東洋町

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ファイル:Port of Kannoura and Takegashima Island Aerial photograph.1975.jpg
甲浦港付近の空中写真。画像中央の市街地が甲浦である

東洋町(とうようちょう)は、高知県の東端にある

大半が山林で、室戸阿南海岸国定公園に含まれる。太平洋に面したリアス式海岸が広がり、海岸段丘の地形で山々が海に迫る。海岸沿いの帯状の平地に国道55号(東土佐街道)が通り、沿線に集落がある。産業は水産業のほか、林業や果樹栽培。かつてはカツオ漁や捕鯨も行われ、現在では沿岸漁業が主。野根川上流は多雨地域で近世から良材を産した。

地理

隣接している自治体

沿革

  • 1959年(昭和34年)7月1日 - 安芸郡甲浦町・野根町が合併し、東洋町が発足。

合併時に町役場の位置で紛糾し、2年交代で野根と甲浦に設置し、4年後に決定することとした。しかしながら町役場問題は1963年にも解決せず、その後も分町問題が度々持ち上がり、1985年に現在の役場ができるまで、町役場が甲浦と野根を数年交代で相互に移動していた。

行政

核最終処分場問題

2007年(平成19年)、田嶋裕起町長(当時)が高レベル放射性廃棄物最終処分場の候補地選定に向けた文献調査を町議会に諮らないまま原子力発電環境整備機構(実際に最終処分場として受け入れるかは別として、調査を受け入れることによる補助金が目当てだったと真相報道 バンキシャ!日本テレビ系)及びワイドスクランブルテレビ朝日系)が取材で明らかにしていた)に申請していた。このことは「ワイドスクランブル」が最初に取り上げたことから発覚した。

推進派と反対派で町政が混乱し、橋本大二郎高知県知事(当時)や、隣接する徳島県飯泉嘉門知事も反対し、機構理事長の山路亨に対し直接受理の撤回を求めるなどの状況のなか、田嶋が「町民の真意を問いたい」として辞職したことに伴う4月22日投開票の出直し町長選挙では、反対派の沢山保太郎が田嶋の2倍以上の票を得て初当選。4月23日に応募撤回を表明、原子力発電環境整備機構側もこれを受け、取り下げる方向で話を進めるとしており[1]、事態は終息に向かいつつあるが、町民同士の間に出来た溝が埋まらなかったため、その時期に行われる予定だった300年の歴史がある五社神社大祭が初めて中止になった。

経済

産業

特産品

地域

人口

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教育

中学校

  • 東洋町立甲浦中学校
  • 東洋町立野根中学校

小学校

  • 東洋町立甲浦小学校
  • 東洋町立名留川小学校
  • 東洋町立野根小学校

交通

空港

鉄道

バス

道路

船舶

港湾

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

ファイル:Toyodaishi 01.JPG
明徳寺(東洋大師)。四国八十八箇所霊場番外札所
  • 白浜海水浴場
    遠浅の海水浴場として夏場は賑わう。ホテル・駐車場・シャワー施設・トイレ有り。
  • 生見海岸
    離岸流の恐れがあるため一般遊泳は禁止。日本有数のサーフスポットとして多くのサーファーがやってくる。サーフィン大会の会場にもなっている。
  • 甲浦八幡宮
    太刀踊り「ひよこち踊り」(旧暦8月14日・3年に一度開催)が県の無形民俗文化財に指定されている。
  • 五社神社
    春祭り(4月29日) みこしと飾り提灯に彩られただんじりが祭りを盛り上げる。
  • 熊野神社
    「トントコ祭り」(旧暦9月9日)御輿が御座船にのり、沖合いに浮かぶ二子島まで向かう。大漁旗をなびかせた供船のパレードが壮観。
  • 野根山街道
    奈良時代養老年間に整備された街道で、奈半利町と東洋町野根を尾根伝いに結ぶ。現在は「四国のみち」環境省ルートとして整備されている。行程約36km、高低差約1,000mの歩道。

東洋町出身の有名人

出典

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関連項目

外部リンク

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