中性子

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古典的なリチウム原子の原子模型 青い球体が中性子を表す。原子核や電子、軌道の縮尺は正しくなく、実際に定まった軌道を回っているわけでもない

中性子(ちゅうせいし、テンプレート:Lang-en-short)とは、陽子と共に原子核を構成する無電荷の粒子を言う[1][2]バリオンの一種。質量数原子質量単位で1.00867u、平均寿命は約15分、ベータ崩壊を起こし陽子となる[3]

概要

中性子の発見は1920年のラザフォードによる予想に始まり[4]、その存在の実験的証明は1932年にケンブリッジ大学の物理学者ジェームズ・チャドウィックによってなされた。その実験とは、ベリリウムに高速のアルファ粒子を当てることで次の核反応

<math>{}_4^9\mathrm{Be} + {}_2^4\mathrm{He} \rightarrow {}_6^{12}\mathrm{C} + {}_0^1\mathrm{n}</math>

を起こし、ここで発生する粒子 n をパラフィンなどで受け、原子核と衝突させることでさらに陽子を飛び出させ、この荷電粒子である陽子を検出するというものであった[5]。チャドウィックは上記の核反応で発生する粒子(ベリリウム線と呼ばれていた)n が、陽子とほとんど同じ質量で中性(電荷を持たない)の新しい粒子からなる粒子線であることを確認し、これを中性子(neutron)と名付けた[6]

中性子は、電荷を持っていないことから[7]、他の電荷をもつ陽子などに比べて、入射した物質の原子核と容易に直接反応することができる。電磁気力の影響を受けない中性子線は透過性が高く、原子核の核変換に使う粒子として重要である[8]

特徴

テンプレート:Infobox particle 中性子は、質量は1.674 927 351(74)×10-27kg[1] (939.565 379(21)MeV[2])であり、同じ核子である陽子よりわずかに大きい程度である。ただし、中性子は、陽子とは異なり、電気的に無電荷(中性)である。

原子核の外ではわずかな例外を除いて中性子は不安定であり、陽子と電子および反電子ニュートリノに崩壊する[9]平均寿命は886.7±1.9秒(約15分)、半減期は約12分。

<math>\mathrm{n}\rightarrow\mathrm{p}+\mathrm{e}^-+\bar{\nu}_e + 0.78\,\mathrm{MeV} </math>

電荷を持たない中性子と原子との相互作用は、非常に短距離でのみ働く核力によるものがほぼすべてである。[10]また、核力の到達範囲は中性子の直径と同程度しかない。従って、物質中を移動する自由な中性子は、原子核と「正面」衝突するまで直進する。原子核の断面積は非常に小さいため衝突はまれにしか起こらず、中性子は衝突までに長い行程を飛ぶことになる。生成した中性子が他の原子核と衝突するまで移動する距離を平均自由行程 (mean freepath) という指標で表す[11]

弾性衝突を起こすような場合、運動量保存則に従い、ビリヤードのボールが互いに衝突するようにふるまう。もし衝突された核が重い場合は核の加速は比較的少ない。中性子とほぼ等しい質量をもつ陽子(水素原子)と衝突した場合、陽子はもともとの中性子が持っていた運動量のほとんどを受け取りはじき出される。一方中性子はほとんどの運動量を失う。この衝突の結果生じる二次的に放射された粒子が電荷を持っている場合、電離作用があるため検知することが可能である。

電気的に中性であるため、観測だけでなく中性子を制御するのも難しい。荷電粒子に対しては電磁場によって加速、減速、軌道修正が可能であるが、中性子には使えない。自由中性子を制御し、減速、進路の変更、吸収などの結果を得るには進路に原子核を配置するしかない。このことは平均自由行程と併せて原子炉核兵器を設計する際、非常に重要である。

中性子温度による分類

中性子はその運動エネルギー(運動速度)に応じて大体[12]以下のように分類される[13]

中性子の運動エネルギーによる分類
中性子温度に応じた名称 エネルギー(E)範囲
冷中性子(cold neutrons) E < 0.026 eV
熱中性子(thermal neutrons) 0.001 < E < 0.01 eV
熱外中性子(epithermal neutrons) 0.1 < E < 102 eV
低速中性子(slow neutrons) 0.1 < E < 103 eV
中速中性子(intermediate neutrons) 1 < E < 500 keV
高速中性子(fast neutrons) 0.5 < E < 20 MeV
超高速中性子(ultrafast neutrons) 20 MeV < E

関連項目

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関連人物

脚注

  1. 陽子1個でできている1Hと陽子3個で出来ている3Liの2つを例外として、すべての原子の原子核は、陽子と中性子だけから構成されている。
  2. なお、陽子と中性子を総称して核子と呼ぶ。原子核内で核子同士をまとめておく力についてはパイ中間子に詳しい。
  3. 日本アイソトープ協会(1992) p.29
  4. チャドウィックによる実験的確証を得るまでの経緯については、チャドウィックによる中性子の発見 が詳しい
  5. 原子核工学(1955) p.29
  6. 武谷(1954) pp.93-95
  7. 電荷を持たないため直接観測することが難しく、中性子の発見は電子や陽子と比べて遅れた。
  8. なお、通常の状態では荷電していない原子は中性子と同じようには利用できない。なぜならば、正電荷を持つ原子核の周りに負電荷を持つ電子が広く分布していることから、原子は中性子よりも約1万倍も大きいものと扱わなくてはならないためである。
  9. 同様な崩壊(ベータ崩壊)が何種類かの原子核においても起こる。核内の粒子(核子)は、中性子と陽子の間の共鳴状態であり、中性子と陽子は互いにパイ中間子を放出・吸収して移り変わっている。中性子はバリオンの一種であり、ヴァレンス・クォーク模型の見方をとれば、2個のダウンクォークと1個のアップクォークで構成されている。
  10. 荷電粒子(陽子、電子やアルファ粒子など)や(ガンマ線のような)電磁波は、物質中を通過する際にエネルギーを失う。電磁気力によって通過する物質の原子をイオン化するためである。イオン化に費やされたエネルギーはすなわち、荷電粒子の失ったエネルギーであり、その結果、荷電粒子は減速し、ガンマ線は吸収される。しかし、中性子は、そのような過程でエネルギーを失わない。
  11. 空気中で220m、軽水の場合は0.17cm、重水では1.54cm、ウランでは0.035cmである。
  12. 厳密な分類ではなく、ほぼその領域で分けられるという意味である。
  13. 日本アイソトープ協会(1992) pp.29-30

参考文献

外部リンク

テンプレート:核技術