東北・上越新幹線

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ファイル:Shinkansen series 200 (early type) JPN.jpg
登場時の新幹線200系電車。いわゆる「東北・上越新幹線」と言う場合、この車両のみが使用されていた。

東北・上越新幹線(とうほく・じょうえつしんかんせん)は、東日本旅客鉄道(JR東日本)の運営する東北新幹線上越新幹線を総称する呼び方である。ただし、山形新幹線秋田新幹線長野新幹線が開業した後は、特に東北新幹線・上越新幹線の両列車が走る東京駅 - 大宮駅間を指す呼び方になっている。

概要

この両新幹線の大宮駅 - 盛岡駅間と大宮駅 - 新潟駅間の建設工事がほぼ並行して進められ、現在のJR東日本の運営する新幹線ではもっとも早い1982年(昭和57年)に開業したもの(厳密には東北新幹線は6月23日、上越新幹線は少し遅れた11月15日の開業)であり、車両も開業当初より200系が両線共通で使用されたこと、また西の東海道山陽新幹線に対する東の呼称として語呂がよかったことなども、両線をまとめて「東北・上越新幹線」と呼ぶ因子であったと考えられる。路線図上で東北・上越新幹線のラインカラーとして使用され、また当時の東北・上越新幹線車両の配色としても使用された「緑色」は、現在もJR東日本がコーポレートカラーとして使用している「緑色」となっている。1992年に開業した山形新幹線の400系(および、その後登場したE3系)も当時の東北・上越新幹線のラインカラーである緑色(系)のラインを配しているが、1997年以降に開業した秋田・長野の各新幹線車両(E2系およびE3系)は、登場当初からデザインを異にしており緑色系の配色を持たない。

山形新幹線・秋田新幹線・長野新幹線が開業した後は、総称としてはこれらの新幹線も含めて呼ぶようになっている。これらの新幹線の列車も走る東京駅 - 大宮駅では「東北・山形・秋田・上越・長野新幹線」あるいは「東北・上越・長野新幹線」と案内しており、これらの新幹線が乗り入れるようになった大宮駅の新幹線東京方面行きは単に新幹線と表記され、「東北・上越新幹線」という表記は現在では一部の地図上で見られる程度である。なお、東京駅や上野駅などの東京都心部の駅の発車案内電光掲示板や、窓口上部にある空席状況画面などでは、「東北・山形・秋田新幹線発車案内」や「上越・長野新幹線空席状況」など、大まかな方面分けとして東北新幹線方面と上越新幹線方面で分けているものもある。

路線や車両などについて詳しくは、各路線項目および「新幹線」の項目を参照のこと。

最速列車

国鉄は発足以来、東海道線を重要な路線と位置付けており、日本の鉄道を代表するような「国鉄最速列車」は常に東海道線や東海道・山陽新幹線に設定されていた。

それが、1982年の東北・上越新幹線の開業により、到達時間から算出される表定速度において、初めて東海道・山陽新幹線よりも東北・上越新幹線が上回り、またより世代の新しい車両が投入された。また、当時の新幹線最高速度「319km/h」も開業前の東北新幹線を用いて記録された。この状態は、表定速度においては1992年300系のぞみ」の登場まで、最高速度においては500系の登場まで続いた。

東北・上越新幹線反対運動

1973年4月26日から発生した、戸田市与野市浦和市一部による非常に大規模な反対運動である。工事地内への居座り行動・デモ行進・国鉄説明会打ち切りなどが実施され、東北・上越新幹線の騒音対策や埼京線の快速停車駅数など地元の要望が実現化するきっかけとなった。この一連の反対運動を「東北・上越新幹線反対運動」という。詳しくは該当ページ、及び「埼京線#開業までの沿線住民の動き」を参照。

関連項目

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