判例

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判例(はんれい)とは、

  1. 裁判において裁判所が示した法律的判断のこと。
  2. 英米法において、第1の意味での判例のうち、「レイシオ・デシデンダイ」(ratio decidendi)として法的拘束力を有するもの。
  3. 第1又は第2の意味での判例が積み重なることによって形成される法規範(英米法)または実務上の法解釈大陸法)のこと。この意味では、「判例法」と言うこともある。

厳密な意味では、裁判所が示した判断全てを「判例」と呼ぶわけではなく、「一定の法律に関する解釈で、その法解釈が先例として、後に他の事件へ適用の可能性のあるもの」のみを「判例」と呼ぶ。判決の一部を取り出して、「先例」としての価値のある部分(レイシオ・デシデンダイ)のみが「判例」であるとの考え方もある。この場合、その部分に含まれない部分を「傍論」(オビタ・ディクタム)と言う。

判例の意義

概論

判例は、「先例」としての重み付けがなされ、それ以後の判決に拘束力を持ち、影響を及ぼす。その根拠としては、「の公平性維持」が挙げられる。つまり、「同類・同系統の訴訟・事件に対して、裁判官によって判決が異なることは不公平である」という考え方である。なお、同類、同系統の事例に対して同様の判決が繰り返されて積み重なっていくと、その後の裁判に対する拘束力が一層強まり、不文法の一種である「判例法」を形成することになる。

英米法

英米法の国では、判例が第一次的な法源とされている。ただし、制定法も第二次的な法源である。

判例は、法的拘束力 (doctrine of stare decisis)を有するとされ、成文法が全く、或いは、殆ど無いにも拘らず、判例のみで一つの法分野を形成することもある。法的拘束力について、英国では1898年に貴族院で厳格な先例拘束性が確立(London Tramways Co.,Ltd.v.London County Council事件による[1])され先例拘束性の原理がとられているのに対し、アメリカ合衆国だと厳格な先例拘束性の原理が成立しておらず、比較的緩やかに判例変更が認められている。

大陸法

大陸法の国では、判例は英米法の国ほどの法的拘束力が無く、法源の一つでなく、制定法慣習法のみが法源であると解するのが、伝統的な理解である。しかし、法解釈について最終判断を委ねられる最上級の裁判所の判例は、下級裁判所にとって拘束力を有するだけでなく、あらゆる法律実務に対して事実上の拘束力を有する。したがって、大陸法の国においても、広い意味での判例法は、存在すると言える。

日本における判例

日本は実質的に法典法主義を採用しており、法律制度上はいわゆる判例拘束性の原理を採らない。とくに憲法39条のいう「適法」とは実定法のことであり判例法ではない[2]。日本における判例とは、法律上は上級下級裁判所に関わる論点であり、判例法の法源性については学説が分かれている。

「憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき」は大法廷で判断することが必要とされ(裁判所法10条3号)、同一事件について上級裁判所が下した判断は、当該事件限りにおいて下級裁判所を拘束する(裁判所法4条)。ある判決が最高裁判所の判例や大日本帝国憲法下の大審院高等裁判所の判例に反する場合、刑事訴訟上告理由となり(刑事訴訟法405条2号3号)、民事訴訟で上告受理申立理由となり(民事訴訟法318条1項)[3]、また許可抗告事由(民訴法337条2項)[4]となる。上級裁判所は、法令解釈に誤りがある場合は原裁判を破棄することができる(刑訴法397条1項2項、400条。民訴法325条1項、337条5項)。

現行制度は最高裁判所の判例につきその変更は慎重な手続きを設けて、容易に変更が出来ないようにしており、またこれに反する下級審の裁判があったときには法令解釈の違背があるとして取り消すことができる。法令の安定的な解釈と事件を通しての事後的な法令解釈の統一を図るためであり、最高裁判所の判例には後の裁判所の判断に対し拘束力があるものと解釈されている[5]

一般に判例集に登載する裁判の選択は、最高裁判所に置かれている判例委員会でなされる(判例委員会規程1,2条)。7人以下の裁判官が委員となり、調査官および事務総局の職員が幹事となり、原則として月1回開かれている。そこで、判例集に登載されることが決定された判例については、幹事の起案した判示事項、判例要旨、参照条文なども審議決定される[6]。判例委員会は、何かが判例であるかを公的に決定するものではないが、この判例委員会の決定は重要な手がかりになると見なされている[7]。また判例集の記述がなんらかの確定的事実を述べたものではないことには注意すべきだとされる[8]

大陸法系の訴訟手続をとる日本では、判例に法律や政令と同じような価値はない。国会の定める法律(あるいはより下位の存在である条例)が法源として採用されることが原則である。一方で裁判により規範性をもつ準則(rule)としての法が形成されることは、しだいに認められるようになってきているといえる[9]労働法における「整理解雇の四要件」(四要素とする裁判例もある[10])のように法源性の高い判例もあり、「譲渡担保」も判例によって認められている。

異なる判例がある場合、優先順位としては、上級審の判例が優先され、同級審の判例同士では新しい判例が優先する。特に最高裁では、「判例変更」の手続が取られて新しい判例が出来た場合、「古い判例に対する違反」を上告理由とすることが出来なくなり、古い判例の「先例」としての価値が無くなることから、新しい判例の優越性が明確である。また、最高裁の場合、「判例変更」という制度があるため、異なる判例の共存は、概念上成立し得ない。

参考文献

  • 中野次雄編『判例の読み方(改訂版)』(有斐閣、2002年4月)ISBN 4641027730

関連項目

脚注

  1. 1898 A.C.375.[1]
  2. 判例変更による解釈の変更は、法の不遡及の問題でない。しかし、理論上、違法性の意識の可能性の欠如による故意の阻却の問題や期待可能性の欠如による責任阻却の問題を生じうる。
  3. 上告受理の申立ては「原判決に最高裁判所の判例と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」について申立てがされる。
  4. 高等裁判所の決定及び命令について「最高裁判所の判例と相反する判断がある場合その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる場合」について申立てがされ、高等裁判所がこれを許可したときにすることができる(民訴法337条1,2項)
  5. 「判例に関する覚書」土屋文昭(東京大学法科大学院ローレビュー2011.9)[2]PDF-P.3
  6. 「判例と傍論」村林隆一(パテント2003)[3]PDF-P.3
  7. 「再論・課税訴訟における要件事実論の意義」今村隆(税大ジャーナル2009.2)[4]PDF-P.26脚注45
  8. 中野次雄(他)「判例とその読み方(改訂版)」P.30によれば、「(判例集の)作成者としては、その裁判の「判例」だと自ら考えたものを要旨として書いたわけで、それはたしかに「判例」を発見するのに参考になり、よい手がかりにはなる。少なくとも、索引的価値があることは十分に認めなければならない。しかし、なにが「判例」かは・・大いに問題があるところで、作成者が判例だと思ったこととそれが真の判例だということとは別である。現に要旨の中には、どうみても傍論としかいえないものを掲げたものもあるし・・稀な過去の例ではあるが、裁判理由とくい違った要旨が示されたことすらないではない・・。判決・決定要旨として書かれたものをそのまま「判例」だと思うのはきわめて危険で、判例はあくまで裁判理由の中から読む人自身の頭で読み取られなければならない」とする。直接の引用は「判例と傍論」村林隆一[5]PDF-P.3
  9. 「判例に関する覚書」土屋文昭(東京大学法科大学院ローレビュー2011.9)[6]PDF-P.7脚注23を参照
  10. 厚生労働省HPに掲載のパンフレット「厳しい経済情勢下での労務管理のポイント」p.3では、4要素の裁判例が紹介されている

外部リンク

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