高木広子

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テンプレート:基礎情報 アナウンサー 高木 広子(たかぎ ひろこ、1972年4月7日 - )は、元フジテレビアナウンサーである。現在は化粧品会社「メリー・マリー」の経営者。

初めは出生名である、「杉浦 広子 (すぎうらひろこ)」として活動、後に活動名を初婚後の本名である「高木 広子」に変更した。

来歴・人物

兵庫県姫路市生まれ。4歳のとき東京に転居した。日本女子大学附属中学校・高等学校を経て、日本女子大学家政学部家政経済学科卒業。

大学卒業後の1995年、アナウンサーとしてフジテレビに入社した。本名である「杉浦 広子(すぎうら ひろこ)」として、『ビッグトゥデイ』など報道・情報番組のキャスター、リポーター、さらに『めちゃイケ』のコーナー「ザ・カルチャータイム」などのバラエティ番組などを担当。

1998年妊娠結婚に伴って休職。2000年の復職時には、結婚後の本名である「高木 広子」として番組出演、同年4月から昼のニュース番組『FNNスピーク』の土曜版を担当した。その後同年11月末、同僚アナウンサー・木幡美子の産休に伴って同番組の平日枠に異動し、2006年9月までの約6年間に渡ってメインキャスターを務めた。

同年11月下旬より、FNNニューヨーク支局勤務のため、同地に駐在した。これは、同局で日本語ニュースなどを担当している久下香織子の産休中代理を務めたもので、翌年3月までのあいだ『めざましテレビ』や『めざにゅ〜』のニューヨーク中継なども担当。

帰国後の2007年9月より、『ハピふる!』のプレゼンターになり、前期は月曜コーナーの「私の分かれ道」、後期は火曜コーナーの「きわめて旬食!」を担当する。この頃フードアナリストの資格を取得した。

2008年7月に岩手県沿岸北部で地震が発生した際、ロケのためにたまたま同県釜石市内のホテルに滞在していた高木は、その後の報道特別番組で電話リポートを行った。

2009年より、フジテレビアナウンス講座「アナトレ」の講師となる。また、翌年5月からは、フジテレビ本社球体展望室などで挙式・披露宴を行なっている関連会社Storia(ストーリア)にウエディングプロデューサーとして兼務出向となり、ウエディングプランナー(資格取得済み)や司会の仕事を兼務。

2011年9月7日、同年いっぱいでフジテレビを退社し、化粧品会社「メリー・マリー」を立ち上げることを発表した[1]。これに伴い、同年10月の秋の改編に合わせて2008年10月より3年間担当していた『FNNレインボー発』と『BSフジLIVE プライムニュース』のニュース担当を降板。同年10月上旬に配信されたWEB動画コンテンツ『つか金フライデーDOUGA』特別版が、フジテレビアナウンサーとしての最後の出演となった。

2011年12月31日付けで、17年近く在籍したフジテレビを退社。Storiaでのウエディングプロデューサーも退任。その後はアナウンサーとしてはほとんど活動していないが、2012年2月12日より2年近く生島企画室に所属、2014年2月オスカープロモーションに移籍。

私生活では1998年11月、外食産業の会社員と最初の結婚。この時杉浦(高木)は妊娠4ヶ月であり、フジテレビを休職した。高木は翌年に女児を出産、2000年の復職時からは、結婚後の高木姓を名乗っている。2001年には離婚が発表されたが、職務上は「高木」姓を名乗り続けている。

2010年6月、21歳年上で、年商100億円の人材派遣会社の会長との再婚を発表、住居は六本木ヒルズであるという。

フジテレビ時代の出演番組

インターネット出演番組

ラジオ

同期入社

脚注

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関連項目

外部リンク


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  1. フジ高木アナ、社長転身!化粧品会社立ち上げへ - サンケイスポーツ 2011年9月8日