尾白内駅

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テンプレート:Mboxテンプレート:駅情報 テンプレート:駅情報 尾白内駅(おしろないえき)は、北海道渡島総合振興局茅部郡森町尾白内町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線(通称:砂原支線)のである。駅番号N64電報略号オナ

歴史

ファイル:Oshironai eki.jpg
1976年の尾白内駅と周囲約750m範囲。右が鹿部・大沼方面。駅表右端に本線脇から徐々に海岸側へ離れて行く渡島海岸鉄道の軌道跡が残っている。また旧駅は当駅構内左端の分岐器のある位置にあった。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

駅構造

単式ホーム1面1線を有する地上駅。ホームは線路の北側(森方面に向かって右手側、旧上り線)に存在する[3]転轍機を持たない棒線駅となっている[3]。かつては相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、列車交換可能な交換駅であった[4]。当時は互いのホームは駅舎側ホーム中央部分と対向側ホーム中央部分を結んだ構内踏切で連絡していた[4]。駅舎側(北側)ホームが上り線、対向側ホームが下り線となっていた(番線表示なし)[4]。上下線共に安全側線を有していた[4]。使われなくなった対向側の1線は、交換設備運用廃止後は1993年(平成5年)3月までには撤去されていた[3]。転轍機の形状は上り線からの片開き分岐であった[4]

森駅管理の無人駅となっている。駅舎は構内の北側に位置しホーム中央部分に接している[3]有人駅時代の駅舎は撤去され、その基礎上に[5]ワム80000形有蓋車改造の貨車駅舎が設置されている[6]。側面に窓が設けられ、窓の上にアクセントが付けられ、向かって右より緑・白・緑に塗色されている[5]。駅舎内にトイレを有するが、閉鎖されて使用不可となっている[5]。有人駅時代の駅舎は鹿部駅と同形種で[5]、改築前の時点では窓や扉の開口部は板が打ち付けられて塞がれていた[4]。ホーム上には「安全の像」が設置されていたが、台座のみになってしまっている[5]。駅の標高は4.2mである[3]

渡島海岸鉄道

渡島海岸鉄道時代の尾白内駅は、現在の駅の300mほど西にあった[1][7]。跡地は2003年(平成15年)時点では空地になっており、駅舎のコンクリート製の土台と、花壇と思われる土盛りが残存していた[7]

また、砂原線に転用されなかった線路跡は、2003年(平成15年)時点では駅附近は民家に紛れて不明瞭だが[7]、途中から旧・砂原町町道に転用されており[7]、さらに国道278号に転用されていた[7]

駅名の由来

当駅の所在する地名より。地名は、アイヌ語の「オ・シラル・ウン・ナイ」(川口に岩礁のある川)に由来する[8]

利用状況

  • 1981年度(昭和56年度)の1日乗降客数は45人[4]
  • 1992年度(平成4年度)の1日乗降客数は68人[3]

駅周辺

隣の駅

北海道旅客鉄道(JR北海道)
テンプレート:Color函館本線(砂原支線)
掛澗駅 (N65) - 尾白内駅 (N64) - 東森駅 (N63)

かつて存在した路線

渡島海岸鉄道
渡島海岸鉄道線
東森駅 - 尾白内駅 - 尾白内学校裏停留所 - 押出停留所 - 掛澗駅

脚注

テンプレート:Reflist

関連項目

テンプレート:函館本線1
  1. 1.0 1.1 書籍『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 1 北海道』(監修:今尾恵介新潮社2008年5月発行)14,27ページより。
  2. 座標:[[[:テンプレート:座標URL]]42_6_37.5_N_140_36_35_E_region:jp 北緯42度6分37.5秒東経140度36分35秒]
  3. 3.0 3.1 3.2 3.3 3.4 3.5 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館1993年6月発行)39ページより。
  4. 4.0 4.1 4.2 4.3 4.4 4.5 4.6 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館、1983年7月発行)54ページより。
  5. 5.0 5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 書籍『北海道鉄道駅大図鑑』(著:本久公洋、北海道新聞社2008年8月発行)23ページより。
  6. 書籍『ダルマ駅へ行こう!』(著:笹田昌宏、小学館文庫2007年5月発行)99ページより。
  7. 7.0 7.1 7.2 7.3 7.4 書籍『鉄道廃線跡を歩くX』(JTBパブリッシング2003年10月発行)48-49ページより。
  8. 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、2004年2月発行)31ページより。