津軽鉄道線

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|} 津軽鉄道線(つがるてつどうせん)は、青森県五所川原市津軽五所川原駅から青森県北津軽郡中泊町津軽中里駅までを結ぶ津軽鉄道が運営する鉄道路線

津軽半島の中央部を南北に縦貫している。冬季には客車内の暖房石炭焚きのダルマストーブを用いる「ストーブ列車」が運行される。タブレットによる閉塞が行われ、津軽五所川原駅・金木駅には腕木式信号機がある(ただし場内信号機のみで出発信号機はない)。

路線データ

  • 路線距離(営業キロ):20.7km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:12駅(起終点駅を含む)
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式
    • 津軽五所川原 - 金木間 タブレット閉塞式
    • 金木 - 津軽中里間 スタフ閉塞式
  • 最高速度:70km/h

運行形態

1時間あたり1本程度(朝6時 - 夜20時)の運行で15往復が設定され、普通列車のほか朝夕に準急がある(準急は時間帯によって停車駅が大きく違う)。朝は約30分間隔で運行されていたが、2004年の冬ダイヤ改正で終日約1時間間隔の運行となった。津軽五所川原駅 - 津軽中里駅間の通し運転が基本だが、早朝と夜20時台に金木駅 - 津軽中里駅間の区間列車が2往復運転されているほか、平日・土曜の朝にも金木駅 - 津軽中里駅間の区間列車1往復が運行される。

基本的に津軽21形気動車1両によるワンマン運転が行われている。なお朝の通学時間帯は2両で車掌乗務となる列車がある。また毎年春に芦野公園で開催される「金木桜まつり」の時期には最大3両で運転し、キハ22形気動車が混結となることもある。

名物の「ストーブ列車」は冬ダイヤ期間中(12月1日 - 3月31日)に1日2往復運転される。ストーブ列車も準急扱いとなっている。機関車+オハ46形客車2両(乗車にはストーブ列車券が必要)+津軽21型1両の編成が基本だが、閑散期には機関車を省略して津軽21型と客車を1両のみ連結[1]する場合や機関車+客車1両+津軽21型1両の場合もある。なお「金木桜まつり」や「五所川原立佞武多」期間中にもオハ46を使用して運転されるが、ストーブは焚かれない。ただし毎年8月の「五所川原立佞武多」の時期に運転される「真夏のストーブ列車」(要予約)では、車内のストーブが焚かれる。

歴史

川部 - 五所川原間の鉄道を運営していた陸奥鉄道が国に買収され(現:五能線)、出資額の倍の支払いを受けた株主たちが次なる鉄道として計画した路線である。 改正鉄道敷設法では、中里からさらに小泊、三厩を経て青森へ至る計画があったが、青森 - 三厩間がJR津軽線として実現したにとどまっている。

  • 1928年昭和3年)2月13日 - 鉄道免許状下付(北津軽郡五所川原町-同郡中里村間)[2]
  • 1930年(昭和5年)
    • 7月15日 - 五所川原(現在の津軽五所川原) - 金木間が開業[3]
    • 10月4日 - 金木 - 大沢内間が開業[4]
    • 11月13日 - 大沢内 - 津軽中里間が開業。同日金木-津軽中里間貨物運輸開始[5]
  • 1931年(昭和6年)7月5日 - 毘沙門駅開業。
  • 1932年(昭和7年)4月24日 - 瓦斯倫動力併用[6]。下岩崎駅、川倉駅、深郷田駅開業。
  • 1933年(昭和8年)4月14日 - 重油動力併用[6]
  • 1935年(昭和10年)4月13日 - 五所川原 - 津軽飯詰間に一野坪駅開業。
  • 1941年(昭和16年)8月1日 - 一野坪駅、下岩崎駅、毘沙門駅休止。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 川倉駅、深郷田駅休止。
  • 1944年(昭和19年)3月31日 - 津軽飯詰 - 毘沙門間の下岩崎駅廃止。
  • 1955年(昭和30年)
    • 5月20日 - 毘沙門駅、深郷田駅営業再開。
    • 10月20日 - 一野坪駅、川倉駅営業再開。
  • 1956年(昭和31年)7月10日 - 五所川原駅を津軽五所川原駅に改称。
  • 1961年(昭和36年)4月25日 - 十川駅開業。
  • 1974年(昭和49年)4月1日 - 一野坪駅を廃止し、五農校前駅開業。
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 貨物営業廃止。
  • 1992年平成4年)4月1日 - 一部列車でワンマン運転開始。
  • 2004年(平成16年)11月10日 - 冬ダイヤ改正で列車本数大幅減便。津軽五所川原 - 金木間1閉塞とし、金木 - 津軽中里間をスタフ閉塞化。
  • 2007年(平成19年)
    • 10月25日 - 橋の老朽化に伴う補修工事で、津軽中里 - 大沢内間を終日運休、バス代行を11月30日まで行った。
    • 12月1日 - ストーブ列車の維持を目的として、ストーブ列車において「ストーブ列車料金」(300円)を新設。

利用状況

輸送実績

収入実績

営業成績

戦前の輸送収支実績

駅一覧

全駅青森県に所在。

凡例
●:停車、▲:上り(津軽五所川原行き)の一部が停車、|:通過
駅名 駅間キロ 営業キロ 準急 接続路線 所在地
津軽五所川原駅 - 0.0 東日本旅客鉄道五能線五所川原駅 五所川原市
十川駅 1.3 1.3  
五農校前駅 1.9 3.2  
津軽飯詰駅 1.0 4.2  
毘沙門駅 3.2 7.4  
嘉瀬駅 2.7 10.1  
金木駅 2.7 12.8  
芦野公園駅 1.5 14.3  
川倉駅 1.7 16.0  
大沢内駅 1.7 17.7   北津軽郡中泊町
深郷田駅 1.3 19.0  
津軽中里駅 1.7 20.7  

その他

  • 車掌乗務列車では車内券(補充券)による乗車券の発売をしている。また、日中のワンマン運行時でもJR五能線からの乗り換え客がある列車では、運転室所属の係員が列車発車まで車内券で乗車券を発売する場合がある。
  • ストーブ列車や秋季の鈴虫列車の運行開始日には、テレビニュース番組などで採り上げられることが多い。
  • 北海道新幹線開業に合わせ奥津軽いまべつ駅DMVで接続する構想を持っていた[7]。しかし、既存の列車とDMVを安全に併用運行するシステムが開発されていないため、DMV導入を断念していたことが2014年6月に報じられている[8]

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ

  1. この場合は、津軽五所川原駅では、最初にストーブ列車を利用する一般客、次にストーブ列車を利用する団体客、最後にストーブ列車に乗らない乗客の順に改札を行う。
  2. 「鉄道免許状下付」『官報』1928年2月16日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. 「地方鉄道運輸開始」『官報』1930年7月21日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. 「地方鉄道運輸開始」『官報』1930年10月11日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. 「地方鉄道運輸開始」『官報』1930年11月20日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. 6.0 6.1 『地方鉄道及軌道一覧 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  7. (5)DMV 道内外で機運 - 読売新聞、2013年1月6日
  8. 津鉄、線路と道路走る車両断念 - 東奥日報、2014年6月24日

関連項目

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