敬宗

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敬宗(けいそう)は唐朝の第16代皇帝穆宗の長男。

生涯

12歳で景王となり、翌年に皇太子となる。穆宗の崩御により12歳で即位した。即位に際しては宦官より幼少であることを理由に郭太后へ摂政就任が要請されたが郭太后は宰相による輔弼を命じ、漢代より続いた外戚政治に終止符が打たれた。

しかし敬宗が用いた人材は宦官の王守澄と結託した李逢吉であり、敬宗が幼少であることを利用し政敵を一掃している。粛清された官僚が無実でったことを穆宗の手文庫より知った敬宗は朝政より距離を置き、ポロ角力、夜猟などの遊興にふけった。敬宗の角力好きより臣下より多くの力士が献上されたが、力士は皇帝の寵愛を利用し宦官たちを迫害したた。これに不満を持った宦官の劉克明らによって、寝所で暗殺された。享年19歳。

宗室

后妃

  • 郭貴妃

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