ジェイ・アール北海道バス

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テンプレート:Mboxテンプレート:Infobox テンプレート:ウィキプロジェクトリンク テンプレート:ウィキポータルリンク ジェイ・アール北海道バス株式会社(ジェイ・アールほっかいどうバス)は、北海道札幌市に本社を置くバス事業者北海道旅客鉄道(JR北海道)の100%子会社である。

概要

札幌市内を中心に路線バス都市間バスを運行するほか、貸切バス事業も行っている。国鉄バス時代から札幌市郊外の手稲区厚別区などを中心に住宅地と都心部を結ぶ生活輸送を事業の中心に据えており、現在でも一般路線車の所属台数はJRバスグループの中で最も多い。さらに2003年に廃止された札幌市営バスより琴似自動車営業所を譲受し、札幌市内のバス路線網では北海道中央バスに次ぐ高い割合を占めている。その一方で鉄道の補完路線として開設された地方バス路線は、業績の低迷から現地の事業者へ相次いで譲渡された。

社名の「ジェイ・アール」には、他のJR北海道グループ各社の社名にあわせて「・」(中黒)がつく。

沿革

分社前

ファイル:521-4956-JHB.jpg
JR北海道バス 521-4956(撮影当時はJR北海道直営)

分社後

事業所

  • 本社
    • 北海道札幌市中央区大通西1丁目14-2 桂和大通ビル50
      • 営業本部、GS事業部を併設。
  • 小樽営業所
  • 手稲営業所
    • 北海道札幌市手稲区稲穂3条4丁目5-5
  • 琴似営業所
    • 北海道札幌市西区二十四軒2条7丁目1-21
  • 札幌営業所
    • 北海道札幌市中央区北4条東5丁目1-1
  • 厚別営業所
    • 北海道札幌市厚別区厚別南4丁目30-1
  • 長沼営業所
  • 深川営業所
  • 様似営業所
  • 整備センター
    • 北海道札幌市手稲区稲穂3条4丁目5-3
  • トラベルセンターアピア店
  • 手稲給油所(スマート石油手稲店)
    • 北海道札幌市手稲区稲穂3条4丁目5-2
  • 琴似給油所
    • 札幌市西区二十四軒2条7丁目1-21
  • 厚別給油所(スマート石油厚別店)
    • 札幌市厚別区厚別南4丁目34-21

路線バス

路線バス車両は2012年3月現在で426台登録されており、北海道内では北海道中央バスに次ぐ規模となる[1]

都市間バス

高速おたる号

国鉄末期から運行する高速バス路線で、現在は北海道中央バスとの共同運行。詳細は札樽線 (ジェイ・アール北海道バス)を参照。

高速あさひかわ号

ファイル:JR Hokkaidō bus S200F 3063.JPG
「高速あさひかわ号」 647-1955
ファイル:JRhokkaidobus kousokuasahikawa fuso qm.jpg
「高速あさひかわ号」(当時JR北海道バス、1992年)744-0981
  • 札幌駅前ターミナル - 旭川ターミナル
路線沿革(JR北海道参入後以降のみ記載。)
(特に明記の無い場合は高速あさひかわ号を指す)
  • 1990年10月31日 - 道央自動車道旭川鷹栖IC供用開始に伴うダイヤ改正。この時に40往復に増回されたのを機に、道北バスと同時に新規参入。
  • 1991年4月1日 - 「マンデーモーニングバス」を新設。
  • 1993年8月11日 - 菊水元町7条、緑町20丁目新設。
  • 1995年7月21日 - 2.5往復を遠軽まで延長(高速えんがる号)。北見バス(当時)が参入。
  • 1996年4月11日 - 4往復を紋別バスターミナルまで延長(高速流氷もんべつ号)。北紋バスが参入。
  • 1997年4月1日 - 平日のみ使用できる20枚綴りのあさひかわビジネス回数券を新設。
  • 1997年12月1日 - 冬期のみ休日ダイヤ新設。平日34往復、休日40往復(いずれも札幌遠軽線・札幌紋別線を含む)。
  • 1998年12月1日 - ビジネス回数券を廃止。平日・休日共に使用可の20枚綴り回数券オールデイ20を新設。
  • 1999年4月1日 - 全席禁煙化。
  • 2000年4月1日 - JR北海道のバス部門分離により同社担当分をジェイ・アール北海道バスに移管。
  • 2002年4月1日 - 旭川市内に川端6条10丁目、3条1丁目を新設。
  • 2005年4月1日 - 3条1丁目を廃止し、4条1丁目に移設。
  • 2007年11月3日 - 旭山動物園入園券をセットにした往復バスセット券を新設。
  • 2008年6月1日 - 札幌&富良野・旭川ぐるっとバスセット券を新設。
  • 2009年6月15日 - 商船三井フェリー連絡きっぷ「あさひかわ・ストーリー」を新設。
その他
  • JR北海道との熾烈な争いの中、トイレや自動車電話など装備の充実、2階建てバス(北海道中央バスのみ)・スーパーハイデッカーなど新型車輌を積極的に導入した。運賃の安さもあって平日も増発便が相次ぎ、都市間バスの好例として道内外より同業他社の視察も相次いだ。
  • 高速あさひかわ号の共同運行化については道北バスのほか旭川電気軌道にも打診があったが、市内路線を主とする同社は参入に難色を示し、道北バスも当初は2往復のみの参入に留めている。
  • 旭川における滞泊ダイヤが組まれている場合は、道北バス本社営業所にて滞泊を行う他、昼間の休憩も道北バス本社にて行われている。

流氷もんべつ号

ファイル:JRhokkaidobus monbetsu.JPG
高速流氷もんべつ号 647-9913

原則予約制で、直行便を含む旭川を跨ぐ乗車は2006年12月より座席指定となっている。旭川 - 紋別間のみの乗車は自由席、札幌 - 旭川間のみの乗車は高速あさひかわ号に準じて予約不要となる。直行便は比布大雪PAで、旭川経由便と特急オホーツク号は上川駅前で休憩時間を設定する。

1984年6月27日より道北バスと北紋バス[注 2]が旭川 - 紋別間で特急オホーツク号を運行していたが、1996年4月11日に高速あさひかわ号と特急オホーツク号各4往復を振り替え、4社共同運行で札幌 - 旭川 - 紋別間に高速流氷もんべつ号を新設した。

2001年より札幌線を直行便に順次切り替え、現在は直行便3往復と旭川経由便1往復で運行。2006年度より2月の流氷観光期限定で直行便が2往復増回される。直行便限定で「愛別東町」「上川ポンモシリ」停留所が設置されたが、旭川紋別自動車道の延伸により順次廃止され、現在は浮島ICを利用し、野幌から滝西まで停留所は設定されていない。また、全便が停車していた「浮島トンネル記念公園」停留所は2006年12月1日に廃止されている。2005年度の乗車実績は49,647人[2]。ジェイ・アール北海道バスは高速流氷もんべつ号の紋別行直行便1本と旭川経由札幌行1本を担当する。

ポテトライナー

テンプレート:Double image stack

1989年8月11日より繁忙期の臨時帰省バスとして各社1往復ずつを担当する5往復で運行を開始。1990年3月9日より「ポテトライナー」として通年運行が開始された。1995年12月1日大谷地ターミナル1997年9月1日清水芽室を新設し1往復を十勝川温泉まで延長。2002年12月1日には発車オ〜ライネットによるインターネット予約開始し御影を新設。2005年4月1日より音更経由(音更大通11丁目、木野大通16丁目、木野農協前)2往復を新設し、芽室経由は4往復とし臨時便を廃止。2009年12月23日から音更経由が1往復増回。2011年10月30日道東自動車道全通による改正で直行便を含む3往復を増回し計10往復、所要時間が約20分短縮となった[3]

運行を開始するにあたり北海道中央バスが共同運行事業者を募ったところ、他4社が名乗りを上げた。1路線5社での運行は極めて異例であり北海道運輸局の指導で調整が図られたが不調に終わり、結局5社揃って認可された経緯がある[4]。運行開始当初は帯広側の事業者として帯広自動車営業所が担当しており、営業所廃止により札幌中央(札幌)営業所に移管されたが、帯広を基点としたダイヤも引き続き受け持っている。

札幌と帯広の間は200キロ程度の距離であるが、帰省バス当時から夜行便が設定されていた。1991年9月20日国道274号日勝峠ルート開通に伴う改正で定期運行を廃止し、2000年夏期まで繁忙期臨時便として運行されていた。

高速えりも号

予約制。詳細は日勝線を参照。

高速ひろおサンタ号

  • 札幌駅 - 広尾6丁目

予約制。詳細は日勝線を参照。

高速えりも・ひろお号

予約制。詳細は日勝線を参照。

キロロ線

北海道中央バスとの共同運行。冬期限定運行。

札幌苫小牧東港線

季節運行。新日本海フェリーの発着に合わせて運行される。苫小牧東港発便のみ、乗車人員把握のためにバス乗車整理券を発行する。2013年4月運行ぶんより予約制となる[5]

一般路線

ファイル:JR北海道バス新札幌駅行.jpg
国道12号を経由する新札幌駅行

各種施策

乗車カード等

  • ジェイ・アールバスカード/とくとくバスカード
    • 当該項目を参照。
  • おでかけパス
    • 65歳以上の利用者が、1ヶ月 - 6ヶ月の間で利用月数を指定し、臨時便を含む一般路線バスがすべて乗車できる。ただし、都市間路線バスは利用できない。
  • 1ヶ月乗り放題 のり乗りパス
    • 利用者の指定した月に、高速おたる号を除く、札幌市内特殊運賃区間が乗り放題。
  • 1日乗りほーだいきっぷ
    • 一部を除く札幌圏内路線が1日乗り放題。都市間バスや催事等の臨時バスは使用できない。大人800円、こども400円。

この他、他社と共通利用しているカードとして以下のカードがある。詳細は各記事を参照。

停留所上屋

2007年7月に北海道内初の広告付きバス停留所上屋を札幌市内に7基設置した。2008年度中に50基に増設する計画で、上屋は高さ2,880mm、横4,960mm、奥行1760mm、スチール製の骨組をガラスで囲い、ベンチも配置する。広告は、片側側面の内外それぞれ1面を提供し、電気代など維持管理は広告料収入でまかなわれる。

女性専用バス車両(終了)

平日の朝に55-1・手稲線(西宮の沢5条2→JR札幌駅及び手稲営業所前→JR札幌駅 各1便)、新16・緑ヶ丘団地線(緑ヶ丘団地東→新札幌駅・1便)、新13・上野幌線(雇用促進住宅入口→新札幌駅・1便)、51・啓明線(啓明ターミナル→JR札幌駅・1便)において、芳香剤と化粧直し用の鏡を数個設置した女性専用のバス車両を運行。運転手も女性が務めていた。2012年12月1日ダイヤ改正をもって廃止された[7]

札幌ドーム臨時シャトルバス

札幌ドームでの試合やイベントの開催に合わせて、新札幌駅バスターミナル、JR白石駅南口と札幌ドームを結ぶ臨時シャトルバスを運行している。運行は札幌、厚別、長沼、琴似、手稲の各営業所が担当し、大半が一般路線車が使用されるが、稀にハイデッカー車も投入される。新札幌駅バスターミナル発着は北海道中央バスとの共同運行ではあるが、乗車できる定期券やカードなどは異なる。

貸切バス

貸切バス車両は2012年3月現在で35台登録されており、事業は札幌室蘭帯広釧路函館(離島を除く)の各運輸支局管内および旭川市深川市雨竜郡上川郡美瑛町空知郡上富良野町での発着が認められている[8]

日本一周バスの旅

テンプレート:BusModelImage2

JR北海道のバス部門だった1992年より、大型ツアー企画として「日本一周バスの旅」(1996年以降は「全国一周バスの旅」)の運行を行なっている。当初はJR北海道発足5周年を記念して企画されたもので、全国の観光地をJR北海道バスの観光バスで巡り、行程は実に30泊31日に及ぶ。88万8千円(2000年までの価格) - 130万円(2004年の2名1室の価格)という高額商品ながらも人気を呼び、毎年運行されている。1ヶ月にも及ぶ長期行程のため、途中数カ所でツアー参加者全員の健康診断を行うほか、車庫滞泊やバスガイド貸し出しなど、運行支援にJRバス各社も協力する。 テンプレート:Double image asideテンプレート:-

車両

概説

トレードマーク国鉄バスの伝統を受け継いだツバメが使用されている。また、現在車体に表示されているロゴマークは略称の「JHB」をデザインしたものである。分社前は鉄道と同様に「JR」のロゴマークが使用されていた。

塗装デザインについては、路線車については国鉄色を踏襲し、塗り分けのみ一部変更したものであるが、貸切車・高速車においては、白をベースカラーとしてJR北海道のコーポレートカラーである萌黄色とアマンドピンクの帯を配したデザインが1987年に採用された。これはJRバス全体でも初のオリジナルカラーである[9]。なお、国鉄末期にも札樽線の高速車両において、それまでの国鉄バスとは全く異なるカラーリング(183系500番台気動車と同一デザイン)を施したことがある[10]

車両は現在は国内4メーカーから導入しているが、国鉄バス時代の流れで日野自動車いすゞ自動車製(純正車体及び富士重工製)が多い[注 3]三菱ふそう車は1989年にエアロクイーンM (P-MS729S) を2両新車にて導入。路線車は1991年にK-MP118Nを中古にて初導入、新車はエアロスターM (U-MP618M) を1993年に1両初導入。日産ディーゼル(当時、現「UDトラックス」)車は2003年4月札幌市営バス路線の移譲に伴い、札幌市交通局が所有していた日産ディーゼル製の路線車も譲受した。なお2004年度には初の新車 (KL-UA452MAN) が2台導入された。中古車は1991年に神奈川中央交通の車両[注 4]を購入したのが最初だったが、譲受車の導入はJRバスの中でも最も早かった。以後、本州からの譲受車を2000年以降積極的に導入している[注 5]

また、北海道のバス事業者としては比較的早い時期から低床化に取り組んでおり、1998年からワンステップバスを、2003年からノンステップバスが段階的に導入されている。2003年の札幌市営バス琴似営業所の路線移譲に際して、元市営バス車両が大量に移籍したが、移籍車の中にはCNGバスも含まれており、JRバスでは初のCNGバス導入となった。2006年4月1日の札幌地区における系統番号の付番方式変更を前に、札幌地区の車両の方向幕がすべてLED表示器に変更された。ワンマン機器については、音声合成放送装置はレゾナントシステムズのネプチューンFC-5100/FC-6000/FC-7000B、運賃箱・整理券発行器は国鉄時代から継続して小田原機器[注 6]運賃表示器レシップ製を採用している。なお、国鉄バスの車両に標準装備されていた表示灯つきスイッチ盤が、2006年の時点でも標準装備となっている[11]

深名線用の車両には主に観光仕様のエアロバス・スタンダードデッカー3台とエアロバスMM・9m車1台(トイレ付き)、エアロミディ1台を使用。

高速車は、ポテトライナーには3列シート仕様の三菱エアロクイーンI(中古にて導入)を使用。高速あさひかわ号、高速流氷もんべつ号、えりも号、ひろおサンタ号にはトイレやマルチステレオ搭載のハイデッカー車の日野セレガ・セレガR・FDが、高速おたる号にはトイレ無しのハイデッカー車がそれぞれ使用され、ネプチューン(レゾナントシステムズ)製のビジュアルコーダーを搭載し、液晶ディスプレイにて停留所案内など文字情報を提供している。

貸切車は以前は一般路線車と同様、いすゞおよび日野の2社体制だったが、1989年に三菱エアロクイーンM (P-MS729S) を2両新車にて導入。以降貸切車は主に三菱ふそう車が導入されている。旅行会社との契約貸切車も存在する。また、プロ野球北海道日本ハムファイターズ・Jリーグコンサドーレ札幌の選手輸送用の車両もあり、一部車輌に語呂合わせの希望ナンバーを取得している。

フロンティア号

テンプレート:BusModelImage2 過去の車両で特筆されるのは、1990年から1995年まで運行されたボンネットバス「フロンティア号」(434-0001・札幌22か・8 44)である。

これは、三菱ふそう4輪駆動トラックのシャーシに呉羽自動車工業(当時)でバス車体を架装した車両(三菱W80型・1970年式)で、当初は三菱鉱業で使用され、1976年以降は栗沢町の伊藤鉱業で炭鉱の坑内作業員輸送に使用されていたが、車検切れの状態で放置されていた。伊藤鉱業の閉山を伝える新聞報道で、放置されていたボンネットバスが紹介されていたことに着目し、JR北海道が譲り受け、活用することになった。

1989年11月8日にまず北海道三菱ふそう(当時)に搬入され、ここではエンジンとシャーシといった走り装置を整備したほか、腐食の激しかったボンネット部分は新しい部品を取り付けた。その後苗穂工場に移され、ここでは主に車体周りの修復と車内の整備を行ない、1990年4月に竣工した。塗装は1950年代の国鉄バス塗装(クリーム色と茶色)とされた。

導入後は「フロンティア号」という愛称が設定され、新札幌駅と開拓の村を結ぶ一般路線で土休日を中心に運行された。運行時には女性車掌も乗務し、乗車券も車内で発売していた。

当時としては唯一、稼動状態にある三菱製ボンネットバスであったが、部品確保の問題から1995年限りで運行を打ち切り、保存のため小樽交通記念館(当時)に寄贈された。

諸元
車名型式:三菱W80改
全長:8690mm
全幅:2480mm
全高:3350mm
エンジン:6DB1型(165馬力
乗車定員:51名

車両称号

原則として国鉄バスの附番法則をそのまま使用している。国鉄バス#車両称号を参照。

脚注

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出典

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参考文献

関連項目

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外部リンク

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  1. テンプレート:Cite web
  2. 紋別市史編纂委員会編『新修紋別市史』 p777
  3. テンプレート:Cite web
  4. 北都交通40年史編纂委員会『北都交通40年史』 p73
  5. テンプレート:Cite web
  6. テンプレート:Cite web
  7. テンプレート:Cite web
  8. テンプレート:Cite web
  9. バスラマ・インターナショナル96号(ぽると出版) p39
  10. 鉄道ジャーナル通巻247号(鉄道ジャーナル社・1987年6月号)p140
  11. バスラマ・インターナショナル96号「バス事業者訪問 No.100 JR北海道バス」p39