近鉄8000系電車

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近鉄8000系電車(近鉄8000けいでんしゃ)とは、近畿日本鉄道の保有する通勤形電車の1系列。

本稿では、8000系の他、広義の8000系と呼ばれる8400系電車8600系電車8800系電車についても記す。

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概要

1964年(昭和39年)に奈良線建築限界拡幅工事と新生駒トンネル経由の新線への切り替えにより、奈良線全線で20m級車両の運転が可能となったことから、それまで奈良線で使用されていた15m級・18m級車両を置き換えるため製造された車体長20m・側面両開き4扉の通勤形電車である。

構造は1961年(昭和36年)の奈良線瓢箪山駅以西の限界拡幅工事完成時に製造された奈良線初の20m通勤形電車である900系をベースにしている。

4系列を合わせた広義の8000系の製造両数は355両、ベースとなった900系を含めれば379両に達し、近鉄においては最多両数を占めていた。

8000系

テンプレート:鉄道車両 1964年7月から新生駒トンネルの開業に合わせて製造された車両である。

架線電圧1500V昇圧に際し900系を編入する予定があったため、モ8000形・ク8500形とも末尾21から番号が始まっている[1]

1964年に2両編成31本(62両)を製造し、以後編成単位では1969年まで、2両編成の3・4両編成化のための中間車は1980年まで製造され、計208両が製造された。

車体・主要機器

車体は900系を基本とし、裾を絞った全幅2800mm。当初より昇圧準備がなされており、重量配分を均一にするためコンプレッサー電動発電機はT車(付随車)またはTc車(制御車)に搭載されている。車体塗装は当初900系と同様、ベージュ色地に窓下に青色の帯を配した塗装であったが、数年でマルーンレッド一色に塗り替えられ[2]、1980年代後半からは現行のシルキーホワイトとマルーンレッドのツートンカラーに塗り替えられた。

電動機は出力145kWの三菱電機製MB-3064ACまたは三菱MB-3064AC3を採用している。

台車はMc車(制御電動車)モ8000形21 - 68はKD-51を、69はKD-64Bを、70 - 90はKD-64を装備。Tc車ク8500形21 - 68はKD-51Dを、69はKD-64Cを、70 - 90はKD-64Aを装備。M車(電動車)モ8200形はKD-51を、モ8210形はKD-64(アルミ車はKD-64B)を装備。T車サ8700形はKD-51Dを、サ8710形はKD-64A(アルミ車はKD-64C)を装備。

パンタグラフは、モ8000形・モ8200形ともに1968年度製造車以前は新製時2基であったが、1969年度製造車は1基で登場した。2基を搭載していた車両も後に1基が撤去されているが、冷房改造時に再度増設した車両もある。

8021F(F=編成) - 8059Fまでは、扇風機装備車として登場し、8060F - 8090Fはラインデリア(三菱電機製の補助送風機商品名)装備車で登場、車体の屋根高さが100mm低い。三菱電機製ラインデリア装着車は当初近畿日本鉄道で主に使われた日本エアーブレーキ社(のちにナブコ社を経て現在のナブテスコ社)のドアエンジンを使わず、三菱電機社製の当該品を使っていたこともあり、車内の車番表記が標準の黒文字ではなく青文字になっていた。ただし大阪線2400系2410系、名古屋線1800系1810系のように8000系はラインデリアの有無によって新たな系列を立ち上げず、同一形式・連番としている。

改造・廃車

8059Fは、1972年8月2日に奈良線菖蒲池付近を走行中に爆破(近鉄線電車爆弾事件・未解決)され、検証・復旧後の1976年、モ8059はサ8167として8600系に編入され、ク8559はモ8459として8400系に編入された。

1974年には在来通勤車の冷房改造のトップを切って、本系列8023Fに対して試作的に冷房改造がなされ、8600系初期車に準じた冷房装置設置の改造を実施、10500kcal/hのCU-19形クーラー4基およびロスナイが設置[3]された。外観も8600系に準じた連続タイプのクーラーキセが取り付けられ、初期製造車の特徴であるベンチレーターも全て撤去したものであった[4]。 ただその後の冷房改造については、改造コストなどの問題でこの8023Fの4両をもって一旦中止された後[5]、以後このタイプのクーラーキセによる改造は行われず[6]、工事内容を見直したうえで1977年より以後本格的に改造が開始された。こちらは、8400系に見られるようなラクダコブのような分割タイプのキセとされ、また初期製造車はベンチレーターが一部残され、外観上の大きな特徴となった(ベンチレーター搭載の初期車ならびに8023Fは既に廃車済)。

1981年から8800系をモデルにした界磁位相制御回生制動化工事を一部の編成に施工した。4両編成の場合、モ8000形(Mc)を電装解除してク8700形(Tc)に、サ8700形・8710形をモ8000形(M)に改造し界磁制御機器を搭載、モ8200形・8210形(M)とペアで1C8M化を行い、制御装置の統一化と制動装置の回生制動化を実施した。

また、末尾70 - 71・76 - 79の2連車においては1980年に製造されたモ8250形を編成に挿入、3連化し、同時にMcとペアで1C8M化及び制動装置の回生制動化を実施した。モ8250形の電動機は三菱MB-3064ACを、台車はKD-86を装備。モ8250形は当初より冷房化されて製造されたため、冷房改造車であるほかの末尾70 - 71・76 - 79に比べて車体断面の屋根部分が高くなっている。8079F(B79)は2009年現在に在籍する8000系で唯一、複層ガラスの接客ドアを装備している(8076F(B76)も装備していたが2006年4月廃車された)。

1996年から2000年にかけて8069F以降の全車両に2回目の車体更新(B更新)が施工され、1998年以降に更新工事をした車両は雨樋の設置や乗降扉付近の床材にノンスリップ加工が施されている。B更新が施工されなかった車両は2002年までにすべて廃車されている。

全盛期は206両[7]という近鉄一の大所帯だったが、1230系1020系などVVVFインバータ制御車両や「シリーズ21」の増備によって、扇風機装備車の初期車両から廃車された。現在、初期車両8021F - 8058Fは全廃で、ラインデリア装備の車両も廃車が進んでいる。また、2006年4月に3連車の8076F(B76)・8077F(B77)が廃車となったため、1980年製のモ8250形にも廃車が発生している。2両編成は一旦全廃されたが、2006年10月に8085F(L85,C#8085-8725-8225-8585)の中間車(C#8725・C#8225)、同年11月に8087F(L87,C#8087-8727-8227-8587)の中間車(C#8727・C#8227)が共に廃車になり2連化されたため、復活した。2006年11月からは廃車などの車両動向が暫く無かった8000系だが、2009年1月に8082F(L82)が、2010年8月に8070F(B70)、8071F(B71)が高安へ回送され廃車となっている。

2014年4月現在、残っているのは2両編成2本(末尾85・87 電算記号:E)、3両編成2本(末尾78・79 電算記号:B)、4両編成7本(末尾81・83・84・86・88 - 90 電算記号:L)であり[8]、殆どが雨樋の設置・水切り加工・界磁位相制御化改造されているが、8085Fと8087Fのみは雨樋未設置で水切り加工のされていない抵抗制御車である。また、2007年から2012年にかけて3両編成車両と4両編成車両に転落防止幌が設置されている。

また、近鉄は2014年までに全線で新型ATSの整備を表明しているが、本系列では8078F・8079F・8081F・8083F・8084F・8086F・8088F - 8090Fへ新型ATS・デッドマン装置装備工事が行われている。

性能

(以下は初期車について)

各駅停車から当時の特急(料金不要で現在の快速急行に相当)用途に使用する万能車として位置付けられた設計で、次のような特徴がある。

  • モータの高速回転時にも出力の低下を防ぐ補極補償巻線付き、弱め界磁率15%のMB3064-AC型モータを採用。1500V時 定格回転数1400rpm(全界磁)、最高許容回転数は5000rpm。
  • 初期車はバーニア制御(日立VMC)を有し、MT同数編成ながら高加減速性能と高速性能を両立している。
  • 起動加速度 2.5km/h/s(初期車は3.0km/h/s)
  • 減速度 4.0km/h/s
  • 平坦線均衡速度 120km/h
  • 営業最高速度 105km/h

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8000系アルミ車体試作車

テンプレート:鉄道車両 8000系のうち、1968年に製造した元8069F(4両)はアルミ車体試作車である。

普通鋼車同様の塗装 (登場当初はマルーンレッド1色、後にマルーンレッドとシルキーホワイトの2色) が施されているが、前面隅や肩部のRが小さく角張ったスタイルと、車内灯の覆いがないことで、アルミの素材色は露出していなくともその判別は容易である。当初はアルミの地肌のまま竣功させる案も存在したが、当時の奈良線の特急運用でマルーンレッドの編成と混結した場合の見た目の不調和を憂慮して塗装に変更された[9]。なお、この車体形状は後に登場したステンレスカー3000系や界磁チョッパ制御車8810系、アルミ車であるGTO-VVVFインバータ1230系等の基本となっている。普通鋼製のモ8000の重量、約41tに対し、モ8069では約33tとなっている。

主要機器・性能

アルミ車用に用意されたKD-64B・Cは、通常のKD-64系台車と異なり、ボルスターアンカーが同一方向を向いているのが特徴で、同編成のみの特徴でもあった[10]。電算記号はL69で同系の他の4連車の連番となった。

改造・廃車

その後冷房改造時においては、アルミ車全車に対して屋根構体の新製交換がなされ、同時にパンタグラフを下枠交差型に交換された。モ8069、モ8220共に冷風改善のためパンタグラフ寄りのクーラーの設置位置を車端側に移した影響で、他の8000系パンタグラフ搭載車よりもその搭載位置を車端側へと移動した。またモ8220は、パンタグラフを2基に増設可能なようにクーラー配置位置も同形他車とは大幅に変更されている。クーラーキセの形状についても、車体形状の差異から、他車に比べやや薄い形状のものが使用され、モのパンタグラフ寄りのキセについても、上記の理由により他車のものに比べやや長いものが使用されるなどしていた[11]1989年の大阪線に合わせた連結器のかさ上げ工事では改造対象とはならず、8074F(2両)に挟まれて6連を組んだ。この際、電算記号は当時まだ奈良線系統の6連車を意味するものが存在せず(8600系8619F6連は同系の呼称をそのまま使用しX69)、L69のままであったが、編成記号は8074Fであった。1999年にB更新が施工され、モ8069・ク8569が運転関係機器の撤去等により中間車化がなされ、同時にクについてはサ8569と形式が変更されている[12]。 アルミ車体試作車を含めたこの編成は、2005年12月14日に高安検修センターへ廃車回送され解体された。近鉄では初めてのアルミ車の廃車となった。 テンプレート:-

8400系

テンプレート:鉄道車両 1969年、奈良線600Vから1500Vへの昇圧直前に製造開始され、1972年までに55両(8000系からの編入車1両(後述)を含む)が製造された。8000系とほぼ同形であるが、長編成化のため機器配分を見直し、電動発電機とコンプレッサーを4両分の大容量のものに変更している。車体は8000系後期形(60番台以降)と同一で空調装置もラインデリア装備。大阪線の2430系に相当する。2・3・4両編成があり、現在2両編成車を除き、界磁位相制御に改造されている(下記参照)。

主要機器・性能

性能面では8000系後期形(60番台以降)と同様で、駆動装置はWNドライブで、主電動機三菱電機製MB-3064-AC型 (145kW) を装備する。制御装置は日立製作所製のMMC(モーター4台制御)で各電動車に搭載した。台車は8000系70番台以降と同様の近畿車輛製シュリーレン式で、空気バネ式のKD-64が採用されているが、3両編成の8412F - 8414Fと8415Fのモ8415はコイルばね台車(新造品、M車はKD-73、T車はKD-73A)を装備する。パンタグラフは2両編成はモ8400形の連結側に1基、3両編成はモ8450形に2基、4両編成はモ8450形、モ8400形に1台装備した。なお新製時(非冷房時代)は2・4両編成はそれぞれモ8450形、モ8400形に2台ずつ、3両編成はモ8450形、モ8400形の運転台側に1台ずつ装備されていた。ブレーキ(制動)方式はHSC-D型(発電制動抑速制動付き)である。電動発電機とコンプレッサーはク8300形にそれぞれ装備し、2両編成で製造された編成についても将来の中間車組み込みに備えて4両分の電動発電機とコンプレッサーを搭載している。

起動加速度は1M1Tの2両編成および2M2Tの4両編成が2.5km/h/s、2M1Tの3両編成が3.2km/h/s、営業最高速度はいずれも105km/hである。

改造・廃車

冷房改造は1978年から順次行われ、同時に1C8M・回生制動化による改装が実施され、4連においては電動制御車モ8400形から制御車ク8350形への電装解除ならびに、サ8350形から中間電動車モ8400形への電装化などの中間電動車ユニットへの改装工事、3連では制御電動車モ8400形は存置されたものの、主制御装置のモ8450形への集約化に伴う機器配置変更による界磁制御装置の搭載の改装工事が行われた。ラインデリア車については屋根が低い分、冷房装置室外機の背が高い点は他線の車両も同様である。このうち8403F、8404Fの4連2本については、回生制動化された時には既に冷房改造後であったために、電動制御車であるモ8403、8404の電装解除、制御車化を実施したおりには装備していたパンタグラフの撤去もなされたが、この電装解除車であるク8353、8354の冷房装置、クーラーキセの配置はモの時代そのままとされたため、後位寄りのクーラーキセ配置が前寄りのままとなっているなど、他のク8350形とは違ったものとなっている。また8405Fに組み込まれているモ8455については、抵抗制御、発電制動式のまま冷房改造がなされたため、パンタグラフが1基のみの設置[13]とされ、冷房装置の配置変更、分割形クーラーキセの設置など[14]、他のモ8450形とは違うものとなって[15]、趣を異なものとしていた[16]

1987年からは車体更新工事も施され、内外装材取り替え、前面・側面行先表示器の設置等が行われた。製造時、単独Mc車であったモ8417は8411Fに連結されて8417+8411-8311の3両編成で運用されていたが、冷房化の際、モ8411の運転台を撤去して中間車化しモ8461と改番。モ8417はモ8411(二代目)に改番されて3両1ユニット化された。

1992年(平成4年)に3両編成のグループがワンマン化改造(足踏み式デッドマン装置、車内自動放送関連装置、扉制御装置変更や扉ブザー設置など)され、それらは主に田原本線で運用される。2001年3月から2003年3月までの2年間は、8000系共々生駒線でも日中時間帯に3両単独で運行されていた時期があったが、こちらは車掌乗務であった。ただし、間合いで奈良線・京都線・橿原線・天理線でも使用されるため、その際は同系3両編成と連結し(稀に8000系3両編成と連結する時もある)、6両編成さらには2両・4両を連結した8・10両編成としても運行される。

モ8459は、1972年に発生した8000系爆破事件被災車8059Fのク8559の運転台を撤去して中間電動車に改造し、方向転換のうえ改番されたものである。そのため、運転台跡の連結面が丸みを帯びている。モ8459は現在奈良線所属車で唯一の扇風機装備車であり蒲鉾型ベンチレーターが付いている車両でもある。台車は種車のもの(コイルバネ台車)ではなく復旧時に新たに空気ばね台車が装備された。これには8600系のものを小変更したKD-76Bが装備されたが、8400系では唯一(と思われる)低音がよく響く主電動機が取り付けられ、走行音が8600系のように速度が上がるにつれて低音の唸りを響かせる点が隣のモ8409と異なっている。モ8459は8600系サ8167と異なり、2つの窓ガラスがサッシを共有せず独立して取り付けられている。運転台跡側に繋がるモ8409は切妻を幅狭貫通路に改造されたが室内側は幅広・両開扉のままの特異な状態となっている。

8404F・8405F・8408Fの3編成のパンタグラフは、冷房改造時以降、下枠交差型に交換されている。1997年から2003年にかけて2回目の車体更新(B更新)が実施され、8405F・8406F・8411Fは雨樋の設置と乗降扉付近の水切り加工が施され、8407F・8408F・8412F - 8416Fは内装がシリーズ21と同様のものに改装された。2003年に8408F、2007年から2013年にかけて8402F - 8404F・8406F・8407Fと3両編成全車に転落防止幌が設置されている。

2004年(平成16年)8月に8401F(L01)が廃車された。また、2006年(平成18年)11月に8405F (L05,C#8405-8355-8455-8305) の中間車(C#8355・C#8455)が廃車され[17]、2連化された[18]が、2012年(平成24年)6月に8405Fの残ったTc車 - Mc車の2両編成(E05)が廃車された[19]

4両編成の8405Fと2両編成の8410Fは原型の抵抗制御車、他の編成は界磁位相制御化改造済である。

また、近鉄が2014年までに全線で新型ATSの整備を表明しているが、本系列では8402F - 8404F・8406F - 8409F・8411F - 8416Fへ新型ATS・デッドマン装置装備工事が行われている。 テンプレート:Multiple image

8600系

テンプレート:鉄道車両 8400系をベースに登場時から冷房装置を取り付けた車両で、1973年から1979年にかけて4両編成20本、6両編成1本の計86両(8000系からの編入車1両(後述)を含む)が製造された。大阪線の2800系、南大阪線の6200系に相当する。そのため、屋根の形状が変更され、8400系に比べて高く丸くなっている。本系列は当初より正面の貫通ドア上部に方向幕を設置し、以降の通勤車に標準装備されたほか、在来車にも取り付けられていった。この関係で8619Fまでの車両では大型運行標識板取付ステーが省略され、方向幕故障時には乗務員室の車掌台側前面ガラスからその標識板を掲示していた。冷房装置は10500kcal/hの集約分散型が1両あたり4台設置され、熱交換形換気装置(ロスナイ)を搭載して連続したクーラーキセに納められた。登場当初は、誕生して間もない快速急行に優先的に運用されていた。

主要機器・性能

性能面では8400系と同様で、駆動装置はWNドライブで、主電動機三菱電機製MB-3064-AC3型 (145kW) を装備する。制御装置は日立製作所製の抵抗制御(モーター4台制御)で各電動車に搭載した。台車近畿車輛製シュリーレン式で、空気バネ式のKD-76が採用されている。パンタグラフはひし形式PT-42型をモ8650形に2基、モ8600形の連結側に1台装備した。ブレーキ(制動)方式はHSC-D型(発電制動抑速制動付き)である。空気圧縮機電動発電機はク8100形にそれぞれ装備した。起動加速度は2.5km/h/s、営業最高速度は105km/hである。33‰上り勾配・架線電圧10%減・定員乗車条件でも均衡速度83km/hを確保している。

増備車

増備途中から設計変更が見られ、8610Fまでの初期車はラインデリアを装備しておらず、1985年に扇風機を設置。後にローリーファンに交換されている。また1979年から製造された車両はさらに冷房効率を高めるために、ラインデリアが併用された。1976年に製造された8617Fは2両編成で登場したが、同年内に1972年の爆破被災車8000系モ8059を改造したサ8167と新製のモ8667を組み込み、4両編成としている[20]1978年に登場した8619Fは唯一6両編成を組み[21]、サ8170に電動発電機とコンプレッサーが搭載され、モ8620とク8120の先頭車は存在しないため欠番となった。さらに、同編成以降の車両ではブレーキ装置に除湿装置が標準装備となった。1979年製造の8621・8622Fは4両編成に戻り、パンタグラフは下枠交差式が採用されたほか、当時まだ存在していた大型運行標識板取付ステーも復活した。 電算記号は、奈良線系統の4連車を意味するLは用いず、当時の新製冷房車あるいは急行用車を意味するXが採用された。しかしそのままX01、X02…とすると8611F以降で大阪・名古屋線急行用新製冷房車2610系(X11 - X27)と重複するため、奈良方から2両目の中間M車モ8650形に由来してX51 - X72となった。

改造・車体更新

1982年にX51 - 53・62[22]が後述の8800系に準じた界磁位相制御に改造されたが、車体重量の重い新製冷房車[23]への省エネ効果が高くなかった為、4本のみにとどまった。改造された編成は制御電動車モ8600形が電装解除されク8150形に[24]、サ8150形が中間電動車化されモ8600形になり、8150形と8600形の番号が入れ替えられた。1992年から1999年までに全編成が車体更新工事を完了し、側面方向幕も車体更新施工前に設置された編成を含め、全車に装備された。

2002年から車内の全面改装と転落防止幌の設置を中心とする2回目の車体更新(B更新)が開始され、2013年12月までに8601F - 8614Fが更新を完了している[25]
X51 - 53に関しては内装がシリーズ21と同様の仕様に改装され、X51・52では乗降扉のガラスが複層ガラスに交換されている。一般席モケットは従来のままであるが、優先席モケットは薄紫系に交換された。2003年までに8601F - 8603Fが更新を完了したが、それ以降は21000系7000系の車体更新を中心に施工されたため、2006年までにB更新が一旦中断している[26]

2006年からはB更新が再開され、同年以降に更新された8604F - 8612Fでは一部仕様変更が行われ、座席モケット・床材が7020系に準じた仕様に交換された。ただし、壁紙は3220系と同様のラベンダーブルーを引き続き採用している。2006年に更新されたX55 - 57に関しては車体側面の一部の窓が大型の固定1枚窓に、カーテンのブラインドがL/Cカーやシリーズ21と同様のタイプにそれぞれ交換され[27]、2009年に更新されたX58・X61・X62に関してはMc車[28]連結側へ車椅子スペースが設置されている。2013年以降に更新出場した8613F・8614Fは、座席モケットが3220系や5200系更新車と同一仕様に変更され、雨樋の形状も同一のものになった。

2002年から2010年にかけて全車両への転落防止幌設置、2009年から2013年にかけて全編成が新型ATS(ATS-SP)設置・デッドマン装置更新の各工事が施工された。

悪天候時の空転発生を考慮して8601F - 8603F・8609F・8612Fは増粘着剤噴射装置の取り付けが行われている。

廃車

2014年4月現在、本系列の廃車は発生しておらず、4両編成20本と6両編成1本 (86両) 全車が在籍している[8]

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8800系

テンプレート:鉄道車両 1980年登場。8600系をベースに界磁位相制御に変更した系列。試験的な意味合いから4両編成2本のみの製造にとどまり、その後は車体の形状と制御装置を大幅に変更した8810系に引き継がれる。従って、6800系から約23年続いた、丸みを持たせた近鉄型通勤車スタイルの最終車両といえる。本系列に相当する大阪・南大阪線車両は存在しない。

電算記号は奈良線系統の4連車を意味するLを用い、大阪難波・京都方のM車を基準としてFL02・FL04となった。

車体

外観は8600系の8621・8622Fとよく似ているが、車内の貫通ドアがすべて片開き式(従来は一部両開き式)であり、下枠交差式パンタグラフを2基(8621・8622Fは3基)装備している点で異なる[29]。さらに後述の車体更新による側面の行先表示機設置までは、側面の行灯式種別表示の視認性を向上させるべく、表示部分の肩部の傾斜がないように車体断面を若干変更した点でも8600系とは異なっていた。

主要機器

奈良・京都線では初の1C8M方式としてMMユニット方式が採用され、電動発電機の出力電流で界磁を制御する界磁位相制御方式による回生ブレーキが採用された。しかし主要機器は従来車に準じており併結が可能である。また、本系列をモデルとして920系(現1010系、抑速ブレーキ機能無し)、1000系(但し抑速ブレーキ機能なし)の高性能化ならびに、8000系、8400系、8600系における一部の1C8M方式MMユニット化・回生ブレーキ化の改造、および2000系が新製車として[30]誕生している。

改造・車体更新

8802Fは1997年12月、8804Fは1998年1月に側面方向幕が設置された。1999年には内外装材の張り替え、雨樋の設置などを中心とする車体更新工事を受けている。さらに、8802Fは2007年6月、8804Fは2008年6月に転落防止幌が設置された。悪天候時の空転発生を考慮して増粘着剤噴射装置の取り付けが行われている。2011年から2013年にかけて新型ATS(ATS-SP)設置・デッドマン装置更新工事が行われている。 テンプレート:-

運用

当初は奈良線のみに投入され、初期の頃は8000系と8400系は主に奈良線特急で運用された。1968年に京都線の建築限界拡幅工事完成に伴い京都線で、1970年には新たに開業した難波線で、1973年には建築限界拡幅工事の完成した橿原線天理線でも運用開始された。1983年(昭和58年)からは生駒線での運用も開始され、1992年(平成4年)からは8400系がワンマン運転対応に改造され田原本線に入線している。

2014年4月現在の配置検車区と、現在の運用を以下に記す。

2両編成車

  • 8000系8085F・8087F
  • 8400系8410F

主に他編成と連結して運用されており、1233系や9020系と連結した4両編成で京都線や橿原線の普通列車で運用されている他、8600系や8810系等の4両編成を連結した6両編成で京都線急行や奈良線大阪難波駅 - 大和西大寺駅近鉄奈良駅間の急行や準急、普通列車でも運用されている。一部では2両編成車を3・4・5編成連結した6・8・10両編成で運用する事もある。

全車両が東花園検車区に配置されている[8]

3両編成車

  • 8000系8078F・8079F
  • 8400系8409F・8411F - 8416F

全編成が踏面清掃装置を装備するため編成単独で運用可能ではあるが奈良線系統では田原本線を除き、3両編成単独での運用は存在しないためこれらを2編成連結した6両編成で運用されており、通常では原則として8000系は8000系同士、8400系は8400系同士で連結して運用されている。

奈良線では大阪難波駅折り返しの急行や準急、普通列車で運用されており、京都線では急行や準急を中心に普通列車に関しては京都駅 - 新田辺駅間の列車で運用されている。ラッシュ時では2両編成を連結した8両編成、4両編成を連結した10両編成で運用する列車もある。6両固定編成の8600系8619Fと共通で運用されている。

ワンマン運転対応の8400系8409F・8411F - 8416Fは単独編成で田原本線でも運用されている。

8000系8078F・8079Fは東花園検車区に[8]、8400系8409F・8411F - 8416Fは西大寺検車区に配置されている[8]

4両編成車

  • 8000系8081F・8083F・8084F・8086F・8088F - 8090F
  • 8400系8402F - 8404F・8406F - 8408F
  • 8600系8601F - 8618F・8621F・8622F
  • 8800系8802F・8804F

単独編成で京都線や橿原線、天理線の普通列車で運用されている他、1233系等2両編成車を連結した6両編成で京都線急行や奈良線大阪難波駅折り返しの快速急行・急行・準急・普通列車で運用されている。奈良線急行の運用に入る場合、平日夕方や土曜・日祝日は2編成連結した重連8両編成でも運用されている。快速急行では2編成連結の8両にさらに2両編成車両を連結した10両で運転する列車もある。ワンマン改造は施工されておらず現在では生駒線で運用されていないが、ワンマン運転開始前までは抵抗制御車両がほぼ専属的に運用に就いていた。

全車両が東花園検車区に配置されている[8]

6両編成車

  • 8600系8619F

6両固定編成であるため、京都線では急行運用が大半であるが、京都駅 - 新田辺駅間の準急・普通列車での運用も存在する。奈良線では大阪難波駅折り返し列車に限定して、列車種別を問わずに幅広く運用されている。平日夕方や土曜・日祝日の急行では1233系等2両編成車を連結した8両編成、快速急行では4両編成を連結した10両編成で運用される事もある。8000系・8400系の3両編成を2本連結した6両編成と共通運用となっている。

西大寺検車区に配置されている[8]

関連項目

脚注

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参考文献

  • 関西鉄道研究会『関西の鉄道』1985年 新春号

外部リンク

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  1. 900系モ901 - 912をモ8001 - 8012、ク951 - 962をク8501 - 8512とする計画であった。そのため、モ8001 - 8020、ク8501 - 8520は欠番になっている。
  2. モ8000形8069以降、モ8200形8211以降、ク8500形8569以降、サ8700形8711以降は新製時よりマルーンレッド一色で登場した。
  3. 当初ラインデリアは非設置だったが、1985年に実施された車体更新時に同時に設置工事が施行された。
  4. ラインデリア非装備車であり平屋根でなかったことから、外観においては他の冷房化改造がなされた車両と趣を異にし、8600系とほぼ同様の見かけとなっている。ただし冷房装置等の配置ならびにクーラーキセの形状には、細かな部分では違いがみられる。
  5. なお、この時用意されていた以後の冷房改造の機器は余剰となったが、これらのうち一部は10400系の冷房装置の更新に転用された。
  6. そのため、この形状のクーラーキセとKD51系の金属バネを装備したものとの組み合わせは新造車での2610系のク2710、サ2760の一部の旧型車台車KD-49C流用のものを除けば、近鉄の車両としては唯一のものとなった。
  7. 製造されたのは208両だが、モ8250形が登場したとき、8059Fはすでに他形式編入されていた
  8. 8.0 8.1 8.2 8.3 8.4 8.5 8.6 鉄道ファン』2014年8月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2014 車両配置表」
  9. 『鉄道ピクトリアル』1969年1月号 電気車研究会 No.219 p.20
  10. サイドビュー近鉄.2(レイルロード発行)の同車側面写真からも、他車との比較が容易である。
  11. サイドビュー近鉄.2(レイルロード発行)に詳しい。
  12. その他、列車無線アンテナやスカートが撤去されたものの、外観は先頭車時代と何らかわらなかった。
  13. 回生制動車は、パンタグラフを回生失効に備え2基装備とされていた。
  14. そのため、回生制動化するためには冷房装置の配置を変更、移設するための改造が必要であったため、その改造の対象からは外された。
  15. 爆破被災車の元ク8559を改造編入したモ8459は除く。
  16. 形態としては、8000系ラインデリア車の発電制動冷房改造車のモ8200形と同様。
  17. 唯一のサとして残存していたこのサ8355の廃車により、8400系からはサ8350形が形式消滅した。
  18. それ以前は、8410Fが8400系の唯一の2両固定編成であった。
  19. 鉄道ファン』2013年8月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2013 車両データバンク」
  20. 登場時、モ8617はパンタグラフが2基搭載されていたが、4両編成化の際にモ8617の運転台側パンタグラフは撤去されたため、運転席側にパンタグラフ台の痕跡が残る
  21. 難波方からモ8619+サ8169+モ8670+サ8170+モ8669+ク8119という編成とした。
  22. X62編成の元モ8612の主制御装置が爆破被災車モ8059より転用されたVMC式であったため、改造の対象となった。なお、他の8600系抵抗制御車の制御装置はMMC式である。
  23. 当初から界磁位相制御方式の新製冷房車として製造された8800系および8000系モ8250形を除き、新製冷房車で界磁位相制御へ改造されたのはX51 - X53・X62の他に名古屋線1000系1002Fが存在する。
  24. ク8150形は電動車時代の名残として屋根上のクーラーキセの配置がパンタグラフ搭載時のままの分割された状態を残しており、外観上の大きな特徴となっている。
  25. 鉄道ファン』2014年8月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2014 車両データバンク」
  26. 当時は本系列以外にもB更新工事の施工途中であった2430系2610系6020系12200系のB更新も一旦中断されている。
  27. 同時に車内の全ての側面窓のカーテンレールが1段ストップ式ロールカーテンから、3段ストップ式ロールカーテンに交換されている。
  28. ただし、8612Fは中間車MMユニットの界磁位相制御車両でMc車が存在しないため、京都・難波寄りのTc車(ク8162形)へ設置された。
  29. ただしモ8801・8803は、モ8671・8672等と違い、パンタグラフ搭載位置が若干車端側に寄せられている特徴がある。
  30. 日立製MMC抵抗制御の新製車ではあるが、主電動機、台車等に流用部品を使用(制御器と後期型の電動車台車、パンタグラフは新製)してのものである。