地震警報システム

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地震警報システム(じしんけいほうシステム)とは、「地震が起こった後、震源要素[注 1]地震動の分布を迅速に解析し、その情報をいろいろなユーザー(防災関係者、電気、ガス、水道、電話、交通、報道、個人)に伝えて防災に役立てること[1]」であり、地震の際に警報を発して被害を最小限に抑えるための安全管理システムである。

構造物の耐震化や地震時対応の強化などの事前防災、発生前に地震を予測する地震予知と並ぶ、地震対策の1つであり、1990年代以降大きく発達し普及が進んでいる。

各種の地震警報システム

地震警報システムは1990年代以降多様なシステムが考案されていて、その特性や目的が異なる。

まず、激しい揺れ(主要動)の前に揺れの大きさを予測して揺れに備えることを目的とする早期警戒型(early, real-time)と、揺れに備えることを目的とせず揺れの大きさや地震の規模を予測して警報を出す直後型(immediately)の2種類に分けられる。直後型の中にも、激しい揺れの前に予測できるシステムがいくつか開発されている。早期警戒型はさらに、主に複数点観測により精度の高い警報を発する震源から数十km以上の近隣地域に適した広域型(地域型, regional)と、主に単独点観測によりスピードを重視して警報を発する震源周辺地域に適した現地型(on-site)の2種類に分けられる。

早期警戒型

早期警戒システム地震早期警報システム、即時情報とも呼ばれる。日本では2007年12月以降、気象業務法に基づいて「地震動の予報業務」は気象庁の許可事業となった。許可を要しないものとして、気象庁の提供情報をそのまま伝達する事業と、P波検知型のシステムがある[2]

  • 気象庁緊急地震速報[3] - 「一般向け」は広域型、「高度利用者向け」は広域型・現地型
    • 緊急地震速報の再送(許可事業ではない):気象庁の提供情報(時刻・震源・規模)をそのまま配信するもの。ガイドライン[4]が定められている。任意加入の事業者組合として緊急地震速報利用者協議会があり、HP上で加入事業者を紹介している[5]
    • 緊急地震速報の二次利用(許可事業):気象庁の提供資料をもとに各地点の地震動や到達時刻を計算して付加価値を付けたり、独自に開発した端末を利用したりするもの。認定状況は気象庁のHP上で公開されている[6]
  • 国鉄鉄道技術研究所(鉄道総合技術研究所)のユレダス(UrEDAS):P波検知型。気象業務法改正以前に、鉄道の機器制御を目的に開発されたもの。
  • システムアンドデータリサーチのコンパクトユレダス、フレックル(FREQL、Fast Response Equipment against Quake Load):P波検知型。鉄道関係では東京メトロなどで採用されている。 - 広域型・現地型(現地型を強化)
  • 気象庁・鉄道総合技術研究所の早期地震警報システム(EQAS, Earthquake Quick Alarm System):P波検知型・気象庁緊急地震速報の併用。鉄道関係では新幹線などで採用されている。 - 広域型・現地型(現地型を強化)
  • メキシコの地震警報システム(SAS、Sistema de Alerta Sísmica):地震動の警戒発令を行う。 - 広域型
  • アメリカのEarthquake Early Warning(緊急地震速報):地質調査所(USGS)と大学・民間組織が共同でカリフォルニア州を対象に開発を行っている。カリフォルニア統合地震観測網(California Integrated Seismic Network, CISN)は"ShakeAlert"と称するシステムで2012年から実証実験を行っている[7][8]

直後型

地震後情報、直後情報とも呼ばれる。被害推定に特化したものは特に、早期地震被害推定システムと呼ばれる。

  • 防災科学技術研究所AQUAシステム - 震源の他に、地震の発震機構(メカニズム)も同時に解析する。 - 震源要素解析に特化
  • 防災科学技術研究所のJ-RISQ地震速報 - 緊急地震速報と連動し、被害規模の即時推定を行うシステム[9]
  • 内閣府地震被害早期評価システム(EES):地震後の被害推定を行う。[10]
  • 東京ガスSIGNAL(シグナル)、SUPREME(シュープリーム):被害推定、機器制御を行う[11]
  • 横浜高密度強震計ネットワーク(READY):地震後の被害推定を行う[12]
  • 川崎市震災対策支援システム:地震後の被害推定を行う[13]
  • アメリカ地質調査所PAGER(Prompt Assessment of Global Earthquakes for Response):地震後の被害推定を行う。全世界が対象で、発生から30分以内に、死者数・被害額と災害の深刻度レベルを算出する[14]
  • 南カリフォルニアCUBE:地震動直後の情報発信を行う。

仕組み

地震警報システムは、地震の初期微動を観測して、早い段階で対応をとることにより、被害を最小限に抑えようと開発されたシステムである。

地震が起こると、特性の異なる主に2種類の地震波が周囲に広がることにより振動が発生する。地震波のうちS波は大きな揺れ(主要動)で被害を引き起こす地震波で、毎秒約4km程度と比較的ゆっくり伝わる波である。対するP波は小さな揺れ(初期微動)のため被害を起こす地震波ではないものの、毎秒約7km程度とS波の約2倍の速さで伝わるため、このP波を観測してすばやく情報を伝えることで、被害を未然に防ぐことができるというのが基本的な考え方である[15]

原理自体は極めて単純であり、19世紀後半から20世紀初頭にはこれに類似したアイディアが既に存在しており、初期のものとしてカリフォルニア州でしばしば発生するサンアンドレアス断層を震源とする地震に対するアイディアなどが知られる[16][17]。しかし、通信、観測、処理(揺れが地震のものであるか否かの判断を要する)などに多くの知識・技術や資金を要したため、実験・実用に至ったのは1990年代以降である。

早期警戒型の中でも、広域型と現地型では手法が異なり、算出に用いる計算式や地震計が異なる場合がある。広域型は複数点の観測値を取り入れることで誤差や誤報を少なくし、多少の時間をかけてでも正確な警報を発する事に重きを置いている。これは広域型が、海溝型地震における沿岸部への速報など、ある程度離れた地域での大地震による揺れや津波の被害を軽減することを主な目的としているためであり、震源距離に比例して長くなる主要動までの猶予時間を利用して精度を上げている。一方、現地型は単独または少数の観測点の限られた観測値から地震の規模を割り出し、一刻も早く警報を発することに重きを置いている。現地型は内陸地殻内地震や陸域の浅い震源のプレート境界型地震における震央周辺への速報など、いわゆる直下型地震での揺れの被害を軽減することを目的としていて、過去の観測値を解析するなどして求めた理論により、できるだけ短い初期波形から震源要素や揺れの大きさを推定して、広域型に比べ精度が落ちるという犠牲を払ってでも警報を発する時間を早くしている。

直後型のシステムは、各地の揺れの大きさから被害の程度を推定し、救援や救助などの対策に応用するものである。実際の観測値により正確な値が得られるという特徴があり、観測網を密にすれば地盤特性や土地利用などにより異なる被害の違いを早期に予測できる。

開発の歴史

地震波の速度に限りがあるという性質は19世紀後半の地震学ではすでに知られていて、低速の地震波と高速の電気信号の速度差を利用した警報システムのアイデアは既に存在していた。例えば、アメリカのクーパー(J.D.Cooper)は1868年にこのアイデアを発表している。しかし、実用化に必要な地震波の解析技術や伝達技術がまだ無かった。

そのしばらく後、日本でも同種のアイデアが見出されるようになった。1972年、伯野元彦らは海底の地震計から波形を収集して都市に警報を発する「10秒前大地震警報システム」を考案している[18][19]。こうしたアイデアは20世紀終盤に入り、情報通信技術の発達と地震研究の進展を背景にしてシステムの開発が行われることになる。

初期のシステムとして以下のものが挙げられる。

日本では当初、1970年代からにわかに発生が懸念されるようになった東海地震への対策が大きな目的であり、被害範囲が広い海溝型地震を念頭に開発されたのがユレダスであった。一方で、建築基準法の度重なる改正等により建造物の耐震に関する規制が強化されたものの、耐震化が進まず、建物被害が大きな地震が何度も発生したことも地震防災の大きな問題となっていた。そのような中で、1995年に起きた兵庫県南部地震阪神・淡路大震災)は直下型地震対策の見直しの大きな契機となり、高密度の地震観測網を条件とした直下型地震の警報にも関心が高まっていく。

  • 1996年 兵庫県南部地震などを契機に高感度地震観測網(Hi-net)の整備が決定。後に緊急地震速報の為の観測の要となる、高感度地震計の設置が開始される(2011年現在は700か所以上に設置)。一方、デジタル地震計による過去の地震波形の解析、高速大容量化が進む通信技術を応用して、速報的な地震情報の提供が検討され始める。
  • 2003年4月 文部科学省、気象庁、防災科学技術研究所の共同で、リアルタイム地震情報の伝達が実用的に行えるようにすることを目的としたリーディングプロジェクト「高度即時的地震情報伝達網実用化プロジェクト」を開始。平成19年度までに、防災科学技術研究所の「リアルタイム地震情報」と気象庁・鉄道総合技術研究所の「ナウキャスト地震情報」[21]を実用化に向けて統合し、地震情報を高速・高度化、迅速で正確な伝達手法の開発を目指すもの。
  • 2004年2月「ナウキャスト地震情報」と「リアルタイム地震情報」を統合、「緊急地震速報」へと改編。
  • 2004年2月25日 希望する行政機関や企業に対し緊急地震速報の試験運用を開始。対象は、九州東岸から関東までの地域。
  • 2007年10月1日 9:00(JST) より、緊急地震速報の正式運用(予想震度5弱以上の際の「一般向け」速報の発表)を開始。先行的に提供していた速報は「高度利用者向け」として区別した。テレビ放送や一部の公共施設などでも速報が導入された。
  • 2007年12月1日 この日施行の気象業務法改正で、緊急地震速報が予報および警報として位置づけられる。

実用例

  • 新潟県中越地震2004年)の際の新幹線停止(上越新幹線脱線事故)。
    • P波が検出された後、1秒で警報を出し、200km/hで進行中の新幹線に緊急ブレーキをかけた。結果的に脱線をしてしまったが、早期警報システムは計画通りに動いた。
  • 東日本大震災(2011年)の際の新幹線停止。
    • 東北新幹線では架線が倒壊するなどの大きな被害を受け1ヶ月以上運休することとなったが、地震警報システムにより営業列車の脱線は1両も起こらず、死者・負傷者は出なかった。JR東日本は、当時270km/h前後に達していた5本を含む計18本が営業運転中だったが、最初の揺れが到達する約10秒前、最も強い揺れが到達する約70秒前には緊急警報が発せられ、揺れが来る前には30〜170km/h程度減速し、安全に停車できたとしている[22]

関連項目

出典

注釈

  1. 震源の経緯度、深さ、マグニチュードを指す。断層のパラメータ(走向、傾斜角、すべり量)を含める場合もある。

脚注

  1. 菊池正幸(2003)リアルタイム地震学、東京大学出版会、pp.2022
  2. 地震動の予報業務許可についてよくある質問と回答」気象庁、2013年10月18日閲覧
  3. テンプレート:PDFlink(気象庁)
  4. 「緊急地震速報を適切に利用するために必要な受信端末の機能及び配信能力に関するガイドライン」。許可事業に係る基準も含まれている。
  5. 緊急地震速報 関連事業者の紹介」緊急地震速報利用者協議会(許可事業を行う事業者も含まれている。)
  6. 予報業務の許可事業者一覧(地震動)」気象庁
  7. Christina Nyquist "The USGS and Partners Work to Develop an Earthquake Early Warning System for California" U.S. Geological Survey, 2012-04-17,2013年10月18日閲覧
  8. "CISN: EEW Project" California Integrated Seismic Network
  9. テンプレート:PDFlink 防災科学技術研究所
  10. 地震防災情報システムの整備(内閣府)
  11. 技術概要(共同開発者による紹介)、システムを利用した有料サービス(東京ガスの関連会社のサイト)
  12. 横浜市における地震システムについて(横浜市)
  13. 川崎市震災対策支援システムについて(川崎市)
  14. "PAGER", "PAGER - Background", U.S. Geological Survey,2013年10月29日閲覧
  15. しばしば、P波を雷光に、S波を雷の音にたとえて説明がなされる。このたとえに従えば、雷光があったらすばやくそれを伝えることで、ゴロゴロという音に備えることができるというわけである。
  16. 緊急地震速報の本運用に当たって 福和伸夫, 新井伸夫, 『予防時報』231号, pp.21-27, 2007.
  17. 緊急地震速報の有効性と限界 吉井博明
  18. 18.0 18.1 18.2 18.3 緊急地震速報の本運用に当たって 福和伸夫, 新井伸夫, 『予防時報』231号, pp.21-27, 2007.
  19. 緊急地震速報の有効性と限界 吉井博明
  20. 南カリフォルニア地域におけるリアルタイム地震情報システム利用現況と今後の利用 第1回日米地震防災政策会議, 内閣府(防災部門)。
  21. テンプレート:PDFlink
  22. 乗客犠牲者一人もなし、新幹線の地震対策は?

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