前田利治

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前田 利治(まえだ としはる)は、加賀大聖寺藩の初代藩主。小堀政一(遠州)から手ほどきを受けた茶人であった。

元和4年(1618年)、加賀藩主・前田利常の三男として生まれる。

寛永16年(1639年)、父利常が隠居するにあたり、江沼郡を中心に7万石を分封される。当初、鉱山の開発に力を注ぎ、領内に金山銀山を発見した。この鉱山開発の途上で見つかった良質の陶土と、利治が茶人であったことが、後の九谷焼の生産に結びついた。

万治3年(1660年)4月21日に死去した。享年43。跡を弟で養子の利明が継いだ。

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