国立遺伝学研究所
テンプレート:Infobox 研究所 国立遺伝学研究所(こくりついでんがくけんきゅうじょ、National Institute of Genetics)は、情報・システム研究機構を構成する静岡県三島市にある大学共同利用機関。総合研究大学院大学生命科学研究科遺伝学専攻があり、大学院教育も行われている。遺伝学研究所内に日本遺伝学会事務局が置かれている。また、国家事業であるナショナルバイオリソースプロジェクトの事務局も置かれている。 中立進化説の提唱で有名な木村資生はここで研究をしていた。
概要
国立遺伝学研究所は、生命科学分野における中核研究機関として国際水準の先端的研究に取り組んでいる。また、生命科学を支える中核拠点として、バイオリソース事業、DDBJ事業、DNAシーケンシング事業を行っている。
研究所の敷地内には研究用として多数の桜の木が植えられており、市民から桜の名所として親しまれている。桜のシーズンの毎年4月に行われる一般公開は多くの人でにぎわう。
今上天皇が生物学の研究(DNAによるハゼの系統分析)を行った際、この研究所の五條堀孝が指導を行っている。五條堀は秋篠宮文仁が1994年に総合研究大学院大学において博士(理学)を取得した時の指導教官でもある。
研究の内容
遺伝学がもともとモーガンのキイロショウジョウバエの研究によって進展したことから、ショウジョウバエを使った研究者の比率が高いが、研究対象は主に発生である。理論的な研究を中心としたグループの中心人物は五條堀孝であり、進化を理論的に研究し、木村資生が提唱した中立説を修正し、「ほぼ中立説」を提唱している。
国立遺伝学研究所に付置されているDDBJでは塩基配列データベースのDDBJ/EMBL/GenBankやDRA(DDBJ Sequence Read Archive)をはじめさまざまな研究ツールを無償で提供している。
教員採用基準
世界レベルでの研究を目標として教員採用時には必ず、外国人の研究者からの推薦状あるいは、問い合わせ可能な研究者の連絡先を必要とされる。
富澤純一所長の時代に、研究室の教授が定年退官となった場合には研究室は解散し、所属する助教なども解雇の対象となることとなった。
沿革
- 1949年 文部省所轄研究所として国立遺伝学研究所設置
- 1949年 小熊捍が初代所長に就任
- 1955年 木原均が第2代所長に就任
- 1969年 森脇大五郎が第3代所長に就任
- 1975年 田島彌太郎が第4代所長に就任
- 1983年 松永英が第5代所長に就任
- 1984年 大学共同利用機関に改組
- 1989年 富澤純一が第6代所長に就任
- 1997年 堀田凱樹が第7代所長に就任
- 2004年 小原雄治が第8代所長に就任
- 2012年 桂勲が第9代所長に就任
脚注