J・ウィリアム・フルブライト

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テンプレート:Infobox Senator ジェームズ・ウィリアム・フルブライトJames William Fulbright, 1905年4月9日 - 1995年2月9日)は、アメリカ合衆国政治家

連邦下院議員(1943年 - 1945年)、連邦上院議員(アーカンソー州選出、1945年 - 1975年)。上院では銀行委員長(1955年 - 1961年)、外交委員長1959年 - 1975年)を歴任。フルブライト奨学金の設立者。所属政党は民主党

生い立ちおよび経歴

フルブライトは1905年、ミズーリ州サムナーで、ベルリンから移住したドイツ系の家庭に生まれる(旧姓はFulbrecht(フルブレヒト)という。『権力者の驕り』より)。後にアーカンソー州へ移住し、1925年アーカンソー大学政治学専攻)を卒業する。大学ではシグマ・キーのメンバーであった。彼は学生総代に選出され、1921年から24年までフットボールチームのスタープレイヤーであった[1][2]

その後1928年ローズ奨学金(ペンブルック・カレッジ)を得て、オックスフォード大学を卒業する。1934年ジョージ・ワシントン大学ロー・スクールを卒業、法学位を得てワシントンD.C.で法曹界に入り、司法省の反トラスト部門に勤務する。

1936年から39年までアーカンソー大学で法学講師を務める。1939年にはアーカンソー大学学長に任命されたが、アメリカ合衆国内最年少の学長であった。彼は同職を1941年まで務める。アーカンソー大学文化研究科は彼の業績をたたえて命名された。

フルブライトの妹、ロベルタはスワンソン社の社長、ギルバート・C・スワンソンと結婚した。彼女の孫、タッカー・カールソンはニュースキャスターである[3]

政界

1942年、下院議員選挙に立候補し、当選する。下院では、国際的な集団安全保障機構、平和維持機構の創設を支持し、アメリカが後に国際連合となるその機関に参加することを提案するフルブライト決議案を提出、これは可決された。このことによりフルブライトは全国的な知名度を得た。

1944年の改選の際には再選を目指さず、上院議員選挙に立候補・当選。5期30年(最長記録)に渡り、外交問題の専門家として活躍、上院外交委員長(16年間)。

1945年、アメリカと世界各国との教育交流の計画を議会に提出、国務省 教育文化局(Bureau of Educational and Cultural Affairs)の出資により、フルブライト奨学金を設立。

1961年ピッグス湾事件の際には当時のケネディ政権の姿勢を批判し、キューバへの介入に反対した。トンキン湾事件後の、より本格的なヴェトナム介入を認めるトンキン湾決議には賛成したものの、ヴェトナム戦争が泥沼化するにつれて反戦へと転じた。外交におけるウィルソン主義や道徳的アプローチの正統的な継承者であり、リベラル派であった。

一方で、フルブライトは人種隔離主義者でもあった。1956年の「サザン・マニフェスト」(南部宣言)は、最高裁のブラウン対教育委員会判決 (Brown v.Board of Education) で、南部諸州における人種隔離政策が違憲とされ、アイゼンハウアー政権もある程度まで人種平等政策を打ち出したことに反発し、人種隔離政策の継続とジム・クロウ法の保存を謳った南部選出の議員による声明であるが、彼はこれに署名した。また、1964年公民権法を筆頭とした一連の公民権法に反対した。

1974年、フルブライトは6選を目指したが、民主党の予備選で当時アーカンソー州知事だったデイル・バンパースに敗れ、政界を引退した。ちなみにバンパースは上院議員選挙を勝ち抜き、上院議員となった。

1995年脳梗塞により死去。エヴァー・グリーン墓地(アーカンソー州ワシントン郡フェーエットビル)に眠っている。

参照

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関連項目

外部リンク

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テンプレート:S-par テンプレート:USRepSuccessionBox テンプレート:S-par テンプレート:U.S. Senator box テンプレート:S-off |-style="text-align:center" |style="width:30%"|先代:
セオドア・F・グリーン |style="width:40%; text-align:center"|上院外交委員会委員長
1959年 – 1974年 |style="width:30%"|次代:
ジョン・スパークマン

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    2. http://www.hogwired.com//pdf4/133090.pdf?SPSID=30726&SPID=2419&DB_OEM_ID=6100
    3. David Harris, "Swanson Saga: End of a Dream", The New York Times, 9 September 1979