宏観異常現象

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宏観異常現象(こうかんいじょうげんしょう)とは、大きな地震の前触れとして発生ないし知覚されうると言われている、生物的、地質的、物理的異常現象とされるものなどをひとまとめにしたものである。

宏観異常現象による地震予知については、地震予知#宏観異常現象による地震予知も参照。

概要

地鳴り、地下水温泉海水の水位変動、水質の変化、動物の異常行動、天体や気象現象の異常、通信機器、電磁波の異常など、大規模な有感地震の前兆現象として知覚されるとされている現象で、ことわざ民間伝承迷信の形で知られているものもある。

これらの現象と有感地震の因果関係は、一応の説明(「動物の異常行動は低周波の振動などを敏感な動物が感知して騒ぐため」など)がなされているものもあり、地震予知や地震発生のメカニズム解明へ役立てようという動きがないわけではないが、定説として論じられるほどの科学的な根拠や統計的な信頼が認められているわけではない。また、地震予知ができる程には至っていない。

宏観異常現象とされるもの

以下に示す現象や説は、地震前、地震後の証言や民間伝承を含む事象であり、科学的なメカニズムや根拠、妥当性についての検証、証明は行われていない。これらの現象は地震の発生とは関係なく発生しうるということ、地震による精神的なショックによる事実ではない認識やデマといったものも含まれているだろうということも考えうる。

兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)・新潟県中越地震の直前にも目撃した人が数多くあり、地震の前兆現象とも呼ばれている。 地震の起こる3ヶ月位前から異常な現象が現れ始め、10日位前から現象は急増することが多いとされる。また地震の規模が大きい程、宏観異常現象が観測される範囲は広くなるといわれ、今後の研究が待たれる。

観測されるとする現象

地中には微弱な電流が流れており、地電流は地磁気変化や地殻の活動などの自然変化に伴って変化することから、地電位差の異常変動により地震の予知を行うもの。

  • 地震雲:雲の形と地震発生との関係が全く不明、従来の気象状況により発生のメカニズムを証明できる、曇天時存在そのものが確認出来なくなる等、否定的見解が多数。気象庁地震予知情報課も「占いと同レベル」としている。新潟県中越地震の直後に寄せられた地震雲の情報のほとんどは、飛行機雲、巻き雲、高積雲などだったという。
  • 竜巻
  • 地下水温泉・海象
    • 地下水の水位、温度の異常、潮の異常干満、海面の変色など。
    • 海面の発光 : 海底で地震が起きるとメタンハイドレートが浮上し、海面上で青白く発光する[1]というような一応の説がある。
  • 発光現象
    • 光 : 揺れの数十秒前の目撃例がある。震源方向の地平線の上空に黄色・白の閃光が数十秒間見られたという証言が多い。光の原因はプラズマ放電現象[2]との説、地殻変動により地中で発生した電気の放電との説[3]などがある。三河地震兵庫県南部地震新潟県中越地震などで多くの目撃証言がある。宏観異常現象以外に、地震発生後の発光現象の目撃例もある[4]
    • 夜空が異常に明るい。
  • 太陽、月 : 光柱、太陽の、月の暈、異常な色(月が赤い)。
  • 通信機器
    • テレビラジオ : 縞が入る、画像が映らない、ノイズが入る、混信。原因としては、地下の岩盤のズレによる圧電効果が考えられている。
    • 携帯電話PHS : 雑音が酷い、データ通信の速度が異常に遅い、切断する、受信していないのにアクセスランプが点灯。
    • レーダー無線機:異常な虚像が写る、いつもの指向性アンテナの方向に電波が入らない。
  • 動物の異常行動
    • 動物が暴れる、鳴く(吼える)、通常いない場所に現れる。逆に、野生動物が突然姿を消す、というものもある。

民間伝承、ことわざ

  • 動物
    • 地震の前にはナマズが騒ぐ。
    • が夜中に突然騒ぎ始めるときは、地震がある兆し。
    • 日中カラスの大群が移動するとき、地震に注意。
    • 日中カラスの大群が異常な鳴き声で騒ぐとき、地震の可能性。
  • 地面、地下水
    • 井戸から音が聞こえたり、井戸の水の潮位が変動する時は地震の疑い。
    • 地面の下から不気味な鳴動を発し、空気が重く沈んでいるときは即地震がある。
  • 気象、天体
    • 地震雲
      • 長く太い帯雲が下のほうにあり、空に長く残るときは近く(その雲の直角線上または延長上)で地震。
      • 長く太い帯雲が高くにあり、空に長く残るときは遠くの方(その雲の直角線上または延長上)で地震。
      • 龍のような巻き雲(竜巻とは違う)がまっすぐ立ち上るときは、すぐに(比較的強い)地震の疑い。
      • 赤い地震雲(帯状雲など)は強い地震の疑い。
    • 空の色、天体の色
      • 日傘や月のかさが異常に大きい時は数日以内に地震の疑い。
      • 夕焼けや朝焼けの空の色が異常な時は地震の疑い。
      • 月の色(昇ったばかりの月の色などは除く)や光が異常な場合は地震の疑い。
      • 朝焼け時の(太陽の)光柱現象は地震の前触れ。
    • 発光現象
      • 夜、昼間のように明るいときすぐ地震を疑う。

宏観異常現象をとりまく諸問題

宏観異常現象はそれ自体が宏観異常現象といえるかどうかあいまいな定義の現象を扱い、再現性、定量性を正しく評価することは難しく、科学的とは言いがたい面をもつが、災害対策や地震のメカニズムの解明を目的とし、難しいながら可能な範囲での科学的、統計的なアプローチから研究を行っているものも存在する。

とはいえ、科学的な証明の難しさや俗説を背景に、地震後の証言、あるいはオカルトを元に、地震予知を行うといったものも存在し、ときとして無責任に口コミマスコミウェブサイトを通して扱われデマが流布することもある。

研究

電磁的現象

テンプレート:Seealso 地震の前後には、震源およびその近傍から、特定の空間帯域あるいは電離層に影響を及ぼすといった以下のような仮説があり、これらの現象を直接ないし間接的に捉えることで、切迫した地震の発生を予知しようとする研究が行われている。

即ち、地殻プレート運動などによって圧力の増大が生じると、石英を含む花崗岩などでは圧電効果(ピエゾ効果)により、圧力に比例した分極(表面電荷)が現れる。あるいは、花崗岩以外の岩石でも地震に至らない岩石の微細な破壊によって電荷が発生する。または、ラドンから電荷を帯びたイオンが発生する。

いずれにせよ、大地表面や海面に帯電した巨大な電荷が下部電離層(D領域)のプラズマ化を促進する。この電離層が遠方の電波を反射してオメガアマチュア無線FM放送などの異常伝播を発生させる。同時に、岩石の微細な破壊時あるいは、上記電荷放電時に、直流からVHF帯以上の広帯域なスペクトルを有するパルス電磁波を多数発生する。これが長波帯LF電波時計(40kHz、60kHz)の誤作動、中波ラジオ(1000kHz前後)への音声雑音や、VHF帯のFM電波(約80MHz)の雑音レベル(基線)の変動、アナログテレビ(90MHz~)画面の白や黒の横線雑音の原因となる。

以上は全て仮説であって検証されていない。一方で、個々の物理現象、たとえば花崗岩へ圧力をかけることによる圧電効果、岩石の高圧力破壊実験での電荷と電磁波の発生は広く知られた物理現象で300MHz、2GHz、22GHz帯のマイクロ波が照射される[5]、さらに地震の前の電波の異常伝播なども学術的に観測されている。

観測の対象としては、ギリシャVAN法では地電流を測定している。「八ヶ岳南麓天文台」の串田嘉男などによる方法では既存のFM放送の電波を用いて電離層の変節を観測している。以上のように、その手法や観測対象もまちまちである。

東北地方太平洋沖地震では、地震後、森谷武男らが半年ほど前から道内で岩手県からのFM放送波の強度が通常の2〜3倍になったことを観測していたと発表[6]早川正士らが約一週間前に太平洋上の電離層の境界が下がった(超長波の到達に要する時間で測定している)ことを観測していたと発表[7]日置幸介が地震の40分前に東北地方上空の電離層で電子数が増えていたことをGPSの受信データから確認したと発表[8]している。

地震の現象としては、東北地方太平洋沖地震発生の数分後から、地震発生に伴う大気波動によって電離圏における電子数の変動(電離圏擾乱)が同心円状に起こったことが観測されている[9]

批判

以上のような仮説の基づいた地震予知に対して、以下のような批判もある。すなわち、電磁波は現代社会では至る所から発生しており、この中からいかにして地震前兆による(とされる)電磁波を拾い出すかと言う根本的な問題が有る。

さらに地電位の観測では、1000km 程度遠方まで伝播する雷雲による電磁変動を感知している可能性や、経済活動による様々なノイズ(鉄道、水道管防蝕の為の電流)や、センサー(検出コイル)が地震波の直接的影響で電位を発生している可能性もある[10]として疑問が投げかけられている。

長波

日本では、理化学研究所JAXAのリモートセンシング研究により極超長波223Hz/17Hzの電磁波予知研究が先駆で、全国各大学など40箇所ほどの観測点があり、データの数量・規模・定量性に関する信頼性は高いとされる。 ただし、地震との因果関係については、少なくとも一般的に論じられる段階には無い。

超短波(FM波)

直接波による受信は不可能である遠距離のFM放送局の電波が地震前に受信できる現象(異常伝播)が、2002年12月より57事例あったことが地震学会で発表された[11](2004年10月日本地震学会2004年秋季大会において北海道大学の研究グループによる報告。)

ただし、超短波帯の長距離伝播に関しては、スポラディックE層(突発的(sporadic)に発生する特殊な電離層)、あるいは大気圏に突入した流星によってイオン化された大気が電波を反射する流星エコーや、ダクト現象などによる事象を混同している可能性が高いという指摘もある。スポラディックE層の発生分布には季節変動および時間帯変動がはっきりしており(春から夏にかけての主に昼~夕方に多く発生する)、異常な現象と呼ぶには当らない。流星痕などによるエコーの発生も同様である。 少なくともこれらの事象との切り分けが明確にされない限り、異常伝播の発生だけをとりあげて地震の前兆とは言いがたい。

ラドン濃度

1966年4月26日の旧ソ連タシケント地震(M5.5)前の水中ラドン濃度の上昇と地震後の低下が報告されている。ラドン濃度が地震前に通常の約3倍に増加し、地震後低下したと報告されている。日本では1970年代に東京大学が観測を行っており地震との相関を報告している。国立防災科学技術センターは府中地殻活動観測施設において、山梨県東部の震度5(M6.0)の地震(1983年8月8日)に先立つラドン濃度の異常な上昇を報告している[12]

岐阜大学などが、地中水脈などのラドン濃度を計測している。岐阜大学は、兵庫県南部地震において兵庫県西宮市内の井戸の地下水中のラドン濃度の急上昇を捉えており、10日前には通常の20倍以上にも達した。同観測結果は米科学雑誌「サイエンス」に掲載された。また、北海道東方沖地震においても同様の変化が観測された。同大学は、地中水脈に含まれる水中ラドン濃度を計測する観測システム網を岐阜県断層地域に構築している。

ラドンは、ウラン放射壊変をくり返しての同位体になる途中で発生する水溶性の気体であり、半減期が約3.8日である。ラドンは、ウランが存在すると常に発生しているが、通常は、外部に出ることなく岩石内で鉛などに壊変する。ところが、岩石中に新しい亀裂が発生するなどで地下水と岩石が接する表面積が増加すると、地下水中へ流失し、その結果ラドン濃度が変化するとの仮説が考えられている。ただし、地震との因果関係については定説を持たない。

ナマズ

ファイル:Namazu-e.jpg
地下に棲み、身体を揺することで地震を起こすと言われてきた大鯰

東京都水産試験場が1976年~1992年にわたって「ナマズの観察により地震予知をする」研究をしていたが日本の公的機関が「ナマズの尾で地震が発生する」との仮説のもとで研究を行った記録は存在しない。

また1994年、「地震はナマズが尾を振ることで起こるという説の検証」という7年間にわたる研究に対して、日本の気象庁にイグノーベル物理学賞が贈られた。しかしながら、授賞理由とされた報道が誤りであったことが後に判明したとして、イグノーベル賞の公式Webサイトの歴代受賞者リストからは削除されている。主催者側の公式な見解は不明であるが、受賞者リストに記されていないことから、この授賞は撤回されたものと考えられる。

東海大学地震予知研究センターでは「ナマズの行動と刺激要素に関する研究」を行っている。

大気イオン濃度

岡山理科大学理学部弘原海清(わだつみ・きよし)らは、大気イオンの濃度変化を用いた地震予知の研究を、特定非営利活動法人大気イオン地震予測研究会e-PISCOで行っている。これは兵庫県南部地震(阪神淡路大震災:1995年1月17日)の前に大気イオン濃度が異常値を記録したことから、測定を開始したとのことである。

同研究会の仮説によれば、地殻にプレート運動などによる圧力がかかり、 その結果、岩石に微細な亀裂が生じる。この亀裂からラドン(気体)が大気中に放出される。大気中に放出されたラドンとその壊変生成物は、電荷を帯びたイオンであり、これに小さなホコリ (エアロゾル)が付着して大きくなる。大きくなった大気イオンは重くなり地表に落ちてくるが、その際に大気イオン濃度が異常に高くなる。 平常時の10倍~約100倍に達する大気イオン濃度の異常が、地震の前にたびたび観測されているが、大気イオン濃度異常と地震との相関関係について統計的に有意であると立証される段階にはない。

行政の取り組み

静岡県地震防災センターでは「宏観異常現象収集事業」として宏観異常現象を県民から受け付け、ホームページで件数を公開している。また、関西の大学と経済界でつくる関西サイエンスフォーラムでは「地震宏観情報センター」の設置を提言している。
これらは他の科学的データと読み合わせることで地震予知の一助となる可能性が期待されているが、宏観異常現象という概念に対して肯定的な立場の者だけが協力することが考えられ、研究以前にその入り口で既にフィルタがかかるという統計としての問題点があり、その目的・手法・精度に欠くという指摘がある。また公的機関が科学的立場から逸脱したオカルトじみた事業を行う事には、道義的、教育的にも問題があるとする意見もある。

中国における取り組み

中国では、1975年に発生した海城地震において、国家地震局が動物の行動異常の報告を広く募集する活動によって地震の直前予知に成功し、死傷者の軽減に貢献したとされる。この「成功例」は宏観異常現象研究者の著書などで必ずといってよいほど紹介されるが、実際にはそうした異常現象によるものではなく、本震前に多発した前震によって大地震の発生が確実視された結果、予知が可能となったものである。日本も今後その研究検証が続ければ困難とされる地震予知は可能になることもありうる。

脚注

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参考文献

  • 弘原海清編 『前兆証言1519! - 阪神淡路大震災1995年1月17日午前5時46分』 東京出版、1996年、ISBN 4-924644-53-6。
  • 戴峰[著書]『大地震は予知できる』 (グリーンアロー出版社刊)1996年 ISBN4-7663-3187-7
  • 大阪大学池谷元伺 著書『地震の前、なぜ動物は騒ぐのか』NHKブックス1998年

関連項目

外部リンク

テンプレート:Earthquake
  1. 榎本祐嗣、史料にみる地震津波発光地學雜誌 Vol.108 , No.4(1999)pp.433-439
  2. 摩擦放電プラズマと地震前兆電磁気現象 - 日本地質学会学術大会講演要旨
  3. 地震活動領域上の上向き放電 - 宇宙開発事業団
  4. 東日本大震災では2011年4月7日深夜に発生した仙台市のM7.4の余震を伝えるNHKのニュース映像で、空の発光が捉えられており、これについては、損傷した送電施設で発生したスパークの可能性を指摘する報道(仙台で地震と同時に「謎の閃光」 変電所でショート発生か - J-CASTニュース 2011年4月8日)
  5. 岩石圧縮破壊に伴うマイクロ波放射の観測 地震 第2輯 Vol. 58 (2005-2006) No. 4 P 375-384, テンプレート:JOI
  6. 北海道新聞 2011年3月25日15時55分『8カ月前から電波異常 北大研究グループ観測 「地震前兆の可能性」』
  7. 日本経済新聞 2011年5月2日10時17分『大地震、5~6日前に「前兆」 上空の電離層乱れる 電通大の研究グループが確認』
  8. 2011年5月27日 日本地球惑星科学連合大会『2011年東北地方太平洋沖地震の直前に起こった電離圏全電子数の正の異常 』、北海道新聞 2011年3月28日10時11分『大震災40分前上空の電子急増 チリ地震と類似「前兆か」』中日新聞 2011年5月28日 9時20分『大震災40分前、上空の電子が異常増加 直前予知に有望』
  9. 2011年3月11日東日本太平洋沖地震に伴う電離圏擾乱
  10. 竹内 伸直:地震に伴う電磁変動信号 : 前兆信号を論じる前に 日本物理學會誌 Vol.54 (1999) No.7 P549-556
  11. 森谷武男・茂木透・高田真秀・笠原稔(北大・理)"地震の前に観測されるVHF(FM放送波)の散乱波-2003年十勝沖地震の場合-"地震前兆現象の理論と観測:2003年十勝沖地震を契機として 日本地震学会2004年秋季大会(2004年10月・九州大学箱崎キャンパス)口頭発表
    ・"地震の前に観測されるVHF散乱波と地震との統計的性質"森谷武男・茂木透・高田真秀・笠原稔(北大・理) 地震前兆現象の理論と観測:2003年十勝沖地震を契機として 日本地震学会2004年秋季大会(2004年10月・九州大学箱崎キャンパス)ポスター発表
  12. テンプレート:PDFlink