放射線療法

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腫瘍と正常組織に対する放射線照射の効果 - 放射線照射が行われてもそれが一定の線量以下においては腫瘍および正常組織にも効果がなく、ある線量を超えると線量の増加とともに効果が増加し、その様子はS字状の曲線で示される[1]

放射線療法(ほうしゃせんりょうほう、 米国では radiation therapy、英国、カナダ、およびオーストラリアでは radiation oncology あるいは radiotherapy[2])は放射線(電子線と粒子線)を患部に体外及び体内から照射する治療法である[3]手術抗がん剤治療とともに(がん)に対する主要な治療法の一つである[4]

がんが発生した臓器の機能と形態を維持しながら治療が行えることを特徴とする[5][6]。アメリカでは3人に2人が利用している[7]。その歴史は19世紀末のエックス線ラジウムの発見を始まりとし、抗生物質、抗がん剤の開発および外科手術麻酔法の確立がなされていなかった当時の癌治療はほとんど放射線療法のみであった[8][9]。癌治療の目標には根治(完治)、延命、緩和があるが[10]、放射線療法はこの全てに利用される[11]。がんを完治させる可能性があるのは手術のほかは放射線療法だけであり、しかも放射線療法は患者の負担が少ないやさしい治療法で[12]、高齢者にも適応できる[6]。局所療法のため副作用が少なく、それも大部分は治療後一ヶ月から二ヶ月で自然に治まる[13]。使用される放射線のエネルギーが、正常組織に対して無視できない影響を与えると[14]、後述するように放射線障害と呼ばれる副作用を起こし、その内容も様々であるものの、この影響は放射線治療のメリットに比べて十分小さい[15]

放射線療法は放射線が生物の細胞を殺す作用を利用しているが、この作用は細胞分裂の盛んな細胞に対して効果が大きく、分裂の盛んながん細胞により大きな影響を与える[16]。放射線ががん細胞のみならず正常細胞にもダメージを与える一面があるものの、がん細胞はダメージに対する回復能力が乏しいため[17]放射線の分割照射は、正常細胞がダメージから回復する時間を与えて行われ、ダメージから回復できないがん細胞だけを死滅させている[18]。がん細胞の数が減少すると免疫細胞側が優勢となり、残ったがん細胞すべてを処分することができるようになる[19]。また、ふだんは免疫細胞が見逃しているがん細胞も放射線照射によってその存在が知られ、免疫細胞はがん細胞の場所に移動し、ただちにこれを処分する[20]。 多方向から標的を狙い打つ定位放射線治療(ピンポイント照射)では安全に高線量放射を行うことができるために、例えば肺がんでは1回10Gy以上の大線量を4回から5回照射して1週間で終了するものであるが、従来の放射線治療より格段に治療成績が向上した[21]。また、抗がん剤の持つ放射線による効果を増加させる性質を利用した化学放射線療法が広く行われるようになり、治療成績の向上に寄与している[21]

適用

通常、放射線治療(放射線療法)の適用となる疾患はケロイド、甲状腺眼症など一部の良性疾患と、ほぼ全ての悪性腫瘍である。 また、放射線治療(放射線療法)は外科手術化学療法ホルモン療法などと組み合わされ、集学的治療の一環として利用される場合もある。 治療の対象となる代表的な癌を次に挙げる。

放射線治療(放射線療法)は局所療法であり、普通は腫瘍のある部分のみをねらって適用されるが、手術の領域リンパ節郭清と同様に領域リンパ節近傍を含めることもある。白血病などの骨髄移植前処置として全身に照射される(全身照射)治療法もある。 放射線治療の特徴は、「切らずに治すこと」であり、外科手術と異なり臓器温存(形態や機能)を可能とする。このため頭頸部腫瘍など切除術により著しく生活の質 (Quality of Life: QOL) の低下を生じるものに、第一選択の治療とされる場合が多い。

放射線治療は他の手術療法などと同じく治癒可能な病期・病勢では「根治治療 (radical therapy)」の重要な選択肢として施行される。その他、癌が治癒不能な病期・病勢、再発・転移癌の場合でも、部分的な腫瘍縮小効果により症状の緩和を目指す「緩和治療・姑息治療 (palliative therapy)」として広く用いられる。局所的な放射線治療の特徴として、全身への侵襲が小さいため、高齢者や全身状態が悪化した患者に対しても負担が少なく、緩和医療の重要な手段として治療が行える利点がある。 代表的な緩和治療の対象病態は、骨転移の疼痛・骨折予防、脳転移による神経症状、縦隔腫瘍による上大静脈症候群などである。

副作用

使用される放射線のエネルギーが、正常組織に対して無視できない影響を与えた場合には、放射線障害と呼ばれる副作用を生ずる[15]。放射線の副作用には照射中もしくは照射後早期に起こる早期反応と、照射後数か月以上へて起こる晩期反応がある[15]

早期反応の主なものには皮膚・粘膜の炎症と、骨髄への障害がある。炎症はどれも照射を終了あるいは中断することで1週間ないし2週間のうちに大部分が治まる[15]。その程度が重症であれば致死的ともなるものの、現在の放射線治療で高度の早期反応が問題となることはまずない[15]。一方、放射線感受性が非常に高い骨髄は、低い照射量においても白血球の減少などを起こすが、照射がかなりの広範囲に及ばない限り、実際の問題になることはまれである[15]

晩期反応は、照射後数か月から十数年たってから起き、その本質は微小血管障害と見られている[15]。ほとんどの臓器・組織で問題となりうるもので、主なものには皮膚や皮下組織の萎縮・線維化や潰瘍、肺の線維化による呼吸障害、消化管の潰瘍や穿孔、中枢神経の麻痺などがあり、すべてを考慮すると放射線治療後の長期生存例の数%において何らかの晩期反応が問題になっていると言われる[15]。さらに現在も極めて少数ながら致死的晩期障害の報告があり、また治療に使用する放射線が将来2次がんを誘発する可能性も指摘されてはいるが、これらの影響は放射線治療のメリットに比べて十分小さい[15]

肺における合併症

肺は体の中で最も放射線に敏感な器官の一つで、放射線治療によって高度の線量で照射された肺細胞の体積に依存してダメージを受け、暴露後、2〜6ヶ月後に早期の合併症として放射線肺臓炎などの放射線による肺障害(Radiation-induced lung injury)を引き起こすことがある[22]。晩発性の合併症としては、胸部放射線治療における放射線肺線維症などがある[23]。これらの放射線による肺毒性(Pulmonary toxicity due to radiation)がもたらす合併症を抑えるために、装置の改良などによって治療時における正常細胞へのダメージを減らすための努力がなされている[24]

用量

放射線利用法はいくつかの点で、薬剤投与と同じように扱われているが、根本的に異なるのは照射体積の大きさや、同じ照射線量でも照射部位や照射方法により生体反応(耐容線量)が全く異なる点である。放射線療法が単独で実施されるか、化学療法と併用されるか、手術の前か後か、郭清手術が成功したかどうかなどの要素が治療医(放射線治療医)の判断によって調節される。腫瘍制御に必要な線量は、腫瘍の感受性により異なり、一般的な固形がん(扁平上皮癌、腺癌など)への線量は通常50Gy(グレイ Gray; 放射線の項を参照)程度、それ以上が必要との見解もあるが正常組織への耐容線量を考慮すると照射が難しい場合が多い[25]。高感受性のリンパ腫(白血病)などは総線量で20〜40Gyで腫瘍制御が充分可能とされる。現在、定位手術的放射線治療 (Radiosurgery) を除いて1回照射法は少なく、小線量を1日1回、週4〜5回照射する分割照射が多く行われる。分割照射の場合、一回線量は1.8〜2.0Gyが経験的に多く用いられる。一回の用量を小さくして繰り返し実施することは、正常細胞が成長しなおす時間を与え、照射で与えた障害を回復させる。 生物学的効果線量 (biological effective dose) は同じ総線量でも一回線量の大きさ(分割回数)、照射期間により左右される。また、正常組織の耐容線量が照射容積に影響されるのは前述のとおりである。 小線源治療法(放射性同位元素を直接体内に挿入する治療法)において、古典的には挿入したラジウムの量と体内に留置した時間の積 (mgh) で線量を表現した時代があった。現代では、外照射と同じく吸収線量Gyが用いられるが、外照射と生物学的効果を比較、換算するのには注意が必要である。小線源治療では生物学的効果線量に影響を及ぼすものとして線量率 (dose rate) が加わる。

分割照射スケジュール

前述したように、通常の一日当り照射量のスケジュールは成人患者で一回当り2.0Gyで、一日一回照射であるが、場合によっては違うスケジュールのことがある。一つの方法として、肺癌での投与法であるCHART法 (Countinoys Hyperfractionated Accelerated RadioTherapy) がある。これは肺癌に適用されることが多く、一日当り2〜3回の少量分割照射を行う。成功例が多いとはいえ、週末も含めて毎日複数回の照射を実施することにより大きな負担が患者にかかってくる。小児癌では、分割照射スケジュールは一回当り1.5〜1.8Gyとなる。原理的には分割のやり方は治療効果と急性あるいは遅発障害との兼ね合いになり、一回当りの照射量が小さいほど、効果発現に時間がかかる(小児は正常組織の感受性が高いので成人の標準分割線量より低い線量が設定されている)。

装置

放射線治療(放射線療法)に使用される代表的な装置を次に挙げる

京都大学の京大炉 (KUR)、武蔵工業大学(現東京都市大学)の武蔵工大炉 (MITRR)、日本原子力研究開発機構の研究炉 (JRR4) で研究が行われているが、MITRRが廃炉となったため、現在はKURとJRR4で実験的治療を行っている。

また、ガンマナイフは頭蓋内の治療に広く用いられ、脳腫瘍以外にも脳血管障害脳動静脈奇形)などの治療にも用いられてきた。最近ではリニアックを用いた定位放射線治療でも同等の治療効果が得られるため、多くの放射線治療施設で同疾患の治療が可能となっている。またガンマナイフは三叉神経痛顔面痙攣といった機能的脳神経外科疾患の治療にも一定の治療成績を得ているが、現在のところ頸椎の7番目から頭部以外の疾患は医療保険外の診療となっている。

作用原理

放射線治療は、エックス線、電子線、ガンマ線といった放射線を利用して、がん細胞内の遺伝子(DNA)にダメージを加えることで、がん細胞を破壊するもので、同時に正常細胞にもダメージを与えてしまうが、正常細胞は自分自身で回復することができる点が、がん細胞と異なる[26]。与えられる放射線の線量に応じて双方が受けるダメージは上記の「腫瘍と正常組織に対する放射線照射の効果」の図にあるように一定の線量以下においては腫瘍および正常組織にもダメージがなく、ある線量を超えると線量の増加とともにダメージが増加し、その様子はS字状の曲線で示される[1]

外照射と小線源治療

周囲の正常組織へのダメージを最小限に抑えつつ、がんに十分な放射線を照射するため、がんの場所や大きさ、種類に応じて、最適な治療法が選ばれるが、治療法は外照射と小線源治療に分類できる[27]。 外照射ではリニアックを利用して体外から体内の病巣部に向けて放射線照射を行い、小線源治療では病巣の内部あるいは近くに放射性物質を置いて、体内から放射線を照射させる[27]

高精度放射線治療

放射線治療の成績を向上させるために治療方法の工夫が試みられてきたが、その工夫は大きく二種類に分けることができる[28]。ひとつはがん細胞と正常細胞との放射線に対する感受性の差を広げることで生物学的な意味での高線量を投与して治療効果の向上を求める生物学的な試みであり、これらには放射線増感剤・防護剤の利用、放射線照射の分割方法の工夫、抗がん剤の併用が含まれ、その効果は細胞実験などを含めた多角的な検証が容易であり、放射線治療の歴史にわたり研究されているが、臨床的な有用性が示されずに使用されなくなったものも少なくない[28]。もうひとつは物理的に放射線を腫瘍に集中させる手段の追求であり、照射を必要かつ十分な範囲に限定しながら多門放射を行うことで腫瘍周囲の正常組織の被曝線量を減少させて副作用の低減を得るほど腫瘍への高線量投与を可能とするもので、最近の放射線治療成績向上に貢献しているCTシミュレーターによる三次元放射線治療計画における考え方であるが、高精度放射線治療はこの方向において、さらに進化したものである[28]

高精度放射線治療は、放射線治療時に専用の装置・器具を用いることで目標の領域に高精度な正確さをもって放射線を集中させて行われる治療方法の総称である[28]。これには特殊な固定具によるセットアップ誤差の低減、患者体内における腫瘍あるいは正常臓器の移動制御による放射線照射範囲の最小限化、コンピューターの行う計算による最適化を根拠とした腫瘍に近接する正常構造の線量のみを下げて放射線を投与する方法(強度変調放射線治療 intensity-modulated radiotherapy ; IMRT)といったものがあり、これらを複数組み合わせて一層高精度の治療を行う装置・施設も増加している[28]。特に普及している高精度放射線治療としては定位的放射線治療(ピンポイント照射)があり、脳転移症例に対するガンマナイフ治療、手術適応のない早期肺癌症例に対する体幹部定位放射線治療というように非侵襲的かつ治療効果の高い手段として治療の選択肢になっている[28]。近年はセットアップされた治療寝台上の患者の照射部位の画像を取得して治療計画時の画像との位置のずれを検出してはセットアップ位置を修正するという手順を分割して実施される放射線治療のたびに行うことでセットアップの誤差の最小化を実現する治療法(画像誘導放射線治療 image-guided radiotherapy ; IGRT)が急速に広まり、透視・撮影装置が装備されたIGRT対応リニアックを利用して、治療寝台上でセットアップ誤差や腫瘍の呼吸性移動をリアルタイムに確認し、照射位置を修正しながら精確な放射線治療を行うことができる装置も徐々に増えている[28]

これまでの放射線治療では照射範囲におけるX線強度は均一であったが、IMRTは照射範囲内のX線強度を場所ごとに設定して照射することで、任意の線量分布を作る技法であり、リスク臓器が腫瘍の近くに存在する、前立腺がんや頭頸部がんで主に使用されている治療法であり、照射範囲内のX線強度差はコンピューターによる最適化による[28]。頭頸部がんに対しては、多くの場合、原発巣とともに頸部リンパ節も系統的に放射線照射を行うが、従来法では唾液腺、特に耳下腺が被曝することで唾液量が極端に減少し、治療後も唾液量の回復はほとんどなかったが、耳下腺の線量を落としながらIMRTを実施することで唾液量は一時的に減少するものの治療後数カ月程でほぼ治療前の唾液量まで回復する[28]

脚注

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出典・参考文献

関連項目

外部リンク

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  1. 1.0 1.1 西村恭昌 『肺がん』 p.92
  2. 英語版ウィキペディア導入部(en:Radiation therapy)より
  3. 青山喬(編著)「放射線基礎医学」第9版 金芳堂(2000.3)
  4. 鎌田中川 2007, p.115
  5. 放射線治療は、生活する上で支障となるような合併症をもたらない治療となることが原則であり、合併症が当然とされる手術と異なる。しかし、照射の痕跡が残るため、再度の照射では合併症が生じる危険性が増す。(近藤 1999 pp.15,99)
  6. 6.0 6.1 西村恭昌 近畿大学医学部放射線腫瘍学部門
  7. 唐澤 2009, p.14
  8. 井上手島 2010, p.14
  9. 人類初の放射線治療は1896年11月24日から12月3日まで、1日1回の照射に分割された形式で行われた。分割されたのは機械の性能が不足していた為であり、その後は治療機器が改良され高線量を1回で照射することも行われたが、20年後には、1回で照射する方式の効果が極めて低いと結論付けられている。現在、経験的知見から推奨される治療計画はどれも同じように分割化されている。(アリソン 2011 p.156)
  10. 鎌田中川 2007, pp.115-116
  11. 中川 2007, p.42
  12. 唐澤 2009, p.12
  13. 唐澤 2009, p.15
  14. 近藤誠によれば、治癒率を上げようと線量を多くしたり、照射する範囲を広げたりすることが原因として多いとされている。(近藤 1999 p.99)
  15. 15.0 15.1 15.2 15.3 15.4 15.5 15.6 15.7 15.8 「3.放射線治療の副作用」『放射線によるがんの治療(特徴と利点) (08-02-02-03)』原子力百科事典ATOMICA
  16. 中川 2007, p.66
  17. 中川 2007, pp.66-68
  18. 唐澤 2009, p.25
  19. 中川 2007, pp.68-70
  20. 中川 2007, p.70
  21. 21.0 21.1 西村恭昌 『肺がん』 p.90
  22. テンプレート:Cite journal
  23. テンプレート:Cite journal
  24. テンプレート:Cite
  25. [2] 日本放射線科専門医会・医会放射線診療ガイドライン策定事業/「放射線治療計画ガイドライン」の付表1:通常分割照射における正常組織の耐容線量
  26. 「Chapter.2: 放射線治療について」『放射線治療』<公益財団法人 がん研究会>
  27. 27.0 27.1 「Chapter.3: 放射線治療法の種類」『放射線治療』<公益財団法人 がん研究会>
  28. 28.0 28.1 28.2 28.3 28.4 28.5 28.6 28.7 28.8 井垣 2011 p.516