PC-FX

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テンプレート:Infobox コンシューマーゲーム機 PC-FX(ピーシー エフエックス)とは、1994年12月23日日本電気ホームエレクトロニクス(NECホームエレクトロニクス)から発売された家庭用ゲーム機である。

概要

当時のメーカー希望小売価格は49,800円。ハドソンと共同開発したPCエンジンの次世代機であり、開発コードネームは「FX」。商品名は、「PC」=「PC-9800(PC-98)シリーズ」、「F」=「Future(未来)」、「X」=「未知数」から採ったものである。前世代機であるPCエンジンとのソフト互換性はない[1]

PC-FXボード、PC-FXGAなどPC上でPC-FXのソフトが遊べる拡張カードが発売されたり、NEC製パソコンPC-9800シリーズの外付けSCSI接続のCD-ROMドライブとして使えるなど、PC-9800シリーズとの連携が意識されていた。また、家庭用ゲーム機としては初めて縦置きデザインを採用しており、その年に通商産業省グッドデザイン賞を受賞した。

動画専用のバスを備えている。そのため1994年当時の他の同世代機と違い、動画を扱うことに長けており『バトルヒート』のような他機種では実現不可能なゲーム表現が可能だった。その一方で、他の同世代機が持っていた3D機能を全く持っていなかったため、商業的に失敗となった。後年の新聞報道で、NECホームエレクトロニクスが1997年末に撤収を決めた当時の累計販売台数が11万1千台で「『先代』(PCエンジン)の50分の1という惨敗」と伝えられている[2][3]

沿革

開発経緯

1992年〜1993年頃任天堂スーパーファミコンとセガ・エンタープライゼス(現:セガ)・メガドライブ、NECホームエレクトロニクス・PCエンジンSUPER CD-ROM2の性能に限界が見え始めており、各社とも32ビット次世代機の開発を始めていた。

当時のPCエンジンはSUPER CD-ROM2の全盛期でもあり、PCエンジンの次世代機もその(ソフト)資産であるビジュアルシーンなどの「アニメーション機能重視」で設計された。これは高度な動画再生機能に表れている(共同開発したハドソンの要望もあったとされる)。

一方アーケード業界では3Dゲーム基板(例:セガModel2基板、バンダイナムコゲームスSYSTEM22基板)が熾烈な性能競争を繰り広げていた。

1994年初旬、コードネームFXと名付けられた、PCエンジン次世代機の計画が公表された。

同時期にはソニー・コンピュータエンタテインメントの新規参入ハード(コードネームPS-X、後のPlayStation)やセガのメガドライブ次世代機(コードネームSaturn)など、多種多様な会社から次世代機の開発計画も公表され始める。

1994年5月、FXの仕様が公開される。

同時期にセガサターンPlayStationなどの仕様も公開される。この頃にはアーケードと同様、次世代機戦争でも3D性能が決め手・セールスポイントになると目されていた。

発売

1994年12月23日、PC-FXが発売される。1994年の年末商戦にはセガサターンPlayStationも発売されており、FXもこれらの2機種とともに次世代機戦争の一角を担うとされていた。しかし、市場を完全に読み違えるという致命的な戦略ミス[4]により、たちまちに他2機の勢いに引き離された。その結果、サードパーティーの参加を控えさせソフトの数も伸び悩んだ。

要因は以下の2点である。

  • 他社に対抗できるキラーソフトをハードウェア立ち上げ時に用意できなかった。
  • 動画機能の強さを前面に押し出す代わりに、3Dポリゴン表示機能を全く備えていなかった(3Dチップ開発難航の事情は、#仕様の『チップセットについて』を参照のこと)。当時NECホームエレクトロニクスでPC-FXを担当した事業部長は、ライバル製品2社の画像を見た際に「こちらがアニメなら、向こうは迫力のあるリアルな世界」と「息を飲んだ」ことを後年の新聞の取材に対して述べている[2]

1995年3月、ハドソンは『天外魔境III』のFXでの発売を発表し、これにより一時FXの売れ行きが伸びたが、本機の売り上げ不振などの理由により発売日延期を繰り返した。(1997年、セガサターンで当初4作目を意識して命名された『天外魔境 第四の黙示録』が先に発売され、『III』は開発中止となるが、2005年にプレイステーション2用として発売された。)

転換期

1995年5月、NECホームエレクトロニクス自ら「アニメ戦略」を展開。またPC-FXのイメージキャラクターとしてロルフィーを発表。1995年8月発売の『アニメフリークFX vol.1』を皮切りに、8月に開催されたコミックマーケット48への出展、『アニメフリークFX』シリーズや『チップちゃんキィーック!』の販売など、ギャルゲーやアニメなどの特定のファン層を対象とした間口の狭い作品偏重のラインナップをとった。これが更に本機の一般層への普及を妨げることになる。

1995年5月、総合ゲーム雑誌『ファミ通』(No.335)のクロスレビューにおいて、PC-FXというハードが「(40点満点中)18点」の評価を受ける。なお、ファミ通クロスレビューはこの頃よりPC-FX用ソフトを評価対象外とし、すでに市場の評価は決していた。

末期

1995年10月、NECインターチャネルNECアベニューのソフトウェア部門を移管した会社。)が設立された。これについては当時TBSテレビJNN報道特集」にて特集されている。PC-FXへのさらなる注力を表明したが、市場の低迷のため結局NECインターチャネルからPC-FX用ソフトがリリースされることはなかった。

市販ソフトが月に1 - 2本しか出ないという劣勢からゲーム開発(同人含む)を視野に置いたアプローチも行われ、1995年12月にNECから発売されたPC-FXGA(PC-FX互換のパソコン用拡張ボード)の付属ソフトウェアとして開発ツールを一般に提供した。

また「PC Engine FAN」の発行元である徳間書店インターメディアも自ら開発した「でべろBOX」と称する開発ツールを誌上通販したが、成果は上がらずに終わっている。PC Engine FAN休刊後の1996年11月には徳間書店インターメディアからゲーム開発に焦点を絞ったムック『DEVELO MAGAZINE』が刊行され、PC-FXGAやでべろBOXと連動するという形式になったが、これも2号で休刊した。

1996年4月、「電撃PCエンジン」(メディアワークス)がPCエンジン/PC-FX専門誌の看板を下ろして「電撃G'sエンジン」へと路線変更。1996年10月、最後まで残ったPCエンジン/PC-FX専門誌「PC Engine FAN」が休刊。この頃には市場がほぼ終了し、PC-FXは結果として日本市場における次世代機戦争において3DOの次に淘汰される事になった。

1998年4月27日、PC-FX最後のソフトである『ファーストKiss☆物語』(NECホームエレクトロニクス)発売。1998年6月、NECホームエレクトロニクスがドリームキャストへの参入を発表し、同時にPC-FXからの撤退を正式に発表。ここにPC-FXの歴史は終了した。

なお、1953年設立の新日本電気を源流とするNECの家電部門・NECホームエレクトロニクスは本機の失敗が遠因となって業績が悪化し、NECグループの事業整理の対象になり、2000年3月31日をもって事業を停止した。またNECホームエレクトロニクスとNECアベニューのソフトウェア部門を移管したNECインターチャネルも2004年に別会社に譲渡され、NECグループはゲーム業界から撤退する事となった。

報道によると、PC-FXの最終的な販売台数は11万1千台[2][3]。ソフトの総数は雑誌付録・体験版・PC-FXGA専用ソフトを除くと62本。PC-FXおよびPCエンジンの権利は現在NECビッグローブが有している。

仕様

(日本電気が開発した、オリジナル設計の32ビットRISC CPU。このCPUは32ビットRISC CPUでありながら16ビット長の命令混在を許容することでメモリ使用効率の改善を図るなど、組み込み用途に適したプロセッサである。ゲーム機では他に任天堂バーチャルボーイにも採用された。)
  • メインRAM:2MB
  • VRAM :1.25MB
  • CD-ROM 2倍速ドライブ、バッファ:256KBフォトCD対応、CD+G対応
  • 最大表示色数:1677万色
  • 表示画素数:最大320×240ドット
  • スプライト数 最大128個
  • BG画面数 最大7面
  • エフェクト:回転・拡大・縮小・セロファン・フェード・プライオリティ
  • 動画再生:Motion JPEG、30フレーム/秒、フルカラー・フルスクリーン
  • サウンド機能:ADPCM 2ch、波形メモリ音源(最大6音)
  • 拡張端子

チップセットについて

PC-FXのチップセットはPCエンジンと同様、ハドソン製HuC62シリーズを採用する。もっとも前世代機と同一シリーズ名ではあるが、元々は同社によって開発されていた次世代ゲーム機のためのチップセットコード名「TETSUJIN」)を搭載する予定であった。

しかし、TETSUJINに組み込まれるはずであった3D用表示用チップ・HuC6273(クボタコンプスとの共同開発のグラフィックチップ)の開発がPC-FX製品化に間に合わないという事態となった。HuC6273は表示個数やサイズなどに制限のないスプライト機能・演算性能10万ポリゴン/秒の3Dグラフィック機能の付加を実現する予定だった。

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開発の遅れについては2つの説がある。

  • PC-FXの計画当初から3Dポリゴン表示を可能とするチップの搭載を前提としていたが、開発が難航した。
  • PCエンジンに詳しいゲーム開発者・ゲームライターの岩崎啓眞は1つ目の説を否定している[4]
「PC-FXは3Dを前提として開発していたがチップが間に合わなかった」のではなく、「PC-FXの開発陣は当時のアーケードにおける熾烈な3D競争を知らず、2D路線で成功していたPCエンジンの延長としてPC-FXをとらえていたため、そもそも3Dについてほとんど考えておらず、プレイステーションが出てきてあわてて3D用のチップの開発を始めた」としている。

なお、開発の遅れていたHuC6273は1995年に発売されたPC-9800シリーズ用及びPC/AT互換機用ゲームアクセラレータボード・PC-FXGAに搭載され、『んーにゅー』(1996年7月発売・NECホームエレクトロニクス、市販された唯一のFXGA用ゲームソフト)としてPC-FXの本来あるべき姿を示した。しかしPC-FXGA自体も売れ行き不振から叩き売り処分の対象となって市場から姿を消し、当初計画・予告されていたPCIバス対応版のPC-FXGA/PCIも、やはり製品化されずに終わっている。

「アニメ戦略」とイメージキャラクター「ロルフィー」

1995年5月、ライバル各社に水を開けられていたNECホームエレクトロニクスは「アニメ戦略」を展開した[5]。これにあわせてリリースされたソフト『アニメフリークFX』創刊号(vol.1)では「(業界初!)アニメファンのためのゲームマシンで見るOVA登場!!」とうたっている。この路線を鮮明にした結果、一般に「他社ハードに比べて間口が狭いハード」という印象が出来上がってしまい、他の一般向けゲームの存在を霞ませてしまった。

ロルフィー(Rolfee)は「アニメ戦略」を展開する際、PC-FXのマスコットキャラクター(イメージキャラクター)として誕生した。アニメフリークFXのチラシや表紙などを飾るキャラクターである。  このキャラクターを題材にしたゲームソフト『となりのプリンセス ロルフィー』も発売されている。

  • キャラクターデザイン:只野和子
  • キャラクターボイス:大野まりな
  • 設定:13歳の少女。青髪で肩の上までの横に広い髪形を持つ。

以下のような発言が台詞広告などで登場する。

  • ロルフィーといっしょにアニメであそぼ
  • アニメゲームでいっしょにあそぼ♥
  • 誰も知らない「ロルフィー」の秘密を教えてあげる♥

現在「「美少女ゲームポータル『ドキドキCplaza』」のバナーにロルフィーが登場している。(ただし一枚絵のみ) (「ドキドキCPLAZA」はNECビッグローブが運営するプロバイダーBIGLOBEBIGLOBEゲーム」の18禁美少女ゲームアダルトコミック総合ポータルコンテンツである。)

関連商品

周辺機器

PC用カード

代表作

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追記

  • ゲームパッドのボタン仕様が二列横並びの6ボタンと、当時の格闘ゲームを意識したものであるにもかかわらず、ボタンを多用するようなゲーム性の作品はほとんど出なかった。
  • PC-FXの外観(特にフロントパネル)はPC-8801MCに似ている。

脚注

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関連項目

ソフト一覧

その他

外部リンク

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テンプレート:家庭用ゲーム機/NEC
  1. http://www2e.biglobe.ne.jp/~alf/computer/game/pcfx.htm
  2. 2.0 2.1 2.2 朝日新聞2001年12月1日(夕刊)「ウィークエンド経済 第765号」
  3. 3.0 3.1 この数字は実売と思われる。
  4. 4.0 4.1 Colorful Pieces of Game:決戦前夜(6)-追補(岩崎啓眞のブログ2010年6月4日)
  5. 前世代機のPCエンジンではビジュアルシーン(及びアニメ)を使ったソフト資産を多く保有していた。