プルガサリ

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プルガサリ(Pulgasari、불가사리文化観光部2000年式: Bulgasari、マッキューン=ライシャワー式: Pulkasari)とは、

  1. 現代朝鮮語で「ヒトデ」。
  2. 朝鮮における伝説上の動物。「鉄を食い、悪夢と邪気をはらうという奇怪な形相をした想像上の怪物」[1]といい、「得体の知れないもの」をあらわす。高麗王朝末期に出現したと言われ、「手の付けられない乱暴者」を指す「松都末年のプルガサリ」(송도 말년에 불가사리)という慣用句がある。
  3. 2にヒントを得て作られた朝鮮民主主義人民共和国の映画作品。
  4. 3に登場する怪獣。
  5. アメリカ映画「トレマーズ」の韓国での題名。

本項目では3、4についてを記す。


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プルガサリ』(Pulgasari)は、1985年朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)製作の怪獣映画、および作品内に登場した架空の怪獣の名称。「プルガサリ」とは「不可殺」の意であり、想像上の殺すことが出来ない怪物を意味する。特記が無い場合は映画作品の記述である。

概要

本作は朝鮮民話に題材が採られている。時代劇の中に怪獣が登場する特撮映画作品で、屋根瓦や内部の柱や梁まで忠実に再現された王城のミニチュアとその破壊の迫力、社会主義国ならではのエキストラ大量動員による革命軍対政府軍の激突など、現実感がある戦闘シーンなどが特徴としてあげられる。

製作にあたり日本から中野昭慶スーツアクター薩摩剣八郎などゴジラを手がけた東宝特撮チームが招かれ特殊技術を担当したことでも知られている。

1985年に完成し世界公開を目指したが、「政治的な理由」で公開が停止された。詳細な説明はされていないが、本作を監督したのが韓国から「亡命」した申相玉(シン・サンオク)であり(実際には拉致も疑われる。申相玉の項を参照)、申相玉が本作の制作を最後に北朝鮮から韓国へ脱出したことも一因と推測されている。日本公開は1998年に行われた。

あらすじ

高麗王朝末期、苛斂誅求による飢饉で民衆は苦しんでいた。あまつさえ王朝は、農民たちの農具をとりあげ、鍛冶屋のタクセに武器を作らせようとする。これに抗議した鍛冶屋タクセは捕らえられ獄死する。しかし獄中でタクセは無念の思いを込めながら飯を練って小さな怪獣「プルガサリ」の像を作っていた。娘のアミは父の遺品として針箱にプルガサリをしまっておくが、ある日裁縫中に指先を傷つける。アミの血を受けたプルガサリには命が宿り、針などの金属を食べることで成長していくのだった。

アミの恋人・インデは役人に逆らった咎で捕らえられる。処刑の場にプルガサリが現れて刑吏の刀を食べてインデを救い、ついで役所の武器庫の武器を食べて山に消える。インデは民衆の一揆を組織して山中で討伐軍を迎え撃つが、糧道を断たれて一時は苦難に陥る。しかし、そこへさらに巨大化したプルガサリが現れて再び危機を救う。一揆軍はプルガサリとともに都に向かって進撃する。アミを人質に取った将軍の計略で火攻めにされるが、鉄を食べて巨大化したプルガサリには通じない。無念の思いを吹き込んだタクセの魂を封じようとする呪術師による攻撃によってプルガサリは危機に陥るが、アミが再び血を注ぐことによってプルガサリは蘇った。王朝軍は最終兵器として巨大な火砲兵器を持ち出すが、プルガサリは砲弾を跳ね返す。プルガサリと民衆はついに王朝を倒す。

しかし、王朝を倒してもプルガサリは鉄を食べ続けた。農耕や生活に必要な農具や鍋釜などの金属製品まで食べ尽くしたプルガサリはもはや民衆にとって厄介なものでしかない。プルガサリを養う金属を得るには他国を侵略し世界中を戦争に巻き込む以外無い、世界そのものが滅びてしまうと考えたアミは、自らの身を犠牲にしてプルガサリを封印する。

キャスト

役名(俳優名)の順に記載する。

  • タクセ(リ・イングォン):鍛冶職人。民衆に慕われている。(※タクセは「ク」「セ」にアクセント)
  • アミ(チャン・ソニ):タクセの娘で、インデと恋仲。
  • インデ(ハム・ギソプ):タクセの弟子。民衆の反乱(一揆)を準備し、朝廷軍と戦闘する。
  • ファン将軍(リ・リョンウン):朝廷軍の将軍。
  • 王(パク・ヨンハク):終盤で倒される。

怪獣プルガサリ

  • 牙の生えた水牛のような頭を持ち、身体は鎧を着込んだようなシルエットとなっている。
  • 鉄を食し、徐々に大型化する。誕生直後は細かな上半身の運気が見られるが、巨大になると壁のように動き、動作が遅くなる。
  • 民衆を苦しめる王朝を攻めるなど常に民衆側の味方となって破壊活動をする。
  • 生まれて間もない頃から、巨大化後まで、何種類かの着ぐるみが使われる。
  • 生まれたての頃のスーツアクターは深沢政雄、 巨大化してからは、薩摩剣八郎。

スタッフ

実際にこの映画を監督したのは申相玉なのだが、日本で劇場公開された際は、北朝鮮でキャリアのある映画監督であるチョン・ゴンジョの名義に変更されている。また、日本人スタッフが関わったことはクレジットされていない。

(※):クレジットなし

エピソード

撮影時の逸話

  • 招聘された日本スタッフは「予算が使い放題だった」と話していた。
  • 撮影に際しては朝鮮人民軍が大規模なエキストラとして動員されている。
  • 映画好きで知られる金正日自らがプロデュースした作品であるとされる。製作当時は金日成も存命であり、金正日は「最高権力者」ではなく当時公衆にはほとんど姿を見せなかった。
  • 日本からの美術スタッフの一人が宿舎へ帰るバスに乗り遅れ、現地スタッフに誘導され地下鉄に乗車して帰ったが、当時の平壌の地下鉄は日本人開放前であり、その現地スタッフは翌日から姿を見せなくなった[2]
  • 中野昭慶の回想によると、東宝側のスタッフには高級ホテルが宿舎として提供され、食事は北朝鮮の山海珍味が並べられたという。ある日中野が部屋に一人で居るとき「朝鮮のビールは旨いがもう飽きた。日本のビールが飲みたいなぁ」とつぶやいたところ、明くる日には中野の部屋にある冷蔵庫に『スーパードライ』が一杯入れられていたという[3]。日本のスタッフルームに盗聴器が仕掛けられていたという事であり、北朝鮮のスパイ活動の例として、中野の発言が紹介される事がある。

申相玉監督の亡命

日本公開時の逸話

  • 日本公開時のポスターのロゴは、同年に公開されたハリウッド版ゴジラのデザインを強く意識したものになっている。
  • 最初の人形を「ミニガサリ」と称し、フィギュアが発売された。

ビデオ化

日本では正式公開(1998年)以前に和光クリエーションでビデオ化されたが、公開後は非公式の海賊版扱いとされている。1998年日本市場向けにNTSC方式[4]VHSLDDVD が正式に発売される。

テレビ放送

日本では1999年11月20日20:00-のゴールデンタイムに東京都域のMXテレビ(現愛称・TOKYO MX)で放送された。

関連書籍

  • 薩摩剣八郎『着グルミ役者と呼ばれて30年 俺は俳優だ』ワイズ出版、2004年 (ISBN 4898301797)
  • 眞壁廉『元気かい? プルガサリ』文芸社、2003年 (ISBN 4-8355-6220-8)
  • 薩摩剣八郎『ゴジラが見た北朝鮮』ネスコ、1988年 (ISBN 4-89036-747-0)

脚注

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関連項目

外部リンク

  • 『新韓日辞典』(民衆書林)
  • 「着グルミ役者と呼ばれて30年 俺は俳優だ」より
  • 日本テレビ系『ザ・ワイド』での発言より、ただしスーパードライの発売は1987年で本作撮影中には存在していないので銘柄は記憶違いがあるものと思われる
  • 朝鮮民主主義人民共和国はPAL方式