大島郡 (山口県)

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大島郡(おおしまぐん)は瀬戸内海西部の周防大島にある山口県のである。

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以下の1町を含む。

沿革

古代 - 近代

  • 738年天平10年) - 周防国正税帳に初出。
  • 1651年慶安4年) - 毛利氏は大島郡のおもな区域(遠崎村を含む)を大島宰判とし、勘場を久賀に置いた。神代村・大畠村は岩国領、長島・八島・祝島・佐合島・馬島・牛島は上関宰判となった。
  • 1873年明治6年) - 郡を廃止し区制を施行、大島郡のおもな区域は第一大区となり、10小区が置かれた(山口県内は21区)。
    • 第一小区(伊保田村・油宇村・和田村・内ノ入村・小泊村)
    • 第二小区(和佐村・神浦村・森村・浮島・平野村)
    • 第三小区(西方村・地家室村・沖家室島・外入村)
    • 第四小区(東安下庄・西安下庄・平郡島)
    • 第五小区(油良村・土居村・日前村)
    • 第六小区(東久賀村・西久賀村)
    • 第七小区(椋野村・東三蒲村・西三蒲村)
    • 第八小区(東屋代村・西屋代村)
    • 第九小区(秋村・出井村・戸田村・横見村・日見村)
    • 第十小区(志佐村・小松村・笠佐島)
    • 神代村・大畠村・遠崎村は第四大区第一小区、長島・八島・祝島は第五大区第三小区、佐合島は同第四小区、馬島・牛島は同第八小区。
  • 1878年(明治11年)7月 - 郡区町村編制法により大島郡が復活。(山口県内12郡)
  • 1878年(明治11年)11月 - 神代村・大畠村・遠崎村を玖珂郡に、長島・八島・祝島・佐合島・馬島・牛島を熊毛郡に編入。

町村制施行後

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により以下の村が成立。(12村)
    • 油田村(宇村、伊保村)
    • 和田村(和田村、内入村、小泊村)
    • 森野村(村、平村、神浦村、和佐村)
    • 家室西方村(地家室村、沖家室村、西方村、外入村)
    • 安下庄村(東安下庄村、西安下庄村)
    • 日良居村(前村、油村、土村、浮島)
    • 平郡村(平郡島)
    • 久賀村
    • 蒲野村(東三村、西三村、椋村)
    • 屋代村(東屋代村、西屋代村)
    • 小松志佐村(小松村、小松開作村、志佐村、笠佐島)
    • 沖浦村(戸田村、秋村、出井村、横見村、日見村)
  • 1904年(明治37年)1月1日 - 久賀村が町制施行して久賀町となった。(1町11村)
  • 1915年大正4年)11月1日 - 安下庄村が町制施行して安下庄町となった。(2町10村)
  • 1916年(大正5年)6月1日 - 小松志佐村が町制施行・改称して小松町となった。(3町9村)
  • 1941年昭和16年)11月3日 - 家室西方村が改称して白木村となった。
  • 1952年(昭和27年)9月15日 - 小松町屋代村が合併して大島町となった。(3町8村)
  • 1954年(昭和29年)5月1日 - 平郡村が柳井市に編入された。(3町7村)
  • 1955年(昭和30年)1月15日 - 大島町、蒲野村沖浦村が合併して大島町となった。(3町5村)
  • 1955年(昭和30年)4月1日 - 油田村和田村森野村白木村が合併して東和町となった。(4町1村)
  • 1955年(昭和30年)4月10日 - 安下庄町日良居村が合併して橘町となった。(4町)
  • 1956年(昭和31年)4月5日 - 大島町大字椋野を久賀町に編入した。
  • 1956年(昭和31年)4月10日 - 大島町大字秋の一部を橘町に編入した。
  • 2004年平成16年)10月1日 - 久賀町大島町東和町橘町が合併して周防大島町となった。(1町)

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