西京区

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西京区(にしきょうく)は、京都市を構成する11区のひとつ。桂川以西の西京区と、乙訓郡(向日市・長岡京市を含む)をあわせて、西ヶ岡あるいは西山とよばれる。

山科区と同時に誕生した、京都市で最も新しい区のひとつである。

地理

歴史

古来より現在の西京区や右京区を含む地域には、渡来系の一族である秦氏が居住していた。この秦氏の氏寺的な存在が右京区の広隆寺で、祭祀が行われたのが松尾大社であると言われている。西京区の山田地区には秦河勝末孫の東家の墓が京都市街を見守るように立っている。秦氏は5世紀頃に桂川の治水工事を行っていたらしいが、西京区の桂川沿岸では洪水がたびたび起こったという。

行政区画としては桂村・川岡村・松尾村は葛野郡、大原野村・大枝村は乙訓郡と分かれて存在していた。

平安時代には桂女という女性の商人が洛中に行商を行った。丹波との国境の大枝には酒呑童子が居たと言われ、源頼光によって討伐されたという伝説がある。このほか当区内の由緒ある寺社と言えば藤原氏の祀社・春日神社(大原野神社)、善峰寺樫原廃寺跡西芳寺などがある。

京都に政権中枢があった室町時代には、将軍足利義満の時代に、将軍直属の軍勢として西ヶ岡土豪衆を中心に「奉公衆」が結成された。彼らは明徳の乱応仁の乱など市街地が舞台となった合戦で活躍し、応仁の乱では細川勝元の指示で大内政弘を攻撃するなど、室町政界に参与した。

江戸時代には山陰街道が、現在の西京区域を横断するように敷かれ、沿道の桂、樫原、大枝は宿場町として栄えた。また山陰街道脇に八条宮(桂宮)初代の八条宮智仁親王が桂別業を造営した(後の桂離宮)。また、桂は保津川水運の発着所ともなった。

沿革

  • 1931年(昭和6年)4月1日 葛野郡の桂村、川岡村、松尾村が京都市に編入し、他の村と一緒に右京区が誕生。
  • 1950年(昭和25年)12月1日 乙訓郡の大枝村が右京区に編入。
  • 1959年(昭和34年)11月1日 乙訓郡の大原野村が右京区に編入。
  • 1976年(昭和51年)10月1日 松尾、桂、川岡、大枝、大原野地区が右京区から分区し、西京区が誕生。

区役所

  • 西京区役所
〒615-8522
京都府京都市西京区上桂森下町25番地の1
  • 洛西支所
〒610-1143
京都府京都市西京区大原野東境谷町二丁目1番地の2

教育

小学校

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なお、大原野出灰町および大原野外畑町の児童は大阪府高槻市への依託により、両地区からの通学に便利な高槻市立樫田小学校および高槻市立第九中学校に通学する。

中学校

高等学校

専修学校

大学・短期大学

特別支援学校

隣接している自治体・行政区

京都府
大阪府

交通

鉄道

京都市の行政区で唯一、市営地下鉄が通っていない。

※保津峡駅は亀岡市との境界に位置する。

道路

高速自動車国道

  • 区内に路線なし

一般国道

主要地方道

その他の府道

名所・旧跡・観光スポット・観光名産品・祭事・催事

西京区出身の有名人

その他

右京区から分区した名残で、西京区の担当集配郵便局は、洛西地区(洛西郵便局)を除いて右京区内にある右京郵便局または京都西郵便局の管轄となっている。

外部リンク

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