早慶

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早慶(そうけい)とは、日本私立大学の双璧を成している早稲田大学慶應義塾大学を対比的に扱う併称である。

概要

この二大学は1920年に日本で初めて旧制大学として成立した私立大学である。元を辿ると、早稲田大学の前身は明治時代を代表する政治家大隈重信1882年に創設した東京専門学校、慶應義塾大学の前身は明治時代を代表する思想家教育者福澤諭吉1858年に開校した蘭学塾である。

大学野球を始めとする各種のスポーツ競技においては、両校による定期戦 「早慶戦」が盛んである。

全国の主要都市で、両大学共催による「早慶合同説明会」が行われている。

慶早

一部では語順を入れ替えて、「慶早 (けいそう)」、「慶早戦」などと呼ばれる場合がある。スポーツ競技の早慶戦・慶早戦の範囲を超えて両大学を対比的に扱う用例が確認できる[1]

慶應義塾関係者が用いる「慶早」、第三者が用いる「慶早」の語順選択に共通するのは、優位とみなす側を前に置くという点である[2]

入試

予備校や受験専門誌といった大学受験産業では、「早慶英語」「早慶対策」「早慶クラス」のようにこの2校をセットで見なすような記述が目立つが、この2校の入試内容は全く異なっている。文系学部を例に言うと、早稲田大学はかなり独特ながらも体系化され、論理的で、バランスの取れた出題内容になっている。一方、慶應義塾大学は私立文系であっても、数学を重視しており、記述式の問題も多く、本質的な問題の出題が目立つ。詳しくは以下のそれぞれの入試対策ページを参照されたし。

脚注

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関連項目

外部リンク

テンプレート:学校法人早稲田大学

テンプレート:学校法人慶應義塾
  1. 「朝日新聞オンライン記事検索データーベース「聞蔵Ⅱビジュアル」において、1879年~1989年の「朝日新聞縮刷版」を検索したところ、「早慶」は2,410件、「慶早」は12件がヒットした。「慶早」12件のうち最古は1907年の記事、最新は1978年の記事である。 早慶戦・慶早戦の範囲を超えた用例としてはつぎのものが確認できる。
    1. 朝日新聞1920年10月24日7頁「私大の双璧慶早が博士論文審査の協議/独尊の権威を示す尺度/早大は目下制定委員選出中/慶大は成案を得て近く申請」。これは【学術】分野でやや慶應が有利との心証から「慶早」としたのでしょう。
    2. 朝日新聞1978年10月24日21頁「実力総まくり/国家試験では早稲田/テニスは慶應が圧倒/自治会活動共に沈滞」。同頁コラム「ベストセラー/生協調べ」、「今春卒業生の上位就職先」。スポーツの早慶戦・慶早戦と同様に、【国家試験】【自治会活動】【書籍購入】【就職先】での両大学の対比の記事。
    3. 朝日新聞1988年5月10日「早川種三・元興人管財人/雲のように:2(ビジネス戦記)」。早稲田の創立100周年の寄付金集めに対比して、「慶応設立125周年、寄付金集めの慶早戦はまぁうまくいった」との談話。【創立記念事業募金】を「慶早戦」の暗喩で語る。
    4. 週刊朝日2002年5月31日号「開成、ラ・サール、桜蔭/トップ校での「慶早」人気、逆転の兆し」。受験生の人気が従来、早稲田よりも慶應に向かっていたのが逆転する兆しが生じたとの記事。【受験生人気
    5. 朝日新聞2006年11月21日夕刊1面コラム「素粒子」。銀行の大型合併から連想し、もし大学の大型合併があったとき「早慶大学」か「慶早大学」かで揉めるだろうという指摘。
    6. 朝日新聞2010年11月7日読書欄「文庫・新書」、島田裕巳著『慶應三田会』アスキー新書の紹介。著者は、両大学の【卒業生組織のあり方】について「慶早比較」を行なっているとの紹介の記述。著者・島田氏(東大卒業生)が、慶應が優勢だとしている内容。
    また、1985年以降2012年1月16日現在までの「朝日新聞」記事を検索したところ、「早慶」1063件、「慶早」15件であった。2012年1月16日閲覧。
  2. 菅野憲司「二字交替漢語における可換性--青緑・緑青と早慶・慶早の意味合い」(千葉大学人文研究31号、2002年)。