森岡隆三

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テンプレート:サッカー選手 森岡 隆三(もりおか りゅうぞう、1975年10月7日 - )は、神奈川県横浜市青葉区出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダーセンターバック)。元日本代表。2002年日韓W杯時のチームキャプテン。JFA 公認A級コーチジェネラル保有(2011年取得[1])。

来歴

一般受験で桐蔭学園中学に入学。中学時代のポジションはMFで無名の存在であったが、高校時代に当時監督の李国秀に見出されDFにコンバート。これがサッカー選手としての成功の礎となった。

1994年に鹿島アントラーズに入団し、1995年途中にかつて鹿島アントラーズで指揮を執った、宮本征勝率いる清水エスパルスにレンタル移籍しそこで頭角を現しそのまま清水エスパルスへ完全移籍をする。

フィリップ・トルシエ監督時代の日本代表では3-5-2システムのフラット3の中心選手だった。 2002年、怪我による離脱をするがトルシエからの信頼は絶大で、ケガの完治と同時に代表復帰しレギュラーを奪回した。 しかし、2002年日韓W杯ではグループリーグ第1戦のベルギー戦にて相手との接触プレーから負傷し、それ以降出場できなかった。

ジーコ体制下では序盤こそレギュラーを務めるが2003年6月8日キリンカップアルゼンチン戦での4失点により名良橋晃、秋田豊、服部年宏らと共に代表から遠ざかることとなる。

2005年8月28日大宮アルディージャ戦/熊谷スポーツ文化公園陸上競技場)、試合終了後に競技場内のトイレの壁を蹴って破損、3試合の出場停止処分を受けた。その事件以降レギュラーを剥奪される。

2006年は若手の台頭により出場機会が激減。本人の意向により12月5日に移籍リストに登録されることが発表され、約11年間所属した清水エスパルスを退団。同月28日に京都サンガF.C.への移籍が発表された。

2007年はキャプテンとしてチームを牽引しJ1昇格に貢献したが、2008年はヴァンフォーレ甲府から加入したDF増嶋竜也など、若手選手にポジションを奪われほとんど出場機会がなかった。11月末に引退を表明[1]

現役最後の試合となった最終節は奇しくも彼が11年間所属をした清水戦だった。チームは負けてしまったものの、試合後のセレモニーでは京都の選手・スタッフから花を手渡された他に、清水側からも全選手のサイン入りユニフォームが伊東輝悦によって送られ、号泣する姿に両チームのサポーターから暖かい歓声が上がった。セレモニー終了後には京都サポーターは勿論、清水サポーターの所に行き、清水退団時にすることができなかった最後の挨拶を行った。

2009年、京都サンガコーチ就任。

2014年より京都サンガトップチームから離れ、派遣という形で佐川印刷SCコーチに就任[2]

エピソード

2002年日韓W杯ではアゴカルテット(森岡隆三、秋田豊楢崎正剛曽ヶ端準の4人)として「六月の勝利の歌を忘れない」を盛り上げた。

清水では1997年からJリーグが固定背番号制になるに当たり「前年のレギュラーが一番つけていた背番号を優先的に与える」という基準で背番号を与えた。このため前年、たまたま空いていたことから11番をつけることが多くなった森岡の背番号は11となり、その後10年の長きに渡りDFとしては珍しい背番号を背負って清水でプレイした。

ORANGE RANGEと親交があり、自身のホームページに一緒に写っている写真が掲載されている。ただしこの頃のORANGE RANGEはブレイク前であり、現在も親交があるかどうかは定かでない。

猪木信者としても有名で、自身の猪木のモノマネが原因で、離婚危機になった事もある。

仲間内3人で「KHR international」発足、東京原宿にて「グラムス」という衣料ブランドを立ち上げ販売業を営む。 一時期、三宿で洋服屋を経営しており、現在も個性的なオフィシャルHPを開設するなど、端々にセンスをうかがわせる。

2010年 2002年W杯時のキャプテン経験を買われ、NHK-BS南アフリカW杯サッカー関連番組において、巻誠一郎とともに解説を務める。

所属クラブ

個人成績

テンプレート:サッカー選手国内成績表 top テンプレート:サッカー選手国内成績表 th |- |1994||rowspan=2|鹿島||rowspan=4|-||rowspan=6|J||1||0||0||0||0||0||1||0 |- |rowspan=2|1995||0||0||colspan="2"|-||colspan="2"|-||0||0 |- |rowspan=12|清水||25||1||colspan="2"|-||0||0||25||1 |- |1996||23||0||16||1||3||0||42||1 |- |1997||rowspan=10|11||30||1||6||0||3||0||39||1 |- |1998||26||0||3||0||5||0||34||0 |- |1999||rowspan=8|J1||26||1||4||0||0||0||30||1 |- |2000||27||0||2||0||5||0||34||0 |- |2001||30||1||1||0||5||2||36||3 |- |2002||3||1||2||0||1||0||6||1 |- |2003||25||3||4||1||4||1||33||5 |- |2004||29||0||6||1||1||0||36||1 |- |2005||23||1||6||0||5||0||34||1 |- |2006||10||0||1||0||0||0||11||0 |- |2007||rowspan=2|京都||rowspan=2|6||J2||22||1||colspan=2|-||0||0||22||1 |- |2008||J1||7||0||3||0||0||0||10||0 テンプレート:サッカー選手国内成績表 通算始285||9||54||3||32||3||371||15 テンプレート:サッカー選手国内成績表 通算行22||1||colspan="2"|-||0||0||22||1 テンプレート:サッカー選手国内成績表 通算終307||10||54||3||32||3||393||16 |} その他の公式戦

テンプレート:サッカー選手国際成績表 top テンプレート:サッカー選手国際成績表 th |2002-03||清水||11||3||0 |- !通算!!colspan="2"|AFC |3||0 |}

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 38試合 0得点 (1999-2003)[3]

テンプレート:サッカー代表個人成績 |- |1999||7||0 |- |2000||14||0 |- |2001||11||0 |- |2002||2||0 |- |2003||4||0 |- !通算 |38||0 |}

個人タイトル

脚注

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外部リンク

テンプレート:佐川印刷SCのメンバー テンプレート:Jリーグベストイレブン (DF) テンプレート:Jリーグ功労選手賞 テンプレート:Navboxes


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  1. 森岡隆三選手 現役引退のお知らせ 京都サンガF.C. 2008.12.5
  2. テンプレート:Cite web
  3. 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「daihyo」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません