安曇村
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テンプレート:Infobox 安曇村(あづみむら)は、長野県の中部(中信地方)南安曇郡にあった村。
北アルプス南部の観光地である。2005年4月1日に安曇村を含む松本市周辺4町村が松本市に合併し、松本市安曇となった。なお、旧村域には市町村の合併の特例に関する法律(合併特例法)に基づく地域自治区が2015年3月31日を期限として設置された。
2004年には村内の白骨温泉において共同野天風呂等への入浴剤混入が発覚、それに伴い当時の村長が辞任した。以後全国の温泉地で不祥事が次々と発覚し、その発端として話題を呼んだ。
目次
地理
- 長野県中信地方の西部にあり、西側を岐阜県高山市(旧丹生川村、上宝村)に接する。松本市街からは西方にあたる。
- 村西側の岐阜県境は北アルプス飛騨山脈の最南端にあたり、焼岳や乗鞍岳といった火山をはじめ、他にも穂高岳、槍ヶ岳といった高山が多い。このうち焼岳を除く3座は何れも標高3,000m以上の高山であるが、とりわけ乗鞍岳は標高2,702mの畳平までバス又はタクシーで行けるために「日本で一番手軽に登れる3,000m級の山」として知られる。その東麓には大昔に流出した溶岩により乗鞍高原が形成されている。
- 火山に近いことから村の各地に温泉が存在する一方、村全体が山間部に位置しているため比較的雪も多く、豪雪法上の豪雪地帯の指定も受けている。
- 信濃川や犀川の上流にあたる梓川が、上高地北方を源流に東へと流れている。梓川には東京電力の発電用のダムが3つあり、上流から奈川渡ダム、水殿ダム、稲核ダムという。
- 松本と高山を結びさらに福井へつながる国道158号が梓川に沿って東西に走っており、高山市との境界にある安房峠東側で中部縦貫自動車道の安房トンネルにつながっている。江戸時代には通称飛騨道(ひだみち)(明治期に入ってから野麦街道と呼ばれた)が通っており、稲核村の枝郷であった橋場には、1870年(明治3年)まで番所が置かれていた[1]。
隣接している自治体
(廃止時点)
行政
- 廃止時の村長:上松正文(2004年9月5日就任)
- 前村長が温泉問題で引責辞任したことを受けて出馬・当選。
歴史
- 1874年(明治7年)9月5日 - 上野組入4ヶ村と呼ばれた筑摩県安曇郡大野川村・島々村・稲核村・大野田村が合併して安曇村となる。
- 1876年(明治9年)8月21日 - 長野県の所属となる。
- 1878年(明治11年)1月4日 - 郡区町村編制法の施行により、南安曇郡の所属となる。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、安曇村が単独で自治体を形成。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 松本市に編入。同日安曇村廃止。
姉妹都市
国内
海外
地域
地区町会
地区町会は次の9つがある(2014年現在、かっこ内は2014年4月1日の人口。松本市ホームページによる)。
教育
交通
鉄道
筑摩鉄道(現:アルピコ交通)は、1922年に、安曇村大野田地区に隣接する東筑摩郡波田町の前渕地区においた島々駅までの松本電気鉄道上高地線を開通させた。島々駅から大野田までは徒歩圏内だった。しかし1966年に、上高地を中心とする観光客の増加に対応したバスターミナルを増強するには、同駅前は狭隘だったことから、無人駅だった赤松駅前にバスターミナルを設置し新島々駅と改称した。このため島々駅は無人駅となり利用客が急減した。1983年9月28日新島々 - 島々間が台風被害を受けて運行停止、1985年1月1日に廃止となった。
村内数箇所に以下の森林軌道が存在したが、1960年代までにすべて廃止された。
- 梓川島々谷森林軌道(島々地区)
- 前川森林軌道(大野川地区)
- 前川池ノ沢森林軌道(大野川地区)
道路
高速道路
一般国道
都道府県道