ラザル

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セルビア侯ラザル

ラザルPrince Lazar Hrebeljanović,Кнез Лазар Хребељановић, 1329年 - 1389年6月28日)は、ネマニッチ朝断絶後のセルビア侯。

1371年、ウロシュ5世をもってネマニッチ朝が断絶するとセルビアは群雄が割拠する分裂状態となったが、その中でもラザルは最有力で主導的立場にある群雄であった。

1386年、ラザルはオスマン帝国ムラト1世から臣従するように迫られたが、これを拒絶してあくまでセルビアの独立を保とうとした。このため1389年、ムラト1世率いるオスマン軍とコソヴォ平原において決戦を挑んだ(いわゆるコソヴォの戦い)。ラザルはセルビア諸侯と連合軍を結成し奮戦したが、戦いはオスマン軍の優勢に進み、ラザル自らが捕虜となった。

戦いの最終局面で、離脱と降伏を装ったセルビア貴族によってムラト1世が暗殺されたため、その報復としてムラトの後を継いだバヤズィト1世により処刑されてしまった。生き残った息子ステファン・ラザレヴィチは間もなくバヤズィトに臣従し、以後セルビアはオスマン帝国の属国として存続する事となった。