、2007年 ISBN 9784642056410 128ページ〜&amp;lt;!-- [[NHK教育テレビジョン]]「[[知るを楽しむ|知る楽]]」漢字事件簿 2009年--&amp;gt;&amp;lt;/ref&amp;gt;。円満字二郎によれば、「朝日新聞戦後見出しデータベース」に収録された見出しの使用例は当用漢字実施から水俣病の社会問題化までの間の2例のみだが、これ以降「怨」の字がマスコミでも頻繁に用いられるようになった&amp;lt;!-- 『昭和を騒がせた漢字たち』144ページ --&amp;gt;。次第に固有名詞以外でも当用漢字に縛られない漢字使用が広がりを見せた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1966年]] (昭和41年) の[[中村梅吉]][[文部大臣|文相]]発言 (詳細は[[国語審議会#方針転換]]参照) により、漢字全廃ではなく「[[仮名交じり文|漢字仮名交じり文]]が前提」として、まず音訓の読みが大幅に改定される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1973年]] (昭和48年) に当用漢字改定音訓表が内閣告示された。これは既存の音訓表に357の音訓を追加し、新たに当て字や熟字訓のうち日常生活で高頻度に使用される106語を「付表」としてまとめたものである。この時点でそれまでの制限的な色合いが大幅に緩和された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1981年]] (昭和56年)、当用漢字を基にしつつ緩やかな「目安」である&#039;&#039;&#039;[[常用漢字]]表&#039;&#039;&#039;が内閣から告示され、当用漢字は廃止された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 問題点 ==&lt;br /&gt;
=== 交ぜ書き ===&lt;br /&gt;
当用漢字以前に書かれていた[[熟語 (漢字)|熟語]]には「牽引」のように熟語を構成する漢字に当用漢字とそれ以外の漢字とが混在するものが多数存在した。これらの熟語は「けん引」のように当用漢字だけを漢字にしそれ以外を仮名で書く交ぜ書きが行われることとなった。こうして一つの語の内部で字種の不統一を招いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ワードファミリーの断絶 ===&lt;br /&gt;
中国文学者の[[高島俊男]]は、[[新字体]]の導入によって、例えば、同じ「專」が、專は専、傳・轉は伝・転、團は団となってしまい、「まるい」・「まるい運動」という共通義をもった家族 (&#039;&#039;&#039;ワードファミリー&#039;&#039;&#039;) の縁が切れてしまったと指摘している&amp;lt;ref&amp;gt;『漢字と日本人』 219ページ。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 古典および他の漢字使用国からの隔絶 ===&lt;br /&gt;
当用漢字は日本独自の新字体を採用しているため、当用漢字だけの知識では古典を原典のままでは読めなくなってしまった&amp;lt;ref&amp;gt;『漢字と日本人』 223ページ。&amp;lt;/ref&amp;gt;。そこで、新字体に書き換えた古典が登場するようになったが、新字体では複数の字種を一つにまとめたので、例えば辨・辯・瓣は弁にまとめてしまったために、序文という意味 (「弁」はかんむり) の「弁言」と、口達者という意味の「辯言」が新字体では「弁言」になって区別がつかなくなるという事態が発生するようになった&amp;lt;ref&amp;gt;『漢字と日本人』 224-225ページ。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当用漢字字体表告示の時点では、日本以外の[[漢字文化圏]]では、手書き文字として[[略字]]が民間で使われていたものの、公式に漢字を簡略化した国はなかった。これ以降、同じ意味の漢字であっても公式な字体や活字の字体が大きく異なるというものが出現した。[[中華人民共和国]]では1956年漢字簡化方案により[[簡体字]]が実施された。[[中華民国]]、[[香港]]では漢字の系統的・政策的な簡略化は行われず、いわゆる[[繁体字]]を維持しているが、1980年代以降漢字の標準字体を示す際に整理が行われ、従来活字で見られたものとは異なる字体が標準とされた字も少なくない。[[朝鮮半島]]では[[朝鮮漢字|漢字]]の字体の変更は行われていないが、[[ハングル専用]]政策により[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]では漢字自体が全廃され、[[大韓民国]]では漢字の使用が激減した。&amp;lt;!-- 検証準備中 当用漢字の制限的性格により[[同音の漢字による書きかえ]]が行われ、日本国外には見られなかった語源と無関係の別の漢字による表記に改められる[[熟語 (漢字)|]]が現れた。 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 地名における使用 ==&lt;br /&gt;
市町村名称の字体が、当用漢字字体表にない従来の字体の場合は、当用漢字字体表の字体で書き表しても、[[地方自治法]]における名称変更に該当しない&amp;lt;ref name=&amp;quot;tsuuchi&amp;quot;&amp;gt;[[1958年]] ([[昭和]]33年) [[4月21日]]、自丙行発第7号 各都道府県知事宛 自治庁行政局長通知&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当該市町村が各種法令に基づく手続等の際に、その名称を当用漢字字体表の字体で書き表しても法令上有効であり、個人や法人が、各種法令に基く手続等で住所を書き表す場合、市町村名および市町村内の町名または字名の書き表し方についても同様となる&amp;lt;ref name=&amp;quot;tsuuchi&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* {{Cite book|和書&lt;br /&gt;
|author=高島俊男&lt;br /&gt;
|title=漢字と日本人&lt;br /&gt;
|origdate=2001-10-20&lt;br /&gt;
|accessdate=&amp;lt;!-- 2009-05-18 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
|edition=初版&lt;br /&gt;
|publisher=[[文藝春秋]]&lt;br /&gt;
|series=[[文春新書]]&lt;br /&gt;
|isbn=4166601989&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[新字体]]&lt;br /&gt;
* [[同音の漢字による書きかえ]] ([[国語審議会]][[1956年]]7月5日発表)&lt;br /&gt;
* [[漢字教育]]&lt;br /&gt;
* [[教育漢字]]&lt;br /&gt;
* [[常用漢字]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/index.html 文化庁 | 国語施策・日本語教育 | 国語施策情報]&lt;br /&gt;
** [http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kakuki/syusen/tosin02/index.html 当用漢字表]&lt;br /&gt;
** [http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kakuki/syusen/tosin03/index.html 当用漢字別表]&lt;br /&gt;
** [http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kakuki/syusen/tosin04/index.html 当用漢字音訓表]&lt;br /&gt;
** [http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kakuki/syusen/tosin05/index.html 当用漢字字体表]&lt;br /&gt;
* 甲南女子大学 菊池真一研究室&lt;br /&gt;
** [http://www.kikuchi2.com/kanji/toyob.htm 当用漢字表 (内閣告示第32号)・当用漢字表の実施に関する件 (内閣訓令第7号) 昭和21年11月16日]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:とうようかんし}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の漢字]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の言語政策]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>101.102.52.214</name></author>
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