K2

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テンプレート:Infobox 山 K2(ケーツー)は、中華人民共和国新疆ウイグル自治区と、パキスタンギルギット・バルティスタン州(あるいはインドの主張によればインドカシミールのパキスタン占領地)との国境にある、カラコルム山脈に属するである。

標高は8611mで、エベレストに次ぐ世界第2位の高さであり、パキスタン最高峰であり、カラコルム山脈の最高峰でもある。

歴史

世界第2位の高峰であるにも関わらず、人里から遠く離れた奥地にあるため、19世紀末まではほとんど人々に存在を知られることもなく、名前さえも無かった。不安定な天候、強い風、急峻な傾斜などの環境、地形の厳しさにより、正式に存在を確認され世界第2の高峰であることが認知されたのも他の8000メートル峰より遅かった。

山名

ファイル:K2 by Montgomery.jpg
測量局が描いたK1(マッシャーブルム)とK2のスケッチ

イギリス統治時代のインド測量局が1856年からカラコルム山系の測量を始めた際に、南方210キロから測量した特に標高が高い山々にカラコルム(テンプレート:En) の頭文字「K」を取って順に、K1, K2, K3, K4, K5 と測量番号を付けた。その後、K2以外の山には、新たに名前が付けられたり、現地の名前が採用されたりしたが、K2だけは測量番号がそのまま山名に残った[1]

英国王立地理協会が命名に反対したものの、この地域を探検した英探検家の名前を冠してゴッドウィンオースティン山 (テンプレート:En) と呼ばれることがある。中国名はチョゴリテンプレート:Zh テンプレート:ピン音)で、これはチベット語系のバルティ語 テンプレート:Enlinkで「大きい山」を意味する「チョゴリ (テンプレート:En)」が由来である[2]

登山

中国側(北側)からアプローチするのは困難なため、ほとんどの登山者はパキスタン側からアプローチをする[1]。登頂の難しさでは世界最高峰のエベレスト(標高8848m)よりも上で、世界一登ることが難しい山とも言われる。その理由として、人が住む集落から離れていることによるアプローチの困難さ、エベレストよりも厳しい気候条件、急峻な山容による雪崩滑落の危険性などが挙げられる。K2登山に関しては一般的なルートでさえ、エベレストのバリエーションルートに匹敵するといわれる。これらの困難さから、冬季における登頂は未だ達成されていない。2010年までの時点で、エベレストの登頂成功者は延べ5104人だが、K2の登頂成功者は延べ302人である[1]遭難者の数も多く、統計によっては4人に1人が命を落とすと言われている[1]。チャールズ・ハウストン、ロバート・ベイツ共著の書籍から「非情の山」と呼ばれる[1]

登山史

登頂の記録

  • 2004年初めの時点で、登頂に成功した女性登山家は5人しかいなかった。また、その5人のうち3人が下山中に死亡し、残りの2人は他の8000メートル峰で遭難死しており、誰も存命していない[7]
  • 2009年6月、イタリアのミシェル・フェイトが山頂からの滑降に挑戦したが転倒して死亡。当時、同行していたスウェーデンのプロスキーヤー、フレドリック・エリクソンは、翌2010年に挑戦を決意するものの、同年8月登頂中に難所であるボトルネックから滑落して死亡[8]。ボトルネックは滑落すると到底助からないとされ、同氏も900m滑落した[1]。遺体の回収も困難で、両親の希望もあり遺体はその場所に残された。すぐ横で滑落を目撃したカルテンブルンナーも登頂を断念した[1]。2011年8月カルテンブルンナーらは再びK2にアタックし無酸素登頂を成し遂げたが、カルテンブルンナー自身は4度目の挑戦であり、パーティーには7回目の挑戦となるメンバーもいた[1]

持ち込まれる装備とゴミ

4人程度のアタッカーに必要な装備は、2011年のゲルリンデ・カルテンブルンナーの北稜登攀のケースでは、無酸素であっても総重量2.2tに達する(酸素ありの場合は酸素ボンベが加わるので更に重量が増える。食料として500個以上の鶏卵なども含まれる)[1]。一方で他の山と同様にゴミも問題となっている。雪崩のためにK2登頂を断念した写真家のトミー・ハインリヒは、余った時間を利用してK2に廃棄された800kgの登山家のゴミを回収した。氷河の一つの場所だけで390kgものゴミが回収された[1]

画像

K2を主題とした作品

脚注

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関連項目

テンプレート:Sister

テンプレート:8000メートル峰
  1. 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 1.11 1.12 1.13 1.14 1.15 1.16 1.17 K2 頂をめざして NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2012年 04月号 ASIN: B007JL98CE
  2. 詳しくは英語版の名前の節を参照。特に「チョゴリ」の名称が現地では使用されていないことについては英語版の脚注8を参照。
  3. 一次アタック隊の馬場口隆一、寺西洋治、小林利明、宇津孝男、ナジール・サビルは悪天候のため登頂を断念。
  4. クルト・ディームベルガー著「K2 嵐の夏」 山と渓谷社 ISBN-13: 978-4635178129
  5. 日本山岳会 資料室 K2 南南東リブ 1996
  6. 世界第2位の高峰K2で、11人が遭難死
  7. ジェニファー ジョーダン「K2 非情の頂―5人の女性サミッターの生と死」 [単行本] 山と溪谷社 (2006/3/1) ISBN-13: 978-4635178136
  8. K2登山中のプロスキーヤーが死去。滑走挑戦の途上で(2010.08.07,12:54.CNN)