能義郡

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能義郡(のぎぐん)は、出雲国・島根県にあった。人口14,126人、面積300.19 km²。(2003年)成立当初の郡域は現在の安来市の市域に一致する。

消滅直前となる2004年9月30日の時点で以下の2町を含んだ。

2004年10月1日、安来市と広瀬町・伯太町の2町が新設合併し、新・安来市となり、すべての町がなくなった能義郡は廃止となった。

歴史

古代

平安時代以前は意宇郡の一角に区分されていた。名前については、この地に設けられた野城駅(のぎのうまや)に由来すると言われる(『出雲国風土記』)。

式内社

延喜式神名帳に記される郡内の式内社テンプレート:式内社一覧/header テンプレート:出雲国能義郡の式内社一覧 テンプレート:式内社一覧/footer

近現代

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、以下の町村が成立。(2町14村)
    • 安来町・広瀬町
    • 能義村・宇賀荘村・飯梨村・荒島村・赤江村・島田村・大塚村・比田村・山佐村・布部村・安田村・母里村・井尻村・赤屋村
  • 1951年(昭和26年)4月1日 - 安来町・能義村・宇賀荘村が合併し、安来町が発足。(2町12村)
  • 1952年(昭和27年)11月3日 - 安田村・母里村・井尻村が合併し、伯太村が発足。(2町10村)
  • 1954年(昭和29年)4月1日(1町4村)
    • 安来町・赤江村・荒島村・飯梨村・島田村・大塚村が合併し、安来市が発足、郡より離脱。
    • 赤屋村が伯太村に編入。
  • 1955年(昭和30年)1月10日 - 広瀬町・山佐村・比田村が安来市の一部と合併し、広瀬町が発足。(1町2村)
  • 1956年(昭和31年)1月1日 - 伯太村が町制施行し伯太町となる。(2町1村)
  • 1957年(昭和32年)4月1日 - 布部村の一部が広瀬町に編入。
  • 1967年(昭和42年)8月1日 - 布部村が広瀬町に編入。(2町)
  • 2004年(平成16年)10月1日 - 広瀬町・伯太町が安来市と合併し、安来市が発足、郡より離脱。同日能義郡消滅。

関連事項


テンプレート:出雲国の郡