榊原政永

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榊原 政永(さかきばら まさなが)は、江戸時代中期の大名播磨姫路藩第4代藩主、越後高田藩初代藩主。榊原家9代当主。

享保20年(1735年)、榊原政岑の次男として生まれる。幼名は小平太。父が吉原での乱行を咎められ隠居を命じられたため、寛保元年(1741年)に7歳で家督を継ぐ。直後に姫路藩から高田藩に国替えを命じられた。石高は15万石で転封前と同じだが、陸奥国などに飛び地があるため実質的には減封で、藩財政の悪化を招いた。寛政元年(1789年)に隠居し、跡を次男の政敦に譲る。文化4年(1808年)死去。

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越後高田藩主・榊原家を祀る榊神社(新潟県上越市)

経歴

官位位階


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