信南交通

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テンプレート:Infobox 信南交通(しんなんこうつう)は、長野県飯田市に本社のある南信地方バス会社

概要

飯田市下伊那郡で一般路線バスを運行しているが、主力は飯田市と東京名古屋方面への高速バス運行である。なお、一般路線バスについては2010年3月をメドに全線撤退の方針を明らかにしている。現在のバス路線が地元自治体の経営で存続するのか、コミュニティバスオンデマンド交通との組み合わせに再編されるのかは不鮮明で、今後の地元自治体との協議にゆだねられている。

沿革

  • 1945年昭和20年) - 戦時統合に伴い、中南信地方(伊那地方木曽地方)のバス業者(南信自動車、大平自動車、御嶽自動車、伊那自動車)を統合して成立。
  • 1949年(昭和24年) - 木曽地方を御嶽自動車商会(現・おんたけ交通)、上伊那地方を伊那自動車(現・伊那バス)にそれぞれ分離。
  • 1950年(昭和25年) - 国道19号国道153号経由の飯田 - 長野間定期バス(通称「みすず急行バス」)を伊那自動車(現・伊那バス)、松本電気鉄道、川中島自動車(後の川中島バス)と共同で運行開始(昭和53年まで)。
  • 1952年(昭和27年) - 国道153号足助、根羽経由の飯田 - 名古屋間定期バス(名飯線、通称「名飯急行バス」)を名鉄と共同で運行開始。なお、この路線は1938年(昭和13年)に当時の名鉄自動車、尾三自動車(ともに現・名鉄バス)、南信自動車が運行を開始したものの、戦時中の燃料統制で運休に追い込まれ、この年に運行再開したものである。
  • 1975年(昭和50年) - 中央自動車道恵那山トンネル開業に伴い、名飯線を名鉄と共同運行のまま高速道路経由に載せ替え中央道高速バス(当時は「中央道特急バス」)として、増便・値下げも行う。
  • 1976年(昭和51年) - 名鉄、伊那バスと共同で伊那 - 名古屋間に高速バス運行開始。
  • 1984年(昭和59年) - 飯田・伊那 - 新宿間に高速バス運行開始(中央高速バス)。
  • 1985年(昭和60年) - 前年まで赤字続きだったが、この年には単年度黒字を計上。「高速バスに救われたバス会社」として、バス業界で大きく話題になる。
  • 1988年(昭和63年) - 飯田・伊那 - 松本・長野間に高速バス運行開始(みすずハイウェイバス)。上記「みすず急行バス」のリバイバル路線である。
  • 1992年平成4年) - 飯田・伊那 - 横浜間に高速バス運行開始。
  • 1993年(平成5年) - 飯田・伊那 - 大阪間に高速バス運行開始。
  • 1994年(平成6年) - 飯田 - 大阪間の高速バス運行休止。2系統の運行を維持するほどの需要がないため、伊那線に一本化。 
  • 1998年(平成10年) - 飯田 - 中津川間に高速バス運行開始(いいなかライナー号)。利用者が少ない路線のうち飯田市内のみを走行する路線(久堅、千代、大休の各線)について、新設の「市内循環線」と併せ、飯田市が主体で運行する「市民バス」に移管(引き続き信南交通が運行を受託)。
  • 2003年(平成15年) - 飯田 - 中津川間の高速バスから撤退。駒場(阿智村) - 根羽間、昼神温泉 - 清内路間廃止。前者は「飯伊西部コミュニティバス」に、後者は清内路村営バスに移管。

その他

  • 1980年代前半までは赤字続きで、1983年に川中島自動車(現:川中島バス)が会社更生法適用を申請していることから、一部では信南交通もバス・ジャパン第4号に「巨額の赤字」と書かれるなど「倒産寸前」とまで言われてしまう状況であった。ところが、中央高速バス新宿線を運行開始した翌年度決算では単年度黒字を計上したことから、「高速バスに救われたバス事業者」の代表例として紹介されることも多い。一方で、2000年代半ば以降は規制緩和によるツアーバスの台頭で、各路線バス会社の稼ぎ頭だった高速バスは減収が続き、信南交通も例外ではない。
  • かつては骨董品級のバスが数多く存在していた。特に、日野自動車が昭和30〜40年代に製造した「センターアンダーフロア」という珍しいエンジン配置のバスは和田や早稲田の営業所に昭和60年代まで残っていた。そのうちの1台は引退後に「日本バス友の会」で保存され、2006年、映画「フラガール」に登場した。

車両

運行バス路線

高速バス

詳細は、各高速バス路線のリンク先を参照のこと。

運行路線

名古屋線
一部昼神温泉経由
飯田・名古屋系統は、急行バス時代からの「名飯線(めいはんせん)」が正式な路線名であり、現在でも各種統計ではこの名称を使用している。
新宿線
長野線
大阪線
アルペン伊那号 運行ルート
運行回数
アルペン伊那号 路線沿革
  • 1989年12月22日 - 運行開始。当時は伊那市まで[5]
  • 1991年4月4日 箕輪町まで延長申請[5]
  • 1991年6月   アルペン伊那号信南交通が、運行参画[9]
  • 1992年2月1日 大阪~飯田線アルペン飯田号運行休止により、上飯田バス停が最寄りとなる。
  • 2012年11月1日 旧:新大阪阪急バスターミナル⇒現在の新大阪阪急バスターミナルへ引っ越しした際に、伊賀良[7]が追加され、名神茨木[10]は、廃止となった。
  • 2013年12月21日 名神大山崎が廃止となり高速長岡京[11]が新設された。

業務支援路線

甲府線
運行会社は山梨交通JR東海バスだが、長野県側3停留所が当社のエリアであるため、2013年12月1日から予約業務に加わった。

路線バス

従来は、飯田市街から郊外の各町村等を結ぶ幹線系統が主流であったが、マイカー利用増大に伴う利用者減により、相次いで路線が整理された。平成期まで残った路線についても、一部はコミュニティバス乗合タクシーに移管されている。2010年4月に全て移管され、駒場線・阿島循環線は2009年4月1日より、「南信州地域交通問題協議会」がダイヤを策定し、信南が受託運行する形態となっている。

他方高齢化社会の到来、商業地・医療施設の移動、通学高校生の利用者確保といった時代の要請もあり、近年はこれら施設等を経由する路線・系統の新設という形での路線再編も進行している。

広域バス

本社(飯田)営業所担当系統
  • 駒場
    • (飯田高校) - 飯田駅前 - <切石/市立病院> - 大瀬木 - 中村 - 山本 -(阿智高校)- 駒場(曽山入口)- 昼神温泉
平日朝夕の一部は、阿智高校経由、市立病院経由および、飯田高校発着あり。
飯田市街から切石、伊賀良、山本地区を経て阿智村の駒場へ至る、数少ない幹線系統のひとつ。かつては駒場から先、伍和方面、園原方面、根羽・名古屋方面、清内路・南木曽方面への系統もあったが、乗客減等の事情により廃止(一部はコミュニティバス移管)された。市立病院経由は、アップルロード開通と飯田市立病院移転に対応する形で開設された。
近年は、高校生の通学時間帯に各高校へ延長または経由する系統が追加されている。阿智高経由の追加や高松(飯田高校)への延長はその例である。市立病院経由の系統も、沿線に飯田長姫高校下伊那農業高校があることから、高校生の利用も少なからずある。
駒場方の終点は「駒場」の先「曽山入口」である。同停留所の近くに折返し施設(俗に「駒場車庫」とも呼ばれる)がある。以前は車両を停泊していた。
  • 阿島
    • 飯田駅前 - 市立病院 - 阿島 - 座光寺 - イオン前 - 飯田高校 - 飯田駅前(阿島橋循環)
喬木村・豊丘村方面への路線。河野線・市田循環線等が縮小され、他方で市立病院を経由するようになり、現在の系統体系となっている。
和田(遠山)営業所担当系統

平成に入り、南信濃村および上村からの受託運行となった。後に両村が飯田市に合併され、事実上「市民バス」に近い位置づけとなっている。

  • 平岡線
  • 遠山郷線
    • かぐらの湯・和田 - 上村 - 程野 -(矢筈トンネル)- 市立病院 - 飯田駅前
矢筈トンネル開通に伴い、遠山郷と飯田市内を直結すべく、従来の程野系統を延長させた系統。同線の開通により、遠山郷から飯田市内への通学も可能となった。

コミュニティバス

飯田市民バス
  • 大休循環線(おおやすみ)
    • 飯田駅前 - 砂払 - 多摩川精機 - 大休 - 西の原団地 - 砂払 - 飯田駅前
大平線(飯田 - 大休 - 大平峠 - 三留野(南木曽))の末裔。
  • 久堅線(ひさかた)
    • 飯田駅前 - 市立病院 - 松尾 - 下久堅 - 上久堅 - 平栗車庫
  • 千代線
    • 飯田駅前 - 市立病院 - 時又 - 龍江 - 千代 - 法全寺
  • 市内循環線
    • 飯田駅前 - 上山 - 一色 - 名古熊 - 市立病院 - 鼎 - 加賀沢橋 - 飯田駅前
新設系統。旧市街(丘の上)とアップルロード地区を結ぶ。最近は増便が続いている。
  • 三穂線
    • 飯田駅前 - 市立病院 - 三日市場 - 下中村 - 三穂 - 立石
喬木村民バス
  • 氏乗線
    • 飯田駅前 - 市立病院 - 小川渡 - 富田 - 氏乗 - 矢筈こんにゃく
    • 交流センター - 富田 - 氏乗 - 矢筈こんにゃく
  • 喬木大島線
    • 飯田駅前 - 市立病院 - 阿島(北保育所)- 三枚添 - 喬木大島
    • 交流センター - ビーワン前 - 阿島(北保育所)- 三枚添 - 喬木大島

廃止された路線・系統

ファイル:Shinnan-kotsu-Iinakaliner.jpg
いいなかライナー号
一般路線
  • 名飯線(急行)飯田 - 駒場 - 根羽 - 足助 - 四郷 - 今池 - 名古屋(1975.8.23廃止)
  • 長野線(急行)飯田 - 伊那市 - 塩尻 - 松本 - 信州新町 - 長野
  • 根羽線:飯田 - 駒場 - 浪合 - 平谷 - 根羽 ※駒場 - 根羽:西部コミュニティバス移管
  • 園原線:飯田 - 駒場 - 昼神 - 園原(神橋) ※道路事情で、小型バス(三菱ローザ)での運行だった(1985年10月廃止)。*阿智村営バス移管
  • 清内路線:飯田 - 駒場 - 昼神 -(清内路・長田屋前)- 清内路峠 - 妻籠 - 南木曽 ※駒場 - 清内路間:阿智村営バス移管
  • 伍和線:飯田 - 駒場 - 伍和(堀割) ※駒場 - 伍和間:阿智村営バス移管、かつては下條村山田河内まで乗り入れていた。
  • 山本・伊那谷道中線:飯田 - 山本支所 - 杵原広場 - 伊那谷道中 ※かつて伊豆木まで乗り入れていた(1969年4月廃止)。
  • 大平線:飯田 - 大休 - 大平峠 - 妻籠 - 南木曽
  • 大休線:飯田 - 大休 ※飯田市民バス移管(上記参照)
  • 新田線:飯田 - 上黒田 - 上市田 - 新田(選果場前)※かつては上片桐駅まで乗り入れていた。
  • 上市田線:飯田 -(市立病院)- 上黒田 - 上市田 - 市田厚生連病院 ※2009.3.31廃止。乗合タクシーに移管
  • 市田循環線:飯田 - 座光寺 - 市田 - 田村 - 阿島 - 伊久間 - 飯田
  • 河野線:飯田 - 伊久間 - 阿島 - 田村 - 河野 ※かつては松川町福与まで乗り入れていた(1992年3月廃止)。
    • 市田線(田村線):飯田 - 伊久間 - 阿島 - 田村 - 市田厚生連合病院(2009.3.31廃止)。
  • 喬木大島線:飯田 - 阿島 - 喬木大島 ※喬木村民バス移管(上記参照)
  • 富田・氏乗線:飯田 - 小川渡 - 富田 - 氏乗 ※喬木村民バス移管
  • 久堅線:飯田 - 松尾 - 下久堅 - 上久堅 - 平栗 ※飯田市民バス移管
  • 千代線:飯田 - 時又 - 龍江 - 千代 ※飯田市民バス移管
  • 泰阜線:飯田 - 松尾 - 千代 - 平島田
  • 三穂線:飯田 - 松尾 - 川路 - 三穂
  • 名古熊線:飯田 - 鼎 - 名古熊
  • 殿岡線:飯田 - 上山 - 一色 - 殿岡
  • 門島線:早稲田 - 富草 - 門島
  • 福島線:市田駅 - 田村 - 伴野 - 福島 ※豊丘村営バス移管
  • 堀越線:市田駅 - 田村 - 堀越 ※豊丘村営バス移管
  • 佐原線:市田駅 - 田村 - 佐原 ※豊丘村営バス移管
  • 八重河内線:和田 - 八重河内 ※乗合タクシー移管
  • 長姫高校線(おさひめこうこう):鼎駅前→下農入口→長姫高校前
  • 三日市場線
    • 飯田駅前 - 一色 - 三日市場 - 運動公園 - 中村車庫
  • 市街地循環線
    • 飯田駅前 - 丸山 - 大宮神社 - 飯田駅前 - 県合庁 - 郵便局 - 飯田駅前
  • 阿南線:温田駅前 - 早稲田 - 下条 - 川路 - 市立病院 - 飯田駅前※南部公共バスに移管
  • 新野・売木線:温田駅前 - 早稲田(車庫前)- 巾川 - 新野支所前 - 売木 - こまどりの湯※南部公共バスに移管
  • 和合線
    • 温田駅前 - 早稲田(車庫前)- 巾川 - 和合※阿南町民バスに移管
高速路線
  • いいなかライナー号
    • ジェイアール東海バスと共同運行で、55人乗りハイデッカー車が使用されていた。
    • 岐阜県中津川市長野県飯田市を結ぶ高速バスであった。
    • 既に運行されている中央道高速バスに対抗する形で、特急「しなの」と乗り継ぎで名古屋 - 飯田間を最速1時間40分程度で結ぶ[12]速達性をセールスポイントとした路線として開設。「しなの」の自由席特急料金込みで割り引き、1枚あたりの価格が中央道高速バスの名古屋 - 飯田間の運賃より安価な「名古屋・飯田しなの&バス回数券」も発売された。
    • しかし、中央道高速バスは乗換えなしで名古屋へ直通する利便性から乗客が定着していること、その中央道高速バスも採算性は悪くないものの絶好調とはいえない[13]ことから、乗換えが必要な「いいなかライナー」は不利であった。さらに飯田 - 東京の中央高速バス飯田線の1便平均乗車人員は28人なのに比べて、中央道高速バスの同人員は20人と名古屋方面への需要が決して多くないことから、運行開始当初の12往復という設定は明らかに供給過剰であった[14]。路線開設の目的とは裏腹に、利用者は飯田 - 中津川の相互利用者が主で、1便あたりの乗車人員は僅か6.3人であった[15]
    • 料金面の対策として、接続列車を「セントラルライナー」に変更し、「セントラルライナー」の乗車整理券込みで割り引いた「名古屋・飯田ライナー&バス回数券」も発売されたものの、中津川駅での乗換えが必要なことには変わりがなく、しかもセントラルライナーが多治見 - 中津川間各駅停車ということも災いして、結局乗客は増えることはなく、2003年に信南交通が撤退した後は積極策はとられることもないまま、翌2004年には運行廃止となった。
    • 運行廃止が決定すると、飯田市では中央道高速バスの中津川インター停車を陳情[16]、現在は飯田線の一部便が中津川インターに停車している。
直行便
昼神温泉経由便
  • 中津川駅 - 淀川 - 三菱工場前 - 中央道馬篭 - 園原 - 昼神温泉 - 阿智 - 伊賀良 - 飯田駅
歴史
  • 1998年4月25日 - 1日12往復で運行開始。JR東海バスと信南交通の共同運行。
  • 1999年7月1日 - 1日11往復に減便。一部便を昼神温泉経由とする。
  • 2000年2月1日 - 「セントラルライナー」との接続を重視したダイヤに変更。
  • 2003年2月1日 - 1日7往復に減便。信南交通が撤退。昼間の便については特急「しなの」接続となった。
  • 2004年10月15日 - 廃止。
2008年3月15日までの停車停留所
路線沿革
  • 1990年12月20日 - 運行開始。当初は昼行便と夜行便を運行。
  • 1993年9月1日 - 夜行便廃止。
  • 2005年 - 横浜側の運行会社を京急観光バスに移管。
  • 2008年3月15日 - この日の運行をもって信南交通と京急観光バスが運行休止、伊那バスの単独運行となる(乗車券販売等は継続)。

関連項目

注記

  1. テンプレート:Cite web
  2. テンプレート:Cite web
  3. テンプレート:Cite web
  4. アルペン号は、長野県各地(長野・松本・諏訪・伊那)から大阪(阪急梅田)に向かうのに、使われる総称 [阪急バスでは、アルペンOO号で案内http://web.archive.org/web/20051230021402/http://bus.hankyu.co.jp/shinsyu/index.html] 
  5. 5.0 5.1 5.2 伊那バス沿革歴史平成元年12月22日大阪線運行開始平成3年4月4日 伊那~大阪線 伊那~名古屋線を共に箕輪町まで新潟陸運局に延長申請
  6. 国道153号沿いに設置されており、役場より200m下にある。最寄りに 八十二銀行箕輪支店がある。信南交通サイト 箕輪町役場入口停留所設置場所
  7. 7.0 7.1 伊那バス大阪線改正について、伊賀良バス停追加1992年2月1日 アルペン飯田号休止以来の、飯田市内一般道停留所になる。
  8. 長野側は、伊那バス 信南交通 隔日交代運行
  9. 信南交通 大阪線平成3年6月
  10. 信南交通高速バス 大阪線変更のお知らせ、名神茨木バス停廃止
  11. 阪急バス 高速長岡京 新設について 2013年11月22日発表
  12. 中央道高速バスの名古屋 - 飯田間は最速約2時間。
  13. 利益は出ていたがあまり大きいものではなかった。
  14. もっとも、中京圏のバロメーターとして引き合いに出されるエイデンに象徴されるように、文化・経済的には飯田都市圏は名古屋指向の強い地域であり需要は決して少なくないが、飯田 - 小牧が100km弱と気軽に車で移動できる距離にあることから、自家用車での移動が大きな比重を占めているものと考えられる。
  15. 1999年1月1日の信濃毎日新聞記事より。[1]
  16. 2004年10月3日の南信州新聞社記事より。[2]

注釈

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外部リンク

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