移動図書館

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移動図書館(いどうとしょかん)とは、書籍などの資料と職員を載せた自動車などを利用して図書館を利用しにくい地域の人のために各地を巡回して図書館のサービスを提供する仕組みである。

英語では移動手段として自動車が用いられることが多いことからbookmobile(BMと略称される)あるいはmobile libraryと呼ばれている。日本ではこれを直訳して自動車図書館あるいは自動車文庫とも呼ばれている。

多くの場合、自動車が用いられるが船[1]が用いられることもある。また列車を用いたものもあり、自動車の普及する1930年代以前には馬車が用いられていた。

日本の公立図書館は法律によってこのサービス提供に努めるよう定められている[2]。しかし現状は分館の設置が進んだことやその他諸般の事情により減少傾向にある。

類似概念を表す言葉として巡回文庫貸出文庫といったものがあるが、それらとは提供されるサービスの幅において違いがある。すなわち貸出文庫は団体貸出の一形態であり、巡回文庫は貸出文庫の一種と言える。それに対して移動図書館は個人への貸し出しを中心にしている点に特徴がある。ただ実際には巡回図書館といった言葉もあり、それほど厳密に使い分けはされてはいない。

歴史

世界初の移動図書館は19世紀中ごろ誕生したものと思われるが判然としない。ただ馬車に図書を積んだイギリスのウォリーントン職工学校の巡回図書館の銅版画が残されており、これが最初とされている[3]

アメリカ合衆国で最初の移動図書館は、1905年メリーランド州のワシントン郡立図書館でMary Lemist Titcomb1857年 - 1932年)によって始められたとされている。その後、同様の取り組みが散見される。しかしそれらはあくまで補完的なものと認識されていた。移動図書館の効用が広く知られるようになったのは、1940年代以降のことである。

ドイツでは1929年ドレスデンで確立されたとされている。

このような諸外国での動きを日本の図書館界が知らないはずはないのだが導入には至らなかった[4]

日本で初めての移動図書館は、1948年7月、高知県立図書館で始められた「自動車文庫」である。次いで同年12月には鹿児島県立図書館が開始し、そして1949年8月、千葉県立図書館が進駐軍から払い下げを受けた四輪駆動車を改造した自動車で始めた「訪問図書館ひかり号」が走り始めている。従来、千葉県立図書館の「訪問図書館ひかり号」が日本で最初の移動図書館とされてきた[5]。しかし、図書館用語辞典編集委員会編『最新図書館用語大辞典』柏書房(2004年)は「日本で本格的に自動車図書館が走り出したのは、1948年高知・鹿児島県立図書館が最初で、次いで千葉県立図書館」としている。ただし日本において「移動図書館ブームの先駆けを作った」[6]として高く評価されているのは、千葉県立図書館の「訪問図書館ひかり号」である[7]

1949年8月、千葉県立図書館が進駐軍から払い下げを受けた四輪駆動車を改造した自動車で始めた「訪問図書館ひかり号」であるとされている。3週間ごとに県内各地に設けられたステーション(停留所)を巡回し、ステーションマスター(連絡人)のもとに図書を預けていき、利用者はステーションマスターのもとを訪れて借り出すようになっていた。この方式は他の都道府県の図書館でも踏襲され、1953年に始められた東京都の「むらさき号」も同様のシステムであった。

個人で移動図書館を運営していた例もある。その第一人者が環境保護活動の一環として書籍『百年の愚行』を全国の図書館に蔵書してもらうように交渉する旅をしながら自らも図書館となって全国を巡り、「じてんしゃ図書館」を走らせた土居一洋である。

移動図書館の現状

ファイル:Ōzora mobile library.JPG
北海道大空町の移動図書館「メルヘン号」(2009年10月)

図書館を市民と共にあるものとするに実績をあげた移動図書館だが、日本では減少傾向にある。その理由は、市区町村立の図書館の開館が相次ぎ、さらに多くの分館が開設されるに及んで自動車や船による巡回が意味を失っているのと、財政の逼迫による行政サービスの見直しによって廃止が決定されているためである。さらにディーゼル車の排出ガス規制をクリアできないために廃車のやむなきにいたり、そのまま廃止となっているところもある。

東京では区部における移動図書館が2005年3月末をもってすべて終了した。東京区部最後の移動図書館車となった練馬区の「ひかり号」は南アフリカ共和国に譲渡された[8]。多摩地区では最盛期22市町村で運行されていたが、2006年4月1日現在、日野市のほか町田市「そよかぜ号」、三鷹市「ひまわり号」、昭島市「もくせい号」などで運行されている。

世界的には移動図書館を必要とするところはまだまだ多い。特に発展途上国ではニーズが高く、日本で廃車になった移動図書館車が譲渡されている。

ブルネイでは、国内の図書館整備がまだ十分に進んでおらず、国立図書館デワン・バハサ・ダン・プスタカ図書館が国内43地点を移動図書館で回っている[9]

移動図書館、海外での再活用

上記のように、日本での移動図書館は減少傾向にあるが、世界的には移動図書館を必要とするところはまだまだ多い。特にアパルトヘイト政策後の教育格差が著しい南アフリカ共和国では、廃車となった移動図書館の再利用に向けた活動が、現地政府に大きな期待を寄せている。

その期待を受けて、2006年、南アフリカNPOのSAPESI(South African Primary Education Support Initiative)「南アフリカ初等教育支援の会」を日本人・現地人の有志により発足し、2008年には日本国内にもNPO法人Sapesi-Japanを設立して、海外での再活用に向けて活動を始めている。

南アフリカでの移動図書館活動は、現地の都市周辺部の地域及び都市から著しく離れた過疎地域の児童・生徒を対象に、英語や現地語の書籍を積載して、各学校に年間8回(4学期制の為、各学期初めと学期末の2回)訪問して、教師・生徒に教育資材として図書サービスを提供している。

2009年9月末から10月にかけて全国から集められた12台の移動図書館が第1段として南アフリカに送られ、向こう6年間で100台の移動図書館を送ることにより、96地区ある南アフリカ全土の教育区をカバーすることで、現地の識字教育向上を目指す。

現地南アフリカにとっては、図書の普及がまだ一部に過ぎないので、教育現場に図書活動を普及することで、教師の教育指導レベルの向上や、生徒たちの識字率向上に大きく寄与できる。また、南アフリカでは公用語が英語を含めて11の公用語があり、内9つの公用語は口承言語の為、ローカル言語の次世代への伝承にも役に立っている。南アフリカ政府もこの活動を、全面的にサポートを受けている。

また、この活動は寄贈する日本側にとってもメリットはとても大きい。実際にこの活動を実現するに当たり、企業・政府・自治体全てのサポート無しでは不可能である。そこでこの事業活動を連携協力することにより、企業にとってはCSR活動としてのPR活動、政府としては両国外交発展への寄与、自治体にとっては地域レベルでの海外支援として、幅広い効果が期待できる。図書普及が初等教育向上に大きく作用されることからも教育上のメリットも大きい。

車両状況は良好であるにもかかわらず、行政サービスの縮小等でやむなく廃止せざるを得ない移動図書館、及び車両更新による中古の移動図書館が不使用が生じた時は、資源の再活用という観点からも、海外での再活用に貢献できるので、移動図書館車の再活用が全国的に浸透できるシステムを構築することがこれからの課題であり、今後の各自治体や図書館の裁量に期待が寄せられる。

参考文献

  • 鈴木四郎、石井敦編『ブック・モビルと貸出文庫』日本図書館協会、1967年
  • 『高知県立図書館100年の歩み』高知県立図書館、1981年
  • 『航跡 文化船ひまわり引退記念誌』広島県立図書館、1982年
  • 日本図書館協会図書館ハンドブック編集委員会『図書館ハンドブック第5版』日本図書館協会、1990年
  • 図書館用語辞典編集委員会編:最新図書館用語大辞典、柏書房、2004年、ISBN 4760124896
  • 日本図書館協会図書館ハンドブック編集委員会『図書館ハンドブック第6版』日本図書館協会、2005年、ISBN 4820405039

脚注

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  1. ノルウェーやスウェーデンに船を用いた移動図書館がある。日本では広島県立図書館が文化船「ひまわり」を1962年に就航させている(1981年に廃止)。
  2. 図書館法第3条は「図書館は、図書館奉仕のため、土地の事情及び一般公衆の希望にそい、更に学校教育を援助し得るように留意し、おおむね左の各号に掲げる事項の実施に努めなければならない」と規定し、その第5項に「分館、閲覧所、配本所等を設置し、及び自動車文庫、貸出文庫の巡回を行うこと」としている。
  3. 森崎震二編著『いま図書館では』(草土文化、1977年)、24ページ。なお同書5ページの口絵にはウォリーントン職工学校の巡回図書館の銅版画が掲載されている。
  4. 森崎震二編著『いま図書館では』(草土文化、1977年)によれば、「娯楽書中心の電車図書館」(『時事新報1911年12月22日)や「アラバマ州で自動車図書館が大流行」(『都新聞1912年1月19日)といった記事を根拠として例示している。
  5. 図書館情報学ハンドブック編集委員会編、1999年 など
  6. 図書館情報学ハンドブック編集委員会編、1999、p.718
  7. 日本図書館協会編、1990、p.77
  8. 毎日新聞2006年2月6日。練馬区公式サイト内のテンプレート:PDFlinkも参照。
  9. Hj. Abu Bakar Hj. Zainal"Current Development of Brunei Libraries".CDNLAO NEWSLETTER.43.2002年1月30日(英語、2011年2月7日閲覧)