不良債権

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テンプレート:国際化 不良債権(ふりょうさいけん、テンプレート:Lang-en-short)とは、回収困難な債権を言う。狭義では、銀行など金融機関において、貸付(融資)先企業の経営悪化や倒産などの理由から、回収困難になる可能性が高い貸付金(金融機関から見た債権)を指す。

概説(企業会計上の処理)

企業が保有する債権は、決算期毎に回収可能性を査定し、回収が困難な部分については貸倒引当金を設定して費用としたり(一般に間接処理と呼ぶ)、回収が不可能な部分については減損処理をしたり(一般に直接処理と呼ぶ)する必要がある。これらの損失処理をした結果、利益が減少又は損失が拡大し、結果として自己資本が減少することにつながり得る。この処理方法は会社法(計算規則)や企業会計原則等において規定されている。学問でも異論が少ない処理であり、国際会計基準にも合致する。また、法人税法や所得税法においても、この処理が容認されている。

一般に、不景気になると、貸出先の経営状態が悪くなり不良債権が増加するので、引当金は増え利益を圧迫する要因となる。好景気になると、貸出先の経営状態が良くなり不良債権が減少するので、引当金を取り崩し利益とすることができる。

不良債権の存在は、銀行ノンバンク等の貸金業のバランスシートを大きく毀損する要因になりえる。たとえば、80円の借入金(銀行では預金)と20円の自己資金を元手に、90円を貸し出し10円を現金として置いておくとする。もし、貸出の1割(9円)が返済されなくなった場合、自己資金が11円になることになる。この場合、貸出額のたった1割であっても、自己資金に大きな影響を与えてしまっており、貸金業において経営上の大きな課題となりえる事が分かる。

銀行固有の事情と会計処理

企業会計原則に従って処理するのは変わらないが、不良債権を厳密に査定し、以下の分類に分けるのが特徴である。その結果に対して、監査法人が会計監査を行ったり、金融庁が金融検査を行ったりすることとなる。

特に銀行は、BIS(Bank for International Settlements:国際決済銀行)によるBIS規制で、国際金融に携わる銀行は自己資本比率(総資産に対する)の最低限が8%と定められている。なお、BISは業務を国内に限る金融機関について特に定めていないが、日本では国内法で4%の自己資本比率を維持することが求められている。これらの数値はあくまでも最低限であり、突発的なリスクへの対応から、この比率を上回る水準での経営が求められる。

これらの理由から、銀行は金融庁の金融検査の対象とされているが、不良債権の査定が大きな関心事となっている。

特に金融検査において、特定業種の不良債権査定に注力され厳格化された場合、銀行の特定業種に対する貸し付けが保守的になる傾向があるといわれる。たとえば、2008年3月以降の金融検査において、不動産業(サブプライム関連)と建設業(公共工事削減による業界不況)の不良債権の査定が厳格化されたという噂が流れた。また、金融検査の厳格化を理由に融資を断られた業者が多数おり、その苦情が金融庁に殺到した(金融庁長官がわざわざ事実無根であると説明したが、それ自体が異例のことである)。

また銀行によっては、自己資本比率自体を守るため、貸出総額を抑えることもある。それを一般的に貸し渋り(貸し止め)や貸し剥がしと呼ぶ。

債権の分類(自己査定における債務者区分)

金融庁が定めた「金融検査マニュアル」における区分は以下の通り[1]

貸出先 説明 区分
破綻先 法的・形式的な経営破綻(破産会社更生法適用など)に陥っている貸付先 不良債権
実質
破綻先
法的・形式的な経営破綻には陥っていないが、深刻な経営難の状態にあり、再建の見通しがないなど、実質的に経営破綻に陥っている貸付先
破綻
懸念先
経営破綻の状況にはないが、経営難の状態にあり、再建計画の進捗状況が芳しくなく、今後、経営破綻に陥る可能性が大きい貸付先
要注意先 貸出条件に問題がある、債務の履行状況に問題がある、業況が低調ないし不安定な債務者、財務内容に問題があるなど、今後の管理に注意が必要な貸付先(いわゆる金融支援を受けている)
要管理先 要注意先のうち、債務の履行を3か月以上延滞、または貸出条件の緩和を受けた貸付先
要管理先以外 要注意先の貸付先のうち、要管理先以外の貸付先 正常債権
正常先 業績が良好で、財務内容にも問題がない優良な貸付先

日本

経緯

1990年代の銀行の不良債権問題

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通常であれば、銀行は融資の際に不動産などの担保を取るため、貸し倒れが起こっても担保を回収することで損失は出さずに済む。しかし日本では、バブル景気時代に高騰した不動産を担保にとり甘い融資が行われた。通常は土地評価額の70%を目安に融資額を設定するが、今後の地価の高騰を見越して120%を融資した例や、融資を優先するあまり、劣後順位で担保を設定して貸し付けるなどの行為も行われた。バブル崩壊後には融資先が事業に失敗して融資の回収ができず、さらに、担保の不動産は暴落して融資額を下回り、そして、劣後順位で担保を設定した金融機関は融資も回収できず担保も取れない、という状況が相次いた。こうして回収が不可能になった債権によって日本の銀行各行は深刻な経営危機に陥った。

債権を審査する基準を甘くして、本来不良債権とするべき物件を正常債権と区分したり、所定の返済に必要な資金を追い貸しして不良債権ではなく正常債権とみなす操作を行うなど、不良債権総額を低く見せて経営状態を取り繕ろう行為も横行した[2]。バブル崩壊後の不景気、信用収縮(クレジット・クランチ)の中で、これらの行為がなされている、その疑いがある、という報道もあり、金融不安を助長した。政府は当初、金融機関は潰さないと表明して護送船団方式を取っていたが、1995年頃より、これらの問題を解決するため「市場から退場すべき企業は退場させる」姿勢を示し、兵庫銀行が戦後初の銀行倒産となった。債権の審査を厳しくして不良債権の隠蔽を認めず、また、不良債権に対する貸倒引当金の積み増しを要求した。そして、不良債権が過大となって実質債務超過に陥った金融機関を処理した。北海道拓殖銀行日本長期信用銀行、更には日本債券信用銀行のような都市銀行長期信用銀行まで破綻する事態となり、破綻を免れた他の大手銀行も、国から大規模な公的資金注入を受けてその場をしのぐ有様となった。

こうして銀行の体力が奪われたことは、バブル崩壊後の日本経済を再建する上で大きな足枷となった。銀行は融資に対して過度に慎重となり、中小企業に対する貸し渋り貸し剥がしが目立つなどといった現象も見られるようになった。このため不景気に加えて、資金調達が困難となったために新規事業の立ち上げがしづらくなったばかりでなく、融資を受けられなくなったことによる倒産連鎖倒産を招くなどして、失業率上昇を招いた。さらには、経営の行き詰まりや失業を原因とした中高年の自殺者も急増し、深刻な社会問題となった。

しかし、小渕内閣の下で行われた大規模な公的資金の投入によって、こうした信用収縮は収束することとなった。しかし、景気悪化に伴い不良債権は増加を続け、金融庁によれば全国銀行の金融再生法開示債権残高は平成14年3月末には43.2兆円に達していた。

銀行への資本注入のための公的資金枠は、1999年12月には70兆円にまで積み増すことが決定された[3]

2000年代以降の銀行の不良債権問題

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2001年初頭のサミット・G7において、日本は各国特にアメリカから不良債権処理の推進を強く要求された[4]

2002年度の、全国銀行の不良債権の処分による損失の累計額は、81兆円5000億円に達した[5]

平成21年9月期の全国銀行の金融再生法開示債権残高は12.3兆円まで収縮した。

バブル崩壊で発生した不良債権は、約200兆円と言われている[6]

学者の見解

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2001年の日本興業銀行調査部によると、バブルの後始末としての不良債権処理は、1997年には終了していたとされている[7]

森永卓郎は「1996年頃には、首都圏の商業地の地価はバブルが始まった1986年頃の水準に戻っている。つまり、バブルの調整は終わっている。1996年以降に発生している不良債権は、不動産価格の下落・景気低迷による経営悪化、つまりデフレーションの深化によるものである」と指摘している[8]

経済学者野口悠紀雄の『戦後日本経済史』(2008年)によればテンプレート:要ページ番号、1990年代後半の邦銀が保有する不良債権の処理のために投入された公的資金は46.8兆円で、そのうち約10兆円は返済されずに国民負担となったという。

経済学者の野口旭田中秀臣は「不良債権が存在しない経済とは、リスク・不確実性の無い経済であるが、それは強固に統制された社会主義経済か、リスクをすべて政府が負担する『政府依存型』の経済以外にない」と指摘している[9]

脚注

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関連項目

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  1. 金融庁 法令・指針等
  2. テンプレート:Cite journal
  3. 日本経済新聞社編 『検証バブル 犯意なき過ち』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、36頁。
  4. 野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、100頁。
  5. 岩田規久男 『スッキリ!日本経済入門-現代社会を読み解く15の法則』 日本経済新聞社、2003年、107頁。
  6. 三橋貴明 『経済ニュースが10倍よくわかる「新」日本経済入門』 アスコム〈アスコムBOOKS〉、2010年、158頁。
  7. 野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、108頁。
  8. 森永卓郎 『日本経済50の大疑問』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、42頁。
  9. 野口旭・田中秀臣 『構造改革論の誤解』 東洋経済新報社、2001年、125頁。