夏八木勲

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テンプレート:Mboxテンプレート:ActorActress 夏八木 勲 (なつやぎ いさお、1939年12月25日 - 2013年5月11日)は、日本俳優声優歌手。本名同じ。身長176cm[1]東京府東京市足立区北千住出身[2][3]慶應義塾大学文学部仏文科中退[4][5]。特技は乗馬合気道空手[1][6]。愛称はなっちゃん[7][8]パパ[注釈 1]

1966年にデビューし、鍛え上げた身体で野性味あふれる男らしい演技や[2][9][10]、晩年は円熟味と重厚さが加わり[10][11]、生涯300本以上の映画テレビドラマに出演した[3][10][12][13]1978年から1984年は、夏木 勲(なつき いさお)名義で活動したテンプレート:Refnest

来歴

学生時代はスポーツに打ち込み[14]慶應義塾大学在学中の1960年文学座研究所へ入所[10][15]テンプレート:Refnest。1年の研修ではうまくいかず、大学を中退して1963年劇団俳優座の養成所へ入所し直す[16]。同期には俳優座花の15期生と呼ばれるメンバーがおり、1966年に3年の研修を経て卒業[2][16]#人物)。

1966年に東映と契約し[10]京都市に拠点を移した。加藤泰監督した映画『骨までしゃぶる』でデビュー。同年に五社英雄が監督した映画『牙狼之介』と『牙狼之介 地獄斬り』で主演を果たす。野生的な賞金稼ぎ主人公にした同シリーズは西部劇タッチのアクション時代劇で[3][17]、刃引きはしてあるものの、重量は真剣と同じ鉄身で殺陣を披露している[17]

1967年も映画『十一人の侍』・『忍びの卍』と主演したが、『あゝ同期の桜』で千葉真一[7][9][18]、プライベートではと出会う[13][14]。これ以降、親交を深めていく千葉とは特に共演が多く[7]、後年には千葉が主宰するジャパンアクションクラブ (JAC ) の稽古にも参加していた[9][18]#人物)。

一方、東京の15期生の仲間達が小さな劇団を立ち上げて活動しているのを耳にし観劇できず、映画も封切りが1か月遅いため、京都の生活にジレンマを抱いていた[19]。加藤から「映画『懲役十八年』に出ないか?」と誘われたものの、フラストレーションが溜まり始めていた矢先だったため断り、1968年に東映を退社[19]。晩年に「新人といっても27歳のぼくを東映は売り出してくれ、加藤監督は直接オファーくれたのに…。本当に無礼だった」と悔恨の情を吐露している[19]。東京へ戻り、三島由紀夫主宰の劇団浪蔓劇場に参加[10][20]。以降、アクション映画刑事ドラマ時代劇やくざ映画主役から敵役悪役を演じ[5][6]ホームドラマ鳩子の海』に出演するなど[5]、幅広く活動した[18]

1979年の主演映画『白昼の死角』を皮切りに『野性の証明[5][6]吹き替えなしで城の天守閣からヘリコプターで脱出するシーンを演じて周囲を驚かせた『戦国自衛隊』や[3][5][6]、『復活の日』では堪能な英語で台詞をそつなくこなしており、これらの他にも角川映画に出演し続けた同社の常連俳優である[15][18]。1979年の第2回日本アカデミー賞や翌年の第3回日本アカデミー賞の優秀助演男優賞にもノミネートされた。1978年に出演した紀行番組遠くへ行きたい』では、ランニングしてトレーニングしながら初めて訪れた街を知り、スクーバダイビングを楽しむライフスタイルが紹介されている。

2012年から膵癌を患い[4][5]、闘病生活を送りながらも家族や親友の千葉真一などを除き[7][12][18]、周囲には病気のことを隠して活動を続けた[10][12]化学療法を始め[18]、家族は看病をし、千葉も幾度となく見舞いに訪れ、病院の紹介や差し入れをしていた[7][12][18]#人物)。

2013年に映画『希望の国』で複数の賞を受賞したが、5月11日15時22分に神奈川県鎌倉市の自宅で家族が見守る中、静かに息を引き取った[4][6]テンプレート:没年齢。新作の撮影を控えていた矢先だった[21]。千葉真一を筆頭に[7][11][12][18]、『希望の国』の監督・園子温[11]、俳優座で同期の赤座美代子[22]前田吟[2]、ファンだった片平なぎさ[22]、『そして父になる』で共演した福山雅治[22]、同世代の松方弘樹[4][23]、らがお悔やみの言葉を述べた。通夜・葬儀・告別式は近親者や千葉など限られた関係者のみで、しめやかに執り行われた[2][18]。未公開作品が5本残っており[21]、生涯現役を貫いた[10][14]

人物

俳優の基本は「健康な身体を保ち続ける」というポリシーを持ち、自らの鍛錬に熱心だった[9][3]テレビ時代劇水戸黄門 第5部』第25話「黄門爆殺計画・長崎」(1974年)や映画『戦国自衛隊』(1979年)で鍛え上げた身体を披露しているが、その肉体美は世界的アクションスターの千葉真一にも引けをとらないと評されている[7][9][10]。親友の千葉が主宰するジャパンアクションクラブ (JAC ) の稽古にも通っていた[9][18]。千葉は、 テンプレート:Cquote テンプレート:Cquoteと振り返り、一方夏八木は千葉について、 テンプレート:Cquote と回想している。千葉と夏八木を知る関係者も、 テンプレート:Cquoteと二人の友情を証言している。夏八木からと告白された千葉は、関西の名医に夏八木を連れて行く[7]、身体に良い水を差し入れし[12]、頻繁に自宅を訪ねて励ましていたが[7]、すごく苦しそうだったという[18]

角川映画の常連俳優だった夏八木だが[18]角川春樹は「(角川が)仮出所して内輪のパーティを開いたときに、夏八木さんが受付に座り、殺到するマスコミの防波堤になってくれた」と、その気遣いと侠気ぶりに深く感謝している[15]俳優座花の15期生の同期、小野武彦高橋長英地井武男前田吟村井国夫竜崎勝と共に俳優事務所「どりいみい7」を結成した。その後「どりいみい7」は解散したものの、食事会を開いたり、互いの演劇を鑑賞しあったりと交流していた。

京都在住時に出会った妻はハーフ[13][15]、夏八木が29歳の時に結婚し[14]、2人の娘をもうける[14][15]。家庭で夏八木は全く仕事の話をしないので、家族は作品になって初めて知った[14]。長く居住していた鎌倉を深く愛し、自宅は深緑色の洋風住宅[21]2003年にバス路線整備の話が持ち上がった際には閑静な住宅街の雰囲気を守るため、住民を集めて反対を訴えた[21]2012年にはご当地ナンバープレートの推進運動に参加し、癌を発病した後も続けていた[24]。『希望の国』の撮影地である埼玉県深谷市まで鎌倉から2時間以上かけて電車通勤するなど、仕事も私生活も信念を曲げなかった[21]

受賞

出演

※は夏木 勲名義

映画

テレビドラマ

ドキュメンタリー

テレビアニメ

劇場アニメ

吹き替え

CM

ディスコグラフィ

  • 盛り場二人づれ(センチュリーレコード) 八代亜紀とのデュエット

脚注

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注釈

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出典

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外部リンク

テンプレート:毎日映画コンクール男優主演賞
  1. 1.0 1.1 テンプレート:Cite web
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 テンプレート:Cite news
  3. 3.0 3.1 3.2 3.3 3.4 テンプレート:Cite episode
  4. 4.0 4.1 4.2 4.3 テンプレート:Cite news
  5. 5.0 5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 テンプレート:Cite news
  6. 6.0 6.1 6.2 6.3 6.4 テンプレート:Cite news
  7. 7.0 7.1 7.2 7.3 7.4 7.5 7.6 7.7 7.8 テンプレート:Cite news
  8. テンプレート:Cite journal
  9. 9.0 9.1 9.2 9.3 9.4 9.5 テンプレート:Cite journal
  10. 10.0 10.1 10.2 10.3 10.4 10.5 10.6 10.7 10.8 テンプレート:Cite news
  11. 11.0 11.1 11.2 テンプレート:Cite news
  12. 12.0 12.1 12.2 12.3 12.4 12.5 テンプレート:Cite news
  13. 13.0 13.1 13.2 テンプレート:Cite journal
  14. 14.0 14.1 14.2 14.3 14.4 14.5 テンプレート:Cite journal
  15. 15.0 15.1 15.2 15.3 15.4 テンプレート:Cite journal
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  24. テンプレート:Cite news


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