汚い爆弾

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汚い爆弾(きたないばくだん、dirty bomb ダーティー・ボム)とは、核汚染(放射性物質による汚染)を引き起こす爆弾のことである。こと放射性廃棄物などの放射性物質を撒き散らすものでは、核爆弾のように核反応で爆発するのではなく、爆薬などで爆発させ核物質を拡散させる。

概要

この爆弾は、爆発が起きると爆弾内部に格納されていた放射性物質が飛散し、爆発と放射性物質の放射線の汚染により周囲に被害を与える。このような兵器は、放射能兵器と呼ばれる。しばしば誤解される所ではあるが、核物質を利用した兵器ではあっても核爆弾(すなわち核爆発そのものによって殺傷効果を得る兵器)の範囲には含まれない。要約すると、放射性物質を一種の毒物として利用し、化学兵器同様にこれらを撒き散らし故意に汚染を引き起こすよう設計された爆弾である。

名の由来としては、核汚染を引き起こすことを目的とし、核物質の種類によっては数年~数百年、あるいは数億年という長い年月の間、放射線を発しつづける汚染を引き起こすことによる。放射線障害の定説として、被害が出るかどうかは確率論の問題であるため「安全閾値は存在しない」というものがあり、強力な放射線を浴びれば確実に障害を起こす一方で、放射線増加が自然放射線よりもはるかに低ければ健康被害のリスク増加は無視できるとも予測できるものの、どれだけ放射線が少なければ影響が出ないとは一概に言えない問題を含んでいる。

広義には、中性子爆弾純粋水爆ではないテラー・ウラム型水素爆弾核融合反応を引き起こす臨界に達するため核爆弾を利用する)などを含む核兵器も放射性降下物(いわゆる「死の灰」)を撒き散らし放射能汚染を引き起こすため、中性子爆弾や純粋水爆など核汚染がより弱いないし軽微な核兵器を「きれいな(核)爆弾」と呼ぶことに対比させる形で、汚い爆弾と呼びうる(後述)。しかし一般に「汚い爆弾」と呼ぶ場合は、核汚染のみを目的として爆薬を用いて放射性物質を撒き散らす兵器を指す。

爆薬で核物質の飛散を行う「汚い爆弾」は、構造としては核物質を爆発爆縮ではない)で吹き飛ばすだけであるため、単純に言えば爆弾を放射性物質で覆うだけである。これに運搬者の被曝を防ぐための遮蔽用容器を被せるなどの工夫は必要かもしれないが、逆に製造・設置者の被曝を気にしなければ爆発物に剥き出しの核物質を括り付けるだけである。この他、爆弾を制御するための点火装置や時限装置などを取り付けることも考えられるが、この辺りは時限爆弾の項を参照してほしい。

汚い爆弾は放射性物質が必要な以外は、高度な技術計算やシミュレーションを必要とする爆縮レンズの設計などは全く必要ではなく、加えて臨界が発生するよう核分裂連鎖が起こりやすい核物質を精製する必要がないため、通常の爆弾と同等の、格段に低い技術力・設備で製造でき、専門筋では「(民家の)ガレージで製作可能」とまで言われるほどである。また単に放射性物質でさえあれば、その種類・濃度は問われない。そのため、テロリストが使用するのではないかと懸念されている。自爆テロを考慮に入れ最もシンプルに設計すれば、時限式・遠隔式などの高度な起爆装置すら不要である。なお核テロリズムの範疇では、これら汚い爆弾の使用はもとより、放射能兵器として核物質や放射能に汚染された物品(放射性廃棄物など)を何らかの方法で撒き散らす行為も懸念されている。

ただ、2010年現在の時点では実際に製造され使用されたケースは報告されておらず、そのため使用された場合に実際問題としてどのような事態になるかの事例も報告されていない。後述するように、未然に防がれたケースは存在する。

被害

これらの爆弾は、放射性物質が周囲に飛散しても、以下のような条件によって「効果」が曖昧である。

  • 利用される放射性物質の量的な問題
  • 放射性物質の発する放射線の量的な問題
  • 爆発物によってどの程度内容物が拡散するかの問題
    • 拡散した放射性物質の粒子の質の問題
    エアロゾルとなって浮遊するような微粒子なのか、すぐに落下してしまう破片なのかによっても問題の程度が違う。
    • 天候や爆発させた場所の問題
    天候や爆発させた場所によって、どの程度拡散した放射性物質の粒子が飛び散ったり風などで流されるかが変わってくる。
  • 使用された放射性物質の半減期

こういった問題は、被曝した被害者の受ける放射線の量にも影響し、被害はガンの発生率をわずかに高める程度に過ぎない、という意見もある。実際にどの程度の被害が出るかは、使用される放射性物質や各々の条件に拠るところが大きく、高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料プルトニウムが大量に散布された場合は深刻な汚染となることも予測される一方で、爆発させた場所によっては狭い地域を汚染するに留まることも予測される。

その一方でこの爆弾が使用されれば、肉体的な実害が少なくても、混乱や騒擾などの社会不安を引き起こす可能性が高い。特に放射性物質に対する懸念の強い地域では、こういった被害は局地的なパニックを呼ぶ可能性もある。

効果範囲に関しては、飛散した放射性物質がどの程度の範囲に飛び散るか予測し難い部分も含み、加えて「どの程度なら安全か」というのも俄かに判じ難い部分もあって、ひとたび利用されれば風評被害等により爆心地周辺の地域に対する不信感を招きかねないとみられている。

実際の関連する事件

具体的な例としては、2002年5月8日アルカーイダのメンバーであるホセ・パディージャ(後にアブドラ・アル・ムジャヒルに改名)は汚い爆弾の製造および使用を企てていたとしてアメリカ合衆国政府により拘束されている。

この他にも使用済み放射性廃棄物の闇取引の噂は絶えず、実際に何度か摘発が行われている。米原子力規制委員会は年間約300件近い放射性物質紛失の報告を受けており、こういった紛失核物質による被曝事故も問題だが、転用も懸念されている。米国内ではテロによる使用の懸念から、公務員の内に汚い爆弾を含む放射性物質の検知を行うポケットベル型の携帯機器が利用されている。

核爆弾における汚染

AP通信の軍事記者ロバート・バーンズが2007年7月に発表した記事では、米軍部上層部が少なくとも1948年7月時点までに、核兵器が引き起こす放射能汚染が、軍事的(戦略)の上で無視できない「効果」があることを理解していたことを示唆するメモの存在を指摘している。このメモに先立つビキニ環礁1946年7月1日および同24日に行われた核実験では、2度目の水中爆発に際して深刻な核汚染が発生、予定されていた3度目の実験中止を余儀なくされた。これに基づくと考えられる同メモには、核爆弾を水中で爆発させた場合に爆発で発生する直接的な被害よりも核による汚染のほうが重要となること、爆発に際し環状雲が発生して汚染された水の粒子が風に運ばれて広い範囲に拡散・周辺の生物に速やかな死を与えるだけではなく、飛散した放射性物質の粒子が堆積して周辺の建物を汚染し長期的な危険を発生させることが述べられている。

なお同メモは、戦略上このような汚染は大都市や工業地域の活動に影響を与えるという点で核兵器は優れていると結論している。

また1947年に書かれたビキニ実験における公式の極秘評価資料によれば、核汚染が短時間ないし長期に渡って生命を脅かす範囲を、それも目に見える境界線を持たず生み出すことによって、汚染と死の懸念は常に生き残った者に付いてまわり、何千から何百万にも及ぶ避難民は交通を麻痺させ、更にはその避難民が身に着けている衣服や荷物が汚染を拡散させる懸念、そして汚染地域からの避難民への独特な心理面での危険が生まれることをも示唆している。

これらの指摘は、現在懸念されている「爆薬で核物質を飛散させることを目的とした爆弾」であるところの狭義の汚い爆弾にも共通するところである。しかし、核保有国(特にアメリカ)は、他国やテロリストの汚い爆弾による核汚染の脅威は広く喧伝する反面、自国核兵器による核汚染は認めることなく、その存在は恣意的に隠蔽されている。

汚い爆弾を扱った作品

  • 映画『ピースメーカー』 - 1997年の米国の映画。テロリストにより結果的に核兵器が汚い爆弾として使われてしまう。
  • 映画『博士の異常な愛情』 - 1963年の米英合作映画。ソ連側に配備されていた報復兵器ドゥームズデイ・デバイス「皆殺し」装置は汚い爆弾に該当する性質を持つ。
  • 映画『007 ゴールドフィンガー』 - 1964年の米英合作映画。自らが保有する金の価格暴騰を目論み、アメリカ合衆国金塊貯蔵庫に保管されている膨大な金塊を放射能汚染させようとする富豪と主人公との対決を描いた作品(原作小説では金塊強奪を目論む旧ソ連諜報工作員との対決を扱っている)。
  • 小説・アニメ『旭日の艦隊』 - 並行世界(作中では「後世世界」と呼称)におけるナチスドイツの兵器「原子炉爆弾水中航行船『ホズ』」として登場。ニューヨークを標的とした軍事作戦を想定し開発・配備、実戦投入される。

参考文献

関連項目

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