朝鮮社会民主党
朝鮮社会民主党(ちょうせんしゃかいみんしゅとう、조선사회민주당)は、朝鮮民主主義人民共和国の政党の一つ。
沿革
1945年11月3日に中小企業家、手工業者、小売商、小ブルジョア、幾人かの小作農、キリスト教信者によって朝鮮民主党(조선민주당)として結党され、曺晩植が委員長に就任した。綱領として「民族独立」と「南北統一」、「民主主義確立」を掲げ、キリスト教信者を中心に支持を拡大した。しかし、信託統治に最後まで反対した曺は1946年1月、ソ連軍によって軟禁され、翌1946年2月に金日成の腹心であった崔庸健副委員長が党委員長に就任して、衛星政党として改編された。そのため、李允栄ら党内の右派勢力は7月に集団で越南し、新たに朝鮮民主党を結成した。→朝鮮民主党 (韓国)
1981年に朝鮮社会民主党と改称した。現任の委員長は、1998年に就任した金英大。
党風
「独立、主権、民主主義、平和と人権の保護」を政治的モットーとしている。
議会の体裁を整えるため、執権党である朝鮮労働党との関係は、あくまでも与党ではなく「友党」とされているが、事実上は衛星政党として労働党の一党独裁を輔翼しており、しかも党中央委員会委員長は同国の副主席(1998年以前)あるいは最高人民会議常任委員会副委員長を兼務しているため、政権与党を批判・牽制し代替することができるような、本来の野党の役割は果たしていない。そもそも、朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法上(第11条「朝鮮民主主義人民共和国は、すべての活動を朝鮮労働党の指導のもとにおこなう。」 )、朝鮮労働党の指導的立場を受け入れざるを得ない立場にある。
対南関係では、形式上は同じ「野党」として、韓国の民主労働党と交流関係を持っていたが、同党と国民参与党との合併に伴い統合進歩党が結成された現在も交流関係が維持されているかどうかは不明。