阿武隈急行線

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阿武隈急行線(あぶくまきゅうこうせん)は、福島県福島市福島駅から宮城県柴田郡柴田町槻木駅に至る阿武隈急行が運営する鉄道路線である。旧国鉄特定地方交通線および日本鉄道建設公団建設線であった丸森線(まるもりせん)を引き継いだものである。

地元では「あぶきゅう」の愛称で親しまれている。

路線データ

  • 管轄(事業種別):阿武隈急行(第一種鉄道事業者
  • 区間(営業キロ):福島 - 槻木 54.9km(福島 - 矢野目信号場間 (4.7km) は、東日本旅客鉄道(JR東日本)東北本線にも属する二重戸籍区間)
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:23駅(起終点駅含む。ほかに信号場1)
  • 複線区間:福島 - 矢野目信号場 4.7km(上記参照)
  • 電化区間:全線(交流50Hz・20,000V)
  • 閉塞方式:単線自動閉塞式(福島 - 矢野目信号場は複線自動閉塞式)
  • 保安装置ATS-Ps

第三セクター転換時に有効長が短縮されたことや一部駅の交換設備設置が見送られた影響からか、ポイント型の不自然な曲線や駅構内・周辺の空地があちこちに存在する。

福島駅と槻木駅で東北本線と接続していて、一部列車が槻木駅から東北本線仙台駅まで乗り入れているが、同じように同駅に乗り入れを行っている仙台空港アクセス線と異なり、線内でSuicaなどのICカードの使用はできない。

歴史

太平洋戦争後、東北本線などの輸送量が増加してきたが、東北本線は福島県内、特に福島駅前後の急勾配の介在する区間がネックとなり、上野 - 仙台以北へのほとんどの優等列車は勾配の緩い常磐線経由で運転されていた。東北本線自体の輸送力増強も急務となってきており、勾配緩和の必要性もあって、東北本線のバイパス線として阿武隈急行線の前身である丸森線が計画された。

改正鉄道敷設法別表第27号に「福島縣福島ヨリ宮城縣丸森ヲ經テ中村(常磐線相馬)ニ至ル鐵道及丸森ヨリ分岐シテ白石ニ至ル鐵道」として計画されていた予定線のうち、阿武隈川に沿う部分が勾配緩和ルートとして注目され、1953年8月に第21号の2「宮城縣槻木附近ヨリ丸森ニ至ル鐵道」が予定線に追加。第27号の福島 - 丸森間と合わせて1964年に着工された。

1968年に槻木 - 丸森間が開業したものの、その間の国鉄の方針転換により東北本線の輸送力増強は複線電化により実施することになり、残り区間の開業は見送られた。

非電化の行止り線のままとなった既開業区間は、CD線(主要幹線・大都市交通線)規格が災いし、駅も市街地から離れているなど沿線からの集客を考慮されなかったことから、乗客数が伸びなかった。1971年には営業係数が2404[1]となり、宇品線根北線と共に「日本有数の赤字線」として鉄道ファンなどに知られていた時期もあった[2]

1980年に国鉄再建法が施行されると、丸森線は1981年に第1次特定地方交通線として承認され、ほとんど路盤の完成していた建設線も工事が凍結された。

しかし、福島・宮城両県は、福島 - 仙台間の都市間輸送や近郊輸送、阿武隈川の観光開発が期待できることから、丸森線を既開業区間共々引き継ぐ第三セクター鉄道会社の「阿武隈急行株式会社」を設立した。

丸森線の真価は、全通してこそ発揮できるため、阿武隈急行側は全通後の開業を主張し調整は難航したが、結局、1986年7月に既開業線を先行して非電化のまま暫定開業し、車両はオリジナル塗装に変更したキハ22形気動車5両 (148, 152, 159, 160, 162) を国鉄から借入れての営業となった。全通・電化はその2年後の1988年7月である。なお、工事再開に当たってはAB線(地方開発線・地方新線)に変更している。

(福島 - 槻木間)全線開通に当たっては、東北の政商と呼ばれ福島交通を経営していた小針暦二が、同社バス路線と競合する丸森線の全線開通に反対しているという噂があったが、1993年に渡米入院した小針への日本経済新聞紙とのインタビューの中で、「私が反対した。」と事実であることを認めている。

なお福島 - 梁川間には、阿武隈急行線の開業する前の1910年 - 1971年にかけて、信達軌道 - 福島交通飯坂東線という軽便鉄道 - 路面電車も運行されていた。また1897年 - 1929年には、槻木 - 角田間に角田軌道という軽便鉄道も存在した。

年表

  • 1968年(昭和43年)4月1日 丸森線として槻木 - 丸森 (17.4km) が開業。横橋・岡・角田・丸森の各駅を新設。
  • 1981年(昭和56年)9月11日 第1次特定地方交通線として廃止承認。
  • 1986年(昭和61年)7月1日 国鉄丸森線の槻木 - 丸森 (17.4km) が廃止。阿武隈急行阿武隈急行線として槻木 - 丸森 (17.4km) が転換開業。横倉・南角田・北丸森の各駅新設、横橋を東船岡に改称。東北本線槻木 - 仙台間に乗り入れ開始。
  • 1988年(昭和63年)7月1日 福島 - 丸森 (37.5km) が延伸開業、全通。卸町・瀬上・向瀬上・高子・上保原・保原・大泉・二井田・新田・梁川・やながわ希望の森公園前・富野・兜・あぶくま各駅を新設、矢野目信号場を新設。福島(矢野目信号場) - 槻木を電化(交流50Hz・20kV)。東北本線郡山 - 富野間で相互直通運転開始。
  • 2000年(平成12年)3月11日 福島学院前駅を新設。
  • 2005年(平成17年)12月10日 梁川 - 槻木間の一部の列車でワンマン運転の列車を拡大。
  • 2006年(平成18年)3月18日 梁川 - 槻木間のほとんどの列車がワンマン運転化。福島を早朝(5, 6時)に発着する列車と、日中の11-14時台に発着する列車がワンマン運転を開始。夜の槻木発の最終列車が金・土曜日・休前日に限り梁川駅まで延長される。
  • 2008年(平成20年)10月30日 JRからの譲渡車A417系が富野 - 福島間の朝限定で運用開始(2009年3月16日から平日夕方にも運用開始)。
  • 2011年(平成23年)3月11日 東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生。地震直後から全線で運転を見合わせ。
    • 4月6日 梁川 - 保原間で運転を再開。なおサービス列車としての運行であり運賃は無料であった。
    • 4月13日 梁川 - 富野間で運転を再開。引き続きサービス列車としての運行であり運賃は無料であった。
    • 4月18日 瀬上 - 保原間と角田 - 槻木間が運転を再開。
    • 4月28日 福島 - 瀬上間が運転を再開。
    • 5月16日 富野 - 角田間が運転を再開し、全線復旧。

運転

全列車が各駅停車であり、毎時1 - 2本程度の列車が運行されている。全線を通しで運転する列車のほか、県境を挟んで福島方、槻木方それぞれに区間列車が設定されている。また、朝夕の2往復は阿武隈急行の車両が東北本線槻木 - 仙台間に乗り入れる片方向直通運転を行っている。かつては東北本線福島 - 郡山間にも相互直通運転(JRの車両は455系または701系)を行っていたが、2004年3月からは同区間への乗り入れは行われていない。梁川・丸森 - 槻木間のほとんどの列車と、福島を早朝(5, 6時)と日中の10時台後半から15時台に発着する列車がワンマン運転で運行している(2008年3月15日改正現在)。


国鉄時代はわずか5往復しか運行されていなかった。

利用状況

輸送実績

収入実績

駅一覧

  • 線路 … ∥:複線区間、◇・|・∧:単線区間(◇・∧は列車交換可能)、∨:ここより下は単線
  • *印の駅は国鉄丸森線時代から存在した駅。
駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線 線路 所在地
福島駅 - 0.0 東日本旅客鉄道東北新幹線東北本線奥羽本線山形新幹線山形線
福島交通飯坂線
福島県 福島市
矢野目信号場 - (4.7)  
卸町駅 5.6 5.6  
福島学院前駅 0.9 6.5  
瀬上駅 1.0 7.5  
向瀬上駅 1.1 8.6  
高子駅 1.5 10.1   伊達市
上保原駅 1.4 11.5  
保原駅 1.3 12.8  
大泉駅 1.1 13.9  
二井田駅 1.5 15.4  
新田駅 1.6 17.0  
梁川駅 1.3 18.3  
やながわ希望の森公園前駅 1.7 20.0  
富野駅 2.1 22.1  
兜駅 3.1 25.2  
あぶくま駅 4.2 29.4   宮城県 伊具郡
丸森町
*丸森駅 8.1 37.5  
北丸森駅 1.7 39.2  
南角田駅 2.4 41.6   角田市
*角田駅 1.7 43.3  
横倉駅 1.9 45.2  
*岡駅 1.5 47.7  
*東船岡駅 3.6 51.3   柴田郡
柴田町
*槻木駅 3.6 54.9 東日本旅客鉄道:東北本線

阿武隈急行線(丸森線)と東北本線

東北本線の建設を急いでいた明治時代中期、福島から槻木間の予定ルートは、阿武隈川沿いの保原梁川丸森角田を経由して槻木に至るルート(現在の阿武隈急行線<旧・丸森線>のルート)であった。しかし最終的にこのルートは採用されず、奥州街道沿いのルート(現在の東北本線のルート)が採用された[3][4]

脚注

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関連項目

外部リンク

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  1. 昭和46年度国鉄線区別収支係数、鉄道ピクトリアルアーカイブスセレクション「国鉄ローカル線1960-70」p160
  2. こうした赤字は、国鉄側が日本鉄道建設公団に対し、年2億という高額な線路使用料を支払わされていた点に留意する必要がある。濱光兵衛著「岩手の鉄道・昭和小史」p72-73
  3. テンプレート:Cite book
  4. テンプレート:Cite journal